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2017年9月 3日 (日)

【映画評 感想】関ヶ原

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原田眞人監督の映画「関ヶ原」を見ました。原作は司馬遼太郎が
1964年から3年がかりで書いた壮大なスケールの大長編小説。映画化は無理、と言われ続けてきた題材です。何しろ登場人物がやたらに多い。史実を見ても、徳川家康が豊臣秀吉の亡き後、何年も掛けて諸大名を味方に付け力を蓄え、反対派の石田三成に挙兵をさせて関ヶ原の戦いでたたきつぶす、そして天下の覇権を握り幕府を開く・・・考えただけで面倒くさそうな話です。たくさんの大名や周辺の女性、庶民なども含め、とてつもない群像劇にならざるを得ません。

あくまで小説であり、エンターテイメントですので、その後の研究で史実としては疑問符が付くような逸話も多いのですが、別にドキュメンタリーではないので、そういう点でいろいろ文句を付けるのは野暮と私は思います。この原作を下敷きにする映像作品も、そういう意味で、あくまでも司馬作品の映像化であることを前提とするわけですが、それにしても巨大な作品なので、一筋縄ではいきません。

しかし今まで、一度だけこの映像化に成功した例がありました。おそらく現在、50歳代以上の方ならご記憶にあると思いますが、1981年にTBSが制作した超大型時代劇「関ヶ原」です。今でも時折、TBS系の放送局で再放送することもあり、最近になってブルーレイ版で再販されましたので、若い世代でもご存じの方もいらっしゃるでしょう。この作品が高い評価を受けたのは、まずテレビの特性として長尺番組でも放送出来る、ということで、このドラマは3夜に分けて、なんと6時間半ドラマとして放映されたわけです。時間がたっぷり取れれば、この壮大な物語も丁寧に描くことが出来ます。

それから、すごかったのが出演者です。今もってテレビ界では「奇跡のキャスティング」といわれているそうです。ざっと挙げただけでも徳川家康=森繁久弥、石田三成=加藤剛、島左近=三船敏郎、大谷刑部=高橋幸治、本多正信=三國連太郎、鳥居元忠=芦田伸介、福島正則=丹波哲郎、加藤清正=藤岡弘、細川忠興=竹脇無我、堀尾忠氏=角野卓造、山内一豊=千秋実、毛利輝元=金田龍之介、宇喜多秀家=三浦友和、直江兼続=細川俊之、小早川秀秋=国広富之、島津義弘=大友柳太朗、前田利家=辰巳柳太郎、豊臣秀吉=宇野重吉。女優陣では北政所=杉村春子、淀殿=三田佳子、細川ガラシャ=栗原小巻、初芽=松坂慶子。さらにチョイ役にもかかわらず笠智衆、藤原鎌足、木の実ナナなども出ており、ナレーションは石坂浩二。もう当時の映画界の大御所級、主演級スターが勢ぞろいしています。音楽は山本直純で、テーマ曲を演奏したのが、当時、水曜ロードショーのテーマ曲で有名だった世界的トランペッターのニニ・ロッソ。これがまた名曲で名演奏でした。

はっきり言って、これを見てしまうと「これ以上の映像化なんて無理でしょう」と思ってしまいます。私もそうでした。しかし、映画化となると、いろいろ話が違ってきます。「ロード・オブ・ザ・リング」みたいに初めから3部作6時間、という映画化もできなくはないですが、それはビジネスとしてあまりにリスクが高い。短くカットするとして、編集がものすごく大変になりそうです。

それから、TBSドラマの最大の弱点は、戦闘シーンの迫力がない、ということでした。この点では、本格的な「映画の絵」で見てみたい、と思った人も多いのです。

やはりテレビ画面の制約のせいもあったのでしょう、実際にはそのへんの映画以上の大人数で合戦シーンを撮ったそうですが、なんか物足りなかったのは事実なのです。ただ、あの合戦の実相を考えると、両軍合わせて20万の大軍と言っても、実態は各大名の軍の寄せ集めであり、統一した指揮などとれず、まともな戦術があったとも思えません。あちこちに点在した部隊が適当に遭遇戦を展開し、実際に戦闘に参加したのは半数にも満たない、ということだったようで、実はあの日、合戦場にいたとしても、ろくに戦闘もなく、なんだかよく分からないで終わった人も少なくない。そういう、この合戦の、戦闘としてのいい加減さを描く意味では、これもまた正しい映像的な描写だったのかもしれない。

そもそも関ヶ原の戦いというのは、実際には戦闘の前に、政治戦や外交戦のレベルで決着が付いていた。意外に戦闘そのものはつまらないものだった。司馬遼太郎のいちばん言いたいことはそういうことだったとも思われるのです。

ではあるのですが、これだけ進化している映像技術の世界で、大スクリーンで戦国合戦の本格再現をする監督はいないのか、というのは確かにあったわけです。黒澤明監督の亡き後、大スケールの戦国映画を作る監督はめっきりいなくなりました。ここで果敢にチャレンジした原田眞人監督の心意気はすごいと思います。原田氏はかつて、俳優としてトム・クルーズの「ラスト・サムライ」に出たことがあり、ハリウッドがこれだけやるのなら、日本人が合戦シーンを描かなければ、と強く思ったそうです。

今作を見ますと、私にはTBS版で描かれていた部分は外し、描けなかった部分を描く、という方針があったように思われてなりません。たとえば、TBS版で一番の見所だったのは、いかにも策謀家という感じの森繁さんの家康が、細川俊之さんの直江兼続による挑発「直江状」に激怒したふりをして豊臣家恩顧の諸大名を率い、会津の上杉家征伐に向かう。その前には、伏見城に置いていく芦田伸介さんが扮する鳥居元忠と涙の別れをする。というのも、わざと伏見城を無防備にして三成の挙兵を誘発するための策なので、元忠には城を枕に討ち死にしてもらう必要があるからですね。死んでくれ、という意味です。そして、栃木県の小山まで来たところで三成の挙兵を聞く、いわゆる「小山評定」のシーン。実は真の決戦はここであった、という名場面です。家康はあくまで上杉討伐軍の司令官であって、ついてきている諸侯は、三成を相手とした合戦で家康に従う義務はない。よって、この段階で諸大名が味方しなければ、家康はもうおしまいというわけです。ここのシーンで、丹波哲郎さんの福島正則が、あの押しの強い大声で「わしゃあ、一途に徳川殿にお味方申す!」と叫ぶと、たちまち会議の流れは決まる。そこで、直前に堀尾忠氏から聞いたゴマすりのヒントをちゃっかりいただいた千秋実さんの山内一豊が「拙者は居城の掛川城をそっくり内府に献上いたします」と言い、家康を感動させるシーンが続き、石坂浩二さんの涼しいナレーションで「この一言で、山内一豊は合戦の後、土佐一国を与えられる大出世をした」とかぶさる。まことに見事な展開です。

ところが、上記のようなおいしいシーンを、今回の映画は全く使っていない(!)。それはもう、故意に外しているとしか思えないわけであります。

今回の映画では、とにかく出演者がものすごいスピードでセリフをしゃべりまくります。ほぼ聞き取り不可能です。これはリアリティー追求の立場から意図的にそういう演出をしているそうです。そして、ほかにもたくさんあるドラマ的においしいシーン、三成が佐和山城に蟄居した後、ハンセン病を患う大谷刑部が「昔、茶会があった。わしの飲んだ茶碗を皆、嫌うた。口を付けず飲んだふりをしているのがはっきりわかった。しかし三成だけは違った…。引き返せ、引き返すのだ! お互い目の見えぬ者同士のよしみじゃ、この命、くれてやる。受け取れ」と叫ぶ感動的な場面も、細川忠興の妻ガラシャがキリシタンゆえに自殺できず、家老の手にかかって死ぬシーンも、家康の使者・村越茂助(TBS版では藤木悠)が清州城で福島正則らを奮起させる名シーンも全部カット。だから大筋が分からない人には、何が何だかよく分からないかもしれません。しかしおそらく、そのへんを制作サイドは恐れていない。また、キャストとして役所広司さん以外はものすごい大物を起用していない。むしろ、実力はあるけれど、あまり色が付いていない役者さんを配置しているようです。このへん、TBSのものとは全く違う「関ヶ原」を作らなければならない、という方針を感じます。

原作小説から見てかなり大胆に設定が変わっているところもあります。原作では藤堂高虎が三成のもとに放った女性間者であった架空の人物・初芽。本作では、秀吉の命によって一族皆殺しになった関白・秀次の側室の護衛をする忍者として登場します。裏切り者として有名な小早川秀秋の描き方も、最近の学説などの影響もあると思いますが、新しいものになっていますし、家康を支持していたとされる北政所が三成の娘を養女として保護していた事実(これは史実で、この娘は後に弘前藩津軽家に嫁いでいきます)など、新しい要素も盛り込まれます。福島正則と黒田長政が水牛兜と一の谷形兜を交換する、などというマニアックな逸話が登場したりします。三成が側近の島左近をいかに口説き落としたか、という原作にないシーンも出てきます。登場する女性たちもかなりアレンジされていて、特に阿茶局なんてTBSでは京塚昌子さんがゆったりと演じていたのですが、今回は完全に忍びの者、家康の護衛役として登場します。

とにかく映像はすごい。スピード感がすごい。戦闘シーンがリアル。この点では今回の映画化は確かに意味があった、と思われます。長槍で突き合うのではなく、実際は槍を上から振って、相手の頭めがけてたたきあう、たたいて、たたいて、ねじ伏せるのが戦国の合戦の実相だと言います。そして接近したら殴り合い、小刀で首を取り合う。要するにルールのない喧嘩に近い。整然として指揮官の命令一下、部隊が連携して戦う近代軍とは全く異なる、雑然として荒っぽい戦国の戦がリアルに活写されているのが本作です。

姫路城や東本願寺など現存する桃山時代の遺構で撮影されたシーンも実に豪華です。セットではどうしても出ない重厚感がしっかり出ています。また、原作者の司馬遼太郎が子供時代を回想するシーンで、三成が秀吉と初めて出会った滋賀県の天寧寺が出てきます。TBS版でも本作でも描かれた、三成が鷹狩中の秀吉に茶を献じる有名な逸話の舞台ですが、注目されたのが、司馬の子供時代という場面。ここで、昭五式の軍服を着た日本陸軍の将校が登場するのです。あんなワンシーンでもきっちり時代考証した人物を出す、行き届いた映画作りの姿勢にはいたく感嘆しました。

 

太閤・豊臣秀吉(滝藤賢一)は、愛妾の淀殿が実子の秀頼を生むと、甥の関白秀次が邪魔になり、1595年にこれを切腹させます。さらに、その一族がすべて処刑される京都・三条河原の刑場で、主人を守れず絶望的な戦いをする忍びの者・初芽(有村架純)を目にした秀吉の側近、石田三成(岡田准一)は、彼女を自分の忍びとして取り立てます。さらに、処刑を苦々しい表情で見ていた筒井家の元侍大将で高名な浪人・島左近(平岳大)を見かけた三成は、これを口説き落として自分の右腕とします。秀吉は間もなく世を去り、天下は再び乱れる。そのとき力を貸してほしいのだ、と。

その頃、豊臣政権で最大の実力者、内大臣・徳川家康(役所)は、自分の扱いに不満を持つ豊臣家の一族、小早川秀秋(東出昌大)に接近し、味方に取り込むと共に、三成を憎むようにし向けます。

1598年、秀吉が逝去すると、家康は大きな影響力を持つ秀吉の妻・北政所(キムラ緑子)に接近し、徐々に秀吉子飼いの大名たちを味方に付けつつ、彼らと三成との間の溝が深まるように画策していきます。

いつしか、三成と惹かれ合うようになっていた初芽は、任務の途中で旧知の伊賀者・赤耳(中嶋しゅう)に襲われて行方不明となり、三成は心を痛めます。

家康に匹敵する実力者、前田利家(西岡徳馬)が目を光らせている間はそれでも天下は平穏でしたが、1599年に利家が亡くなるや、三成を憎む福島正則(音尾琢真)や加藤清正(松角洋平)ら武断派の大名たちが動き始めます。彼らに命を狙われた三成は家康の仲裁を得て奉行職を辞し、佐和山城に蟄居。家康はついに事実上、豊臣家の実権を握ります。しかしこの間に上杉家の家老・直江兼続(松山ケンイチ)と協議した三成は、家康に上杉征伐に向かわせ、その隙に挙兵して、上杉勢と三成の組織した西軍とで家康を挟み撃ちにする計略を練ります。病身の大谷刑部(大場泰正)は、正義の人ではあるが、まっすぐすぎる気性で人望のない三成を見かね、その味方をすることにします。16006月、上杉征伐に家康が出陣すると、総大将に毛利輝元、副将に宇喜多秀家ら大大名を据え、西軍を旗揚げした三成ですが、細川ガラシャの死により諸大名の家族を人質に取る策に失敗。そして一方、三成の挙兵を予期していた家康は、諸侯を味方に付け東軍を編成すると西に向かって進軍します。決戦の地は、関ヶ原。こうして1600915日、日本の未来を左右する戦いが幕を開けますが・・・。

 

なんといっても役所さんの熱演がすごいです。ワンシーン、すごい太鼓腹が出てきて驚かされますが、あれはCG処理だとか。もともと大河ドラマの信長役で有名になった役所さんですが、老年期の家康役が似合う年齢になったのですね。岡田さんは自ら馬を乗りこなし、生真面目な三成の雰囲気がよく出ていますが、どうしても黒田如水官兵衛に見えてしまう(笑)。実際に、映画には登場しないけれど、官兵衛の方は関ヶ原の際に九州で大暴れしており、小説には登場します。秀吉を演じた滝藤さんの尾張なまりがあまりに見事です。本当に愛知県のご出身だとか。晩年の秀吉のイヤ~な感じをよく出していました。

ところで、この7月に、本作中で重要な役「赤耳」を演じた中嶋しゅうさんが舞台で急逝されました。近年、急速に注目が集まっていた役者さんですが、残念です。ぜひ、中嶋さんの名演にも注目していただきたいと思います。

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