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2019年6月30日 (日)

【映画評 感想】アラジン

20190627192117 「アラジン」Aladdinをようやく見ました。この1か月ほどかなり忙しく、なかなか劇場に足を運べませんでした。ディズニーの実写化はどれも好評ですが、本作も期待を裏切らない出来栄えです。よくアニメ版を、ここまで持ち味を損なわずにリメイクできたな、と思います。あのオリジナルを見たときの楽しい高揚感が、そのまま蘇ってきます!

 

ディズニーが名作の実写化を始めて以来、「シンデレラ」や「マレフィセント(眠れる森の美女)」、最近だと「ダンボ」のように古い作品は、やはりそのままでは現代の感覚からずれるということで、それなりの(ものによっては、かなり)アレンジを加えました。しかしケネス・ブラナー監督の「シンデレラ」などは、そのアレンジが効果的で、本来の魅力を損なわない素晴らしい実写化となりました。一方で、1990年代以後のディズニー黄金時代のミュージカル・アニメについては、誰もが「あの名作を出来るだけそのまま、名曲もそのまま使って、現代の最新技術で実写にしてほしい」と願う傾向にあり、それで成功したのがビル・コンドン監督の「美女と野獣」でした。また、オリジナル版が素晴らしい実写だったためにリメイクはせず、あえて続編を製作した「メリー・ポピンズ」のような例もあります。

 

さてそれで、「アラジン」です。正直に申しますと、私はガイ・リッチー監督がこの実写化に起用されたと聞いて、若干の危惧を覚えました。この監督には「リッチー節」というべき作風、癖があると思われるからです。ストップモーションやフラッシュバックを大胆に多用し、かなり誇張されたアクションを描く、というイメージがあり、「シャーロック・ホームズ」では、それがテーマと合っていて、効果的だったためにヒットしましたが、その後の作品ではむしろケレン味と捉えられたのか、ここ何作かは興行的に不遇となっていました。

 

さらに、アラジンという作品が成り立つか、成り立たないかのカギを握るランプの魔人ジーニー役がウィル・スミスと知った際にも、同じような危うさを感じてしまいました。どう考えても亡きロビン・ウィリアムズの超人的なトークが作り出したジーニーを、実写で演じるのは難役です。そして、ウィル・スミスもここ数年はヒットに恵まれず、俳優のキャリアとしては低調と見られたからです。

 

しかし、蓋を開けてみれば、そういう危惧は全くの杞憂であったことが分かりました! ガイ・リッチー監督は独特の描写法を最小限にとどめて、むしろ「シャーロック・ホームズ」の際に称賛された徹底的な世界観づくりに手腕を発揮しました。豪華絢爛たる映像は、アニメで描ききれなかった豊かな王国アグラバーを、これでもかというほど具体的に実写にしています。巨大なセットを組み上げ、極力、CGに頼らず、こだわりぬいたといいます。

 

そしてウィル・スミスです。口八丁手八丁、歌って踊れて、マシンガントークが炸裂のジーニーを演じるには、確かにこの人しかいなかった、というのが改めて理解できます。結果として、リッチー監督にとってもウィル・スミスにとっても、キャリアの中で久々に大ヒットの成功作となったわけですね。

 

アニメ版と大筋ではほとんど、違いはありません。しかし実写版のオリジナル・キャラとしてジャスミン王女の侍女ダリア(演じるのはナシム・ペドラド)という人物が登場します。これが、最後まで見終わると大きな意味を持ちます。また冒頭の名曲「アラビアン・ナイト」は、アニメでは砂漠の商人が歌うのですが、本作では船乗りが子供たちに聞かせる形でスタートします。この2点のアレンジが、話の結末部分にかかわる伏線となっています。

 

音楽はオリジナル版でアカデミー賞を受賞しているアラン・メンケンが担当し、ウィル・スミスに合うように一部の楽曲をラップ調にするなどアレンジし、新曲も入れています。もちろん「アラビアン・ナイト」や「フレンド・ライク・ミー」「プリンス・アリ」そして「ホール・ニュー・ワールド」などの名曲はすべて登場します。

 

◆あらすじ アラビアの豊かな国アグラバーの下町に住むアラジン(メナ・マスード)は、サルのアブーとコンビを組んで、つまらないコソ泥稼業の毎日。しかしいつかは人生を大きく変えたい、と願っている貧しい若者です。ある日、泥棒と間違われて困っている謎の美女(ナオミ・スコット)の窮地を助け、親しくなります。彼女は王女付きの侍女と名乗り、アラジンはアブーが盗んでしまった彼女の腕輪を返すために、王宮に忍び込みます。

 

ところが、王宮で出会った彼女は、侍女ではなく、実は国王の一人娘ジャスミン王女本人でした。身分違いながら惹かれあう2人。ジャスミンは保守的で過保護な父王(ナヴィド・ネガーバン)から、隣国の王子(ビリー・マグヌッセン)と結婚するように求められ、窮屈な王宮の生活にも飽き飽きしていました。実はアラジンとジャスミンは、もっと広い別の世界に憧れる似た者同士だったのです。

 

しかし王宮を去ろうとしたとき、アラジンは国務大臣ジャファー(マーワン・ケンザリ)に捕まってしまいます。ジャファーはアラジンに、砂漠の奥にある魔法の洞窟に赴き、ランプを取ってくるよう要求します。この洞窟は「ダイヤの原石」のような若者しか入ることが許されないというのです。

 

アラジンは洞窟に入り、古いランプを手にします。それをこすったところ、出現したのはランプの魔人、ジーニー(ウィル・スミス)でした。アブーがランプ以外の財宝に手を出したために、アラジンたちは洞窟内に閉じ込められますが、その中で出会った「魔法のじゅうたん」とジーニーの活躍で外に脱出。ジャスミンとの恋の成就を願うアラジンは、ジーニーに頼んで「アバブア国のアリ王子」に変身します。

 

豪華絢爛たるアリ王子の一行がアグラバーの王都に入ると、国王は喜びますが、ジャスミンは、また金持ちの求婚者が現れただけ、と興味を持ちません。さらに、内心ひそかに王国を奪って国王になりたい野心を抱くジャファーは、新たな邪魔者が現れたことにいら立ちを募らせます。

 

魔法のじゅうたんに乗って夜のデートに誘うアラジンは、ジャスミンに手を差し出し「僕を信じて」と呼びかけます。そのしぐさと言葉に、ジャスミンはハッと気付きます。アリ王子が、実はあのアラジンであることに…。◆

 

ということで、オリジナル版を知っている人には説明無用の展開です。ジャスミンが一国の王女として、原作以上に強い自覚を持った政治家的な人物像になっているのが現代的な描写ですが、それもバランスを崩すほどの変更ではありません。

 

ディズニーのアニメを実写化する際に、いつも難しいのが動物たちの扱いだろうと思います。アニメ版では、動物が単なる擬人化を越えて、主要な登場人物として活躍することが多いわけですが、実写でそれをやると、技術的には可能であっても、やはり実写であることのリアリティーと両立しない場合があります。本作ではサルのアブーと、トラのラジャ、オウムのイアーゴがそれらに当たりますが、原作ほどの人間そこのけの饒舌さはないものの、いずれもうまいバランスで描いていると思います。

 

アラジン役のマスードは、これまでそれなりのキャリアはあるものの、俳優としては初の大役抜擢。まさにアラジンのイメージそのもので、この違和感のなさはすごいです。ジャスミン役のスコットもいいですね。新しい時代のヒロイン像として、気の強さとかわいらしさを絶妙なバランスで演じています。「オリエント急行殺人事件」などでも好演したケンザリが、楽しそうにジャファーを演じています。このドラマは、言ってみればジャファーが野心実現に焦り、空回りし続けないと先に進まないような話です。冷酷な恐ろしさを持ちつつ、どこか間抜けなヴィラン(悪役)という像を的確に演じています。

 

そして、なんといってもウィル・スミスです。この人がいなければ、本企画は成り立たなかったに違いありません。彼の実写版ジーニーは長く映画史に残るでしょう。

 

今後も「ライオン・キング」実写版などが控えていますが、こちらも楽しみです! オリジナルを知っている人ほど、見どころが多いと言えると思います。本作は、期待を超える本当に見事な映像美でした!

 

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