2018年4月21日 (土)

【映画評 感想】パシフィック・リム:アップライジング

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  「パシフィック・リム
: アップライジング」Pacific Rim: Uprisingを見ました。大ヒットした2013年の「パシフィック・リム」の続編です。前作は、なんといっても日本の怪獣映画の大ファンであるギレルモ・デル・トロ監督の作家性、こだわりが強烈な主張をしている映画でした。当然、2作目も同監督がやる予定だったのですが、そこに影響を与えたのが製作会社レジェンダリーの中国映画配給大手による買収話です。この動きのために、待機作品の順番が入れ替わるなどして、製作が遅れることになり、デル・トロ氏は本作の監督を断念。製作、アドバイザーとして関与することになりました。代わって取りかかったのが、アカデミー賞13部門ノミネート、監督賞など4冠の「シェイプ・オブ・ウォーター」だったわけです。また、前作で主人公だったチャーリー・ハナムも同様の理由により、「キング・アーサー」の主演を優先することになり、このシリーズからは姿を消すことになってしまいました。

 そういう経緯もあって、一時は本作の製作が危ぶまれる向きもあったようです。しかし出来上がってみますと、何しろ最後の決戦の地は日本、それも東京です。さらに怪獣が目指しているのは富士山、というわけで、昔の日本の怪獣映画に対するオマージュの詰まった作品となりました。本当はそこに、法的枠組みの中で懸命に「事態に対処」しようとする自衛隊、といった「シン・ゴジラ」にまで連なる描写があれば、いかにも日本らしくて言うことなしですが、本作の世界観では通常の政府や軍隊・自衛隊・警察などの組織は影が薄く、専門のカイジュウ向け軍隊があるので、ここはむしろ科学特捜隊やウルトラ警備隊が活躍するウルトラマン・シリーズに似ているともいえます。

しかしまあ、東京での戦闘シーンで「住民は皆、退避した。戦闘可能!」というセリフがありまして、1200万人を超える世界最大都市、東京の住民が瞬く間に「退避」できるのか、と(笑)。「東京ナメんな!」と思うところですが、おそらく、日本の警察とか自衛隊の苦闘が、その一つのセリフで表されているのかも、と想像いたしました。

 あるシーンでは、お台場ではないようですが、都心にガンダム像が立っている描写があります。このためにちゃんとガンダムの製作会社サンライズの許諾も得ているそうで、日本人から見ても興味深い一作になりました。

 前作を支えたもう一人の主人公、イドリス・エルバはストーリー上、戦死してしまったので出られません。しかし結構、回想シーンや写真などで登場しています。その息子という設定でジョン・ボイエガが出ていて、本作の主役を務めています。「スター・ウォーズ」新シリーズで帝国からの脱走兵を演じている彼ですね。また、一作目のヒロイン、菊地凛子さんと、前作で活躍したドイツ系学者コンビの役で、チャーリー・デイとバーン・ゴーマンが再演しているのも嬉しいです。この2人、後半では真の主役というほど活躍します。実は今回のアップライジング(反乱、暴動)というタイトルは、彼らの行動にかかわっているのです。クリント・イーストウッドの子息スコット・イーストウッドと、日本の千葉真一さんの子息の新田真剣佑(あらた・まっけんゆう)さんが出ているのも注目点です。

 前作はどんな話だったかというと、2013年に突如、太平洋に姿を現した謎の巨大生物カイジュウに対処するために、各国が協力して環太平洋防衛軍PPDCを結成。人類とカイジュウの10年以上にわたる死闘が展開されました。カイジュウと戦うためにドイツで開発されたのが、適性のある2人のパイロットの精神がそろわないと制御できない巨大ロボット兵器イェーガー。最後は2025年、スタッカー・ペントコスト司令官(エルバ)らが犠牲となって、カイジュウが異世界から現れる海底の「裂け目」に至る通路を確保。そこにローリー(ハナム)と森マコ(菊地)が乗り込む旧式イェーガー「ジプシー・デンジャー」が突入し、機体を自爆させて裂け目を封鎖、2人も生還した、というものでした。

 その後、作中では明確に言及されていませんが、どうもローリーはこの時の戦闘の後遺症で病に侵され、マコを残して亡くなった、という設定のようです。

 

 それから10年がたった2035年。カイジュウが現れなくなり、人類は復興の道をたどっています。しかし、カイジュウはいつか再来するかも、という危機感は薄れておらず、PPDCも、前の戦争時にあった解散や縮小といった議論は起こらず、戦力の維持に努めています。そんな中、英雄スタッカー・ペントコストの息子、ジェイク・ペントコスト(ボイエガ)は、かつては父の背中を追ってイェーガー・パイロットになりましたが、命令違反により軍籍を剥奪され、以後は英雄の息子という名前を隠すように荒んだ生活をしています。ある日、軍の廃棄場からイェーガーの部品を盗み出そうと潜入したジェイクは、やはり部品泥棒で、独力で小型のイェーガーを組み立てたという才気溢れる少女アマーラ(ケイリー・スピーニー)と出会います。

 アマーラと共にPPDCに逮捕されたジェイクは、今や同軍の最高位、事務総長となっているマコ(菊地)から、これまでの犯罪を免除する引き換えとして、軍に復帰し、パイロット候補生の指導教官になるよう要請されます。マコは父スタッカーの養女として育てられたので、ジェイクから見て義理の姉でもありました。同時にアマーラも才能を見込まれて入隊することになり、2人はパイロット候補生の養成課程が所在する中国・モユラン基地に移されます。

 ここでジェイクを待っていたのが、候補生時代の同期ネーサン(イーストウッド)です。模範的な軍人に成長しているネーサンは、問題を起こして軍を除隊したジェイクにあからさまな嫌悪感を抱き、一触即発の図式に。一方、孤独に育ってきたアマーラも、同世代の少年少女ばかりの生徒隊の中では浮いた存在で、なかなかうまく溶け込めない様子です。

 しかしネーサンによると、意外なことに間もなくイェーガー部隊は全員、解雇されるかもしれない、といいます。というのも、中国の軍需企業シャオ産業を率いるシャオ・リーウェン社長(ジン・ティエン)が遠隔操作できる無人イェーガーの大量配備計画をPPDCに売り込んでおり、これが評議会で承認されれば、有人イェーガー部隊は必要なくなる、というわけです。しかし最高責任者であるマコは、無人イェーガーがハッキングなどで乗っ取られる可能性などを危惧して、計画の受け入れに乗り気ではない様子です。

 この件について各国代表が話し合うため、オーストラリア・シドニーでPPDC評議会が開催されます。軍の主力イェーガー「ジプシー・アベンジャー」に搭乗して会場警備することになったジェイクとネーサン。そこに突然、所属不明で誰が乗っているかも分からない謎のイェーガー「オブシディアン・フューリー」が現れ、会場を襲撃します。マコは敵を見て、それがどこで作られたものか、素性をすぐに見抜きましたが、完全な情報を伝える暇もなく、乗っていたヘリが墜落します。

 マコの情報を解析した結果、シベリアの奥地にある軍の廃工場を示していることが判明します。モユラン基地司令官チュアン将軍(マックス・チャン)の命令を受けて出撃したジェイクとネーサンは、案の定、そこに姿を現したフューリーを倒しますが、コクピットに人の姿はなく、なんとカイジュウの脳が操縦していたことが判明します。一体、誰がこんなものを作ったのか?

 そのころ、シドニーの事件を受けて、シャオ産業の無人イェーガー計画が承認され、緊急に世界中に配備されます。指揮を執っているのは、前の戦争時にカイジュウの脳とリンクし、世界を救う契機を作った科学者ニュートン(デイ)です。彼は軍を辞めて、今ではシャオ産業の技術部長となっていますが、シドニーの悲劇的な事件もビジネスチャンスと放言するシャオ社長の態度は傲慢なもの。ニュートンは、かつて共に戦った旧友の科学者ハーマン(ゴーマン)に、実は社長には無断で無人機を操作出来る仕掛けを施してある、と秘密を暴露します…。

 

 ということで、結構、込み入った話を2時間のハイスピードで驀進する感じで、割と古典的な作風だった前作とはテンポが違います。巨大ロボット「イェーガー」も、前はズシン、ズシンと鈍重に歩くマジンガーZを思わせるものでした。今回は洗練されて身軽になり、どちらかといえばエヴァンゲリオンかトランスフォーマーのような印象に。このへんはしかし、10年間の技術進歩の結果、といわれれば納得は出来るかもしれません。

 どうしても戦闘シーンがメインになるので、人間模様とか、背景とかのドラマ面は前作より雑に感じる部分もあります。もうひとひねり欲しかったな、という感じもありますね。

 日本人的に見ますと、最後にカイジュウ軍団とイェーガー部隊が戦う決戦の地、東京の描写が…これ、本当に東京? 中国語みたいな看板も多いようですが? まあ2035年ということで、相当に変わっているのかもしれません。遠景に東京タワーやスカイツリーもあって、東京を描こうとしているのは分かります。ただもうちょっと、現実の東京に似た街並みにしても良かったような気はいたします。

 それに、東京に限らず、どこの都市であってもですが、身長80メートル、重量2000トンもある巨大ロボットやカイジュウが歩き回ることは、本当に出来るのだろうか? 地盤がどんどん沈んで、泥田か雪の中を歩くように、すぐに足が抜けなくなり、身動き出来なくなるのでは、とも思います。

 それに、日本人として最も気になるのは、東京の市街地のすぐ背後に富士山がそびえているところですね。こんなに近くないよ! ほとんど山梨県あたりの街のように描かれているのがなんとも奇妙です。カイジュウは巨大だから足も速いのかもしれませんが、それにしても東京から富士山の山頂まで行くには、もっと時間がかかるようにも思います。

 とまあ、真面目に考えてしまうと、突っ込みどころは多々ある感じの作品なのですが、娯楽作品としての出来栄えは素晴らしいものがあります。謎が謎を呼ぶ序盤から、意外な急展開、そして後半の怒濤のクライマックスへ、という流れは、こういう映画のお手本のようです。強敵を前にして、決死の突撃を覚悟する少年少女ばかりの候補生部隊の姿には、胸が熱くなります。いかにも日本のこの手の映画や漫画などの作品にありそうな展開ですが、やはりいいですよ、このへんは。大画面でぜひ!

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2018年4月 8日 (日)

【映画評 感想】レッド・スパロー

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  映画「レッド・スパロー」
Red Sparrowを見ました。あの「ハンガー・ゲーム」のコンビ、フランシス・ローレンス監督とジェニファー・ローレンス主演のスパイ映画です。27歳にして4度もアカデミー賞にノミネートされ、すでにオスカー女優となっているジェニファーですが、何をやっても見事にこなしてくれる演技力は確かにすごいものです。

予告編を見て、てっきり近頃よくある「冷戦時代のソ連KGBのスパイ」の話と思いこんでいましたが、本作は、現代のロシアのスパイを取り上げているのです。しかしこの映画の描き方だと、今のプーチン体制のロシアは、かつてのソ連と全く体質の変わらない全体主義国家、という感じになっています。このへんはどうなのだろう、と思う反面、まさに今年の3月あたりから、英南部ソールズベリで起きた元ロシア・スパイの暗殺未遂事件を巡って、英国をはじめ米仏独などの西側諸国と、ロシアが外交官の追放合戦を繰り広げております。元スパイを暗殺するために、化学兵器の神経毒まで用いたのではないか、と言われており、「やはりロシアになっても体質はソ連のままなのね」と世界中に思われたのは間違いありません。

それでなくとも、ソチ冬季五輪の閉幕後、強引なクリミア併合や、アメリカ大統領選挙、英国のEU独立投票などへの干渉、国内の反政府運動への容赦ない弾圧など、ロシアのえげつない手法が徐々に明らかになって、やっぱり元KGB将校であるプーチン大統領が率いる国、相変わらずの全体主義国家なのだろう、というイメージが強まっているのは間違いないところです。ローレンス監督も「初めは現代のテーマとして観客に共感されるだろうか、と思ったが、最近のロシア情勢の変化でリアリティーが増した」ということをパンフレットで述べております。「こんなのはあくまで映画であって、実際はこんなわけないだろう」と笑い飛ばせないところが、大いに問題なのかもしれません。

 

 モスクワのボリショイ・バレエ団の新進スターであるドミニカ・エゴロワ(ジェニファー・ローレンス)。母親のニーナ(ジョエリー・リチャードソン)は病身のため身体が不自由ですが、ドミニカがスターになったため、その治療費や介護費もバレエ団が持ってくれています。

 しかしある日の公演で、パートナーのコンスタンチン(セルゲイ・ポルーニン)が大きくジャンプした後、間違って着地し、ドミニカの脚を折ってしまいます。大手術となり、当然ながら主演を降板。さらにこのままいけば、引退に追い込まれ、バレエ団も解雇されて、病気の母親を抱えたまま路頭に迷うことになってしまいます。

窮地に立ったドミニカに、今まで疎遠にしていた亡き父の弟ワーニャ・エゴロフ(マティアス・スーナールツ)が声をかけてきます。彼はロシア情報庁(旧ソ連の情報部KGBの後身組織)の副長官にまで出世していました。叔父エゴロフは、政権にとって邪魔になっている有力政治家ウスチノフ(キルストフ・コンラッド)が、元々、ドミニカの大ファンであることを利用し、これに色仕掛けで近寄るようドミニカに命じます。その引き換えに母親の面倒は国家が保証する、と約束するので、ドミニカは断れなくなります。

 叔父の指示通りにウスチノフに接触したドミニカは、ホテルで強引にレイプされかけますが、寝室から護衛を退室させ油断したウスチノフは、その場で暗殺されてしまいます。叔父の強引なやり口にドミニカは怒り、口封じのために殺されることを覚悟します。実際、情報庁のザハロフ長官(キーラン・ハインズ)はドミニカを処分するよう命じますが、エゴロフは姪に優れたスパイの才能があることを見抜き、諜報部門の責任者コルチノイ大将(ジェレミー・アイアンズ)に、ドミニカをスパイとして養成するよう推薦します。

 こうしてドミニカは、秘密のスパイ養成所に送り込まれますが、そこは厳格で冷徹な女性監視官(シャーロット・ランプリング)の指導の下、相手の心理を手玉に取り、あらゆる手段を講じてハニートラップを仕掛けるスパイ「スパロー(雀)」の養成学校でした。

 厳しい訓練に耐えたドミニカを、エゴロフは呼び戻します。彼が与えた任務は、アメリカに情報を流しているロシア高官の内通者を探り出すことでした。彼女はブダペストに飛び、ロシア側の内通者と接触しようとしているCIA諜報員ナッシュ(ジョエル・エドガートン)に接近します。さて、CIAに内通しているロシア側の人物とは誰なのでしょうか…。

 

 といった展開ですが、「現代のロシア」と言われても、どうしても「冷戦時代のソ連」に見えてしまう陰湿な雰囲気、独特の重い空気感が見事です(ロシアの人が見たらどう思うのでしょうか)。そして、出ている主要キャストにほとんどロシア系の人はいないにもかかわらず、使っている言語も英語であるにもかかわらず(とはいえ、かなりロシアなまりの英語にしているようですが)見事にロシアに見えます。

あのジェニファー・ローレンスがロシア人のスパイ役? と初めに聞いたときは若干の違和感を覚えたわけですが、実際に見ると、陰のある本物のロシア人に見えてしまいます。冒頭ではボリショイ・バレエ団の花形スターという役なので、かなり長い時間、実際にバレエを演じて見せていますが、これもレッスンが大変だったそうです。また、スパイ養成所や、実際のスパイ活動のシーンとなると、役柄から何度も全裸になる必要がありました。こういう作品は初めてだったそうで、気迫の体当たり演技です。Photo_2


ここでちょっと私らしく、「軍装史研究家」らしいことを書きますと、本作ではプーチン政権下で導入されたロシア軍のM2008制服が多数、登場します。コルチノイ将軍が着ている緑色のジャンパー形式の略装や、最後にドミニカが受勲するシーンで軍人たちが着ている青緑色のM2008パレード装などは大いに目を引きました。この場面で、ドミニカは少尉の肩章を付けており、正規の将校として任官したようですね。さらに、左の胸に小さな金色の星型の勲章を付けていますが、これは旧ソ連の「ソ連邦英雄」制度を引き継ぐ「ロシア連邦英雄」という称号を示すものです。一見するとごく小さな勲章ですが、実はロシアにおいて最高位の栄典です。これを受勲すると、年金が高額保証され、医療費や家賃、光熱費、鉄道などの交通機関は無料、スポーツ観戦や観劇なども特別優遇されるなど、破格の待遇を受けます。その受勲式の直後のシーンでドミニカは、古巣であるボリショイ劇場の貴賓席に座っていますが、これも英雄としての待遇を示しているのだろうと思います。きっと彼女の栄典で、病気のお母さんも安泰となったことでしょう。

バレエのシーンでドミニカのパートナーを演じているのは、世界的なバレエ・ダンサーのセルゲイ・ポルーニン。この人は「オリエント急行殺人事件」にも出ていましたが、これから映画界にも本格的に進出してきそうです。

 恐ろしい女性将校の役にシャーロット・ランプリングというのも適役ですね。「愛の嵐」でナチス収容所の女性役で有名になったこの人には、確かに制服とか、収容所といったイメージがつきまといます。ことさら恐ろしげにしないでも、任務とあれば顔色一つ変えないでどんな残酷な行為でもしてみせそうで、そこが怖いですね。

 叔父エゴロフ役のスーナールツという人が、どうも若い頃のプーチン氏に似ている感じがしてなりません。実際、そういうイメージなのでしょうか。微笑んでいても目が笑っていない、裏と表だらけの、全く信用できない人物、という雰囲気が漂っています。

 エゴロフの上司ザハロフについて、字幕で「ザハロフ参謀」とありましたが、あれは誤訳ではないでしょうか? Chief Zakharovと原語では言っていましたが、これは英語でChief of staffが「参謀長」なので、そこから類推して「参謀」としたのかもしれません。しかし、Chief of staffChief(チーフ)は「長官」、staff(スタッフ)が「参謀」の意味ですから、チーフだけなら参謀という意味はどこにもなく、組織の長という意味合いしかありません。よってここは「ザハロフ長官」とするべきだと思われます。

 この話、ドミニカがスパイ学校に強制的に入れられるまでの展開もいろいろ刺激的なのですが、彼女がスパイとなってブダペストに乗り込んでからは二転三転して、最後はあっと驚く結末に到達します。実にスリリングです。相手をはめてやろう、というスパイばかりが登場してきますので、主人公を始め、誰が本当のことを言っているのかさっぱり信じられない感じになってきます。

 007のような活劇と違い、派手なカーチェイスや撃ち合いはなく、中心になるのは人目に付かない心理戦とハニートラップと、拷問、暗殺です。原作者ジェイソン・マシューズはCIAに長年、勤務した人で、原作小説『レッド・スパロー』はアメリカ探偵作家クラブが主宰する権威ある文学賞、エドガー賞の「2013年長編小説新人賞」を受けています。

話の雰囲気が現代よりも少し前の時代のように感じるのは、おそらく原作者の現役時代を反映しているからで、今現在の諜報員はもっとIT系、デジタル系の任務が多いのでは、という気がしますが、それにしても、スパイという仕事の日常を描くディテールの生々しさが印象に残る一作でした。

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2018年4月 7日 (土)

【映画評 感想】ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男

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  映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」
Darkest Hourを見ました。アカデミー賞で6部門ノミネートされ、主演のゲイリー・オールドマンが主演男優賞、そして特殊メイクを担当した日本の辻一弘さんがメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いたことで、一躍、日本でも注目作品となりました。オールドマンは全くチャーチル首相に似ていないので、辻さんがいなければ決して出来なかった映画、ということですね。

重厚な大河戦争ドラマかと思う方もいるかもしれませんが、これは第2次大戦初期の1か月ほどの出来事を描いており、その間の英国首相チャーチルを中心とした人間ドラマを軸としています。脚本が「博士と彼女のセオリー」のアンソニー・マクカーテンということで、非常に感動的な物語に仕上がっているのが見事。映画館では泣いている人もかなりいらっしゃいました。終盤の盛り上げ方は素晴らしいです。

チャーチル首相と言えば「理想の政治家」といったアンケートで必ず首位を争う人物で、世界史に残る大政治家です。しかしその名声の高さゆえに、従来、チャーチルとは要するに「英国の強いリーダー」という印象しかなかったのではないでしょうか。

しかし、初めから完成された強い指導者、などいないわけで、本作はむしろチャーチルがいかに指導者として成長していったか、を描いています。194059日にチェンバレン首相が辞任してチャーチルが後継に指名され、64日に有名な「決して降伏しないNever surrender!」演説をして、挙国一致でナチス・ドイツと対決する体制を固めるまでの1か月間。しかしこれが簡単なことではなくて、この間にフランスは敗北し、ダンケルク海岸で30万人に近い英国陸軍は全滅寸前。ナチス軍の勢いに押され、浮き足だった英国内では講和を唱える声も強かったわけであります。ここで国民が団結したのは、チャーチルという指導者が現れたから、なのですが、そんな彼にしても、後になってこの時期を「最も暗い日々」Darkest Hourとして回顧したほどでした。

いわば、この1か月が、本当に歴史が変わる可能性があった時期でした(ヒトラーから見れば、この1か月こそ唯一の勝利のチャンスだったといえます)。事実、後になってヒトラーの側近、ゲッベルスは「チャーチルさえいなければ、英国はとっくに降伏して、第2次大戦は終わっていたのに」と言ったそうです。ここでまず英国を倒し、それから日本と協力してソ連を攻める。その間、アメリカが参戦しなければ放置し、必要なら最後に孤立したアメリカを日本軍と挟み撃ちする、といった手順で行けば、ヒトラーの野望は決して絵空事だったわけではありません。その意味で、邦題はちょっと作品の内容と合っていないのでは、という評もあるようですが、歴史的に正しいものともいえるでしょう。

前に、ヒトラーの第三帝国の崩壊と死を描く「ヒトラー最期の十二日間」という映画がありましたが、それに応じてみると、本作は「チャーチル最初の二十七日間」ということになります。そして前者では、ヒトラーの元にやってきた新人秘書ユンゲは、ヒトラーが親切で穏やかな紳士であることに驚くわけですが、やがて総統の狂気と冷酷さという本質に触れていき、彼が自らの帝国を投げ出すところを目撃します。一方の本作では、チャーチルの元にやって来た新人秘書のレイトンが、チャーチルの怒声に脅えて泣き出すところから始まります。しかし、イヤな親父だったチャーチルは、徐々に人々の尊敬を勝ち得て国王からも信任され、ついに英国宰相として人々の民心をつかんでいきます。こう見ると、非常に好対照な2作品であるように思えてきます。

 

 1940年5月、ナチス・ドイツ軍は電撃的に西方作戦を展開し、ベルギーは降伏。フランスも風前の灯火という状況に陥りました。長年にわたって、ドイツ総統ヒトラーに対し宥和政策をとり、その侵略行為を黙認してきた英保守党のチェンバレン首相(ロナルド・ピックアップ)は弱腰外交と批判され、求心力を失いました。

 挙国一致の戦時内閣を組閣することに賛成した労働党のアトリー党首(デヴィッド・ショフィールド)は、条件としてチェンバレンの退陣と、それに代わる「強力なリーダー」の擁立を要求。閣内では現役の外相であり、国王ジョージ6世(ベン・メンデルスゾーン)の友人でもあるハリファックス卿(スティーヴン・ディレイン)を首相に待望する声が高まりますが、彼は慣例的に組閣できない貴族院議員であり、就任を辞退します。

 国民と野党から人気が高かったのは、一貫して反ヒトラーを唱えてきた海軍大臣ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)ですが、彼は第1次大戦時にも海相としてガリポリ作戦を立案し敗北。その後、蔵相として金本位制に失敗し、第2次大戦では北海での作戦行動で海軍部隊の多くを喪失しており、おまけに大酒飲みの浪費家で、与党の保守党内では全く信任されていませんでした。国王も、兄で先代のエドワード8世(後のウィンザー公爵)がアメリカ人女性シンプソン夫人と結婚して退位する際、チャーチルがその結婚を後押ししたとして、嫌悪感をチャーチルに抱いている始末でした。

 こうして四面楚歌の中、組閣を命じられるチャーチルの元に、新人の女性タイピスト、エリザベス・レイトン(リリー・ジェームズ)がやって来ますが、発音が聞き取りにくく、気難しいチャーチルに脅えて泣き出してしまいます。それを優しくなだめたクレメンティーン・チャーチル夫人(クリスティン・スコット・トーマス)は、「嫌われ者でなく、誰からも愛される首相になってほしい」と夫を諫めつつ励まします。

 英国首相となったものの、与党の支持をつなぎ留めるには、閣内に政敵の前首相チェンバレンや、ハリファックス卿を入れないわけにはいかず、ドイツとの早期講和を望む声が絶えません。味方と言えば側近の陸軍大臣イーデン(サミュエル・ウェスト)だけでした。

 ここでチャーチルと英国にとって最大の危機が訪れます。フランス軍が壊滅し、大陸に派遣した30万人近い英国陸軍の主力がダンケルク海岸に取り残され、帰国出来なくなってしまったのです。これを救出するために、アメリカのルーズベルト大統領(声:デヴィッド・ストラザーン)に駆逐艦の譲渡を要望しますが、米国内の反対の声が強く却下されます。首相付き軍事顧問のイスメイ大将(リチャード・ラムスデン)はフランス作戦の敗北を宣言し、戦闘機総監のダウディング空軍大将(アドリアン・ラウリンズ)は航空部隊の本国撤収を強く要求します。ハリファックス卿の元にはイタリア首相ムッソリーニから和平調停の提案があり、一挙に流れはドイツとの講和に傾きます。

ある深夜、名案が閃いたチャーチルは、旧知のドーバー海峡管区司令官ラムゼー海軍中将(デヴィッド・バンバー)に電話を掛けます。それは、第2次大戦初期の転換点となったダンケルク撤退作戦「ダイナモ」を指示するものでしたが、これが上手くいくかどうかは全くの未知数で、危険な博打のようなものでした。

高まる講和論の中で半ば絶望し、疲弊しきったチャーチル。彼の私室に深夜、一人の来客が訪れます。それは全く思いがけない人物でした…。

 

 それにしてもゲイリー・オールドマンのチャーチルがぎょっとするほど感じが出ています。目が本物より優しい感じですが。ストライプのスーツは、実際にチャーチルが愛したロンドンのテーラー、ヘンリー・プールで仕立てたそうです。そして、チャーチル独特の声、癖が強いしゃべりを完全にものにしています。物まねというのではなく、史実にないようなシーンあるいは想像したシーンでも、本人ならきっと、こういう時はこうしゃべるだろう、という意味での演技力です。これだけやれば、ゲイリー本人と、メイクの辻さんにオスカーがもたらされたのも当然と思えます。

 その他の実在人物も、かなり本物に似ているのです。チェンバレンやイーデン、アトリーなども非常に似ています。あまりルックスを似せることに熱心でない史劇も多いのですが、本作は明らかに一見して再現している、という要素を追求しています。この辺は、「アンナ・カレーニナ」のときも見る者を驚かせた凝りに凝ったカメラワークと共に、当代きっての映像派で、史劇を得意とするジョー・ライト監督のこだわりなのでしょう。

 新人タイピスト役のリリー・ジェームズもいいですね。「シンデレラ」で一躍、大スターの仲間入りをした人ですが、気品のある雰囲気が古風な役柄に実に似合う人です。深刻になりがちな内容の中で、この人のはつらつとした演技が大いに救っています。彼女が演じたエリザベス・レイトンも実在した人物です。

 国王役のベン・メンデルスゾーンは近年、色々な作品で活躍していますが、近作で言えばスター・ウォーズ・シリーズの「ローグ・ワン」で演じた、帝国軍技術将校の役でしょう。今回は「英国王のスピーチ」の主人公で、コリン・ファースの当たり役となったジョージ6世ということですが、今作ではすでに例の吃音を乗り越えた後なのでしょう、堂々たる君主として、そして初めはウィンザー公の一件もあって毛嫌いしていたチャーチルを強く支持する指導者として、いい味を出しています。この国難の時期に、チャーチルと並び、もし国王がジョージ6世でなく、ウィンザー公ことエドワード8世のままであったら、やはり歴史はどうなっていたか分かりません。エドワード8世は親ナチス的な言動を公然としていた国王で、もしナチスが英国を支配下に置いたら、ヒトラーはウィンザー公を国王に復位させただろう、と言われています。

 それにしても、昨年はクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」という映画もヒットしたわけですが、あの作品で登場した凄惨な戦闘をしている時に、司令部や議会では、本作で描かれたようなやり取りがあり、指導者たちも四苦八苦していた、ということが分かると一層、興味が深まります。英国において、この緒戦の苦しかったダンケルク戦の時期が再び注目されているのはなぜなのでしょうか。EU離脱が決まり、国際的孤立と、国内世論の分断が深まっていく英国で、何かこの時期と、それを指導したチャーチルからヒントを得たいという願いが出てきているのかも知れません。確かにチャーチルは、大局を見通す信念の人で、長いものに巻かれない人、安易な人気取りに迎合しない人です。そのために、戦争の末期には選挙に敗れ、政権を労働党のアトリーに譲ることになります。

 チャーチルは独裁者から民主主義を守り抜こうとして戦い、そして民主主義によって政権を追われたわけです。まことに色々と考えさせられる一本でした。

 

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2018年3月 5日 (月)

【映画評 感想】空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎

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  映画「空海
-KU-KAI- 美しき王妃の謎」Legend of the Demon Cat(中国語原題:妖猫)を見ました。日中合作の歴史ファンタジーですが、まことに見事な映像美。ハリウッド映画にも負けないゴージャスな映画が出来ました。何しろ製作費は10億人民元、つまり160億~170億円に相当します! 予算としては並みのハリウッド作品を凌駕するレベルです。

 原作は夢枕獏先生の小説『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』。10年以上も前にこの小説を読んで惚れ込んだチェン・カイコー監督が映画化したものです。

 美術準備で2年、セット造りに4年間もかけた、という大作で、撮影現場を訪れた夢枕先生も長安の都を再現した町並みの素晴らしい出来栄えに、つい感涙を催したそうです。

 原作小説は、あの弘法大師・空海が、一緒に遣唐使として中国に渡った橘逸勢(たちばなのはやなり)と共に、唐王朝の皇室にかけられた呪いの謎を解いていくファンタジー・ミステリーです。いわばこの2人がホームズとワトスンなのですが、映画化に当たり、この作品の相棒コンビは、空海と、同時代に活躍した大詩人・白楽天(白居易)に変更されました。日中合作ですので、そこは素晴らしいアイデアだと思います。空海が長安にいた時期(804806年)に、白楽天は官途に就いていたそうですから、全くありえない顔合わせではないのですね。彼が地方官となって赴任先で806年に発表したのが、代表作の「長恨歌(ちょうごんか)」で、映画の中でもこれが重要なカギを握ります。

 まだ全く無名の留学僧と、こちらも全く世に出ていない詩人。やがて歴史に名を残す日中の若い2人が、当時世界最大の国際都市、長安でこんな日々を送っていたのかも、と思うと楽しくなります。

 史実からかけ離れている点も多々あります。特に目立って史実と相違しているのは、9代皇帝・玄宗以後の皇帝の年代が、史実の皇帝と合わない点で、実在の10代皇帝・粛宗は、玄宗とほとんど同時期に亡くなっています。史実において、空海が唐にいた時期、805年に亡くなった徳宗皇帝は第12代、その跡を継いだものの、在位わずか半年でその年のうちに亡くなった順宗皇帝は第13代にあたり、この皇帝の相次ぐ急死事件が、本作のモデルとなったと思われます。原作小説では史実通りの皇帝が登場するのですが、映画では、急死したのが玄宗のすぐ後の10代皇帝、そして後を受けた11代皇帝も病気になる、ということにしており、具体的な名前を出さないようにしています。

こういった部分は、あくまで娯楽作品ですので、おおらかに楽しむべきものでしょう。

 

唐の時代の長安。日本から遣唐使としてやってきた学僧・空海(染谷将太)は、皇帝の謎の死に立ち会います。それは明らかに呪殺とみられましたが、役人たちは皇帝の死因は風邪として片付けてしまいます。しかし、皇太子も病に伏し、役人たちは困り果ててしまいます。

同じ頃、皇帝を守る禁軍(近衛兵)の将校、陳雲樵(チン・ハオ)の妻、春琴(キティ・チャン)のもとに人語を操る黒い妖猫が出現します。

役人から皇帝の死の原因を突き止めるように求められた空海は、官を辞したばかりの詩人・白居易(ホアン・シュアン)と知り合い、2人で陳が豪遊している遊郭街に乗り込みます。そこで陳雲樵は恐ろしい化け猫に襲われ震え上がります。さらに彼の屋敷では、妻の春琴が完全に化け猫に取り憑かれてしまいました。妓楼で、新入りの妓生・玉蓮(チャン・ティエンアイ)にかけられた呪いを見事に解いた空海を見込み、陳雲樵は化け猫退治を空海に依頼します。

陳の屋敷で化け猫と対決した空海と白居易は、この化け猫が、陳の父で、やはり禁軍の幹部だった陳玄礼の手により、生きたまま埋められたことを恨み、この家にたたっている、と説明。しかし話はそれだけではなく、陳玄礼が関与した30年前の事件、先々帝の玄宗(チャン・ルーイー)の后、楊貴妃(チャン・ロンロン)の死に原因があることが分かってきます。黒猫はかつて玄宗皇帝の飼い猫であり、その後、化け物となったのだといいます。

白居易はこの時、後に彼の代表作となる「長恨歌」を書いていました。玄宗と貴妃の悲恋を描いた詩ですが、化け猫はどうも、その内容が事実と反する、と言いたいようです。

2人は、楊貴妃の侍女だった老婦人から、玄宗時代の宮廷に仕えた日本人、安倍仲麻呂(阿部寛)が楊貴妃の死の現場に立ち会っていた事実を知り、その側室であった白玲(松坂慶子)の元を訪ねます。彼女の元に残されていた仲麻呂の日記には、30年前の驚くべき真相が書かれていました。すべては玄宗が貴妃を大衆に披露した大宴会「極楽之宴」の夜に始まったというのです。

そこには皇帝と貴妃、仲麻呂のほかに、玄宗に仕えた妖術師の黄鶴(リウ・ペイチー)と、その弟子の白龍(リウ・ハオラン)、丹龍(オウ・ハオ)、後に貴妃の死にかかわる玄宗の最側近の宦官・高力士(ティアン・ユー)、大詩人の李白(シン・バイチン)、さらに、この宴会から10日後に反乱の挙兵をする将軍・安禄山(ワン・デイ)の姿もありました。全ての役者はそろっていたのです。そして、一体、誰が楊貴妃を殺害したか。

謎が謎を呼んで結末へと話は進みます…。

 

ということで、展開としてはまさに典型的なミステリーなのです。謎解きです。夢枕先生の代表作「陰陽師」を思わせるような、けれん味たっぷりの呪術合戦というのは意外に少なくて、むしろ若い2人が楊貴妃の死の真相にいかに迫っていくか、というところがスリリングに描かれています。これが非常に面白いです。

豪華極まりない映像と共に、音楽は「パイレーツ・オブ・カリビアン」など多くのハリウッド大作に名を連ねる名匠クラウス・バデルトが担当。さらに主題歌として、アニメ映画「君の名は。」の音楽でも知られる日本のバンドRADWIMPSが作った「Mountain Top」が使用されていますが、これがまた作品の世界によく合っています。

空海という人は、今では織田信長と並んで「どんなファンタジーやSFにしても許される怪人物」でしょう。そんなビッグネームを映像化するには、娯楽作品であればこそ、これだけの巨額の予算と大仕掛けが必要だった、という気がします。これぞ大スクリーンでみたい一作、というものでした。

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2018年3月 4日 (日)

【映画評 感想】ブラックパンサー

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  映画「ブラックパンサー」
Black Pantherを見ました。マーベル・シリーズの通算18作目にあたります。

ブラックパンサーといえば、数あるマーベル・コミックのヒーローものの中でも、かなり異色の作風で知られています。黒人のヒーローという点だけでなく、ヒーロー本人が単なる武闘派の戦士であることが許されず、一国の元首であり、民族の代表者であり、国際的な有名人である、つまり無責任な生き方が許されない制約がある、という要素です。

「マイティ・ソー」の主人公ソーもアスガルドの王位継承者なのですが、こちらはあまり責任感がなく、むしろモラトリアム期間を好んで続ける内に、弟のロキに王位を脅かされるような描き方でした。しかし、ブラックパンサーというのは、単なる強いヒーローの名ではなくて、そもそもが「ワカンダ王国の元首」であり「ワカンダ国軍の最高司令官」の別名であって、代々の王位継承者に世襲される称号です。肩に担う重責、がこのヒーローの大きな特色で、本作でもその点が非常に魅力的に描かれています。

本作は、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」および「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」からつながるお話になっています。

悪徳商人クロウ(アンディ・サーキス)が横流しした希少な万能金属ヴィブラニウム。これまで、ごく少量のこの金属がキャプテン・アメリカの楯に使用されただけでしたが、クロウの暗躍により、アイアンマンの起動した人工知能ウルトロンが悪に目覚めてヴィブラニウムを手にし、世界を破滅の淵に追い込みました。アベンジャーズ・チームの活躍で危機は去ったものの、戦闘により東欧の小国ソコヴィアが滅亡。この悲劇を繰り返さないため、国連はソコヴィア協定を結び、ヒーローたちを国連の管理下に置こうとします。

しかし、この協定が締結される会議場で演説中だったアフリカの小国ワカンダの国王ティ・チャカ(ジョン・カニ)が爆殺され、王太子ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は涙に暮れました。その後、アベンジャーズは協定拒否を唱えるキャプテン・アメリカ派と協定受け入れを主張するアイアンマン派の内部抗争に発展。また、ソコヴィア軍諜報部出身のジモ大佐による復讐劇として、キャプテンの旧友バーンズ軍曹が洗脳を受け、国王暗殺を実行させられたことで、ティ・チャラことブラックパンサーも、このヒーローたちの戦いに介入することになった…というのがこれまでのお話でした。

 

そして本作です。実はこの幻の金属ヴィブラニウムは、アフリカの発展途上国として知られるワカンダに多量にあったのです。はるかな古代、ワカンダに飛来した隕石にはこの夢の金属が大量に含有しており、ワカンダの主要部族は、山の上に引きこもったジャバリ族を除き、一人のリーダーを国王=ブラックパンサーとして擁立し、国家を樹立しました。

以来、この金属の能力を引き出したワカンダ人は、世界のレベルを数世紀も上回るような超ハイテク技術を生み出しましたが、対外的にはその技術を隠し、鎖国を保って秘密を保持。その後の世界の混乱や荒廃に背を向け、一国だけの繁栄を楽しんできたのです。

やはり鎖国政策をとってきたティ・チャカ国王も、治世の後半になってから積極外交を開始し、ソコヴィア協定をまとめるために中心的な働きをしたのですが、そのために暗殺されたのでした。

父の死を受け、王位に就くべくワカンダに帰国した王太子ティ・チャラは、母親の王妃ラモンダ(アンジェラ・バセット)、妹で天才的科学者でもある王女シュリ(レティーシャ・ライト)、忠実な国王親衛隊の司令官オコエ将軍(ダナイ・グリラ)、そして長い間、会えなかった幼馴染みのナキア(ルピタ・ニョンゴ)と再会します。

伝統的に、この国の国王が即位するためには、王国を構成する各部族から承認をとる必要があります。他の諸部族が形式的に「王位への挑戦権を放棄する」と宣言する中、長きにわたり交流断絶の状態にあったジャバリ族の長エムバク(ウィンストン・デューク)が突然、姿を現し、ティ・チャラに王位をかけた挑戦を求めます。長老ズリ(フォレスト・ウィテカー)が見守る中、両者は激闘を繰り広げ、ティ・チャラが辛くも勝利しました。

国王となったティ・チャラは、ロンドンの大英帝国博物館から、長年、死蔵されていたヴィブラニウムの金属器が盗難されたことを知ります。犯人は、ワカンダにとってヴィブラニウムの闇取引をする仇敵であり、前国王の死の原因を作った悪徳商人クロウでした。

クロウは韓国・釜山の闇市場で、ヴィブラニウムを売ろうとします。ティ・チャラはナキアとオコエを伴い、闇市場に乗り込みますが、そこにはクロウを追ってきたCIA捜査官で、ティ・チャラとは以前から顔なじみのエヴェレット・ロス(マーティン・フリーマン)の姿がありました。期せずして乱闘が始まり、壮絶なカーチェイスを釜山の街中で繰り広げた後、ロスはクロウを逮捕します。しかし、すぐにクロウの手下エリック(マイケル・B・ジョーダン)が現れて、クロウを救出してしまいます。

この時の戦闘でナキアをかばって瀕死の重傷を負ったロスを、ティ・チャラはワカンダに運ぶことにします。しかし、クロウを取り逃がした上、アメリカの捜査官を連れ帰ってワカンダの秘密を危険にさらすティ・チャラのやり方に、これまで王家を支えてきたボーダー族の族長ウカビ(ダニエル・カルーヤ)は激しく失望します。

そんな中、思わぬ男がワカンダ国境に一人、やって来ました。ウカビの前に現れたのは、クロウと共に姿を消した、あのエリックでしたが、それから事態は思いもよらぬ展開に…。

 

といったことで、かなり複雑なお話なのですが、よくよく構成された脚本で、非常に分かりやすく出来ております。しかも、こういう映画にありがちな、先を急いで急テンポで話をすっ飛ばす感じもなく、たとえば息子と亡き父親の情愛あふれる描写とか、その他の人物たちの愛憎や歴史的背景、肉親同士の屈折した想い…といったところが、しっかりと描かれて、人間ドラマとしても非常に秀逸なのが素晴らしい。ヒーロー・アクションものとして片づけるのはもったいない重厚なドラマ性があります。

アンディ・サーキスとマーティ・フリーマンという「ホビット」コンビの2人以外はほとんどの配役がアフリカ系の役者、という特異な作品ですが、日本人の目から見ても、そこが全く自然な展開として受け取れるのは見事です。とりわけ、久しぶりにモーション・キャプチャーでなく、顔出しで怪演するサーキスが本当に楽しそうです。「スター・ウォーズ」でこちらもモーションでしか登場しないルピタ・ニョンゴもたっぷり、生の姿で見られます。映像の素晴らしさは言うまでもありません。

そうそう、マーベル総帥スタン・リー(なんと95歳!)は本作でも元気に出演。セリフも長く、カメオという感じではなくて堂々の演技を見せています。半世紀以上も前の1966年(つまり昭和41年)に、ブラックパンサーの原作を創造した御大が、ついに映画化がかなったうえに自ら出演する、というのは考えてみると凄いことですね。

監督はライアン・クーグラー。あの「ロッキー」シリーズの最新作「クリード チャンプを継ぐ男」を監督した人です。そして、本作でエリック役のマイケル・B・ジョーダンはロッキーの親友アポロの息子クリード役として主演した人ですね。親子の情愛と継承、友情と裏切り、そして王位をかけた挑戦と、敗者の復活…実は本作では、このロッキー・シリーズの持ち味が効果的に生きているような気もしてきます。いつものマーベルものと異なるスポ根的な雰囲気は、そのへんかもしれません。

実に「充実の一本」ですね。見応え十分です。

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2018年3月 3日 (土)

【映画評 感想】シェイプ・オブ・ウォーター

ギレルモ・デル・トロ監督の話題の映画「シェイプ・オブ・ウォーター」The Shape of Waterを見ました。アカデミー賞の多くの部門にノミネートされ、「パンズ・ラビリンス」以来の傑作という呼び声も高い一作です。

「パシフィック・リム」のような娯楽大作から「クリムゾン・ピーク」のようなホラーまで手がける同監督ですが、なんといっても得意技と言えばクリーチャーもの、でしょう。モンスター、怪物が出てくるファンタジーはこの監督ならではの持ち味です。Photo


そして当然、デル・トロ監督ですから、容赦のない残酷な暴力シーンや性的なシーンも出てきます。それから1962年という冷戦期の時代背景から、繁栄しつつも狂気にとりつかれつつあるアメリカの暗部も暴き出されます。人種差別に女性差別、障害者差別、同性愛者差別、疑心暗鬼、表面的な虚飾の裏にある惨めな現実。かなりえげつない描写がある、という意味で大人の映画です。しかし、お話としてはおとぎ話のようであり、SFファンタジーでもあり、モンスター映画であるとともに、なんといっても恋愛映画でもあります。

 

1962年、アメリカ・ボルチモアの宇宙研究センターで働く清掃員のイライザ(サリー・ホーキンス)。声を出せない彼女の数少ない理解者は、アパートの隣人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンズ)と、同僚のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)だけでした。ジャイルズは定職を失った売れないイラストレーターで、さらに当時、差別の対象だった同性愛者。ゼルダは貧しい黒人女性で、いつも夫に対する不満を愚痴っています。

そんなイライザの地味で変化のない日常は、突然、破られます。ホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)が研究所に秘密裏に持ち込んだのは、アマゾンで捕獲された水生生物、半魚人(ダグ・ジョーンズ)でした。この生物を管理しているのは軍部出身の高圧的な男、ストリックランド(マイケル・シャノン)で、さらにその上にあって全権限を持つのは、軍部の最高位にある大物、ホイト空軍元帥(ニック・サーシー)でした。

やがてイライザは、その生物が高い知性を持ち、意思の疎通が出来ることに気付きます。水中にいる彼は、声を発しないイライザを障害者であるとは認識していない。そのことがイライザに安らぎを与えるのです。

しかし、初めから面倒な案件を早く片づけて、ワシントンに栄転したい、と願うだけのストリックランドは、生物を激しく虐待した上に、指を食いちぎられてしまいます。彼はホイト元帥に、生物を手っ取り早く殺して解剖し、宇宙での活動に必要な臓器の秘密を手に入れて、ソ連に先んじて宇宙計画を成功させよう、と進言します。

それを知ったイライザは、それまでの人生で発揮したことのない勇気を振り絞り、生物を助け出すことを決意します。手伝うように求められたジャイルズは、初めは怖気づくのですが、「彼を助けないなら、私たちも人間ではない!」というイライザの悲痛な訴えを聞き入れ、救助に加担。たまたま巻き込まれたゼルダも、見るに見かねて参加します。

そればかりか、意外なことにホフステトラー博士も、別の事情もあってイライザを助け、生物の救出作戦は成功します。生物はしばらくイライザのアパートに匿うことになりますが、まんまと生物を奪われたストリックランドは面目を失い、ホイトから「36時間以内に解決しなければ、お前は用済みだ」と冷たく言い放たれ、何が何でも犯人を突き止め、生物を始末しなければならなくなります…。

 

というような展開ですが、大筋のストーリーだけ見ると案外、あっさりしていますけれど、実際の描写は(ゴージャスな映像と相まって)非常に濃厚です。

特に「60年代の強いアメリカ」を体現するような白人男性ストリックランドは、虚栄心と性欲と暴力と差別の塊のような男として描かれています。そこに心優しく傷つきやすい同性愛者ジャイルズ、さらに繊細なイライザといった人物が対置され、おおらかだが芯の強いゼルダがお話を陰惨なものにしないように中心にいる、といった構図が見事ですね。

この映画は一種のおとぎ話であり、1962年の昔話であると同時に、明らかに「今の時代」を比喩的に風刺しているのですが、そういう背景を抜きにしても、イライザと生物との特殊な、しかも普遍的な「愛の形」は美しい。

どの出演者にとっても、非常に難しい役作りが求められた作品だと思います。これをまとめ上げて、ああいう演技を引き出したデル・トロ監督はやはり奇才です。計算され尽くした映像美と、残酷な描写と、美しいおとぎ話。読んではいけない怖い昔話、のような味を映画というフォーマットで作り込んでくる。やはり唯一無二の才能でしょうね。

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2018年2月24日 (土)

【映画評 感想】グレイテスト・ショーマン

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 映画「グレイテスト・ショーマン」
THE GREATEST SHOWMAN を見ました。ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル作品で、楽曲担当はペンジ・パセックとジャスティン・ポールのコンビ。あの「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞とグラミー賞、さらに別の舞台作品でトニー賞も受け、まさに破竹の快進撃をみせている2人です。

確かにこの作品、音楽が素晴らしい。1時間45分の間、オリジナル・ナンバー9曲が連続でつながり、ほとんど立て続けに時間を埋め尽くしております。ミュージカル映画でも、普通のお芝居がかなり入る作品がありますが、本作は、音楽とダンスシーンが中心となるタイプです。これがどの曲もどの曲も、素晴らしい完成度。全曲をシングルカットしてもいい感じです。実際、この映画のオリジナル・サントラは並み居るヒット曲を押しのけ、全米及び日本のチャートで1位をとる快挙を見せており、中盤で歌われる「ディス・イズ・ミー」はアカデミー賞にノミネートされております。

 本作で取り上げているのは、アメリカのショービジネス界で伝説の巨人とされ、史上初めてサーカス興行を行ったフィニアス・テイラー・バーナム(18101891)の半生ですが、正確な伝記ではなく、史実をベースとして創作されたストーリー、とされています。とはいえ、基本的にはバーナムの実人生をかなりなぞっている展開になっております。

 

 貧しい仕立屋の子供として生まれたP・T・バーナム(ジャックマン)は、上流階級の令嬢チャリティ・ハレット(ミシェル・ウィリアムズ)と仲良くなります。しかし彼らの恋は、身分違いゆえに許されるものではありませんでした。父親が死んで孤軍奮闘するバーナムと、花嫁学校に入れられたチャリティの仲は引き裂かれてしまいます。だが二人の想いは強く、ついに親の反対を押し切って結婚します。

 夫婦にはかわいい娘が2人うまれ、貧しくとも幸せな生活でしたが、バーナムの勤めていた海運会社が突然、船の沈没により倒産。これをチャンスと捉えたバーナムは、すでに沈んだ船の保有証書を担保として船主を装い、銀行から開業資金を融資してもらいます。

 この資金を元にバーナムは、ニューヨークの一等地マンハッタンに「バーナムのアメリカ博物館」を開館します。これは世界中の珍奇な物を集めた博物館でした。しかしバーナム一家の意気込みとは裏腹に客足は全く伸びず、経営は行き詰まります。ここで、子供たちのアイデアからヒントを得たバーナムは、物ではなく「珍しい人間」を見せ物にした興行を打つことを思いつきます。

 「ジェネラル・トム・サム(親指トム将軍)」の異名で知られる小人チャールズ・ストラットン(サム・ハンフリー)や、ヒゲ女レティ(キアラ・セトル)など、社会で受け入れられなかった人々を雇ってバーナム一座を結成した興行は大ヒット。一座はサーカスと呼ばれるようになり、バーナムは富豪の仲間入りをします。しかしこのショーは劇評家からは叩かれ、「低俗で悪趣味な見せ物」として激しく嫌悪する人々も多く、加えて経済的には成功したバーナム一家も、上流社会から成り上がり者として後ろ指を指されます。

 そこで、バーナムは、上流階級向けの演劇プロデューサーとして有名なフィリップ・カーライル(ザック・エフロン)を口説き、仲間に入れることに成功。フィリップはバーナム一座で空中ブランコの花形であるアン(ゼンデイヤ)と出会い、一目惚れしてしまいますが、人種と身分の違いを超えて愛を成就させることは非常に難しい時代でした。

 やがて、フィリップの尽力で一座は英国に渡り、世界の上流社会の頂点に立つヴィクトリア女王に拝謁。さらにそこでバーナムは、女王のお気に入りであり、一世を風靡していたスウェーデン人歌手のジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)と出会い魅了されます。バーナムはジェニーをアメリカに招いて興行を打つことで、自分自身も上流階層の社交界に受け入れられることを強く望みます。

 ジェニーがアメリカにやって来ると、バーナムは一座をフィリップに任せ、ジェニーと共に全米を回るツアーに出かけてしまいます。ジェニーのツアーはアメリカでも絶賛で迎えられますが、残されたチャリティたち家族は傷つき、一座のメンバーの心も、あまりに上昇志向が強いバーナムから離れていきます。そんな中、ついにサーカスを嫌う人々と一座の間で大騒動が持ち上がり、バーナムは破滅の危機に追い込まれてしまいます…。

 

 といった展開でして、一連のことがあっという間に(ほんの数年ぐらいの間に)起こったように描かれます。これは意図的な演出で、2人のバーナムの娘も劇中でほとんど年齢が変わりません。しかし、史実を見ますと、1829年にバーナム夫妻が結婚(ということはバーナムはまだ19歳)、34年からショービジネスを始め、41年(31歳ぐらい)にバーナムの博物館を開業。44年にヴィクトリア女王に拝謁し、50年(40歳ぐらい)にジェリー・リンドの公演を打ちます。そして65年(55歳ぐらい)に博物館が火災で焼け、テントによるサーカス興行「地上最大のショー」を開始。その後、政界に進出し州会議員や市長を歴任。73年(63歳ぐらい)にチャリティ夫人が亡くなり、別の女性と再婚して晩年を迎え81歳で亡くなる…。そんな人生ですので、実際には結婚から映画のエンディングあたりまでで36年も経過していたことになります。

 史実のバーナムは、偉大なショーマンであると同時に、典型的なペテン師とも見なされ、相当にあくが強く、功罪ともに相半ばして議論が尽きないような人物です。

また、他の実在人物として、19世紀当時、世界で最も有名なオペラ歌手だったジェニー・リンド(182087)についても、本作ではバーナムとのロマンス色が強く描かれていますが、実際のリンドは大作曲家メンデルスゾーンと秘密の恋愛関係にあったのでは、と言われる人です。その他にも、あのピアノの詩人ショパンとの関係や、童話作家アンデルセンに求婚されて断った、といった逸話もあるなど、この人の実人生そのものが大変ドラマチックだったようですね。

リンドは1850年に始まったバーナム主宰の全米公演を中途で打ちきった後(主にバーナムの運営姿勢に疑問を抱いた、ということのようです)、自主公演として52年まで全米ツアーを継続しており、収益のほとんどを慈善事業に寄付しています。さらにこの時に共演したドイツ人ピアニスト、オットー・ゴルトシュミット(この人もメンデルスゾーンの弟子)とボストンで挙式し、一緒に欧州に戻っており、このへんもちょっと映画の描き方とは相違しているようです。

 サーカスのメンバーでは、ジェネラル・トム・サム(183883)は実在の人物です。彼を伴った公演を英国で行った際に、ヴィクトリア女王に拝謁したようで、映画でも女王が彼に強い興味を抱くシーンがあるのは史実を反映しているのでしょう。他の人々は、モデルになる実在人物はいるものの、本人そのものとしては登場していません。

 というような史実との相違はしかし、このミュージカル作品では気にしないことです。これまでにP・T・バーナムを取り上げた映画は何度も作られており(特に有名なのは1986年の「バーナム/観客を発明した男」で、バーナムを演じたのはバート・ランカスター)、また1980年にはズバリ「バーナム」という題のミュージカルも舞台で公演されていますが、それらはより忠実にバーナムの人生そのものを伝記的に紹介していたようです。しかし今回は、あくまでもバーナムという人物をモデルとした「人生賛歌」として、見事にストーリーを盛り上げています。このあたりは、第一稿をもとに脚本を練り上げたビル・コンドン(あの「美女と野獣」の監督です)の手腕なのだろうと思います。

 歌が素晴らしい、と初めに申しました。特に冒頭の「ザ・グレイテスト・ショー」、それからバーナムがフィリップを口説く「ジ・アザーサイド」、ジェニー・リンドがステージで歌い上げる「ネヴァー・イナフ」、ヒゲ女がリードをとり、本作を代表する一曲「ディス・イズ・ミー」、さらにフィリップとアンの想いが爆発する「リライト・ザ・スター」…、ざっと挙げたつもりで、もうほとんどの楽曲を挙げなければならないほどです。

 多くの歌唱は出演者が自身でこなしております(ジェニー・リンドの歌声はローレン・オルレッドが吹き替え)。そもそもミュージカル・スターであり、「レ・ミゼラブル」の主演で有名なジャックマンは元より、舞台ではすでに定評のあったキアラ・セトルや、ヴォーカリストとしての実績があるデンゼイヤの歌唱力の高さに、改めて脚光が当たっています。「ヘアスプレー」などで知られるエフロンも歌える人なのは当然ですが、今作はことのほか大変だったのではないでしょうか。「ジ・アザーサイド」のシーンでは、酒場でバーナムとフィリップが飲みながら歌い、踊るという展開で、2人がグラスを空けると、すかさずマスターが酒をつぐ、という繰り返しがスリリングで、これは難しかっただろう、と思いましたが、パンフレットに拠ればこのシーンだけで3週間も練習したとか。「リライト・ザ・スター」を歌うシーンでは、デンゼイヤと共にロープや空中ブランコで舞い上がりながら歌う、という場面を、もちろん吹き替えなしで本人たちがやっています。デンゼイヤも今作のために、何か月も空中ブランコを練習したそうで、もうシルク・ド・ソレイユばりの危険な演技を自分でやっていますが、ここも大きな見どころです。

 最初から最後まで一貫して描かれる「差別との闘い」というテーマが、あくまでエンターテイメントの流れを損なうことなく、しかし胸に迫る重みを持って提示されているのは本作の特徴として特筆すべき点でしょう。

 本当に、グレイテスト・ショーの名にふさわしい一作です。日本でもサントラ盤CDの生産が追いつかず、入荷未定の状態が続いています。この豪華絢爛たる映像と音楽を楽しむには、やはり大画面で、と思いました。

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2018年2月 4日 (日)

【映画評 感想】ジオストーム

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「ジオストーム」
Geostormという映画を見ました。監督がローランド・エメリッヒ作品の製作・脚本で有名なディーン・デヴリンということで、典型的なSFディザスター映画かと思ったのですが、見てみると違うのです! もちろんSF要素も災害パニックものの色も十分なのですが、後半はむしろクライム・アクション映画なのですね。実はこのクライムもの、犯罪捜査の部分が面白い、という一本です。主演が「オペラ座の怪人」や「300」で知られるジェラルド・バトラーということが主要な動機で見に行ったのですが、これがなかなか期待を上回る快作です。主人公の弟の彼女が、ホワイトハウスのエリート大統領警護官という設定なのですが、なぜこういう人物がこの種のSF映画に出てくるのか、最初は若干の違和感を覚えるものの、その後の展開を考えると大いに納得なわけです。

結構、アメリカの批評サイトなどでは辛口なものが目立つようですが、おそらくデヴリン監督にエメリッヒ作品のような災害大作を期待しすぎたのではないでしょうか。私はいい意味で、予想を裏切られた作品でした。

 

壊滅的な自然災害が続発した2019年、世界17か国が力を合わせて、地球の気候を宇宙ステーションと人工衛星網でコントロールする「ダッチボーイ」システムが完成します。ダッチボーイ(オランダ人の少年)とは、堤防の決壊を命がけで食い止めた少年の有名な逸話にちなんだ命名です。世界中から集まったスタッフを束ね、見事に計画を成し遂げたアメリカの科学者ジェイク・ローソン(バトラー)は一躍、世界の救世主と讃えられますが、それから間もなく、米上院の査問委員会に呼び出されます。独断専行の多いジェイクは、持ち前の傲岸な性格も災いして、計画の主任を解任されたばかりか、NASAでのすべての任務を取り上げられ、解雇されてしまいます。

しかも、ダッチボーイ計画の指揮権は、ジェイクの弟で国務省の官僚であるマックス・ローソン(ジム・スタージェス)に与えられます。屈辱と怒りの中で計画を去ったジェイクは姿を消し、世捨て人のようになってしまいます…。

それから3年後の2022年。それまで順調に稼働していたダッチボーイが不具合を起こし、アフガニスタンの砂漠の村が氷結、多くの村人が凍死する、という痛ましい事件が起こります。さらに事故は続き、香港では超高温のためにガス管が爆発し多数のビルが倒壊、大災害が発生します。そのうえに、国際宇宙ステーションで、一人のスタッフが通常では考えられない事故で死亡。あきらかにシステム上の異変が起きていると思われました。

実は、ダッチボーイはあと2週間で、アメリカ政府の手を離れ、国連に移管することになっていました。当初、パルマ合衆国大統領(アンディ・ガルシア)は事件を隠蔽したまま手放そうと考えますが、それでは無責任、というマックスの意見を入れることにし、デッコム国務長官(エド・ハリス)の進言もあり、計画のすべてを熟知する唯一の男、ジェイクを呼び戻して、宇宙ステーションに派遣することにします。ジェイクの復帰には乗り気でないマックスも、国務省の上司で、恩人であるデッコムの意見には逆らえません。

仕事を失い、妻とも離婚。一人娘のハンナ(タリタ・ベイトマン)の成長だけを楽しみに暮らすジェイクの元を、今や国務次官補に昇進しているマックスが訪れます。これまでの経緯から反目する兄弟ですが、心血を注いで作り上げたダッチボーイの異常を知り、ジェイクは再び宇宙ステーションに向かうことを決意します。

3年ぶりに訪れたステーションでジェイクを出迎えたのは、かつての部下でドイツ出身のウーテ・ヒスベンダー(アレクサンドラ・マリア・ララ)。しかし今では彼女がこの基地の指揮官であり、ジェイクはすでに過去の人。3年前にはいなかったメキシコのアル(エウヘニオ・デルベス)や、英国のダンカン(ロバート・シーハン)らクルーの態度も冷ややかなものでした。

そんな中、香港駐在のダッチボーイ・システム調査員チェン(ダニエル・ウー)が、前の異常高温事件を調べるうちに、関係者であっても衛星の制御システムにアクセス出来なくなっている事実に気付き、連絡してきます。このまま制御不能の事態が進行すれば、地球全体が「ジオストーム」(破局的な世界規模の大嵐)に見舞われる、と指摘したチェンは、さらに重要な秘密をつかむと、マックスに会うためにアメリカまでやって来ます。しかし、マックスに接触しようとする寸前に、チェンは何者かに襲われます。マックスと、その恋人で大統領警護官のサラ・ウィルソン(アビー・コーニッシュ)は、ダッチボーイの不具合が単なる故障ではなく、人為的な妨害工作であることを疑い始めます。

そのころ、衛星のデータを記録しているデバイスを回収しようと宇宙遊泳に出たジェイクも、作業中に宇宙服の制御装置が故障して命を落としかけます。ジェイクとマックスは、これが何者かの陰謀による犯罪なのではないか、という結論で一致します。

マックスは、チェンから聞いたダッチボーイ計画の背後で人知れず進行している「ゼウス計画」という名称の別のプロジェクトを調べるために、旧友の国務省職員でネット・ハッキングの名人ディナ(ザジー・ビーツ)の助けを借りて情報にアクセスしようとしますが、現職の国務次官補で、ダッチボーイ計画の責任者であるマックスでも情報を得られないことが分かり愕然とします。やむなく、最高レベルの捜査権限とあらゆるアクセス権を持っている人物、つまりサラの協力を得て調べたところ、ゼウス計画というものは、ダッチボーイを気象兵器として用いる悪魔のプランであり、その解除に必要なコードは合衆国大統領だけが知っている、ということが判明します。

そうするうち、インドのムンバイで、モスクワで、リオデジャネイロで、東京で、異常な気象現象が起こり、大災害が発生します。かくて、フロリダ州オーランドの党員集会に出席するパルマ大統領をめぐり、サラとマックスはどうするのか。そして、宇宙ステーションで見えない敵と戦うジェイクとウーテは、ジオストームを阻止出来るのでしょうか…。

 

ということで、ジェラルド・バトラーとジム・スタージェスの兄弟の反目とか、一人娘との情愛とか、おいしいところはしっかり押さえていますが、全編を通して見ると、2人の強いヒロインがとにかく活躍します。つまりドイツ人科学者ウーテと、警護官サラですね。この2人が実にかっこいい。アレクサンドラ・マリア・ララは「ヒトラー~最期の十二日間~」の総統秘書ユンゲ役で有名ですが、私は久しぶりに見ました。今やドイツ映画界を代表する女優さんです(この人、本来の国籍はルーマニアですが、4歳から西ドイツに移住し、ずっとドイツで暮らしているので、ドイツの女優と言って全く問題ないでしょう)。それからサラ役のアビー・コーニッシュが凜としていて、実にいいです。実際に警護官だった人の指導を受け、射撃の訓練も積んで役作りしただけのことがあります。この人も、私は「エリザベス・ゴールデンエイジ」でエリザベス1世女王の侍女ベス・スロックモートンをやっていた頃しか覚えていなかったのですが、いい女優になりましたね。この人はオーストラリアの人で、ホワイトハウス職員の役柄ですが、実はアメリカ人ではありません。

マックス役のジム・スタージェスは、近年のヒット作としては「クラウド・アトラス」ですが、2008年の映画「ブーリン家の姉妹」では、ナタリー・ポートマン演じるアン・ブーリンの弟の役をやっていました。あの作品ではこの人も、イケメンの若手としてかなり注目されたと思いましたが、その時点ではずっと端役扱いだったエディ・レッドメインやベネディクト・カンバーバッチのその後の大出世が話題になりました。この人もぜひ頑張ってほしいです。ちなみにジム・スタージェスはロンドン出身、ジェラルド・バトラーはスコットランド出身で、いずれも英国籍。米国人兄弟という役柄ですが、こちらも実は全くアメリカ人ではないわけです。

その一方、英国人クルーの役をやっているロバート・シーハンという人、どこかで見た顔だと思えば、ニコラス・ケイジ主演の「デビル・クエスト」(2011)で最後まで生き残る騎士見習いの若者を演じていました。この人は英国籍でなく、実際はアイルランド人です。

宇宙ステーションの描写などはまことに素晴らしいもので、NASAの監修を受けており、リアルそのものです。一方で、絶叫災害ものとしての側面は、見終わってみると意外に薄いです。その点が、そういう作風を期待していた人には物足りなかったのかもしれません。それに、「アメリカが世界を救う」というハリウッド映画のお定まりのパターンからいえば、本作はむしろ、環境の悪化を無視し、国際協調を破って独善的に行動する「アメリカの暗部」をテーマにしている感じです。主人公を最後に救うのがメキシコ人のクルーだったり、2022年時点の合衆国大統領が、アンディ・ガルシアが演じるラテン系だったり(ということは、トランプ氏は1期だけ、という意味ですね。もっとも本作の撮影時はまだトランプ氏が勝利するなど全く予想されていなかったそうですが)という描き方は、アメリカ・ファーストな信条の人からは敬遠された、という可能性もあります。

ちなみに、ダッチボーイの建造に関わった17か国の中には日本も入っているようで、宇宙船の機体に描かれた日の丸がしっかり確認できます。

なんにしても私は、サラ・ウィルソン警護官が活躍し出す後半の展開が好きですね。カーチェイスあり、銃撃ありで、出だしはSF然としていたこの作品がそういう話になるのか、と思いました。この人をヒロインにして新シリーズにしてほしいぐらいです。

それに、クライマックスの盛り上がりは素晴らしいですよ。この手の作品は、最後はこうならないと、というところはきっちり感動的に演出してくれています。大画面で見て損のない一作だと思いました。

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2018年2月 3日 (土)

【映画評 感想】ダークタワー

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 映画「ダークタワー」
The Dark Towerを見ました。あのホラー文学の巨匠スティーヴン・キングが30年がかりで書き上げた大河小説の映画化で、メガホンを執るのは、「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」で知られるデンマークのニコライ・アーセル監督。今まで、長年にわたってJJ・エイブラムズ監督やロン・ハワード監督がこの小説の映画化に取り組んでいたそうですが、諸般の事情でアーセル監督の出番となったようです。このアーセル監督、少年時代から原作を愛読し、当時、組んでいたアマチュアバンドで、「ダークタワー」にちなんだオリジナル曲を演奏したこともあるほどの筋金入りのファンだとか。

 そして配役として、今をときめくイドリス・エルバに、アカデミー賞俳優のマシュー・マコノヒーが顔をそろえる、ということで、なにやらただならない物を感じて見てみました。この2人の俳優は我が家的にお気に入りですし。

 見終わってみて、やはりこの2人の存在感と演技は素晴らしいです。というか、このレベルの人たちだから成り立った企画かも、と思います。それと、子役のトム・タイラーという人もいい。今現在16歳ということですが、まもなく名子役を脱して、期待の若手、と呼ばれそうです。いかにもスティーヴン・キングの作品らしい「わかってくれない大人」と子供の対立、というモチーフにぴったりのピュアな、そして役柄からでしょうが、ちょっとどこかダークな感じもある少年です。

 しかしまあ、7部構成の大河小説で、日本語版でも新潮文庫から16冊とか、番外編も入れるとさらに、とかいうボリュームの大長編を、2時間にも満たない映画一本にするのはかなり無理があったのでは。スティーヴン・キングが大いに影響を受けたという「指輪物語」も、「ロード・オブ・ザ・リング」と「ホビット」あわせて6部作でなんとか映像化したわけです。「ハリー・ポッター」にしても「スター・ウォーズ」にしても、やはりそれなりのスケール感がないと描けないものは描けない、と感じてしまいます。

 要するに、原作を全く知らない人には不親切、そして原作のファンからすれば物足りないも甚だしい、ということになりそうですが…。これはむしろ、1年ぐらいかけて大河ドラマにした方がいい素材かもしれません。

 ではあるのですが、色々な制約がある中、監督がもともとファンであるというのが強みで、短い時間の中で、しっかり手際よくストーリーは盛り上げていますし、世界観も不十分ながら、なんとなく理解出来ます。原作の持ち味は正しく伝えているのではないかと。キングの作品世界への思い入れや愛を感じるように思います。だから見応えはあります。問題はおそらく製作面でのビジネス的な制約がいちばん大きいのでしょうが…。

 

 ニューヨークに住む11歳の少年ジェイク・チェンバーズ(トム・タイラー)は、1年前に消防官だった父親が殉職し、心を閉ざしています。母親のローリー(キャサリン・ウィニック)は息子を愛していますが、早くも新しい夫と再婚。義父のロンは露骨にジェイクを邪魔者扱いにしています。

 ジェイクは1年前の父の事故以来、夜な夜な不思議な夢を見るようになりました。真っ黒い巨大な塔がそびえ立つ世界。その塔を、機械に縛り付けられた子供たちが発するエネルギーのビームが攻撃して破壊する、というものです。無数の世界を結びつけている塔が崩壊すれば、この宇宙は終焉を迎え、暗黒の勢力が乗り込んできます。その証拠に、塔が揺らぐ夢をジェイクが見るたびに、現実の世界でもニューヨークはもちろん、各地で地震が頻発するのです。

 塔を破壊するべくあちこちから子供たちを集め、暗躍する不気味な「黒衣の男」や、これと敵対し、暗黒の塔を守ろうとする拳銃の使い手「ガンスリンガー」の存在。黒衣の男に従う一見、人間のようで、実は人の顔のマスクを被っている醜い獣のような亜人種…。

 当然ながら精神科医は、父親を失ったがゆえの妄想だと切り捨てますが、ジェイクはこれらの夢の世界が実在すると考えます。やがて、学校でトラブルを起こしたジェイクは施設に送られることになります。しかし、迎えに来た施設の職員の首筋に、マスクの切れ目があることに気付いたジェイクは、慌てて逃げ出します。

 ジェイクは夢で見たニューヨーク市内にあると思われる古い建物を探し、ついにたどり着きます。そこには、異世界に転移出来るポータルが存在していました。ジェイクが足を踏み入れた先は、夢に出てきた「中間世界」と呼ばれる荒廃した領域。そして、そこで出会ったのは、やはり夢で見た「最後のガンスリンガー」ことローランド・デスチェイン(イドリス・エルバ)その人でした。

 ジェイクから夢の話を聞いたローランドは、「夢読み」のアラ(クラウディア・キム)を尋ねて小さな村を目指します。

 しかしその頃、ただならぬ超能力「シャイン=輝き」を秘めた子供が中間世界に侵入したことを悟った黒衣の男ウォルター(マシュー・マコノヒー)は、ニューヨークに行ってジェイクの家を訪れ、ローリーから情報を手に入れます。ジェイクこそ、暗黒の塔を破壊出来る最強の能力者に違いない、と判断したウォルター。しかも、そのジェイクと一緒に宿敵ローランドがいることを知り、ウォルターは村を襲撃することにします…。

 

 というような展開ですが、ジェイクという子供の設定が原作とはかなり異なりますし、黒衣の男ウォルターというのが何者で、これに仕える亜人種タヒーンというのは何なのか、というのも全く描かれません。ウォルターの主君であるクリムゾン・キング(真紅の王)の存在も、ちょっと暗示的にふれられるだけ。だから、本作だけ見て知識が完結するようには出来ていません。

 しかし、スティーヴン・キングの語る物語はみな、このダークタワーの世界とつながっている、という背景を知ると、見えてくるものがあるわけです。たとえば「IT」でさらわれていく子供や、「キャリー」で最後に行方不明となる超能力少女キャリー、といった人物は、要するにこのウォルターの下に送られて、暗黒の塔の破壊に使役されているのかもしれない、という具合です。

 主演級の3人のほかの人物では、アラ役のクラウディア・キムが美しい。日本では「キム・スヒョン」の名で知られる韓国の女優さんですが、欧米圏ではクラウディアという名で活動。「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」にちょっとマッドな女性研究者の役で出演して知名度を上げ、今度はエディ・レッドメインが主演するハリー・ポッターの続編「ファンタスティック・ビースト」シリーズの次作に出演するそうで、ハリウッドで大いに活躍しています。すごいですね。

 それからチョイ役ですが、ウォルターの直属の部下の一人、亜人種タヒーンの女性ティラナを演じたアビー・リー・カーショウも、出演シーンが少ないのに目立ちました。「マッドマックス」の新作や「キング・オブ・エジプト」などで注目された美貌の人。さすがにトップモデルの一人、立っているだけでも存在感があります。何しろウォルターが、マスクを被っている亜人種と知っての上で一目惚れしてしまう、というような描き方なので、こういうレベルの人を起用したのでしょうが、ここのシーンがウォルターという謎めいた男の個人的な人間性(というか女の好み)を覗かせて、ちょっと面白いです。

 大作小説を映像化するには短すぎる、という見方もある一方で、ひとつの作品としてみると、ちょうどいい長さのようにも感じられるのが悩ましいところです。映画の密度や登場人物の数からして、実は見終わった後の充実感はしっかりあります。

 やはり後の展開などを気にすることなく、単発映画として充実させる、という方法を優先したのだろう、と思われるわけです。何が正解というのは難しいですが、いろいろと、有名な原作がある映画化について考えさせられる一本でもありました。

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2018年1月12日 (金)

【映画評 感想】キングスマン : ゴールデン・サークル

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  映画「キングスマン
: ゴールデン・サークル」Kingsman: The Golden Circleを見ました。2014年のヒット作の続編で、「キック・アス」などで知られるマシュー・ヴォーン監督の作品です。

英国のロンドン、サヴィル・ロー街にある高級紳士服店を隠れ蓑に暗躍する、どこの国家にも帰属しない国際諜報組織「キングスマン」。前作では、ハリー(コリン・ファース)にスカウトされて、そのエージェント候補生となったエグジー(タロン・エガートン)が成長していく物語でした。

厳しい教官のマーリン(マーク・ストロング)にしごかれ、上流階級出身のチャーリー(エドワード・ホルクロフト)と対立しながら、最終試験では親友ロキシー(ソフィー・クックソン)に敗れて訓練所を去ることになったエグジー。しかし、人類の人口削減を目指す狂気の富豪ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)と、その部下のガゼル(ソフィア・ブテラ)の手にかかって、ハリーが米ケンタッキー州の教会で殉職。奮起したエグジーは最終的にヴァレンタインの野望をくじき、キングスマンの正式メンバーに迎えられます。さらにヴァレンタインに監禁されていたスウェーデンの王女ティルデ(ハンナ・アルストロム)といい仲になりエンディング、というものでした。

本作は、それから1年後にスタートします。

 

今や立派なキングスマン・エージェントとなり、活躍するエグジー。ある日、候補生時代の仇敵チャーリーが現れ、襲われます。チャーリーは候補生を落第した後、ヴァレンタインの組織に寝返り、その後は死んだと思われていました。エグジーは何とかこれを撃退したのですが、ロキシーの調査により、チャーリーが単なる個人的な復仇の念だけで現れたのではなく、現在では謎の女ボス、ポピー(ジュリアン・ムーア)率いる国際麻薬組織「ゴールデン・サークル」の一員となって行動していることが分かります。

たまたまエグジーがティルデの両親であるスウェーデン国王夫妻と会食している間に、ゴールデン・サークルの放った巡航ミサイルの攻撃を受けて、キングスマンの拠点はすべて壊滅。リーダーのアーサー(マイケル・ガンボン)以下、ほとんどが殉職してしまいます。

エグジーは生き残ったマーリンと共に、まずは組織が危機に瀕した場合の取り決めに従うことにします。指定された秘密金庫には、米ケンタッキー産のバーボンの瓶があるだけでしたが、これにより2人は、アメリカに渡ることにします。

そのバーボン蒸留所で2人を出迎えたのは、テキーラ(チャニング・テイタム)と名乗る武闘派の荒っぽい男でした。敵のスパイと疑われ、手もなく捕えられた2人はそこで、死んだはずのハリーと再会して驚愕します。ハリーはヴァレンタインに頭を撃たれた後、ここの組織の技術担当者ジンジャー(ハル・ベリー)に救出され、一命を取り留めたのですが、左目を失い、自分が諜報員だったことも忘れて記憶喪失となっていました。

この組織は、バーボン蒸留所を表向きとする「ステイツマン」という諜報機関でした。19世紀に「キングスマン」と並んで設立された兄弟組織で、万一の場合には協力し合う取り決めがあったのです。ステイツマンのリーダー、シャンパン(ジェフ・ブリッジス)はキングスマンの組織再編に協力することを約束し、共にゴールデン・サークルと戦うことを決意します。

エグジーは、ステイツマンのエージェント・ウイスキー(ペドロ・パスカル)と共に、まずは所在がつかめているチャーリーの恋人クララ(ポピー・デルヴィーニュ)に接触します。その間にポピーは公然と動きだし、麻薬合法化をアメリカ大統領(ブルース・グリーンウッド)に迫ります。ポピーがカンボジアの密林に築いた秘密拠点には、誘拐されて姿を消していた英ロック界のスーパースター、サー・エルトン・ジョン(本人役)がいました…。

 

というようなことで、いきなり最初の方でキングスマンの組織が全滅、という荒業なのが驚いてしまいます。結果として、前作の要素を引き継ぎつつも、同じような展開をなぞることは一切なく、常に新鮮さを狙うヴォーン監督の大胆不敵な意志の表れでしょう。その後も次々に意表を突く展開、新しいギミック、アイデア満載で、残酷な描写とシュールなブラック・ユーモアがテンコ盛り、と前作の過激なノリを損なわず、マンネリと呼ばせない手際は見事なものです。いい意味で期待を裏切りつつ、トータルで期待を裏切らない、とでも言いましょうか。これは人気作の続編を作るうえで、非常に難しいことなのでしょうが、やってのけている感がいたします。えげつない、不謹慎、と言ってよいような内容なのに、洗練された知的さがそれを包んで、最後まで強引に見せてしまう、というのがこの監督の得意技だと思いますが、まさに本領発揮の一作だと思います。

前作からの出演陣は息もぴったりで、今回から加わったメンバーも非常に豪華絢爛。ジェフ・ブリッジス、ジュリアン・ムーア、ハル・ベリー、コリン・ファースとオスカー受賞者が当たり前のようにたくさんいる状態です。おまけにチャニング・テイタムまで入って、かなり「奇跡のキャスティング」となっております。いずれもアクの強い個性的なキャラクターを演じ、遺憾なく名演を競っています。

これらの大物たちに交って主演を張るエグジー役のタロン・エガートンは、前作では全く無名の新人でした。作中の人物と同様、立派な存在感を示して成長ぶりが著しいです。スウェーデン王女役のハンナ・アルストロムが続編でこれほど活躍するとは思いませんでしたが、前作以上に登場。また、エグジーの母親ミシェル役のサマンサ・ウォーマック、前作の悪役コンビ、サミュエル・L・ジャクソンとソフィア・ブテラもワンシーンですが再登場しているのも嬉しい演出です。

出番は少ないですが、アーサー役として、ハリー・ポッター後期のダンブルドア校長役で有名なマイケル・ガンボンが出ているのも注目。クララ役のポピー・デルヴィーニュは、バーバリーなどのモデルとして知られる人です。この人の妹が、やはり著名なスーパーモデルであり、女優としても「スーサイド・スクワット」などで注目されたカーラ・デルヴィーニュですね。エージェント・ウイスキー役のペドロ・パスカルは、米中合作の歴史劇「グレートウォール」で、マット・デイモン演じる主人公の相棒役をやっていた人です。

しかしなんといってもキャスティングで大注目なのが、エルトン・ジョン本人役のサー・エルトン・ジョンその人です! カメオ出演などというレベルでなく、最初から最後まで出ずっぱりです。「ロケットマン」や「土曜の夜は僕の生きがい」などヒット曲も熱唱。至るところで「この野郎、くそ野郎!」と放送禁止用語を連発。格闘シーンまであって、見終わってみると「本当の主演はエガートンでもファースでもなく、エルトンなのでは?」という印象すら残りました。このへん、大真面目に批評すればバランスを崩すほどの違和感、と感じる人もいるのかもしれませんが、そもそも常識的な枠を破るのが本作の持ち味でしょうから、ド派手な70年代のステージ衣装で暴れまわるエルトンの勇姿こそ、まさに本作を象徴するものではないかと思いました。

シリーズは3作目の製作もほぼ確実なようです。次はまたどんな手で見る者の期待を(いい意味で)裏切って来るか。人気シリーズとなればなるほど、監督としてはますます難行苦行となるに違いないですが、見る側としては、まことに楽しみですね。

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