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2018年12月 8日 (土)

【映画評 感想】くるみ割り人形と秘密の王国

映画「くるみ割り人形と秘密の王国」The Nutcracker and the Four Realmsを見ました。これはよく知られたドイツの童話、E・T・A・ホフマン作の「くるみ割り人形とねずみの王様」Nußknacker und Mausekönigと、さらにこれを翻案したアレクサンドル・デュマのストーリーを基に書かれたバレエ劇、チャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」Щелкунчикをディズニーが実写映画化した、というものです。20181206232807


とはいえ、ホフマンのオリジナルとも、チャイコフスキーのバレエともかなり設定や展開が相違しており、やはり21世紀の映画、という感じはします。

ホフマンという人は19世紀初めのプロイセン王国の法律家で、ナポレオン戦争で焼け出されるなど、さんざん苦労した後、本業の傍ら、作家、作曲家として活動したわけですが、そもそもは友人の娘マリー・ヒツィヒのために即興で作ったお話が、この「くるみ割り人形」というものだったそうで、発表はナポレオン戦争が終わった年の翌年、1816年。多分に戦争の記憶が反映している内容とも言えます。このホフマン版のヒロインは、友人の娘の名前そのままに「マリー」と名乗っています。

その後、デュマのアレンジを経て、チャイコフスキーが作ったバレエ(1892年初演)では、ヒロインの名は「クララ」と変更されていますが、この名前は、原話のモデルとなった実在のマリー・ヒツィヒのお姉さんの名前だったようです。

そんな経緯を踏まえて、ということでしょう。この映画では、ヒロインの名はクララ、母親の名がマリー、そして、ヒロインの姉としては、ホフマンの原話から登場している「ルイーゼ」の名が踏襲されています。この名の由来は定かではないですが、ホフマンが崇拝していたプロイセン王妃ルイーゼの名にあやかったのかもしれません(ホフマンは実際に、自作のオペラ曲をルイーゼ王妃に献呈しているそうです)。

また、原話ではヒロインの兄として登場しているフリッツは、弟の名前になっています。

ここまでの経緯から言えば、原話はドイツ、その後フランスでアレンジされて、ロシアでバレエ化されたわけですから、英語圏とは本来、かかわりが薄いはず。

しかしながら、この映画では、お話の舞台は19世紀末、ヴィクトリア女王時代のロンドン、ということになっています。科学技術と産業革命が進展しつつある時期、を背景に描きたかったようですね。よって、現実世界の人々は、女性はお尻にバッスルという補正具をつけて、スカートのラインに優雅な曲線美を強調したドレスをまとっています。男性たちはトップハットに燕尾服が定番。ただ、現代のホワイトタイの燕尾服が定着する前、という時代背景を意識しているのでしょう。ヒロインのお父さんは、燕尾服にブラックタイという姿です。これは、ひとつには喪に服している、という設定だからでしょうね。

それから、映画の中でクリスマスツリーもたくさん、登場しますが、この風習を英国に持ち込んだのは、ヴィクトリア女王の夫君で、ドイツ出身のアルバート公。当時の英国人にとっては、新しい習慣だったと思われます。

一方で、名前などは英語風にするでもなく、スタールバウムStahlbaumとかドロッセルマイヤーDrosselmeyerなどとドイツ語のまま。また劇中に登場する不思議の国の宮殿は明らかにクレムリンのようなロシア風です。

兵士たちの服装は19世紀当時のドイツ、英国、ロシアの軽騎兵や擲弾兵の軍服を混ぜた感じ。肋骨(ろっこつ)服にシャコー(筒形帽)ですが、シャコーの形状はドイツやロシアでよく見られた、張り出しの大きいスタイルです。一方で玩具の兵士たちのいでたちは、いかにもドイツの槍騎兵(ウーラン)を思わせるもので、頭にはウーラン専用の四角い頂部を持つチャプカという帽子を被っています。衣装デザインのために厖大な19世紀軍服のリサーチをしたのだろうな、と、私のように日頃から服飾史、軍装史を研究している身からすると、まことに興味深いものがあります。

 

クララ・スタールバウム(クレア・フォイ)は科学好き、発明好きの14歳の少女です。しかし今で言うリケジョのクララは、良妻賢母をよしとした19世紀末のヴィクトリア時代には浮いた存在です。最大の理解者だった母親マリー(アンナ・マデレイ)が亡くなり、スタールバウム家は悲しいクリスマスを迎えていました。クララは母の死を悲しむあまり、表面的には平静を装う父、ベンジャミン(マシュー・マクファデン)ともしっくりいかなくなってしまいます。

ベンジャミンは、マリーの遺言に従って、プレゼントを3人の子どもたちに渡します。長女ルイーゼ(エリ・ボマー)には形見のドレス、弟のフリッツ(トム・スウィート)には兵隊人形と、分かりやすい物が渡されますが、クララには金属製の卵のような形の容器が贈られます。しかし容器を開くには特殊な鍵が必要で、肝心の鍵は同梱されていませんでした。母親からのメモには「この中に、必要なものは全てあります」とあり、クララはなんとしても容器を解錠しなければなりません。

毎年恒例のドロッセルマイヤー邸でのクリスマスパーティーに参加した一家。父からは勝手な行動をとるな、と戒められていましたが、クララはまっすぐに屋敷の主人であり、クララの名付け親、そして母マリーの育ての親でもある発明家ドロッセルマイヤー(モーガン・フリーマン)の元に向かいました。というのも、卵には製作者として彼の名が刻印されていたからです。ドロッセルマイヤーは、自分も鍵は持っていない、とクララに言いますが、その後、彼からクリスマスプレゼントを贈られたクララは、その指示に従って、屋敷の敷地から不思議な森に足を踏み入れます。

そこは現実からかけ離れた異世界で、マリーがクララに遺した鍵がありました。しかし、クララがそれを手に取ろうとすると、ネズミの王(チャールズ・リレイ)が奪ってしまいます。ネズミを追うクララは、途中で「くるみ割り人形」のようないでたちの真っ赤な軍服を着た兵士(ジェイデン・フォーラナイト)と出会います。彼はフィリップ・ホフマン大尉と名乗り、なぜかクララを「王女様」と呼びます。

大尉は、ネズミを追って先に進もうとするクララに、その先は危険な独裁者マザー・ジンジャー(ヘレン・ミレン)が、凶暴なネズミの王とともに統治している「第4の国」で、足を踏み入れることは出来ない、と諫めます。クララは強引に乗り込んで、ネズミの大群や道化の一団に襲撃され、すんでのところで捕まりかけますが、からくも脱出しました。

大尉は美しい宮殿に、クララを案内します。そこは、ホーソン(エウヘニオ・デルベス)が摂政を務める「花の王国」、シヴァー(リチャード・E・グラント)が摂政を務める「雪の王国」、そしてシュガー・プラム(キーラ・ナイトレイ)が摂政を務める「お菓子の王国」と、ジンジャーの第4の国を含めた秘密の王国の中心部でした。この世界を創造したのは母であり、当地では「マリー女王」と呼ばれて神のように畏敬されている事実を、クララは知ったのです…。

 

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  といったわけで、原話ではせいぜい、ネズミの王にスリッパを投げつけるぐらいのヒロインが、この映画では自ら君主として兵隊を率い、ネズミの国との戦争を指揮する、という勇猛果敢さです。クララは肋骨軍服を着て、シャコーを被り、金色のエポレット(正肩章)を肩にきらめかせて出陣しますが、これが実にカッコいい。主演のクレア・フォイ自身、この軍装姿がお気に入りだそうで、「家に持って帰りたい」と思ったとか。フォイは「インターステラー」での演技が大注目された新星で、際立った美貌の持ち主ですが、それがまた
19世紀の女性王族そのものの絢爛豪華な軍服で大活躍する様は、なんとも見事に絵になっており、見惚れてしまいますね。余談ですが、このように女性王族が名誉連隊長として軍服を着る、という習慣は、先述したナポレオン戦争時代のプロイセン王妃ルイーゼが試みたのが、世界初の実例でした。この王妃は、戦争中は指揮官として軍を鼓舞し、戦後もナポレオンとの難しい交渉に力を尽くしたのち、病を得て若くして亡くなり、伝説化されている人物です。

オリジナルの童話やバレエでは、ヒロインと恋に落ちる王子様という役柄のくるみ割り人形。この映画では、彼の立場は王国の一軍人にすぎず、原話やバレエの展開とはかなり違うわけですが、重騎兵か竜騎兵のような派手なヘルメットを被り、どちらかというと軍楽兵のような肩章や房飾りをちりばめた真っ赤な軍服は、彼が本来のタイトルロール(つまり主人公)である、と主張しているようです。演じるフォーラナイトは、今回、大抜擢されたほぼ無名の新人です。

モーガン・フリーマン、ヘレン・ミレン、キーラ・ナイトレイと、そうそうたる大物出演陣が、これらの若い世代をしっかりと支えています。特にナイトレイの役回りは、最後まで見ているとびっくり、というもので、なかなか役作りも難しかったと思うのですが、さすがに上手くこなしています。

チャイコフスキーの美しい楽曲がそのまま、要所に使われており、さらにミスティ・コープランドとセルゲイ・ポルーニンというバレエ界の大スターが舞踏するシーンも盛り込まれています。ポルーニンは近年、「オリエント急行殺人事件」や「レッド・スパロー」などに出演し、映画界でも目覚ましく活躍していますね。

これだけ盛りだくさんなのですが、意外にコンパクトで、上映時間も短め。とにかく豪華な衣装と美術が素晴らしく、映像美として極上といっていい作品です。また大事な家族を失った一家の再生の物語、という側面が心を打ちます。私は個人的に、登場シーンは少なかったものの、ヴィクトリア朝の抑制的な雰囲気の中で、愛妻を失いながら悲しみをぐっとこらえる父親ベンジャミン氏の姿が印象的でした。この役を演じたマクファデンは、「プライドと偏見」でキーラ・ナイトレイの相手役として有名になり、その後もラッセル・クロウ版「ロビン・フッド」でノッチンガムの悪代官、オーランド・ブルームらが出た「三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船」では三銃士の一人アトス、やはりナイトレイ主演の「アンナ・カレーニナ」でヒロインの兄の貴族オブロンスキー役など、いろいろな役を器用にこなす演技派です。こうして並べて見ると時代劇が得意なようで、本作でもいい仕事をしていると思いました。 

本作は、大ヒット作となった「ボヘミアン・ラプソディ」と公開が重なり、アメリカでの興行的には苦戦した模様。しかも、そもそもはディズニーが製作していた実写版「ムーラン」が延期となってしまい、その本来の公開スケジュールに代わりとして入れられた、という不運な作品ですが、やはりクリスマス映画として今、大画面で見るのにふさわしいと思います。

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