2009年11月12日 (木)

マイケル・ジャクソン THIS IS IT

 ようやくながらマイケル・ジャクソンの遺作「THIS IS IT」を見てまいりました。一言で感想を言えば・・・「とにかく見ておいたほうがいい」というものです。
 私自身は熱いファン、というわけではないですが、「ビート・イット!」とか「ビリー・ジーン」はかつてバンドでコピー演奏した覚えもあります。ちなみにそのときのヴォーカルは女性にやってもらいました。
 演奏するだけでも大変な曲が多いのですが(特に初期の曲などは、バックを務めるのがなにげにTOTOのメンバーで、聞き逃してしまいそうなバッキング・ギターがスティーブ・ルカサーで、リードはエディ・ヴァン・ヘイレンだったりと、初めからレベルが高い)それを歌い、踊り、のみならず、リハーサルではずっと自分がキューを出し、間奏の入り方やバッキングの演奏の仕方から立ち位置、ライトの照らし方、曲の要所要所のコードの変更、終わりの部分の余韻の持たせ方・・・あそこまで本人が仕切っているとは思いもしませんでした。演出するオルテガ氏は基本を設定するだけで、現場監督はまさにマイケル本人が全部、やっていたんですね、もう脱帽。まさに才能の塊のような人だったんですね。しかも50歳! 50歳にして、あんな激しいリハーサルを100時間も続け、しかも自分だけでなく、全スタッフの動きを把握し、指示を出し続ける・・・彼が常人でないことはわかってましたが、あれほどまでに・・・驚くべき記録です。
 しかも、そんな彼がもうこの世にはない、この映像の最後で「さあみんなで頑張ろう」といってロンドン公演に向けて一同が団結するのですが・・・信じられません。
 その後の報道によれば、ろくに食べ物も食べず、薬だけで生命を永らえていたといいます。もしツアーに入っても、やはりどこかで燃え尽きてしまったかもしれません。そんな恐るべき覚悟と気迫に満ちており、いわゆるミュージックヴィデオのような生ぬるいものではありません。見事なドキュメンタリー映画です。映画としての構成も見事で、残された映像と、本来はやるはずだった演出をうまくつなぎ、どんなショーを目論んでいたか全貌がしっかり分かるようにできているのが素晴らしい。
 そして・・・何よりマイケルについていきます、とすべてをささげているスタッフたち。あの見事なショーが、あそこまで完全に出来あがっていたものが、たった一度も実際にやれないままで終わってしまったミュージシャンたち、ダンサーたち、その他の人たち・・・彼らは「あの日」以来、どうなってしまったんだろうか。それを考えると暗澹としてしまいます。
 とにかく、こういう人と同時代に生きられてよかった、というにふさわしい巨星だったことが改めて実感できました。選曲もまんべんなく、上記の2曲はもちろん、初期のジャクソン・ファイヴの時代から最近まで、網羅されています。が、中心となるのはやはり全盛期の「スリラー」「BAD」アルバムでして、「デンジャラス」以後からは若干という感じ。
 映画が終わると、会場では期せずして拍手が沸き起こりました。マイケルのラスト・ライブに対するもので、いわゆる映画を観終わった後の反応ではありませんでした。私にも、その場の空気がよくわかりました。
 二度と、このようなエンターテイナーは現われないでしょう。せめても、このツアーを一回でも二回でも実際にやらせてあげたかった、とだれもが思える作品です。

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2009年9月28日 (月)

改めてサウンド・オブ・ミュージックに思う。

Photo  映画「トラ・トラ・トラ!」の40周年記念DVDブルーレイ版というのが出る、というのでつい予約してしまいました。年末に出るそうですが、今までの普及版DVDにはなかった日本公開版とアメリカ公開版、ということは渥美清の出ているシーンも入っているのでしょう、それに初めて日本語吹き替えも入れる、とのことで、かつて地上波テレビでこの映画を見た人にはすごく懐かしいのじゃないでしょうか(私もテレビで見た印象が強くて、その後の普及版DVDは納得できませんでした)。
 ところで近頃は往年の名作映画のデジタルリマスターDVDが出てきて、けっこう楽しませてくれます。60年代、70年代の名作が続々と生まれたころの映画は、悪いけれど最近の映像ばかり派手だけど内容は五番煎じ、六番煎じ・・・といったものと違い、内容の良さは折り紙付き。いかんせん、画像が古くて、というのが技術の進歩で新作同然になるわけで、ありがたいことです。「映画って本当にいいもんですね」といえた時代はよかったですね。これ、音楽も同じですけど・・・今になってもビートルズやレッド・ツェッペリンのリマスター盤が売れるわけで、若い世代には申し訳ないけど、もはや彼らで十分であって、五番煎じみたいな「新しいバンド」なんて今更、出てこないでいいのじゃないかと思ってしまうのは確かです。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、先日の「シェルブールの雨傘」に引き続き、今度は数年前にやはり公開40周年でリマスターされた「サウンド・オブ・ミュージック」を買って見直しましたけれど、いやあ、やっぱり面白いですねこれ。まずこのあふれるほどの名曲ぞろい、これには驚嘆させられます。駄曲が一曲もない、これはものすごいことです。特に「ドレミの歌」ですよね。特典映像でアンドリュー・ロイド・ウェーバーが何度も絶讃していますが「一オクターブでこんな名曲になっているなんて、本当にすごい!」のです。あまりにも普及しすぎて子供の音楽入門歌みたいになってしまいましたが、それだけすごい曲なんですね。今となっては、この曲が出来る前の音楽教育ってどこから始めたのか分からないぐらいです。もし劇中のようにマリア先生が思いつきでこの曲を作ったんなら、彼女は超天才ですけど・・・。
 特典映像で驚いたのは、クリストファー・プラマーは当時、なんと25、6歳で、ジュリー・アンドリュースは27、8歳だったという・・・ということは、マリアのほうがフォン・トラップ大佐より年上だったということ? 本物のトラップ大佐とマリアは20歳以上の年の差カップル(もちろんトラップが年上)ですが。二人の演技力はすごかったということですね。
 ちなみにフォン・トラップという人はオーストリア・ハンガリー帝国海軍のUボート艦長としてトップクラスのエースだったのですが、第一次大戦の敗北で失業してしまった、というのは海沿いの領土はハンガリーで、オーストリアとハンガリーが分離したために山国オーストリアの海軍というのは解散しちゃった、なにせ海がないんですからね。前回書いたブリオーニ島の海軍基地ってのもハンガリーと同君国のクロアチア側にあったわけです。で、当時のトラップさんの写真(上の写真)を見ると、袖にはすごく太い金線1本と細い線1本。これ、他国の海軍だと将官かなんかに見えますが、旧オーストリア海軍のシステムじゃ少佐です。英語のウィキペディアにもコルベッテン・カピテンとある。つまり「小型艦艦長」の意味。これ、ドイツ語圏では少佐です。英語で海軍の佐官はレフテナント・コマンダー(少佐)、コマンダー(中佐)、キャプテン(大佐)なんで、海軍でキャプテンというと大佐だけ。しかしドイツ語ではコルベッテン・カピテン(小型艦艦長=少佐)、フリゲッテン・カピテン(中型艦艦長=中佐)、カピテン・ツー・ゼー(海軍大佐)というようなことで、つまり全部カピテンという言葉が付く。だからトラップさんがアメリカに行って、自分はカピテンでした、と名乗ったのは嘘じゃないが、厳密に言うと艦長でした、ということで大佐だったわけじゃない、というのが正解らしいです・・・。結婚式で海軍のフロックコートを着ているシーンがありますが、あれは袖に金線4本でした。普通の国ならあれで「海軍大佐」になりますが、オーストリア海軍の場合、もし大佐なら太線1本と細線3本、史実通りに少佐なら太線1本と細い線1本。いずれにしてもあそこは間違いとなりそうです。そういえば舞踏会と結婚式で、とても珍しい勲章を首に付けていますが、あれはオーストリア功労勲章といって、第一次大戦後からナチスに併合されるまでの十数年しかなかった勲章。彼があれを実際に貰っていたのかどうかは不明です。マリア・テレジア勲章を貰っていたのは確実ですが。
 この映画の最大特長は、前半のメロドラマ調、ファミリードラマが後半は一転、サスペンス調、戦争映画調になるところです。そのぴりりとワサビをきかしているナチス親衛隊役の皆さんの熱演ぶりもなかなかのものです(実際、彼らの演技だけはミュージカルじゃなくて戦争映画になっていますね)が、コスチュームも本格的で、黒服の親衛隊将校は古参闘志章など袖に付けており、シャツもありがちな白シャツじゃなくてカーキ色! いやこれは結構すごくて、どんな映画でも黒服のナチスは白シャツがほとんどで、本来の規定通りにカーキ色を着込んでいる映画なんて、私はこのミュージカルしか知りません。白シャツは儀礼のときだけで、通常は親衛隊の母体だった突撃隊の名残でカーキ色、というのはあまりにマニアックですが、それをちゃんとやっているこの映画は油断なりません。
 ◆  ◆  ◆
 ところで・・・「ドレミの歌」については、私はかなり前から・・・まあ中学生ぐらいから不思議に思っていることがありました。
 まず、ドイツとか英国とか、ゲルマン系の国では音名はCDEFGABC(ドイツ語圏ではBじゃなくてHだとか)で表し、イタリアやフランスなどラテン語圏と、中国、フランス、ロシア、そして日本などがドレミファソラシドを使うんじゃないか、ということ。前者は「移動ドmovable do」で、後者は「固定ドfixed do」なんていうそうです。で、アメリカは英語圏だから前者だと思いこんでいましたが、そうでもなく、両方使うそうで、それで一応は納得。アメリカ人になじみのないものではないそうです。
 しかしそうしてみますと・・・今度はなんでドイツ語圏であるオーストリアが舞台でドレミなの? という気がしてきます。オーストリアはCDEF・・・じゃないのでしょうか? ま、あくまでアメリカの映画、ということなんでしょうが。
 次に、ドレミと音が上がるたびに、いろいろな言葉を当てはめていくわけですが、最後のシをティーと歌っている。で、「ティー(お茶)にはジャムとパンを付けて召し上がれ」なんて歌詞を付けて、みんなで振りまでつけて踊ります。しかし、どうしてシじゃなくてティーなの?
 これも調べてみて分かりましたが・・ドイツ語でCDEFGAHCのそれぞれのシャープ♯(半音上げ)をツィスとかディスとか語尾を変えて言いますけど、同じようなことはドレミでもあるそうです。こっちは知らなかった。つまりdo,re,mi,fa,sol,la,siの音名の語尾を変えて表現するやり方があるそうで、語尾にiを付ける。すなわちdoはdiになり、reはriになる。とすると、シsiが困るわけです(笑)。初めからiが付いているから。どうもこれは英語圏でドレミを使う国、ということはほぼアメリカですね、でのソルフェージュのやり方で、以来、ドレミファソラティドなんですと。miは初めから上がらないので、やはりiで終わるけど気にせず、半音ずつ徐々に上げていくとこうなるそうであります。do di re ri mi fa fi so si la li ti do ド・ディ・レ・リ・ミ・ファ・フィ・ソ・シ・ラ・リ・ティ・ド。siというのはsoの半音上げの意味で、本来のsiの位置にはtiを入れているわけ。ああ面倒くさい。ちなみにこういうやり方は19世紀にイギリスで生まれたそうですけど、ま、深追いしません。
 まあ、そんなようなことらしいですが・・・実は私もちっとも詳しくないので突っ込んだ話は音大出のうちの妻に任せますが、それにしてもなんで日本じゃ、ドレミファもあれば、ドイツ式のツェー、デー、アーとかツィス、ディスもあれば、英国式のエーマイナーとかシーメジャーとかいう表現もあれば、あまつさえ日本式のハニホヘトイロハまであるのか? たとえばクラシックの人らは音名はラテン語でドレミファ、しかし音階になるとドイツ式にツィス、ディス、なぜか曲名となるとベートーベン第5番「運命」ハ短調とかいきなり日本式で言い出すのか? こんなだから音楽の授業が分からなくなるんですね。おそらく明治時代に統一しなかったせいでしょうけど・・・。そうそう、妻もひとしきりそんなことを言ってましたが、そしてさらに「ところでなんでフロイライン・マリア(マリア先生)」なんだろう? 普通は姓のほうに付けるはずだけど」。そうですな確かに。ミスター・ツジモトじゃなくてミスター・ヨシフミって呼んでるみたいな話ですものね、いわれるまで気づきませんでした。マリア・フォン・トラップは独身時代の名はマリア・クチェラ。すると「フロイライン・クチェラ」と呼ばれていたのでは・・・ま、それじゃ映画的にはサマになりませんね。
 

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2009年9月25日 (金)

カムイ外伝

 あの白土三平の名作「カムイ外伝」の実写版映画「カムイ外伝」を見てきました。こういう絶対的に磁場の強い、というか名声の高い原作漫画を元にした映画化では、必ず「原作のイメージと違う」とか「理解が浅い」とか、いろいろ出てくるのじゃないかと思います。
 私自身は実はカムイ外伝は、ほとんど何も知らないに近いので(ほんの何度か、さわりの部分を何かで読んだだけ)、全くの新作を見るのとそんなに変わりはありません。
 で、今作の場合はやはり原作ファンへの手当て、というのものか、カムイが抜け忍(つまり忍者集団を離れて掟破りの逃亡者となった忍者)となった経緯とか、得意技を冒頭に紹介し、原作漫画の絵も使用して違和感がないように配慮していることが目立ちました。
 このへん、丁寧な配慮だと思いますが・・・けっこう、まだるっこいというか、今回の本筋とは関係ないというか、そんな感じも正直、ちょっとしました。崔洋一監督も、脚本の宮藤官九郎さんもすごく苦労されたのじゃないでしょうか。
 で、その逃亡者で追っ手の刺客「追忍」に追われる身のカムイ(松山ケンイチ)が、ふとしたきっかけで、高松城主(佐藤浩市)の愛馬の脚を切って殺し、その脚を盗む漁民(小林薫)と行動を共にすることになり、瀬戸内海の漁村を訪れることになりますが、そこにはかつてカムイより先に抜け忍となっていた女忍者(小雪)がいて、漁民の妻となっており、その娘(大後美寿々)はカムイに好意を抱きますが、元女忍者のほうはカムイを刺客と勘違いして警戒する・・・というようなお話。これは原作漫画の中では、カムイ外伝の中でもちょっと脇道の外伝、というある一章を映画化しているようですね。
 とにかく松山ケンイチほかのアクションはすごくよろしいように思います。その割にCG処理も多いような気もします。ま、うまく組み合わさってはいますが。基本的にうまい役者ぞろいだし、演技面では文句なしなんですが、なんかけっこう話のテンポがよろしくありません、個人的には。
 佐藤浩市の殿様がなかなかいい味を出しております。ただこれは原作通りなんでしょうが、たかだか5万石の大名にしてはエラそうすぎというか、権力が有りすぎるというか、まあ、大名としてはあんまり大きくないように思うんですが。
 それから大筋は原作通りなのだろう、とこれも思うのですが、やはりお話はとにかく陰惨でございます。もうまったく陰惨。救いなし。
 ひたすら沖縄でロケしたらしい海の青が美しく、それが唯一の救いですか。ということで全くの「カムイ初心者」としての感想は「娯楽作品としてどんでん返し的な転換も多く面白かったけれど、とにかく後味は暗い話だった」というにつきます。熱烈な原作ファンの方はどうなんでしょうか?
 
 

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2009年8月20日 (木)

ナイト・ミュージアム2とシェルブールの雨傘

映画「ナイト・ミュージアム2」を見てまいりました。2007年にヒットしたベン・スティラー主演のコメディーの続編です。今回は、前作で舞台となったニューヨークの自然史博物館からアメリカ最大のスミソニアン国立博物館に移動、スケールアップして、ということであります。具体的には、ニューヨークの博物館が展示物の見直しをして、前作でおなじみの「夜になると蘇る」連中がそろってスミソニアンに移管される、というところから騒動が始まります。一方、警備員だった主人公は本職の「発明」でついに成功、この2年の間にちょっとした会社のCEOに収まっており・・・と、そんな感じでございます。
 また例によっていろいろ出てくるのですが、見てのお楽しみ。今回のヒロインはアメリカの女流パイロット、冒険家として著名なアメリア・イアハートです。彼女を演ずるのはディズニー映画「魔法にかけられて」で喜々としてお姫様を演じていたエイミー・アダムズ。脚にぴったりしたパンツを穿いて登場ですが、なかなか決まっています。
 ほかにも巨大なリンカーン大統領とか、見ものはいろいろあります・・・が、今作は前と違って、すでに摩訶不思議な世界が前提となっているので、そのドキドキワクワク感は不足しております。
 それから、イワン雷帝とかナポレオンが出てきますが、特にナポレオンの扱いはちょっとひどいのでは? フランス人は不快に思うかも。
 ◆  ◆  ◆
 帰りがけに、デジタルリマスター版の「シェルブールの雨傘」を買いました。いろいろ見直して気づくことがありますが・・・考えてみれば、昭和30年代のフランス、自動車修理工場に勤める主人公自身は自転車通勤。あのころはそうでしょうね。しかし携帯電話が出てこないぐらいでちっとも古びていないのがすごい。
 女性だけでなく男性のファッションも見直すと決まっています、配色のセンスがすごい。

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2009年7月 8日 (水)

MW(ムウ)

 手塚治虫のマンガを原作とした映画「MW(ムウ)」を見てきました。原作は手塚作品の中でも際立って異色なピカレスクもので、MWというタイトルの真意もいまだあきらかではない、という伝説的な作品です。今年は手塚先生の生誕80年にあたるそうであります・・・しかしそうなると、まだまだお元気であっても全く不思議じゃないんですね。ということで、アニバーサリー映画なわけですが、こういう原作があるものの場合、原作を知っている人と、知らない人の感想はどうしても異なります。
 今回は、手塚治虫ファンクラブ会員である妻はもちろんのこと、私も原作漫画を読んでの上での感想なんですが・・・「これはMWなの?」というのが率直な感想ですね。
 まあ大づかみに言って、①米軍の毒ガス兵器MWというものがあって②その生産をしていた日本の孤島で毒ガス漏出事故があり島民が全滅し③生き残った少年二人のうち、一人が銀行員、一人が神父となって④その銀行員の方が、事件を隠ぺいした日本政府や関係者に復讐を果たそうとする――という骨の部分だけは、原作と映画は同じです。逆に言いますと、この「骨の部分以外は全くの別物」というぐらい、改作されております。まあですから、事実上、原案・手塚治虫だけど全くの新作、というぐらいのつもりでご覧になるべきだと思います、原作ファンの皆様の場合は。実際、主要な登場人物もみんな名前からして変えられており(主人公も結城美知夫→美智雄、賀来巌→賀来裕太郎など)そもそも同じものではない、という意図があるようです。
 特に原作漫画のいちばん大事な特徴は、生き残った銀行員と神父の二人は、同性愛者であり、愛し合っている、という点にあります。それで、銀行員が女たちを口説いて利用した後、平気で捨てるようなところも、神父が苦悩しながらも銀行員の犯罪に手を貸し続けてしまう点も、わかりやすくなるわけです。また、原作では米軍の高官にも銀行員が色仕掛けで接近するわけですが、このへんも同性愛という前提がありました。そのへんが、この映画では同性愛者という前提をカットしています。それで話としてはすっきりするのでしょうが、特に銀行員と神父の関係がどうしても不自然にみえます。
 それからもう一つ、これは私の仕事上からの感想かもしれませんが、架空の新聞社が重要なかかわり方をして出てくるのですが、なんか変な感じがしました。与党総裁候補の政治家までかかわってくるような疑惑の大ネタを、そのへんの部内の会議で使うか使わないか決めるなんて考えられませんね。
 秘密兵器なのに、米軍の管理エリアではどこに行っても、でかい文字で「MW」と大書してあるのもすごく変です。
 しかし、もしあれをMWとして見ないで、全くの新作の犯罪映画として見た場合はどうだろうか、と。すると、少なくとも前半は非常に面白いのじゃないでしょうか。ことに出だしのタイでのロケで撮った部分はスケールが大きくて非常によく出来ていました。しかしちょっと、肝心のクライマックスになるほど尻すぼみの感も・・・。
 それからこれも個人的感想ですが、主人公の勤める銀行が東京駅前OAZOだったり、最後のシーンがサンケイビル前だったり、とにかく大手町に勤める私にはおなじみの場所が多くて、なにやら「ご近所の話」のような親近感がわきました。
 主人公役の玉木宏さんは実に存在感があり、いい演技をしていると思いました。沢来刑事役の石橋遼さん、牧野記者役の石田ゆり子さんも熱演でよかったと思います。
 いっそのこと、あそこまでいじくるなら、MWは男MANと女WOMANを意味していて、あの毒ガスを吸うとみんな恋愛対象が逆転し同性愛者になってしまう、というような話にでもしてくれればよかったのに、と思います(笑)。それすごいですよ、MWを使用すると、結果として人類をみんな同性愛者にしてしまえる、という・・・いや、これではメル・ブルックスのコメディーになってしまいますか。それならMWは米軍じゃなくてナチスの秘密兵器だった、という設定にしないといけないかも(ブルックスの作品には必ず①同性愛②ユダヤ人③ナチスが出てきますから)。
 

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2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソン氏。トランスフォーマー リベンジ

 訳あって、浦安市舞浜の、東京ディズニーランドそばにある「舞浜ユーラシア」に泊まっておりました。ここのスパにはほとんど週に一回は通っていますが、宿泊は初めてでありました。いやあ、いつも見慣れた施設ですが、泊まってみるとまたいいものですね。
 しかし、朝のニュースで驚きました。マイケル・ジャクソンさん急死、という一報ですけれど・・・まあ、すごいファンだったわけではないが、彼の絶頂期に青春期にありました私ども世代にはやはりショックがあります。ビート・イットなどはバンドでコピーもした覚えがあります。来日公演と言って大騒ぎしていたこともはっきり覚えています。いまだ50歳・・・とはいえ、正直のところ50歳にして、なにかすでにネバーランドの永遠の少年である彼には「似合わないな」という感もあり、70歳とか80歳になったマイケル・ジャクソンというのも想像できず、まさに人生50年、太く短く、余人の何倍もの濃度の人生を駆け抜けていったように思われます。
 帰宅しましてから、かつて「チャーリーズ・エンジェル」で一世を風靡したセクシー女優のファラ・フォーセットさんが62歳で亡くなった、という訃報も知りました。この人の全盛期というのも、私たちの青春時代で、マイケル・ジャクソンの躍進したころとも重なります。70年代後半から、80年代、というところですね。
 ◆  ◆  ◆
 そのユーラシアから、舞浜イクスピアリに出まして、映画「トランスフォーマー リベンジ」というのを見ました。あのマイケル・ベイ監督の最新作で、映像革命と呼ばれた前作の続編ですけれど・・・おもしろい。これは理屈を言って見るタイプの映画じゃないので、もう娯楽度満点。もうロボットたちのトランスフォームぶりはあっけにとられるばかりで見事なものです。
 出演陣も前作から引き続き同じキャストの面々。ブルースクリーンを張り巡らし世界各地でアクションシーンのロケをしたそうで、撮影は大変だったようです。前作で知名度を上げたヒロインのメーガン・フォックス、前にもまして色っぽくなりました。この人はまだまだ伸びそうです。
 前作より「自己犠牲、献身、愛」といった分かりやすいメッセージが盛り込まれ、なかなか感情移入もできる映画です。お笑いの要素も強まりまして、サービス精神旺盛な一作になっております。実際、コメディー的なシーンが全体の3割ぐらいはあるんじゃないでしょうか。主人公の母親の描き方はちょっとやりすぎな感じもしないではないですが。あれではちょっと奇人変人です。
 今回ものすごいのは、クライマックスにかけて続々と登場する実際のアメリカ軍の装備の数々です。空母、潜水艦、航空機にM1戦車、無人偵察機・・・米軍の全面協力を得ているそうですが、軍のPRという面もあるのかもしれません。とにかく非常にミリタリー色も強いので、そういう観点でみるのも一興と思います。
 またヨルダン政府と同国軍の援助も受けているそうで、ピラミッドの空撮などはそれがなければありえなかったとのこと。確かにあのあたりのシーンは大迫力で一見の価値があります。
 ちなみに今作では、実名で「オバマ大統領」という名前がちらっと出てきます。また大統領命令を振りかざす邪魔な大統領補佐官が登場しますけれど・・・オバマのスタッフにあんな馬鹿がいるんでしょうか? いや、あのへん、アメリカはおおらかでいいですね。たとえば日本のパニック映画で、現職の麻生首相とか、その側近の人物とかを登場させることはなさそうですから。ブッシュ前大統領も、自分をこけにしたような映画がたくさん作られましたが、中には暗殺されちゃうようなものまでありましたけれど「娯楽は娯楽」といって無視していました。あのへんは余裕があっていい態度だと思います。
 ということで、迫力あり、笑いと涙あり、面白い一本です。

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2009年6月 4日 (木)

スター・トレック

 映画「スター・トレック」を見てまいりました。私はスタートレック・シリーズのファンではなく、実のところこれまでの作品はテレビも映画もほとんど見ておりません。カーク船長とかミスター・スポックという人物がいるのは知っている、という程度。じゃあなんで見たのかというと、妻がエリック・バナのファンで、本作にも出演している、と聞いてのことです・・・。
 で、そのエリック・バナはロミュラン人という設定で、特殊メークをしており、はっきりいって誰だかわからない有様。バナのファンとしてはちょっと納得できない、というのが妻の感想です。ですが、映画としては面白くできておりました。シリアスな話あり、コミカルなシーンあり。ただ一方で、従来のスタートレック・ファンはどう思うのかは分かりませんです。だいたいこういう定評のあるシリーズについては、昔からのファンがなかなか納得しないものなので。
 基本的には、USSエンタープライズ号の処女航海と、カークがキャプテンに昇進するまでの「ビギニング」ものであり、あの人物の若いころはこんな感じ? という興味をひかれる人が多いに違いありません。しかし、未来で起こったある事件により、歴史が変化してしまった世界、という話になっております。したがって従来のスタートレックの通史から少し外れた世界ということになります。
 本作では、若き日のスポックが出てきますが、さらに元祖スポックのレナード・ニモイが出てきます。もちろんスポック役です。そこらへんの詳細についてはぜひ本編をご覧いただきたい、ということで・・・。
 最後の最後になって、メンバーが揃ったカーク率いるエンタープライズ号が宇宙に発進していきます。そしておなじみのテーマ音楽が流れ、いつものシリーズだとオープニングにあたるような映像がエンディングとなる・・・そんな感じです。
 まあそもそも、お試し的な気分で見ましたので、映画として非常に楽しめました。いい映画だったと思います。繰り返しになりますが、従来のシリーズに思い入れが強い人の反応はちょっと分かりません。私などは、ちょっとさかのぼってこれまでのスタートレックを見てみたいと思いました。
 ちなみに本作は「スター・トレック」で、従来作は「スタートレック」と、ナカグロのあるなしで邦題を微妙に区別しているみたいですが・・・。

追記:スタートレック・ファンの皆さんには有名な話らしいですが、カーク候補生は意地悪な試験である「コバヤシマル・シナリオ」を唯一クリアした、という挿話が本作でも出てきます。これは基本的に絶対に敗北する、というシナリオをわざと経験させる、というシミュレーション問題なんですが・・・「コバヤシマル」とはまざに「小林丸」で、日本船籍の民間船ということらしい。ということは23世紀まで日本は何らかの形で存在している、ということなんですな。そいつは重畳、というか・・・。

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2009年5月10日 (日)

GOEMON

 先日、病院を退院した後、その足で舞浜イクスピアリの映画館に行き、映画GOEMONを見てきました。病院から映画館はほど近く、このところ検査や退院のたびに、気晴らしに映画を見ていた次第です・・・。
 で、そのGOEMONですが、信長、秀吉、家康が出てくる戦国ものですけれど、どちらかといえばファンタジーのような、大筋は史実を下敷きにしているがパラレル世界のような感じのお話で、まあゲームなんかでよくあるようなデフォルメしたお話です。
 で、あの大泥棒・石川五右衛門が実は織田信長の元家臣で、信長の死後に泥棒稼業に入ったけれど、あることから本能寺の変が明智光秀の単独犯行じゃなく、バックに意外な人物がいたことを知る、という展開です。恩人である信長の敵を討つべく、五右衛門は天下人・秀吉が住む大坂城に乗り込んでいく、ちょうどそのころ、信長の姪にあたる浅伊茶々は秀吉の側室になるよう強要されているところでありました・・・という感じです。
 で、もう出演者は皆さん熱演・快演ですが、なんといっても中村橋之助の信長がかっこよすぎ。それに、さすがに歌舞伎の人、例の敦盛の「人間五十年・・・」が決まりすぎ。いや本当にかっこよくてぞくぞくしました。基本的に信長は回想シーンでしか登場しないのだけど、全編を通して陰の主役は信長ですね、この映画。それに、みんな衣装も建物も相当にデフォルメして安土桃山+近未来SFという風情の演出なのに、信長だけは変な感じがしないのがすごい(笑)。西洋風の甲冑にマントを着こんだ信長は、彼だけぜんぜん「いつもの信長」といいますか、「信長ってあんなもんでしょう」というか、けっこう大河ドラマなどでも織田信長だけはどんな変な格好して派手な城に住んでいても違和感がないので、この映画でも信長だけはぜんぜん意外でもなければ変でもないのがかえっておかしかったです。
 紀里谷監督にはこのノリで信長だけの続編作ってほしいぐらいです。
 そういえば、信長が金のハクダミをした頭蓋骨で酒を飲むシーンが本作にも出てきますけれど・・・あの頭蓋骨って浅井長政のものでは? となると浅井茶々、つまり淀殿の父親なんですけど・・・。
 さらにいえば・・・ラストシーンで意味深なんですが、茶々は生き延びるわけで、あのあとで伊武さんの家康と大坂の陣を迎えるんでしょうか? 映画の中のセリフで「真田幸村」という名前も出てくることだし、あのまま平和になるわけじゃないと思いますが、そのへん考えてしまいます。
 ま、そのへんはともかく、非常によくできた娯楽作品で、また真面目な戦国ものが好きな人でも大いに楽しめると思います。史実を大胆に再構成したストーリーですがなかなかによく練れており、面白いです。
 前作ではなにかと当時の奥さんの名前にかくれて、それに「新造人間キャシャーン」というちょっとマニアックな題材、あまりに陰惨な展開のため正当な評価を受けなかった紀里谷監督も、今回は適度に暗く適度に明るく、適度に爽快、適度に悲しく、娯楽作品としていいバランスを保っており、文句なく本領発揮、を感じさせます。次にどんな作品を作るのか、期待を抱きました。

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2009年4月24日 (金)

ワルキューレ、レッドクリフ2、ある公爵夫人の生涯・・・など。

SMAPの草なぎ剛さんの泥酔騒ぎは驚きました。だれもが「ひょっとして」と思ったことでしょうが、今のところ薬物という話はないようで、それにしてもかなりストレスが溜まっていたのだろうか、と思ってしまいます。
 ◆  ◆  ◆
 そういう話も他人事ではなくて、ストレスはトラブルのもと、万病のもとです。前にも記しましたが私は先月半ばから病院に通っており、もう少し時間がかかりそうです。実はちょっと入院もしておりました。そのへんはすっかりけりがついてからご報告いたします。
 ◆  ◆  ◆
 通院の傍ら、退院後は絶対安静、という状況ではないので、暇を見て映画を三本ほど見ました。今更ながらなのですが、自分の覚書として書いておきます。
 ①ワルキューレ トム・クルーズがヒトラー暗殺を企てたシュタウフェンベルク大佐に扮したあの映画です。演出上、ハテナという点もないではないですが、軍服や車両、航空機などは時代考証もよくできており、ことにユンカース三発機とメッサーシュミットの編隊飛行などマニア必見でしょう。もういろいろ言われているでしょうから蛇足を付け足しませんが、私が最も感心したのは、オルブリヒト将軍がフロム大将の名をかたって命令書にサインし発効させるシーンです。当時のドイツ軍の命令書は、発令権のある人物が、万年筆ではなく色鉛筆で書くことになっていました。しかも署名の横に○とか▽とか符号をつける。これは発令日によって「鉛筆の色」と「記号」が決まっており、一部の幹部しかその色と記号を知らないため、偽命令は出せないことになっていたんですね。ただ、あの場合はオルブリヒトはフロムに次ぐ予備軍のナンバー2だから、当然、正しい色と記号を知っていた。
 映画では青鉛筆で、署名の横に○を付け足していました。あのへんまでちゃんと描いているというのは実にマニアックです。
 ②レッドクリフ2 もうなにも付け足すべくもなくヒットしているようですね。なにか三国志というよりノルマンディー上陸か硫黄島上陸を描いたような戦闘シーンは圧巻。なんか実際にはあのラストシーンの後、劉備と孫権は徐々に敵対することになるので、そのへんを知っていると物悲しい気がします。曹操の元を逃げ出した医師の華陀も、あのあと処刑されたと思います・・・。
 ③ある公爵夫人の生涯 キーラ・ナイトレイはなんといっても時代劇ですね。ダイアナさんのご先祖に当たるレディ・ジョージアナ・スペンサーの一代記。18世紀後半のコスチュームは万全の再現度。女性に目が行きがちですが、現在のスーツの原型である男性のファッションもしっかり描いています。アカデミー賞の衣装デザイン賞を得ていますが伊達じゃありません。脚本も非常によくできていて、いい映画でした。
 

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2009年2月23日 (月)

おくりびと受賞。

 「おくりびと」のアカデミー賞受賞は快挙ですね。悪い話ばかりの今日この頃、久々に明るいです。じつはまだ見ておりませんが、予告を最初に見たときから「これ、見てもいいなあ」「ヒットしそう」などと内輪で言っておりました。が、ここまでくるとは。驚きましたです。このところ個人的にお葬式に出ることが多かったので、納棺をする仕事、というものにも関心が向きます。
 まだ近所の映画館でやっているので、なにかのついでに見てみようか、と。
 ケイト・ウィンスレットやペネロペ・クルスがここにきて念願の受賞。それにヒース・レジャーが死して受賞。なかなか興味深いアカデミーとなったようです。
 ◆  ◆  ◆
 それで思いますが「暖冬傾向ですね」と口癖のように言う天気予報士の皆さん、それはデータ的には何十年の平均から見て暖冬なんでしょうけど、それはもう地球全体が暖冬傾向なんで当たり前、実際にはここ数年の「コートもいらない超暖冬」にくらべれば明らかに今年は普通の冬で十分寒いんですから、暖冬、暖冬と騒がないでいただきたい、と思います。
 というか最近の予報は暑いの寒いの、花粉がものすごいの、大荒れだの、暴風雨だのと騒ぎすぎな気がします。
 周囲の人もここにきて、とくに春一番以後に風邪をひいた人が多いわけで、私もとうとう今年はじめて風邪ひきました。暑い日と寒い日の差についていけません。

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2008年12月20日 (土)

地球が静止する日

キアヌ・リーブスの新作「地球が静止する日」を見ました。共演はジェニファー・コネリー。1951年の名作SF[地球の静止する日」(なんと邦題が一字違いです)のリメイクです。話は1928年、というから第一次と第二次世界大戦の間の短い平和な時代、カラコルム山中で一人の登山家が宇宙から飛来した謎の物体と遭遇するところから始まります。
 それから数十年後の現代、科学者のベンソン博士(コネリー)は突然、合衆国政府の依頼で宇宙から迫る遊星の調査に加わることになります。しかしそれは遊星ではなく、意志をもった宇宙船で、中から現れたのは人類そっくりの異星人クラトゥ(リーブス)でありました。全身が銀色の巨大なロボット「ゴート」を従え、圧倒的な科学力を持つこの異星人は、はたして平和の使者なのか、それとも侵略者なのか・・・。
 ということですので、戦後間もない時期に作られたオリジナル版と大筋は同じなのですが、前作との大きな違いは、オリジナルのクラトゥは基本的に地球人の核戦争をやめさせようとやってきた善意の異星人だったのに対し、リーブスの扮するクラトゥは何を考えているのかわからないところです。実際、彼の立場は一種の審査官とか裁判官で、地球人というものが生存に値するか、それとも絶滅させるべき劣等種族なのかを見極める使命を帯びているところであります。その一存で「処刑」が始まるのに、何も知らない合衆国政府は愚かな行為を繰り返すんですね。
 前のオリジナルが米ソ冷戦を思わせる設定でしたが、今回も時代性があり、明らかに人類の文明の行き詰まりを意識した内容になっています。そして、今の文明を引っ張ってきたアメリカというものへの批判的視点も感じます。
 いろいろ興味深いところがありましたが、クラトゥが「人類の指導者に会いたいと思ったが拒まれた」というと、ベンソン博士が「あら、あの人たちは違うのよ。本当の指導者に会わせるわ」といって聡明なノーベル賞学者に引き合わせます。「あの人たち」とは合衆国政府の大統領とか国防長官とか、役人たちです。彼らは自分たちが地球の指導者で権力者だと思っているが、「あの人たちは違うのよ」というわけです。
 本作では、ベンソン博士の夫は中東で戦死したことになっていますが・・・このへんも含みがあるところです。
 ゴートは前作で未来型ロボットの典型として有名になりました。1951年ですから衝撃的だったのも当然です。今回も基本的にオリジナルによく似た姿ですが、人類に攻撃を仕掛けるやり方はまことに意外なやり方です。
 キアヌ・リーブスが得体のしれない雰囲気で異星人そのものに見えます。コネリーもそろそろ40近いと思いますが相変わらず魅力的です。その連れ子役でウィル・スミスの実子が出演していますが・・・うまいんですけど、個人的にはちょっと邪魔だったかな(?)。まあそういう役どころなんで仕方ないですか。
 おそらく私としては今年最後の映画になると思いますが、ヒューマンなドラマだったオリジナルとはまた違う味で楽しめました。

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2008年12月10日 (水)

ウォーリー

 映画「ウォーリー」を見てきました。一連のフルCGアニメの最新作ですが、これがなかなかすごい、というか、かなり涙腺が緩みました。見事にやられましたはい。
 22世紀、環境汚染のために地球を捨てて宇宙船で逃げ出した人類。残ったのはごみ処理ロボットのウォーリー一台のみ。ところが700年もの間、人類が残したミュージカル映画など見るうちに感情が芽生えてしまった。・・・とそこへ、地球探査にやってきたロボット。ウォーリーより格段に進んだ未来型ロボットのイヴ、ですが、ウォーリーは「彼女」に恋をしてしまったのであります・・・。
 やがてイヴを迎えにきた宇宙船とともに、ウォーリーは人類の子孫たちが生活する宇宙船に向かうのでありますが、さて。
 とまあ、けっこう筋書きは予想できるのですが、演出が素晴らしく、夢中になってみてしまいました。日本語吹き替え版で宇宙船の艦長を草刈正雄がやっているのですがはまっています。ああ、ふつうは吹き替え版は見ないのですが、この映画の場合、ロボットたちはほぼセリフがないのであまり影響ありません。英語版ではシガニー・ウィーバーが出ているようであります。
 その艦長がなかなか骨のある人物で、あるシーンではあきらかに「2001年宇宙の旅」のパロディーになっています。なんかほかにも見たようなシーンがいくつかあります。
 ということで、決してお子様向け、という内容ではなくて、むしろ子供ではちょっと難しいかもしれません。
 宇宙の映像も美しいし、ロボットたちの「演技」ぶりも、実にこう、感動的です。よくできています。ああいう感情表現を演出で見せるのは難しいと思いますので、細かいところまで非常に緻密にできている、ということだと思います。
 なお、本作は冒頭で5分ほど別の短編映画がおまけで流れます。これも面白いのですが本編とは無関係の、まったくのおまけだそうです。

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2008年11月13日 (木)

レッドクリフ partⅠ

 映画「レッドクリフ partⅠ」を見てまいりました。レッドクリフ=赤い崖、すなわちあの「三国志」から赤壁の戦いをテーマにしたジョン・ウー監督の新作です。
 なにしろ三国志が元ネタなうえに、いろいろ脚色はあっても基本は史実なので、なにがどうなってどうなるか、についてはどなたもすぐにわかる話。だから、どのぐらい「あの三国志」を映像化しているか、が問題なわけでした。
 で、どうでしょう。私はディープな三国志ファンではないと思います。どちらかというと日本史と西欧史が得意分野です。あ、なにしろ「戦史・服飾史研究家」という肩書を自称しておりますので。しかし正直、中国についてはやや、弱いです。
 と言いながら、実は私は小学生低学年時代の最大愛読書は三国志演義でした。ほかに愛読してたのは太閤記とか平家物語、あとは吉川英治とか山岡荘八でした。
 私は小学3年生のとき、三国志を読んで、高潔な義兄弟三人ではなく、実は曹操にいちばん惹かれたのです。そして、「権謀術数」という単語を覚えました。目的を達するには、手段を選ばず他人を欺く必要があること、また権力者は利用すべきこと・・・を学んだのです(!)。以後、馬鹿にしていた学校の教師なども徹底的におだてて利用するように考えが変わりました。不良がばかに見えるようになった。刃向うのではなく利用すればいいのに・・・そんな薄笑いを浮かべるいやなガキになりました。それはみんな曹操、あなたのせいです! で、次点が諸葛孔明でした(笑)。
 そんなわけだから、自分の中では温度は低いながら、そこそこ三国志のファンではあると思います。で、その感想としては・・・「よくできている」。そう思います。損なっていない、と思いました。金城武の孔明が非常にいいです。ちょっとユーモラスで大胆不敵な諸葛孔明は、ともするとまじめな秀才になりがちな従来の像より面白い。
 孫権がなかなか魅力的でした。原作よりも魅力的かも。周癒などは原作以上にヒーローになっています。張飛、関羽は出番少なめですが、ちゃんと活躍しています。新野が陥落して趙雲が劉備の子供を取り返す場面から始まりますので彼も大活躍します。配役も適格。戦闘シーンもやりすぎてマンガにならないけれど、英雄豪傑は超人的に強い、という配分をうまくとっていいると思います。ちょうど史実と講談の中間ぐらい、のバランスでしょうか。うまいと思いました。
 曹操は「始皇帝暗殺」のベテランが演じていますですが・・・なんか曹操に影響を受けた私としては(?)もうちょっとスケールの大きい人物に描いてほしいな、と感じたんですが、世間的にはあんなもんでいいのかな、悪役だから。
 いちばん驚いたのは孔明の陣立てを本当に視覚化しているところです。昔から三国志では孔明の戦術がいろいろ描かれますがなんだか本当はわからない。ジョン・ウーはそれを目で見えるようにしてしまいました、すごいです。あれが史実じゃないかもしれないが、三国志のビジュアルイメージがひとつ変わるかもしれません。
 赤壁の戦いは、曹操にとって「関ヶ原の戦い」みたいなもの。天下取りに王手をかけた戦いでした。徳川家康はそこで勝利して天下をとりますが、はて曹操は? 関ヶ原の場合は両軍がほぼ20万の軍勢で互角。曹操と劉備・孫権の連合軍は80万人対5万人と普通に考えて曹操の圧勝が当然。それがさて、どうなりますか・・・。
 続きは来年4月公開のパート2へ。これならぜひそちらも見てみたいです。
 

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2008年10月31日 (金)

ブーリン家の姉妹

映画「ブーリン家の姉妹」を見ました。英国史上有名なアン・ブーリンの物語・・・いや、厳密に言いますとその妹であるメアリー・ブーリンの物語です。原作小説はメアリーの視点による一人称小説だそうで、現代もThe other Boleyn girlすなわち、「もう一人のブーリン家の娘」というもの。
 実際、アン・ブーリンは有名ですが、その姉妹となるとかなりのマニアか研究者じゃないと知らないはず。実際、映画では妹となっていますが、はっきりはしないが、本当は姉であったらしい。そして、姉妹そろって英国王ヘンリー8世の愛人となり、メアリーは日陰の存在で終わったけれど、アンは正妻の王妃を追い出して堂々とクイーンに上り詰めた人物です。おまけにアン・ブーリンと結婚するべく、正妻を追い出すためにヘンリー王はカトリック教会との決別をしてしまいました。英国がカトリックでもプロテスタントでもない国教会という宗派になるのはこれがきっかけで、その後、英国がスペインやフランスと抗争を続ける原因となった話です。だからアンはとにかく英国史上では最大級のヒロイン。
 一方のメアリー・ブーリンはほとんど名前も知られていない存在です。その視点で描く辺りが巧妙な作品です。
 史実と引き比べますと、けっこう大胆に改変しているところがあり、たとえばブーリン家は本来、駐仏大使を務めた外交官として頭角を現した一族。アンもメアリーも当然、10代のほとんどをフランスで送っていますが、この映画ではとにかく地方からの成り上がり者、という面を強調しています。その他、いろいろありますが、原作および脚本家が非常に上手にまとめる人で、なるほど、こうしてまとめていくと面白い話になるな、というお手本のようです。それで調べますと、脚本のピーター・モーガンは「クィーン」「ラストキング・オブ・スコットランド」など、史実に立脚した映画を多数、手がけている人。今あげた二つの作品も、史実通りになぞるのでなく、いくつかの人物や挿話をまとめあげて流れを作るのが巧みで、いずれも見事にアカデミー賞作品となっています。なるほど、似たテイストだな、と思った次第です。
 衣装は大変よく考証されていて、ことにヘンリー8世の有名な、たっぷりと幅の広いダブレットや、股間に飾るコッドピース(股袋)まできちんと再現しています。衣装担当は「アヴィエイター」などでアカデミー賞の経験があるサンディ・パウエル。
 それに制作者は「エリザベス」の人だそうです。
 そこに、アンをナタリー・ポートマン、メアリーをスカーレット・ヨハンソンと人気者を配して、ヘンリー8世はエリック・バナ。「トロイ」や「ミュンヘン」で有名になった人です。これだけ豪華なメンバーですが、監督はこれが長編初というほぼ無名の新人。いきなりこういう大作を新人に任せる辺りはすごいです。
 それにしてもヘンリー8世というのは、6人の妃を迎えては離婚し、2人を処刑したことで有名な人物。普通、かなりの暴君に描かれますが、本作ではけっこう違う面も描いております。これがまったく史実とも思いませんが、なるほど、と思わせられる。
 一方、アン・ブーリンはちょっと悪女のような描き方で可愛そうかもしれません。史実だからネタばれもないと思うので書きますが、最後は処刑されてしまうところまでちゃんと映画で描きます。その結末は史実だとしても、ちょっと「自業自得」という描き方なので、いささか厳しいかもしれない。まあ、メアリー・ブーリンがヒロインですので。
 最初の妃であるキャサリン・オブ・アラゴンやメアリーが生んだことになっている王の庶子(つまり王位にはつけない私生児)のその後、なんかはけっこう切り捨てられていて、ちょっと物足りないですが、なにしろ脚本はかなり枝葉を刈り込む主義なので。そういえばメアリーの最初の夫(王の愛人になる前に結婚してたんです)ウィリアム・ケアリーのその後も割愛されています。この三人についてだけ、ちょっと書いておくと、キャサリンは王妃を首になっても、もともとは若死にしたヘンリーの兄の奥さんだった人、しかも神聖ローマ皇帝カール4世の妹にしてスペイン王フェリペ2世の叔母なので、ヘンリーもうかつに手は出せず、王族という身分も剥奪されず前王太子妃という身分で、まあ軟禁ですがそんなにひどい目にも遭わずに生きます。私生児のフィッツロイというのは、史実ではメアリーの子ではなく別の愛人の子かもしれないようですが、結局、映画にも出てくるアンやメアリーの叔父・ノーフォーク公の娘婿になりますが、早死にします。また、最初のだんなのケアリーは悪性感冒でこれも早死にしています。
 それから映画のラストでノーフォーク公は、懲りもせずにヘンリー8世に5人目の妃であるキャサリン・ハワードを献上したけれど、キャサリンもまた反逆罪で処刑、前のアンのこともあって腹に据えかねた王により投獄される、という紹介がありますが、処刑寸前にヘンリー8世が亡くなって危うく処刑だけは免れ、その後は衰弱して死んだようです。
 ついでに。映画ではアン・ブーリンの近親相姦を王に告発し、処刑に追い込む悪女として登場するアンとメアリーの弟・ジョージの奥さんのジェーン・パーカーも、キャサリン・ハワードの侍女だったために連座して処刑されています。
 つまり関係者の殆どはその後、ろくな目に遭っていない。メアリー・ブーリンだけ生き延びたんですね。この映画では、そのへんの理由も描かれています。
 さて、ついでに映画の後の史実を言えば、映画でも最後のほうでちょっと出てくるアンの侍女ジェーン・シーモアがついにヘンリー王の正式な世継ぎである男の子を産みますがすぐに死亡。この男の子がエドワード6世と名乗って、ヘンリーの跡を継ぎ即位するけれど、わずか15歳で急死。そこで、ずっと不遇だった最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの娘メアリーが女王メアリー1世として即位。この人はスペインのフェリペ2世と結婚し、母親を追放した国教会を廃止してカトリックにもどそうと流血の弾圧を繰り返し、ものすごい暴君として名を残します。もちろん自分の母親を追放した女の娘、つまりアン・ブーリンの娘であるエリザベスをいびりぬきますが、そのメアリー1世も急死。
 で、結局、アン・ブーリンの一人娘エリザベス女王が、父親が残した国教会を守り抜き、スペインを撃破して世界に冠たる大英帝国を築くわけです。ここらは映画「エリザベス」やその続編「エリザベス ゴールデンエイジ」をご覧あれ、というところ。
 海外の批評では「ソープオペラみたい」という批評もあったようで、確かに英語も現代英語のようですし、キャスティングも若いし、昔のローレンス・オリヴィエなんかが出てきた史劇映画のような格調はないでしょうが、それは日本でも最近の大河ドラマ「新選組」と昔の片岡千恵蔵がでてたような新撰組映画を比較するようなもんで、現代的解釈として私は評価してよいのじゃないかと思います。本当にシェークスピア時代のような英語なんかでしゃべっちゃ英語圏の人もつらいだろうし。むしろヘンリーやアンのいかにも現代人的な感覚が興味深いです。原作者や脚本家の狙いでしょうが、つまり環境こそ違え、人間としてはいつの時代も同じ、ということ。そしてそういう生身の人間が、どれほど宮廷という密室で常軌を逸していくか、というお話です。
 暴君ヘンリーにも一抹の哀れさを覚えるのはそういうことからです。
 英国史の勉強をしたい人、歴史映画が好きな人にお勧めなのはもちろん、よくできた愛憎劇として見ても非常に面白い映画だと思います。2時間ちょっと、ややこしい人物関係を裁きながら、まったく目が離せない展開は見事だと思います。
 
 

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2008年9月25日 (木)

映画「ウォンテッド」

 麻生内閣、だそうですが・・・なんか新鮮味がないといいますか。やっと思いついたのが小渕さんですか。ま、どうでもいい感じですが。
 ◆  ◆  ◆
 映画「ウオンテッド」というのを見ました。アメコミ発でCGてんこもりのアクション映画、すなわちまったくの娯楽映画です。なんといってもアンジェリーナ・ジョリーの魅力がすべてですね。主人公のなんとかマッカボイは、ナルニア国物語とかラストキング・オブ・スコットランドで注目された演技派。さらにモーガン・フリーマン、トーマス・クレッチマン共演とキャスティングは豪華です。
 しがないスーパーの従業員である主人公は、突然謎の美女に話しかけられます。「あなたのお父様は昨日、死んだのよ。凄腕の暗殺者だった」そうこうするうちに、殺し屋から命を狙われわけがわからないうちに暗殺組織に連れ込まれてしまいます。そして、自分が父親の遺伝子を受け継ぎ、潜在的に暗殺の天才になりうる、という事実を知るのですが・・・・。
 お話は二転三転、映像は漫画的だが確かに見たことがない斬新さ。ということで非常によくできている面白い映画ですが、だんだん陰惨な感じにいなっていきます。エンディング、あれですっきりするかというと、そういう意味で爽快感はありません。
 ま、かなりブラックで苦い味の映画になっております。そして気になるのは、人が死にすぎますね、ちょっと。実際にテロが頻発する今日この頃、あれだけ犠牲者が出る話は娯楽作品としては・・・という感じは正直しました。
 謎の組織についても、なんかよく考えると変な設定もあるんですが、ま、漫画だからこんなもんでしょう。
 モーガン・フリーマンはちょっと老けこんだな、と。これで愛人とドライブしていて事故を起こし、奥さんに逃げられた、なんて実情を聞くとなんか情けない。俳優は私生活も大事ですね。
 

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2008年9月 4日 (木)

ハンコック

映画「ハンコック」を見てきました。すでに予告等でいわれているとおりで、ウィル・スミスとシャーリーズ・セロン共演のヒーロー・アクションもの、という分類になるんでしょうか。とてつもない超人パワーを誇るのだけど飲んだくれで世間に理解されないハンコックが主人公。次から次へと、良かれと思ってやったことが裏目に出て世間に批判され孤独を募らせていくわけですが、あるとき、たまたま鉄道事故から救ったPR専門家から「イメージを良くする」方法を教わることに。刑務所に収監されることになりますが、一方、そのPRマンの奥さんに何やら秘密が・・・。
 ということですが、けっこうこの作品については「前半のハチャメチャなノリが、後半はかなりシリアスになってしまって、コメディーを期待していた者にとっては期待外れ」という感想が多い。私はその声を知っていたので、「後半はかなりシリアスになるのだな」と予想していたためか、これがかえって「なんだ、別にそんなにバランス悪くないじゃないか」というのが率直な感想です。
 あまり先入観、予断を持って映画を見るのは良くないのかもしれませんが、今回に関しては「最初は軽快なコメディーだけど後半はシリアスな感動路線」と知っていたほうがいいんじゃないかと思いました。
 実際、その後半部分もよくできていて、泣かせる展開だと思います。やはりウィル・スミスというとメン・イン・ブラックみたいな作品を期待しがちなので、そこらへんで違和感を持つ人もいらっしゃるのでは、と思います。
 ウィル・スミスもシャーリーズ・セロンも熱演しております。悪役が弱いのでは、というのは同感です。が、悪役の描写を盛り込むとますます面倒くさくなる、ということで軽い扱いなんでしょう。娯楽作品としてのバランスは結局、もっと軽くしたほうは良かったという声も理解できますが、私はそういうわけで、不満は感じませんでした。
 ところで、ハンコックは大昔から生き続けている不老不死の超人、らしいのですが、たとえば第二次大戦中はどこで何してたんでしょうか。気になります・・・。
 
 

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2008年8月31日 (日)

ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝

さて、子供たちも夏休みはおしまい。これだけ大雨が降っているのになぜか四国のダムは水がない。そしてアメリカではハリケーン、と。いろいろあります・・・。
 ◆  ◆  ◆
 ところで映画「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」を見てきました。ジェット・リーの新作でもありますが、これまで良質な娯楽作品としての水準を保ってきたこのシリーズ、いかがになったかというと・・・大丈夫、今回も面白いですね。
 非常に簡単に言うと、前作までのヒーローとヒロイン夫婦の子供が大学生になった16年後、第二次大戦直後のこと。その息子が中国で古代の皇帝のミイラと兵馬俑の軍団を掘り出してしまいます。で、後はお定まり・・・。例によってミイラが復活し、大騒動に、であります。
 まあいうことはないのですが、まずジェット・リーがCG処理でいろいろ化けるのはもったいないですね。だって生身の本人が一番強いのに。それからレイチェル・ワイズが降りちゃったのはやっぱりかなりがっかり。彼女の魅力で持ってきた部分が大きいと思うのですが、このシリーズ。アカデミー賞女優を引っ張るのは難しかったかしら。
 ところが脇役の中国勢が断然よくて、皇帝以外にも20世紀の中国軍閥の将軍が非常にいいです。おまけにその副官の女性士官が大変いいです。この人、役名も女優さんの名前もわからないのですが、実はいちばんかっこよかったんですけど。なんかこの人たちでスピンオフでもつくってほしい。
 全体的には、冒頭の皇帝のストーリー・・・明らかに秦の始皇帝がモデルですが、ここが面白い。圧倒的によくできている。前振りというボリュームじゃなくて、ちょっとした歴史映画になっている。ああ、このへんでもスピンオフもいいかも。
 それから、夫婦は第二次大戦中もいろいろ英国政府に協力してスパイ活動などしていたようですが、そこを描いてほしいんですけどね、むしろ。こっちもスピンオフを作ってほしいんですけど、できればレイチェル・ワイズで。
 いえねえ、前にも「スコーピオン・キング」というスピンオフがあって、それが面白かったからいうんですけどね。
 どうも次作は南米で、という伏線を張りたいようですが、ま、南米もミイラの宝庫ですから作れるでしょうけど、どうなりますか。とにかう娯楽作品としては満点、いいと思いました。

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2008年8月 8日 (金)

ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌

いよいよ今夜から北京五輪、なんですが、今回ほど競技以外の関心を呼んでいる五輪もないのでは? というか純粋に競技としてみるとまた、これほどまでに盛り上がっていない五輪もなかったような・・・。
 しかしTIPと名乗るテロリストとしてみると既に成功していると言えるのかもしれません。中国にこういう問題がありこういう組織があることを宣伝するには、五輪はうってつけだったことになります。
 ◆   ◆   ◆
 ところで、今更ながら「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」を見てきました。続編はイマイチということも多いのですが、今作は・・・なかなかの名作に仕上がっているじゃないですか。
 各地で突然、妖怪に襲われて魂を奪われ人が失踪する事件が続発。ヒロインの高校生・楓にも妖怪・濡れ女の魔の手が忍び寄ります。鬼太郎、猫娘らおなじみの面々が彼女を助けるべく活動を開始しますが・・・。
 時代は変わって1000年前、というから平安時代の終わりごろ。一人の人魚が人間の漁師と恋に落ちました。彼女は人間として生きる決心をします、となんか「ポニョ」みたいな話なんですが、こちらはその後、人間に迫害されるようになります。さて、彼女のその後の運命は?
 とまあ、そんな感じで、平安時代の話と現代の失踪事件がリンクしてくるわけです。
 しかしまあ、比較すると平安時代の話が見事すぎて現代が霞んでいます、ちょっと。なんといっても寺島しのぶと萩原聖人の演技が素晴らしい。最後など、泣けます。
 現代のほうは登場人物が多くてちょいと散漫かもしれません。とはいえ脚本はよく練れています。前作と違いまったくのオリジナル。よって話としては今回の方がまとまっていますけれど、水木しげるの鬼太郎のさばさばしたテイストからは離れているかも。もっとも、このちょっとウエットな「悩める青年鬼太郎」も悪くありません。
 ヒロインの北乃きいさん、うまいです。トランペットに琵琶、ひちりきまで練習しての熱演には好感を持ちます。が、ちょっと華やかさはないかも。衣装も地味すぎか。前作がアイドル的なヒロインでしたので・・・もっとも今作のヒロインは猫娘のようですが。
 

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2008年8月 1日 (金)

映画「ドラゴン・キングダム」

8月に入りました。先月は西日本は本当に暑かったそうで、ことに京都など31日間すべて30度超えとか。幸い、東京あたりはけっこう、北風も入ってきて、夜は意外に涼しく、35度超えも今のところありません。さて、今月はどうなりますか・・・。
 ところで映画「ドラゴン・キングダム」を見て参りました。話題作が続々と出てくる夏休み、この作品の注目度は日本ではそんなに高くないかもしれませんが、アメリカ公開時にはジャッキー・チェンとジェット・リーの二大カンフースター競演で大いにヒットしたそうです。が、単にカンフー映画をそのまま作ってもハリウッド受けはしませんので、この作品は工夫しています。出だしは現代のアメリカ、ボストンから始まりまして、情けない転校生の少年が不良グループにいじめられるシーンで幕開け。
 しかしこの少年、実は根っからのカンフー映画ファンで、知識だけは膨大にある。で、チャイナタウンの骨董品店に入り浸っているのですが、不良どもがこの店も襲撃、店主の老人は撃たれてしまいます。少年は老人から家宝の金属製の棒を託され「これを本当の持ち主に必ず返してくれ」と言われます。追いつめられビルの屋上から飛び降りた少年は気絶。しかし目を覚ましたときには、彼がいる場所はボストンではなく、何千年も前の古代中国の村落なのでありました。
 そして、ふとしたことで出会った仙人(ジャッキー・チェン)から、その棒を持ち主に返さないと、お前も元の世界に戻れない、と告げられます。その持ち主とは、あの孫悟空、そして老人から託された棒とは、ほかならぬ如意棒なのでありました・・・。
 孫悟空はさらに500年前、悪逆の暴君ジェイド将軍の策略にかけられ、石と化していました。如意棒を渡すことで悟空は甦る、そしてジェイドを倒すことが出来る、というのであります・・・。
 やがて彼らに協力する謎の少女、さらに謎の僧侶(ジェット・リー)も絡んで、派手やかなカンフーアクションが繰り広げられるのであります。
 そのジェット・リーが登場するシーンでは、ジャッキーと延々と・・・どのぐらいでしょうか、10分ぐらい続くのじゃないでしょうか。ものすごい格闘シーンがあります。そのすごいことといったらありません。
 ほかにも全編てんこ盛りのアクションですが、ちょっとラブストーリーも絡んで非常に巧い脚本です。
 この手の映画でいちばん問題になりそうなのが「言語」でして、無神経な昔のハリウッドだとなんの前置きもなく、どこの国の人も英語で話すところですが、本作では、はじめ中国語で話すジャッキーに、主人公が「何を言ってるか分からないよ」と叫ぶと「聞かないからだ」と英語でジャッキーがこたえる・・・もちろん、英語を知っていた、というのではなくて、分かろうとすれば分かる世界なのだ、ということらしい。以後、少年の視点では英語、中国人同士の会話は中国語、ということで進行します。ま、とにかく一応の配慮をしていて好感が持てます。
 これ要するに、孫悟空が三蔵法師に出会って天竺に向かう物語以前のストーリーということですが、どこかで見たようなシーンも多く、実に巧妙に出来ています。
 いろいろ映画の封切りもありますが、埋もれさせてしまうにはもったいない娯楽作品と思いました。
 
 
 

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2008年7月21日 (月)

ポニョ?

「崖の上のポニョ」についてこんな記事をみかけました。Tech insightより「・・・これまでけして抽象的な展開に陥ることのなかった宮崎アニメのなかで、『ハウルの動く城』は異色の作品であったと言えるだろう。大人から子どもまであらゆる世代が楽しめるというのが宮崎アニメの醍醐味であったはずだが、『ハウルの動く城』を最後までストーリー展開を理解しながら楽しめた子どもは少なかったのではないか。・・・およそ4年ぶりの新作となった『崖の上のポニョ』。公開前のプロモーションが意外と地味だったこともあってか、公開初日、都内のとあるシネコンでは、朝早くチケットブース前に行列を作った子どもたちのお目当ては『崖の上のポニョ』ではなく、同日公開されたポケモン映画であった。・・・結論からいうと、宮崎アニメの復活には、今一歩届かなかったように感じられた。1997年公開の『もののけ姫』が大ヒットとなったとき「どこがそんなに面白いのか分からない」と宮崎監督はコメントしたという。そこまで自らの作品を厳しい目で見つめている宮崎監督は、『ハウルの動く城』、『崖の上のポニョ』をどう評価しているのだろうか。・・・2006年に長男の宮崎吾朗氏が初監督を務めた『ゲド戦記』を見たとき、「素直に作れていた。よかった」と感想を述べていたという。・・・このときの言葉が、あまりにビックビジネスになってしまったが故に、本来の純粋な作品づくりに没頭できない宮﨑 駿監督の苦悩を表しているように感じてならないのだ」だそうです。
 私の個人的な感想ですが、ナウシカ、ラピュタ、トトロときて宅急便、ここまでは興行収入はそこそこですがいい作品でした。そのあとの「紅の豚」からぐっと興行的には大きくなりますけど・・・実は私はすでに、ここらから勢いがないように感じた。で、次の「もののけ」では、ご本人もいうとおり、素直じゃない、どこが面白いのか分からない、と私は率直に言って感じたのですが、なぜかこの辺からビジネス的には大成功し、アカデミー賞にまでつながっていくわけです。
 不思議なもんです。まだ地位も名声も盤石じゃなかったころは勢いがある作品だったのにビッグネームになればなるほど、なんか難しくなってしまう。しかしこれ、ミュージシャンにもよくある話ですよね。どう考えても最初の3作ほどが名作であとはビッグネームになったけど明らかに作品は大向こう受けを狙いすぎて作品は地味になっていく。最初にそのアーチストを評価したコア・ファンが基礎を固めてくれて、そこに注目したいろいろな商業筋が乗っかってくる。で、名前が固まるとあとは「名前だけで」盤石の売り上げとなり、いつしか信者集団が出来て、内容にかかわらず賛美するようになり、それを商業筋が必死に支えるからいつの間にか「○○は最近詰まらない」といった批判が出来なくなる。気が付くとコアな初期からのファンが去り、後で乗っかってきた連中だけが数だけ多くなる。名前負けしないように肩に力が入ってどんどん創作は行き詰まるが、もはや巨額の金が動くようになっており引くに引けなくなる・・・。
 私は「ゲド戦記」について全く見る気がなかったのに、あまりの不評だったので、そんなに不評ならば、と見ました。とことん天の邪鬼なので。世間がもてはやすものは信用しないが、世間がやたら叩くものなら見てみたくなる。で、見てみてがっかりした(苦笑)。けっこう「素直に出来ていて」名作とは思わないが、そこそこ以上に普通のアニメだったから。つまりああまでけなされるほどの内容でもなかった。
 で、今度のポニョです。相変わらず宮崎アニメというだけで称賛されるようなら私は今回も見ません。が、もし「詰まらない」という声が出てきたなら、見ます、はい。
 とにかく日本人もいい加減に「有名で人気があるから自分も」という態度をやめてはどうでしょうか。そして、自分でいいものはよく悪いものは悪い、世評などどうでもよくあくまでも自分の判断で責任を持って考えてはどうでしょうか。宮崎アニメもいいものはよく悪いものは悪い。当たり前です。
 しかし、宮崎監督、すでに雲上人・巨匠なんだから今後は一切、スポンサーにもお客にもこびずに本来好きなものをやったらどうでしょう? コナンやナウシカやラピュタ、あれらが生き生きしていたのは氏の本当は好きな要素、戦争映画だからじゃないでしょうか。氏は大変な軍事マニアで兵器マニアであることは知っている人は知っている事実。思想だの環境問題だの教訓じみた要素は後で自然についてくるもので、何よりも本当は好きなもの、を主題に据えてやればいいのじゃないでしょうか。いいじゃないですか、第二次大戦のティーガー戦車の話で。それで離れるようなファンやスポンサーなんて気にしないでもいいと思いますが。

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2008年6月 1日 (日)

睡眠不足と「味の素グリナ」、それからトム・クルーズ「ワルキューレ」の話題。

 6月に入りました。自衛隊機がどうのこうの、という話がありました。どうしても関係する文脈では「戦後初」という言葉を入れたい、という意向がこれにかかわるあたりであったらしく、しかし自衛隊なんて戦後に出来たものだから、なにをしても戦後初なのは当たり前ですよね? なんなら「日本軍、のようなものを中国に戦後初派遣」とかすべきだったのでしょう。 そういえばクラスター爆弾の話もありました。あれ、日本のような専守防衛の国にはいい兵器・・・いい兵器という言い方はないでしょうが効率のいい兵器でした。しかし周辺国、つまり米中露韓朝の各国はあの爆弾を廃止しないので、日本としては本当にあれでいいのか、という声が防衛筋ではあるようであります。 

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 さいきんは論評をあんまりしません。面倒くさいからです。どうせ世の中十人十色、波長の合わない人に無理に合わせる必要を感じないのです、近ごろ。 それから批判、中傷、悪口を基本的に書きません。嫌いなものなんて政治家にも芸能人にも世の中のあらゆるものにも無数にありますが、そういうものについて書きません。無駄な努力はしないことにしました。 ブログなんて所詮そんなもんでしょう。 

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 近ごろ、グリナという味の素の製品をのんでおります。

http://www.ajinomoto-ff.com/glyna/index.asp?p=fl012879aw  とにかく、ほとんどの日は夜勤で明け方まで仕事なんですが、週に1回は朝出勤、また週に1回は宿直勤務です。普通の人と生活リズムが6時間ほどずれているのに、週に2日は普通の人と同じような時間で動かないと行けません。これ、ほぼ毎週、海外旅行をしているようなものです。時差がきつい。いつも朝の8時に起きている人に、無理矢理に夕方の6、7時ごろに就寝して、深夜2時に起きてすぐに仕事をするように強要するのと同じことです。 当然、慢性的な寝不足で頭の芯が疲労しております。たとえ就寝してもいつもより6時間ずれていては眠れるわけがありません。 それで上記の製品を試してみました。個人差があるようですが、私には非常に効くようです。これは睡眠薬じゃありません。実際、睡眠薬で無理に寝ても寝覚めは非常に悪いものです。グリナは眠くなる訳じゃなく、快眠したときと同じような疲労物質の分解をしてくれるアミノ酸が入っているようです。だから、必ずしも睡眠できるわけではない。それでも、確かにすっきりしまして、頭の重さがとれている。だから1、2時間、眠っただけで無理に起きても仕事が出来る。こいつはいいです。海外ビジネスが多い人に愛用者が多いとも聞きますが納得です。

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 ところで、トム・クルーズって最近、あまり聞きませんが、間もなく映画「ワルキューレ」公開なんですってね。いろいろ事情があって延期が続いているみたいですが。彼がシュタウフェンベルク大佐? もっとも写真を見るとなかなかよく似合っている、というか本物がかなりハンサムですから。しかし確か、かつてはクルーズと並んで人気のあったチャーリー・シーンがテレビ映画でシュタウフェンベルクをやっています。まあ、欧米の俳優が気兼ねなくドイツ軍人を演じるとなると、ヒトラー暗殺を企てたシュタウフェンベルクぐらいしか役がないのでしょうけど。でも、ドイツ映画でも「オペレーション・ワルキューレ」とかありますし、古いドイツ映画でもこの事件は何度も取り上げてるし。やっぱりドイツ語じゃないと変だと感じますけど、どうせ英語なんでしょうしね。写真を見る限り、クルーズのシュタウフェンベルクは参謀用の線の入った乗馬ズボン、襟章はどうかな? ちゃんと参謀用の襟章なんだろうか、よく見えません。

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2008年5月 8日 (木)

スパイダーウィックの謎

 なんか風邪ひきました。暑いのか寒いのかはっきりしないこのごろ、思いきりよく冷房をガンガンつけてくれている電車や建物がありますが・・・勘弁してほしいな、と。けっこう乾燥した風が吹いてきて、蒸していない日など、一発で風邪ひきます。地球温暖化=なんでもかんでも暑くなる、というイメージは違うと私は思うのですが(今でも、本当に人類のCO2が地球の平均気温を左右しているのか、もっと大きな原因によるのか実ははっきりしないとしている科学者も少なくないのですが。今や地球にやさしい、といえば政治家は票が取れる、企業もかえって商品が売れる・・・私はけっこう騙されないようにしないといけないのではないか、とむしろ懐疑的に見ているのですが)。

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映画「スパイダーウィックの謎」を見てきました。近頃、大活躍の名子役フレディ・ハイモア主演のファンタジーで、原作は2003年以後、5冊が刊行されている童話だそうであります。

しかしながら、子供向け、というイメージで売り出しているようですが、脚本が巧みでそう一筋縄でいかない作品に仕上がっています。1920年代、妖精学に一生をささげたアーサー・スパイダーウィックが謎の失踪、娘も森の中で妖精に誘拐されたと主張したため精神病院に入れられ、以来、スパイダーウィックの館は主を失い廃墟と化します。それから80年たち、母親に連れられて高校生の娘と双子の兄弟が館にやってきます。特に双子の兄のジャレットは母親に反発し問題児扱いされています。しかし彼はこの古い館で、大叔父にあたるアーサ・スパイダーウィックが残した「妖精図鑑」にまつわる秘密を知ることになります・・・。

まあ、あとはこういう話にありがちなことですが、いくら「妖精をみた」などと言っても信じてくれない母親や姉との確執に悩みながら、いろいろ騒動が持ち上がっていくわけで、その中でばらばらになりかけていた一家が心の絆を取り戻してく、という次第。これと、失踪したアーサー親子の物語が絡んで、「親子の心のつながり」をテーマに据えた脚本は非常にうまく出来ています。ラスト、感動させられます。原作とはちょっと違う展開なようですが・・・。

妖精の造形はスター・ウォーズ・シリーズのフィル・ティペットが手がけており、見事な出来栄えです。

壮大なスケールのハイファンタジー映画が目立ちますが、本作は話が大きくなりすぎず、いい映画だと思いました。

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2008年5月 2日 (金)

紀元前1万年・・・おもしろいけど音楽が?

 ローランド・エメリッヒ監督の新作「紀元前1万年 10,000B.C.」を見てきました。「インディペンデント・デイ」「デイ・アフター・トゥモロー」などの大ヒット娯楽作品で知られる同氏ですが、今作はなんとも異色な「原始時代物」であります・・・とはいっても1万年前ですので、そんなに大昔でもなく、マンモスがそろそろ絶滅しつつあり、また文明が勃興し始める時期でもあります。そんなわけで、非常に大胆な解釈で1万年前の人類の生活を想像した一作なんですが、まあ言ってみますとメル・ギブソン監督がマヤ文明をテーマに描いた「アポカリプト」と、エメリッヒ監督自身の出世作「スターゲイト」を混ぜたような感じ、でしょうか。実際、ストーリー的には「アポカリプト」を思わせる部分が多いのですが、なんでもエメリッヒがこの作品の構想を始めたのは実に15年も前だそうですから、特に関係はないのでしょう。
 それにしましても、マンモスがすごい。これは見た人は誰でも思うでしょうが、圧倒的なマンモスの数と質。最新のCG技術の底力を見せつけられた感じです。ロード・オブ・ザ・リング以後、もう何もみせられても驚かない、という感じになってきましたけど、それでも今作は「これは苦労したろうなあ」と思わせるものです。あまりに作業時間が膨大になるため、やむなくマンモスの毛を当初プランから3割ほど「薄毛」にしたそうです。毛がゆさゆさ揺れる処理がいちばん大変なんですってね。
 後は、クライマックスで出てくるピラミッド建設シーンの巨大さ。エジプトもの映画ではおなじみの光景ですが、これほど真に迫ったものもなかったのでは。ここは見物です。
 ストーリー的には生きつぐ間もなく巧みな展開です。はじめに主人公の父親が部族を出て逃亡するシーンから始まるのですが、これが後々、ストーリーにうまく絡んできてうまい伏線だな、と思わせます。もうちょっと終盤でひねって欲しかった気もしますが。
 山間でマンモスを狩って暮らす狩猟部族が、あるとき突然、騎馬民族に襲撃されてしまいます。次期族長候補である若きヒーローは、さらわれたヒロインを追って苦難の旅に出ます。その先に待ち受けるのは、まったくこの時代には想像することもできないような超先進的な文明の存在でした・・・。ま、そんな話です。
 ヒーリー、ヒロインともまだ無名に近い新人ですが好演しています。エメリッヒはウィル・スミスやヒース・レジャーが無名時代に抜擢した伯楽として有名なので、きっとこの二人も有望なのでしょう。
 ということで、大いに満足したんですが、ちょっと気になったのが・・・実は音楽。作曲チームはエメリッヒとこれまでも仕事をしてきたベテランなのですが、どうも一番大事なところで使われている曲が、ブラッカイマーの「キング・アーサー」にそっくりなんですね。私はそれが気になっていましたが、妻も終わるやいなや「音楽が気になった」というのです。似ているというか、まあ全く同じ、という気がするのですが。妻は音大を出ているのですが「あれは音階からアレンジからまったく同じじゃないのか」というので、私たちばかりではなくそう思った人がほかにもいるのでは。あれだけがちょっと気になりました。

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2008年4月22日 (火)

食糧危機はついにやって来るか?

 J-CASTニュースにこうありました。「世界銀行の推計によると、過去3年間で世界の食糧価格は平均で83%上昇。これが原因で、少なくとも1億人が食糧不足にさらされるとみられている。その原因としては、気候変動による収穫量の減少や、中国やインドの食糧需要が増大したことなどが挙げられている。さらに、ここ数ヶ月で、基本食品の値上がりが加速しており、世界各地で食糧をめぐる暴動にまで発展している。エジプト、フィリピン、コートジボワール、セネガル、イエメン、メキシコなどで暴動が発生。カリブ海の島国・ハイチでは、商店の略奪が1週間以上続き、事態を収拾できなかったとして国会が首相を解任するという事態に発展している。それ以外にも、苦肉の策を取らざるを得なくなる国も多い。例えばパキスタンでは食糧の配給制が復活し、ロシアでは卵などの価格を固定。インドネシアでは補助金を増額し、インドでは高級米以外の米の輸出を禁止した」これ、以前から危惧されてきたことが現実化してきましたね。
 近所のスーパーで愕然としました、最近。パスタとバターについて「安定供給できませんので、在庫がない場合はご容赦下さい」と張り紙があるのです。
 飽食の時代、とやらもついに終わりかも知れません。終わりの始まりか。
 ポール・マッカートニーが「あとは出来るだけ人類が菜食主義になるべきだ」と提言したそうです。これ、基本的には正しい。問題は、産業界が本記になるかどうか、だと思いますが。味覚や嗜好として菜食を強要してもまずうまくいかないので、やはり代替素材の肉のようなもの、を開発するべきなのでしょう。もうそういう時代に入ってきたと思われます。
 日本ではなんかのんびりと少子化は問題だ、年金が、ということばかり騒いでいますが人類とか地球という視点では、人が増えすぎて困っているのも事実です。
 実に嫌な予兆を感じますね。

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2008年4月17日 (木)

映画「王妃の紋章」

 チャン・イーモウ監督の新作映画「王妃の紋章」を見てまいりました。監督が見出した大女優コン・リーとの10年ぶりの仕事でもあります。おまけに主演はチョウ・ヨンファ、共演に台湾のスタージェイ・チョウと大変、豪華な顔合わせ。
 時代設定は五代十国時代の中国。というと日本人にはいまひとつ分かりにくいのですが、907年にあの唐王朝が滅びてから、970年に宋が全国再統一するまでの戦乱時代のことでして、要は第二戦国時代というようなものです。日本においては894年に唐を見限って遣唐使廃止、その後、平安文化が栄える一方、平将門が登場して次の武家時代を予感させた時代であり、まあ日本から見て中国の影響力が最も薄れた時期、だからなんとなくわが国からすると印象が薄いのかもしれません。
 唐というのは、黄巣という人物の反乱で滅びてしまったのですが、この人は科挙に落第した後、「満城尽帯黄金甲」という詩を作ったそうであります。ちょうど重陽の菊の節句のころ、己の名前である黄を菊の花に見立て、春の花々が枯れ果てた秋、最後に咲く菊がすべてを覆い尽くすのだ、見よ、街をすべて黄金の甲冑をまとった俺の軍勢が埋め尽くしているではないか、と。これ、今に天下を取ってやる、という意味ですが、本当にやってのけたのは凄い執念ですね。ただし、長安を占領して皇帝を名乗った黄巣の天下は3年しかもたなかったそうですが。
 で、映画の原題はまさにこの、「満城尽帯黄金甲」なんです。金色の軍隊とはだから、反乱軍、革命軍のことなんです。これでお分かりのように、宮廷を舞台にした軍事クーデターを描くお話なんですね。
 原作は「雷雨」という中国では有名な戯曲ですが、そっちは1910年代の資本化一族の物語。それを、戦乱時代のある王国の宮廷に舞台を移して、壮大なクーデターのお話に仕立てた次第。実にそれはそれはお金がかかっていそうというか、豪華絢爛というか、私はここまで派手やかに宮中を再現した映画を見たことがありません。いろいろな時代の王様や皇帝の豪華な生活ぶりを描く映画がありますが、これはすごいですよ。本当に純金で作った衣装もあって、40キロにもなるので、さすがのコン・リーやチョウ・ヨンファがへとへとになったそうですから。
 お話としましては、チョウ演じる王様が、コン・リー演じる王妃を少しずつ毒を盛って暗殺しようと企むところから始まります。一方、王妃は王妃で血の繋がらない皇太子と男女関係にあって夫を裏切っています。そこに、王妃の実の息子である第二王子が戦地から帰還してきて、いろいろ宮廷内の人間関係がおどろおどろしくうごめきます。陰謀渦巻く中、ついに運命の重陽の節句の儀式が始まりますが、それは軍事クーデターの引き金となるものでありました・・・。
 そんな感じですが、とにかく豪華絢爛だし人数は多いし、そして何万人が死んだんだろうかと言うほど戦闘で人が死にます。あきれるほどです。
 それがまた、終わると何事もなかったかのようにきれいに片付けられる。国王の何よりも対面を重んじる綺麗事の論理で・・・。
 なんか中国的だな、と。なんとなく北京五輪も連想させます。いろいろ問題があっても強引に表面だけはきれいに進行しそうな予感。
 そういえばチャン監督は北京五輪の開会式のディレクター。はて、なにか意味深なメッセージもあるのかないのか。
 とにかくものすごい大作です。大画面で見ないともったいないです。

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2008年4月 9日 (水)

糞尿で開城・・・するか?

 なにかトラブルの多いTBSですが「TBSが今年2月に放送した『歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発!』の中で、戊辰戦争の鶴ヶ城開城の理由を「城内に糞尿が城にたまり、その不衛生さから」が正解とされたことに地元福島県会津若松市が抗議した問題で、TBSは本日(8日)午後1時前に謝罪放送をしました」(ニュース畑)というのが地元で大きな話題になっているとか。
 それで、この「糞尿が城にたまって開城」という説が、どこから出てきたか分からないらしいんですね、どうも。出典として挙げてきた本も、どうもそんな本がないというお粗末さ。じゃあ全部、いい加減だったのかしら。それはいけない。なにか根拠があるんなら示せばいいが、たぶん適当にネット情報からとってきたか、何かに書いてあったような気がする、という話をうろ覚えで出してきたか・・・ともかくクイズの出題がそんなことでは歴史王なんて企画自体、成り立っていない気がしますが。
 そりゃ地元の人は怒るでしょうね。そんなに郷土ナショナリズム的な人じゃなくても怒るでしょう。まして、会津の歴史というのは、これで片付けちゃ可哀想だと思いますが。
 篭城すればいろいろ環境悪化するのは当然ですが、それだけの理由で開城するか、というのもなんか違うと思うし、もうちょっと真面目に調査するべきだったろうと。
 ◆  ◆  ◆
 前にも書きましたが、私の勤めている新聞で、ゴールデンブリッジ(昨日、チベットの北京五輪聖火反対の活動家が横断幕掲げた、あれです)の開通年月日がぜんぜん違う記事が掲載されかけたことがあります。おかしいな、と思い調べると、なんと日本国内のネット情報はほとんどその間違った年月日が載っている。それで英文のサイトを調べて分かったのですが、ゴールデンブリッジの近くに似たような名前の別の橋があり、そっちの開通年月日が出回っていたようです。おそらく出所は一人で、それが誰も確認しないまま、広まったんでしょうね。
 ネットを見ていて「みんな同じような文章だな」というときは気をつけないといけないなと思った次第でした。
 会津城のことはどこで出回っていた話か知りませんが、どうせなにかの掲示板に載っていたとか、そんな話の一つじゃないでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 拙著「スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった」(彩流社)アマゾンでは初期の在庫完売となったようです。もちろんすぐに補充するでしょうが。よろしくお願いします。http://www.honya-town.co.jp/hst/HTdispatch?nips_cd=9983054663

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2008年4月 7日 (月)

チャールトン・ヘストン逝く

チャールストン・ヘストンが逝った。「【サンフランシスコ=松尾理也】5日、84歳で死去した往年のハリウッド・スター、チャールトン・ヘストン氏は晩年、全米ライフル協会(NRA)会長を務め、強硬な銃規制反対論者として、保守化する米世論に大きな影響を与えた存在でもあった」(産経MSN)という通り、ブッシュ政権に至る流れの中で重要な役割を果たした人物だと思う。アメリカの歴史を調べると、米軍というのは独立戦争のときの民兵のなれの果てのようなものだと分かる。市民による、自分たちの国土の防衛、という意識が強い。だから保安官も市民の中から選ぶし、軍も州ごとに州軍があったりする。日本のように明治以後、中央集権的にまとまってきた国から見ると異質なわけですが、銃規制がなかなかできない理由の一つも、こういう「市民には武装して自衛する権利がある」というのがあったりしまして、刀狩りされて何百年という日本人にはなかなか分からないのも事実でありますが・・・しかし刀狩りだって確かに、それでお上に反抗できなくするという趣旨だったわけで。ま、ひとつの時代がまた終わり、ブッシュ流の保守もそろそろ店じまい。
 ◆  ◆  ◆
 辻元よしふみ著「スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった」(彩流社)販売中。http://www.hanmoto.com/bd/ISBN978-4-7791-1305-5.html

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2008年4月 5日 (土)

「後期高齢者」・・・。それと「スーツ=軍服」の宣伝

 それにしても、なんでかしら、大変なことになる、大変なことになる、と脅かす人がいますよね、テレビなんかで。いつでも暢気ではバカだけど、だからといって大変だ、大変だと騒ぐほどこのこともない、ということも多いような。インド洋の給油が途切れたって何事もなかったし、ガソリンのこともまあ、関係者には申し訳ないんだけど一般レベルではそれだけのもんだし、日銀総裁なんてのは本当に大勢になんら影響ないし。
 なんかこう、あまり過剰に騒ぎなさんな、と思うことがあります。一般論として。
 ◆   ◆   ◆
 「後期高齢者」という名称に怒った方が多いと思います。確かに事務的というか機械的です。厚生労働省さんですが、あそこの職員さんは皆さん、必ず結婚していて子どもが3人以上おり、お腹の周りは85センチ以下で、70歳ぐらいまでで死んで、年金はもらわず辞退し、という「模範的な健康的かつ見事な産む機械払う機械」ばかりなんでしょうか。もしそうなっているなら、国民に色々言う資格もあるでしょう。
 ◆   ◆   ◆
 「スーツ=軍服!?」http://www.hanmoto.com/bd/ISBN978-4-7791-1305-5.htmlですが、けっこうゆっくりと・・・まあ、ロングセラーねらいなんですが筆者としては。どうかまだ読んでらっしゃらない方、よろしくお願いします。アマゾンの在庫があと2冊だとか。どうかここは一つ(まるで選挙みたいでございます)。
 実はもう、聞けばびっくりするような大物の方からご激励をいただきびっくりしています。名前は秘しますが。御縁のある方はいらっしゃるんですね。
 すべての御縁のある方といい出合いがあることを、心から願っております。
 

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2008年3月31日 (月)

妻がテレビ出演。私は産経新聞に。

今日、ある編集者から教えられまして、30日日曜日付の産経新聞13面読書コーナー中の「手帖」という欄で、拙著が紹介されていたとのこと。確かめてみたらありました、ありました。
「ファッションに関するウンチク満載なのが、辻元よしふみ著「スーツ=軍服!?」(彩流社)。私たちが身につけているスーツもブレザーもトレンチ・コートも、その源流をたどれば軍服に行き着く。」
 まあ、こんなものなんですが、新聞に載せて頂くのは本当に嬉しいことです。ありがたいことでございます。http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7791-1305-5.html
 ◆  ◆  ◆
 ところで、もう一つ驚いたことがありまして。
 昨日の明け方、午前4時ごろ。私が夜勤から帰宅しまして、テレビを見ておりました。月曜の深夜ってあまり放送をやっておりません。ショップチャンネルをぼう、と見ていましたら・・・。
 前から欲しかった西川のヒツジの抱き枕「メルくん」を売っていたのです。これ、人気商品でなかなか手に入らない。
 で、妻に「すぐに電話したら」と申しました。ちょうどそのとき、あの手の通販番組でよくやっている「お客様からのお電話がつながっています」というのをやっていました。
 直感的に、なんか、予感がありまして、「早く電話しなよ、前から欲しかったんじゃないか」とせかしました。で、妻が「メルくん」を注文しましたら・・・「ええ!」と妻が声を上げます。「お、ひょっとして」と思いました。案の定、本当につながるといいます。
 おお、全国放送テレビ出演!! 声だけとはいえ。
 以下は妻の話ですが、まずはオペレーターにつながり、それから説明する人(ADさんでしょうか)から商品番号とか、「千葉県のレイコです、と名乗るように」と指導され、最後に厳しい声の女性(きっとディレクターさん)につながれて、「そのままお待ち下さい。・・・はい」ということで、出演中の小柳津キャストと会話がつながりました。
 もう心臓が飛び出しそうなほど緊張したそうであります。が、なかなか上手に受け答えしておりました。おお・・・妻、テレビデビューです、一応。私もラジオには出たことがありますが(会社がらみの出演でした)テレビはまだないなあ・・・。
 どうも、生の声とテレビから流れる声は3,4秒時間差がありますね。それは当たり前ですか、よくニュースでも外のレポーターとやりとりに時差があります。
 いやあ、いい経験しました。私も横で見ていただけで緊張しました。
 

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2008年3月28日 (金)

ディズニー映画「魔法にかけられて」

ディズニー映画「魔法にかけられて」を見て参りました。このところ忙しくて遅ればせですが・・・。しかし最近、映画封切り多いですね。興味合っても間に合わないです。
 もうすでにどんな映画かは知れ渡っていると思いますので多くは語りません。ディズニーアニメと実写の融合という試みで、アニメ世界で恋に落ちたヒロインと王子様が、実写のニューヨークにやってきてどたばた喜劇を繰り広げる、という筋です。2D世界で夢のような世界観から3D世界に来てどうなるのか、というのが見物です。
 で、お姫様役のエイミー・アダムズは本当にアニメそのもの、というかアニメの人間化のような演技。それから、「ヘアスプレー」であまりにも見事な歌とダンスを披露していて主演級の人らを食っていたジェームズ・マースデンも見事。ちょっと出番が少ないが。
 ま、それで、あとはなんだか「プリティ・ウーマン」調の現実世界とのかかわりがあって話が進んでいくですが。
 これ、落ちとしては誰でも二つは思いつくはずですね。で、どうなんでしょう、私はちょっと、エンディングにかけては、現実が勝りすぎかな、と思いましたが。
 「現実に適応する」=「成長する」ことって、そんなに素晴らしいことだろうか?
 まあ、ちゃんと現実に背を向けてアニメ世界に飛びこむ人物も出てきますけど・・・。
 それ以上はまあ、何をどう書いてもネタばれにつきご容赦。
 それにしても王子様の服装はあれですね、スラッシュ入りのパフスリーブのダブレットに下半身はタイツ。刀は鋭いタイプ。まあ十四、五世紀ぐらいのファッションです。
 王子様ってだいたい、このへんのイメージなんですね。
 いや、ついつい服飾史の本など書きましたので
。「スーツ=軍服 彩流社」
 http://www.bk1.jp/product/02976958

 と、またしても最後は宣伝入れますがすみません。
 しかし面白い映画でした、はい。

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2008年3月22日 (土)

ライラと黄金の羅針盤・サイトリニューアル

 映画「ライラと黄金の羅針盤」見てきました。遅ればせですが・・・。いや、面白いですね。細かい話は既に出回っていると思いますから書きませんけれど、要はパラレルワールドもので、現実世界とちょっと違う世界のお話。人の魂が実体化して主人にペットのようについて歩く世界が舞台。そして、独裁的宗教機関「教権」の抑圧が存在する社会。そこに登場して世界を変えていくのは一人の型破りな少女の勇気である・・・と。ものすごく速いテンポで、複雑な話を裁いていて、その手際が見事と思いました。ファンタジーは世界観を理解するまでが難しく、そこでついていけないと面白くなくなってしまいますが、今作はうまいですね。ダコタ・ブルー・リチャーズという子役、この人はすごいですね。大物になる予感がします。時代劇なんかもってこいと思う。007コンビのダニエル・クレイグにエヴァ・グリーン、そしてニコール・キッドマン、いい仕事しています。いちばん心動かされるのは、この第一話(3部構成)ではやはりシロクマ・・・じゃなくてヨロイグマの逸話。父を殺され王位を簒奪された王子の復讐劇はハムレットそこのけ、いいですよね。
 さすがに「ロード・オブ・ザ・リング」のニューライン・シネマ。手堅い。いい映画化ですよね。原作ファンも納得じゃないでしょうか。ぜひ第二部(現実世界が描かれるとか)も見たいです。
 ◆  ◆  ◆
 大阪市営地下鉄で男性会社員が痴漢にでっち上げられた事件後、「男性専用車両を導入してほしい」という申し入れが市交通局に相次いでいることが21日、わかった。「痴漢に間違えられたくはない…」。同様の要望は事件前から鉄道各社にも寄せられていたという。今回の事件を契機に鉄道各社も「導入を検討したい」としている。(ゲンダイ)
 これ、前から思ってました。男性にはそう思う人も多いのでは? 痴漢は論外ですが、絶対に冤罪もあるとみんな思っていたはず。こういう計画的な悪人が出てきたことで、警察も頭ごなしに犯人扱いするばかりでなく、こういう可能性もあるのでは、と少しは見方を変えてはどうか、と思います。
 ◆  ◆  ◆
 新刊書「スーツ=軍服!?」が出たので、サイトをリニューアルしました。
 http://www.tujimoto.jp/
 一応「戦史・服飾史研究家」というのを表看板にして見ました。いかがでしょう。http://www.hanmoto.com/bd/ISBN978-4-7791-1305-5.html
 ◆  ◆  ◆
 その新刊書について、いろいろご感想なども戴きました、意外な方からいただいてびっくりすることもあります。今日はなんと、英国大使館グレアム・フライ駐日大使閣下から、直筆サイン入り書簡が! まあ謹呈したからですが、返事があるとは思いもせず。
 今年は英国年なんですね。いま、松坂屋銀座と新宿伊勢丹でサヴィル・ロー展をやっているとのこと。こりゃ見てこないと・・・。
 

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2008年3月10日 (月)

3月10日、ついに発売日!

今日は・・・「東京大空襲の日」ですよね。「東京大空襲から63年にあたる10日午前、空襲や関東大震災の犠牲者を弔う法要が、東京都墨田区の都慰霊堂で営まれ、常陸宮ご夫妻をはじめ、被災者や遺族ら計320人が参列」(読売)というわけですが、しかし考えてみるとわずか63年前、ですよね。そんなに大昔という話でもない。
 世の中、変わり果てました。犠牲になった方が今の日本を御覧になったらどう思われるだろうか、と思います。もちろん平和でよかった、と思うでしょうが、しかし「うーん、こんなはずでは」ということも多いのでは・・・。
 たとえば。国交省の皆さんには悪いですが、しかしそんなにマッサージチェアが必要なんですかねえ、とは誰しも思います。なんとかならんですかね、もう少し。
 ◆  ◆  ◆
 この3月10日というのは私にとりまして。
 「スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった」(彩流社、本隊2200円)の一般発売日であります。
 http://www.bk1.jp/product/02976958
 著者としまして、すべてのご縁のある方にお読みいただきたい、そして、少しでも皆さんのお役に立つことがあれば、と切望しております。
 歴史ファンの方、特に西洋史にご興味のある方、また服飾史、ファッションに関心の高い方、軍事史、ミリタリーファンの方、プラモデルがご趣味の方・・・などぜひ、お手に取っていただきたいと存じます。
 なにとぞよろしくお願い申し上げます。

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2008年2月29日 (金)

映画「エリザベス ゴールデンエイジ」

 映画「エリザベス ゴールデンエイジ」を見てきました。これ、9年前に大好評だった「エリザベス」の続編。ケイト・ブランシェットの出世作として有名ですね。にしてもこのシリーズ、当のブランシェットはじめ主要キャストがなぜかオーストラリア出身。監督はインド出身、というわけで、英国のエッセンスをしっかり受け取っているけれども英国人ではない、という面々が非常に多い。しかしだからこそかえって英国の黄金時代の象徴、エリザベス女王を映画化しよう、なんてことが成り立つのかも、とも思います。

 が、サー・ウオルター・ローリー役のクライヴ・オーウェンははまり役。「キング・アーサー」以来、時代劇にも出ていますが、確かにこういう役に合う人。やっぱり日本でもそうだが時代劇には存在感ある人でないと。

 そもそもケイト・ブランシェットっていう人も、時代劇にはまる人ですしね。もう白塗りメークするとエリザベス1世にしか見えないし。この人とか、先日オスカーを獲得したティルダ・スウィントンとか、決してハリウッドじゃ出てこないタイプの俳優さんってのはいます。

 そりゃそうと、今作は基本的に、前作で苦難の日々を乗り越え、晴れて女王となったエリザベスが、今度は一番有名な話である従姉妹のスコットランド女王メアリー・スチュアートを処刑し、さらにフェリペ2世の無敵艦隊アルマアダと決戦、ついにスペインの時代を終わらせ、英国が世界の海を支配する時代に・・・というもう女王本人だけでなく英国史上でもひとつのクライマックスの辺りであります。基本的に史実に忠実なので、ストーリー解説は無用でしょう。時代は16世紀の終わりごろ、日本で言うと本能寺の変から豊臣秀吉、関ヶ原の合戦あたりの時代で、まさに洋の東西で決戦の時代だったわけ。

 とにかくエリザベスの父ヘンリー8世が巻いた種(そりゃ彼のどうしょうもない性欲とそれを誤魔化すための宗旨替え、度重なる再婚、処刑の数々)が、因果めぐってここまで来ちゃった、しかしそれを結果として乗り越えることで、英国は世界帝国となりスペインは没落、女王は世界史に残るヴァージン・クイーンとなった次第。そこらはご覧になればよく分かります。前作と合わせてみれば、英国史の要点がしっかり分かるいい映画。

 メアリー・スチュアートは史実通り、かわいそうなことになりますが、そして描き方としては全くフェリペ2世の陰謀という形になってますが、しかし、エリザベスの没後は実は、彼女の息子のジェームスが即位しますのでもって冥すべしか。

 ここに加えて、女王と、ウオルター・ローリー、女官ベス・スロックモートンの三角関係というのも、史実をちょっと誇張して絡んできます。映画じゃ出てきませんが、エリザベス没後、ジェームス2世の時代にこそローリーとベスの苦難の日々があるんだけどそこは描かれません。

 それにしても、アルマアダを迎え撃つ女王が甲冑に身を包んで将兵を激励するシーン、有名な肖像画がありますが、あれは胸甲だけ着けている、というのが史実のようだが、この映画のように全身白銀の甲冑をまとうのもビジュアル的に素敵。あれはジャンヌ・ダルクのイメージにもだぶりますね。救国の聖処女のイメージ。エリザベス女王が結婚しなかった、という理由が映画でもしっかり描かれてますが・・・これは別に上杉謙信みたいな神懸かりの理由じゃなく、諸国の男性君主にその気を持たせて(つまり英国女王と結婚してしまえば難なく事実上、英国も支配できる。エリザベスの姉のメアリー1世はフェリペと結婚してたから、その時点では英国はスペインの属国同然だった、というのが複線としてあるわけです。ついでにいえば、メアリー・スチュアートもスコットランド女王であると同時にフランス王妃だった時代があり、その時点ではスコットランドはフランスの支配下にあったも同然ですね。昔は縁組一つで同盟も国の合併も簡単にできた、というわけです。最近の王室・皇室のお后選び、なんて次元じゃなかったんですな)外交を有利にする策略だった、というのがいちばん大きいのですが、それに加えて精神的な理由、ジャンヌ・ダルク的な投影があったんだろうな、と。

 蛇足で言えば、後の時代のヒトラーなども同じような発想で独身を続けたのだろうと。不思議と権力者でその気になればどんな縁組でもできるのに、なぜか独身、という人は人気が出る。最近じゃ小泉総理もそうだったかもしれません。

 とにかくコスチュームプレイの魅力満載。ブランシェット以下の配役も完璧。時代劇として言うことありません。歴史好きは必見。あまり出番はないけど、「女王陛下の海賊」ことフランシス・ドレーク提督も海戦シーンではちゃんと登場。

 それにしてもエリザベス1世はオシャレで有名な人でしたから、衣装がすごいです。見事に再現してますね。この時代はファージンゲールという枠みたいなものをスカートに入れて膨らませていたんですが、その形も英国式とかフランス式とかいろいろある。フランス育ちのメアリー・スチュアートはフランス風の角張ったスカートで、エリザベスは英国式のAラインのスカートだとか、なかなか細かい。

 あと、この時代の服装というと、男女問わずラフというでっかいレースの襟飾りが有名です。このへんの時代だけの流行なんですな。

 病気の犬の身体に薬など塗った際、犬がそれを舐めたりしないように、首にでっかい襟巻き状の固定具を着けますが、あれをエリザベスカラー(エリザベス女王の襟)と呼ぶ。女王のでっかい襟飾りはそれだけ有名だったんですね、今でも名前が残っているんです。

 いやあ、いい映画でした。

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2008年1月25日 (金)

ヒトラーの贋札

 ドイツ映画「ヒトラーの贋札」を見てきました。先日、原作者のブルガー氏が来日してけっこうテレビなどにも出ていましたので、話題にはなっているはず、なのに今のところこのあたりじゃ日比谷シャンテ・シネと千葉の京成ローザぐらいでしかやってくれない。相変わらず、ハリウッドじゃない映画は見るのに苦労しますが。
 で、この映画は第二次大戦中、ナチスドイツが秘密裏に、アウシュビッツ等の収容所にいるユダヤ人の中から製版や印刷技術を持った人材を集め、ザクセンハウゼン収容所で偽ポンド札、偽ドル札の偽造をしていた、という実話が元になっております。
 すなわち偽紙幣で連合国の経済を混乱させるのが狙いだったわけ。で、特にポンドの方は実際に大量に印刷され、かなりの効果を上げたそうであります。
 先述のブルガー氏は、実際にこのベルンハルト作戦に従事し、戦後も生き残って貴重な生き証人となった人物であります。
 が、まことに面白いことに、映画の主人公はブルガー氏というわけじゃなくて、贋札作りの事実上の指揮を執った実在のロシア系ユダヤ人、サロモン・スモリアノフをモデルとした人物なんですね。
 映画状の役名はサロモン・ソロヴィッチとなっているのですが、彼はロシア系ユダヤ人であるうえに、贋札作りの名人という犯罪者。つまりナチス帝国ではまさに三重苦というような立場なんです。はっきり言ってアンチ・ヒーロー。悪人です。正義ぶった話は大嫌いで金儲けが大好き。賭け事も名人級。大胆で頭が良くてクールな悪党です。そういう人を主人公に据えた収容所ものというのが異色ですね。
で、彼はぬけぬけと1936年までベルリンで活動、しかしやりすぎて偽ドルを見破られ、あえなく捕まってしまいます。
 そして収容所に送られますが、持ち前の根性でこれまた逞しく生き延び、収容所の将校のご機嫌などとって、得意の肖像画など描いて、実にしぶとく生き残る。
 そこに、かつて彼を逮捕した警察の捜査官、今はその功績で親衛隊少佐に昇進しているヘルツォーク(史実ではSS国家保安本部外国局のベルンハルト・クリューガー少佐)に呼び出されるのであります。
 で、生き残るために精密な贋札を作らねばならない。しかし贋札を作ることはナチスに協力することである。それに贋札作りを条件にほかの収容者とは比較にならない特権待遇を得ているので、後ろめたさもある。
 映画の中ではブルガーという印刷工が、家族の処刑を知ってサボタージュを始めるわけです。これ、原作者ブルガー氏がモデルですが、ご本人は「あんな映画のように公然とした反乱は起こせません、すぐに殺されますから」といっておられるので、このへんは脚色のようです。が、映画中でも描かれるとおり、わざと質の悪い素材を持ち込んだりして、故意に作業を遅らせる者はいたという。
 しかし、作業が遅れると、今度は仲間が殺されるわけですね。「早く贋札を完成させろ」とヘルツォークから矢のような催促があるわけです。
 仲間は裏切れないが、ベストを尽くさないとみんな殺されてしまう。サロモンは悩みに悩むわけであります・・・。
 後は見てのお楽しみですが、一筋縄でいかない収容所映画です。単純に善悪白黒でものを見ることなど出来ない、観念的な正義なんてものがいかに薄っぺらいものか、というのがビターな味わいの一作です。そもそも本質が悪党である主人公が、ナチスという桁外れの巨悪の前に相対化されてしまうんですね、しかし「善良な無実のユダヤ人が悪いナチスにいじめられてかわいそう」という普通の図式に当てはまらないその状況で(というのもサロモンはそもそも犯罪者ですから)、そんな彼がどう振る舞うかという、人間ドラマであります。
 時代考証は良くできております。史実そのままではないが、原作者は何度も駄目出ししたそうで、変な受け狙いのシーンもありません。
 ただまあ、気になったといえば、ヘルツォーク少佐が騎士十字勲章をのど元に下げているのが、ありなのかな、と。どうみても戦功十字章ではなく騎士十字のように見えましたけれど。SS内勤で警察上がりの彼が騎士十字を手に入れる機会があったのかしら、と思いました(これは良くある話。SSも警察もみんなヒムラーの指揮下に入ったので人事異動はあり得るわけです)。もっとも、それでいえば、髑髏部隊から第3SS師団に移って前線勤務でもした、というのも人事異動としてあり得るので、そういう設定なのかもしれませんけれど。ま、こういうのはマニアネタなのでどうでもよろしいことです。
 

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2007年12月28日 (金)

アイ・アム・レジェンド

ウィル・スミスの新作「アイ・アム・レジェンド」を見てきましたが・・・私は結構、どんな映画で、どういう背景があって、というのを下調べしないと映画館に足を運ばないのですが、今回はなんとなく、ウィル・スミスの年末映画なら娯楽作品なのかな、というようないい加減な予断で見てしまいました。以前、「オペラ座の怪人」をミュージカル映画と知らずに見て「音楽ばかりで詰まらない」などと書いている人を批判しましたが、もう言えませんです。
 まあつまり、娯楽作品であることは確かですが、非常にシリアスなSF映画でありましてまた、ホラー映画、といってもいい面もあります。ついでにいえば、後で知りましたが原作は1950年代の小説で、その後、2回、映画化され、そのうち最初は「地球最後の男」、次のリメイクの一本はチャールトン・ヘストン主演の「オメガマン」という映画、と聞いて納得しました。「オメガマン」はそういえば見たことがありました。はっきりいって陰気くさい映画だな、と思いましたが、そうか、そうなのか、と後で調べて知った次第。すなわち古典作品の三度目のリメイク。もちろんだから、現代的な味付けはあっても、大筋は変更できるわけがなく、やはり陰気な映画、とは言えると思います。
 ということで、まあたとえばメン・イン・ブラックみたいなものを期待して見てしまうといけなかったんですね、これは。
 これは近未来ものでして、がんの特効薬が見つかった、というテレビニュースから始まるのですが、まあ詳しいことはよく分からないのだが、本来、攻撃的なウイルスの遺伝子を変化させてどうのこうの・・・まあ、そのへんはよく分かりません。とにかくそれでバラ色の未来、のはずだったのだが、わずか3年後にはウイルスが暴走して人類はほぼ滅亡。ごくまれにウイルスに免疫のある人がいて、そんな生き残りが・・・おそらくはウィル・スミスただ一人なのだろう、という展開であります。
 ウィルの役所は、ウイルス対策の責任者だった軍医中佐で、強靱な肉体と高い知性を合わせ持つ、一種のスーパーマン。それと、飼い犬のサム。この一人と一匹が、廃墟となりつつある無人のNYの自宅に立てこもり、悪化する環境、襲い来る野生動物と戦いながら、ウイルスを撃退するべく研究に励んでいる・・・しかし徐々に絶望しつつある。そんな日常風景を延々と描くのですが・・・かなりきついです、ずっと見ていると。
 そして後半、この世界の種明かしが進んでくるといろいろとこう・・・残酷なシーンや恐怖シーンも出てきまして、まあそのあたりはネタばれもいいところなので書きません。
 とにかく1時間50分ほどと短いのですが、えらく長く感じました。
 最後はまあ、ハッピーエンドといえなくはないですがしかし、というところです。
 911以後のアメリカあるいはNYの描き方、という面もあるし、いささか独善的な人間の傲慢と、スピリチュアルな視点の交錯も見られます。そういう点では現代的です。
 見るべき点も多いです。廃墟のNYの描写は確かに圧倒されます。
 しかしまあ・・・やはりホラー系が嫌いな人は見ない方が、とだけは申し上げておきますはい。基本的には後半に行くほど、そういう色が強い一本でしょう。
 監督はあの「コンスタンチン」の人と聞いて納得しました。確かに、テイストが似ています。

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2007年12月 6日 (木)

映画「ベオウルフ」:ヘリコプター初体験

 映画「ベオウルフ」を見て参りました。あのロバート・ゼメキスの新作であります。
ベオウルフというのは英文学最古の叙情詩でありまして、英語圏の学校ではちょうど日本の古文の時間で古事記とか万葉集を習うように暗唱させられたりするものだそうです。なにしろ7世紀だか8世紀だかの英語ですので、日本で言えば古墳時代ぐらいの言葉なので現代人には当然なじみはなく、はっきりいって肝心の英米の人らには「有名だけど人気がない」教材の筆頭らしい。
要するにベオウルフという名の英雄が化け物退治するというヒロイックファンタジーでして、というか、余に数多あるこの手のお話の原型なのだそうです。wikiの解説によりますれば「『ベオウルフ』(英語:Beowulf、古英語:Bēowulfベーオウルフ)は・・・英雄ベオウルフ(ベーオウルフ)の冒険を語る叙事詩である。約3,000行と古英語文献のなかで最も長大な部類に属することから、言語学上も貴重な文献である。デネ(デンマーク)を舞台とし、主人公である勇士ベオウルフが夜な夜なヘオロットの城を襲う巨人グレンデルや炎を吐く竜を退治するという英雄譚であり、現在伝わっているゲルマン諸語の叙事詩の中では最古の部類に属する」ということ。そして、あのロード・オブ・ザ・リングというのも作者トールキンによれば、このベオウルフ(人間の英雄の時代)以前の時代の物語、というつもりで書いたものだそうです。
しかしロバート・ゼメキスがその退屈で有名な叙事詩をそのままひねりもなく映画化するはずもなく、陰鬱なグレンデルの母親である「魔女の呪い」が、歴代のデンマーク国王にたたり続けているのでありますが・・・そのへんは見てのお楽しみ。ともかく、原話はなにしろ古すぎる上にかなり状態の悪い写本が残っているだけなので、けっこう大事なところが欠落していたりして、そこが逆に現代のフィルムメーカーたちからすると付け入る隙がある、ということらしい。ともかくその魔女というのがアンジェリーナ・ジョリーなので、原作よりもぐっと重要な役回りなのはご想像がつくか、と。
この手のお話Aなにしろ生き残って手柄話をするのは常に英雄本人ですので、それは常に100%信用できるのだろうか、という近代的解釈によるひねり方が絶妙です。
それはそうと、とにかくすごい映像なのですが、ロード・オブ・ザ・リングこのかた、どんな奇想天外な映像も驚かなくなった我々・・・。ところが、今回はまたまた一次元上の映像革命でして、なにしろ役者は衣装も着けずメークもせず、ひたすらブルースクリーンの上で演技に専念、そしてコンピューターに取り込んだ映像では、役者を巨大化するのも縮めるのも、老人にするのも子どもにするのも自在、という最新システムを使っております。つまり役者はあくまで声と動作、表情の「演技」そのものを素材として提供するというわけです。一例挙げれば、アンソニー・ホプキンズがデンマーク王の役ですが、実際よりもずっと太っていて老けて登場します。本人はまったくそんな衣装を身につけず、メークもしていないのだそうです。途中でカットがないので、撮影時間は革命的に短く、ほんの数週間、アンジェリーナ・ジョリーなどはわずか2日で撮影終了したとか。
が、その素材を使った処理になんと2年をかけているというのも驚きです。
一から何もかもをCGで作るのとも違い、奇妙な生々しさととんでもない映像が共に実現できる、ということだそうです。確かにところどころ、ものすごくリアルな絵本を見ているような気がするところがあります。これからの映画の一つの方向性を示しているのだろうと思います。
◆   ◆   ◆
ところで先日、ある懸賞に応募したところ珍しく当選しまして、浦安・舞浜にあるエクセル航空のヘリコプター遊覧ツアーというのを体験しました。
あまりにも近所なために、かえってヘリツアーなんてやる気がしませんでした。まあ、たとえば鎌倉で生まれ育った人がわざわざ大仏見物に行くか、という感じです。それにまあ、最近はけっこうお手ごろ価格になりましたが、それでも相応なお値段はします。
が、無料で、といわれればそれはもうぜひ、ということで、夕方6時45分に空港に集合・・・ここ、毎週のように来ている舞浜の温泉施設ユーラシアのすぐ横、今までここが空港とは知りませんでした実は。で、7時に離陸・・・いやあ、それまでけっこう、ものものしくレクチャーとか持ち物検査とかあって、最近はなかなか大変ですね。それで離陸するというとぐぐっと高度が上がり、たちまち東京駅をすぎ、六本木をすぎ、ものの10分で中野まで・・・さすがに早い。電車で行けば小一時間ですから。
われわれ夫婦は例によって「スツーカや99艦爆の巡航速度もこんなものだろう(250㌔ぐらいは出ているようです)」とか「このぐらいの高度(遊覧は800メートルだそうです)から地上の小さな目標を襲撃するというのは難しいのだろうな」とか終始、そんなことばかり言っておりました。
で、埼玉県境のほうまで出てぐるりと千葉県まで戻り、その間わずかに20分ほどで無地に着陸。
いやあ、自家用ヘリ持っている人はそりゃ病みつきになるだろうな、と。こんなので通勤したらすごいですよ、ものの5分ですから。
さらに調べたら、横浜ランドマークタワーと浦安を結ぶ直行便もあるらしい。たった30分で家の近所まで帰ってこれるなんて、浦安市民の特権ではなかろうか。今度ぜひ、横浜あたりで遊んでヘリで帰宅というのをやってみたい、と思いました。

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2007年11月 1日 (木)

映画「スターダスト」

 映画「スターダスト」を見てきました。いいですね。実に見終わった後味の良い、ラブロマンス・ファンタジーです。にしましても、ロバート・デ・ニーロにミシェル・ファイファーにピーター・オトゥールが共演、とは! すごいですねえ。それにしぶい声の人がナレーションをしているな、と思い、おそらくオトゥールがやっているのだろうと思っていたら、なんと、パンフレットによればイアン・マッケランがやっているらしい。
 すでに英国では人気のあるファンタジーコミック・ノベルであって、原作者も大変なファンタジーやSFの世界の巨匠で、いつか映画化されるだろう、と言われていた作品だとか。時代はヴィクトリア朝末期の英国、というところか。田舎のとある村「ウォール」が舞台。この村はなぜか防壁で囲われていて、その向こうは謎の世界・・・異界なのですな。しかし壁の番人の制止を無視してその異界に足を踏み入れる一人の少年。彼はその世界が魔法の王国であることを知るわけです。で、そこで魔女の囚われ人となっている女性と一夜の契りを結び、村に戻る。それから数ヶ月の後、異界で生まれたという赤ん坊が少年の元に届けられる。彼は知らないのでした、その女性というのが魔法の国の国王の王女であること、だからその赤ん坊が王位継承権を持つことを・・・。
 それから18年の後、赤ん坊は平凡な冴えない少年トリスタンに成長。村一番の美女に片思いしますが相手にされず。屈辱感に打ちのめさられる彼を父親は「気にするな。私が子供のころ羨ましかったようなヤツは、今ではみんな凡人だ」と諭します。折しも一筋の流れ星が壁の向こうの世界に落ちるのを見て、トリスタンは美女と約束する。1週間後の君の誕生日までに、あの流れ星を君に持って帰るよ、そしたら結婚してくれるかい、と。父親はトリスタンに、出生の秘密を教え、異界に送り出します。
 まさにそのころ、異界の王国では国王が死期を迎え、跡目相続を誰にするか、生き残っている4人の王子の間で勃発するところ、でありましたが、そこに乗り込んでいくトリスタンの運命は、と、そんな感じであります。で、一方、流れ星は美女の姿となって地上に降臨。しかしこの「星の心臓」を狙う悪の化身のような魔女をミシェル・ファイファーが演じます。にしましても、つい先週も「ヘアスプレー」でえげつない悪女役をやっていましたが、20年程前には清楚なアイドルというイメージだった彼女もなんだか悪女路線でいくんだろうか、いや見事な熱演ですが。
 以後、いろいろあって、見てのお楽しみですが、ロバート・デ・ニーロは主人公と星の美女を助ける空中海賊の船長キャプテン・シェークスピアという役柄。一見したところ野蛮な荒くれ者ですが、この男の正体は・・・というのが実に傑作で見物です。デ・ニーロもこういう役柄は初めてじゃないでしょうか。
 出演者みなはまり役で見所も多いのですが、国王役のオトゥール、ほんの数分の出演シーンなんですがものすごい威厳に満ちております。「トロイ」のときもそうでしたが、なんかそこの部分だけ周りを食ってしまいますな。もっと見たかったのに、死んでしまう王様なので出番はそこだけ。それだけは残念。それからトリスタンの父ダンスタンを演じている俳優さん。日本ではあまり知られていないバン・バーンズという人らしいがなんともかっこいい。痺れるような英国紳士ぶり。どういう人か知りたいと思いました。

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2007年8月29日 (水)

オペラ映画「魔笛」

 おそらく一般的にはハリー・ポッター2で、駄目な魔法教師を演じたことで有名なケネス・ブラナー。しかし凄腕の監督でもあり、その最新作「魔笛」を見てきました。なんと音楽担当はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトその人。つまりオペラそのものの映画化。ちょいと一般受け作品ということじゃないので日比谷シャンテあたりでこっそりマニアック作品として公開していたものが、どうしたわけか舞浜イクスピアリでも公開してくれた、という次第です。しっかしあれです・・・なんとも独創的な解釈。これはすごいかも。
 そもそも魔笛というのはモーツァルト最晩年のオペラで、初演から数か月後にはこの世を去ってしまう、という意味で天才の仕事の中でも最高傑作にして集大成です。よくモーツァルトというと癒やされるとかいいますが、この曲、いやあなんでもありの禍々しいまでの悪魔的な技巧に満ち満ち、そんな生やさしいBGM的な音楽じゃありません。
 そんなところを見事に見抜いたブラナー監督、設定をなんと第一次大戦欧州戦線にしてしまった。ただ、ドイツ軍とか英軍とか特定の軍隊を扱うのじゃなく、なんとなくですが青いオーストリア軍風の軍服が「夜の女王」軍で、赤い英国軍風の軍服が「太陽の高僧ザラストロ」軍という二大陣営の激突を背景としております。
 夜の闇と、太陽の光の二大原理の対決を、原作のままだとモーツァルト本人も脚本担当の人もどっぷりフリーメイソンの秘儀とか錬金術に浸っていて、なんだか現代人には理解不明な話になっているのが、現実の戦争のイメージにすると非常に分かりやすい上に、その戦いの悲惨さと、平和への希求というテーマが壮大に迫ってくる、のであります。
 また、パパゲーノ(ベン・デービス)は鳥が好きな兵士、主人公(ジョセフ・カイザー)は夜の女王軍の一将校、主人公を救うのが3人の従軍看護婦・・・などと巧みに戦争物に翻案。出だしの派手な戦場のシーンは本気モードの第一次大戦映画になっていて、火砲の列に塹壕を出て突進する兵士、空を行くフォッカー機風の複葉機の群れ。きわめつけは、原作オペラでも重要なインパクトある場面である夜の女王(リューボフ・ペトロヴァ)のお出ましのところ。オペラでもいろいろ仕掛けを使って大げさに演出するのだそうですが、映画では、なんと戦車に乗って登場。これには驚きました。で、このオペラではなんといっても有名な2曲の超難度ウルトラDのアリアをキンキンと歌いまくる女王の存在感はすごいであります。
 ザラストロ(ルネ・パーペ)も負けていません、原作以上に英雄的で、というのもただの高僧とか暗黒卿とかいう抽象的な設定じゃない、一軍の総司令官ですから、ものすごく格好いいのこれが。中盤から最後まで、主人公はむしろこっちかな、という描き方です。わざわざ本来は副官が歌うパートも本人にするなど、オリジナルより出番も多いです。彼が無数の墓標の前で演説、というか歌うシーンはいちばん感動的なところ。なぜか墓碑銘には日本人の名も多いのですが、これは第一次大戦と言うよりも、戦争全般を意識した墓標なんだろうと理解しました。
 女王とザラストロがなんといっても本当の華ですから、オペラ界でも有名な実力派の二人の歌手が演じています。どちらも十八番の曲目だそうで堂々たるものです。
 で、この映画の解釈では、結局はこの二人は元々は夫婦で、つまり壮大な夫婦げんかで大戦争になっちゃった、という話らしく・・・。ヒロイン(エイミー・カーソン)は二人の娘、という設定なんですな。
 いろいろと、今回に限らずオペラの場合、大胆な翻案をして、現代風にしたり和風にしたり、という演出は当たり前なので、今回の「第一次大戦バージョン」も大いに有りだと思うし、全編通じて見ると成功していると思います。戦争という背景だからこその切実感とか高揚感とか。元来いささか荒唐無稽なストーリーも説得力が出てくる気がします。
 全部が英語バージョン、というのが残念といえば残念ですが、これもそもそもモーツァルトが「庶民感覚で楽しんでほしい」とあえてイタリア語のオペラを拒絶し、当時としては大胆だったドイツ語を採用したのが本作。また、歌のない地の台詞の採用も、同じような配慮だったとか。ちなみにこういう工夫から今のミュージカルが生まれてくるそうであります。
 そんなことを考えますと、より観客が多いだろう英語バージョンの採用も本質から見てよいのでは、と思えるのであります。一方で、映画化に当たり意外なほどに省略もなく、もうほとんどそのまま全曲を押し切っているのがすごい。映画にするとけっこう冗長な展開、というのはありますし、不自然な展開もあるのですが、それを強引に映像化するところがむしろ本作の値打ちじゃないでしょうか。
 「ああ、こんな話だったのか」と思うこと請け合い。モーツァルトのファンは無論ですが私のような、どっちかというと「第一次大戦」に惹かれて見た門外漢も大いに楽しめました・・・まあ、万人に受けるのか、というとどうか知りませんが、というのはやっぱりそこは知的忍耐力はいります、アクション娯楽作品のようにはいかないのですが、それにしても本来はオペラってのはお高いゲイジュツじゃなくて、娯楽作品なんだよ、というのを思い出せてくれる映画でした。
 

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2007年7月17日 (火)

新潟地震とジュセリーノの予言、映画「西遊記」

 新潟の地震は驚いた。もちろん、地震自体に驚いたのだが、問題は(まあこんなことを書くと馬鹿にする人がいるだろうが)、ブラジルの予言者ジュセリーノ氏の予言に「2007年か2008年の7月13日に日本で地震が起きる」というのがあったからだ。

 ま、もちろんこんなものは当たってほしくなく、ご本人もそう言っているのだが、実際にこういうことがあると薄気味が悪い。
 ◆  ◆  ◆
 さて、なぜか映画「西遊記」を見てきた。テレビの人気シリーズの映画化である。テレビ版では描かれなかった金角、銀角との戦いである。映画ならではの大画面とスケールを感じる部分と、いい意味でテレビの持ち味が生かされており、これがなかなかの感動作となっている。脚本家が上手いのだろう。テレビ版でも見られた献身と勇気のメッセージ性が豊かで心を打つ。映画ならではの豪華キャストも見物で、しかもニセ三蔵一行として有名人ばかりが出てくる趣向には驚いた。
 その一方で、映画にしては・・・というところもないではなく、まあはっきり言ってエキストラの人数がどうしても、一国一城の物語を描くには少なすぎて、なにも「蒼き狼」のように2万人も連れてこいとはいわないが、ちょっと淋しい感は否めない。
 それにしても、内容的には実に面白い。テレビ版が気に入った人は必見だろう。私もけっこう涙腺が緩んだシーンがあった。なまじいの大作を売り物にしている映画よりよほど感動作に仕上がっている。個人的にお薦めである。
 エンディングであの「ガンダーラ」が流れるのも、夏目雅子らの旧バージョンからのファンには嬉しいボーナスだろう。私もツイ歌ってしまった・・・。
 

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2007年6月19日 (火)

映画「アポカリプト」

あのメル・ギブソン監督の新作「アポカリプト」を見てきました。ついつい前作「パッション」を想起して、マヤ文明時代の物語などと聞いて身構えてしまう人もいるかもしれませんが、これは違います。圧倒的なエンターテインメントで娯楽作でもあり、あえていえばギブソンの作品のなかでもっとも「マッドマックス」に近いノリの作品。あるいはuランボー」とか「コマンドー」「プレデター」みたいな、一人VS集団の密林サバイバルもの、というジャンルですらあります。ああいうシュワちゃんやスタローンの若いころの作品が好きな人は必見でしょう。
 マヤ文明が滅亡に瀕している16世紀、平和な村が襲撃され、村民がマヤのトシに連行されます。そして有名な血のいけにえとして、神にささげられていくのであります。
もちろん「パッション」の監督ですから手抜きなく、徹底的な時代考証を加えつつ凄惨残酷なシーンが延々と続きます。
 しかし、父親を殺されながらも、そこを辛くも逃れた一人の若者、それを追ってくる一隊の戦士。密林の中で死闘が繰り広げられます・・・。
 馬もなく鉄器もなく、飛び道具すらあまりなかったマヤ文化をテーマにしたのは、とにかく肉弾戦を描きたかったから、とのこと。そのねらい通り、ハードな「男の筋肉と筋肉のぶつかり合い」が延々と描かれる、実に硬派な作品ですが、お話はけっこう「復讐ものアクション映画」にはよくある分かりやすい筋書きであり、非常に見やすい、入り込みやすい、そして面白い。
 その一方で、巨大なマヤの神殿にきらびやかな貴族や王族の衣装、まがまがしい儀式、そして現代人とは明らかに違う死生観とか、勇気に関する感覚・・・そこらは非常にメインのストーリーとはギャップがあり、またそれが魅力的です。
 出演者はほとんど無名の新人で、映画経験があるといえるのは、追撃してくる舞台の指揮官役の人(昨年のポカホンタスを描いたニューワールドなどにも出演)だけ。全台詞はマヤ語を使用、という異例づくめの演出。これ、たとえば今、日本で全部アイヌ語の映画を作るとなったら非常に大変でしょうが、ッじようなことでしょう。「パッション」もすべて古代ヘブライ語やラテン語を使用しましたが、ギブソン監督は「アメリカ人にも字幕を見る習慣を付けてもらいたい」という意図があるそう。
 世界中どこに行っても英語が通じるという思いこみから、実際には井の中の蛙に陥りやすい米国人には確かに必要なことでしょう。ハリウッド映画を諸外国の人は字幕で見ていることをアメリカ人は気づいていないそうですから。
 主演のヤングブラッドという人はネイティブアメリカンのダンサーで、ボクサー、さらにクロスカントリーの選手でもあるという肉体派、しかし顔立ちはなかなか甘く、ひょっとして人気者になるかも。その奥さん役というのも、ベラクルス大学の現役学生で、街でスカウトされた女の子だとか。キャスティングした人の苦労もなまなかじゃなかった模様。
 生け贄の習慣はマヤじゃなくてもうちょっとメキシコ側のアステカじゃないか、という声もあるようですが、そこらへんはまあ、ドキュメンタリーじゃないから。
 それよりも、文明が森林を破棄しすぎて崩壊していった様、そして文化が退廃して奇形化していった様、という描写が力強く、アクション映画の部分とは別に、その文明批評的な視点が非常に印象深い。
 アステカもマヤとほぼ同じ時代にコルテスに侵略されてしまいますが、とにかくそのへんを思わせる意外感あるラストシーンがまた、利いています。
 非常に良くできたアクション映画であり文明批評映画。ギブソン監督の手腕がさえ渡っております。
 ◆   ◆   ◆
 前に見た「300(スリーハンドレッド)」のパンフレットで、ヘナ・レディーの紹介文があり、近作には「第一次大戦の撃墜王リヒトホーフェン男爵の恋人役を演じたThe Red Baronがある」などと書いてありました。「レッド・バロン」? 昔ジョン・フィリップ・ロー主演の映画がありましたが(DVDにもなっています)そのリメイクだろうか。
 今の技術でリヒトホーフェンを描いているならぜひ見てみたいですが・・・日本じゃやってくれないかなあ。

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2007年6月12日 (火)

映画「300」(スリー・ハンドレッド)

映画「300」(スリー・ハンドレッド)見てまいりました。いやあ、驚きました。これはガチンコの歴史大作。「シン・シティ」のフランク・ミラー原作のコミックが下敷きと聞いて、またシン・シティのようなケレンミたっぷりの、ちょっと現実離れしたようなファンタジーかしら、と思ったらとんでもない、正統派の史劇なのには驚いてしまいました。
 紀元前480年、ヨーロッパ侵攻を企てたペルシャ帝国の大軍その数なんと200万人。対するはわずか300人のスパルタ兵。率いるのはスパルタ王レオニダス。普通に考えれば問題にも何にもならないのだが、レオニダスには一計があった。切り立った断崖を通る細い山道を通らないと海岸から平地に出られない地形。ここでは、大軍のメリットはなく、精鋭300人が陣取れば十分に持久できるはず・・・。
 そして、200万の大軍はついに、欧州侵攻を断念、ペルシャ王クセルクセスは撤退を余儀なくされるという、戦史に名高いテルモピュライの戦いを描いております。
 史実なのでありますから、勝手に変えられることは限られます。
 そのなかで、ジェラルド・バトラーのレオニダスは骨太で見事です。オペラ座の怪人の彼ですが、存在感ありますね。
 王妃を演じているのはヘナ・レディー。こちらも王の留守を守って捨て身の戦いを展開しますが見てのお楽しみ。
 それにしても、もうちょっと漫画っぽいのかしらと思ったのだが、本当に硬派な歴史劇であります。
 ペルシャ人は長ズボンで、スパルタ側は裸同然。このころは長ズボンをはくのはアジア人でヨーロッパ人は裸だったんですな、服飾史的にも。
 非常に濃密な世界で、ハードです。戦闘シーンも計算されつくしております。
 娯楽作品ですが、相当な手ごたえ、と思いました。

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2007年5月31日 (木)

パイレーツ・オブ・カリビアン3 アット・ワールズ・エンド

 「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの最新作「アト・ワールズ・エンド」を見てまいりました。「世界の果て」というものものしい副題どおり、はっきりいってこれまでの痛快娯楽作品という色彩から、なんだかけっこう壮大な、そして最後はなんだかロード・オブ・ザ・リングのエンディングすら思い出させる、ちょっと物悲しいような幕切れには驚かされます・・・。
 物語は、前作「デッドマンズ・チェスト」でクラーケンに呑み込まれ、この世をさってしまったジャック・スパローと、それから前作のラストで唐突に復活した、一作目の悪役バルボッサがどうなるのか、というところから始まります。して、前作で失業者にまで落ちぶれていたノリントン代将が晴れてアドミラル(提督)に昇進、というのも前作で海の悪魔デビー・ジョーンズの心臓をいれた「デッドマンズ・チェスト」をまんまと手に入れ、ジョーンズの幽霊船フライング・ダッチマン号を見事、英海軍の支配下に収めてしまった手柄を評価されてのことであります。
 ということで、幽霊船まで手なずけて海洋支配を完成させようと目論む悪辣なベケット卿と、それに追い出されていく海賊たちの最後の戦いが迫っていく・・・のであります。
 で、なんとなくここまで引き伸ばしになっている、ウィル・ターナー(オーランド・ブルーム)とエリザベス・スワン(キーラ・ナイトレイ)の恋の行方はいかに。これもまた、なかなか思うに任せず意外な結末に至るんですが。
 それからまた、二作目から登場の人物、ただのチョイ役かと思っていたら、その後のお話では大変なキーを握る人物だったりして、このへんも見てのお楽しみ。とにかく、なかなか前二作のテイストとは違って、能天気なギャグ映画じゃなくなっております。
 チョウ・ヨンファ演じるシンガポールの海賊もよいですが、こっちは案外に・・・まあ、いいでしょう。
 海戦シーンが今までになく壮烈、帆船時代の砲撃戦の模様を髣髴させるという意味では、ガチンコ勝負だった「マスター・アンド・コマンダー」なんかよりよっぽど上。こいつは油断できません、海洋ものファンや艦船マニアの方も必見じゃないでしょうか。
 それから、なんといっても、本当に登場するのがキ-ス・リチャーズ! あのローリング・ストーンズのギタリスト本人です。ジャック・スパローというのはそもそも、キース・リチャーズの雰囲気を真似して作り出されたキャラクター。ここに本家が登場ですから引き締まること。スパローの父親という役柄で出てくるのですが、はっきり言って共演するシーンではジョニー・デップも遠慮がちというか、かすんでいます。しかもカメオ出演、といいながらかなり長いです。おまけにギターまで演奏してくれます。さらに前後のBGMに入っているエレキギターも彼でしょう。予想したようなちょっとした出演ではないのでファン必見。
 なにしろ3時間もの大作です。力の入り方は半端じゃなく、これまでの二作のイメージを良くも悪くも大きく裏切るというか、相当に驚かされました。今までの延長と思ってみるとかなり違うと感じる人もいるのでは。
 あるいは今回は本気でアカデミー賞狙いもあるのかしら、とも。一作目は明らかに、あれで打ち切りになってもいいような終わり方で、まったくの肩のこらないコメディーでした。それがここまで大きな話に成長するとは、二作目で予想した展開も大きく上回る大風呂敷ぶりに脱帽しました。
 ちょっとスパローの出番は少なめでしょうか。しかし全体が3時間ですから。
 見事な海洋映画でして、劇場で見ないとね、これは。
 
 

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2007年5月22日 (火)

ゲゲゲの鬼太郎

ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ、みんなで歌おうゲゲゲのゲ~というあの懐かしい歌をそっくりそのまま、それにタイトルバックの人魂が飛び交う墓場までアニメのまま、という展開に驚いた人も多いのでは・・・遅くなりましたが、映画「ゲゲゲの鬼太郎」を見てきました。
 ハーフであるウエンツ君の鬼太郎、原作のイメージとはまるで違うながら、どこかなげやりでナイーブ、そして浮世離れ(それは当然か)した感じはなかなか、2007年の鬼太郎と思わせます。
 誰しもが原作と違うと言っていちばん違うのでは、と思うのが田中麗奈の猫娘。まあはっきり言って美人すぎ、なんですが、しかし実際に見てみるとこれもなかなか。つりあがった彼女の眉毛、確かに猫娘風でもあって、しかしあれほどの美形なら、なんで鬼太郎は冷たいのだろう、と不思議に感じられるのは私だけか?
 ネズミ男は見事。北海道の劇団から出てきた今泉なんとかいう人ですよね、今、人気上昇中の。あの人はすごい。
 狐の親玉を演じるちょっとクールな男がなかなかカッコイイのだが、劇団系の人で、「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャンをやるようなすごい人らしい。
 井上真央の演じるヒロインも魅力的だし、その他の人物も好演だし、まあそういうことで悪い人はいないのだが・・・しかし。
 なんでこう、主役級でなく脇役級でこんなに豪華メンバー、大河ドラマのようになっているのでしょうかこの映画? 西田俊行、谷啓、イッセー尾形、竹中直人、モト冬木・・・なんて人たちがほんの数秒しか出ない役で登場するのはどうしたことか。
 間寛平の子なきジジいとか、中村獅童の天狗とか、小雪の狐の神様とか、とにかく有名人がずらずら出てくるのだが、「え、これだけ?」と驚くのが本作のいちばんの見所というような気もします。声優でしか参加していない人にも意外な有名人がいたりしますが、それにしてもなあ、と。
 面白いです、なんかこうモダナイズされた鬼太郎。違う、と思う人もいるかもしれないが目玉オヤジが3Dで、しかも声はいつものままで、というのだけでも感涙mのじゃないでしょうか。現在のCG技術の進歩にただ感謝、であります。
 本作中で感動を呼ぶのが、ちょっとオーラの泉のような、というか、死んだ父親を尋ねて子供たちが黄泉の国まで行くシーン。あそこは、今時のスピリチュアルな感覚を感じます。
 にしても、利重剛・・・久々に見ましたが、なぜか安倍総理を(より一層)情けなくしたような風貌。総理の影武者が務まるのでは、と思った。
 とにかく娯楽作品でよけいな理屈は要らない。面白かった、という感想で十分であろう。

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2007年5月17日 (木)

俺は、君のためにこそ死ににいく

 とにかく、予告編で見てしまった三式戦「飛燕」の勇姿、そして米軍独特の「両用砲」のすぐ脇を、主翼を失い炎上しながら突っ込んでくる一式戦「隼」の痛ましくもリアルな姿。もうあれだけで「話がどうだろうが、映画としての出来がなんであろうが、万難を排して見たい」と思ったのが、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」である。
 ゆうべ、見てきましたが・・・すごいです。まず空戦シーン。これはもうすごいです。ファン必見。残念といえば少し短いことかな、と。もうあと10分ぐらい見たかった。エセックス級とおぼしき米空母の甲板にひしめくF6Fとコルセアの列線。そして轟々と発進してくる護衛戦闘機の群れ。それが襲いかかる先には、爆装してほとんど回避行動も出来ない隼。直援するには数が少なすぎる飛燕。舞い飛ぶ曳光弾に高角砲射撃のどす黒い煙、VTヒューズのまばゆい炸裂、次々に流れていく日本の若者の血、こときれて墜落していく長い煙の尾・・・おそらく、米軍側撮影で公開されているカミカゼの映像を参考にしていると思いますし、見たことがあるようなシーンもあるので、そっくり再現しているところもあるのかも、と思いましたが、とにかく壮絶です。
 一言で特攻隊は悲惨、といいますが、かくも最新の技術で視覚化したのはそれだけですごいことです。今までも特攻隊ものの名作映画はありましたが、やはり最新のCGと模型撮影の技術は・・・すごいの一言。
 それから、出撃までの手順というか、出陣式の模様。これも、ここまでしっかりと再現している映画ってのは今までないと思います。別杯をくみ、皇居を遥拝し、それから隊ごとに最後の打ち合わせをし、主翼に足をかけてコクピットに乗り込み・・・。将校は飛行服のベルトに軍刀をたばさみ、女学校の生徒に見送られて離陸していく・・・いやもう。見てきたようなというか、現場を体験したようなというか。
 一つ一つのディテールが非常に執念を感じます。一昨年の「YAMATO」にもそういう感じを受けましたが、その結晶でしょうね。出演者も所作からなにから完璧というか、軍人、特攻兵に見えましたね。
 その点でちょっと弱いと感じたのが、昨年の「出口のない海」だったのですが。
 出演者は、もう熱演しております。つべこべ誰をどうこうと申しません。
 また、ストーリーについては、多くの若者を見送ることになった食堂のおかみさん、鳥浜トメさんの逸話は有名なものであり、ご承知の人も多いだろうし、もう見ていただくしかありません。まずもって、なにがどうであろうと、まともな日本人なら涙腺ゆるみ、号泣する人も不思議ではなし。まったく実話そのまま、ではなく限られた登場人物にエピソードを割り振っているとはいえ、基本的には実話ベースなので、いいとか悪いとか、泣けるとか泣けないとか、そういう感想は愚かといえましょうから、申しません。
 とにかく、見ていただくしかありません。ぜひ、ご覧ください。石原慎太郎さん脚本ということで、色眼鏡で見る人もいるかもしれませんが、実際、イデオロギー的な色彩もほとんど感じられず、またそういう趣旨もそんなに強いとも思えません。鳥浜さんから取材した内容をきっちり脚本としていると思います。
 あえていうなら、「イスラムの自爆テロと特攻は全く違う、こちらは命令による軍事作戦だったのであり、愚かな若者が洗脳されて行ったのではない」というメッセージは強く打ち出されております。
 その意味合いで、特攻の父と呼ばれる大西瀧治郎提督と、特攻第一号たる関行夫海軍大尉の逸話が冒頭に出てきますが、これも興味深いものでした。
 関大尉のシーンは本当に短いのですが、的場浩司が渾身の熱演をしております。ここもいいところです。決して出来上がった軍神などではなく、「私なら・・・(特攻などしなくともちゃんと、爆撃で戦果をあげられるのに)」という言葉を何度も口に出しそうになりながら、数秒、煩悶する、あのシーンはいいです。
 特攻は、主に政治的な理由から行われたもので、最終的には軍事的成果ではなく、日本の降伏条件を引き出すためのものだった、という描き方が非情ではありますが、随所に出てきます。
 その通りだったのでしょう。しかし、特攻隊が頑張りすぎ、また硫黄島の守備隊が頑張りすぎたので、恐怖にかられた米国に原爆を落とされたと言えば、そういうふうにも言えましょう。
 多くのことを考えさせられます。ぜひご覧を。

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2007年4月23日 (月)

「クィーン」もっと拡大公開してほしい映画

 ヘレン・ミレンがアカデミー賞主演女優賞を射止めた話題作「クィーン」・・・これがまた、14日から日比谷シャンテ・シネで単館上映していて満員盛況だったとか。で、22日より拡大ロードショーとなり・・・とはいうものの、それでもまだ私の住んでいる周辺では市川コルトンプラザ、船橋ららぽーとの二館ぐらいしかやっておらず、そういうことで船橋に出る用事があったついでにららぽーとの東宝で見て参りました。
 とにかく、女王が・・・そっくり、というのは物まね的なそっくりというわけではないのですが、しかしかなりルックスそのものも似せていますけど、それより話し方とか仕草とか、特に歩き方・・・女王様ってしゃなりしゃなり歩かれませんよね、なにしろ君主なんだから。けっこうドシドシという感じで歩く物腰なんか似ているんじゃないかな、と。それはもうヘレン・ミレンは見飽きるほど女王の映像を見て研究したとか。とにかくオファーを受けてから、恐いほどに緊張したとか・・・そりゃそうでしょう、現役の世界でも最高レベルの有名人、それもセレブじゃなくて、君主なんだから。
 日本の天皇と違って、英国女王が明確に君主であり、多くの権限と権威を担っているということを映画はきっちり描いています。「私が承認するまでは首相ではなくて、首相になられる方」と呼ばれるトニー・ブレア氏にして「強靱な人だ」と心から恐れ入ってしまうような、そんな人物。うまく描けています。
 が、その一方で、まるでそのロイヤルファミリーが普通のホームドラマのように、寝間着のままベッドから起きだしてくる様とか、テレビを見ながらフィリップ殿下や、当時健在だった女王の母上のエリザベス皇太后、チャールズ皇太子などがあっけらかんと茶の間で話すシーンなんてのは見物です。実際、こんな感じなのだろうか。
 そんなちょっとのぞき見趣味的描写があるかと思えば・・・とにかくびっくりさせられるのが、王室の「私有地」であるスコットランド・バルモラル城での描写。狩り場まで、もう女王や皇太子が自分でハンドル握ってレンジ・ローバーなど乗り回すところは驚いてしまう。そしてかっこいいなというか、自立した王室なのだな、と、それはこちらの国の皇室と比較してみてもちょっと考えられないですよね、陛下と呼ばれる人が荒れ地でバーヴァーのオイルジャケット羽織り、一人でジープ乗り回すなんてのは。
 で、川の真ん中でシャフトがおれる、というシーンがあるのですが「前のシャフトよ、私は戦時中、車の整備をしていたから分かるの」と女王が言うあたり、実際、戦時中は女王も従軍していたんですよね、そのへんもさりげなく示していて、まあただの贅沢で箱入りのお嬢さんじゃないというのがこれでもか、と出てきます。
 もう一人の主役は、トニー・ブレア。この作品の主軸であるダイアナ元妃の事故死の直前に就任した若き首相です。これがまた、そっくりさんじゃないのだがよく似ている。
 が、シェリー・ブレア夫人はこの映画を見たのだろうか。はっきりいって相当に悪い描き方になっているのですが、彼女。いくら幕引き目前とはいえまだこの首相夫妻は現役なのに・・・そのへんがまた、とても日本じゃ考えられないですね。とにかく主要人物のほとんどは健在どころか現役なのですから。
 10年前のダイアナ・フィーバーは結局なんだったのか。今では英国人も、あれは一種の欲求不満というか、集団ヒステリーのようなもの、と考えているようです。この事件で一人悪者とされた女王ですが、今冷静に見れば、パパラッチつまりマスコミが主犯であるという事実をかわすため、マスコミが必死になって悪者を女王に押しつけたわけですね。そういう構図というのが映画でも出てくるのですが、そこで一人、くせ者というかこれも一般に思われているよりずっとしたたかなのがチャールズ皇太子という人。ダイアナの死に際しては、けっこう実際に嘆いた、というところも描かれていますが、それよりも、国民のヒステリーに際して保身を考える節があるような・・・しかしこれも、単なる保身というよりも、王室そのものを護ろうという意識の表れなのでしょうね。
 非常にこう苦みがあるというか、甘ったれたお涙ちょうだい映画も近頃多い中、そんな「お涙ちょうだい」フィーバーをきっぱりとはねのける王室を描いた、いかにも英国的な骨のある一本。決して保守じゃなく、むしろ左翼寄りだという監督に脚本家、ヘレン・ミレン自身も本当はそうらしいのですが、しかし女王と君主というものの重み、というのをこう的確に描くに当たり、妙なバイアスがかかっていないのがお見事。それでも保守本流の英国人は不満に思うかも知れませんが。
 この映画も、もっと拡大公開してほしいもんですが。

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2007年4月16日 (月)

サンシャイン2057

 地球温暖化がむしろ問題だという昨今ですが、太陽が急速に輝きを失う近未来・・・もっとも、将来的には太陽も「死ぬ」わけなのですが、とにかくそれがわずか50年後に起こる、そして人類に残された手段は、巨大な核弾頭を宇宙船で運んで太陽の中心部に打ち込むだけ、そんな設定のSF映画「サンシャイン2057」を見ました。
 この人類の未来をかけたミッションに集結した世界中の科学者チーム。それを束ねる船長は日本人の金田(真田広之)なんですねこれが。さて、ミッションは成功して無事、地球は救われるのか、そしてクルーの運命は・・・。という次第なんですが、まあいちばん似ているテイストといえば「2001年宇宙の旅」でしょう、あれを思い出させるシーンが多いです。しかし、招かれざる邪魔者・未知の敵が侵入してきて、正体がわからない、という展開は「エイリアン」を思わせるし、地球を救うミッションに命を懸けるところは「アルマゲドン」のようでもあり、また宇宙空間の密室劇という点では「U・ボート」のような潜水艦ものの持ち味も感じさせる・・・実際に、それらの先行映画を参考にした、という話がパンフレットにあります。
 監督が真田さんを起用したのは「たそがれ清兵衛」での演技が決め手だったとか。ぐっと耐える男、それが日本のサムライ、ということでしょうか。実際、キャプテン金田は本作の中ではじっと耐える男、常に沈着な男・・・実を言うと、今回のミッション「イカロス2号」は人類にとってのラストチャンスで、7年前に出発して謎の失踪を遂げたイカロス1号の失敗をリカバーするためのもの。そして、イカロス1号の失敗はどうも、任務の重圧に負けたピンバッカー船長の乱心に原因があったようで、そう意味でもイカロス2のキャプテンは「絶対に平常心を失わない男」が必要であった・・・そういう設定らしいんですね。そこで日本人が起用され真田さんが出演した、というのは日本人としてちょっと気持ちがいい話ではあります。当初の予定じゃアメリカ人という設定だったらしいのですけど。
 さすがに英国でシェークスピア劇に出て鍛えただけのことはあり、英語も完璧。お見事です。
 実際、前のミッションの失敗と前の船長の乱心、というのがその後のお話に大いに絡んでくるのですが、ま、そのへんは語らないことにしておきます。
 最後まで手に汗握るサスペンス、密室ものとしての緊迫感と非常にシリアスな展開は見物です。それは本当に面白い・・・が、惜しむらくは最後のオチですか。
 ま、簡単に言いまして、結局、一人の不適任な馬鹿者のせいでみんなが苦労しました、というのでは、ちょっと締まらない感じがありますが・・・。
 ヒロイン格の女性がどっかで見た顔、と思ったら「トロイ」のヒロインのローズ・バーン。いい演技をしております。この女優さんは上手いですね。
 宇宙に出ると、人間の精神はかなり変容するという話があり、けっこう帰還してから奇行に走る人もおります。最近でも妄想的な嫉妬心で異常な追跡劇を演じて解雇されたNASAの女性飛行士がおりました。
 本作の理解にはそこらへんが重要ですが、ちょいと感情移入が難しいかな、という思いも残りました。そこんとこ、納得しないと、前船長の乱心の謎もピンと来ないうらみがあるんですね、話として。
 とにかく緊迫した息苦しいほどの密室劇、として見るのが一番、と思います。そういう見方からすると満点かもしれません。非常に疲労します。
 宇宙ものの娯楽系じゃないハードなSFとしては久しぶりという感じもあります。そういう系譜の最新型として一見の価値あり、と思うわけでありました。

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2007年4月10日 (火)

映画「大帝の剣」アラララララ!

「アラララララララ・・・・」というあのインパクト大な予告編。テレビCMでもあの、化け物がアラララ言っているシーンを思いっきり使っておりましたが、確かにあれ、耳に付きます。見終わってみますと、とにかくあのアララララ、と、主人公の「おっもしれえ!」という台詞が癖になってしまって、しばらく口について離れませんでした。
 ということで、東映の痛快娯楽大作「大帝の剣」を見てきました。阿部寛主演、長谷川京子、宮藤勘九郎、津川雅彦、杉本彩、竹内力らが共演、という時代劇にして伝奇ファンタジーにして、いやもうこうなるとSF作品といってもいいか。さすがに夢枕貘原作。スケールが大きいというかなんというか。まあ「魔界転生」とか「帝都物語」をさらに百倍ぐらい大風呂敷にしたような話であります。
 一応、時代背景としては、島原の乱の直後というから1638年ごろ、徳川幕府が3代家光の時代に入ってようやく安定してきたころ、というわけです。が、この話はいきなり豊臣家の血を引く舞姫(はっきり映画では語られませんが、秀頼の娘なんだろうか)というのが生き残っており、これをひそかに養育してきたのが真田幸村・・・彼も大坂夏の陣で戦死していなくて、この時代まで20年以上もひっそり生きていたという設定なのでまあ70過ぎの老人です。で、舞姫のお供に忍びの佐助、これは有名な猿飛佐助本人じゃなくて、どうも子供ということらしい。霧隠れ才蔵は登場しますけどかなりの高齢という設定なのは、こちらは初代の本人なんでしょうね。で、豊臣家再考をねらい、前田、島津、毛利といった諸大名とひそかに通じて陰謀中。それから、島原の乱後ということで、やはりというか、天草四郎も死んでおらず、やはりお話に絡んでくる・・・ここまではまあ、ちょっと突飛な歴史物ならありがちな設定。それにしても、この話通りだと徳川幕府ってぜんぜん、敵勢力の親玉を倒せなかったことになりますね。
 それはさておき、もっと奇怪なのが主人公というのが破格な人物で、まず彼は宣教師のヴァリニャーニが織田信長に献上したとされるおそらく日本で最初の黒人ヤスケの孫、というのであります。ヤスケは実在の人物で、信長から高級武士待遇に取り立てられて、本能寺の変でも信長を守って奮闘したという記録があります。が、彼に孫がいたというのは初耳。で、彼が背中に携えているのが「大帝の剣」という巨大な両手剣。どう見ても日本の刀剣の流れからは出てこないものですが、なんとこれは太古の地球に飛来した神秘の金属「オリハルコン」(こいつもSFではよく出てきますよね、アトランティス帝国で使われていたというあの金属)で出来ており、刀の形にしたのはあのアレキサンダー大王、というのだからすでに話がでかい。
 そして、この剣と、世界中に散らばった三つのオリハルコンの秘宝を集めると、世界を征服できるパワーが授かる、という設定もこういう話じゃありがちですが・・・。
 しかしそれだけじゃなくて、このオリハルコンを巡って、地球人だけじゃなく、宇宙からもエイリアンがやってきて争奪戦を繰り広げる、ということに。
 もちろん、豊臣家の残党も、また徳川幕府も、このオリハルコンの秘密は知っていて、血眼になって手にいれようと躍起になっているわけであります。
 ということで、大風呂敷のお話ですがとにかく面白い、肩の力を抜いて楽しめること請け合い。近頃見た娯楽系の作品じゃ抜群の面白さじゃないでしょうか。脚本もよーく練れていまして、テンポもよく、お笑いたっぷりだが、かといって必要以上にふざけてもいず、実にいいバランス。
 阿部寛が実に楽しそうにやっておりますし、ほかの出演者も本当にこの映画は楽しく演じているのが伝わってきます。江守徹のナレーションも、前の大河ドラマでの語りを思い出させますが、非常にこのけれん味のある世界観にはまっております。面倒くさい設定など、もうぜんぶ江守さんの語りに語らせてしまうあたりがかえって好感を持てます。楽しむためにはまず分かりやすくないとね。
 でも、意外にもけっこうしっかりと作ってあるな、というのはたとえばヴァリニャーニが信長に謁見するシーンなんてほんの数秒なのに、しっかり出来ています。
 宇宙船の飛来シーンも、そのへんのSF映画よりもよっぽど長く、派手な宇宙戦争のシーンが描かれていて実にとんでもないところで凝っている映画です。
 で、あの「アララララ」という化け物ですが・・・ちょっとネタばれになりますかね、あれは実は決して主要な登場人物じゃない、というのが面白いですはい。竹内力が演じるボスキャラは別にいるんですよね。だから中ボスというか。ところがその、全体の中では決して主要な役回りじゃないキャラがいちばん目立っていたりして、そのへんがおかしいです。
 おかしいといえば、この映画のパンフレットもパロディーがきいていて、中学校の歴史の教科書風になっていまして、駄法螺満載で笑えます。たとえば宇宙船の写真のキャプションに「加賀藩に伝わる宇宙船の絵図」とか書いてあって(嘘付けというの)。
 ラストシーンではとことん、とんでもないことになりますが見てのお楽しみ。なんでも、監督がキューブリックの「2001年宇宙の旅」へのオマージュを込めた、とのことですが、私もそのシーンで2001年・・・を思い出しました。
 面白いです、最近は邦画にパワーがあるといいますが、本当にそうですねえ。
 

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2007年3月28日 (水)

映画「ブラックブック」

 ポール・バーホーベン監督の新作「ブラックブック」を見てきました。名作だと思います。「ヒトラー最期の十二日間」を見た人とか、「暗い日曜日」が好きだ、というような人にはお勧めです、傑作サスペンス。
 そう、サスペンスなんです、ナチス時代の背景が重要な歴史物ですが、本筋は完全にサスペンス。たとえば同じようなもので、ナチス時代を背景にしつつ犯罪捜査物だった「将軍たちの夜」というのもありましたが、ああいうテイストのものです。
 とはいうもののですが、あの時代のオランダ駐留ドイツ軍、その中でも親衛隊の保安本部(SD)をメインにしている訳ですから、生なかな描写では済みません、拷問シーンも虐殺シーンもどんどん出て参ります。が、問題はそこじゃないんですね、面白いことに。
 今回の本筋は、その親衛隊SD部門の将校で私腹を肥やそうとして、ユダヤ人の金持ちを殺しては金品を略奪しているとんでもないヤツと、これと共謀して、レジスタンスのふりをしてユダヤ人に「逃亡の手引き」をするオランダ人の共犯、というのが出てくるのであります。これ、オランダ人としては歴史の恥部。また、ほかにもっと大問題として、SD責任者とお互いに終戦まで破壊工作をしないかわりに処刑をしないという取引をするレジスタンスとか、さらにレジスタンス内部にいながらSD側に内通している裏切り者の存在とか・・・が、次々と登場。
 おまけに、ナチスに荷担したオランダ人を同胞のオランダ人が戦後、どのような扱いで報いたか、というシーンがあったり・・・つまり、誰しもが戦後になるとレジスタンス活動をしていたふりをしたがるんですね、そして保身のために、親独的だった人たちを迫害するわけですが、このシーンなどでは「お前らのやっていることはナチにも劣る!」とある登場人物が切って捨てているんですが、ああいうのはオランダ人としては正視に耐えないかもしれません。
 さらに、オランダ人はおおむね他の国よりはユダヤ人に寛容だったとはいえ、それでも差別意識が強かったということを示すシーンも続々と出てきます。よくここまで、自分らにとって都合の悪いことを、オランダ人であるバーホーベン監督が製作できたな、と思います。「硫黄島」シリーズでも思いましたが、世界的に見て、少なくとも60年前の第二次大戦についてはかなり冷静に相対化して見られるような雰囲気が出てきているのじゃないか、それはおそらくイラク戦争で「正義の戦争」なんてものの化けの皮がはがれたからではないか、と思う次第です。そういう意味合いでは、日本を含めアジア地域ではまだまだこういう突き放した見方、歴史の直視が出来ていない感じがするわけでもあります。
 もちろん侵略戦争をはじめて迫害を開始したナチスが一番悪いに違いないのですが、その占領下で、私たちはかわいそうな被害者であって、正義のためにレジスタンスをしていたのです、というだけの構図では納得できない、という話が多々あるわけで、サスペンスの骨組みを借りながら、非常に硬派な内容に仕上がっているのがすごい迫力であります。
 主人公のユダヤ人女性を演じるのはオランダでは有名な女優さんだそうですが、すごいですよ、体当たり演技です。この人はナチス情報部にスパイとして潜入し、ドイツ将校に身体を売ってまで情報を得ようとする鬼気迫る役柄なんですが、とにかく立場が二転し三転し、息つく暇もなく話が進んでいきます。一体全体、誰が信用できるのか、それとも誰一人信用できないのか、本当の裏切り者は誰なのか・・・シビアな話が展開していきます。見事にその中でしぶとく強く生きていく女性を演じております。
 また、彼女をスパイと知りながら本気で愛してしまう、ナチス将校ながらこの作品の中では非常にまともな人、ムンツェSS大尉を演じているのが映画「オペレーション・ワルキューレ」でシュウタウフェンベルク役だった人。これははまり役。また、その上司のSS大将役は「ヒトラー最期の十二日間」でシェンク軍医を演じていた人です。しかしSSの服がはまって見えます(別にこういう役柄ばかりじゃないんでしょうが)。ちなみにこの映画ではSDの将校たちはグレーの制服姿。右襟の襟章は「SS」の文字がないブランク(空白)で、左袖には「SD」の菱形の記章付き、とマニア心をくすぐる立派な時代考証ぶりです。
 ほかにもいろいろな制服や当時の車両が続々と出てきます。オランダの警察やSS現地補助隊員の制服、消防警察の制服なんてのは大戦時代に興味ある人には必見でしょうね。
 それに、本物のB17やウエリントン爆撃機を使用していると思われるシーンもあり、あんなワンシーンのためにここまで凝るのか、と驚かされます。さすが制作費25億円。
 SD将校のパーティーで、全員で「ホルスト・ヴェッセル」(親衛隊歌)を合唱するシーンなんて、映画でこんなものを見られるなんてまず思わなかった、ここだけでもドイツ軍マニアは必見ものじゃなかろうか、と思います。
 とまあ、このようにかなりのマニアでも大喜びしそうですが、しかし、社会派ドラマとして重厚、またサスペンスとして何よりも煉りに練られていますので、娯楽作としても楽しめます。
 惜しむらくは公開映画館が少ないこと。私も今回はいつもの舞浜の映画館ではやっていないので、幕張まで出かけました。それも一日に三回だけ、3時台の次が9時過ぎのレイトショーというのはきつすぎ・・・これじゃ見たい人も見られないですよ、なんとかしてください! 私も12時近くになって終電で帰宅しました・・・。
 ハリウッドの有名人は出ていないし、アカデミー賞を取ってもいない作品には日本人の反応は冷たいようですが、こいつは傑作ですよ。
 

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2007年3月20日 (火)

映画「ナイト・ミュージアム」

 ふと、日勤の後が夜勤、という絶好の「穴」が私のスケジュールに空いたので、映画「ナイトミュージアム」を見てきました。実はひそかに楽しみにしていたのである。
 というのも、クリス・コロンバス製作でベン・スティーラー主演というこの映画、基本的にファミリー向けの肩がこらないコメディーであるのは明白、そして、そういう問題作でも社会派でも異色作でもなんでもない、ひたすら娯楽として良くできている映画、というのを見たくてしょうがなかった。このところ見た映画は「硫黄島」二部作に「どろろ」に「蒼き狼」「ラストキング・オブ・スコットランド」であった。そのちょっと前も「トゥモローワールド」に「デスノート」であった。いずれもいい映画だったのは間違いないのだが、しかしまあ、濃淡はあるが能天気に笑える娯楽作品というものではない。後味が真っ暗、というもののほうが多い。それはやはり世相の反映とかいろいろあるのか。ハリウッドが不振といわれるのも、単純なお話を作りづらい重い雰囲気があるためなのは間違いない。そりゃやはり、アメリカ人にとっても今は「負け戦」という気分が濃厚なのだろうと思う。
 が、ハリウッドにはハリウッドでしか作れない映画というのも確かにあって、ことさらなんのメッセージということもなくて、しかし莫大な金がかかっており、脚本はよく練れていて、どこかハートウオーミングであり、お笑いの合間に、家族の絆の大切さ、なんてものをじんわりと感じさせてくれる・・・そういうことに成功しているのなら、それはもう見事なエンターテイメントである。
 そして、本作は期待通りに、そのような映画であった。言うことはない。
 話の筋書きは、冴えないバツイチ父親の主人公が、なんとかして父親としての立場を守ろうとなり手のない職場に就職する。それは近ごろ人気低迷中で赤字続きの自然史博物館の夜警、というもの。新人1人を採用してベテラン3人を解雇する、というリストラ方針の一環というものだった。それにしても、なんでその夜警の仕事がそんなにもなり手がいないのだろうか・・・それは、この博物館の展示物は、ティラノザウルス・レックスの骨格標本から26代ルーズベルト大統領の蝋人形やフン族の大王アッチラ、古代ローマ帝国の軍団からモアイ像まで・・・そのすべてが夜になると「よみがえる」からである!
 しかし、なにしろ恐竜は暴れまくるのだし、フン族は歴史で語られるとおりに残忍だし、ローマ軍は領土拡張に燃えているのであるし・・・大混乱になるのである。さて、主人公はこれをどう治めていくのであろうか、そして、尊敬が薄れかけている息子の信頼を取り戻すことは出来るのであろうか、という筋書きである。おおづかみなテーマは、やはりコロンバスのチームが製作したシュワルツェネッガーの「ジングル・オール・ザ・ウェイ」のようなものと思って良い。
 誰しも、夜になると博物館とか学校とかでは何が起こっているのか、などと考えることがあり、それで「学校の怪談」の数々も成り立っているのだが、今回の映画の基本は90年代初めにクロアチア人イラストレーターが出版した一冊の童話が元だという。
 芸達者がずらり勢ぞろいしているが、中でもベテラン3人組のリーダー、セシル役が「どこかで見たような顔」と思ったら、なんとあのデイック・ヴァン・ダイク本人。もう80代も後半だと思うが元気いっぱい、珍しく今回はちょっと裏がある、悪役といっていい人物なのだが楽しそうに演じている。また、途中と最後で、いかにも彼らしい体をくねくねさせた見事なダンスを披露している。あの「メリー・ポピンズ」や「チキチキ・バンバン」で見せたのと同じような踊りっぷりである。
 また、主人公の設定がおそらく40前後と思われるので、選曲も70、80年代の懐メロというか、本人が夜更けの館内でアカペラで歌うのは「アイ・オブ・ザ・タイガー」だし(ちょうどロッキーの最終作が公開されるのでそのこともあるんだろうか)、ラストで登場人物がせいぞろいして踊り狂うときの曲はアース・ウインド&ファイアーの「セプテンバー」だったりするが、妙にはまっている。ここは最近のブラック系の曲ではしっくりこないだろう。
 考えてみると、ヴァン・ダイクの全盛期の「メリー・ポピンズ」などはファミリー向けの娯楽作品であると同時に、映画史に残る名作でもあった。少し後の「ET」なども一級のエンターテイメントで商業作品である上に、名作であった。こういう映画ってのを作るのは難しい時代なのかもしれず、これは音楽でも文学でも、閉塞、ネタ切れ、行き詰まりになってくると妙に「娯楽もの」「シリアス」「社会派」などと細かく分裂して、それぞれ先細りして自滅していくものである。
 が、ひとつこういう作品を契機に、楽しくてハートウオーミングな映画をまた作って欲しいものである。制作陣がわざわざ、一度は引退したヴァン・ダイクを起用したのもそういう意味合いじゃないか、と私は見ている。
 

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2007年3月13日 (火)

ラストキング・オブ・スコットランド

 アカデミー賞で主演男優賞を射止めたフォレスト・ウィテカーの「ラストキング・オブ・スコットランド」を見てきました。あのウガンダの独裁者、大量粛清で知られるアミン元大統領をテーマにしたお話であります。しかしアミン失脚は1979年。私は中学生のころです。当時は「行方不明になっていた側近や政敵の首が続々と大統領官邸の冷蔵庫から発見」などと大々的に取り上げられましたが、今となると若い人にはピンとこないかもしれず、日本でミーハー人気が出るようなテーマではなさそう。実際のところ、平日のラストということもあって観客は少なかったです。
 しかし、これは見逃す手はないなあ。社会派ドラマだから重いし凄惨過酷なシーンも多いのですが、しかし妙に明るいというか、ノリがいいというか、ハイテンポでして、前のシーンにすぐに次のシーンがかぶさるように展開していく演出というのが利いていて、とにかくまだるっこさがない。手持ちカメラの多用で、架空の人物を交えたお話もドキュメンタリーの迫真力を持っております。全編をウガンダ現地ロケ敢行して実際にアミンの記憶も薄れていない、虐殺のあった場所で撮影しているのも見所です。すべてこれは計算されたものとおもいます。のんびり描写していると、とても見ていられない、というような重いシーンも敢えてどんどんぶっ飛ばしていく。どうもこの映画、1971年にアミンが政権を取ってから、78年のハイジャック機着陸事件までの6年にわたるお話のようですが、なにかジェットコースターに乗って最後まで引っ張られるようでもあり、ほんの一週間ぐらいの悪夢の物語のようにも思える。そこが狙いなんでしょう。
 というのも、このお話の語り手というか、視点になっているのは、スコットランドからはるばるやってきた新卒の医師、という設定だからです。なんの考えもなく、ただスリルが欲しくてウガンダにやってきたところ、なぜかあっという間にアミンの侍医となり、側近にまで取り立てられ、望むと望まざるとにかかわらずその悪行に協力する立場となって巻き込まれてしまう・・・なぜこんなことに? 人生が思いがけない方向に加速する感覚を描いているのでありましょう。
 物語の冒頭は、いきなりいかにも英国の古くさい大学の卒業式を終えて、制服を脱ぎ捨て、裸で池に飛び込む若者の群れ、という意外なシーンから始まります。そして、医者の資格を取った青年ニコラス・ギャリガンは、堅苦しい医者の父親と窮屈な家庭を逃れ、「どこでもいいから逃げ出してやろう」と、地球儀をぐるぐる回して指さす。一回目は・・・カナダ。これじゃあまりに変化がない。もっと、見たことも聞いたこともない国がいい。で、二回目で、彼の指が示したのがアフリカ中部ウガンダ。ちょうど軍部のクーデターが起こり、貧民から立身出世を遂げて国軍の副司令官にまでなっていたアミン将軍が政権を取ったときでありました。
 以後、まったく考えもしなかったことに、ギャリガンはアミンの政権中枢に巻き込まれていくわけでありますが・・・以後は見てのお楽しみに。
 それにしてもフォレスト・ウィテカー、さすがにオスカー受賞の演技です。というか、独裁者アミンの複雑な人物像をここまで演技で表現しているとは。ただの残酷な暴君を演ずるのはむしろ簡単でしょう。しかし一方でどこか純真無垢な子どものようでもあり、また猜疑心が強く、勇猛剛胆である一方で小心であり、残酷無比であるがユーモアがあり、恐ろしいが魅力的なカリスマ性のある人物。国民の圧倒的な人気と支持を得ながら国家を破滅させてしまう男。そういう人物を演じるには生なかな研究ではできない。とにかく貧民のどん底からのし上がった魅力的なカリスマの部分をどう演じるか、その同じ人物が、権力を握った途端にどのような疑心暗鬼にとらわれて生き地獄になっていくか、がこの映画のすべてであると思うのであります。このような人物像というと、歴史上ではもう一人、あのアドルフ・ヒトラーを思い出します。一兵卒からのし上がり、人々を魅了して政治家として成功する反面で、おそろしい疑心暗鬼と猜疑心にかられ悪行に手を染めていく人物像には共通性がありましょう。
 映画のラストで本物のアミン・・・なにしろ2003年まで生きていたので、ちっとも過去の人じゃないのですが、その影像が出てきます。なんかこう、はっきり言ってウィテカーのほうがコワイのじゃないでしょうか。ちょっと斜視ぎみのような目つきとか、かえってアミン以上にアミンらしいような。
 それ以外の出演者もいい配役でして、青年医師を演じるのはジェームズ・マカヴォイ。ディズニー映画「ナルニア国物語」でフォーンのタムナスさんを演じて注目された彼、です。あの役柄も、強大な権力を持つ魔女に心なくも協力し、最後には刃向かって弾圧される、というようなものでした。一見するとセンシティブで弱々しそうだが、内面は強靱なスコットランド魂の持ち主、というこの映画の趣旨にぴったりのキャストでしょう。この役柄は、97年にベストセラーとなった原作小説で創造された架空の人物で、実在する複数のウガンダ政権に関与した白人をモデルにしているそうであります。また、アミンの第二夫人で後に悲劇に巻き込まれるケイに演技派ケリー・ワシントン。やはりアカデミー賞男優賞映画である「Ray/レイ」でレイ・チャールズの母親を熱演し、この時点ではまだ無名の新人だったのですが、生前のレイ本人をうならせた、というほどの実力者であります。この二人の熱演ぶりも大いに映画を盛り上げております。今後、ますます伸びてきそうですね。
 さらに、ギャリガンが心引かれる人妻役に、あれ、どこかで見た顔の人、と思えばジリアン・アンダーソン。あの「X-ファイル」のスカリー捜査官の人です。出番は少ないがきっちり仕事しています。
 なお、誰しも「スコットランド最後の王様?」と思う題名ですが、これはアミンのあだ名の一つ。かつて英連邦アフリカ軍の兵士であった頃、スコットランドの連隊と共に戦って、スコットランドに強いあこがれがあったのだそうです。実際、兵士にスコットランド風のキルトをまとわせて軍事パレードしている影像が映画の最後でも紹介されます。原作小説の設定で「スコットランド出身の青年」というのを考えたのもそのへんが根拠のようで、うまいまとめ方です。また、旧宗主国である英国の後押しで政権に就いたものの、その後はなにかと干渉されて、英国政府に対して不信の念を抱いていたようで、歴史的にイングランドに対して反抗を続けたスコットランドに対する思い入れ、というのもあったようです。
 後半はかなりヘビーで、ラストの10分は手に汗握るサスペンスになりますが、前半部など実に明るく楽しく、そのへん絶妙です。見事な構成力の映画だと思います。
 

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2007年3月 5日 (月)

蒼き狼~地果て海尽きるまで~

  映画「蒼き狼~地果て海尽きるまで~ 」を見て参りました。あのモンゴル帝国の始祖チンギス・ハーンを反町隆史が演じる、予算規模30億円という角川映画の最新作です。
 面白かったですね。実にうまく出来ていた。ああいう大河ドラマは歴史の流れと、それから人間ドラマの部分をうまく組み合わせないと、ただの歴史の教材のようになってしまったり、逆に薄手のホームドラマになってしまったり、なかなかリスクがあります。が、そのへんが非常に巧みに脚本が練られていたと思います。モンゴルの人が見て、どうなんだろうというのはあるのですが、しかしウランバートルでの試写会では大絶賛だったとか。これは、それまでモンゴルで作られた映画ではひたすらマッチョか、ひたすら神のような描き方になってしまって、人間的苦悩をうまく描けた作品がなかったそうなんですね。
 実際、あまり知らない人でも、ああ、なるほどそういう流れか、というのがよーく分かるように出来ています。チンギス・ハーンがそんなに順風満帆な環境から出てきた人物でないこと、というよりむしろ苦節何十年、という苦労人であることがよく分かるのであります。
 世界史上最大の大帝国を建設した英雄、ではあるのですが、あまりその生涯について知られていない、という意味ではアレキサンダーやナポレオン、シーザーなどと比較しても確かに知名度の割に事跡が知られていません。というのも、1206年にハーンとしてモンゴル族を統合し王を名乗るまで、はっきりいって何をしていたかかなり不明なのですね、そしてその即位式というのが、今回の映画でもクライマックスに出てくるのですが、そのときすでに50歳。以後、20年にわたりユーラシア大陸狭しと活躍するのですが、肝心の青春の日々というのがあまり明確ではない。
 で、そのへんをいろいろ想像もまじえて描いたのが井上靖の名作「蒼き狼」です。私はこれ、中学生の頃に読みました。ちょうどそのころにTBSの大型時代劇で、「海は蘇る」とか「関ヶ原」とか、映画よりも長い12時間ものの巨編ドラマを作っている時期だったのですが、その中に加藤剛主演の「蒼き狼」がありました。が、そのときは、正直に言ってどうも日本人が日本語で演じるチンギス・ハーンには違和感が、というのが強くて面白かったのだけれど、うーん、という後味もありました。まあ、今挙げた大型ドラマで加藤さんは山本五十六、石田三成を演じるなど常連でしたから、ますます「今度はモンゴル人? はて」というのもあったかもしれません。
 今回は、当初案ではこの井上靖の小説と、森村誠一の最近の作品「地果て海尽きるまで」の合わせ技にしたかったようですが、脚本上、無理もあるので題名のみ、井上作品からいただいた、ということのようでエンディングにそのことについてちょっとただし書きがあります。確かに「蒼き狼」というネーミングは非常に素晴らしいので、この題名以外では駄目だろう、と思うわけです。
 それにしましても、3万人を集めた即位式とか、5000人の現役モンゴル軍の兵士を使った戦闘シーンとか、あの時代の大陸の百万人規模の戦争を描くにふさわしいだけの準備を、今回の映画は日本映画としてはじめて整えたと言っていいでしょう。ロード・オブ・ザ・リング以後、急速に普及した「大軍を再現するCG技術」もあって、かつてのドラマで感じた違和感・・・大陸的スケールというのがなかなか出せないのが日本映画の限界だったのです、それを越えているとは思いましたね。全編現地ロケ、というのもそれを支えているのであろうと思います。4か月にわたって現地で撮影したのは、大変な快挙でしょう。
 俳優陣も気合が入っていますね。反町隆史は「YAMATO」のときも感じましたが、男臭いいい役者になりました。私は若い頃の彼は決して好きではなかったのですが、今や、この手のものでは欠かせない役者となりました。回りの役者さんたちも好演しておりますが、なんといっても松山ケンイチ、またまた出ておりますが今回もいちばんの見せ所は彼です。出生の秘密がある皇子ジュチの役なのですが、これが非常にまあ泣かせます。トオリル・カン(ワン・カン)役の松方弘樹も怪演ぶり。いやらしい狸じじいらしさが見事に出ております。
 対して女優さんたちは、どうでございましょう。ホエルン役の若村真由美は熱演しておりますが、その他いまいちぴんと来ない感じの人も。
 その中で、これはめっけ物というか、これは凄いという人が、チンギスの第二皇后となるクランを演じたAraという新人。すごい美形ですが、それだけじゃなく、なにか野性味というか、すごみがあります。巴御前のように最前線でチンギスに従っていた、という今回の設定にぴったりです。まあ新人だから少し台詞回しはぎこちないかな、などと思っていたのですがなんと、後で知ったのだがこの人、韓国人。ぎこちないもなにも、全くの外国語なんですね、日本語は。それだとしたら、すごい。まったく日本人だとばかり思っておりましたから。それも17歳、すでに韓国では売れっ子だそうですが、映画はこれが初出演。この人はなんか伸びてきそうですねえ。なんでも4万人のオーディションで残ったといいますから。
 とにかく、最後まで来て「あれ、ここでおしまい? もっと先を見たいな」と思いましたから、よく出来ていた映画なのだと思います。謎が多く、あれだけ複雑な部族間の対立、複雑な人間関係、そしてなまじっかな扱いをしたらまずいというモンゴルの国民的、いや世界史的英雄を扱うプレッシャー、それをうまくさばいていたと思います。
 他の部族の女性を略奪してきて、それをまた慰み者にするでもなく、ちゃんと族長の正妻に迎える、というような当時の風習などは考え方として日本人には分かりづらいものがありますが、ああやってドラマにしてもらうと、それがごく普通であったのだな、となんとなく分かってきます。チンギスとジュチの出生の秘密にまつわる後ろ暗さというのも、そこが肝であったりします。
 ワンシーンしか出てこないテップ・テンゲリというシャーマン(神官)がいて、井上靖版ではけっこうこいつがあれこれ腹黒かったような気もしますが、今回はワンシーンのみで、津川雅彦が格調高く演じております。なんでも「昭和天皇の口調を真似してみた」のだとか。ぜひそこもご注目ください。
 やはり迫力の戦闘シーンは劇場で見たい一本です。いい映画でした。

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