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2019年2月20日 (水)

【映画評 感想】女王陛下のお気に入り

映画「女王陛下のお気に入り」The Favourite を見ました。原題はまさに「お気に入り」そのものですね。ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督の新作で、今年のアカデミー賞レースでは「グリーン・ブック」「ローマ/ROMA」「ボヘミアン・ラプソディ」などと競り合う有力作品と目されています。何しろ作品賞、監督賞、主演女優賞(オリヴィア・コールマン)に助演女優賞(レイチェル・ワイズとエマ・ストーン)、脚本賞、さらに衣装デザイン賞ではサンディ・パウエルが本作と、「メリー・ポピンズ・リターンズ」の2作でいずれもノミネート、という具合です。Photo


 有力候補作の中で、純然たる史劇というのは18世紀初頭を舞台とする本作だけですが、 いわゆる時代考証的な意味で正統な歴史劇なのか、というと、それは違うかもしれません。たとえば衣装についても、これまで「ヴィクトリア女王 世紀の愛」などでオスカーを受賞していて歴史ものが得意のサンディ・パウエルが、監督の方針もあって、歴史的な正しさからはあえて逸脱した作家性を打ち出していることが見て取れます。もちろん、一見すると思いっきり18世紀です。同時代のフランスにはルイ14世が君臨している時代で、男性たちは高く盛り上げた奇妙なカツラを被り、顔におしろいをつけて、付けボクロを付け(このおしろいや付けボクロも、アン女王の時代よりも、フランスでいうとルイ15世の時代、英国ではハノーヴァー王家が登場する少し後の時代の流行かもしれません)、袖を大きく折り返してたくさんのボタンで飾り立てたジュストコールという長いコート状の上着。帽子は三角帽で、手にステッキを構え、半ズボンに長い靴下、足元はハイヒールです。

 女性はパニエという補助具で膨らませたスカートが流行した時代で、少し前の時代の釣り鐘型のファージンゲールや、19世紀半ば以後に流行る円錐形のクリノリン、お尻だけ膨らませたバッスル、などとは異なり、いかにもこの時代を思わせる「横方向に四角く膨らんだ」スカートが特徴です。

 このように、一見した特徴は完全にこの時代そのものなのですが、色や素材は史実にとらわれず、その当時にはあり得ない現代的な素材なども駆使して製作したそうです。特に、暗鬱な宮廷内の闘争を描く作品なので、女性たちは皆、ほとんど白と黒の2色しか使わない衣装を着ています。実際に、16世紀以後のスペインや、19世紀のヴィクトリア女王の時代の英国で、黒色が大流行しますが、アン女王の治世には本当はもっといろいろな色彩の絢爛豪華なドレスがあったと思われます。

 男性については、英国陸軍の軍人たちが赤い軍服を着ているのは当然(1645年以来の伝統)として、政治家の描写では、当時の2大政党であるトーリー党が青色、ホイッグ党が赤色の服を着ていますが、これも史実というより視覚効果を狙った演出のようです。トーリーは実際に青の印象ですが、ホイッグは黄色、というのが一般に言われるイメージカラーで、赤色は20世紀に入って出現した労働党というのが基本でしょう。19世紀初めの有名なダンディー、ボー・ブランメルが日中の服装としてしばしば黄色いベストを選んだとされるのも、彼の単なるファッションの好みではなく、政治的にホイッグ支持者だったからです。その後、20世紀においてはトーリーの後身である保守党が青、労働党が赤、ホイッグの後身の自由党(後に英自民党)が黄というのが定着したはずです。

 その他、時代考証的な正統性、というものには捉われず、特にギリシャ人監督の自由な発想や作家性を生かした異色史劇として比較的、低予算(15億円ほど)で製作した、というのが狙いの本作ですので、そういうものとして見るべきでしょう。

 セリフ回しも現代的で、要するに日本の時代劇においても、60年代、70年代の映画など見ると歌舞伎のような言葉づかいを普通に使っていますが、最近のドラマではかなり現代語に寄ったセリフにします。それは、そもそも「当時の言語」など完全再現しても理解できないほど、現代とはかけ離れているからで(つまり能や狂言みたいな言葉になるでしょう)、単なる雰囲気ものなのだから、「当時はあり得なかった言葉だけは使わない」という最低ルールだけ守ろう、という機運に変わってきたからです。本作も、最低限の基本を除いて、かなり普通の英語を話しているようですが、本作の原型は20年ほど前にデボラ・デイヴィスが脚本を書き、BBCラジオで放送されたラジオ・ドラマだったという起源を知れば、なるほどと思われます。

 

 ところで、アン女王といわれても、エリザベス女王(1世、2世ともに)やヴィクトリア女王のように有名ではありません。エリザベス1世の姉のメアリー1世も、妹との絡みでよく映画などで登場しますし、反対勢力への激しい粛清から「ブラッディ(血まみれ)メアリー」の名でカクテルに名を残しています。それから、名誉革命を経て王位に就いたアンの姉、メアリー2世も著名で、この2人のメアリーにちなんで豪華客船や戦艦の名に「クイーン・メリー」号というのがあるなど、他の歴代女王は英国史の中でもスター扱いですが、アンという女王は、はっきり言って、スチュアート王家の最後の一人であり、その後に現在の英国王室ハノーヴァー朝ウィンザー家がドイツからやって来る前の「つなぎの女王」と見なされがちの、影の薄い人物です。

 しかし、この人の時代には、フランスではあの太陽王ルイ14世がおり、英国との戦いに明け暮れていたわけで、スペイン王位後継問題をかけた「スペイン継承戦争」という全欧州規模の大戦に巻き込まれておりました。特にこの一連の戦争の中でも、北米の植民地をかけた戦争は、「アン女王戦争」と呼称されています。また、彼女はイングランドとスコットランドの「連合王国」の初代女王である、つまり本当の「英国女王(国王)」として初代である、というのも重要な点です。それまでの王様は、いずれもイングランド王であり、あるいは他の国との同君国として国王を兼任している、という状態であって、アンの時代から英国が統一的にまとまり、さらにフランスとの闘争を経て、18世紀半ば以後に「大英帝国」として世界を支配する基盤を担った、という意味でも、実は重要な分岐点にいた君主なのです。

 さらに、彼女はいろいろな曲折の結果、女王に就いた側面もあります。16世紀、チューダー王朝のヘンリー8世は、愛人アン・ブーリンと結婚したくなりカトリックから破門、英国国教会を立ち上げます。ヘンリーの後に1代おいて即位した正妻の娘メアリー1世は、カトリック回帰を図りますが、急逝。そこで、白羽の矢が立ったアン・ブーリンの娘エリザベス1世は、当然、カトリックから離れて国教会を盤石化するわけです。さて、そのエリザベスはヴァージン・クイーンであり、生涯、結婚もせず、子供もいませんでした。それで、彼女が処刑したライバル、スコットランド女王メアリ・スチュアートの子ジェームズ1世が、結局は後継者に指名されてスチュアート朝を開くわけです。このジェームズ以後、イングランド王とスコットランド王が同じ人物として兼任する、という形になります。その後、ジェームズの息子チャールズ1世の時代にまたもや宗教問題から清教徒革命を招いて国王は処刑され王制廃止、その子のチャールズ2世の時代に王政復古した、というのは有名な話。

 このように、宗教がらみがずっと騒動の火種だったので、チャールズ2世は2人の姪、メアリーとアンの宗派をプロテスタントのまま維持させた、といいます。というのも、弟のジェームズおよび、2人の娘の母親は熱心なカトリックだったためで、実際、チャールズが亡くなると即位した弟ジェームズ2世はカトリック回帰を唱え、結局、名誉革命を招いてしまいます。

 それで、プロテスタントのままだったメアリーが、嫁ぎ先のオランダから呼び戻されてメアリー2世となり、夫のオランダ総督ウィレムがウィリアム3世として、珍しい夫婦国王の時代となります。その後、メアリー、ウィリアムが亡くなり、この夫婦に後継ぎがいなかったために、妹に王位が回ってきた、というのがアン女王なわけです。そんなこんなで、王室もずっとドタバタを繰り返していた時期に、宗教問題から祖父が処刑され、父親が追放され、姉夫婦が亡くなった結果、擁立された人で、いろいろ屈折しているのは当然と言えます。

 ついでに先走ったことをいえば、アン女王は映画で描かれる通り、17人もの子供をもうけますが、誰も成長することはなく、彼女の死でスチュアート王家も途絶えます。それで再び、アンの異母弟でカトリック信者のジェームズを君主に迎えるか、王家と縁戚のプロテスタントの君主を見つけてくるか、国論は二分されるのですが、最終的にはチャールズ1世の姉の孫にあたる新教徒、ハノーヴァー選帝侯ゲオルクがドイツから迎えられてジョージ1世として即位、現在の英国王室の直系の祖となるわけです。

 

18世紀初め、イギリスは長らくルイ14世のフランスと戦争状態にあり、疲弊していました。女王アン(コールマン)は夫と17人の子供に先立たれ、痛風を患って歩行もままならない状態。女王の信任が厚い筆頭女官で幼なじみのマルバラ公夫人サラ・チャーチル(ワイズ)が、女王の代理人として政務を取り仕切り、政治や経済ばかりか軍事にまで介入している有様でした。しかし、サラの独善的な姿勢が目立つようになり、アンはサラに依存しながらも、徐々にサラを疎ましく思う場面も増えていました。

 そんな中、サラの従妹であるアビゲイル・ヒル(ストーン)がサラの元を訪れます。父親の遊蕩の結果、一家は破産し貴族の階級から没落、すべてを失ったアビゲイルは、サラの女中として働くことになります。

 しかし、痛風に悩む女王の脚を見たアビゲイルは、これをチャンスと捉えて薬草の知識を駆使し、自分を売り込んでいきます。すぐにサラの侍女に昇格したアビゲイルは、女王のサラに対する屈折した感情を察知して、接近していきます。

 夫のマルバラ公ジョン・チャーチル将軍(マーク・ゲイティス)が総司令官として出陣し、フランスとの戦争が重要な局面に差し掛かると、サラは政務や軍事に掛かり切りになり、アンは自分をないがしろにするサラに不満を覚える一方、親切にしてくれるアビゲイルに興味を抱きます。

サラはホイッグ党を率いる大蔵卿(当時の制度では事実上の首相)シドニー・ゴドルフィン(ジェームズ・スミス)と共に戦争の拡大を画策し、戦費調達のために増税することに執着し始めます。一方、連合国から離脱して、フランスとの有利な単独講和を考えるトーリー党の領袖ロバート・ハーレー(ニコラス・ホルト)は、サラと女王に近い立場のアビゲイルに接近。また、侍従武官サミュエル・マシャム大佐(ジョー・アルウィン)も、アビゲイルに興味を抱き始めます。

 アビゲイルは、サラが女王と同性愛関係にあることを知り、自らも性的な手練手管を使って女王に気に入られることに成功します。これを知ったサラは激怒し、アビゲイルを下女に戻すことにしますが、アビゲイルはすぐに女王に取り入って、女王付きの女官に取り立てられます。

 こうして、生き残りをかけたサラとアビゲイルの女の闘いが宮廷で繰り広げられます。自分に気に入られようと、醜い争いを続ける2人を、上機嫌で眺めるアン。そしてついに、アビゲイルは自分の優位を決定的にするとともに、マシャムと正式に結婚して貴族階級に戻るために、恐ろしい実力行使に出ますが…。

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 身長190センチ、「Xメン」では青い獣人ビーストを演じるニコラス・ホルトが、さらにカツラを被り、ハイヒールを履いてものすごい大男になっているのが大迫力です。そもそもあのカツラは、ルイ14世が背の低さを隠すために盛り上げた、というような話もあり、この人がステッキを持ってのし歩く姿は、本当によく目立ちます。時代劇もいけますね。

 メインを務める3人の女優の素晴らしさは、すでに各所で絶賛されているので、言うまでもないでしょう。オリヴィア・コールマンは「サッチャー 鉄の女の涙」でサッチャー首相の娘の役をやっていた人ですが、その後、演技派として急速に評価を高め、ついにアカデミー主演女優にノミネートされました。気まぐれで複雑、無能なようで実は抜け目のない絶対権力者、アン女王の孤独と存在感を見事に演じています。鬼気迫る体当たり演技のエマ・ストーン、レイチェル・ワイズの同時ノミネートも当然と言えます。

 

 史実との相違点をいくつか述べてみます。まず、実際のサラ・チャーチルはそもそも領地にいることを好み、宮廷にはあまり出てこなかった、ということらしく、アン女王がサラの態度を冷たい、としてなじったのは事実ですが、サラがあまり宮中に来ないわけなので、何事も宮廷での密室劇のように描いた映画の内容とはかなり異なるようです。また、アビゲイル・ヒルの処遇も、映画ではサラが、最下級の女中としてシンデレラのように虐待したように描きましたが、このへんも実際には、親戚としてそれなりの待遇で育てた、というのが真相らしいですね。

 アビゲイルとオックスフォード伯ロバート・ハーレーの関係については、これも映画では全くの赤の他人が、たまたま共闘したようなストーリーでしたが、史実の2人は親戚でしたので、初めから一定の関係があったと思われます。

 アン女王は初めからトーリー党を支持しており、サラはホイッグ党の支持者であって、この点では友人同士といえども、当初から対立していました。映画では、「女の闘い」の流れから、女王が行きがかり上、サラが嫌うトーリー党に乗り換えたような描き方でしたが、この点も史実とは遠いようです。また、アビゲイル・ヒル(マシャム)が女王に気に入られた理由の一つは、そもそも彼女がトーリー党支持者であったことが大きいとされております。

 史実と最も異なる点は、大蔵卿ゴドルフィン伯をホイッグ党の党首のように描いている点です。これは全く事実ではなく、彼は実はトーリー党員でした。トーリー党の領袖としてハーレーたちを入閣させると共に、しかしホイッグ党の協力も必要と考えて、若い有能なホイッグ党の政治家も入閣させ、育てました。その中に、アン女王の死後、ホイッグ党内閣を率いて英国の初代首相となるウォルポールや、スペンサー伯もいました。ゴドルフィンは亡くなる直前、サラ・チャーチルに「ウォルポールは必ず大物になるから、私の後継者と思って目をかけてやってくれ」と遺言したそうです。

 このように見ると、映画は史実とかなり離れながら、ドラマとしての自由な描き方を選んでいることがよく分かります。

 

 アン女王が崩御した後の後日譚についてもちょっと触れておきますと、トーリー党のハーレーがマルバラ公夫婦を追い出し大蔵卿に就任、フランスと結んだ講和は結果として、英国にとっては非常に意味のあるものだった、というのが歴史的評価とされております。この際の「ユトレヒト条約」により、英国は北米大陸に確固とした植民地の基盤を築き、後のアメリカ合衆国に至る道を切り開きます。しかし、アン女王亡き後にドイツからやって来た新国王ジョージ1世は、当然ながらフランスとの戦争にも加わっており、英国だけが単独講和を結んで抜けたことを恨んでいました。それで、共に戦ったマルバラ公を呼び戻すと共に、ハーレーたちトーリー党員を逮捕してしまいます。以後、ハーレーは政界を去り、ウォルポールのホイッグ党内閣が成立。トーリー党は急速に力を失うことになります。

アビゲイル・マシャムは宮廷財務官にまで昇りますが、女王の死後はすぐに宮廷を引退し、静かな晩年を過ごしたようです。一方、一連の「女の闘い」の結果、失権したマルバラ公とサラ夫人は、その後もアン女王と和解することはありませんでした。しかし、女王の死後、ジョージ1世の時代にマルバラ公は復権して大将軍(後の元帥位に相当)になり、サラも宮廷には戻りませんが、亡きゴドルフィンとの約束を守ってホイッグ党の政治家たちに協力し、政界に影響力を持ったようです。

 マルバラ公チャーチルの子孫はその後、スペンサー家と合体して存属。この家系から、後の英国首相ウィンストン・チャーチルや、元皇太子妃のダイアナ・スペンサーが生まれています。先日の「ヴィクトリア女王 最期の秘密」に、女王付き女官として登場したチャーチル男爵夫人ジェーン・スペンサーもこの一門に嫁いだ人です。

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