2018年6月 9日 (土)

【映画評 感想】デッドプール2

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「デッドプール
2Deadpool 2という映画を見ました。2016年のヒット作「デッドプール」の続編で、X-MENシリーズとしては通算11作目にあたります。デヴィッド・リーチ監督を始め、主要スタッフには「ジョン・ウィック」シリーズ(主演:キアヌ・リーブス)や「アトミック・ブロンド」(主演:シャーリーズ・セロン)で名を連ねた人が多数、参加しています。つまり、それらのバイオレンス・アクション作品に共通する「新感覚アクション」の要素が濃いわけです。それにもかかわらず、デッドプールは1作目も、どんなにバイオレンス・シーンがあろうが、おふざけがあろうが、実はせつない恋愛映画でした。本作でも、まさにその持ち味が前作以上に強まっています。

雰囲気を盛り上げる音楽面では、あのバラードの巨匠セリーヌ・ディオンが主題歌を熱唱。また挿入歌として、前作ではワム!の「ケアレス・ウィスパー」が効果的に使用されましたが、本作ではa-haの「テイク・オン・ミー」が哀切な場面で流れます。しかしこの1985年の大ヒット曲、「ラ・ラ・ランド」でも演奏されていましたが、今から振り返ると80年代を代表する楽曲という地位に就きましたね。

ちょっとノスタルジックな感傷が、これほど上手く演出や音楽で効果を発揮するのは奇跡的とすらいえるでしょう。「ジョン・ウィック」や「アトミック・ブロンド」もそういった作風ですが、このデッドプール2は際立っているように思えます。随所にてんこ盛りで展開される、懐かし映画(音楽同様、80年代から90年代前半のものが中心)のパロディー場面も、一つ一つが非常に洗練されています。

スピリチュアルな死生観まで提示して、まさにバイオレンスと脱線コメディーを装った「せつない恋愛映画」が、より一層の高い完成度で迫ってきます。そもそもX-MENのパロディー的な外伝、低予算のスピンオフとしてスタートした本シリーズも、今や押しも押されもしない人気シリーズとなってきた感じがします。

主演のライアン・レイノルズは、「ウルヴァリン」第1作で「ウェイド・ウィルソン」として出演したものの、ヒュー・ジャックマン演じるローガンにあっけなく倒されてシリーズを去りました。それ以後、コミックもの大作として「グリーン・ランタン」の主演を獲得したのですが、こちらは興行的に不発で終わり、シリーズ化はされませんでした。

そのへんを踏まえますと、本シリーズの成功でついに捲土重来、長き不遇をはねのけたわけです。そして、そのへんの事情を本作では、前面に押し出して自虐的な笑いに変えています。実にしたたかですね。そういうわけで、本作ではヒュー・ジャックマンが終盤で思いがけない形で登場するほか、ついに本家のX-MENのレギュラー・メンバーまで、ほんのワンシーンですがしっかり登場してしまいます。つまりビーストのニコラス・ホルトや、チャールズのジェームズ・マカヴォイ、クイックシルバーのエヴァン・ピーターズなど、おなじみのスター本人が顔をそろえます。デッドプールの世界観がX-MENの正史に組み込まれた瞬間というわけです。お見逃しなく。

 

前作で、最愛の女性ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)と結ばれてから2年。「デッドプール」ことウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は、マフィアや麻薬の売人などを始末する危険な暗殺稼業でその日を送っていますが、ある日の任務に失敗。敵から報復を受けて失意のどん底に。

不死身の肉体を持つ故に死ぬことも許されず、絶望するウェイドを、X-MEN教官のコロッサス(声:ステファン・カピチッチ)が助け出し、見習いの身分ながら正式にX-MENに加入させます。その初仕事として、コロッサスやネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド(ブリアナ・ヒルデブランド)、その恋人であるユキオ(忽那汐里)と出動したウェイドは、ミュータント養護学校で暴走している少年ラッセル(ジュリアン・デニソン)を制圧します。しかし、学校の理事長(エディ・マーサン)は邪悪な人物で、ラッセルたちを日常的に虐待していることが分かります。怒りに駆られたウェイドは学校の職員を殺してしまい、X-MENを除名に。ただちにラッセルと一緒に、ミュータント専用の刑務所アイスボックスに収監されてしまいます。

そこに突如、出現したのは、未来からやって来たという謎の戦士ケーブル(ジョシュ・ブローリン)。彼はなぜかラッセルを執拗に殺そうとしますが、ウェイドは身を挺してその攻撃をかわし、結果的にケーブルとともに刑務所から外に放り出されてしまいます。

ラッセルたち囚人は、護送車に乗せられて、さらに要塞度の高い別の施設に送られることになります。当然、ケーブルがそこを襲撃するとみたウェイドは、悪友のウィーゼル(TJ・ミラー)と共に、新たな独自のヒーロー・グループを結成することにします。そこに集まったのは酸性の液体を吐くというツァイトガイスト(ビル・スカルスガルド)、ひたすら幸運であるという女性戦士ドミノ(ザジー・ビーツ)、何の特技もない失業者ピーター(ロブ・ディレイニー)と、使えるのか使えないのかよく分からない面々。ウェイドは新グループを「X-フォース」と名付け、ケーブルの攻撃からラッセルを守ることにします。というのも、愛しのヴァネッサがそう望んだから。ラッセルを守ることが、ウェイドの心を「正しい位置」に導くきっかけになるかもしれない、と彼女は告げたのでした…。

 

 ケーブル役のジョシュ・ブローリンはマーベルの別の世界「アベンジャーズ」シリーズでは敵の大ボスであるサノスを演じており、おふざけなんでもありの本作でも、いきなりウェイドから「サノス」と呼ばれています(!)。実はコミック原作では、デッドプールとサノスはライバル関係にあるので、今回の配役はそのへんをあえて混乱させるためのものかも。また、原作ではケーブルは、サイクロプスとジーンの息子、という設定なのだそうですね。本作では背景を何も描いていませんが。

 忽那汐里さんが演じたユキオというキャラは、漢字で書くと「雪緒」という日本人(あるいは日系人)の戦士で、これまでにも日本を舞台にした「ウルヴァリン」シリーズの2作目で登場しています(演じたのは福島リラさん)。しかし今回は、ネガソニックとの同性愛関係という大胆な設定に。

 後半で特に目立つのがX-フォースのメンバー、ドミノの活躍ぶりです。この役を演じたザジー・ビーツはドイツ出身の新進女優で、近作では「ジオストーム」で、米国務省の職員でありながら異色の女性ハッカーという役柄で注目されました。知的な美貌で、強い女性役にぴったりの存在感があっていいですね。

 悪徳理事長を演じたエディ・マーサンは、いろいろな映画に出ている英国のベテランですが、この独特の暗い表情、最近の映画でもどこかで見たなと思いましたら「アトミック・ブロンド」で東ドイツの秘密警察幹部スパイ・グラスを演じていました。リーチ監督のお気に入りの役者さんのようです。そういえば「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」のピエロ役で知られ、名優ステラン・スカルスガルドの息子さんでもあるビル・スカルスガルドも、「アトミック・ブロンド」つながりといえます。同作でヒロインを助ける東ベルリンの現地工作員の役をやっていました。

 非常に感動的なお話…ですが、最後の方はもう自虐的な「歴史修正」の嵐! 最後の最後まで見ると、「要するにこれが言いたかったのか」とあっけにとられてしまいますが、もうなんでもありなのが、デッドプールの世界。

 本作もヒットして、おそらく3作目の製作も期待されます。今度こそX-MENと本格共演するか、それともいきなり掟破りのアイアンマンやマイティ・ソーと絡んだりするのか。いやいや、なんならダースベイダーやジェームズ・ボンドと共演したって構わないのかもしれません。なんでも許される作品なだけに、今から大いに楽しみです。

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2018年5月25日 (金)

【映画評 感想】ランペイジ 巨獣大乱闘

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 「ランペイジ
 巨獣大乱闘」RAMPAGEという映画を見ました。元ネタは1986年にアメリカのゲームセンターで大ヒットした「ランペイジ」というアーケード・ゲーム。原題の意味は「大暴れ」です。

 そのゲームというのは、3人の人間がふとしたきっかけで巨大なゴリラ、狼男、ワニに変身し、全米の街をひたすら破壊しまくる、というもの。街の建物を全て破壊しつくせばステージクリア、という、この身もふたもない話から、一本の映画にしようというのもかなり強引ですが、主演にプロレス界に長く君臨した人類最強の男ドゥエイン・ジョンソンを据えることで(というか、本作では彼は製作総指揮までやっていますが)、これがどうして、きわめてよく出来たアクション怪獣映画になっています。

 今や映画スターとして引く手あまたのジョンソン。ディズニー・アニメ「モアナと伝説の海」では声優を務め、歌も披露するなど、なんでもできる器用さも際立ちます。待機作品も控えており、若い世代など、この人が本来は有名なレスラーだったことを知らないかもしれません。しかしこの、強靭な肉体と高い知性を感じさせるジョンソンだからこそ、この映画の主人公に与えられている「元米軍特殊部隊の隊員で、その後、密猟捜査官に転じ、今ではサンディエゴ野生動物保護区で霊長類学者として活躍」というかなり難易度の高そうな経歴を無理なものに感じさせません。

 そして、主人公と、彼が育てている白いゴリラ、ジョージとの心の交わり、というのが、娯楽作品の枠組みを超えて実によく描けており、感動を呼びます。この要素がなければ、本当に「大暴れ」だけになりそうなところを、うまく考えたストーリーだと思います。

 

 1993年に、難病治療の切り札として開発された遺伝子編集技術クリスパー。しかし、悪用の危険性を憂慮した米政府は2016年、この研究を禁止しました。

 シカゴを本拠とする米企業エナジン社は、宇宙ステーション「アテナ1」の中で極秘に遺伝子編集の研究を進め、動物実験を繰り返していました。ところが実験は失敗し、アテナ1は崩壊。生き残ったアトキンズ博士(マーリー・シェルトン)は、エナジン社の経営者クレア・ワイデン(マリン・アッカーマン)の厳命を受けて実験サンプルを3個、持ち出し、アテナ1から脱出しますが、救命ポッドが大気圏突入時に爆発してしまいます。博士は死亡し、三つの危険な遺伝子サンプルは米国内の地上に落下します。

 サンディエゴ動物保護区の霊長類学者デイビス・オコイエ(ドウェイン・ジョンソン)は、かわいがっている白いゴリラのジョージ(モーション・キャプチャー : ジェイソン・ライルズ)の心身に異変が起こり、どんどん巨大化して狂暴になっていくことに気付きます。そこに現れたケイト・コールドウェル博士(ナオミ・ハリス)は、自分がエナジン社で行った遺伝子研究が悪用され、アテナ1の事故によって危険なサンプルが地上に落下、その影響を受けた動物に変異が起きていると説明します。とうとうジョージは暴れ出し、デイビスとケイトの2人は、政府の秘密組織OGAのエージェント、ラッセル(ジェフリー・ディーン・モーガン)に逮捕され、麻酔弾を撃ち込まれたジョージも輸送機で運ばれることになります。

 同じころ、ワイオミング州の森林地帯から、巨大化したオオカミが出現。エナジン社を率いるクレアと弟のブレット・ワイデン(ジェイク・レイシー)は、バーク(ジョー・マンガニエロ)を隊長とする傭兵部隊を派遣して、大ごとになる前に倒そうとしますが、逆に部隊があえなく全滅してしまいます。

 クレアとブレットのワイデン姉弟は、2体の巨獣をおびき寄せるために、シカゴのエナジン本社から特殊な周波数の信号を発信。軍部に巨獣を倒させた後、一連の騒動の責任をケイトに押し付け、自分たちは遺伝子を回収して、生物兵器として売り込もうと画策します。

 信号を受けてジョージは暴れ出し、輸送機は墜落。デイビスとケイトは辛くも落下傘で脱出し、気絶していたラッセルの命も助けます。

 ラッセルはデイビスとケイトを、軍のシカゴ防衛指揮官であるブレイク陸軍大佐(デミトリアス・グロッセ)の元に連れて行きますが、ワイデン姉弟の差し金により、違法な研究をしていたのはすべてケイト一人の責任、ということにされた結果、ケイトとデイビスはそのままFBIに身柄を引き渡されることに。

 しかし、事情を察したラッセルは、2人を病院の輸送用ヘリで脱出させ、ワイデン姉弟の悪事を阻止させようとします。ケイトによれば、エナジン社には巨獣を制御するための解毒剤があるはず。デイビスはジョージを救うために、エナジン社に乗り込みます。

 そんな中、軍の作戦は次々に失敗。シカゴに入った2体の巨獣は、まさにランペイジして破壊の限りを尽くします。さらに川からは、三つ目のサンプルが落ちたフロリダ州で巨大化したワニが出現。万策尽きたブレイク大佐は、ついに最後の手として、爆撃機からシカゴの市街地に悪夢の巨大爆弾MOABを投下する決断をしますが…。

 

 といった流れで、娯楽作品のお手本のようなスムーズな展開は小気味よく、といって話をかっ飛ばし過ぎる感じもなく、しっかり情緒的な描写やコミカルなシーンも盛り込んでいます。なんといってもドウェイン・ジョンソンの存在感が光りますが、ケイト役のナオミ・ハリスもいいです。今や007シリーズのマネーペニー役で有名になった人ですね。

 それから、傭兵隊長を演じたジョー・マンガニエロ。どこかで見た顔、と思いましたが、あの男性ストリッパーの世界を描いた異色作「マジック・マイク」で、男性フェロモンむんむんのストリッパーを演じていました。

 本作の悪役、クレア・ワイデン役のマリン・アッカーマンという人はスウェーデン出身の女優さんで、いろいろな映画に出ているようですが、私の記憶にあったものでは、2012年にニコラス・ケイジが主演した「ゲットバック(原題: Stolen)」で、銀行強盗グループの女性ドライバーを演じていたのが印象深いです。

一癖ある秘密組織エージェントを演じたジェフリー・ディーン・モーガンは、日本ではあまり知られていない俳優さんです。本作では後半のコミカルなシーンを大いに支えていました。今後の活躍を期待したいです。

展開上、巨獣を倒すべくアメリカ軍が多数、出てくるのですが、A-10攻撃機やB-2爆撃機、F-16戦闘機など、非常に堅実と言うか、現実的な兵器が登場しているのには好感が持てます(この手の映画と言うと、まだ配備されていないSF的な試作兵器や新型兵器が登場しがちですので)。しかし米軍の車両がすべて砂漠地仕様の黄色いサンド塗装なのはなぜだったのでしょう? ついでに申せば、初動対応はともかくとして、最終的には三軍統合の大規模作戦となると、指揮官が大佐クラスというのは荷が重いのでは? 銀星の付いた人(つまり将軍)が出てこないと説得力がないような気もしました。というか、映画の枠を大きくしたくなかったのでしょうが、このぐらいの大騒ぎになれば、連邦政府と大統領は何をしているのだ、ということになりそうな気もします。

ともかく、ゲームが原作の怪獣映画、と聞くと軽いノリのお気楽な娯楽作品、というイメージになりますが、なかなかどうして。主演2人やモーション・キャプチャーの人の熱演もあって、非常に力の入った作品になっています。これは拾い物という感じの一作でした。

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2018年5月 3日 (木)

【映画評 感想】アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

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  映画「アベンジャーズ
/インフィニティ・ウォー」Avengers: Infinity Warを見ました。インフィニティは「無限」の意味。よって原題は「限りなき戦い」といった意味合いです。2008年製作の「アイアンマン」以来、10年にわたって展開されてきたマーベル・シネマティック・ユニバース・シリーズの19作目にあたります。すでに世界中で大ヒット中ということで、私はディズニーの御膝下である千葉県浦安市の映画館でパンフレットを買おうとしましたが、売り切れていました。現在、増刷中だそうです。人気シリーズで、しかもGW期間に公開の場合、初めから十分な数を印刷するはずですが、その予想を超えていたようです。

これまでのいろいろなシリーズで登場した人物が大集合しており、60人を超えるキャラが出演します。当然、演じているのは、それぞれの映画では主演級のスターばかり。本作は製作費が300億円前後のようですが、ギャラだけですごい金額なのかも(もっともこのシリーズでは、俳優と初めに複数の作品に出ることを前提にした契約を交わす「まとめ買い」方式だそうですが)。

これまでの10年におよぶシリーズ展開で、特にアスガルド人が地球に関わり始めて以来、何度となく「キューブ」とか「エーテル」「ロキの杖=セプター」などと、それぞれの外見上の形状で呼び名を変えつつ、騒動の原因となり続けてきた「空間(スペース)」「現実(リアリティ)」「時間(タイム)」「力(パワー)」「魂(ソウル)」そして「精神(マインド)」を司るエネルギーの結晶、「インフィニティ・ストーン」。個別の作品で常にキーとなってきたこれらの石が、ついに一つの意味に結実してきます。

六つの石を集めると無限のパワーが生まれる、という、この手のお話にはよくあるパターンなのですが、しかし、本作でそのお宝集めをしているサノスという人物の目的は、単に偉くなりたいとか、全宇宙を支配したいという権力欲で行動しているわけではありません。彼なりの哲学的な信念が熱く披露されます。ここが本作の大きなテーマです。真の主人公はむしろ、ヒーロー側ではなくてサノスというこの複雑な人物のようにも思われます。

彼の考えは、人口爆発を抑制するには、あえて人口を半減するしかない、というものです。たとえば地球人口70億人なら、35億人を滅ぼすしかない。しかしそれは無作為であるべきであって、貧富や身分、能力の差などは一切、考慮することなく、偶然に選ばれた半数の人が死ななければならない、という恐るべき思想です。

たくさんの作品の伏線を回収し、登場キャラをさばいて一本の映画にする力技には脱帽します。この脚本を練るのは大変だったでしょうが、それが非常によく出来ています。これまで主に「キャプテン・アメリカ」シリーズを担当してきたルッソ兄弟監督が、重任を見事に果たし、複雑な話のようで、ちゃんと展開が理解できます。もっとも、これまでのシリーズを全く見ていない、あるいは「アベンジャーズ」と題した作品以外は見ていない、という人はさすがに設定や人物関係が分かりにくいかもしれません。「マイティ・ソー」「キャプテン・アメリカ」両シリーズおよび、直近の作品で今作の展開にも大きなかかわりがある「ブラックパンサー」は事前にご覧になった方がよいように思われます。

サノスが求めている六つのストーンは、この作品の開始時点でどういう状況になっているか、というと、①スペース:ロキが所有②マインド:ヴィジョンが所有③リアリティ:コレクターが所有④タイム:ドクター・ストレンジが所有⑤パワー:ザンダー星の軍当局が保管⑥ソウル:行方不明…となっております。

つまり②と④が目下、地球にあるわけです。

①は元々、ソーの父オーディン王が地球に隠匿していたものを、ナチスの一派ヒドラのシュミットが悪用しますが、キャプテン・アメリカ(本名:スティーヴ・ロジャーズ)が奪取して冬眠状態に。戦後70年を経てSHIELDが武器に使用しようとした後、同組織の解体を経てアスガルドに戻りました。

②はサノスがロキを地球に送り込む際に供与した後、ヒドラの残党ストラッカー男爵の手に渡り、さらにこれを奪った人工知能ウルトロンが悪用しようとし、結局はアイアンマン(本名:トニー・スターク)の人工知能と結合してヴィジョンという新しい人格を生み出しました。

③はオーディンの父ボー王が地球に隠匿して長年、行方不明でしたが、ソーの恋人ジェーンを介して世に現れ、これをダーク・エルフが宇宙征服に利用しようと目論んだもののソーが阻止。アスガルドの女戦士シフがノーウエア星の財宝コレクターに託しました。

④はどういう経緯か不明ですが、長らく地球の平和を守る魔術結社カマー・タージが保有しており、ドクター・ストレンジが、師匠エンシェント・ワンから継承しました。

⑤はかつて、タイタン人サノスが養女ガモーラを使って手に入れようとしましたが、ガモーラの裏切りによりガーディアンズ・オブ・ギャラクシーの面々がこれを阻止しています。

⑥についても、サノスの命令でストーン探索していたガモーラがその秘密を知っている模様です。

さらに大きな動きとしては、ヒドラの残党による浸食でSHIELDが解体。東欧の国ソコヴィアを滅ぼしてしまったウルトロンとの戦いを機に、アベンジャーズが国連の支配下に入るソコヴィア協定を支持するトニー派と、協定を否定するスティーヴ派に分かれ、内部抗争が勃発。一方、アスガルドではオーディンの死を契機に、ソーの姉、最強の女神ヘラが復活し、その圧倒的なパワーによってアスガルドは滅びてしまいました。辛くもヘラを倒したソーとロキ、そしてたまたま居合わせたハルクは、アスガルドの住民と共に、新たな移住地を目指して旅立ったのですが…。

 

アスガルドの移民船が宇宙に出て間もなく、正体不明の巨大な戦艦が出現します。それはサノス(ジョシュ・ブローリン)に仕えるタイタンの戦闘部隊ブラック・オーダー(黒の騎士団)の船で、サノスと、その側近のマウ(トム・ヴォーン・ローラー)によりアスガルドの人々は虐殺されてしまいました。ヘラとの戦いで疲弊しきったアスガルドを見て、好機と考えたサノスの奇襲です。無敵を誇ったソー(クリス・ヘムズワース)やハルク(マーク・ラファロ)もサノスには歯が立たず、瀕死のヘイムダル(イドリス・エルバ)は最期の力を振り絞ってハルクを地球に転送します。ロキ(トム・ヒドルストン)はサノスを得意の姦計にはめようとしますが、手もなく倒され、スペース・ストーンがロキからサノスの手に渡りました。彼が左腕に装着しているガントレット(籠手)には、すでにザンダー星を滅ぼして入手したパワー・ストーンが輝いており、ハルクの怪力すら通用しなかったのです。

六つのストーンを手に入れれば、サノスの思うことはすべて実現できます。この無限の力を用い、宇宙の増えすぎた人口問題を解決すべく、すべての生命を一瞬で半減させる。それがサノスの抱いている恐るべき計画でした。こうして二つ目の石を獲得したサノスは、地球にマウの部隊を派遣します。

地球では、突然、地上に落ちてきて、ハルクから変身が解けたブルースを見て、カマー・タージのドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)とウォン(ベネディクト・ウォン)は異変を察知します。「最強の敵サノスが地球を襲う」と力説するブルースの訴えを重視した2人は、ちょうどその頃、長年の恋人ペッパー(グウィネス・パルトロー)と正式に婚約したばかりのトニー(ロバート・ダウニーJr.)を探し出します。今こそ最大の危機、というのにアベンジャーズは分裂したままです。しかしこの際、スティーヴ(クリス・エヴァンス)と協力するべきだと判断したトニーが連絡を取ろうとした矢先、早くもマウの宇宙船がニューヨークを襲撃します。

マウの狙いは、まずはストレンジの持つタイム・ストーンです。ストレンジ、ウォン、トニー、たまたま近くに居て加わったスパイダーマンことピーター(トム・ホランド)による激しい戦いが繰り広げられますが、ストレンジはマウに拉致されてしまいます。後を追ったトニーとピーターは宇宙船に潜入し、そのままサノスの本拠地に乗り込むことにします。

同じころ、破壊されつくしたアスガルドの移民船を、クイル(クリス・プラット)率いるガーディアンズ・オブ・ギャラクシーが訪れ、ソーを救出します。ソーから宿敵サノスが動き出したことを聞いた一行は、二手に分かれて事態に対処しようとします。まずソーとロケット(ブラッドリー・クーパー)、グルート(ヴィン・ディーゼル)はアスガルドの神器を作り出してきたドワーフ族の拠点に向かいました。ヘラとの戦いで主力武器のハンマーを喪失したソーは、手ぶらでは今のサノスに対抗できないことを痛感し、新たな武器を必要としていたのです。

クイルとドラックス(デイヴ・バウティスタ)、それにサノスに育てられたガモーラ(ゾーイ・サルダナ)たちは、アスガルド人がリアリティ・ストーンを託したコレクター(ベニチオ・デル・トロ)の元に向かいます。しかしコレクターの拠点にはすでにサノスがやって来ており、三つ目のストーンを奪われたうえに、ガモーラが連れ去られてしまいます。

ガモーラから、所在不明となっているソウル・ストーンが惑星ヴォーシアにあることを聞き出したサノスは、彼女を連れてその星にやって来ます。ヴォーシアでサノスたちを待っていたのは、意外にもかつて地球でヒドラ党の首領だったレッドスカルことヨハン・シュミット(ロス・マーカンド)でした。

地球では、2年前のソコヴィアの戦いと内部抗争の後、スコットランドに身を潜め、密かに愛を育んでいたヴィジョン(ポール・ベタニー)とワンダ(エリザベス・オルセン)を、サノスの部下が襲います。狙いはヴィジョンの頭部にあるマインド・ストーン。この石は以前、ストラッカー男爵がワンダの超能力を引き出すために使用したものでもあり、ワンダはその制御の意味もあってヴィジョンと行動を共にしていたのです。

激しい攻撃に苦戦する2人を、突如、助けに現れた面々。それはスティーヴ、ナターシャ(スカーレット・ヨハンソン)、サム(アンソニー・マッキー)でした。危機を脱したスティーヴたちは、ソコヴィア協定の取り決めでアベンジャーズを統括することになっていたロス国務長官(ウィリアム・ハート)に事情を説明し、協力を得ようとしますが、全く話になりません。ロスを見限ったローズ(ドン・チードル)も合流し、久々に戦力を整えたアベンジャーズ・チーム。スティーヴたちは、サノスにストーンを渡さないためには、まずヴィジョンからストーンを分離し、ワンダの力で破壊しようと考えます。そのための高い技術と、敵の邪魔立てを阻止できる高い武力を持っているのは、ブラックパンサーことテイ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)と、その妹の天才科学者シュリ王女(レティーシャ・ライト)、側近のオコエ(ダナイ・グリラ)がいるアフリカの王国ワカンダしかありえませんでした。こうして、サノスとの決戦の地は必然的にワカンダということに…。

 

ということで、話の大筋を把握するだけでも大変なことになってしまいます。おまけに本作は、久しぶりにSHIELDの元長官フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)や副官のマリア・ヒル(コビー・スマルダーズ)までエンディングで登場します。これだけ大物俳優を集めて、しかも、ワンシーンしかないような登場人物にも相応の見せ場を作っていく。しかし娯楽作品なので、2時間半できっちりと納める、というのが本当に見事です。

サノスという今回の中心人物の背負った業(ごう)や苦悩、また登場人物たちの愛憎、葛藤といった部分も、この制約の中で可能な限り描き出している。まことにようやるわ、という感じです。

見終わると、特にサノスとガモーラという親子の物語、それからワンダとヴィジョンの愛の物語が大きな印象を残しています。さらに、あっと驚く結末に漂う、日本人でいえば「無常観」とでも呼ぶべき感覚。娯楽作品だとかヒーローものだとかいう感想を持つ人は、まずいないのではないでしょうか。

これは掟破りだな、と思うのですが、すごいことをやるな、とも感じます。本作は、今後、2作品を挟んで、来年に公開予定のアベンジャーズとしての続編に向かって話が収束していくことになっていますが、一体、どんな結末になるのか予想もつきません。

これほど注目され、期待される中で巨大なシリーズを継続することは、製作側の人たちにとって尋常でないプレッシャーだと思いますが、確かに一作、一作が渾身の作品で、期待を裏切らないのは見事です。

そうそう。すべての世界観を生み出したマーベル社総帥のスタン・リーさんは、今回も元気にカメオ出演しています。今や95歳! 誰が超人といって、ソーでもハルクでもなく、まさにこの人こそが真の超人ですよね。

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2018年4月21日 (土)

【映画評 感想】パシフィック・リム:アップライジング

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  「パシフィック・リム
: アップライジング」Pacific Rim: Uprisingを見ました。大ヒットした2013年の「パシフィック・リム」の続編です。前作は、なんといっても日本の怪獣映画の大ファンであるギレルモ・デル・トロ監督の作家性、こだわりが強烈な主張をしている映画でした。当然、2作目も同監督がやる予定だったのですが、そこに影響を与えたのが製作会社レジェンダリーの中国映画配給大手による買収話です。この動きのために、待機作品の順番が入れ替わるなどして、製作が遅れることになり、デル・トロ氏は本作の監督を断念。製作、アドバイザーとして関与することになりました。代わって取りかかったのが、アカデミー賞13部門ノミネート、監督賞など4冠の「シェイプ・オブ・ウォーター」だったわけです。また、前作で主人公だったチャーリー・ハナムも同様の理由により、「キング・アーサー」の主演を優先することになり、このシリーズからは姿を消すことになってしまいました。

 そういう経緯もあって、一時は本作の製作が危ぶまれる向きもあったようです。しかし出来上がってみますと、何しろ最後の決戦の地は日本、それも東京です。さらに怪獣が目指しているのは富士山、というわけで、昔の日本の怪獣映画に対するオマージュの詰まった作品となりました。本当はそこに、法的枠組みの中で懸命に「事態に対処」しようとする自衛隊、といった「シン・ゴジラ」にまで連なる描写があれば、いかにも日本らしくて言うことなしですが、本作の世界観では通常の政府や軍隊・自衛隊・警察などの組織は影が薄く、専門のカイジュウ向け軍隊があるので、ここはむしろ科学特捜隊やウルトラ警備隊が活躍するウルトラマン・シリーズに似ているともいえます。

しかしまあ、東京での戦闘シーンで「住民は皆、退避した。戦闘可能!」というセリフがありまして、1200万人を超える世界最大都市、東京の住民が瞬く間に「退避」できるのか、と(笑)。「東京ナメんな!」と思うところですが、おそらく、日本の警察とか自衛隊の苦闘が、その一つのセリフで表されているのかも、と想像いたしました。

 あるシーンでは、お台場ではないようですが、都心にガンダム像が立っている描写があります。このためにちゃんとガンダムの製作会社サンライズの許諾も得ているそうで、日本人から見ても興味深い一作になりました。

 前作を支えたもう一人の主人公、イドリス・エルバはストーリー上、戦死してしまったので出られません。しかし結構、回想シーンや写真などで登場しています。その息子という設定でジョン・ボイエガが出ていて、本作の主役を務めています。「スター・ウォーズ」新シリーズで帝国からの脱走兵を演じている彼ですね。また、一作目のヒロイン、菊地凛子さんと、前作で活躍したドイツ系学者コンビの役で、チャーリー・デイとバーン・ゴーマンが再演しているのも嬉しいです。この2人、後半では真の主役というほど活躍します。実は今回のアップライジング(反乱、暴動)というタイトルは、彼らの行動にかかわっているのです。クリント・イーストウッドの子息スコット・イーストウッドと、日本の千葉真一さんの子息の新田真剣佑(あらた・まっけんゆう)さんが出ているのも注目点です。

 前作はどんな話だったかというと、2013年に突如、太平洋に姿を現した謎の巨大生物カイジュウに対処するために、各国が協力して環太平洋防衛軍PPDCを結成。人類とカイジュウの10年以上にわたる死闘が展開されました。カイジュウと戦うためにドイツで開発されたのが、適性のある2人のパイロットの精神がそろわないと制御できない巨大ロボット兵器イェーガー。最後は2025年、スタッカー・ペントコスト司令官(エルバ)らが犠牲となって、カイジュウが異世界から現れる海底の「裂け目」に至る通路を確保。そこにローリー(ハナム)と森マコ(菊地)が乗り込む旧式イェーガー「ジプシー・デンジャー」が突入し、機体を自爆させて裂け目を封鎖、2人も生還した、というものでした。

 その後、作中では明確に言及されていませんが、どうもローリーはこの時の戦闘の後遺症で病に侵され、マコを残して亡くなった、という設定のようです。

 

 それから10年がたった2035年。カイジュウが現れなくなり、人類は復興の道をたどっています。しかし、カイジュウはいつか再来するかも、という危機感は薄れておらず、PPDCも、前の戦争時にあった解散や縮小といった議論は起こらず、戦力の維持に努めています。そんな中、英雄スタッカー・ペントコストの息子、ジェイク・ペントコスト(ボイエガ)は、かつては父の背中を追ってイェーガー・パイロットになりましたが、命令違反により軍籍を剥奪され、以後は英雄の息子という名前を隠すように荒んだ生活をしています。ある日、軍の廃棄場からイェーガーの部品を盗み出そうと潜入したジェイクは、やはり部品泥棒で、独力で小型のイェーガーを組み立てたという才気溢れる少女アマーラ(ケイリー・スピーニー)と出会います。

 アマーラと共にPPDCに逮捕されたジェイクは、今や同軍の最高位、事務総長となっているマコ(菊地)から、これまでの犯罪を免除する引き換えとして、軍に復帰し、パイロット候補生の指導教官になるよう要請されます。マコは父スタッカーの養女として育てられたので、ジェイクから見て義理の姉でもありました。同時にアマーラも才能を見込まれて入隊することになり、2人はパイロット候補生の養成課程が所在する中国・モユラン基地に移されます。

 ここでジェイクを待っていたのが、候補生時代の同期ネーサン(イーストウッド)です。模範的な軍人に成長しているネーサンは、問題を起こして軍を除隊したジェイクにあからさまな嫌悪感を抱き、一触即発の図式に。一方、孤独に育ってきたアマーラも、同世代の少年少女ばかりの生徒隊の中では浮いた存在で、なかなかうまく溶け込めない様子です。

 しかしネーサンによると、意外なことに間もなくイェーガー部隊は全員、解雇されるかもしれない、といいます。というのも、中国の軍需企業シャオ産業を率いるシャオ・リーウェン社長(ジン・ティエン)が遠隔操作できる無人イェーガーの大量配備計画をPPDCに売り込んでおり、これが評議会で承認されれば、有人イェーガー部隊は必要なくなる、というわけです。しかし最高責任者であるマコは、無人イェーガーがハッキングなどで乗っ取られる可能性などを危惧して、計画の受け入れに乗り気ではない様子です。

 この件について各国代表が話し合うため、オーストラリア・シドニーでPPDC評議会が開催されます。軍の主力イェーガー「ジプシー・アベンジャー」に搭乗して会場警備することになったジェイクとネーサン。そこに突然、所属不明で誰が乗っているかも分からない謎のイェーガー「オブシディアン・フューリー」が現れ、会場を襲撃します。マコは敵を見て、それがどこで作られたものか、素性をすぐに見抜きましたが、完全な情報を伝える暇もなく、乗っていたヘリが墜落します。

 マコの情報を解析した結果、シベリアの奥地にある軍の廃工場を示していることが判明します。モユラン基地司令官チュアン将軍(マックス・チャン)の命令を受けて出撃したジェイクとネーサンは、案の定、そこに姿を現したフューリーを倒しますが、コクピットに人の姿はなく、なんとカイジュウの脳が操縦していたことが判明します。一体、誰がこんなものを作ったのか?

 そのころ、シドニーの事件を受けて、シャオ産業の無人イェーガー計画が承認され、緊急に世界中に配備されます。指揮を執っているのは、前の戦争時にカイジュウの脳とリンクし、世界を救う契機を作った科学者ニュートン(デイ)です。彼は軍を辞めて、今ではシャオ産業の技術部長となっていますが、シドニーの悲劇的な事件もビジネスチャンスと放言するシャオ社長の態度は傲慢なもの。ニュートンは、かつて共に戦った旧友の科学者ハーマン(ゴーマン)に、実は社長には無断で無人機を操作出来る仕掛けを施してある、と秘密を暴露します…。

 

 ということで、結構、込み入った話を2時間のハイスピードで驀進する感じで、割と古典的な作風だった前作とはテンポが違います。巨大ロボット「イェーガー」も、前はズシン、ズシンと鈍重に歩くマジンガーZを思わせるものでした。今回は洗練されて身軽になり、どちらかといえばエヴァンゲリオンかトランスフォーマーのような印象に。このへんはしかし、10年間の技術進歩の結果、といわれれば納得は出来るかもしれません。

 どうしても戦闘シーンがメインになるので、人間模様とか、背景とかのドラマ面は前作より雑に感じる部分もあります。もうひとひねり欲しかったな、という感じもありますね。

 日本人的に見ますと、最後にカイジュウ軍団とイェーガー部隊が戦う決戦の地、東京の描写が…これ、本当に東京? 中国語みたいな看板も多いようですが? まあ2035年ということで、相当に変わっているのかもしれません。遠景に東京タワーやスカイツリーもあって、東京を描こうとしているのは分かります。ただもうちょっと、現実の東京に似た街並みにしても良かったような気はいたします。

 それに、東京に限らず、どこの都市であってもですが、身長80メートル、重量2000トンもある巨大ロボットやカイジュウが歩き回ることは、本当に出来るのだろうか? 地盤がどんどん沈んで、泥田か雪の中を歩くように、すぐに足が抜けなくなり、身動き出来なくなるのでは、とも思います。

 それに、日本人として最も気になるのは、東京の市街地のすぐ背後に富士山がそびえているところですね。こんなに近くないよ! ほとんど山梨県あたりの街のように描かれているのがなんとも奇妙です。カイジュウは巨大だから足も速いのかもしれませんが、それにしても東京から富士山の山頂まで行くには、もっと時間がかかるようにも思います。

 とまあ、真面目に考えてしまうと、突っ込みどころは多々ある感じの作品なのですが、娯楽作品としての出来栄えは素晴らしいものがあります。謎が謎を呼ぶ序盤から、意外な急展開、そして後半の怒濤のクライマックスへ、という流れは、こういう映画のお手本のようです。強敵を前にして、決死の突撃を覚悟する少年少女ばかりの候補生部隊の姿には、胸が熱くなります。いかにも日本のこの手の映画や漫画などの作品にありそうな展開ですが、やはりいいですよ、このへんは。大画面でぜひ!

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2018年4月 8日 (日)

【映画評 感想】レッド・スパロー

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  映画「レッド・スパロー」
Red Sparrowを見ました。あの「ハンガー・ゲーム」のコンビ、フランシス・ローレンス監督とジェニファー・ローレンス主演のスパイ映画です。27歳にして4度もアカデミー賞にノミネートされ、すでにオスカー女優となっているジェニファーですが、何をやっても見事にこなしてくれる演技力は確かにすごいものです。

予告編を見て、てっきり近頃よくある「冷戦時代のソ連KGBのスパイ」の話と思いこんでいましたが、本作は、現代のロシアのスパイを取り上げているのです。しかしこの映画の描き方だと、今のプーチン体制のロシアは、かつてのソ連と全く体質の変わらない全体主義国家、という感じになっています。このへんはどうなのだろう、と思う反面、まさに今年の3月あたりから、英南部ソールズベリで起きた元ロシア・スパイの暗殺未遂事件を巡って、英国をはじめ米仏独などの西側諸国と、ロシアが外交官の追放合戦を繰り広げております。元スパイを暗殺するために、化学兵器の神経毒まで用いたのではないか、と言われており、「やはりロシアになっても体質はソ連のままなのね」と世界中に思われたのは間違いありません。

それでなくとも、ソチ冬季五輪の閉幕後、強引なクリミア併合や、アメリカ大統領選挙、英国のEU独立投票などへの干渉、国内の反政府運動への容赦ない弾圧など、ロシアのえげつない手法が徐々に明らかになって、やっぱり元KGB将校であるプーチン大統領が率いる国、相変わらずの全体主義国家なのだろう、というイメージが強まっているのは間違いないところです。ローレンス監督も「初めは現代のテーマとして観客に共感されるだろうか、と思ったが、最近のロシア情勢の変化でリアリティーが増した」ということをパンフレットで述べております。「こんなのはあくまで映画であって、実際はこんなわけないだろう」と笑い飛ばせないところが、大いに問題なのかもしれません。

 

 モスクワのボリショイ・バレエ団の新進スターであるドミニカ・エゴロワ(ジェニファー・ローレンス)。母親のニーナ(ジョエリー・リチャードソン)は病身のため身体が不自由ですが、ドミニカがスターになったため、その治療費や介護費もバレエ団が持ってくれています。

 しかしある日の公演で、パートナーのコンスタンチン(セルゲイ・ポルーニン)が大きくジャンプした後、間違って着地し、ドミニカの脚を折ってしまいます。大手術となり、当然ながら主演を降板。さらにこのままいけば、引退に追い込まれ、バレエ団も解雇されて、病気の母親を抱えたまま路頭に迷うことになってしまいます。

窮地に立ったドミニカに、今まで疎遠にしていた亡き父の弟ワーニャ・エゴロフ(マティアス・スーナールツ)が声をかけてきます。彼はロシア情報庁(旧ソ連の情報部KGBの後身組織)の副長官にまで出世していました。叔父エゴロフは、政権にとって邪魔になっている有力政治家ウスチノフ(キルストフ・コンラッド)が、元々、ドミニカの大ファンであることを利用し、これに色仕掛けで近寄るようドミニカに命じます。その引き換えに母親の面倒は国家が保証する、と約束するので、ドミニカは断れなくなります。

 叔父の指示通りにウスチノフに接触したドミニカは、ホテルで強引にレイプされかけますが、寝室から護衛を退室させ油断したウスチノフは、その場で暗殺されてしまいます。叔父の強引なやり口にドミニカは怒り、口封じのために殺されることを覚悟します。実際、情報庁のザハロフ長官(キーラン・ハインズ)はドミニカを処分するよう命じますが、エゴロフは姪に優れたスパイの才能があることを見抜き、諜報部門の責任者コルチノイ大将(ジェレミー・アイアンズ)に、ドミニカをスパイとして養成するよう推薦します。

 こうしてドミニカは、秘密のスパイ養成所に送り込まれますが、そこは厳格で冷徹な女性監視官(シャーロット・ランプリング)の指導の下、相手の心理を手玉に取り、あらゆる手段を講じてハニートラップを仕掛けるスパイ「スパロー(雀)」の養成学校でした。

 厳しい訓練に耐えたドミニカを、エゴロフは呼び戻します。彼が与えた任務は、アメリカに情報を流しているロシア高官の内通者を探り出すことでした。彼女はブダペストに飛び、ロシア側の内通者と接触しようとしているCIA諜報員ナッシュ(ジョエル・エドガートン)に接近します。さて、CIAに内通しているロシア側の人物とは誰なのでしょうか…。

 

 といった展開ですが、「現代のロシア」と言われても、どうしても「冷戦時代のソ連」に見えてしまう陰湿な雰囲気、独特の重い空気感が見事です(ロシアの人が見たらどう思うのでしょうか)。そして、出ている主要キャストにほとんどロシア系の人はいないにもかかわらず、使っている言語も英語であるにもかかわらず(とはいえ、かなりロシアなまりの英語にしているようですが)見事にロシアに見えます。

あのジェニファー・ローレンスがロシア人のスパイ役? と初めに聞いたときは若干の違和感を覚えたわけですが、実際に見ると、陰のある本物のロシア人に見えてしまいます。冒頭ではボリショイ・バレエ団の花形スターという役なので、かなり長い時間、実際にバレエを演じて見せていますが、これもレッスンが大変だったそうです。また、スパイ養成所や、実際のスパイ活動のシーンとなると、役柄から何度も全裸になる必要がありました。こういう作品は初めてだったそうで、気迫の体当たり演技です。Photo_2


ここでちょっと私らしく、「軍装史研究家」らしいことを書きますと、本作ではプーチン政権下で導入されたロシア軍のM2008制服が多数、登場します。コルチノイ将軍が着ている緑色のジャンパー形式の略装や、最後にドミニカが受勲するシーンで軍人たちが着ている青緑色のM2008パレード装などは大いに目を引きました。この場面で、ドミニカは少尉の肩章を付けており、正規の将校として任官したようですね。さらに、左の胸に小さな金色の星型の勲章を付けていますが、これは旧ソ連の「ソ連邦英雄」制度を引き継ぐ「ロシア連邦英雄」という称号を示すものです。一見するとごく小さな勲章ですが、実はロシアにおいて最高位の栄典です。これを受勲すると、年金が高額保証され、医療費や家賃、光熱費、鉄道などの交通機関は無料、スポーツ観戦や観劇なども特別優遇されるなど、破格の待遇を受けます。その受勲式の直後のシーンでドミニカは、古巣であるボリショイ劇場の貴賓席に座っていますが、これも英雄としての待遇を示しているのだろうと思います。きっと彼女の栄典で、病気のお母さんも安泰となったことでしょう。

バレエのシーンでドミニカのパートナーを演じているのは、世界的なバレエ・ダンサーのセルゲイ・ポルーニン。この人は「オリエント急行殺人事件」にも出ていましたが、これから映画界にも本格的に進出してきそうです。

 恐ろしい女性将校の役にシャーロット・ランプリングというのも適役ですね。「愛の嵐」でナチス収容所の女性役で有名になったこの人には、確かに制服とか、収容所といったイメージがつきまといます。ことさら恐ろしげにしないでも、任務とあれば顔色一つ変えないでどんな残酷な行為でもしてみせそうで、そこが怖いですね。

 叔父エゴロフ役のスーナールツという人が、どうも若い頃のプーチン氏に似ている感じがしてなりません。実際、そういうイメージなのでしょうか。微笑んでいても目が笑っていない、裏と表だらけの、全く信用できない人物、という雰囲気が漂っています。

 エゴロフの上司ザハロフについて、字幕で「ザハロフ参謀」とありましたが、あれは誤訳ではないでしょうか? Chief Zakharovと原語では言っていましたが、これは英語でChief of staffが「参謀長」なので、そこから類推して「参謀」としたのかもしれません。しかし、Chief of staffChief(チーフ)は「長官」、staff(スタッフ)が「参謀」の意味ですから、チーフだけなら参謀という意味はどこにもなく、組織の長という意味合いしかありません。よってここは「ザハロフ長官」とするべきだと思われます。

 この話、ドミニカがスパイ学校に強制的に入れられるまでの展開もいろいろ刺激的なのですが、彼女がスパイとなってブダペストに乗り込んでからは二転三転して、最後はあっと驚く結末に到達します。実にスリリングです。相手をはめてやろう、というスパイばかりが登場してきますので、主人公を始め、誰が本当のことを言っているのかさっぱり信じられない感じになってきます。

 007のような活劇と違い、派手なカーチェイスや撃ち合いはなく、中心になるのは人目に付かない心理戦とハニートラップと、拷問、暗殺です。原作者ジェイソン・マシューズはCIAに長年、勤務した人で、原作小説『レッド・スパロー』はアメリカ探偵作家クラブが主宰する権威ある文学賞、エドガー賞の「2013年長編小説新人賞」を受けています。

話の雰囲気が現代よりも少し前の時代のように感じるのは、おそらく原作者の現役時代を反映しているからで、今現在の諜報員はもっとIT系、デジタル系の任務が多いのでは、という気がしますが、それにしても、スパイという仕事の日常を描くディテールの生々しさが印象に残る一作でした。

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2018年4月 7日 (土)

【映画評 感想】ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男

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  映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」
Darkest Hourを見ました。アカデミー賞で6部門ノミネートされ、主演のゲイリー・オールドマンが主演男優賞、そして特殊メイクを担当した日本の辻一弘さんがメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いたことで、一躍、日本でも注目作品となりました。オールドマンは全くチャーチル首相に似ていないので、辻さんがいなければ決して出来なかった映画、ということですね。

重厚な大河戦争ドラマかと思う方もいるかもしれませんが、これは第2次大戦初期の1か月ほどの出来事を描いており、その間の英国首相チャーチルを中心とした人間ドラマを軸としています。脚本が「博士と彼女のセオリー」のアンソニー・マクカーテンということで、非常に感動的な物語に仕上がっているのが見事。映画館では泣いている人もかなりいらっしゃいました。終盤の盛り上げ方は素晴らしいです。

チャーチル首相と言えば「理想の政治家」といったアンケートで必ず首位を争う人物で、世界史に残る大政治家です。しかしその名声の高さゆえに、従来、チャーチルとは要するに「英国の強いリーダー」という印象しかなかったのではないでしょうか。

しかし、初めから完成された強い指導者、などいないわけで、本作はむしろチャーチルがいかに指導者として成長していったか、を描いています。194059日にチェンバレン首相が辞任してチャーチルが後継に指名され、64日に有名な「決して降伏しないNever surrender!」演説をして、挙国一致でナチス・ドイツと対決する体制を固めるまでの1か月間。しかしこれが簡単なことではなくて、この間にフランスは敗北し、ダンケルク海岸で30万人に近い英国陸軍は全滅寸前。ナチス軍の勢いに押され、浮き足だった英国内では講和を唱える声も強かったわけであります。ここで国民が団結したのは、チャーチルという指導者が現れたから、なのですが、そんな彼にしても、後になってこの時期を「最も暗い日々」Darkest Hourとして回顧したほどでした。

いわば、この1か月が、本当に歴史が変わる可能性があった時期でした(ヒトラーから見れば、この1か月こそ唯一の勝利のチャンスだったといえます)。事実、後になってヒトラーの側近、ゲッベルスは「チャーチルさえいなければ、英国はとっくに降伏して、第2次大戦は終わっていたのに」と言ったそうです。ここでまず英国を倒し、それから日本と協力してソ連を攻める。その間、アメリカが参戦しなければ放置し、必要なら最後に孤立したアメリカを日本軍と挟み撃ちする、といった手順で行けば、ヒトラーの野望は決して絵空事だったわけではありません。その意味で、邦題はちょっと作品の内容と合っていないのでは、という評もあるようですが、歴史的に正しいものともいえるでしょう。

前に、ヒトラーの第三帝国の崩壊と死を描く「ヒトラー最期の十二日間」という映画がありましたが、それに応じてみると、本作は「チャーチル最初の二十七日間」ということになります。そして前者では、ヒトラーの元にやってきた新人秘書ユンゲは、ヒトラーが親切で穏やかな紳士であることに驚くわけですが、やがて総統の狂気と冷酷さという本質に触れていき、彼が自らの帝国を投げ出すところを目撃します。一方の本作では、チャーチルの元にやって来た新人秘書のレイトンが、チャーチルの怒声に脅えて泣き出すところから始まります。しかし、イヤな親父だったチャーチルは、徐々に人々の尊敬を勝ち得て国王からも信任され、ついに英国宰相として人々の民心をつかんでいきます。こう見ると、非常に好対照な2作品であるように思えてきます。

 

 1940年5月、ナチス・ドイツ軍は電撃的に西方作戦を展開し、ベルギーは降伏。フランスも風前の灯火という状況に陥りました。長年にわたって、ドイツ総統ヒトラーに対し宥和政策をとり、その侵略行為を黙認してきた英保守党のチェンバレン首相(ロナルド・ピックアップ)は弱腰外交と批判され、求心力を失いました。

 挙国一致の戦時内閣を組閣することに賛成した労働党のアトリー党首(デヴィッド・ショフィールド)は、条件としてチェンバレンの退陣と、それに代わる「強力なリーダー」の擁立を要求。閣内では現役の外相であり、国王ジョージ6世(ベン・メンデルスゾーン)の友人でもあるハリファックス卿(スティーヴン・ディレイン)を首相に待望する声が高まりますが、彼は慣例的に組閣できない貴族院議員であり、就任を辞退します。

 国民と野党から人気が高かったのは、一貫して反ヒトラーを唱えてきた海軍大臣ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)ですが、彼は第1次大戦時にも海相としてガリポリ作戦を立案し敗北。その後、蔵相として金本位制に失敗し、第2次大戦では北海での作戦行動で海軍部隊の多くを喪失しており、おまけに大酒飲みの浪費家で、与党の保守党内では全く信任されていませんでした。国王も、兄で先代のエドワード8世(後のウィンザー公爵)がアメリカ人女性シンプソン夫人と結婚して退位する際、チャーチルがその結婚を後押ししたとして、嫌悪感をチャーチルに抱いている始末でした。

 こうして四面楚歌の中、組閣を命じられるチャーチルの元に、新人の女性タイピスト、エリザベス・レイトン(リリー・ジェームズ)がやって来ますが、発音が聞き取りにくく、気難しいチャーチルに脅えて泣き出してしまいます。それを優しくなだめたクレメンティーン・チャーチル夫人(クリスティン・スコット・トーマス)は、「嫌われ者でなく、誰からも愛される首相になってほしい」と夫を諫めつつ励まします。

 英国首相となったものの、与党の支持をつなぎ留めるには、閣内に政敵の前首相チェンバレンや、ハリファックス卿を入れないわけにはいかず、ドイツとの早期講和を望む声が絶えません。味方と言えば側近の陸軍大臣イーデン(サミュエル・ウェスト)だけでした。

 ここでチャーチルと英国にとって最大の危機が訪れます。フランス軍が壊滅し、大陸に派遣した30万人近い英国陸軍の主力がダンケルク海岸に取り残され、帰国出来なくなってしまったのです。これを救出するために、アメリカのルーズベルト大統領(声:デヴィッド・ストラザーン)に駆逐艦の譲渡を要望しますが、米国内の反対の声が強く却下されます。首相付き軍事顧問のイスメイ大将(リチャード・ラムスデン)はフランス作戦の敗北を宣言し、戦闘機総監のダウディング空軍大将(アドリアン・ラウリンズ)は航空部隊の本国撤収を強く要求します。ハリファックス卿の元にはイタリア首相ムッソリーニから和平調停の提案があり、一挙に流れはドイツとの講和に傾きます。

ある深夜、名案が閃いたチャーチルは、旧知のドーバー海峡管区司令官ラムゼー海軍中将(デヴィッド・バンバー)に電話を掛けます。それは、第2次大戦初期の転換点となったダンケルク撤退作戦「ダイナモ」を指示するものでしたが、これが上手くいくかどうかは全くの未知数で、危険な博打のようなものでした。

高まる講和論の中で半ば絶望し、疲弊しきったチャーチル。彼の私室に深夜、一人の来客が訪れます。それは全く思いがけない人物でした…。

 

 それにしてもゲイリー・オールドマンのチャーチルがぎょっとするほど感じが出ています。目が本物より優しい感じですが。ストライプのスーツは、実際にチャーチルが愛したロンドンのテーラー、ヘンリー・プールで仕立てたそうです。そして、チャーチル独特の声、癖が強いしゃべりを完全にものにしています。物まねというのではなく、史実にないようなシーンあるいは想像したシーンでも、本人ならきっと、こういう時はこうしゃべるだろう、という意味での演技力です。これだけやれば、ゲイリー本人と、メイクの辻さんにオスカーがもたらされたのも当然と思えます。

 その他の実在人物も、かなり本物に似ているのです。チェンバレンやイーデン、アトリーなども非常に似ています。あまりルックスを似せることに熱心でない史劇も多いのですが、本作は明らかに一見して再現している、という要素を追求しています。この辺は、「アンナ・カレーニナ」のときも見る者を驚かせた凝りに凝ったカメラワークと共に、当代きっての映像派で、史劇を得意とするジョー・ライト監督のこだわりなのでしょう。

 新人タイピスト役のリリー・ジェームズもいいですね。「シンデレラ」で一躍、大スターの仲間入りをした人ですが、気品のある雰囲気が古風な役柄に実に似合う人です。深刻になりがちな内容の中で、この人のはつらつとした演技が大いに救っています。彼女が演じたエリザベス・レイトンも実在した人物です。

 国王役のベン・メンデルスゾーンは近年、色々な作品で活躍していますが、近作で言えばスター・ウォーズ・シリーズの「ローグ・ワン」で演じた、帝国軍技術将校の役でしょう。今回は「英国王のスピーチ」の主人公で、コリン・ファースの当たり役となったジョージ6世ということですが、今作ではすでに例の吃音を乗り越えた後なのでしょう、堂々たる君主として、そして初めはウィンザー公の一件もあって毛嫌いしていたチャーチルを強く支持する指導者として、いい味を出しています。この国難の時期に、チャーチルと並び、もし国王がジョージ6世でなく、ウィンザー公ことエドワード8世のままであったら、やはり歴史はどうなっていたか分かりません。エドワード8世は親ナチス的な言動を公然としていた国王で、もしナチスが英国を支配下に置いたら、ヒトラーはウィンザー公を国王に復位させただろう、と言われています。

 それにしても、昨年はクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」という映画もヒットしたわけですが、あの作品で登場した凄惨な戦闘をしている時に、司令部や議会では、本作で描かれたようなやり取りがあり、指導者たちも四苦八苦していた、ということが分かると一層、興味が深まります。英国において、この緒戦の苦しかったダンケルク戦の時期が再び注目されているのはなぜなのでしょうか。EU離脱が決まり、国際的孤立と、国内世論の分断が深まっていく英国で、何かこの時期と、それを指導したチャーチルからヒントを得たいという願いが出てきているのかも知れません。確かにチャーチルは、大局を見通す信念の人で、長いものに巻かれない人、安易な人気取りに迎合しない人です。そのために、戦争の末期には選挙に敗れ、政権を労働党のアトリーに譲ることになります。

 チャーチルは独裁者から民主主義を守り抜こうとして戦い、そして民主主義によって政権を追われたわけです。まことに色々と考えさせられる一本でした。

 

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2018年3月 5日 (月)

【映画評 感想】空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎

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  映画「空海
-KU-KAI- 美しき王妃の謎」Legend of the Demon Cat(中国語原題:妖猫)を見ました。日中合作の歴史ファンタジーですが、まことに見事な映像美。ハリウッド映画にも負けないゴージャスな映画が出来ました。何しろ製作費は10億人民元、つまり160億~170億円に相当します! 予算としては並みのハリウッド作品を凌駕するレベルです。

 原作は夢枕獏先生の小説『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』。10年以上も前にこの小説を読んで惚れ込んだチェン・カイコー監督が映画化したものです。

 美術準備で2年、セット造りに4年間もかけた、という大作で、撮影現場を訪れた夢枕先生も長安の都を再現した町並みの素晴らしい出来栄えに、つい感涙を催したそうです。

 原作小説は、あの弘法大師・空海が、一緒に遣唐使として中国に渡った橘逸勢(たちばなのはやなり)と共に、唐王朝の皇室にかけられた呪いの謎を解いていくファンタジー・ミステリーです。いわばこの2人がホームズとワトスンなのですが、映画化に当たり、この作品の相棒コンビは、空海と、同時代に活躍した大詩人・白楽天(白居易)に変更されました。日中合作ですので、そこは素晴らしいアイデアだと思います。空海が長安にいた時期(804806年)に、白楽天は官途に就いていたそうですから、全くありえない顔合わせではないのですね。彼が地方官となって赴任先で806年に発表したのが、代表作の「長恨歌(ちょうごんか)」で、映画の中でもこれが重要なカギを握ります。

 まだ全く無名の留学僧と、こちらも全く世に出ていない詩人。やがて歴史に名を残す日中の若い2人が、当時世界最大の国際都市、長安でこんな日々を送っていたのかも、と思うと楽しくなります。

 史実からかけ離れている点も多々あります。特に目立って史実と相違しているのは、9代皇帝・玄宗以後の皇帝の年代が、史実の皇帝と合わない点で、実在の10代皇帝・粛宗は、玄宗とほとんど同時期に亡くなっています。史実において、空海が唐にいた時期、805年に亡くなった徳宗皇帝は第12代、その跡を継いだものの、在位わずか半年でその年のうちに亡くなった順宗皇帝は第13代にあたり、この皇帝の相次ぐ急死事件が、本作のモデルとなったと思われます。原作小説では史実通りの皇帝が登場するのですが、映画では、急死したのが玄宗のすぐ後の10代皇帝、そして後を受けた11代皇帝も病気になる、ということにしており、具体的な名前を出さないようにしています。

こういった部分は、あくまで娯楽作品ですので、おおらかに楽しむべきものでしょう。

 

唐の時代の長安。日本から遣唐使としてやってきた学僧・空海(染谷将太)は、皇帝の謎の死に立ち会います。それは明らかに呪殺とみられましたが、役人たちは皇帝の死因は風邪として片付けてしまいます。しかし、皇太子も病に伏し、役人たちは困り果ててしまいます。

同じ頃、皇帝を守る禁軍(近衛兵)の将校、陳雲樵(チン・ハオ)の妻、春琴(キティ・チャン)のもとに人語を操る黒い妖猫が出現します。

役人から皇帝の死の原因を突き止めるように求められた空海は、官を辞したばかりの詩人・白居易(ホアン・シュアン)と知り合い、2人で陳が豪遊している遊郭街に乗り込みます。そこで陳雲樵は恐ろしい化け猫に襲われ震え上がります。さらに彼の屋敷では、妻の春琴が完全に化け猫に取り憑かれてしまいました。妓楼で、新入りの妓生・玉蓮(チャン・ティエンアイ)にかけられた呪いを見事に解いた空海を見込み、陳雲樵は化け猫退治を空海に依頼します。

陳の屋敷で化け猫と対決した空海と白居易は、この化け猫が、陳の父で、やはり禁軍の幹部だった陳玄礼の手により、生きたまま埋められたことを恨み、この家にたたっている、と説明。しかし話はそれだけではなく、陳玄礼が関与した30年前の事件、先々帝の玄宗(チャン・ルーイー)の后、楊貴妃(チャン・ロンロン)の死に原因があることが分かってきます。黒猫はかつて玄宗皇帝の飼い猫であり、その後、化け物となったのだといいます。

白居易はこの時、後に彼の代表作となる「長恨歌」を書いていました。玄宗と貴妃の悲恋を描いた詩ですが、化け猫はどうも、その内容が事実と反する、と言いたいようです。

2人は、楊貴妃の侍女だった老婦人から、玄宗時代の宮廷に仕えた日本人、安倍仲麻呂(阿部寛)が楊貴妃の死の現場に立ち会っていた事実を知り、その側室であった白玲(松坂慶子)の元を訪ねます。彼女の元に残されていた仲麻呂の日記には、30年前の驚くべき真相が書かれていました。すべては玄宗が貴妃を大衆に披露した大宴会「極楽之宴」の夜に始まったというのです。

そこには皇帝と貴妃、仲麻呂のほかに、玄宗に仕えた妖術師の黄鶴(リウ・ペイチー)と、その弟子の白龍(リウ・ハオラン)、丹龍(オウ・ハオ)、後に貴妃の死にかかわる玄宗の最側近の宦官・高力士(ティアン・ユー)、大詩人の李白(シン・バイチン)、さらに、この宴会から10日後に反乱の挙兵をする将軍・安禄山(ワン・デイ)の姿もありました。全ての役者はそろっていたのです。そして、一体、誰が楊貴妃を殺害したか。

謎が謎を呼んで結末へと話は進みます…。

 

ということで、展開としてはまさに典型的なミステリーなのです。謎解きです。夢枕先生の代表作「陰陽師」を思わせるような、けれん味たっぷりの呪術合戦というのは意外に少なくて、むしろ若い2人が楊貴妃の死の真相にいかに迫っていくか、というところがスリリングに描かれています。これが非常に面白いです。

豪華極まりない映像と共に、音楽は「パイレーツ・オブ・カリビアン」など多くのハリウッド大作に名を連ねる名匠クラウス・バデルトが担当。さらに主題歌として、アニメ映画「君の名は。」の音楽でも知られる日本のバンドRADWIMPSが作った「Mountain Top」が使用されていますが、これがまた作品の世界によく合っています。

空海という人は、今では織田信長と並んで「どんなファンタジーやSFにしても許される怪人物」でしょう。そんなビッグネームを映像化するには、娯楽作品であればこそ、これだけの巨額の予算と大仕掛けが必要だった、という気がします。これぞ大スクリーンでみたい一作、というものでした。

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2018年3月 4日 (日)

【映画評 感想】ブラックパンサー

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  映画「ブラックパンサー」
Black Pantherを見ました。マーベル・シリーズの通算18作目にあたります。

ブラックパンサーといえば、数あるマーベル・コミックのヒーローものの中でも、かなり異色の作風で知られています。黒人のヒーローという点だけでなく、ヒーロー本人が単なる武闘派の戦士であることが許されず、一国の元首であり、民族の代表者であり、国際的な有名人である、つまり無責任な生き方が許されない制約がある、という要素です。

「マイティ・ソー」の主人公ソーもアスガルドの王位継承者なのですが、こちらはあまり責任感がなく、むしろモラトリアム期間を好んで続ける内に、弟のロキに王位を脅かされるような描き方でした。しかし、ブラックパンサーというのは、単なる強いヒーローの名ではなくて、そもそもが「ワカンダ王国の元首」であり「ワカンダ国軍の最高司令官」の別名であって、代々の王位継承者に世襲される称号です。肩に担う重責、がこのヒーローの大きな特色で、本作でもその点が非常に魅力的に描かれています。

本作は、「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」および「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」からつながるお話になっています。

悪徳商人クロウ(アンディ・サーキス)が横流しした希少な万能金属ヴィブラニウム。これまで、ごく少量のこの金属がキャプテン・アメリカの楯に使用されただけでしたが、クロウの暗躍により、アイアンマンの起動した人工知能ウルトロンが悪に目覚めてヴィブラニウムを手にし、世界を破滅の淵に追い込みました。アベンジャーズ・チームの活躍で危機は去ったものの、戦闘により東欧の小国ソコヴィアが滅亡。この悲劇を繰り返さないため、国連はソコヴィア協定を結び、ヒーローたちを国連の管理下に置こうとします。

しかし、この協定が締結される会議場で演説中だったアフリカの小国ワカンダの国王ティ・チャカ(ジョン・カニ)が爆殺され、王太子ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は涙に暮れました。その後、アベンジャーズは協定拒否を唱えるキャプテン・アメリカ派と協定受け入れを主張するアイアンマン派の内部抗争に発展。また、ソコヴィア軍諜報部出身のジモ大佐による復讐劇として、キャプテンの旧友バーンズ軍曹が洗脳を受け、国王暗殺を実行させられたことで、ティ・チャラことブラックパンサーも、このヒーローたちの戦いに介入することになった…というのがこれまでのお話でした。

 

そして本作です。実はこの幻の金属ヴィブラニウムは、アフリカの発展途上国として知られるワカンダに多量にあったのです。はるかな古代、ワカンダに飛来した隕石にはこの夢の金属が大量に含有しており、ワカンダの主要部族は、山の上に引きこもったジャバリ族を除き、一人のリーダーを国王=ブラックパンサーとして擁立し、国家を樹立しました。

以来、この金属の能力を引き出したワカンダ人は、世界のレベルを数世紀も上回るような超ハイテク技術を生み出しましたが、対外的にはその技術を隠し、鎖国を保って秘密を保持。その後の世界の混乱や荒廃に背を向け、一国だけの繁栄を楽しんできたのです。

やはり鎖国政策をとってきたティ・チャカ国王も、治世の後半になってから積極外交を開始し、ソコヴィア協定をまとめるために中心的な働きをしたのですが、そのために暗殺されたのでした。

父の死を受け、王位に就くべくワカンダに帰国した王太子ティ・チャラは、母親の王妃ラモンダ(アンジェラ・バセット)、妹で天才的科学者でもある王女シュリ(レティーシャ・ライト)、忠実な国王親衛隊の司令官オコエ将軍(ダナイ・グリラ)、そして長い間、会えなかった幼馴染みのナキア(ルピタ・ニョンゴ)と再会します。

伝統的に、この国の国王が即位するためには、王国を構成する各部族から承認をとる必要があります。他の諸部族が形式的に「王位への挑戦権を放棄する」と宣言する中、長きにわたり交流断絶の状態にあったジャバリ族の長エムバク(ウィンストン・デューク)が突然、姿を現し、ティ・チャラに王位をかけた挑戦を求めます。長老ズリ(フォレスト・ウィテカー)が見守る中、両者は激闘を繰り広げ、ティ・チャラが辛くも勝利しました。

国王となったティ・チャラは、ロンドンの大英帝国博物館から、長年、死蔵されていたヴィブラニウムの金属器が盗難されたことを知ります。犯人は、ワカンダにとってヴィブラニウムの闇取引をする仇敵であり、前国王の死の原因を作った悪徳商人クロウでした。

クロウは韓国・釜山の闇市場で、ヴィブラニウムを売ろうとします。ティ・チャラはナキアとオコエを伴い、闇市場に乗り込みますが、そこにはクロウを追ってきたCIA捜査官で、ティ・チャラとは以前から顔なじみのエヴェレット・ロス(マーティン・フリーマン)の姿がありました。期せずして乱闘が始まり、壮絶なカーチェイスを釜山の街中で繰り広げた後、ロスはクロウを逮捕します。しかし、すぐにクロウの手下エリック(マイケル・B・ジョーダン)が現れて、クロウを救出してしまいます。

この時の戦闘でナキアをかばって瀕死の重傷を負ったロスを、ティ・チャラはワカンダに運ぶことにします。しかし、クロウを取り逃がした上、アメリカの捜査官を連れ帰ってワカンダの秘密を危険にさらすティ・チャラのやり方に、これまで王家を支えてきたボーダー族の族長ウカビ(ダニエル・カルーヤ)は激しく失望します。

そんな中、思わぬ男がワカンダ国境に一人、やって来ました。ウカビの前に現れたのは、クロウと共に姿を消した、あのエリックでしたが、それから事態は思いもよらぬ展開に…。

 

といったことで、かなり複雑なお話なのですが、よくよく構成された脚本で、非常に分かりやすく出来ております。しかも、こういう映画にありがちな、先を急いで急テンポで話をすっ飛ばす感じもなく、たとえば息子と亡き父親の情愛あふれる描写とか、その他の人物たちの愛憎や歴史的背景、肉親同士の屈折した想い…といったところが、しっかりと描かれて、人間ドラマとしても非常に秀逸なのが素晴らしい。ヒーロー・アクションものとして片づけるのはもったいない重厚なドラマ性があります。

アンディ・サーキスとマーティ・フリーマンという「ホビット」コンビの2人以外はほとんどの配役がアフリカ系の役者、という特異な作品ですが、日本人の目から見ても、そこが全く自然な展開として受け取れるのは見事です。とりわけ、久しぶりにモーション・キャプチャーでなく、顔出しで怪演するサーキスが本当に楽しそうです。「スター・ウォーズ」でこちらもモーションでしか登場しないルピタ・ニョンゴもたっぷり、生の姿で見られます。映像の素晴らしさは言うまでもありません。

そうそう、マーベル総帥スタン・リー(なんと95歳!)は本作でも元気に出演。セリフも長く、カメオという感じではなくて堂々の演技を見せています。半世紀以上も前の1966年(つまり昭和41年)に、ブラックパンサーの原作を創造した御大が、ついに映画化がかなったうえに自ら出演する、というのは考えてみると凄いことですね。

監督はライアン・クーグラー。あの「ロッキー」シリーズの最新作「クリード チャンプを継ぐ男」を監督した人です。そして、本作でエリック役のマイケル・B・ジョーダンはロッキーの親友アポロの息子クリード役として主演した人ですね。親子の情愛と継承、友情と裏切り、そして王位をかけた挑戦と、敗者の復活…実は本作では、このロッキー・シリーズの持ち味が効果的に生きているような気もしてきます。いつものマーベルものと異なるスポ根的な雰囲気は、そのへんかもしれません。

実に「充実の一本」ですね。見応え十分です。

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2018年3月 3日 (土)

【映画評 感想】シェイプ・オブ・ウォーター

ギレルモ・デル・トロ監督の話題の映画「シェイプ・オブ・ウォーター」The Shape of Waterを見ました。アカデミー賞の多くの部門にノミネートされ、「パンズ・ラビリンス」以来の傑作という呼び声も高い一作です。

「パシフィック・リム」のような娯楽大作から「クリムゾン・ピーク」のようなホラーまで手がける同監督ですが、なんといっても得意技と言えばクリーチャーもの、でしょう。モンスター、怪物が出てくるファンタジーはこの監督ならではの持ち味です。Photo


そして当然、デル・トロ監督ですから、容赦のない残酷な暴力シーンや性的なシーンも出てきます。それから1962年という冷戦期の時代背景から、繁栄しつつも狂気にとりつかれつつあるアメリカの暗部も暴き出されます。人種差別に女性差別、障害者差別、同性愛者差別、疑心暗鬼、表面的な虚飾の裏にある惨めな現実。かなりえげつない描写がある、という意味で大人の映画です。しかし、お話としてはおとぎ話のようであり、SFファンタジーでもあり、モンスター映画であるとともに、なんといっても恋愛映画でもあります。

 

1962年、アメリカ・ボルチモアの宇宙研究センターで働く清掃員のイライザ(サリー・ホーキンス)。声を出せない彼女の数少ない理解者は、アパートの隣人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンズ)と、同僚のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)だけでした。ジャイルズは定職を失った売れないイラストレーターで、さらに当時、差別の対象だった同性愛者。ゼルダは貧しい黒人女性で、いつも夫に対する不満を愚痴っています。

そんなイライザの地味で変化のない日常は、突然、破られます。ホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)が研究所に秘密裏に持ち込んだのは、アマゾンで捕獲された水生生物、半魚人(ダグ・ジョーンズ)でした。この生物を管理しているのは軍部出身の高圧的な男、ストリックランド(マイケル・シャノン)で、さらにその上にあって全権限を持つのは、軍部の最高位にある大物、ホイト空軍元帥(ニック・サーシー)でした。

やがてイライザは、その生物が高い知性を持ち、意思の疎通が出来ることに気付きます。水中にいる彼は、声を発しないイライザを障害者であるとは認識していない。そのことがイライザに安らぎを与えるのです。

しかし、初めから面倒な案件を早く片づけて、ワシントンに栄転したい、と願うだけのストリックランドは、生物を激しく虐待した上に、指を食いちぎられてしまいます。彼はホイト元帥に、生物を手っ取り早く殺して解剖し、宇宙での活動に必要な臓器の秘密を手に入れて、ソ連に先んじて宇宙計画を成功させよう、と進言します。

それを知ったイライザは、それまでの人生で発揮したことのない勇気を振り絞り、生物を助け出すことを決意します。手伝うように求められたジャイルズは、初めは怖気づくのですが、「彼を助けないなら、私たちも人間ではない!」というイライザの悲痛な訴えを聞き入れ、救助に加担。たまたま巻き込まれたゼルダも、見るに見かねて参加します。

そればかりか、意外なことにホフステトラー博士も、別の事情もあってイライザを助け、生物の救出作戦は成功します。生物はしばらくイライザのアパートに匿うことになりますが、まんまと生物を奪われたストリックランドは面目を失い、ホイトから「36時間以内に解決しなければ、お前は用済みだ」と冷たく言い放たれ、何が何でも犯人を突き止め、生物を始末しなければならなくなります…。

 

というような展開ですが、大筋のストーリーだけ見ると案外、あっさりしていますけれど、実際の描写は(ゴージャスな映像と相まって)非常に濃厚です。

特に「60年代の強いアメリカ」を体現するような白人男性ストリックランドは、虚栄心と性欲と暴力と差別の塊のような男として描かれています。そこに心優しく傷つきやすい同性愛者ジャイルズ、さらに繊細なイライザといった人物が対置され、おおらかだが芯の強いゼルダがお話を陰惨なものにしないように中心にいる、といった構図が見事ですね。

この映画は一種のおとぎ話であり、1962年の昔話であると同時に、明らかに「今の時代」を比喩的に風刺しているのですが、そういう背景を抜きにしても、イライザと生物との特殊な、しかも普遍的な「愛の形」は美しい。

どの出演者にとっても、非常に難しい役作りが求められた作品だと思います。これをまとめ上げて、ああいう演技を引き出したデル・トロ監督はやはり奇才です。計算され尽くした映像美と、残酷な描写と、美しいおとぎ話。読んではいけない怖い昔話、のような味を映画というフォーマットで作り込んでくる。やはり唯一無二の才能でしょうね。

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2018年2月24日 (土)

【映画評 感想】グレイテスト・ショーマン

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 映画「グレイテスト・ショーマン」
THE GREATEST SHOWMAN を見ました。ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル作品で、楽曲担当はペンジ・パセックとジャスティン・ポールのコンビ。あの「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞とグラミー賞、さらに別の舞台作品でトニー賞も受け、まさに破竹の快進撃をみせている2人です。

確かにこの作品、音楽が素晴らしい。1時間45分の間、オリジナル・ナンバー9曲が連続でつながり、ほとんど立て続けに時間を埋め尽くしております。ミュージカル映画でも、普通のお芝居がかなり入る作品がありますが、本作は、音楽とダンスシーンが中心となるタイプです。これがどの曲もどの曲も、素晴らしい完成度。全曲をシングルカットしてもいい感じです。実際、この映画のオリジナル・サントラは並み居るヒット曲を押しのけ、全米及び日本のチャートで1位をとる快挙を見せており、中盤で歌われる「ディス・イズ・ミー」はアカデミー賞にノミネートされております。

 本作で取り上げているのは、アメリカのショービジネス界で伝説の巨人とされ、史上初めてサーカス興行を行ったフィニアス・テイラー・バーナム(18101891)の半生ですが、正確な伝記ではなく、史実をベースとして創作されたストーリー、とされています。とはいえ、基本的にはバーナムの実人生をかなりなぞっている展開になっております。

 

 貧しい仕立屋の子供として生まれたP・T・バーナム(ジャックマン)は、上流階級の令嬢チャリティ・ハレット(ミシェル・ウィリアムズ)と仲良くなります。しかし彼らの恋は、身分違いゆえに許されるものではありませんでした。父親が死んで孤軍奮闘するバーナムと、花嫁学校に入れられたチャリティの仲は引き裂かれてしまいます。だが二人の想いは強く、ついに親の反対を押し切って結婚します。

 夫婦にはかわいい娘が2人うまれ、貧しくとも幸せな生活でしたが、バーナムの勤めていた海運会社が突然、船の沈没により倒産。これをチャンスと捉えたバーナムは、すでに沈んだ船の保有証書を担保として船主を装い、銀行から開業資金を融資してもらいます。

 この資金を元にバーナムは、ニューヨークの一等地マンハッタンに「バーナムのアメリカ博物館」を開館します。これは世界中の珍奇な物を集めた博物館でした。しかしバーナム一家の意気込みとは裏腹に客足は全く伸びず、経営は行き詰まります。ここで、子供たちのアイデアからヒントを得たバーナムは、物ではなく「珍しい人間」を見せ物にした興行を打つことを思いつきます。

 「ジェネラル・トム・サム(親指トム将軍)」の異名で知られる小人チャールズ・ストラットン(サム・ハンフリー)や、ヒゲ女レティ(キアラ・セトル)など、社会で受け入れられなかった人々を雇ってバーナム一座を結成した興行は大ヒット。一座はサーカスと呼ばれるようになり、バーナムは富豪の仲間入りをします。しかしこのショーは劇評家からは叩かれ、「低俗で悪趣味な見せ物」として激しく嫌悪する人々も多く、加えて経済的には成功したバーナム一家も、上流社会から成り上がり者として後ろ指を指されます。

 そこで、バーナムは、上流階級向けの演劇プロデューサーとして有名なフィリップ・カーライル(ザック・エフロン)を口説き、仲間に入れることに成功。フィリップはバーナム一座で空中ブランコの花形であるアン(ゼンデイヤ)と出会い、一目惚れしてしまいますが、人種と身分の違いを超えて愛を成就させることは非常に難しい時代でした。

 やがて、フィリップの尽力で一座は英国に渡り、世界の上流社会の頂点に立つヴィクトリア女王に拝謁。さらにそこでバーナムは、女王のお気に入りであり、一世を風靡していたスウェーデン人歌手のジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)と出会い魅了されます。バーナムはジェニーをアメリカに招いて興行を打つことで、自分自身も上流階層の社交界に受け入れられることを強く望みます。

 ジェニーがアメリカにやって来ると、バーナムは一座をフィリップに任せ、ジェニーと共に全米を回るツアーに出かけてしまいます。ジェニーのツアーはアメリカでも絶賛で迎えられますが、残されたチャリティたち家族は傷つき、一座のメンバーの心も、あまりに上昇志向が強いバーナムから離れていきます。そんな中、ついにサーカスを嫌う人々と一座の間で大騒動が持ち上がり、バーナムは破滅の危機に追い込まれてしまいます…。

 

 といった展開でして、一連のことがあっという間に(ほんの数年ぐらいの間に)起こったように描かれます。これは意図的な演出で、2人のバーナムの娘も劇中でほとんど年齢が変わりません。しかし、史実を見ますと、1829年にバーナム夫妻が結婚(ということはバーナムはまだ19歳)、34年からショービジネスを始め、41年(31歳ぐらい)にバーナムの博物館を開業。44年にヴィクトリア女王に拝謁し、50年(40歳ぐらい)にジェリー・リンドの公演を打ちます。そして65年(55歳ぐらい)に博物館が火災で焼け、テントによるサーカス興行「地上最大のショー」を開始。その後、政界に進出し州会議員や市長を歴任。73年(63歳ぐらい)にチャリティ夫人が亡くなり、別の女性と再婚して晩年を迎え81歳で亡くなる…。そんな人生ですので、実際には結婚から映画のエンディングあたりまでで36年も経過していたことになります。

 史実のバーナムは、偉大なショーマンであると同時に、典型的なペテン師とも見なされ、相当にあくが強く、功罪ともに相半ばして議論が尽きないような人物です。

また、他の実在人物として、19世紀当時、世界で最も有名なオペラ歌手だったジェニー・リンド(182087)についても、本作ではバーナムとのロマンス色が強く描かれていますが、実際のリンドは大作曲家メンデルスゾーンと秘密の恋愛関係にあったのでは、と言われる人です。その他にも、あのピアノの詩人ショパンとの関係や、童話作家アンデルセンに求婚されて断った、といった逸話もあるなど、この人の実人生そのものが大変ドラマチックだったようですね。

リンドは1850年に始まったバーナム主宰の全米公演を中途で打ちきった後(主にバーナムの運営姿勢に疑問を抱いた、ということのようです)、自主公演として52年まで全米ツアーを継続しており、収益のほとんどを慈善事業に寄付しています。さらにこの時に共演したドイツ人ピアニスト、オットー・ゴルトシュミット(この人もメンデルスゾーンの弟子)とボストンで挙式し、一緒に欧州に戻っており、このへんもちょっと映画の描き方とは相違しているようです。

 サーカスのメンバーでは、ジェネラル・トム・サム(183883)は実在の人物です。彼を伴った公演を英国で行った際に、ヴィクトリア女王に拝謁したようで、映画でも女王が彼に強い興味を抱くシーンがあるのは史実を反映しているのでしょう。他の人々は、モデルになる実在人物はいるものの、本人そのものとしては登場していません。

 というような史実との相違はしかし、このミュージカル作品では気にしないことです。これまでにP・T・バーナムを取り上げた映画は何度も作られており(特に有名なのは1986年の「バーナム/観客を発明した男」で、バーナムを演じたのはバート・ランカスター)、また1980年にはズバリ「バーナム」という題のミュージカルも舞台で公演されていますが、それらはより忠実にバーナムの人生そのものを伝記的に紹介していたようです。しかし今回は、あくまでもバーナムという人物をモデルとした「人生賛歌」として、見事にストーリーを盛り上げています。このあたりは、第一稿をもとに脚本を練り上げたビル・コンドン(あの「美女と野獣」の監督です)の手腕なのだろうと思います。

 歌が素晴らしい、と初めに申しました。特に冒頭の「ザ・グレイテスト・ショー」、それからバーナムがフィリップを口説く「ジ・アザーサイド」、ジェニー・リンドがステージで歌い上げる「ネヴァー・イナフ」、ヒゲ女がリードをとり、本作を代表する一曲「ディス・イズ・ミー」、さらにフィリップとアンの想いが爆発する「リライト・ザ・スター」…、ざっと挙げたつもりで、もうほとんどの楽曲を挙げなければならないほどです。

 多くの歌唱は出演者が自身でこなしております(ジェニー・リンドの歌声はローレン・オルレッドが吹き替え)。そもそもミュージカル・スターであり、「レ・ミゼラブル」の主演で有名なジャックマンは元より、舞台ではすでに定評のあったキアラ・セトルや、ヴォーカリストとしての実績があるデンゼイヤの歌唱力の高さに、改めて脚光が当たっています。「ヘアスプレー」などで知られるエフロンも歌える人なのは当然ですが、今作はことのほか大変だったのではないでしょうか。「ジ・アザーサイド」のシーンでは、酒場でバーナムとフィリップが飲みながら歌い、踊るという展開で、2人がグラスを空けると、すかさずマスターが酒をつぐ、という繰り返しがスリリングで、これは難しかっただろう、と思いましたが、パンフレットに拠ればこのシーンだけで3週間も練習したとか。「リライト・ザ・スター」を歌うシーンでは、デンゼイヤと共にロープや空中ブランコで舞い上がりながら歌う、という場面を、もちろん吹き替えなしで本人たちがやっています。デンゼイヤも今作のために、何か月も空中ブランコを練習したそうで、もうシルク・ド・ソレイユばりの危険な演技を自分でやっていますが、ここも大きな見どころです。

 最初から最後まで一貫して描かれる「差別との闘い」というテーマが、あくまでエンターテイメントの流れを損なうことなく、しかし胸に迫る重みを持って提示されているのは本作の特徴として特筆すべき点でしょう。

 本当に、グレイテスト・ショーの名にふさわしい一作です。日本でもサントラ盤CDの生産が追いつかず、入荷未定の状態が続いています。この豪華絢爛たる映像と音楽を楽しむには、やはり大画面で、と思いました。

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