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2019年2月 1日 (金)

【映画評 感想】ヴィクトリア女王 最期の秘密

「ヴィクトリア女王 最期の秘密」Victoria & Abdulという映画を見ました。英国での公開は20179月で、昨年2月のアカデミー賞では衣装デザイン賞にノミネートされた作品です。日本では1年半ほど遅れての公開となりましたが、今年、2019年は女王の生誕200年ということだそうですね。20190131201923


それで思うのですが、英国王室もの映画、特に女王をテーマにした映画がこのところ、多いように思います。今年224日に発表されるアカデミー賞でも16世紀のエリザベス1世とスコットランド女王メアリ・スチュアートの確執を描いた「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」、それからメアリ・スチュアートの流れを汲むスチュアート朝の最後の君主アン女王の時代の宮廷内の抗争をテーマとした「女王陛下のお気に入り」の2本がノミネートされており、いずれも衣装デザイン賞でもオスカー争いをしています。こういう時代劇はなんといっても衣装デザイナーの腕の見せどころですが、それだけではなく、やはりEU離脱問題で揺れる現在の英国では、自国の歴史を見直したい、という機運があるように見受けられます。ここ数年、チャーチル首相とダンケルク撤退作戦を取り上げた映画が多かったのも、同じような流れではないかと思います。

ヴィクトリア女王も、偉大な君主としてしばしば映画化されている人物ですが、近年、話題になった作品として、18歳で即位した女王が、ドイツ出身のアルバート公に出会い、様々な妨害を受けながら育んだロマンスを取り上げた「ヴィクトリア女王 世紀の愛」(2009年)がありました。これはエミリー・ブラントの出世作で、アカデミー衣装デザイン賞を見事に獲得。そして、夫アルバート公が42歳の若さで亡くなった後、従僕ジョン・ブラウンとの交流を描いた「Queen Victoria 至上の恋」(1997年)では、ジョディ・デンチが40歳代の女王を演じてアカデミー主演女優賞にノミネートされました。

最愛の夫は1861年に亡くなり、その後を埋めるように現れたジョン・ブラウンも1883年に亡くなって、孤独な晩年を送る女王が最後に信頼した男性が、インドからやって来たアブドゥル・カリムでした。800pxmunshirudolf_swoboda


ということで、この映画は、晩年の女王を再びジョディ・デンチが演じて話題になったものです。

アブドゥルの存在は、彼が「ムンシMunshi(師匠)」という呼び名で、インド語の語学教師として女王に仕えていたことは知られていたものの、2人の具体的な交流については、女王の死後に英国王位とインド皇帝位を継いだ皇太子エドワード・アルバート(通称バーティー。即位後はエドワード7世)が関係書類や記録を徹底的に破棄したために、よく分からなくなっていました。

しかし、作家シュラバニ・バスの調査で、女王の遺したウルドゥー語の日記が発見され、さらにアブドゥルの親戚筋の子孫の家から、アブドゥル本人の日記も見つかって、2010年に公表されたのが、この映画の原作本だった、という次第です。

難民問題やEU離脱問題で揺れる英国で、大英帝国の栄光の象徴であるヴィクトリア女王が、イスラム教徒のインド人と極めて親密だった、という事実が実証されたことは、大きな話題となり、ついに映画化されるに至ったのです。

 

1887年。ヴィクトリア女王(デンチ)がインド皇帝を兼ね、正式にインドが英国領となってから29年が経っていました。アグラの街の刑務所に勤める24歳の事務官アブドゥル(アリ・ファザル)は、突然、女王に即位記念50周年金貨を献上する大役に抜擢されます。見たことのない英国に行き、女王の御前に出ることを彼はチャンスと捉え喜びますが、もう一人の使者がケガをして、急きょ、代役として英国に赴くことになったモハメド(アディール・アクタル)は全くやる気がありません。

その頃、女王は60歳代の後半を迎え、人生に退屈し切っていました。最愛の夫アルバートが若くして世を去ってから既に26年。その後に寵愛した従僕ジョン・ブラウンが死んでから4年。宮廷には彼女に取り入ろうとする不誠実な貴族たちが集まり、秘書のポンソンビー(ティム・ピゴット=スミス)は朝から晩までつきまとって、公務のスケジュールでがんじがらめにし、首相のソールズベリ卿(マイケル・ガンボン)は陰鬱な国際情勢ばかり語ります。王太子のバーティー(エディ・イザード)とは反りが合わず、うまくいっていませんでした。

アブドゥルとモハメドは、女王に金貨を献上してすぐに帰国するはずでしたが、女王は長身でハンサムなアブドゥルに目を留め、自分の従僕として英国に留まることを命じます。インドの言葉や文化を屈託なく話すアブドゥルは疲れ切った女王の心を癒し、すぐに単なる従僕から、女王の家庭教師であるムンシに昇格して、女王の行くところ、いつでもどこにでも付き従うようになります。

しかし、イスラム教徒のインド人が急速に寵愛されていくのを、周囲の人々が黙って見ているはずはなく、特に王太子バーティーは危機感を覚え、首相もポンソンビーに、インド人を宮廷から追い出すように命じます。

やがて、女王はアブドゥルを騎士(ナイト)に叙任すると言い出し、反発した側近たちが怒り出して大騒動に。しかし、徐々に女王も体力の衰えを自覚し、最期の日が近付いてくるのでした…。

 

ということで、映画を見ていると、ほんの数年の話のように見えてしまいますが、史実としては、アブドゥルが晩年の女王に仕えた14年間ほどの日々が描かれます。

人種や宗教に偏見のない女王は、当時としてはむしろ変わった人でした。そして、何よりハンサムで髭面、長身の男性を好んだようで、これはやはり最愛の夫の面影を追っていた部分もあると思います。

実は夫アルバートも、ドイツから入り婿として英国にやって来ており、女王が一目ぼれして、周囲の反対を押し切り、結婚にこぎ着けました。アルバートは女王を守って宮廷改革に取り組み、大きな成果を収めますが、英国の貴族層からはいろいろな妨害を受け、非常に苦労しています(このあたりは「ヴィクトリア女王 世紀の愛」によく描かれています)。そんな部分も、考えてみるとアブドゥルの立場とかなり似通っていたと言えるのではないでしょうか。

何より、アルバートも、ジョン・ブラウンも、権力者である女王に率直に語る人たちでした。晩年の孤独な女王に自然に接することができたのは、異国からやって来てしがらみのないアブドゥルだけだったのだと思われます。

とはいえ、アブドゥルが単なる無私無欲の好人物だった、というわけではなく、チャンスを捉えて出世を狙う俗物の面もあったことはきちんと描いています。インド国内においても、古くからのヒンズー教徒と、その後にインドを支配したムガール帝国のイスラム教徒とは反目しあっており、アブドゥルがイスラム教徒に都合のいい情報ばかり女王に吹き込んでいた、といった話も描かれます。何より、女王に処刑宣告まで出したセポイの反乱は、エンフィールド小銃の火薬を包む紙袋に豚の脂が防水加工として塗られていたことにイスラム教徒の傭兵(セポイ)が反発して起こした騒動だった、というのは、この映画の中で側近たちが女王に語る通りの史実です。

2人の関係が恋愛に近いものだったのかどうか。それは、その前のジョン・ブラウンとの関係でも取り沙汰される問題です。もっとも、夫の急逝後、まだ若かった時代のブラウンとの交わりと、7080歳代にかかわったアブドゥルとではやはり次元が違うでしょう。

 

さすがにアカデミー賞にノミネートされるだけあって、衣装が実に見事です。本当に息をのむほど素晴らしい従僕たちの宮廷衣装とか、また現代の背広のルーツである、いちばん上のボタンを一つだけかけたアウトドア用の上下揃い(ディトー)スーツなどなど。そして、アルバートの死後、喪服を着続けた女王の衣装もシーンごとに微妙に異なり、ほんの一瞬で終わる場面でも、肩に着けたヴィクトリア王室勲章や、胸に輝くガーター勲章、シスル勲章、聖パトリック勲章などのメダルも克明に再現しています。

ちなみに、映画の終わりの方で、女王はアブドゥルにヴィクトリア勲章のコマンダー章を授与することを発表しますが、このヴィクトリア勲章、というのは有名な「ヴィクトリア十字勲章」とは別物です。「十字勲章」は英雄的な軍人に授与される英国の最高位勲章ですが、ヴィクトリア王室勲章の方は、完全に王室が管理するもので、国家機関に諮問する必要がなく、国王の一存で与えることができるものです。アブドゥルがこの勲章を受けた理由はそのへんにあるわけです。

ところでひとつ気になったのが、最後に登場するドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の服装でした。こちらは灰緑色(フェルトグラウ)のいかにもカッコいいドイツ槍騎兵の制服に身を包み、一目でドイツからカイゼル(皇帝)が見舞いに来た、と分かるシーンでした。ヴィルヘルム2世は女王の長女の息子で、孫にあたるのです。王家が親戚であることもあり、この時代にはドイツと英国は比較的良好な関係でした。

しかしこれ、おそらく分かってやっていることと思いますが、ちょっと皇帝の服装で気付いたことがあるのです。つまり、ドイツ皇帝であることを一目で分かりやすくするために、ドイツと言えば灰緑色、というイメージの軍服を着せたのだろうと思うのです。が、史実としてはおそらく正しくありません。

女王が亡くなるのが1901年。一方、ドイツ軍で灰緑色の軍服を着るようになるのは、1907年のこと。つまり、この時代にはまだこういう色の軍服は着ていないはずで、実際にはここに掲げるような、青色(プルシャン・ブルー)の軍服を着ていたはずです。Photo


とまあ、時代考証的にはそんなことを思いましたが、繰り返しになりますが、そんなことは承知のうえでやっていることと思います。ただ、一応、服飾史家としては一言、蛇足を言いたくなったわけでございます…。

とにかく、史実をうまく組み換え、並び替えてストーリーを展開するスティーヴン・フリアーズ監督の手腕が見事です。この監督はヘレン・ミレンが現女王エリザベス2世を演じてアカデミー主演女優賞を獲得した「クィーン」(2006年)の監督でもあり、史実の料理の仕方が実に巧妙です。

ジョディ・デンチをはじめ的確な配役の面々も素晴らしい演技を見せ、心を揺さぶってくれます。秘書役を好演したティム・ピゴット=スミスはこの後に亡くなり、遺作となりました。

こういう見応えのある史劇を作るのに、英国王室の歴史は中世から現代まで、どこを取り上げても興味深い逸話の宝庫です。「女王ものに外れなし」、という感を改めて強くしました。

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