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2019年3月17日 (日)

【映画評 感想】ふたりの女王メアリーとエリザベス

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 「ふたりの女王
 メアリーとエリザベス」Mary Queen of Scotsを見ました。本作は2月末のアカデミー賞で、アレクサンドラ・バーンが衣装デザイン賞にノミネートされていた作品です。バーンはケイト・ブランシェット主演の「エリザベス」と「エリザベス:ゴールデンエイジ」でも衣装を担当してノミネートを受け、後者では受賞しています。この他にも「オペラ座の怪人」「オリエント急行殺人事件」といった時代物や、「アベンジャーズ」の1作目、2作目、「マイティ・ソー」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「ドクター・ストレンジ」といったヒーローものでも手腕を発揮している人です。

 そういう経歴なので、エリザベス朝の時期の服飾は完全にマスターしているデザイナーであり、実際にケイト・ブランシェットの作品では、徹底的な時代考証を踏まえた再現性が高く評価されました。

 しかし、本作はかなり、「正確性」という点では史実から離れた表現を故意に選んでいるようです。どちらかといえば、今回のアカデミー賞でやはり衣装デザイン賞の候補だった「女王陛下のお気に入り」(衣装:サンディ・パウエル)の方針に近いものを感じます。特に男性のスタイルは相当に史実から自由です。16世紀当時の紳士服は、カボチャのように膨らんだ半ズボン、ヘンリー8世の治世からエリザベス1世の初期にかけては、股間にコッドピース(股袋)、脚は長靴下で覆い、上半身はやたらと膨らんだダブレットという上着、首周りには巨大な襟飾り(ラフ)。そんな感じで、今の目で見るとかなり滑稽といってよい服装でした。色彩は色とりどりで、サテンや金銀の刺繍を施し、現代人からするとフェミニンにすら、見えるものです。

しかし本作の男性たちは、皆が皆、そろって黒か濃紺の地味な色です。恐らく、この当時にはなかったと思われるダブルの前合わせの人物もおり(ダブルの上着というのは、基本的には18世紀半ばからの流行なので、おおよそ200年ぐらい未来の服装です)、皮革素材を多用し、足元に至っては、タイトなデニム生地のジーンズのようなパンツを穿いています。スタイリッシュというか、ちょっと今時のアルマーニみたい、というような感じの服装ばかりなのが異色です。皮革とデニムの取り合わせは、ちょっとロック・ミュージシャンのようでもあり武骨です。

 ところが面白いことに、映画の最後の方で登場する、次の時代の国王、ジェームズ1世の姿は、当時の有名な肖像画通りを完全に再現したような色彩と姿をしているのです。つまり、著名人はその通りの服装にしないと誰だかわからないので、時代考証的に正しいものとし、さらに「やろうと思えば正確な服も当然、出来るのだけれど、あえて外しているのです」というメッセージも込めているように見受けます。Photo_2


 女性たちについても、侍女や女官は19世紀のヴィクトリア時代のように黒ずくめです。その一方で、「ふたりの女王」であるエリザベス1世と、スコットランド女王メアリー・スチュアートは、場面に応じて鮮やかな色彩の衣装を着ています。それもしかし、フランス帰りで派手なファッション・センスで有名だったメアリーも、青色系のシックな服装で押し通しており、特に物語が悲劇的な方向に向かうほど暗い色になっていく傾向です。エリザベス女王については、おおむね史実を反映した服装を目指しているようですが、今回は彼女が中心の映画ではないので(原題も、「ふたりの女王」ではなくて、あくまでも「スコットランド女王メアリー」です)、あえてグロテスクな雰囲気が漂う晩年の服装やメイクを強調していると感じます。「エリザベス」シリーズでも登場した、カツラを愛用していたことを示すシーンも出てきます(実際にエリザベス女王は何百個もカツラを所有していました)。

 服を脱ぎ、着るたびに、大勢の侍女が群がって世話をし、ことに、この時代まで残っていた「上着の袖を着用のたびに結び付ける」面倒くささ、といった史実はしっかり描きます。生理の日の世話まで侍女たちにさせ、女王は仁王立ちで立っているだけ、といった描写は実に興味深いです。男性が寝室にやって来る場合も、お姫様と性的行為をしたい殿様が、侍女に「彼女の服を脱がせろ!」といちいち命令する、というシーンがあって面白いですね。

 16世紀の戦闘というものも、かなり忠実に視覚化しており、広く戦場で使われ始めた小銃(火縄銃)が散発的に火を噴く、その一方で弓矢は廃れつつあり、戦闘は歩兵中心、馬上の騎士も姿を消し、重い甲冑も使われなくなっている、という感じがよく出ています。日本でいえば織田信長が活躍した同時代なわけで、このへんの戦術の過渡期という部分もよく分かります。

 史実を重んじたシーンもある一方で、事実としてはあり得ないこととして、主要キャストに黒人や中国系の人がいる、という問題もあります。いかに人種的なダイバーシティを重視する今の風潮とはいえ、16世紀の英国に中国系の侍女は実在しなかったと思われますね。

 このように、几帳面なほど史実の再現をしている部分と、大胆に時代考証的な史実から離れている描写が共に見られます。それは、本作の姿勢そのものを反映しているようにも思われるのです。パンフレットで関東学院大の君塚直隆先生が「エリザベスは織田信長より1歳年上、メアリーは徳川家康より1歳年上」と書いておられます。なるほど、と思いますが、まさに日本の戦国時代と同時代のお話です。そして、エリザベス(15331603)とメアリー(154287)の年齢差は、信長と家康の差と同じく、ほぼ一回り違いであることも本作で認識させられます。寿命の短い当時において、10歳近く年長のエリザベスが、メアリーを妬ましくも、危険にも思ったのは当然、ということです。

 

 スコットランド女王でありながら、フランス王妃として大陸に渡っていたメアリー・スチュアート(シアーシャ・ローナン)は、夫の死後、1561年にスコットランドに帰国します。彼女が長年、国を離れている間、摂政として統治してきた異母兄マリ伯(ジェームズ・マッカードル)や大臣メイトランド(イアン・ハート)は表面的には温かく出迎えますが、内心では微妙なものがある様子。メアリーを支える勇猛な将軍ボスウェル伯(マーティン・コムストン)といきなり対立します。

 さらに、堅固なカトリック信者であるメアリーに対し、スコットランドのプロテスタント宗派・長老派の重鎮ノックス(デヴィッド・テナント)が公然と反旗を翻し、いきなり窮地に立たされます。

 隣国イングランドの女王エリザベス(マーゴット・ロビー)も、若きカトリック信者であるスコットランド女王の欧州大陸からの帰還を穏やかならぬ感情で見ていました。カトリックを廃止して結婚と離婚を繰り返した父王ヘンリー8世の所業のために、一度は王位継承権を失ったこともあるエリザベスは、特にローマ教皇やスペイン王、フランス王室などカトリック勢力からは正統な女王と見なされておらず、むしろヘンリー8世の姉の孫に当たるメアリーこそが正統なイングランド女王だと認識されていました。こうした国の援助を受け、メアリーを担ぐ勢力が台頭すれば、エリザベスとしては身の破滅ということです。

 エリザベスはメアリーを手なずけるために、自分の寵臣で愛人のロバート・ダドリー(ジョー・アルウィン)とメアリーを再婚させ、コントロールしようと画策しますが、天然痘に罹患してしまい政治力が低下、その事実を知ったメアリーから足元を見られてしまいます。

 その頃、スチュアート王家の親戚であり、イングランド王室の親戚でもあるダーンリー卿(ジャック・ロウデン)が、父のレノックス伯(ブレンダン・コイル)と共に、エリザベスの宮廷で不興を買い、イングランドからスコットランドに逃れてきます。ダーンリーはメアリーに急接近し、メアリーは周囲の反対を押し切って再婚します。

 しかしこれがエリザベスを激怒させ、その重臣セシル(ガイ・ピアース)は駐スコットランド大使ランドルフ(エイドリアン・レスター)に指示して、スコットランド国内の反メアリー派を刺激します。ノックスが宗教勢力を煽って反乱が始まると、メアリーの兄マリ伯も反乱側について内乱に発展してしまいます。

 自ら軍を率いてこれを鎮圧したメアリーは、やがてダーンリーとの間に妊娠し、結婚もせず子供も作らないエリザベスに対して優位に立っていきます。

 ところが、メアリーの世継ぎが生まれてしまえば、ダーンリーは単なる夫であって、正式な国王になる可能性がなくなり、無能なダーンリーの元で国政を支配したいレノックス、メイトランドたちには都合が悪い。そこでまず彼らは、女王が寵愛しているイタリア人秘書リッチオ(イスマエル・クルス・コルドバ)が女王と不倫している、という噂を流し、ダーンリーも一味に加盟させたうえで、メアリーの目の前でリッチオを惨殺してしまいます。

 その後、ダーンリーはリッチオ暗殺計画に加担したことが暴露されて、メアリーと別居。さらに何者かに暗殺されてしまいます。再び未亡人となったメアリーは、生まれたばかりの息子ジェームズと引き離され、今度はレノックスたちに唆されたボスウェルに強姦されるような形で再婚します。だが、一連のことは反対派の思惑通りで、メアリーは夫を殺害して不倫相手のボスウェルと結婚した悪女、ということにされ、国民の支持を失い、ついに強制的に退位させられてしまうのです。わずか1歳の息子はジェームズ6世として即位、そして国外追放されたメアリーが向かった先は、長年のライバルであるもう一人の女王、エリザベスが統治するイングランドの地でした…。

 

 このように、史実としては諸説あるところですが(特にリッチオ惨殺事件や、ダーンリー卿暗殺事件の真相は、今もって闇の中です)おおむね、史実通りにストーリーが展開していきます。後半、イングランドでエリザベスとメアリーが秘密会談するシーンが出てきますが、これは史実ではありません(もっとも、2人が同じイングランドにいる間に、一度も会見したことがない、という証拠もないようです)。

 主要キャストについては、2人のヒロインを始め、ベテランのガイ・ピアースなどが史劇にふさわしい重厚な演技を見せています。ロバート・ダドリー役のジョー・アルウィンは、「女王陛下のお気に入り」でヒロインの夫になる軍人役で注目された期待の新人で、時代劇に合いそうな人です。ダーンリー卿役のジャック・ロウデンもどこかで見た顔だな、と思えば「ダンケルク」で、洋上でボートに救助される戦闘機パイロットの役をやっていました。それからもう一人、興味深いのが、エリザベスの筆頭女官ベス・オブ・ハードウィックを演じたジェンマ・チャン。この人は、日本では同日公開の「キャプテン・マーベル」にも主要キャストとして出演しています。私は同じ日に2本とも見たのですが、SFアクションで活躍する姿と、こちらの16世紀の女官姿では、とても同じ女優さんには見えませんでした。

 基本的にはエリザベスの視点から語られることが多い英国史を、メアリーの側から描いた非常に興味深い作品です。メアリー自身は結局、男性たちに翻弄されて破滅しました。君主としては、男性を遠ざけることで政治権力を維持し続け、歴史に残る偉大な女王となったエリザベスに敵わなかったといえますが、本作にも描かれる通り、メアリーの息子ジェームズ6世が、スコットランド国王を兼任したまま、エリザベスの死後にイングランド国王ジェームズ1世として即位し、その曾孫の世代のアン女王の時代に二つの王国は正式に統合、アンの死後にドイツの傍系から迎えられたのが現在の英国王室です。つまり、その後の英国王家はすべて、メアリーの子孫ということになります。

 メアリーを苦しめた兄のマリ伯、夫ダーンリーの父(つまり義父)レノックス伯といった人物も、幼いジェームズ6世の元で権力者となりますが、その後の政争で皆、暗殺されています。また、3番目の夫、ボスウェル伯は北欧に逃れますが、デンマークで収監されそのまま獄中で死んだそうです。つまり、周辺にいて彼女を利用しようとした男性たちはことごとく、不幸な最期を迎えたようで、もって瞑すべきところではないでしょうか。そのあたりを考えると、また余韻の残る一作でした。

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