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2019年2月28日 (木)

ひつじさんが1匹、ひつじさんが2匹…。

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 気が付くと2月も終わり。早いですね。

 なんとなく通りがかりのお店で見つけた「ひつじさん」のぬいぐるみ。

「かわいい…」と思った次の瞬間、我が家に(笑)。

上の方は飛行帽を被った防寒仕様で、下のは西川のムートンという本格仕様です。

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2019年2月23日 (土)

【映画評 感想】アリータ: バトル・エンジェル

映画「アリータ: バトル・エンジェル」Alita: Battle Angelを見ました。ジェームズ・キャメロンが脚本、製作を務め、「エル・マリアッチ」や「シン・シティ」で知られるロバート・ロドリゲス監督がメガホンを執っている本作。実は日本の漫画を原作にしています。1


 

ここでちょっと脱線して、個人的な話を書きます。

私は子供のころ、それほど熱心な「漫画読み」ではありませんでした。漫画雑誌を毎号、買う、という習慣がなかったのです。しかし一方で、近所の床屋さんの店主が漫画好きな人で、待ち時間には新しい漫画雑誌が読み放題、という環境でもありました。この床屋さんのおかげで、たまたま手に取った漫画雑誌の中で、私はいくつか、記憶に残る印象深い作品に出会いました。「サーキットの狼」「ドカベン」「Dr.スランプ」「ガキデカ」「こちら亀有公園前派出所」といった作品の最初の1回目を、かなり鮮明に覚えています。いずれも最初ですから、全く無名な漫画です。しかし非常に印象が強く、その後になって超有名作品に成長したことを知りました。思うに、自分にも目利きの能力はあるのだろうと感じます。

といっても、たまたま床屋で読むだけですから、2回目以後の展開は知らないことも多く、「ドカベン」などは、後になってこのあだ名で有名になった野球選手が登場した際に驚愕しました。というのも、あの作品は、主人公の中学時代を描いた初期は柔道部が舞台で、1回目しか知らない私は、長い間、ドカベンというのは柔道漫画だと信じていたからです。

こんな感じで、熱心な読み手ではないけれども、たまたま出会った印象的な作品をよく覚えている、という経験は、大人になってからもあったのです。思い返すと1991年頃、平成の初めの時代です。確か会社の同僚から「もう読んだからあげるよ」と「ビジネスジャンプ」誌を渡されました。その当時、長らく漫画など全く読んでいなかったので、最近の漫画はこんな感じか、と思いました。たくさんの作品があったはずですが、記憶に残っているのは2作品だけ。ひとつは女性下着の開発をする人たちを描く「甘い生活」という作品の最初の方で、なんでもその後、何十年も続く人気作品になったそうですね。

そしてもうひとつ、ものすごく運動神経のいい少女が、深い竪穴の中に飛び降りて、スタッ、と地底に立つ、というだけの作品。「ガリィ」と名乗る少女のシャツの袖は破れており、機械の腕が見えることから、おそらく彼女は人間ではなくアンドロイドかサイボーグなのだろう、というのは分かりました。絵の描写が大きく伸びやかで、非常に魅力的なのですが、たっぷり余白を使ったコマ割りで、その1回では穴に飛び降りる以外、ほとんどストーリーが進みません。ガリィの育ての親らしき人物がちょっと登場するだけ。もっぱら彼女が走り、跳躍し、人間離れした身体能力を見せつけるだけ、なのですが、これがなんとも印象深いのです。何事も起きない「つなぎ」的な回ですが、大変、インパクトがあると思いました。

その時は、漫画の題名も覚えないままで終わりました。それから30年近くたって、キャメロンが日本の漫画を原作にした映画に取り組んでいる、という話になり、初期の予告映像を見て、私はすぐにピンと来たのです。これは「アリータ」と名を変えているが、あの「ガリィ」だ、と。

こうして、遅ればせながら、私はあの漫画が木城ゆきと作の「銃夢」(がんむ)であったことを知ったのです。やはり私には、漫画を目利きする能力はあるようです。Photo


 

キャメロンに「銃夢」を紹介したのは、日本の漫画やアニメに詳しいギレルモ・デル・トロで、それから二十数年、キャメロンは本作の映画化をずっと模索していたそうです。しかしあの「アバター」が、キャメロン自身が「タイタニック」で打ち立てた歴代興行収入記録を塗り替え、全世界で3000億円に達しようというほどの超大ヒットを収めてしまったことで、計画は狂いました。「アバター」の続編4本を同時製作することとなり、「アリータ」は着手できずじまい。そこに現れたのがロバート・ロドリゲスだった、という次第です。

クリストフ・ヴァルツ、ジェニファー・コネリー、マハーシャラ・アリと、主要なキャストは皆、アカデミー賞俳優で固めています。主演のローサ・サラザールは、「メイズ・ランナー」シリーズでブレイクした伸び盛りの若手。オーディションを勝ち抜いて大抜擢されました。その他は、ミュージカル出身で映画初挑戦のキーアン・ジョンソンなど、期待の新人からベテランまで、いろいろな人が配置されています。

 

時代は26世紀の未来。火星連邦(URM)との「没落戦争」から300年が経過し、人類の文明は荒廃。戦争で唯一、生き残った空中都市ザレムが、地上のクズ鉄町「アイアンシティー」を支配しています。空中都市は地上の人から見て憧れの別世界で、上がっていくことは許されません。この時代、人々は身体をサイボーグ化した者と、生身のままの者に分かれており、また法律により銃の携帯は一切許されていません。

アイアンシティーの医師イド(ヴァルツ)は、ザレムから落ちてきたゴミの山の中に、生きているサイボーグの少女の頭部を発見します。彼はこれを持ち帰って蘇生し、「アリータ」と名付けて娘のように見守ります。

自分の本名も忘れ、それまでの記憶もなく、存在する意味も分からないアリータは、街で親切な青年ヒューゴ(ジョンソン)と知り合い、親しくなります。また、謎の女性チレン(コネリー)から声をかけられ、いぶかしく思います。

しかしヒューゴには裏の顔があり、ザレムの指導者の指示を受けて地上を統括しているベクター(アリ)の配下として、何やら秘密の行動をとっています。

アリータは育ての親のイドが、夜になると密かに出かけて行って、日によっては怪我をして、血を流しながら帰ってくることに気が付きます。

ある晩、イドの後を密かに尾行したアリータは、イドが夜になると、お尋ね者のサイボーグを狩る賞金稼ぎ「ハンター戦士」として活動していることを知ります。その日、ニシアナ(エイサ・ゴンサレス)とグリュシカ(ジャッキー・アール・ヘイリー)という凶悪なサイボーグと戦い、窮地に陥っているイドを見て、アリータの中で何かが動き出します。圧倒的な格闘の強さで、ニシアナを倒し、グリュシカを撃退したアリータは、自分が本来、精強な戦士であったことを知るのです。

やがてアリータは、自分が300年前の戦争の生き残りで、URMが製造した最強兵器の一人であることを知ります。宿敵のグリュシカや、アリータを敵視するハンターのザパン(エド・スクレイン)との戦いを通じて、アリータは自分が本来、何者なのかを徐々に思い出していきます。

ベクターは、ザレムの指導者ノヴァから指令を受け、アリータと親しいヒューゴを利用して、自分が興行を支配している命がけの格闘球技「モーターボール」の試合に、アリータを出場させようと目論みます。ノヴァの命令を受けるベクターの傍らには、チレンの姿もありました。実は彼女は、かつてイドの妻であり、「アリータ」というのも、本来は、イドとチレンの間に生まれた娘の名前だったのです…。

こうして、ベクターの思惑通り、モーターボールの試合に出場することになったアリータですが、それは彼女の命を奪うために仕組まれた罠でした。同じころ、ヒューゴはザパンに襲われ、絶体絶命のピンチに。アリータは自分の危機を乗り越えたうえで、ヒューゴを救出しなければならなくなりますが…。

 

ということで、さすがにジェームズ・キャメロンが携わった作品です。原作の持ち味を生かしながら、驚くべき映像を次々に繰り出してきます。また、ドラマの核となる少女の成長、イドとアリータの間の、父娘のような愛情や、ヒューゴとの恋愛模様なども、丁寧に描き出されて感動を呼びます。これは「ターミネーター」であっても「アバター」「エイリアン2」であっても言えることですが、キャメロン独特のヒューマニティーが色濃いため、キャラクターが生き生きと描写され、凡百なSF作品にありがちな、映像頼み、ギミック頼みのこけおどしに落ちることは決してない、ということが本作でもいえると思います。

何よりも、キャメロンとロドリゲスが原作に対して敬意を払っている、と感じられます。アリータの目は非常に大きく、まさに漫画のようですが、このために彼女が人間ではないことがはっきりと示されています。これは、原作の「ガリィ」のイメージを大事にしたかった、という要素も大きいそうです。

映画を見ていて、はっきりと分かりました。アリータが、地下に潜むグリュシカと戦うために、深い穴に飛び込んでいく情景が確かに描き出されました。これこそ、私が30年近く前にたまたま読んだ「銃夢」のあのシーンだ、とすぐに理解できました。しばしば原作が何だったか分からなくなるほど損なってしまう、いや破壊してしまう「実写映画化」が行われますが、そういう企画はおおむね死屍累々、まず成功しません。もちろん「銃夢」の熱心なファンの方がどう思われるのか、はちょっと分からないのですが、少なくとも、これほど丁寧な映像化をされて、原作も冥利に尽きるのではないかと思う次第です。

キャメロンほどの人が二十何年もかかって実現した本作は、期待を裏切らない出来栄えだと思います。それだけ時間がかかったために、「アバター」などによる映像の革新の成果が取り入れられ、モーション・キャプチャーの完成度も驚異的なレベルに到達しています。そういう意味で、満を持して登場した、という一作です。原作に従って、二作目以後が当然、あってよい、というかあるべきエンディングになっておりますので、ぜひ続編も、と期待されるところです。

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2019年2月20日 (水)

【映画評 感想】女王陛下のお気に入り

映画「女王陛下のお気に入り」The Favourite を見ました。原題はまさに「お気に入り」そのものですね。ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督の新作で、今年のアカデミー賞レースでは「グリーン・ブック」「ローマ/ROMA」「ボヘミアン・ラプソディ」などと競り合う有力作品と目されています。何しろ作品賞、監督賞、主演女優賞(オリヴィア・コールマン)に助演女優賞(レイチェル・ワイズとエマ・ストーン)、脚本賞、さらに衣装デザイン賞ではサンディ・パウエルが本作と、「メリー・ポピンズ・リターンズ」の2作でいずれもノミネート、という具合です。Photo


 有力候補作の中で、純然たる史劇というのは18世紀初頭を舞台とする本作だけですが、 いわゆる時代考証的な意味で正統な歴史劇なのか、というと、それは違うかもしれません。たとえば衣装についても、これまで「ヴィクトリア女王 世紀の愛」などでオスカーを受賞していて歴史ものが得意のサンディ・パウエルが、監督の方針もあって、歴史的な正しさからはあえて逸脱した作家性を打ち出していることが見て取れます。もちろん、一見すると思いっきり18世紀です。同時代のフランスにはルイ14世が君臨している時代で、男性たちは高く盛り上げた奇妙なカツラを被り、顔におしろいをつけて、付けボクロを付け(このおしろいや付けボクロも、アン女王の時代よりも、フランスでいうとルイ15世の時代、英国ではハノーヴァー王家が登場する少し後の時代の流行かもしれません)、袖を大きく折り返してたくさんのボタンで飾り立てたジュストコールという長いコート状の上着。帽子は三角帽で、手にステッキを構え、半ズボンに長い靴下、足元はハイヒールです。

 女性はパニエという補助具で膨らませたスカートが流行した時代で、少し前の時代の釣り鐘型のファージンゲールや、19世紀半ば以後に流行る円錐形のクリノリン、お尻だけ膨らませたバッスル、などとは異なり、いかにもこの時代を思わせる「横方向に四角く膨らんだ」スカートが特徴です。

 このように、一見した特徴は完全にこの時代そのものなのですが、色や素材は史実にとらわれず、その当時にはあり得ない現代的な素材なども駆使して製作したそうです。特に、暗鬱な宮廷内の闘争を描く作品なので、女性たちは皆、ほとんど白と黒の2色しか使わない衣装を着ています。実際に、16世紀以後のスペインや、19世紀のヴィクトリア女王の時代の英国で、黒色が大流行しますが、アン女王の治世には本当はもっといろいろな色彩の絢爛豪華なドレスがあったと思われます。

 男性については、英国陸軍の軍人たちが赤い軍服を着ているのは当然(1645年以来の伝統)として、政治家の描写では、当時の2大政党であるトーリー党が青色、ホイッグ党が赤色の服を着ていますが、これも史実というより視覚効果を狙った演出のようです。トーリーは実際に青の印象ですが、ホイッグは黄色、というのが一般に言われるイメージカラーで、赤色は20世紀に入って出現した労働党というのが基本でしょう。19世紀初めの有名なダンディー、ボー・ブランメルが日中の服装としてしばしば黄色いベストを選んだとされるのも、彼の単なるファッションの好みではなく、政治的にホイッグ支持者だったからです。その後、20世紀においてはトーリーの後身である保守党が青、労働党が赤、ホイッグの後身の自由党(後に英自民党)が黄というのが定着したはずです。

 その他、時代考証的な正統性、というものには捉われず、特にギリシャ人監督の自由な発想や作家性を生かした異色史劇として比較的、低予算(15億円ほど)で製作した、というのが狙いの本作ですので、そういうものとして見るべきでしょう。

 セリフ回しも現代的で、要するに日本の時代劇においても、60年代、70年代の映画など見ると歌舞伎のような言葉づかいを普通に使っていますが、最近のドラマではかなり現代語に寄ったセリフにします。それは、そもそも「当時の言語」など完全再現しても理解できないほど、現代とはかけ離れているからで(つまり能や狂言みたいな言葉になるでしょう)、単なる雰囲気ものなのだから、「当時はあり得なかった言葉だけは使わない」という最低ルールだけ守ろう、という機運に変わってきたからです。本作も、最低限の基本を除いて、かなり普通の英語を話しているようですが、本作の原型は20年ほど前にデボラ・デイヴィスが脚本を書き、BBCラジオで放送されたラジオ・ドラマだったという起源を知れば、なるほどと思われます。

 

 ところで、アン女王といわれても、エリザベス女王(1世、2世ともに)やヴィクトリア女王のように有名ではありません。エリザベス1世の姉のメアリー1世も、妹との絡みでよく映画などで登場しますし、反対勢力への激しい粛清から「ブラッディ(血まみれ)メアリー」の名でカクテルに名を残しています。それから、名誉革命を経て王位に就いたアンの姉、メアリー2世も著名で、この2人のメアリーにちなんで豪華客船や戦艦の名に「クイーン・メリー」号というのがあるなど、他の歴代女王は英国史の中でもスター扱いですが、アンという女王は、はっきり言って、スチュアート王家の最後の一人であり、その後に現在の英国王室ハノーヴァー朝ウィンザー家がドイツからやって来る前の「つなぎの女王」と見なされがちの、影の薄い人物です。

 しかし、この人の時代には、フランスではあの太陽王ルイ14世がおり、英国との戦いに明け暮れていたわけで、スペイン王位後継問題をかけた「スペイン継承戦争」という全欧州規模の大戦に巻き込まれておりました。特にこの一連の戦争の中でも、北米の植民地をかけた戦争は、「アン女王戦争」と呼称されています。また、彼女はイングランドとスコットランドの「連合王国」の初代女王である、つまり本当の「英国女王(国王)」として初代である、というのも重要な点です。それまでの王様は、いずれもイングランド王であり、あるいは他の国との同君国として国王を兼任している、という状態であって、アンの時代から英国が統一的にまとまり、さらにフランスとの闘争を経て、18世紀半ば以後に「大英帝国」として世界を支配する基盤を担った、という意味でも、実は重要な分岐点にいた君主なのです。

 さらに、彼女はいろいろな曲折の結果、女王に就いた側面もあります。16世紀、チューダー王朝のヘンリー8世は、愛人アン・ブーリンと結婚したくなりカトリックから破門、英国国教会を立ち上げます。ヘンリーの後に1代おいて即位した正妻の娘メアリー1世は、カトリック回帰を図りますが、急逝。そこで、白羽の矢が立ったアン・ブーリンの娘エリザベス1世は、当然、カトリックから離れて国教会を盤石化するわけです。さて、そのエリザベスはヴァージン・クイーンであり、生涯、結婚もせず、子供もいませんでした。それで、彼女が処刑したライバル、スコットランド女王メアリ・スチュアートの子ジェームズ1世が、結局は後継者に指名されてスチュアート朝を開くわけです。このジェームズ以後、イングランド王とスコットランド王が同じ人物として兼任する、という形になります。その後、ジェームズの息子チャールズ1世の時代にまたもや宗教問題から清教徒革命を招いて国王は処刑され王制廃止、その子のチャールズ2世の時代に王政復古した、というのは有名な話。

 このように、宗教がらみがずっと騒動の火種だったので、チャールズ2世は2人の姪、メアリーとアンの宗派をプロテスタントのまま維持させた、といいます。というのも、弟のジェームズおよび、2人の娘の母親は熱心なカトリックだったためで、実際、チャールズが亡くなると即位した弟ジェームズ2世はカトリック回帰を唱え、結局、名誉革命を招いてしまいます。

 それで、プロテスタントのままだったメアリーが、嫁ぎ先のオランダから呼び戻されてメアリー2世となり、夫のオランダ総督ウィレムがウィリアム3世として、珍しい夫婦国王の時代となります。その後、メアリー、ウィリアムが亡くなり、この夫婦に後継ぎがいなかったために、妹に王位が回ってきた、というのがアン女王なわけです。そんなこんなで、王室もずっとドタバタを繰り返していた時期に、宗教問題から祖父が処刑され、父親が追放され、姉夫婦が亡くなった結果、擁立された人で、いろいろ屈折しているのは当然と言えます。

 ついでに先走ったことをいえば、アン女王は映画で描かれる通り、17人もの子供をもうけますが、誰も成長することはなく、彼女の死でスチュアート王家も途絶えます。それで再び、アンの異母弟でカトリック信者のジェームズを君主に迎えるか、王家と縁戚のプロテスタントの君主を見つけてくるか、国論は二分されるのですが、最終的にはチャールズ1世の姉の孫にあたる新教徒、ハノーヴァー選帝侯ゲオルクがドイツから迎えられてジョージ1世として即位、現在の英国王室の直系の祖となるわけです。

 

18世紀初め、イギリスは長らくルイ14世のフランスと戦争状態にあり、疲弊していました。女王アン(コールマン)は夫と17人の子供に先立たれ、痛風を患って歩行もままならない状態。女王の信任が厚い筆頭女官で幼なじみのマルバラ公夫人サラ・チャーチル(ワイズ)が、女王の代理人として政務を取り仕切り、政治や経済ばかりか軍事にまで介入している有様でした。しかし、サラの独善的な姿勢が目立つようになり、アンはサラに依存しながらも、徐々にサラを疎ましく思う場面も増えていました。

 そんな中、サラの従妹であるアビゲイル・ヒル(ストーン)がサラの元を訪れます。父親の遊蕩の結果、一家は破産し貴族の階級から没落、すべてを失ったアビゲイルは、サラの女中として働くことになります。

 しかし、痛風に悩む女王の脚を見たアビゲイルは、これをチャンスと捉えて薬草の知識を駆使し、自分を売り込んでいきます。すぐにサラの侍女に昇格したアビゲイルは、女王のサラに対する屈折した感情を察知して、接近していきます。

 夫のマルバラ公ジョン・チャーチル将軍(マーク・ゲイティス)が総司令官として出陣し、フランスとの戦争が重要な局面に差し掛かると、サラは政務や軍事に掛かり切りになり、アンは自分をないがしろにするサラに不満を覚える一方、親切にしてくれるアビゲイルに興味を抱きます。

サラはホイッグ党を率いる大蔵卿(当時の制度では事実上の首相)シドニー・ゴドルフィン(ジェームズ・スミス)と共に戦争の拡大を画策し、戦費調達のために増税することに執着し始めます。一方、連合国から離脱して、フランスとの有利な単独講和を考えるトーリー党の領袖ロバート・ハーレー(ニコラス・ホルト)は、サラと女王に近い立場のアビゲイルに接近。また、侍従武官サミュエル・マシャム大佐(ジョー・アルウィン)も、アビゲイルに興味を抱き始めます。

 アビゲイルは、サラが女王と同性愛関係にあることを知り、自らも性的な手練手管を使って女王に気に入られることに成功します。これを知ったサラは激怒し、アビゲイルを下女に戻すことにしますが、アビゲイルはすぐに女王に取り入って、女王付きの女官に取り立てられます。

 こうして、生き残りをかけたサラとアビゲイルの女の闘いが宮廷で繰り広げられます。自分に気に入られようと、醜い争いを続ける2人を、上機嫌で眺めるアン。そしてついに、アビゲイルは自分の優位を決定的にするとともに、マシャムと正式に結婚して貴族階級に戻るために、恐ろしい実力行使に出ますが…。

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 身長190センチ、「Xメン」では青い獣人ビーストを演じるニコラス・ホルトが、さらにカツラを被り、ハイヒールを履いてものすごい大男になっているのが大迫力です。そもそもあのカツラは、ルイ14世が背の低さを隠すために盛り上げた、というような話もあり、この人がステッキを持ってのし歩く姿は、本当によく目立ちます。時代劇もいけますね。

 メインを務める3人の女優の素晴らしさは、すでに各所で絶賛されているので、言うまでもないでしょう。オリヴィア・コールマンは「サッチャー 鉄の女の涙」でサッチャー首相の娘の役をやっていた人ですが、その後、演技派として急速に評価を高め、ついにアカデミー主演女優にノミネートされました。気まぐれで複雑、無能なようで実は抜け目のない絶対権力者、アン女王の孤独と存在感を見事に演じています。鬼気迫る体当たり演技のエマ・ストーン、レイチェル・ワイズの同時ノミネートも当然と言えます。

 

 史実との相違点をいくつか述べてみます。まず、実際のサラ・チャーチルはそもそも領地にいることを好み、宮廷にはあまり出てこなかった、ということらしく、アン女王がサラの態度を冷たい、としてなじったのは事実ですが、サラがあまり宮中に来ないわけなので、何事も宮廷での密室劇のように描いた映画の内容とはかなり異なるようです。また、アビゲイル・ヒルの処遇も、映画ではサラが、最下級の女中としてシンデレラのように虐待したように描きましたが、このへんも実際には、親戚としてそれなりの待遇で育てた、というのが真相らしいですね。

 アビゲイルとオックスフォード伯ロバート・ハーレーの関係については、これも映画では全くの赤の他人が、たまたま共闘したようなストーリーでしたが、史実の2人は親戚でしたので、初めから一定の関係があったと思われます。

 アン女王は初めからトーリー党を支持しており、サラはホイッグ党の支持者であって、この点では友人同士といえども、当初から対立していました。映画では、「女の闘い」の流れから、女王が行きがかり上、サラが嫌うトーリー党に乗り換えたような描き方でしたが、この点も史実とは遠いようです。また、アビゲイル・ヒル(マシャム)が女王に気に入られた理由の一つは、そもそも彼女がトーリー党支持者であったことが大きいとされております。

 史実と最も異なる点は、大蔵卿ゴドルフィン伯をホイッグ党の党首のように描いている点です。これは全く事実ではなく、彼は実はトーリー党員でした。トーリー党の領袖としてハーレーたちを入閣させると共に、しかしホイッグ党の協力も必要と考えて、若い有能なホイッグ党の政治家も入閣させ、育てました。その中に、アン女王の死後、ホイッグ党内閣を率いて英国の初代首相となるウォルポールや、スペンサー伯もいました。ゴドルフィンは亡くなる直前、サラ・チャーチルに「ウォルポールは必ず大物になるから、私の後継者と思って目をかけてやってくれ」と遺言したそうです。

 このように見ると、映画は史実とかなり離れながら、ドラマとしての自由な描き方を選んでいることがよく分かります。

 

 アン女王が崩御した後の後日譚についてもちょっと触れておきますと、トーリー党のハーレーがマルバラ公夫婦を追い出し大蔵卿に就任、フランスと結んだ講和は結果として、英国にとっては非常に意味のあるものだった、というのが歴史的評価とされております。この際の「ユトレヒト条約」により、英国は北米大陸に確固とした植民地の基盤を築き、後のアメリカ合衆国に至る道を切り開きます。しかし、アン女王亡き後にドイツからやって来た新国王ジョージ1世は、当然ながらフランスとの戦争にも加わっており、英国だけが単独講和を結んで抜けたことを恨んでいました。それで、共に戦ったマルバラ公を呼び戻すと共に、ハーレーたちトーリー党員を逮捕してしまいます。以後、ハーレーは政界を去り、ウォルポールのホイッグ党内閣が成立。トーリー党は急速に力を失うことになります。

アビゲイル・マシャムは宮廷財務官にまで昇りますが、女王の死後はすぐに宮廷を引退し、静かな晩年を過ごしたようです。一方、一連の「女の闘い」の結果、失権したマルバラ公とサラ夫人は、その後もアン女王と和解することはありませんでした。しかし、女王の死後、ジョージ1世の時代にマルバラ公は復権して大将軍(後の元帥位に相当)になり、サラも宮廷には戻りませんが、亡きゴドルフィンとの約束を守ってホイッグ党の政治家たちに協力し、政界に影響力を持ったようです。

 マルバラ公チャーチルの子孫はその後、スペンサー家と合体して存属。この家系から、後の英国首相ウィンストン・チャーチルや、元皇太子妃のダイアナ・スペンサーが生まれています。先日の「ヴィクトリア女王 最期の秘密」に、女王付き女官として登場したチャーチル男爵夫人ジェーン・スペンサーもこの一門に嫁いだ人です。

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2019年2月 9日 (土)

【映画評 感想】アクアマン

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  映画「アクアマン」
Aquamanを見ました。映像の素晴らしさは近年でも最高レベルで、見たこともない海底の世界や生物が描かれます。それに心を揺さぶられる恋愛要素、家族の絆といったドラマの面でも見事です。アクションの質の高さもさすがで、マレーシアが生んだ鬼才ジェームズ・ワン監督の手腕が光ります。

本作はDCコミックスの「DCエクステンデッド・ユニバース」6作目にあたり、すでに興行収入1100億円超えの大ヒット作となっています。

 はっきり言って、スーパーマンやバットマン、ワンダーウーマンと言った「著名なスーパーヒーロー、ヒロイン」と比べると、知名度が低いアクアマン。映像化シリーズにおいても、すでにそういった有名超人と「ジャスティス・リーグ」などで共演していたものの、正直なところ、これまではあまり注目されていませんでした。ところが単独作品化したところ、大化けしてくれた、というわけです。水中では時速160キロで泳ぎ、筋力は普通の人間の150倍、銃弾はおろかグレネード弾の直撃でもビクともしない、という設定は、まさに「海のスーパーマン」です。

 アクアマンは、最近、登場したようなものではなく、第2次大戦中の1941年にコミックに初登場した歴史のあるキャラクターです。38年にスーパーマンが登場してわずか3年後であり、同じ年にデビューした同期にはキャプテン・アメリカがいる、ということで、老舗といっていいキャラですね。当時の時代背景から、最初のアクアマンは、ナチス・ドイツのUボート(潜水艦)と戦うヒーローだったようです。

古代に海底に沈んだアトランティス帝国の末裔で、地上で普通の子供として育ったのだけれど、実は王位継承者である、という、いわゆる「アーサー王伝説」型のヒーローで、それ自体は昔から英雄伝説ではよくあるお話。実際、主人公の名前がアーサーなのも、アーサー王にちなんでいます。ライバル関係の兄弟がいたり、海神ポセイドンに由来するトライデント(三叉の鉾)がテーマになったり、と似たような設定の作品もいろいろ思い浮かびます。

 しかし、なんといっても異色なのは、原作コミックで典型的な金髪美形のヒーローだったアクアマンを、ハワイ出身で荒くれ者のイメージが強いジェイソン・モモアが演じた点です。黒髪で全身にタトゥーを入れた武骨な、だけど知的で愛嬌があって憎めないアクアマン、というのはいかにも現代的なひねり方で、父親役にニュージーランド出身のテムエラ・モリソン、母親役にはオーストラリア出身のニコール・キッドマンを配して、どこか「モアナと伝説の海」を思わせる海洋映画になったことで、非常に魅力的な作風になりました。舞台設定も、アメリカ、海底のほかにサハラ砂漠、イタリア、さらにロシアの潜水艦、といろいろな文化圏を取り上げて、小さな枠に収まらない作風になっています。今のアメリカでは、スーパーマンやキャプテン・アメリカのような、伝統的で直球勝負型のヒーローから、「ブラック・パンサー」や「ワンダーウーマン」「デッドプール」といった、文化的な背景や設定に多様性のあるものが受けるようになって、実際に大ヒットしていますが、この作品もそういう流れの中で大いに存在感を示しているように思います。

 ところで、この作品の世界では、洋上にあったアトランティス帝国が水没した後、この国の人々は高い科学技術力により、水中生活に適した体質に進化した、ということになっています。だから、彼らは水中でしか行動できず、陸上に上がるには宇宙服のようなスーツを着ていないといけません。彼らのヘルメットの内側は、空気ではなくて海水で満ちているわけです。海底国家となって以来、アトランティスの本家のほかに、六つの分家の王制国家に分かれています。アトランティス王国と、隣国ゼベル王国の人々は地上の人類と同じような姿かたちのままですが、人魚のような姿になった魚人王国、ヤドカリのような姿に変化した甲殻王国、さらに知性を失い化け物のように退化してしまった海溝王国、かつては海底にあったが地殻変動により、今ではサハラ砂漠となって事実上、滅亡した砂海王国、さらに作中では登場しないもう一つの王国が存在する模様です。

 そして、陸上では呼吸できないのが基本ですが、いずれの王国においても王族の人々だけは、地上で呼吸できる、とされています。それで、アクアマンをはじめ、母親のアトランナや、アクアマンの弟オーム、ゼベル国王ネレウス、その娘のメラ、といった主要な人物は、地上でも自由に行動できるわけです。

 

 1985年、アメリカ・メイン州の灯台を守るトム・カリー(モリソン)は、嵐の海から岸に打ち上げられた美女アトランナ(キッドマン)を助けます。彼女は海底の帝国アトランティスの女王と名乗り、望まない政略結婚から逃れてきたのだ、と言います。優しいトムに心ひかれたアトランナはほどなく恋に落ち、一人息子アーサー(モモア)が生まれます。

 しかし、彼女の行為はアトランティス国家に対する反逆行為であり、ついに追手が灯台に攻めてきます。愛する夫と息子を守るために、アトランナは後ろ髪をひかれながら海に戻っていきます。「いつかきっと、この桟橋に戻ってくる」と言い残して。

 そして現代。大人に成長し、海賊に襲撃されたロシア海軍の潜水艦を救援するアーサーの姿がありました。彼は、アクアマンと呼ばれて、既に超人として世に知られるようになっています。潜水艦を巡る戦いで、海賊の首領ジェシー・ケイン(マイケル・ビーチ)が命を落とし、その息子デビッド・ケイン(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)は父の仇としてアーサーを激しく憎みます。

 その頃、アトランナの息子で、アーサーの異父弟にあたるオーム(パトリック・ウィルソン)はアトランティス王位を継ぎ、さらに七つの海底国家を統合して海の皇帝である「海洋の覇者(オーシャン・マスター)」を名乗ろうと野心を募らせていました。そればかりでなく、地上の世界に侵攻し、全世界を治める覇王となる、という途方もない考えに取りつかれています。古来の取り決めにより、地上侵攻のためには、少なくとも四つの国の同意か服属が必要とされています。アトランティスの分家で、アトランティスに匹敵する有力な海底国家ゼベル国の王ネレウス(ドルフ・ラングレン)は、オーム王の考え方を危険視しています。また、アトランティスの重臣で軍の参謀を務めるバルコ(ウィレム・デフォー)も、オーム王の侵略的な性格を危惧しています。彼は密かに地上のアーサーを育て、アトランティスの情報を教え、武芸を仕込んで、見守ってきた存在です。

 ネレウス王の娘で、オームの婚約者でもあるメラ王女(アンバー・ハード)は、アーサーのもとを訪れ、地上に危険が迫っていること、海底の世界にやって来てオームの暴走を止めてほしいことを訴えます。しかしアーサーはバルコから、母親アトランナが、地上の人間と交わって子供を産んだことを理由に処刑された、と聞かされており、自分の存在が母アトランナを苦しめ、ついには死に追いやった、と自責の念にとらわれており、海底の世界に行くことを拒み続けています。

 しかし、そんなある日、「地上の国の潜水艦」がアトランティスを攻撃してきます。オームは地上への報復を唱え、ネレウスもそれに従わざるを得なくなります。ところが、その潜水艦というのはオームが演出した狂言で、あの海賊デビッド・ケインが加担して行われた謀略だったのです。

 大津波が地上を襲い、父親トムが危うく命を落としそうになるに及び、ついにアーサーはメラと共に海底に赴くことを決意します。そこで彼はバルコから、真の王位継承者を名乗るには、アトランティスの初代アトラン王(グレアム・マクタヴィッシュ)がどこかに秘匿した伝説の武器、トライデントを手に入れる必要がある、と聞かされます。

 まもなく捕えられたアーサーは、王位をかけてアトランティスの国民が見守る中、オームと決闘することになります。長年かけて準備万端を整えていたオームに歯が立つはずもなく、敗北寸前のピンチに陥りますが、見かねたメラがアーサーを救出。そして2人は、アトラン王のトライデントを求めて、アフリカのサハラ砂漠、さらにイタリアのシチリアへと探索の旅に出ますが、その行く手には思わぬ敵が待ち受けていました…。

 

 といったことで、非常に濃厚なドラマが展開しますが、脚本の整理がよいので、分かりにくいこともなく、といって話が飛び過ぎることもなく、巧みな演出に感心しました。過去の話と現在の話があり、海底にいくつもの王国があり、地上の世界も次々に舞台が変わっていくので、下手な脚本だと、何が何だか分からなくなる、という恐れが十分にあるわけで、事実、そういう実例もこの手の作品には多いわけですが、本作は実に見事だと思います。

 キャスティングも非常に凝っていると思います。

 主演のモモアの存在感と、ワイルドなのにチャーミングな人柄はまさにこの映画の核。真っ赤な髪に染めたアンバー・ハードは、強気でじゃじゃ馬なお姫様、という役柄には、まさにはまり役ですね。この主演の2人の魅力が作品を支えているのは言うまでもありません。

なんといってもいい味を出しているのがウィレム・デフォーの古武士のような風格。髪型も日本の武士のようなスタイルで、デフォー本人が「日本のサムライのイメージで」と求めたからこうなったそうです。確かに黒澤明の映画に出てくる戦国時代の侍大将のような、静かな佇まいの中に威厳のあるキャラに仕上がっています。

 ドルフ・ラングレンがこういう形で出てくる、というのも意表を突かれました。人間核弾頭などと呼ばれ、「ロッキー」シリーズで知られるアクション・スターですが、今回は、アクションは若い人たちに譲り、思慮深い国王として存在感を示しています。

 敵役となるパトリック・ウィルソンは、「オペラ座の怪人」以来、「アラモ」「プロメテウス」など、あちこちの映画で顔を出すほか、ジェームズ・ワン監督の大ヒット実話ホラー「死霊館」シリーズで活躍する人。オーム王は原作では一見してダークな悪役ですが、今回は出来るだけモモアのワイルドなアクアマンとは対照的なキャラにしているとか。金髪で徹底的にきれい目なルックスにして、むしろ原作のアクアマンの印象に近い感じです。

 ニコール・キッドマンとテムエラ・モリソンの恋愛ドラマは、この作品の中で時間は短いながら中核ともいえる部分で、監督も「この2人のパートが好き」と言っています。さすがの実力者2人で、しっかりと見せてくれます。モリソンと言えば「スター・ウォーズ」のジャンゴ・フェットで有名で、「モアナと伝説の海」ではモアナのお父さんの役もやっていました。

 アトラン王役のマクタヴィッシュは、「ホビット」シリーズでドワーフの勇者ドワーリンを演じて注目されました。それから、甲殻類の国の王ブラインの声をジョン・リス=デイビスがやっていますが、こちらは「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでドワーフのギムリ役として有名な人で、今回も特徴的な声ですぐにそれと分かります。

 最も驚いたキャストが、深海でアトラン王のトライデントを守る怪物カラゼンの声を演じた人。なんとジュリー・アンドリュースなのです! 1964年の「メリー・ポピンズ」や65年の「サウンド・オブ・ミュージック」の、あの人です。アクアマンもビビる、すごいド迫力のナレーションでしたが、後で配役を知ってなるほどと思いました。圧倒的な存在感とか、長い時間を経て生まれた自信と威圧感を自然に発する人、ということでこういうレジェンド的な名優を起用したのでしょうが、素晴らしい着想です。

 とにかく見ていて、映像、アクション、ドラマのバランスがよく、いい作品だと思います。あまりよく知らないキャラクターなので、という理由で敬遠するのはもったいない一作ですね。これだけヒットしたので、きっと続編もあるのではないか、と思います。

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2019年2月 6日 (水)

【テレビ局、新聞、出版関連の皆様】へ辻元より宣伝です。

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 私どもの仕事の内容につきまして、クライアント様からご質問の多かった事柄を基に、下記の要領をまとめました。

2月に入りましたので、改めて辻元よしふみ、玲子の宣伝を掲載させてください。これからも月に1回ほど、宣伝させていただきますが、なにとぞ御容赦くださいませ。以下宣伝文です。

近頃はテレビ局様で教養番組、クイズ番組などが多く、お問い合わせも多数、いただいております。

 

【ご挨拶】

◆私どもは 軍装史・服飾史研究家 辻元よしふみ

      歴史考証復元画家・イラストレーター 辻元玲子 でございます。

      公式サイト http://www.tujimoto.jp/

      ツイッター https://twitter.com/tujimotoyosi/

 

服飾史全般の研究者として、古代から現代まであらゆる時代の服飾を研究しております。講演、出演やコメント、時代考証、デザインのご提案、新規イラストの製作も承ります。

防衛省陸上幕僚監部の服制検討委員会外部有識者を務め、2人ともそれぞれ、陸上幕僚長感謝状を授与されております。

2019年からは、陸上自衛隊需品学校の外部講師(軍装史学)を務めております。

主な実績、所属学会、団体はウィキペディアの「辻元よしふみ」「辻元玲子」の項目をご覧くださいませ。テレビではNHK「美の壺」など、紙媒体では「朝日新聞」様、「日刊ゲンダイ」様など、また制服関係では「防衛省・陸上自衛隊」様など、多数ございます。

 

◆お仕事の依頼、お問い合わせは 

辻元よしふみ tujimoto-yosifuminifty.com

◆イラストの製作、二次使用などにつきましては

辻元 玲子  reiko-tujimotombg.nifty.com

        いずれも★を@に置き換えてください。

 

 メールの件名には分かりやすく、御社名、番組名、媒体名などを明記してくださいませ。

まずはお気軽にご相談ください。Photo


 

【主要著書】

★『スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの 末裔だった!!』(彩流社、2008年)

★『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社、2012年)

★中国語版『図説世界軍服歴史5000年』(張永訳・東方出版社、2014年)

★『華麗なるナポレオン軍の軍服』(翻訳監修 リュシアン・ルスロ著 マール社、2014年)

★『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、2016年)

帯の推薦文はデザイナーのコシノジュンコで、「軍服を男の美学とすれば、それは今の紳士服の基本でもある。こんな服装史料がほしかった!」

★台湾版『圖鑑版 軍裝、紳士服飾史』(黃琳雅訳・楓樹林、2017)

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【業務内容】

※デザイン提案業務

★ゲーム、アニメなどのキャラ・デザイン、コスチュームデザイン。

★デザインご提案とデザイン画制作、ファッション画制作。

※コンサルティング・考証業務

★ファッションやキャラ・デザインのリスク・チェック(たとえばナチス・ドイツを思わせる意匠のチェック。歴史的正統性のチェックなど)。

★映画、演劇、漫画などの衣装デザイン、時代考証。

※原稿・イラスト製作業務

★歴史復元画、時代考証イラスト制作。

★書籍企画の執筆、絵画制作のご依頼。

★絵画、著作物の二次使用に関してのご相談、ご依頼。

※テレビ・新聞・雑誌等業務

★テレビ局、新聞社、雑誌など各種媒体様への出演・取材、寄稿、情報監修、情報提供。

※講演・講座・外部有識者その他、公的業務

★公的・私的審議会、有識者会議の委員、各種講演ご依頼、各種審査員などのご依頼。

★遺物、収蔵品などの調査研究、記録。保管等へのアドバイス

★大学、専門学校、高等学校その他教育機関での講義、講座担当のご依頼。

 その他、お気軽にお問い合わせ下さい。

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【研究領域と特徴】

服飾史全般の研究者として、主に英語でユニフォーモロジーUniformology「制服学・軍装史学」と呼ばれる領域を扱っております。

①古今東西の人類の服装 服飾の歴史を古代シュメールや古代ローマから、中世、近世、近代、さらに現代に至るまで追求しております。特に西洋の男性服飾・紳士服の発展史を得意としているほか、女性の服飾、および日本を始め世界中の服飾もテーマとしております。

②軍装、軍服の歴史 古代シュメール軍から古代ギリシャ~ローマ軍、中世の騎士、ルイ14世やナポレオンの率いた華麗な軍隊、南北戦争や第一次、第二次大戦期、日本では武家の甲冑の時代から明治期~太平洋戦争に至る旧陸海軍、さらに最新の米軍や自衛隊の制服・迷彩戦闘服に至るまで5000年にわたる長大な歴史の変遷を通史として捉え、研究対象としております。これに付随して、ネクタイや勲章、階級章といったデコレーションの歴史も研究しております。

③歴史考証復元画製作 上記の研究で得た知見を基に、現在では実在していない古代や中世の服装や武具を精密に再現した歴史考証復元画の製作を行っております。

④講演・コンサルティング等の情報監修・提供 上記の研究で得た知見を基に、大学や研究機関、防衛省などの関連教育機関での講演や教育活動、出版活動、公的な有識者会議や審査会議への参加、ファッション・デザインのコンサルティング、アドバイスやデザイン画の提供、衣装の歴史考証、テレビ番組の情報監修や出演、新聞・雑誌等への寄稿やコメント提供――などを実施しております。

 

【テレビ局関係の皆様へ】

●簡単なご質問で即答できるものは無料で構いませんが、時間のかかる情報監修につきましては、監修料を頂いております。料金は応相談、とさせてくださいませ。また、番組放映予定日を事前にお教えいただけますと幸いです。

 

●番組に出演する場合の出演料につきましては、ご相談くださいませ。

 

【新聞・雑誌関係の皆様へ】

●取材、コメント、寄稿などにつきましては、御社の規定に従い掲載時にはコメント料、原稿料を申し受けますので、ご相談くださいませ。また、事前に発売予定日をお知らせいただけましたら幸いです。

 

【イラストの製作、再利用につきまして】

●テレビ、新聞、雑誌などの媒体に関わらず、製作のご依頼につきましては、製作料は応相談で承りますので、まずはご相談くださいませ。

●すでに当方の書籍などで使用したイラストの二次使用料につきましては、こちらもご相談くださいませ。

●辻元玲子はイラスト製作にコンピューター、CGは使いません。カラー画、白黒画、ともにすべて手描きの水彩画です。そこで御利用にあたりましては、作品をスキャンしていただくことになりますので、あらかじめご了承くださいませ。家庭用レベルのスキャンは当方でも可能ですが、書籍など、印刷物に用いる場合は、御社で高性能の業務用スキャナーをご用意いただけますと幸甚です。

 

以上でございます。皆様には格別のお引き立てを賜り、まことにありがとうございます。

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2019年2月 1日 (金)

【映画評 感想】ヴィクトリア女王 最期の秘密

「ヴィクトリア女王 最期の秘密」Victoria & Abdulという映画を見ました。英国での公開は20179月で、昨年2月のアカデミー賞では衣装デザイン賞にノミネートされた作品です。日本では1年半ほど遅れての公開となりましたが、今年、2019年は女王の生誕200年ということだそうですね。20190131201923


それで思うのですが、英国王室もの映画、特に女王をテーマにした映画がこのところ、多いように思います。今年224日に発表されるアカデミー賞でも16世紀のエリザベス1世とスコットランド女王メアリ・スチュアートの確執を描いた「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」、それからメアリ・スチュアートの流れを汲むスチュアート朝の最後の君主アン女王の時代の宮廷内の抗争をテーマとした「女王陛下のお気に入り」の2本がノミネートされており、いずれも衣装デザイン賞でもオスカー争いをしています。こういう時代劇はなんといっても衣装デザイナーの腕の見せどころですが、それだけではなく、やはりEU離脱問題で揺れる現在の英国では、自国の歴史を見直したい、という機運があるように見受けられます。ここ数年、チャーチル首相とダンケルク撤退作戦を取り上げた映画が多かったのも、同じような流れではないかと思います。

ヴィクトリア女王も、偉大な君主としてしばしば映画化されている人物ですが、近年、話題になった作品として、18歳で即位した女王が、ドイツ出身のアルバート公に出会い、様々な妨害を受けながら育んだロマンスを取り上げた「ヴィクトリア女王 世紀の愛」(2009年)がありました。これはエミリー・ブラントの出世作で、アカデミー衣装デザイン賞を見事に獲得。そして、夫アルバート公が42歳の若さで亡くなった後、従僕ジョン・ブラウンとの交流を描いた「Queen Victoria 至上の恋」(1997年)では、ジョディ・デンチが40歳代の女王を演じてアカデミー主演女優賞にノミネートされました。

最愛の夫は1861年に亡くなり、その後を埋めるように現れたジョン・ブラウンも1883年に亡くなって、孤独な晩年を送る女王が最後に信頼した男性が、インドからやって来たアブドゥル・カリムでした。800pxmunshirudolf_swoboda


ということで、この映画は、晩年の女王を再びジョディ・デンチが演じて話題になったものです。

アブドゥルの存在は、彼が「ムンシMunshi(師匠)」という呼び名で、インド語の語学教師として女王に仕えていたことは知られていたものの、2人の具体的な交流については、女王の死後に英国王位とインド皇帝位を継いだ皇太子エドワード・アルバート(通称バーティー。即位後はエドワード7世)が関係書類や記録を徹底的に破棄したために、よく分からなくなっていました。

しかし、作家シュラバニ・バスの調査で、女王の遺したウルドゥー語の日記が発見され、さらにアブドゥルの親戚筋の子孫の家から、アブドゥル本人の日記も見つかって、2010年に公表されたのが、この映画の原作本だった、という次第です。

難民問題やEU離脱問題で揺れる英国で、大英帝国の栄光の象徴であるヴィクトリア女王が、イスラム教徒のインド人と極めて親密だった、という事実が実証されたことは、大きな話題となり、ついに映画化されるに至ったのです。

 

1887年。ヴィクトリア女王(デンチ)がインド皇帝を兼ね、正式にインドが英国領となってから29年が経っていました。アグラの街の刑務所に勤める24歳の事務官アブドゥル(アリ・ファザル)は、突然、女王に即位記念50周年金貨を献上する大役に抜擢されます。見たことのない英国に行き、女王の御前に出ることを彼はチャンスと捉え喜びますが、もう一人の使者がケガをして、急きょ、代役として英国に赴くことになったモハメド(アディール・アクタル)は全くやる気がありません。

その頃、女王は60歳代の後半を迎え、人生に退屈し切っていました。最愛の夫アルバートが若くして世を去ってから既に26年。その後に寵愛した従僕ジョン・ブラウンが死んでから4年。宮廷には彼女に取り入ろうとする不誠実な貴族たちが集まり、秘書のポンソンビー(ティム・ピゴット=スミス)は朝から晩までつきまとって、公務のスケジュールでがんじがらめにし、首相のソールズベリ卿(マイケル・ガンボン)は陰鬱な国際情勢ばかり語ります。王太子のバーティー(エディ・イザード)とは反りが合わず、うまくいっていませんでした。

アブドゥルとモハメドは、女王に金貨を献上してすぐに帰国するはずでしたが、女王は長身でハンサムなアブドゥルに目を留め、自分の従僕として英国に留まることを命じます。インドの言葉や文化を屈託なく話すアブドゥルは疲れ切った女王の心を癒し、すぐに単なる従僕から、女王の家庭教師であるムンシに昇格して、女王の行くところ、いつでもどこにでも付き従うようになります。

しかし、イスラム教徒のインド人が急速に寵愛されていくのを、周囲の人々が黙って見ているはずはなく、特に王太子バーティーは危機感を覚え、首相もポンソンビーに、インド人を宮廷から追い出すように命じます。

やがて、女王はアブドゥルを騎士(ナイト)に叙任すると言い出し、反発した側近たちが怒り出して大騒動に。しかし、徐々に女王も体力の衰えを自覚し、最期の日が近付いてくるのでした…。

 

ということで、映画を見ていると、ほんの数年の話のように見えてしまいますが、史実としては、アブドゥルが晩年の女王に仕えた14年間ほどの日々が描かれます。

人種や宗教に偏見のない女王は、当時としてはむしろ変わった人でした。そして、何よりハンサムで髭面、長身の男性を好んだようで、これはやはり最愛の夫の面影を追っていた部分もあると思います。

実は夫アルバートも、ドイツから入り婿として英国にやって来ており、女王が一目ぼれして、周囲の反対を押し切り、結婚にこぎ着けました。アルバートは女王を守って宮廷改革に取り組み、大きな成果を収めますが、英国の貴族層からはいろいろな妨害を受け、非常に苦労しています(このあたりは「ヴィクトリア女王 世紀の愛」によく描かれています)。そんな部分も、考えてみるとアブドゥルの立場とかなり似通っていたと言えるのではないでしょうか。

何より、アルバートも、ジョン・ブラウンも、権力者である女王に率直に語る人たちでした。晩年の孤独な女王に自然に接することができたのは、異国からやって来てしがらみのないアブドゥルだけだったのだと思われます。

とはいえ、アブドゥルが単なる無私無欲の好人物だった、というわけではなく、チャンスを捉えて出世を狙う俗物の面もあったことはきちんと描いています。インド国内においても、古くからのヒンズー教徒と、その後にインドを支配したムガール帝国のイスラム教徒とは反目しあっており、アブドゥルがイスラム教徒に都合のいい情報ばかり女王に吹き込んでいた、といった話も描かれます。何より、女王に処刑宣告まで出したセポイの反乱は、エンフィールド小銃の火薬を包む紙袋に豚の脂が防水加工として塗られていたことにイスラム教徒の傭兵(セポイ)が反発して起こした騒動だった、というのは、この映画の中で側近たちが女王に語る通りの史実です。

2人の関係が恋愛に近いものだったのかどうか。それは、その前のジョン・ブラウンとの関係でも取り沙汰される問題です。もっとも、夫の急逝後、まだ若かった時代のブラウンとの交わりと、7080歳代にかかわったアブドゥルとではやはり次元が違うでしょう。

 

さすがにアカデミー賞にノミネートされるだけあって、衣装が実に見事です。本当に息をのむほど素晴らしい従僕たちの宮廷衣装とか、また現代の背広のルーツである、いちばん上のボタンを一つだけかけたアウトドア用の上下揃い(ディトー)スーツなどなど。そして、アルバートの死後、喪服を着続けた女王の衣装もシーンごとに微妙に異なり、ほんの一瞬で終わる場面でも、肩に着けたヴィクトリア王室勲章や、胸に輝くガーター勲章、シスル勲章、聖パトリック勲章などのメダルも克明に再現しています。

ちなみに、映画の終わりの方で、女王はアブドゥルにヴィクトリア勲章のコマンダー章を授与することを発表しますが、このヴィクトリア勲章、というのは有名な「ヴィクトリア十字勲章」とは別物です。「十字勲章」は英雄的な軍人に授与される英国の最高位勲章ですが、ヴィクトリア王室勲章の方は、完全に王室が管理するもので、国家機関に諮問する必要がなく、国王の一存で与えることができるものです。アブドゥルがこの勲章を受けた理由はそのへんにあるわけです。

ところでひとつ気になったのが、最後に登場するドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の服装でした。こちらは灰緑色(フェルトグラウ)のいかにもカッコいいドイツ槍騎兵の制服に身を包み、一目でドイツからカイゼル(皇帝)が見舞いに来た、と分かるシーンでした。ヴィルヘルム2世は女王の長女の息子で、孫にあたるのです。王家が親戚であることもあり、この時代にはドイツと英国は比較的良好な関係でした。

しかしこれ、おそらく分かってやっていることと思いますが、ちょっと皇帝の服装で気付いたことがあるのです。つまり、ドイツ皇帝であることを一目で分かりやすくするために、ドイツと言えば灰緑色、というイメージの軍服を着せたのだろうと思うのです。が、史実としてはおそらく正しくありません。

女王が亡くなるのが1901年。一方、ドイツ軍で灰緑色の軍服を着るようになるのは、1907年のこと。つまり、この時代にはまだこういう色の軍服は着ていないはずで、実際にはここに掲げるような、青色(プルシャン・ブルー)の軍服を着ていたはずです。Photo


とまあ、時代考証的にはそんなことを思いましたが、繰り返しになりますが、そんなことは承知のうえでやっていることと思います。ただ、一応、服飾史家としては一言、蛇足を言いたくなったわけでございます…。

とにかく、史実をうまく組み換え、並び替えてストーリーを展開するスティーヴン・フリアーズ監督の手腕が見事です。この監督はヘレン・ミレンが現女王エリザベス2世を演じてアカデミー主演女優賞を獲得した「クィーン」(2006年)の監督でもあり、史実の料理の仕方が実に巧妙です。

ジョディ・デンチをはじめ的確な配役の面々も素晴らしい演技を見せ、心を揺さぶってくれます。秘書役を好演したティム・ピゴット=スミスはこの後に亡くなり、遺作となりました。

こういう見応えのある史劇を作るのに、英国王室の歴史は中世から現代まで、どこを取り上げても興味深い逸話の宝庫です。「女王ものに外れなし」、という感を改めて強くしました。

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