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2018年6月22日 (金)

【映画評 感想】メイズ・ランナー:最期の迷宮

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「メイズ・ランナー
: 最期の迷宮」Maze Runner: The Death Cureを見ました。アメリカのヤングアダルト(わが国でいうライトノベル)小説を映画化してヒットしたシリーズ三部作の最終章です。

この作品は当初、昨年初めに公開される予定でしたが、主演のディラン・オブライエンが撮影中に大怪我を負って中断し、一時は製作が危ぶまれた経緯があります。1年遅れで完成して最後まで「完走」した関係者に拍手を送りたいですね。

少年少女が成長する過程を描く、というヤングアダルト作品であるために、スタート時点では、ほぼ無名の若手が多数、出演したこのシリーズ。本作で名を上げたオブライエンが、「アメリカン・アサシン」でマイケル・キートンと共演したのを始め、ヒロインのカヤ・スコデラリオはジョニー・デップの「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのヒロインに、ウィル・ポールターはレオナルド・ディカプリオ主演の「レヴェナント:蘇えりし者」に、トーマス・ブロディ=サングスターは「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」に、さらにローサ・サラザールはジェームズ・キャメロン製作の「アリータ:バトル・エンジェル」の主演に抜擢される、など、その後の数年間で各人がキャリアアップを果たして(年齢的にも、皆さんアラサー世代となり)、立派なスターになっています。後になって、有望な若手の登竜門だった、と言われるようなシリーズとなりました。初めからキャスティングが見事だった、ということだと思います。

メイズ・ランナーとは「迷路の走者」という意味ですが、この3作目だけを見た人には意味が分からないと思います。実際、このシリーズは一作ごとにかなり作風が異なり、迷路に閉じ込められた少年たちが逃走を図る、という意味で文字通りのメイズ・ランナーと呼べるのは、最初の作品だけと言えます。

広大な迷宮の中に閉じ込められた少年たちが、自分たちが何らかの実験の対象であることに気付き、命がけの脱出を図ったのが一作目。そして、その実験が、人類を破滅させようとしている細菌に対し、免疫を持っている子供を集めて、特に強靭な素質の者を選別するための手段だったことが二作目で明らかになります。

彼らは、実験を行っている世界災害対策本部(WCKD)の施設を抜け出し、危険な砂漠を越えて、レジスタンス組織と合流します。しかし、思いがけないことに、行動を共にしていたテレサ(スコデラリオ)の裏切りにより、ミンホ(キー・ホン・リー)たち多くの仲間がWCKDの手に落ちてしまいます。

主人公のトーマス(オブライエン)は、テレサの裏切りに傷つきながら、ニュート(ブロディ=サングスター)、フライパン(デクスター・ダーデン)と共にミンホの救出を誓うわけでした…。

 

さて、ここからが本作。トーマスたちは、レジスタンスのリーダー、ヴィンス(バリー・ペッパー)、前作からトーマスたちと行動を共にしているブレンダ(サラザール)、ホルヘ(ジャンカルロ・エスポジート)と協力し、少年少女を運ぶWCKDの列車を襲撃。ハリエット(ナタリー・エマニュエル)、エリス(ジェイコブ・ロフランド)、ソーニャ(キャサリン・マクナマラ)たちの奪還に成功しますが、ミンホの姿はありませんでした。

WCKDの拠点とされる「ラスト・シティー」で、ミンホは人体実験を受けているらしい。ヴィンスは強く反対しましたが、トーマスは危険を顧みず、敵の本拠地に乗り込むことにし、ニュートたちもそれに従います。

ついにたどり着いたラスト・シティーの前で、WCKDの保安責任者ジャンソン(エイダン・ギレン)の攻撃を受けて一行はピンチを迎えますが、そこで彼らを助けたのは思いがけない人物でした…。

WCKDに対する抗議活動を率いている過激派のリーダー、ローレンス(ウォルトン・ゴギンズ)の支援を得て、シティーの中枢部に潜入するトーマスたち。そこには、ペイジ博士(パトリシア・クラークソン)の元で冷酷な人体実験に明け暮れているテレサの姿がありました。トーマスは動揺しつつも、彼女に接近し、力づくでも協力させ、ミンホが捕えられている施設の中心部に乗り込もうとします…。

 

 といった具合で、お話は終幕に向かってひた走っていくわけです。5年がかりのシリーズで出演者の息もぴったり、独特の雰囲気が出来上がっているのが分かります。先にも書きましたが、若い出演者たちが、その後、それぞれが違う映画に出て活躍し、久々の同窓会と言うか、卒業式と言うか、そんな感じも受けます。

 お話の細かいところを見れば、突っ込みどころは多々あると思います。ことにシリーズを通しての敵役ジャンソンというのが、保安責任者のくせにとにかく無能なヤツで、素人考えで見ていても、あり得ない凡ミスを繰り返すのに唖然としてしまいます。普通ならとっくに首になっていそうなものですが、WCKDも人材不足なんでしょうかね。もちろん、この役柄が無能らしい、ということで、演じているエイダン・ギレンが好演しているからこそ、このキャラクターの表面だけ抜け目ない風を取り繕いながら、実は抜け穴だらけのダメさが見えてくるのですが。

 一方、今作で初登場のローレンス役、ウォルトン・ゴギンズは迫力がありました。実に壮絶です。この人のおかげで終盤が大いに引き締まりました。

 最後の幕切れは、なんというか物悲しい感じで終わります。多くの登場人物が姿を消し、ずっとシリーズを見守ってきた人たちには、何か喪失感を覚えさせるような、静かなエンディングを迎えます。

 「トワイライト・サーガ」「ハンガー・ゲーム」などと続いてきたヤングアダルト小説原作のシリーズ映画作品、というのもそろそろアメリカでは一段落してきているようです。映画化できそうな原作は、みんな映像化してしまった、という感じなのでしょう。事情があって、ムーブメントのしんがりに近い位置を占める形になった本作は、有終の美を飾ったといっていい一作だと思います。不思議な名残惜しさと余韻が残りました。

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2018年6月 9日 (土)

【映画評 感想】デッドプール2

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「デッドプール
2Deadpool 2という映画を見ました。2016年のヒット作「デッドプール」の続編で、X-MENシリーズとしては通算11作目にあたります。デヴィッド・リーチ監督を始め、主要スタッフには「ジョン・ウィック」シリーズ(主演:キアヌ・リーブス)や「アトミック・ブロンド」(主演:シャーリーズ・セロン)で名を連ねた人が多数、参加しています。つまり、それらのバイオレンス・アクション作品に共通する「新感覚アクション」の要素が濃いわけです。それにもかかわらず、デッドプールは1作目も、どんなにバイオレンス・シーンがあろうが、おふざけがあろうが、実はせつない恋愛映画でした。本作でも、まさにその持ち味が前作以上に強まっています。

雰囲気を盛り上げる音楽面では、あのバラードの巨匠セリーヌ・ディオンが主題歌を熱唱。また挿入歌として、前作ではワム!の「ケアレス・ウィスパー」が効果的に使用されましたが、本作ではa-haの「テイク・オン・ミー」が哀切な場面で流れます。しかしこの1985年の大ヒット曲、「ラ・ラ・ランド」でも演奏されていましたが、今から振り返ると80年代を代表する楽曲という地位に就きましたね。

ちょっとノスタルジックな感傷が、これほど上手く演出や音楽で効果を発揮するのは奇跡的とすらいえるでしょう。「ジョン・ウィック」や「アトミック・ブロンド」もそういった作風ですが、このデッドプール2は際立っているように思えます。随所にてんこ盛りで展開される、懐かし映画(音楽同様、80年代から90年代前半のものが中心)のパロディー場面も、一つ一つが非常に洗練されています。

スピリチュアルな死生観まで提示して、まさにバイオレンスと脱線コメディーを装った「せつない恋愛映画」が、より一層の高い完成度で迫ってきます。そもそもX-MENのパロディー的な外伝、低予算のスピンオフとしてスタートした本シリーズも、今や押しも押されもしない人気シリーズとなってきた感じがします。

主演のライアン・レイノルズは、「ウルヴァリン」第1作で「ウェイド・ウィルソン」として出演したものの、ヒュー・ジャックマン演じるローガンにあっけなく倒されてシリーズを去りました。それ以後、コミックもの大作として「グリーン・ランタン」の主演を獲得したのですが、こちらは興行的に不発で終わり、シリーズ化はされませんでした。

そのへんを踏まえますと、本シリーズの成功でついに捲土重来、長き不遇をはねのけたわけです。そして、そのへんの事情を本作では、前面に押し出して自虐的な笑いに変えています。実にしたたかですね。そういうわけで、本作ではヒュー・ジャックマンが終盤で思いがけない形で登場するほか、ついに本家のX-MENのレギュラー・メンバーまで、ほんのワンシーンですがしっかり登場してしまいます。つまりビーストのニコラス・ホルトや、チャールズのジェームズ・マカヴォイ、クイックシルバーのエヴァン・ピーターズなど、おなじみのスター本人が顔をそろえます。デッドプールの世界観がX-MENの正史に組み込まれた瞬間というわけです。お見逃しなく。

 

前作で、最愛の女性ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)と結ばれてから2年。「デッドプール」ことウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は、マフィアや麻薬の売人などを始末する危険な暗殺稼業でその日を送っていますが、ある日の任務に失敗。敵から報復を受けて失意のどん底に。

不死身の肉体を持つ故に死ぬことも許されず、絶望するウェイドを、X-MEN教官のコロッサス(声:ステファン・カピチッチ)が助け出し、見習いの身分ながら正式にX-MENに加入させます。その初仕事として、コロッサスやネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド(ブリアナ・ヒルデブランド)、その恋人であるユキオ(忽那汐里)と出動したウェイドは、ミュータント養護学校で暴走している少年ラッセル(ジュリアン・デニソン)を制圧します。しかし、学校の理事長(エディ・マーサン)は邪悪な人物で、ラッセルたちを日常的に虐待していることが分かります。怒りに駆られたウェイドは学校の職員を殺してしまい、X-MENを除名に。ただちにラッセルと一緒に、ミュータント専用の刑務所アイスボックスに収監されてしまいます。

そこに突如、出現したのは、未来からやって来たという謎の戦士ケーブル(ジョシュ・ブローリン)。彼はなぜかラッセルを執拗に殺そうとしますが、ウェイドは身を挺してその攻撃をかわし、結果的にケーブルとともに刑務所から外に放り出されてしまいます。

ラッセルたち囚人は、護送車に乗せられて、さらに要塞度の高い別の施設に送られることになります。当然、ケーブルがそこを襲撃するとみたウェイドは、悪友のウィーゼル(TJ・ミラー)と共に、新たな独自のヒーロー・グループを結成することにします。そこに集まったのは酸性の液体を吐くというツァイトガイスト(ビル・スカルスガルド)、ひたすら幸運であるという女性戦士ドミノ(ザジー・ビーツ)、何の特技もない失業者ピーター(ロブ・ディレイニー)と、使えるのか使えないのかよく分からない面々。ウェイドは新グループを「X-フォース」と名付け、ケーブルの攻撃からラッセルを守ることにします。というのも、愛しのヴァネッサがそう望んだから。ラッセルを守ることが、ウェイドの心を「正しい位置」に導くきっかけになるかもしれない、と彼女は告げたのでした…。

 

 ケーブル役のジョシュ・ブローリンはマーベルの別の世界「アベンジャーズ」シリーズでは敵の大ボスであるサノスを演じており、おふざけなんでもありの本作でも、いきなりウェイドから「サノス」と呼ばれています(!)。実はコミック原作では、デッドプールとサノスはライバル関係にあるので、今回の配役はそのへんをあえて混乱させるためのものかも。また、原作ではケーブルは、サイクロプスとジーンの息子、という設定なのだそうですね。本作では背景を何も描いていませんが。

 忽那汐里さんが演じたユキオというキャラは、漢字で書くと「雪緒」という日本人(あるいは日系人)の戦士で、これまでにも日本を舞台にした「ウルヴァリン」シリーズの2作目で登場しています(演じたのは福島リラさん)。しかし今回は、ネガソニックとの同性愛関係という大胆な設定に。

 後半で特に目立つのがX-フォースのメンバー、ドミノの活躍ぶりです。この役を演じたザジー・ビーツはドイツ出身の新進女優で、近作では「ジオストーム」で、米国務省の職員でありながら異色の女性ハッカーという役柄で注目されました。知的な美貌で、強い女性役にぴったりの存在感があっていいですね。

 悪徳理事長を演じたエディ・マーサンは、いろいろな映画に出ている英国のベテランですが、この独特の暗い表情、最近の映画でもどこかで見たなと思いましたら「アトミック・ブロンド」で東ドイツの秘密警察幹部スパイ・グラスを演じていました。リーチ監督のお気に入りの役者さんのようです。そういえば「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」のピエロ役で知られ、名優ステラン・スカルスガルドの息子さんでもあるビル・スカルスガルドも、「アトミック・ブロンド」つながりといえます。同作でヒロインを助ける東ベルリンの現地工作員の役をやっていました。

 非常に感動的なお話…ですが、最後の方はもう自虐的な「歴史修正」の嵐! 最後の最後まで見ると、「要するにこれが言いたかったのか」とあっけにとられてしまいますが、もうなんでもありなのが、デッドプールの世界。

 本作もヒットして、おそらく3作目の製作も期待されます。今度こそX-MENと本格共演するか、それともいきなり掟破りのアイアンマンやマイティ・ソーと絡んだりするのか。いやいや、なんならダースベイダーやジェームズ・ボンドと共演したって構わないのかもしれません。なんでも許される作品なだけに、今から大いに楽しみです。

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