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2017年10月29日 (日)

【映画評 感想】猿の惑星:聖戦記

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映画「猿の惑星
: 聖戦記」War for the Planet of the Apesを見ました。アンディ・サーキスが猿のリーダー「シーザー」を演じるシリーズの完結編です。

本作に至る新シリーズ3作と、オリジナルの、あのチャールトン・ヘストンが主演して、あまりにも有名な自由の女神のラストシーンで世界を震撼させた「猿の惑星」以来、同名シリーズを通算すると、9作品が作られたことになります。

旧シリーズで描かれなかった最大の要素が、「猿が進化して知性が高まったのはいいとして、では、人類はどうして退化して口がきけなくなったのか」という部分でした。今回の作品で、その謎がついに明かされることになります。

 

 前作から2年。そして1作目の主人公ウィルが父親のために開発した認知症治療薬が変異して世界中に蔓延し、猿たちの知能を著しく高めると共に、ほとんどの人類を死滅させてから15年の歳月が流れています。

 生き残った人類との平和的共存を望んだシーザー(サーキス)でしたが、人類への憎悪から反乱を起こしたコバ(トビー・ケベル)の謀略により、抜き差しならない殺し合いへと発展。この結果、人類はますます数を減らしながら、生き残った者は以前にもまして猿たちへの容赦ない攻撃をしかけるようになり、シーザーは仲間たちと森の奥地に姿を隠します。

 しかし、冷酷な人類軍の指揮官、大佐(ウディ・ハレルソン)は執拗に彼らの行く手を追い、ついにシーザーの妻コーネリア(ジュディ・グリア)と息子ブルーアイズ(マックス・ロイド=ジョーンズ)も命を落とします。

 生前にブルーアイズが見つけた砂漠のかなたの豊かな土地に、一行は移住することにしますが、復讐心にかられたシーザーは独り後に残り、大佐を殺そうと決意します。側近のモーリス(カリン・コノヴァル)は、個人的復讐に燃えるシーザーを「まるでコバのようだ」と諫めますが、結局そのモーリスと、ロケット(テリー・ノタリー)、ルカ(マイケル・アダムスウェイト)も加わり、4頭は大佐の居場所を追い求めます。

 途中で、口がきけない人類の少女を見つけた一行は、置いておくことも出来ず、彼女にノヴァ(アミア・ミラー)と名付け、連れて行くことにします。さらに彼らは、知能が高まり独学で口をきけるようになった新種の猿人、バッド・エイプ(スティーヴ・ザーン)と出合い、衝撃を受けます。バッド・エイプは大佐の基地を知っている、と言い、一行を導きます。

 彼らは、人類の軍隊が自分たちの仲間を処刑したと思われる痕跡を発見します。瀕死の兵士はノヴァと同様、口がきけず、シーザーは人類に何か異変が起きていることを知ります。シーザーたちは、ついに大佐の拠点を発見しますが、驚いたことに、新天地に向かったはずの仲間の猿たちは皆、シーザーが離れている間に大佐の軍隊に捕らえられ、檻に入れられていることが分かります。さらにシーザーも捕らえられてしまいますが、彼はそこで大佐から、人類たちが直面している状況、そして地球が「猿の惑星」になろうとしている驚愕の事実を聞くことになります…。

 

 ということで、あの「猿の惑星」の世界がとうとう到来するわけです。猿はますます知能が高くなる、しかし人類はどんどん数を減らし、ついに口をきけなくなって文明や文化を喪失する。その不可逆的な運命を知ってしまうと、狂信的な人物に思われた大佐にも哀れさを覚えてしまうものです。

 とにかくアンディ・サーキスの熱演がものすごいです。「ロード・オブ・ザ・リング」でのゴラム役でモーション・キャプチャーの第一人者と呼ばれるようになって、ついにシーザーという当たり役を手にした彼も、本作でひとつの達成点を示したように思われます。演技力と技術の融合がこれほど高いレベルで成し遂げられたことは驚異です。批評家筋からは、サーキスに特撮賞ではなくて、男優賞のオスカーを与えるべきだ、という声が出ているそうです。実際、サーキスはこのシリーズにただの一度も生身の姿で「出演」していないのですが、明らかにここにあるのは「名優の演技」そのものです。正当な評価をされるように望みたいですね。

 大佐役のウディ・ハレルソンは出演映画のたびに随分と印象が変わる演技派ですが、「グランド・イリュージョン」でマジシャン役を演じていたときの軽妙な彼とは全く別人のようです。狂気の中に漂う悲しみ、高級軍人、指揮官としてのカリスマ性と孤独、そして人類という種族の業の深さ、というところまで演じきっているように見えます。

 最初から最後まで、かなり長時間なのですが、一瞬の緩みもなく引っ張る脚本も見事ですね。人類文明の滅亡を描く終末的なお話で、下手を打てば単なる陰気くさいお話になってしまいますが、シーザー一行の探索の旅は昔の西部劇映画か「ロード・オブ・ザ・リング」のようであり、息詰まるようなストーリーにある種の解放感を与えています。檻の中から猿たちが穴を掘って脱出する顛末は戦争映画「大脱走」のようでもあり、大佐の軍隊の描き方や終盤の戦闘シーンは「地獄の黙示録」のようでもあり、強制労働させられる猿たちの待遇改善を求めてシーザーが反抗するシーンは「戦場にかける橋」のようでもあります。ちなみに「戦場にかける橋」は、「猿の惑星」と同じく、戦時中に日本軍の捕虜となった経験があるフランスの作家ピエール・ブールの小説が原作であることは皆様もご存じのとおりです。このことから、原作の「猿」には白人から見た日本兵のイメージが投影されているのではないか、という説があります。いずれにしても、このような、かつての名作映画へのオマージュを感じさせる工夫の数々が、本作を非常に奥の深いものにしているように思われます。

 そして何より、人間の少女の名前がノヴァであること、生き延びるシーザーの次男の名がコーネリアスであることなどは、明らかにオリジナルの第一作「猿の惑星」を想起させるアイデアですね。もちろん、そのまま直接的につながっていく伏線、とは限りませんが、これらの人物、あるいはその子孫が、やがてチャールトン・ヘストン演じるテイラー大佐の乗った宇宙船と遭遇する、のかもしれません。

 シリーズの謎の環が閉じて、雄大な日没を見ているような感じを受けます。このまま終わってしまうのか、それとも、シーザー亡き後の世界をまだ描くことはあるのか。あるいは途中の時代を描くスピンオフ、ということはないのだろうか。

 ちょっと、そういう期待もしてしまいますね。非常に感動的な、シリーズ完結にふさわしい作品でした。

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