2008年4月27日 (日)

本を出版する方法

それにしてもウィンドウズ・ビスタ、使いにくいですね。なんでこう面倒なものにしたのかな。普通のユーザーは性能や安全性はは高めてほしいが、機能や操作はあまり変えてほしくないのじゃないかと思いますが。
 ところで、身近の人から「本というのはどうやって出すものなんですか」と聞かれました。それで、ご存じの人にはありきたりの話ばかりでしょうが、こういう世界に無縁な人とか、漠然と「いずれ著者になってみたい」という方もいらっしゃるでしょうから、自分の経験の範囲で少し書いておきます。
 いわゆる自費出版については自費出版専門の版元があるのは今では誰でも知っていますし、それがこのところ経営破たんしたり、大変であることも知られています。要するにハードルが低くて誰でも出版してくれる反面、後の面倒は全然みてくれないので、著者の不満が高まったのは当然です。そもそも基準が甘いのだから、仕方ないとは言えます。
 大体のところ、ああいうところで全額自費で出版すると、まあ100万円ぐらいが最低出資額だと思います。企画によってもっと安いところもあるでしょうが、まあ宣伝を万全にやり、豪華な造りにし、部数を増せば上限はいくらでも上がるでしょう。200~300万円出した人もいると思います。
 次に、ちゃんとした商業出版社からの企画出版をするにはどうするか。まずは、一番、王道なのはなにかの文芸賞をもらってデビューすることです。しかし、これは才能がある人であっても一生の間に受賞できるかどうかは相当に運次第なのは明らかで、その僥倖を待っていてはいつまでたってもデビューできません、というかなにがなんでもデビューしたい、というなら、30代半ばぐらいまでの若い内はともかく、受賞を前提にしているわけにはいかないでしょう。それに、どなたもお気づきのように、世間に出回っている書籍のほとんどは別に文学賞をとった作家が書いているわけではありません。著者になるには文学賞は必須条件ではないことになります。
 文学賞タイトルが絶対必要なのは、文芸作品の企画出版です。だから、無名の人が文芸作品の原稿を版元に送ったり持ち込んでも、まあほとんどの場合、何事も起こりません。見てもくれません、通常は。漫画と違い、持ち込まれても簡単に概要を理解できないので、時間を作ってくれないのが普通でしょう。ごくまれにそれでうまくいった、という話がありますが、それはいい編集者と縁があったためで、まれだからそういう話が有名になるんですね。
 もし文芸でとにかくデビューしたい、という人は、実は小説よりも詩歌のほうが本そのものは出しやすいのですが、ただしこれはほぼ100%が自費出版となります。流通することはゼロではないが、ほとんど期待できません。しかし、詩歌については自費出版が昔から常識なので、ほかの分野と違い自費だから格が低いとは言われない、というメリットがあります。つまりちゃんと実績になる。詩歌の世界の文学賞の審査対象にもなるし、詩歌の世界で一人前として扱われる。ただし、そういうわけだから詩歌の専門の版元は、お金の面では自費なのに、けっこう審査基準は厳しく、なんでもいいから出してくれる普通の自費出版社のようにはいきません。通常は、既に実績のある先生の下でしばらく様子を見て、その紹介を得る、といった手順を踏んだ方が確実です。
 さてそれで、本当に版元の企画出版として出してもらうにはどうするか。こちらは、文芸を狙わない方が間違いなく有利です。小説のたぐいはあまり相手にされません、どうしても小説家に、という人はなにがなんでも文学賞をとるしかないでしょう。しかし「とにかく著者になりたい」ということなら、文芸じゃない分野でまずは何か原稿を書くことです。
 次に、その原稿を持って多くの版元を大きいところから小さいところまで回ってみることです。私の今までの経験ですと、非文芸でそれなりの内容の原稿だと、大抵の版元は読んでくれます。50~60社ぐらい打診すると内容次第でしょうが、10社ぐらいから前向きな返事が来たりしましてその後は具体的な条件交渉に入ったり、あるいは、この企画はこのままじゃ駄目だけど、別の企画で書きませんか、という話になったりします。まあこれはあくまで私の経験です。
 一度、それで軌道に乗ると、少しずつほゥの話も見えてきたり、ものによっては空中分解したり、という中で、形になるモノが出てきます。そして、やっと企画出版できるというわけです・・・。この場合も、いい編集者と縁があるかないか、が最も重要になります。自分に惚れ込んでくれるような編集者に巡り会えばいうことはありません。逆に大手版元から声がかかっても、担当編集者と反りが合わず駄目になる、ということも私自身経験していますので、結局は人の縁ほど大事なモノはない、というのはどこの世界でも真理です。
 これも、ある程度の買い取りを求められることが珍しくないですが、しかし経験的にいって著書は100冊以上は手元に残しておくべきです。その後、次の企画の売り込みやらなんやらで、けっこう2、3年もするとなくなってしまいます(50社に売り込むなら50冊ななくなりますから)。新聞社や雑誌社に売り込みをするならもっと必要でしょう。だから200冊ぐらいを買い取りしても後で見ると、別に無駄にはなりません。
 その買い取りをしても、20~40万円ほどですから、100万円以上かかる自費出版とは全く次元が違うし、宣伝もしてくれるし、流通もちゃんとしてくれます。従って、なにがなんでも自費ではなくて企画出版しないといけない、ということです。
 印税なんてものは実に微々たるモノで、入ってきてもお小遣い程度です。これで生活できる著者は部数10万部を超える人だけで、今の出版不況下でそんなに売れる人は、そういません。1000円の本が1万部売れて売り上げ1千万円、印税5%なら50万円。まあこれなら赤字にはならない、お小遣いとしてはいいかな、というところ。10万部売れれば500万円、こうなると職業として意識できるでしょう。本の単価が高ければ印税も増えるでしょうが、それだけ部数は伸び悩むのは言うまでもありません。
 にしても、ロングセラーとなるような内容で、増し刷りにこぎ着ければ、れっきとした著者としてやっていけることになります。少なくとも赤字のない程度にやれれば、活動としては成り立つことになる。ただ、プロのライターだけで暮らすというのなら、常に1万部以上、できれば10万部を超えるような売れるような本を出す必要があり、大変でしょう。
 また、著書があると、ほかの雑誌などの依頼がある場合がある、また文芸家協会やペンクラブに入れる(著書3冊以上が最低条件で、いずでも理事の先生の推薦が必要)といったことがあります。ここまでくれば、一応、どこに行っても「私は文筆家です」と名乗れるレベルには達するわけです。当然、次の売り込みがしやすくなります。儲かる、儲からないという次元ではなく、その方面で一応の見識がある人、専門家、ということも言われるようになります(内容次第ですけど)。
 それ以後は、本人の努力次第でしょうし、私も目下、努力している次第です。
 とにかく、こういう時代でもいわゆる活字をやってみたい、まずはデビューしてみたいという方は、ベテラン世代にも若い人にも多いと思います。しかし上記のようなわけで、最初の1冊を形にするまでに相当な信念と行動力が必要なようで、著者の皆さんはそこを乗り越えてこられた方ばかりということです。
 参考までに書いてみました。お役に立つことあれば幸いです。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月30日 (日)

柳町弘之さんの工房訪問

今月の10日に出版した「スーツ=軍服!?」(彩流社)http://item.rakuten.co.jp/book/5502033/で、もう一つ、意外な御縁が出来ました。いやあ、こういうことがあると、出版して良かったな、と思います。
 靴が好きな皆さんならご存じの、日本を代表するビスポーク靴職人・柳町弘之さんのことであります。先日、発効されたエスクァイア・マガジン社の靴専門誌「LAST」巻頭の情報コーナーにもあるとおり、柳町さんは99年以来、店舗を置いていたワールドフッドウェア・ギャラリーから、この2月、ほど近いところに独立店舗を構えられたのであります。http://www.wfg-net.com/order.html
 で、それで私と何の関係が、と思われるでしょう。実は私、大学生時代に、千葉市稲毛駅前の「千葉進学塾」なる塾でアルバイト講師をしていました。で、その当時のバイト仲間に柳町先生、という人がおいでになった。千葉大学の理科系の大学院においで、ということでちょっとクール、というか理知的、だけど穏やか。われわれはバブル時代のお馬鹿学部生でしたので、まあ乗りが違うというか、際だって紳士、大人に見えました。まああのぐらいの時期に3、4歳の差は大きいですよね。
 さてそれから十数年後。私はたまたま、靴というものに関心を持つようになり、35、6歳になってそれまで愛用していたギョーザ靴が急に嫌になってしまった。実は、私はそれまで軍装や戦史には大いに興味があったけれど、現代のファッションにはまるで関心がなく、靴なんかも3000円のオヤジ靴で平気でありました。
 が、気になり出すと気になるもんで、手始めにクロケット&ジョーンズ、それ以後、いろいろとそれなりの靴を買うようになりまして。で、靴を良くするとスーツもネクタイも全部それなりにしたくなりまして。で、紳士服飾の本を落合正勝さんほか、出回ってるものを片端から読みあさり、雑誌も月に6、7冊は乱読し、今に至っております。ついに上記のような本まで出す始末です。
 で、そんなある日、ある雑誌(メンズEXかbeginだったと思いますが)で、日本を代表する靴職人ヒロ・ヤナギマチなる人物を知ったのでります。
 ところが、その時点ではなんとも思わなかった。その後、なにかのサイトで柳町さんの顔写真を見て「お?」と思ったのです。これはあの塾の仲間だった人じゃないのか。
 さらに経歴を見れば、千葉大学大学院修了後、電機メーカーに就職、その後に渡英、などとあり年齢的にもますます「ひょっとして」との感を強めておりました。
 が、人違いであったら困ってしまうので、WFGの店舗の前を通っても思い切って柳町さんのブースを訪れることはかなわなかったのであります。
 が、上記の本を出したことで、私も一種の大義名分が出来たというか、著名人に献本するのは普通のことだし、それで思い切って柳町さんの新店舗に新刊をお贈りし「ところで、ひょっとしてかつて、千葉市で塾の先生をなさっていませんでしたか」と書きましたら・・・数日後「驚きました、千葉進学塾の柳町です(笑)」というメールが届いた次第。
 ということで、私、柳町さんの新店舗にお邪魔しました。国立競技場のほど近く、閑静な場所柄で周辺は服飾関係の卸しをしているようなお店が多いところ。柳町さんのお店は、いい感じの落ち着いたテナントビルの二階にあります。たまたま外に出ていた柳町さんが「あ、辻元さん」と声をかけてくださいました。実に20年ぶりの再会。
 「ああ、そのお辞儀の仕方、昔から辻元さんはそうでしたね」と仰る。そんなに特徴あるお辞儀を自分はするのかしら。どうも軍人風に素早く頭を下げる癖があるので、そのへんが変わって見えるらしいのですが、それ以後、なんか20年ぶりというのがウソのように話し込んでしまいました。かれこれ1時間半もお邪魔しましたか。
 「これからの時代、使い捨てではないものが普及してほしい」と仰る柳町さんに満腔の共感を覚えました。安いものを外国人に作らせ、石油を消費して輸送する、トータルで値段を抑えて大量生産浪費・・・。結果として、日本人の生活水準が低下し格差が拡大しても、外国製の安いものを買っていれば貧乏人は文句を言わないだろう。これが竹中路線のグローバル化の一側面ですが、これ、なんか違うんじゃないか、と私も思っています。
 「靴のビスポークは初回で25万円ほど、2回目からは平均して20万円ほど。これを量産品と同じ靴として比較されると高いということになるのでしょうが、切実に足に合う靴がほしい、というお客さんは安いと仰る。結局、価値観の問題」。まさにそう思うし、現にその場で作業している二人の若い職人さんを見ていると、全部ここで手作りして20万円前後は非常に安い、と思うのは確かです。月あたり生産数を聞きましたが、それで考えてもこれは安すぎるのかも、とすら思いました。
 それにしてもいい感じのお店です。落ち着いたカフェのような佇まいで明るく、採光も行き届いていて、工房という雑然としたイメージとは違います。柳町さんのお人柄でしょうし、実際「そのへんはこだわっています」とのことでした。
 私が今後、何か書くときにはぜひ教えてください、と言いましたら「靴作りの実務に関してならなんなりと。でも歴史については、靴は分かんないんですよね、19世紀以前というのは」とのこと。そうなんですよね、靴の体系的歴史って書かれていません。
 これは、ゆくゆくまた、自分で書くしかないのかな・・・などと。
 とにかく本当に有意義、そして楽しい20年ぶりの再会でした。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月29日 (土)

サローネ・オンダータ訪問

思いがけないことだが、スタイルクリエーションズ社のパーティーというのに招かれた。それは、滝沢滋代表からご招待があったからで、当ブログを前からご存じの上、小生の新刊「スーツ=軍服!?」http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0277911305もご覧になったから、なのでありますが、会の趣旨はピッティ・ウオモ出展報告会、ということで、小生としてはそれはもう、何しろ嬉しいのだが、冷静になるとはて、と困ってしまった。私は服飾評論家、ではない。要するに自分自身がオシャレだったり、いいものをたくさん持っているわけではない。あくまで歴史の研究家であったりするので、ことに、実のところは今時のかっこいいスーツ(いや、余裕があれば欲しいのはいうまでもないが)よりは、イラストの研究用に買い集めたあやしげなどこやらの軍服みたいなものでクローゼットはいっぱいであったりする。
 おまけに、大いに困ったことに、私は目下、肝心のタキザワシゲル・ブランドの服を一つも持っていなかったりする。しょうがないので、まさかどっかの軍服でいくわけにもいかず(ブラックタイなんてこともないが、仮装パーティーでもなかろうし)リングヂャケットのそこそこのものを着て、あとはまあ、きっと会場も暗いであろうから、といいかげんな服装で出かけました。
 妻も招かれたのだけど、こちらも、ステージに立っていたころなど今は昔で、ドレスの類など一つもない、というかあっても古すぎるし、まあなんにもない、といって困った揚げ句にまあ、なんかそれらしい普段着を適当に組み合わせて出かけたようだった。
 サローネ・オンダータhttp://www.style-creations.jp/salone/ondata/noon.htmの常連さんにとっては、あほらしい話だろうが、私はなにしろいきなり乗り込んだため、銀座・虎屋ビル8階と聞いていたので、ついつい松坂屋の通りの方から羊羹の虎屋の門前にたどりつき、はて、どこから入るのか、困惑してぐるぐる巡り、ああ、これは搦め手から入るに違いない、と合点して裏に回った。
 のだが、これがまた、初めて飛び込むにはなかなか入りにくいもので、逡巡しつつ、いつもはそんなことを全く気に掛けないのに、極度にレディファーストを押し通し、要は妻に先に立って貰い、私はその背後に影のごとく隠れて入場したのでありました。
 滝沢さんは、よく最近の雑誌で着ておられるカーキ色のジャケット姿で出迎えて下さいまして、というかエレベーターの蓋、ではないドアを開けるとそこにすう、と立っておいでになって、いきなりびっくりしつつご挨拶しましたが、いやあ、スマートな方。カニみたいな小生とはだいぶ違う。
 以後、スタッフの方々をつかまえては、訳の分からない軍装談義をいたしまして失礼いたしました。さぞかし皆さんげんなりされたと思う。
 とまれ、非常に有意義な時間を過ごせましたことをこの場を借りて滝沢代表と皆様に御礼申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月22日 (土)

ライラと黄金の羅針盤・サイトリニューアル

 映画「ライラと黄金の羅針盤」見てきました。遅ればせですが・・・。いや、面白いですね。細かい話は既に出回っていると思いますから書きませんけれど、要はパラレルワールドもので、現実世界とちょっと違う世界のお話。人の魂が実体化して主人にペットのようについて歩く世界が舞台。そして、独裁的宗教機関「教権」の抑圧が存在する社会。そこに登場して世界を変えていくのは一人の型破りな少女の勇気である・・・と。ものすごく速いテンポで、複雑な話を裁いていて、その手際が見事と思いました。ファンタジーは世界観を理解するまでが難しく、そこでついていけないと面白くなくなってしまいますが、今作はうまいですね。ダコタ・ブルー・リチャーズという子役、この人はすごいですね。大物になる予感がします。時代劇なんかもってこいと思う。007コンビのダニエル・クレイグにエヴァ・グリーン、そしてニコール・キッドマン、いい仕事しています。いちばん心動かされるのは、この第一話(3部構成)ではやはりシロクマ・・・じゃなくてヨロイグマの逸話。父を殺され王位を簒奪された王子の復讐劇はハムレットそこのけ、いいですよね。
 さすがに「ロード・オブ・ザ・リング」のニューライン・シネマ。手堅い。いい映画化ですよね。原作ファンも納得じゃないでしょうか。ぜひ第二部(現実世界が描かれるとか)も見たいです。
 ◆  ◆  ◆
 大阪市営地下鉄で男性会社員が痴漢にでっち上げられた事件後、「男性専用車両を導入してほしい」という申し入れが市交通局に相次いでいることが21日、わかった。「痴漢に間違えられたくはない…」。同様の要望は事件前から鉄道各社にも寄せられていたという。今回の事件を契機に鉄道各社も「導入を検討したい」としている。(ゲンダイ)
 これ、前から思ってました。男性にはそう思う人も多いのでは? 痴漢は論外ですが、絶対に冤罪もあるとみんな思っていたはず。こういう計画的な悪人が出てきたことで、警察も頭ごなしに犯人扱いするばかりでなく、こういう可能性もあるのでは、と少しは見方を変えてはどうか、と思います。
 ◆  ◆  ◆
 新刊書「スーツ=軍服!?」が出たので、サイトをリニューアルしました。
 http://www.tujimoto.jp/
 一応「戦史・服飾史研究家」というのを表看板にして見ました。いかがでしょう。http://www.hanmoto.com/bd/ISBN978-4-7791-1305-5.html
 ◆  ◆  ◆
 その新刊書について、いろいろご感想なども戴きました、意外な方からいただいてびっくりすることもあります。今日はなんと、英国大使館グレアム・フライ駐日大使閣下から、直筆サイン入り書簡が! まあ謹呈したからですが、返事があるとは思いもせず。
 今年は英国年なんですね。いま、松坂屋銀座と新宿伊勢丹でサヴィル・ロー展をやっているとのこと。こりゃ見てこないと・・・。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月13日 (木)

「スーツ=軍服!?」意外な表紙に意外な反響

 日銀の総裁人事でもめています・・・しかし。まあ最悪の場合、理事が代理で担当しても大勢に影響なし、というか、利上げなどできず、利下げしたくても下げる幅もなく、要はなんにもできないのであり、決定会合のたびに「何もしません」というだけのことなら私にだって出来そう。つまり、今の日本の日銀総裁なんてどれほどの影響力があるのか、という感じは率直に言ってあり、「早く決めないと大変だ、大変だ」と脅かしのようなことを繰り返す向きもありますが、まあどうなのでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 さて、私が10日に出しました新刊「スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった」http://books.yahoo.co.jp/book_detail/32035383
 の打ち上げ会を昨日、担当編集の方と私と妻とで、都内・神楽坂の某料理店で開きました。それで、あの本を買われた方は、カバーを外してみていただきたいのですが、表紙に使っている紙は、紺色地に白の薄い立てラインが入っており、ちょうど白墨で縞を描いたような柄になっております。どうみても、いわゆる英国系の渋い背広のチョークストライプという生地のようです。
 そしたら、編集さんの言うには「あれは、セビロという名前の紙です」とのこと。ああ、本当にセビロを意識した紙なんですね。紙見本を見ていたら偶然、発見したのだとか。なかなか粋な配慮で著者としても嬉しいです。
 今日、銀座の某有名テーラーの方からメールがあったりして、思いがけないことになかなか評判もよろしいようで・・・いや、自分で言うのも変ですが。
 とにかく、ファッションの専門家はファッションのことしか書かず、軍事の専門家は軍事にしか興味がなく、ミリタリーの視点から男の服装を考える、といった類書がなかなかないのが現状でした。だったら自分で書くしかない、と思い立ったわけであります。
 そういう動機なので、ともかくこういうことにご興味のある皆様に少しでもお役に立つことがあれば、と思っております。拙い部分も多々あると思うのですが、ぜひご指導を賜りたいと存じます。ご縁のありますすべての皆様にお手にとっていただけますことを念願しております。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年3月10日 (月)

3月10日、ついに発売日!

今日は・・・「東京大空襲の日」ですよね。「東京大空襲から63年にあたる10日午前、空襲や関東大震災の犠牲者を弔う法要が、東京都墨田区の都慰霊堂で営まれ、常陸宮ご夫妻をはじめ、被災者や遺族ら計320人が参列」(読売)というわけですが、しかし考えてみるとわずか63年前、ですよね。そんなに大昔という話でもない。
 世の中、変わり果てました。犠牲になった方が今の日本を御覧になったらどう思われるだろうか、と思います。もちろん平和でよかった、と思うでしょうが、しかし「うーん、こんなはずでは」ということも多いのでは・・・。
 たとえば。国交省の皆さんには悪いですが、しかしそんなにマッサージチェアが必要なんですかねえ、とは誰しも思います。なんとかならんですかね、もう少し。
 ◆  ◆  ◆
 この3月10日というのは私にとりまして。
 「スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった」(彩流社、本隊2200円)の一般発売日であります。
 http://www.bk1.jp/product/02976958
 著者としまして、すべてのご縁のある方にお読みいただきたい、そして、少しでも皆さんのお役に立つことがあれば、と切望しております。
 歴史ファンの方、特に西洋史にご興味のある方、また服飾史、ファッションに関心の高い方、軍事史、ミリタリーファンの方、プラモデルがご趣味の方・・・などぜひ、お手に取っていただきたいと存じます。
 なにとぞよろしくお願い申し上げます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月 3日 (月)

ついに拙著「スーツ=軍服!?」刊行します。

 雛祭りでございます・・・私は子どものころ、実はおひな様ってのに憧れてましたね。うちは男の子一人だから。それにひな人形というのは、男は束帯、女は女房装束でしょ。私は昔からそういうコスチュームに興味がある子どもだったんですが。
 それでどうしたかっていうと、五月人形の武者人形にわざわざ、束帯とか狩衣風の上着を着せたりしてね。まあ変なことをしてました。
 だからって、後々、服飾の本なんか出すことになるとは夢にも思わなかったですが。
 その「スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった」(彩流社、2200円)http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7791-1305-5.html
ですが、早いところでは8日か10日には書店様の店頭に並ぶ予定です。
 また、5日の読売新聞一面、9日の朝日新聞書評面などに書籍広告を打つ予定です。
  ◆  ◆  ◆
 ざっと、目次から見出しだけ並べてみます。

◆本当に「スーツは男の戦闘服」である
◆文明開化当時、スーツは最新式の服装だった
◆基本を知らなければ崩すことも出来ない
 ◆我々の身近にあるミリタリーファッションの影響
一、スーツの章
①スーツまでの歴史を概観する
 ◆西欧の衣服は本来「ひらひら」
◆長く続いた「ワンピース」の時代
 ◆半ズボンとボタンの登場
 ◆ルイ14世の「紳士服革命」
 ◆ナポレオン時代は軍服花盛り
 ◆ヴィクトリア朝に登場する今のスーツ
②背広の襟(ラペル)について
 ◆背広の襟はもともと詰め襟
◆2ボタンスーツと3ボタンスーツ、どっちが正式?
 ◆ダブルのスーツはフロックコートから
 ◆ボタンが広まるまで
 ◆男も女もレースの襟飾りの時代
 ◆襟は自然発生したもの
 ◆ポーランド騎兵とハンガリー騎兵の制服
◆紳士服にも「左前」があった時代
 ③フロックコートの時代
 ◆2人の「アルバート」とヴィクトリア女王
◆質素倹約の父親、ファッションリーダーの息子
 ◆フロックコートは「乗馬用上っ張り」
 ◆「プルシャン・ブルーの軍服」の流行
 ◆モーニングの登場
 ◆そして現代型スーツの誕生
 ◆フロックコートの退場
 ◆タキシードも本当は英国海軍生まれ
◆日本の閣僚が夜でもモーニングを着る理由
 ④軍服が背広に近づいてきた時代
 ◆ドイツ空軍の「背広軍服」
 ◆日本軍の折り襟軍服はドイツ軍の真似?
 ◆世界的に大流行した折り襟
 ◆フランス陸軍式の学生服、英海軍式のセーラー服
 ◆軍服が「ドレスダウン」したころ
⑤センターベントとサイドベンツ
 ◆「馬乗り」と「剣吊り」
 ◆シングルにはセンターベント、ダブルにはサイドベンツ
 ◆軍刀を下げるのに便利?
◆ノーベンツの方がフォーマル?
⑥袖の仕様「本切羽」その他について
◆「切羽」とは日本刀の部品だが
◆英語では「リアル・カフ・ホールズ」
◆ナポレオンも袖口のボタン外し
◆ドレスシャツを袖から覗かせる習慣
◆ズボンの折り返しがあるほうがフォーマル?
⑦007はなぜイタリアン・スーツを着るのか?
◆ボンドは第2次大戦に従軍した海軍中佐
◆ブリオーニのスーツは一着50万円也
◆注文あつらえにも段階がある
◆コネリーのボンド
◆レイゼンビーのファッショナブルな007
◆ロジャー・ムーアはエグゼクティブ風
◆「マイアミヴァイス」のようなダルトン時代
◆ブリオーニが採用された背景
⑧「クールビズ」が気に入らない理由
◆気になった「政治的ユニフォーム」
 ◆制服効果の悪しき前例
 ◆そもそも時代遅れな発想ではないか
 ◆見せかけではなく本当の環境対策を
 ◆やめるべきはネクタイではなく「衣替え」
◆古来、偉い人ほどラフな格好を好んだ
 ◆スーツを駆逐する服装はあるか
 ◆たかがネクタイ、ですまない場合も
 ◆「涼しいだけ」では正装といえない
二、ブレザーの章
◆色違いの「替え上着」ではすまない
◆「ブレザー」に二つの系統
◆ケンブリッジ大学のボートクラブ
◆英国軍艦「ブレザー号」の逸話
◆「セーラー服」は1857年に制式に
◆平和任務で名を残した名艦
 ◆4代目「ブレザー」号
 ◆海軍士官のジャケットはダブルのブレザーに
 三、コートの章
◆コートが必要になった時代
◆チェスター・コートに名を残した伯爵
◆水兵用のピーコート
◆モントゴメリー将軍が流行らせたダッフル
◆アクアスキュータムのトレンチ
◆クリミア戦争とファッション
◆ラグラン男爵とカーディガン伯爵
◆塹壕で生まれた数々のもの
◆そして「塹壕」コート
◆軍用コートには不可欠な肩章
◆肩章の長い来歴とは
◆「小さな肩」を頼もしく見せたい
四、ネクタイの章
①クラヴァット普及までの謎
◆真相はルイ13世か、14世か?
◆ローマ軍のフォカーレ
◆クロアチア兵、フランスに現る
◆クラヴァットの流行
②結び下げネクタイの謎
◆フォー・イン・ハンド・ノットの謎 
③レジメンタル・タイと「大佐」の権威
◆レジメンタル・タイの特別な意味合い
◆軍服の「カーキ色」化
◆軍隊における「連隊」の格
◆古代以来の由緒ある呼び名
◆レジメントが最高の編成だった
◆将軍にはなれるが大佐にはなれなかった
◆日本軍向けにすっきりと翻訳
◆海軍の階級の由来
◆キャプテンの由来は「斬り込み隊長」
◆無理な陸海軍のすり合わせ
◆ストライプはなぜ英国と米は逆なのか
④水玉ネクタイの不思議
◆水玉タイはなぜ格が高いのか
◆ブラックスーツを結婚式で着るのは日本人だけ?
◆水玉とは「ポルカ・ドット」
五、ブルゾンの章
①戦闘服とブルゾン
◆「硫黄島からの手紙」への妙な難癖
◆鬼の首を取ったようなブログの滑稽
◆戦闘服が登場したのはごく最近
◆Tシャツも米軍が普及させた
◆今の若者にも大人気のM65ジャケット
②ヒモ飾り「飾緒」の歴史
◆「参謀職緒」は参謀専用ではない?
 ◆むしろ「副官=秘書」の印である
 ◆もともとは「馬の手綱」
 六、勲章の章
 ◆勲章の歴史をたどってみる
 ◆ガーター勲章と金羊毛勲章
 ◆新時代の勲章レジオン・ド・ヌール
 ◆あまりにも有名なドイツの鉄十字勲章
 ◆ヴィクトリア十字勲章、メダル・オブ・オナー、金鵄勲章など
七、靴の章
◆謎だらけの「靴の歴史」
◆とんがり靴とミッキーマウス靴
◆靴に名を残したワーテルローの英雄
◆19世紀に花開くさまざまな靴の様式
◆靴の手入れは自分でするに限る
◆10足の靴を交互に履くほうが長持ち
◆老舗「トリッカーズ」の由来をたどる
◆創業時は「バルトロップ」社だったか
八、鞄の章 
①旅行用トランクとルイ・ヴィトン
◆日本にはなかった「カバン」の概念
◆旅行が盛んになる時代が前提
◆世界最古のトランク業者
◆日本の家紋の影響というが
◆世界最大の巨大ファッション財閥に
◆ドン・ペリニオンの由来
②奇跡のような紙のトランク
◆ゾウが踏んでも壊れないトランク
◆ヴァルカナイズという名の共通点
◆靴のグッドイヤー・ウェルト製法とグッドイヤー氏
◆薄幸の天才チャールズ・グッドイヤー
◆マッキントッシュとヴァルカナイズド製法
◆なぜか紙から生まれた素材もヴァルカナイズドに
◆漱石も見た? グローブ・トロッターの流行
③金属製のトランク
◆ドイツ空軍仕様のリモワのケース
 九、帽子の章
  ①二角帽までの時代
 ◆装飾過剰の時代まで
◆三角帽、そして二角帽に変化
◆軍帽から生まれたさまざまな様式
②敬礼と脱帽の歴史
◆ネルソンの麦わら帽子
◆現代的な「官帽子」の成立
③シルクハットの時代
◆さまざまな帽子が出そろう19世紀後半
◆帽子の消滅と復権の兆し
十、腕時計の章
◆最初の懐中時計はヘンリー8世か
◆航空機と世界大戦が普及させた腕時計
十一、その他のこぼれ話
◆まずはリーバイ・ストラウスから
◆レイバンの軍用サングラス
◆オールデンのコードバン靴
◆英陸軍発祥のカジュアル・シューズ
◆一旅行者が流行させたサンダル
◆沈没船から引き上げられた帝政ロシアの幻の革
◆万年筆と鉛筆の四方山話
◆エルメネジルド・ゼニアの先見の明
◆パラシュートから生まれたナイロン傘
◆チャーチルの「特別製のもの」を守った特製の下着

 あとがき

主要参考文献・参考サイト

 まあ、こんなような内容です。ご興味をお持ちになった方はぜひぜひ、お手にとって
ごらんになって下さい。
 イラストも100枚ほど入っております。妻の玲子による描きおろしです。なにとぞよろしくお願い申し上げます。以上、宣伝でした・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (3)