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2017年9月14日 (木)

【映画評 感想】ダンケルク

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 クリストファー・ノーラン監督の話題の映画「ダンケルク」
DUNKIRKを見ました。さすがに鬼才の作品、戦争映画というジャンルに新たな可能性を拓いた傑作が登場しました。

 この作品は、19405月、第二次大戦の初期を舞台にしております。フランス・ダンケルクの海岸に取り残された英仏軍の兵士40万人。ドイツ軍が迫る中、彼らがいかに英国に生還したか…「史上最大の撤退作戦」が描き出されます。これまで、このダンケルクの戦いをテーマとした作品には1958年の「激戦ダンケルク」や、1964年の「ダンケルク」などがあります。後者は主演がジャン=ポール・ベルモンドでした。1969年の「空軍大戦略」も冒頭部分でダンケルクの撤退から話を受けて、その後の英独航空戦が描かれました。2007年の「つぐない」(キーラ・ナイトレイ主演)でも登場しました。しかし、この戦いを真正面からとらえた新作映画が、21世紀になって登場したのは、それ自体が驚きでした。

通常の戦争映画なら、陸・海・空の戦いを立体的に、時間軸の流れに沿って配置して描くものでしょう。しかしノーラン監督は、非常に思い切った手法を使います。地上戦と、海の戦いと、そして飛行機による空中戦ではどうしてもスピード感が違います。ノーラン監督は、この三つの様相を違う時間軸に置いて、地上戦は1週間、海の戦いは1日、空戦は1時間の出来事として描き出します。しかし地上での1週間と、時速500キロで移動する空中での1時間は確かに同じ濃度で、息詰まるような死闘が描かれるのです。そして巧妙な脚本に導かれて、地上の兵士の物語と、海を渡り兵士たちを救出に向かった民間船の船長の物語、そして英国空軍のパイロットの物語が、映画の終盤で一点に交錯していく。素晴らしい描き方です。こういう手があったか、という感じです。今後、この作品はいろいろな後続の映画に影響を与えそうに思います。

 さらに、本作で大きな特徴。それは「敵がほとんど登場しない」ということです。本作は戦争の初期の史実を基にしているので、イギリス軍、フランス軍と、ドイツ軍が戦っています。真珠湾攻撃は翌年末のずっと先のことですので、当然、日本もアメリカも参戦していない時期です。よって、英軍兵士たちを中心に描く本作で「敵」といえばドイツ軍なのですが、これが奇妙なほどにはっきり描かれない。いいえ、恐ろしい強敵の存在はこれでもか、というほどに暗示されています。しかし、個人個人としての「ドイツ兵」はほとんど出てきません。最後のシーンになって、不時着した英国のパイロットを捕えに来るドイツ兵の姿がほんの申し訳に映し出され、その特徴的なヘルメットからドイツ兵だな、と分かるのですが、そこでも故意にぼやけた映し方で、ドイツ兵の姿がはっきり登場しない。ドイツ軍の戦闘機や爆撃機、そしてどこからともなく飛来する銃弾、砲弾、さらに魚雷。こういう形で敵が描かれる。もちろんこれらは故意に採用されている手法です。本作は、制限時間が迫る中、絶体絶命の密室的な環境から脱出を図るタイプのスリラー映画(たとえば近年で言えばメイズ・ランナー)に驚くほど似ており、ノーラン監督も「いわゆる戦争映画ではない」と明言しています。つまり、本当の敵はむしろ「時間」であり、ドイツ軍は迷宮に配置されたトラップのような存在として示されている。これがしかし、非常に効果的なのは間違いありません。本作に影響を与えた先行作品の中に「エイリアン」が挙げられているのもよく理解できるところです。ドイツ兵は、どこからともなく襲いかかる恐怖のエイリアンのような存在として描かれているわけです。

 先ほども書いたように、ダンケルクの戦いは1940年の526日から64日にかけて行われたもので、まだ日本もアメリカも参戦していない時期の戦いです。当事国である英国やフランス、ドイツではよく知られていますが、英国人であるノーラン監督が製作会社である米ワーナー社に企画を売り込んだときにも「ダンケルクって何? よく知らないんだけど」という反応だったそうです。もちろん日本ではもっと知られていないでしょう。

 しかし、第二次大戦の流れを大きく変えたのが、このダンケルクの戦いです。破竹の勢いで進撃するナチス・ドイツ軍が瞬く間に全欧州を席巻し、このまま英国まで攻め込むのか、というところ、この戦いの結果、英仏軍の兵士35万人がフランスからの脱出に成功したことで、英国本土の守備は固められ、さらにちょうど4年後の194466日、ノルマンディーへの連合軍の上陸作戦につながっていくわけです。つまり、この「史上最大の撤退」ダンケルクが、4年後の「史上最大の上陸作戦」の布石となった。非常に重要な歴史の転換点だったのです。訓練され実戦を経験した兵士35万人、というのがどれだけ貴重で意味があるかと言えば、たとえば現在の日本の陸上自衛隊の規模が15万人であることを考えても理解できます。今の陸自隊員の倍ほどもの人数の兵士が生還できた、というのは大変な意味があったわけです。

 この映画の前提として、なぜか524日にドイツの地上軍が「止まった」という事実があり、これは第二次大戦の戦史の中でも大きな謎とされています。ここでドイツ軍が止まらなければ、40万人の全員が死ぬか、捕虜となったことでしょう。ドイツの装甲師団もここで一息入れる必要があった、というのが最大の理由でしょうが、ドイツ空軍の最高司令官ヘルマン・ゲーリング元帥が大言壮語し、空軍の力だけで敵を撃滅する、と高言したのも要因だったとされます。それで、本作でもドイツ兵がほとんど出てこない代わりに、ドイツ空軍機が多数、登場して執拗に攻撃してきます。

 実は本作を見た後、私にとって最も印象的だったのは、映像もさることながら「音」でした。ものすごい音響です。ドイツ軍の銃撃の重い音。ギャング映画などでの軽々しい音とは違います。耳に刺さるようなモーゼル小銃やMG34の銃声。それから、作中でも語られますが、英軍戦闘機スピットファイアのロールスロイス社製マーリン・エンジンの音と、ドイツ軍のメッサーシュミットBf109戦闘機のダイムラーベンツ・エンジンの音の相違、英軍戦闘機の7・7ミリ機銃の発射音と、ドイツ軍のハインケルHe111爆撃機が積んでいる20ミリ機関砲の重々しい音の違い…など、とにかく音が生々しいのです。

何よりすさまじいのが、ドイツ軍のユンカースJu87急降下爆撃機「スツーカ」が攻撃時に鳴らす「キーン」というサイレンの音。あのキューン、という音は連合軍の兵士を恐怖させ、トラウマになった者も多いと聞きますが、なるほど、この映画で聞くと、いかに恐ろしい攻撃であったかが体感できます。

 そしてこれは、音の再現のリアルさにもつながる話ですが、本作の撮影のために、実物の今でも飛行可能なスピットファイア3機、それから戦後もスペイン空軍で使用されているメッサーシュミット系の後継機(エンジンの形状が異なりますが、遠目では戦時中のBf109にそっくり)もそろえて、実機を飛ばして撮影しています。さらに大戦当時の民間船(その中には、本当に80年近く前のダンケルクの撤退に参加した船もあったそうです)や病院船、掃海艇、さらにフランス海軍の記念艦として保存されていた戦時中の本物の駆逐艦まで借り出されて、撮影に参加しています。「どうやってあんなリアルな船を撮影したんだろう、セットにしてはすごすぎるし、CGにしても生々しすぎるし…」と驚嘆したのですが、すべて実物で再現しているのですね、それはすごいはずです。

 何よりすごいのが、撮影はほとんど、実際にダンケルクの海岸で行い、エキストラもほとんどがダンケルクの市民だそうです。実際に史実があった場所、というのは当然、出演者たちに大きな影響を与えたそうで、それがこの作品のなんとも底知れない迫真力を生んでいるのは間違いありません。

 本当にクリストファー・ノーラン監督、恐るべし、です。すごい監督です。

 

 19405月末。突然、ドイツ軍が進撃を停止しました。英国兵士トミー(フィン・ホワイトヘッド)は自分の部隊が全滅し、命からがらダンケルクの海岸に到達。そこには40万人もの敗残兵がひしめいており、英国への撤退は遅々として進まず、トミーを失望させます。輸送指揮官のボルトン海軍中佐(ケネス・ブラナー)は、陸軍の撤退指揮官ウィナント大佐(ジェイムズ・ダーシー)と協議し、ドイツ軍が再び動き出す前に、少しでも多くの兵士を生還させる決意を固めますが、状況は絶望的でした。

トミーは海岸で、死体を埋めていた兵士ギブソン(アナイリン・バーナード)と出会いますが、彼はなぜか一言もしゃべりません。負傷兵が優先的に脱出できることを知ったトミーとギブソンは、担架を運びながらなんとか病院船にたどり着きますが、船は沈んでしまいます。さらにその船から逃れた兵士アレックス(ハリー・スタイルズ)を助けたトミーたちは、アレックスの部隊に紛れ込んで別の掃海艇に乗ることに成功。これでダンケルクから逃げ出せた、と思ったのも束の間、またもドイツ潜水艦の魚雷が襲ってきて、船は沈没。3人はダンケルクの海岸に戻ることになりますが…。

 ダンケルクで40万人もの兵士が取り残され、軍艦だけではとても輸送できないため、民間船が海軍に徴用されることになりました。ムーンストーン号のドーソン船長(マーク・ライランス)も、息子ピーター(トム・グリン=カーニー)、その友人のジョージ(バリー・コーガン)と共に船出します。途中、沈没寸前の船から一人の英国兵士(キリアン・マーフィー)を助け出しますが、彼は名前も名乗らず、船がダンケルクに向かうと知ると激昂して「英国へ引き返せ」と要求します。そんな中、ドイツ軍爆撃機が飛来し、船に危険が迫ります…。

 ダンケルクの撤退作戦を援護するべく、スピットファイアの3機編隊が英国の基地を出撃しました。しかし緒戦で隊長機が撃墜され、3番機のコリンズ(ジャック・ロウデン)もメッサーシュミットとの交戦で海に着水します。一人残されたファリア(トム・ハーディー)は燃料計が敵機の銃弾で破壊され、あとどれだけ飛べるのか分からないまま、英国の船団に襲いかかるハインケル爆撃機に向かっていきますが…。

 

 ホワイトヘッドとグリン=カーニーは、演劇歴はあるものの、ほぼ無名の新人です。一方アレックス役のスタイルズは、世界的な人気アイドルグループ「ワン・ダイレクション」のメンバーです。しかしノーラン監督は、スタイルズも選考の中で非常に良かったから起用したまでで、話題性での抜擢ではないといいます。ケネス・ブラナーとマーク・ライランスがさすがの存在感です。二代目マッドマックスのトム・ハーディーも、ほとんど表情の演技に終始する難しいパイロット役を好演しています。

 それから注目なのは、スピットファイア編隊の隊長の「声」で出演しているのが、あの名優マイケル・ケインです。ノンクレジットなのですが、特徴のある声ですぐわかります。1969年の「空軍大戦略」において、キャンフィールド少佐役でスピットファイア部隊を率いた彼が、ここで声だけではありますが英国空軍に「復帰」したわけです。こういう旧作へのオマージュも嬉しい配慮ですね。

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2017年9月12日 (火)

のりもの倶楽部(東京・市ヶ谷)閉店セール中。

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30年にわたって愛されてきたイカロス出版の直営店「のりもの俱楽部」さん(東京都新宿区市ヶ谷本村町2-3)が、今月末で閉店されます。

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 公式サイトによれば「のりもの倶楽部店舗は
930日(土)20時をもちまして閉店させて頂くこととなりました。 永きにわたりお客様から賜りましたご支援とご愛顧に心より御礼申し上げますとともに、 今後もイカロス出版をお引き立ていただけますよう、何卒宜しくお願い申し上げます」とのことです。

 現在、閉店売り尽くしセールをしていますが「商品が無くなり次第、期日前に閉店させていただくこともあります」ということです。まだ模型や珍しいグッズなど、掘り出し物があるかもしれませんので、ご興味のある方はお早めに。市ヶ谷駅を防衛省方面に出て手前の道を左に進むと、イカロス出版の本社ビル1階にお店があります。

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 私どもも宇山店長と記念撮影させていただきました。本当にお世話になりました。まことに残念です。

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2017年9月 3日 (日)

【映画評 感想】関ヶ原

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原田眞人監督の映画「関ヶ原」を見ました。原作は司馬遼太郎が
1964年から3年がかりで書いた壮大なスケールの大長編小説。映画化は無理、と言われ続けてきた題材です。何しろ登場人物がやたらに多い。史実を見ても、徳川家康が豊臣秀吉の亡き後、何年も掛けて諸大名を味方に付け力を蓄え、反対派の石田三成に挙兵をさせて関ヶ原の戦いでたたきつぶす、そして天下の覇権を握り幕府を開く・・・考えただけで面倒くさそうな話です。たくさんの大名や周辺の女性、庶民なども含め、とてつもない群像劇にならざるを得ません。

あくまで小説であり、エンターテイメントですので、その後の研究で史実としては疑問符が付くような逸話も多いのですが、別にドキュメンタリーではないので、そういう点でいろいろ文句を付けるのは野暮と私は思います。この原作を下敷きにする映像作品も、そういう意味で、あくまでも司馬作品の映像化であることを前提とするわけですが、それにしても巨大な作品なので、一筋縄ではいきません。

しかし今まで、一度だけこの映像化に成功した例がありました。おそらく現在、50歳代以上の方ならご記憶にあると思いますが、1981年にTBSが制作した超大型時代劇「関ヶ原」です。今でも時折、TBS系の放送局で再放送することもあり、最近になってブルーレイ版で再販されましたので、若い世代でもご存じの方もいらっしゃるでしょう。この作品が高い評価を受けたのは、まずテレビの特性として長尺番組でも放送出来る、ということで、このドラマは3夜に分けて、なんと6時間半ドラマとして放映されたわけです。時間がたっぷり取れれば、この壮大な物語も丁寧に描くことが出来ます。

それから、すごかったのが出演者です。今もってテレビ界では「奇跡のキャスティング」といわれているそうです。ざっと挙げただけでも徳川家康=森繁久弥、石田三成=加藤剛、島左近=三船敏郎、大谷刑部=高橋幸治、本多正信=三國連太郎、鳥居元忠=芦田伸介、福島正則=丹波哲郎、加藤清正=藤岡弘、細川忠興=竹脇無我、堀尾忠氏=角野卓造、山内一豊=千秋実、毛利輝元=金田龍之介、宇喜多秀家=三浦友和、直江兼続=細川俊之、小早川秀秋=国広富之、島津義弘=大友柳太朗、前田利家=辰巳柳太郎、豊臣秀吉=宇野重吉。女優陣では北政所=杉村春子、淀殿=三田佳子、細川ガラシャ=栗原小巻、初芽=松坂慶子。さらにチョイ役にもかかわらず笠智衆、藤原鎌足、木の実ナナなども出ており、ナレーションは石坂浩二。もう当時の映画界の大御所級、主演級スターが勢ぞろいしています。音楽は山本直純で、テーマ曲を演奏したのが、当時、水曜ロードショーのテーマ曲で有名だった世界的トランペッターのニニ・ロッソ。これがまた名曲で名演奏でした。

はっきり言って、これを見てしまうと「これ以上の映像化なんて無理でしょう」と思ってしまいます。私もそうでした。しかし、映画化となると、いろいろ話が違ってきます。「ロード・オブ・ザ・リング」みたいに初めから3部作6時間、という映画化もできなくはないですが、それはビジネスとしてあまりにリスクが高い。短くカットするとして、編集がものすごく大変になりそうです。

それから、TBSドラマの最大の弱点は、戦闘シーンの迫力がない、ということでした。この点では、本格的な「映画の絵」で見てみたい、と思った人も多いのです。

やはりテレビ画面の制約のせいもあったのでしょう、実際にはそのへんの映画以上の大人数で合戦シーンを撮ったそうですが、なんか物足りなかったのは事実なのです。ただ、あの合戦の実相を考えると、両軍合わせて20万の大軍と言っても、実態は各大名の軍の寄せ集めであり、統一した指揮などとれず、まともな戦術があったとも思えません。あちこちに点在した部隊が適当に遭遇戦を展開し、実際に戦闘に参加したのは半数にも満たない、ということだったようで、実はあの日、合戦場にいたとしても、ろくに戦闘もなく、なんだかよく分からないで終わった人も少なくない。そういう、この合戦の、戦闘としてのいい加減さを描く意味では、これもまた正しい映像的な描写だったのかもしれない。

そもそも関ヶ原の戦いというのは、実際には戦闘の前に、政治戦や外交戦のレベルで決着が付いていた。意外に戦闘そのものはつまらないものだった。司馬遼太郎のいちばん言いたいことはそういうことだったとも思われるのです。

ではあるのですが、これだけ進化している映像技術の世界で、大スクリーンで戦国合戦の本格再現をする監督はいないのか、というのは確かにあったわけです。黒澤明監督の亡き後、大スケールの戦国映画を作る監督はめっきりいなくなりました。ここで果敢にチャレンジした原田眞人監督の心意気はすごいと思います。原田氏はかつて、俳優としてトム・クルーズの「ラスト・サムライ」に出たことがあり、ハリウッドがこれだけやるのなら、日本人が合戦シーンを描かなければ、と強く思ったそうです。

今作を見ますと、私にはTBS版で描かれていた部分は外し、描けなかった部分を描く、という方針があったように思われてなりません。たとえば、TBS版で一番の見所だったのは、いかにも策謀家という感じの森繁さんの家康が、細川俊之さんの直江兼続による挑発「直江状」に激怒したふりをして豊臣家恩顧の諸大名を率い、会津の上杉家征伐に向かう。その前には、伏見城に置いていく芦田伸介さんが扮する鳥居元忠と涙の別れをする。というのも、わざと伏見城を無防備にして三成の挙兵を誘発するための策なので、元忠には城を枕に討ち死にしてもらう必要があるからですね。死んでくれ、という意味です。そして、栃木県の小山まで来たところで三成の挙兵を聞く、いわゆる「小山評定」のシーン。実は真の決戦はここであった、という名場面です。家康はあくまで上杉討伐軍の司令官であって、ついてきている諸侯は、三成を相手とした合戦で家康に従う義務はない。よって、この段階で諸大名が味方しなければ、家康はもうおしまいというわけです。ここのシーンで、丹波哲郎さんの福島正則が、あの押しの強い大声で「わしゃあ、一途に徳川殿にお味方申す!」と叫ぶと、たちまち会議の流れは決まる。そこで、直前に堀尾忠氏から聞いたゴマすりのヒントをちゃっかりいただいた千秋実さんの山内一豊が「拙者は居城の掛川城をそっくり内府に献上いたします」と言い、家康を感動させるシーンが続き、石坂浩二さんの涼しいナレーションで「この一言で、山内一豊は合戦の後、土佐一国を与えられる大出世をした」とかぶさる。まことに見事な展開です。

ところが、上記のようなおいしいシーンを、今回の映画は全く使っていない(!)。それはもう、故意に外しているとしか思えないわけであります。

今回の映画では、とにかく出演者がものすごいスピードでセリフをしゃべりまくります。ほぼ聞き取り不可能です。これはリアリティー追求の立場から意図的にそういう演出をしているそうです。そして、ほかにもたくさんあるドラマ的においしいシーン、三成が佐和山城に蟄居した後、ハンセン病を患う大谷刑部が「昔、茶会があった。わしの飲んだ茶碗を皆、嫌うた。口を付けず飲んだふりをしているのがはっきりわかった。しかし三成だけは違った…。引き返せ、引き返すのだ! お互い目の見えぬ者同士のよしみじゃ、この命、くれてやる。受け取れ」と叫ぶ感動的な場面も、細川忠興の妻ガラシャがキリシタンゆえに自殺できず、家老の手にかかって死ぬシーンも、家康の使者・村越茂助(TBS版では藤木悠)が清州城で福島正則らを奮起させる名シーンも全部カット。だから大筋が分からない人には、何が何だかよく分からないかもしれません。しかしおそらく、そのへんを制作サイドは恐れていない。また、キャストとして役所広司さん以外はものすごい大物を起用していない。むしろ、実力はあるけれど、あまり色が付いていない役者さんを配置しているようです。このへん、TBSのものとは全く違う「関ヶ原」を作らなければならない、という方針を感じます。

原作小説から見てかなり大胆に設定が変わっているところもあります。原作では藤堂高虎が三成のもとに放った女性間者であった架空の人物・初芽。本作では、秀吉の命によって一族皆殺しになった関白・秀次の側室の護衛をする忍者として登場します。裏切り者として有名な小早川秀秋の描き方も、最近の学説などの影響もあると思いますが、新しいものになっていますし、家康を支持していたとされる北政所が三成の娘を養女として保護していた事実(これは史実で、この娘は後に弘前藩津軽家に嫁いでいきます)など、新しい要素も盛り込まれます。福島正則と黒田長政が水牛兜と一の谷形兜を交換する、などというマニアックな逸話が登場したりします。三成が側近の島左近をいかに口説き落としたか、という原作にないシーンも出てきます。登場する女性たちもかなりアレンジされていて、特に阿茶局なんてTBSでは京塚昌子さんがゆったりと演じていたのですが、今回は完全に忍びの者、家康の護衛役として登場します。

とにかく映像はすごい。スピード感がすごい。戦闘シーンがリアル。この点では今回の映画化は確かに意味があった、と思われます。長槍で突き合うのではなく、実際は槍を上から振って、相手の頭めがけてたたきあう、たたいて、たたいて、ねじ伏せるのが戦国の合戦の実相だと言います。そして接近したら殴り合い、小刀で首を取り合う。要するにルールのない喧嘩に近い。整然として指揮官の命令一下、部隊が連携して戦う近代軍とは全く異なる、雑然として荒っぽい戦国の戦がリアルに活写されているのが本作です。

姫路城や東本願寺など現存する桃山時代の遺構で撮影されたシーンも実に豪華です。セットではどうしても出ない重厚感がしっかり出ています。また、原作者の司馬遼太郎が子供時代を回想するシーンで、三成が秀吉と初めて出会った滋賀県の天寧寺が出てきます。TBS版でも本作でも描かれた、三成が鷹狩中の秀吉に茶を献じる有名な逸話の舞台ですが、注目されたのが、司馬の子供時代という場面。ここで、昭五式の軍服を着た日本陸軍の将校が登場するのです。あんなワンシーンでもきっちり時代考証した人物を出す、行き届いた映画作りの姿勢にはいたく感嘆しました。

 

太閤・豊臣秀吉(滝藤賢一)は、愛妾の淀殿が実子の秀頼を生むと、甥の関白秀次が邪魔になり、1595年にこれを切腹させます。さらに、その一族がすべて処刑される京都・三条河原の刑場で、主人を守れず絶望的な戦いをする忍びの者・初芽(有村架純)を目にした秀吉の側近、石田三成(岡田准一)は、彼女を自分の忍びとして取り立てます。さらに、処刑を苦々しい表情で見ていた筒井家の元侍大将で高名な浪人・島左近(平岳大)を見かけた三成は、これを口説き落として自分の右腕とします。秀吉は間もなく世を去り、天下は再び乱れる。そのとき力を貸してほしいのだ、と。

その頃、豊臣政権で最大の実力者、内大臣・徳川家康(役所)は、自分の扱いに不満を持つ豊臣家の一族、小早川秀秋(東出昌大)に接近し、味方に取り込むと共に、三成を憎むようにし向けます。

1598年、秀吉が逝去すると、家康は大きな影響力を持つ秀吉の妻・北政所(キムラ緑子)に接近し、徐々に秀吉子飼いの大名たちを味方に付けつつ、彼らと三成との間の溝が深まるように画策していきます。

いつしか、三成と惹かれ合うようになっていた初芽は、任務の途中で旧知の伊賀者・赤耳(中嶋しゅう)に襲われて行方不明となり、三成は心を痛めます。

家康に匹敵する実力者、前田利家(西岡徳馬)が目を光らせている間はそれでも天下は平穏でしたが、1599年に利家が亡くなるや、三成を憎む福島正則(音尾琢真)や加藤清正(松角洋平)ら武断派の大名たちが動き始めます。彼らに命を狙われた三成は家康の仲裁を得て奉行職を辞し、佐和山城に蟄居。家康はついに事実上、豊臣家の実権を握ります。しかしこの間に上杉家の家老・直江兼続(松山ケンイチ)と協議した三成は、家康に上杉征伐に向かわせ、その隙に挙兵して、上杉勢と三成の組織した西軍とで家康を挟み撃ちにする計略を練ります。病身の大谷刑部(大場泰正)は、正義の人ではあるが、まっすぐすぎる気性で人望のない三成を見かね、その味方をすることにします。16006月、上杉征伐に家康が出陣すると、総大将に毛利輝元、副将に宇喜多秀家ら大大名を据え、西軍を旗揚げした三成ですが、細川ガラシャの死により諸大名の家族を人質に取る策に失敗。そして一方、三成の挙兵を予期していた家康は、諸侯を味方に付け東軍を編成すると西に向かって進軍します。決戦の地は、関ヶ原。こうして1600915日、日本の未来を左右する戦いが幕を開けますが・・・。

 

なんといっても役所さんの熱演がすごいです。ワンシーン、すごい太鼓腹が出てきて驚かされますが、あれはCG処理だとか。もともと大河ドラマの信長役で有名になった役所さんですが、老年期の家康役が似合う年齢になったのですね。岡田さんは自ら馬を乗りこなし、生真面目な三成の雰囲気がよく出ていますが、どうしても黒田如水官兵衛に見えてしまう(笑)。実際に、映画には登場しないけれど、官兵衛の方は関ヶ原の際に九州で大暴れしており、小説には登場します。秀吉を演じた滝藤さんの尾張なまりがあまりに見事です。本当に愛知県のご出身だとか。晩年の秀吉のイヤ~な感じをよく出していました。

ところで、この7月に、本作中で重要な役「赤耳」を演じた中嶋しゅうさんが舞台で急逝されました。近年、急速に注目が集まっていた役者さんですが、残念です。ぜひ、中嶋さんの名演にも注目していただきたいと思います。

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2017年9月 2日 (土)

【映画評 感想】ワンダーウーマン

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「ワンダーウーマン」
Wonder Womanを見ました。全米では6月に公開し、すでに興行収入800億円を超える大ヒット作品です。とにかく評判がよい本作ですが、コミックものの娯楽作品と侮るなかれ。非常にハードな戦争映画そのものでして、現実にあった壮絶な第1次大戦を舞台にして、そこにたまたまワンダーウーマンという架空の人物が入り込んできた、という史実ファンタジーという見方でいいと思います。よって、いわゆるコミック然とした雰囲気は微塵もないのが素晴らしい。

こういう作品が生まれた理由の一つが、いまハリウッドで最高の女性監督であるパティ・ジェンキンスがメガホンを執ったことにあるのは間違いありません。「モンスター」でシャーリーズ・セロンにアカデミー賞をもたらした同監督は、決して声高にフェミニズム的な主張を盛り込んではいませんが、しかし、まだまだ女性の権利が抑制されていた1910年代の英国(たとえば議会に女性が立ち入ることも、発言することも許されなかった、という描写が出てきます)を舞台に選んだことは、異世界からやってきたワンダーウーマンの個性を際立たせることに成功していて、巧妙です。本来、原作のワンダーウーマンは1941年、第2次大戦下で生まれたスーパーヒロインで、最初に相手にした敵は当然、ナチス・ドイツ軍だったのですが、本作がその前の第1次大戦をテーマとしたのも正解だったと思います。ナチス相手の作品はすでにたくさんあり、あのキャプテン・アメリカとも被ってきます。これが第1次大戦となると、時代背景にしても、コスチュームにしても兵器にしても、観客からすると一種の目新しさがあるのではないでしょうか。

本作は、なかなか第1次大戦映画としてみても秀逸でして、この時代を取り上げた作品としては、古典的な「西部戦線異状なし」とか、近年ですとスピルバーグ作品の「戦火の馬」などいくつかありますが、なかなか最新の映像技術を駆使して同大戦を再現している映画はありません。塹壕戦の悲惨な状況や、戦傷者の痛々しい姿、当時の最新兵器、たとえばドイツ軍のエーリヒ・タウベ戦闘機とか、マクデブルク級以後のクラスの軽巡洋艦、マキシム機関銃などなど、いかにも第1次大戦を思わせるアイテムが大量に登場します。

当時のドイツ軍の軍装もかなり正確で、将校と兵隊の制服の生地のクオリティーの差までしっかり見て取れます。連合軍側のスパイという設定の主人公(クリス・パイン)が敵のドイツ軍に潜入するシーンで、ドイツ軍パイロットの姿のときはエースという設定でプール・ル・メリート勲章をぶら下げて騎兵軍服を着ていたり、普通の軍服を着ているときはいわゆるヴァッフェンロック軍服をまとっていたり、と非常に芸が細かい。将校用のシルムミュッツェ(ツバ付き制帽)は上部にドイツ帝国、下部にプロイセン王国(もしくはその他の領邦国)を示すコカルド(円形章)を付け、下士官兵は同じ仕様だがツバのないミュッツェ(クレッチヒェン)を被っている、などしっかり時代考証しています。

今作の悪役はナチスではないので、それに代わるような人物として、実在のドイツ帝国陸軍・参謀本部次長(首席兵站総監)エーリヒ・ルーデンドルフ大将が登場します。ルーデンドルフの姿は、ちょっと軍服の襟の形状が第1次大戦期のものらしくなく、第2次大戦風なのと、将官用の襟章が第2次大戦期の「元帥用」らしいものを着けているのが減点ポイントですが(笑)なかなか雰囲気が出ています。襟元にプール・ル・メリート勲章と大十字鉄十字勲章、さらに黒鷲勲章の星章と、ホーエンツォレルン王室勲章らしきものの星章を帯びており、常装で礼装用のベルトを締めているのはご愛嬌ですが、実際にそういう例もあるのでまあいいでしょう。

しかしまあ、この映画でのヒンデンブルク元帥(参謀総長)とルーデンドルフ大将の描き方は、ちょっと問題が・・・。歴史に詳しい人、特にドイツ人が見たらどう思うのだろう、とはちょっと思いました。ルーデンドルフといえばやはり知将という印象。この映画に出てくるような粗暴な体力系武闘派というのとは違う感じがします。気に入らない部下を射殺するシーンまでありましたが、マフィアや蛮族じゃないのだから、ドイツ軍でそんな人殺しをしたら、いかに将軍だろうが参謀次長だろうが、即座に憲兵に逮捕されるのではないでしょうか。それに、2人とも戦後まで元気で活躍してくれないとその後のナチス政権が・・・おっと、このへんはネタバレなのでもう言いませんが、まあ基本的には娯楽作品の悪役ですからしょうがないのでしょうね。もっとも「史実のルーデンドルフ将軍」だとはそもそも断言していないので、パラレルワールドの同将軍ということなのでしょう。ただ、全体的に、やはりナチス・ドイツならともかく、ドイツ帝国軍をあんなに悪の軍団のように描いている点には、違和感があったのは事実です。

そういう点を除けば、第1次大戦映画としてシリアス作品から娯楽作品まで含めて最高レベルの映像表現になっていると思います。ヒーロー・アクションに全く興味がない方でも、戦史や軍装に興味がある方は必見の作品となっていると感じました。

 

時は現代。パリのルーブル美術館に「ウェイン財団」の車が到着します。財団の使者は、ここにいる美女ダイアナ(ガル・ガドット)に一枚の古い写真を渡します。それはバッドマンことブルース・ウェインから贈られた物で、第1次大戦中に撮影された乾板写真でした。そこに写っている若き日の自分と、すでに亡き仲間たちの姿を見て、ダイアナは物思いにふけっていきます・・・。

話は超古代に遡ります。世界を支配した神々の王ゼウスは、自分に仕える人間たちを創造します。人間へのゼウスの寵愛が厚いことを妬んだゼウスの息子、軍神アレスは人類に悪を吹き込み、堕落させます。それを見たゼウスは愛と勇気に満ちた女性だけの種族アマゾネスを創造し、戦乱に明け暮れる人類を救います。怒ったアレスは神々を戦争に巻き込み、アマゾン族を奴隷としてしまいます。やがて、アマゾンの女王ヒッポリタ(コニー・ニールセン)は妹のアンティオペ将軍(ロビン・ライト)と共に反乱軍を率いてアマゾンと人類を解放、アレスはゼウスに倒されます。しかしゼウスもアレスとの闘いで力尽き、地中海の人知れぬ海域にゼミッシラ島を作ると、アマゾンたちをそこに住まわせて世を去ります。それ以来、アマゾンたちは人類の歴史とかかわることなく、何千年もセミッシラ島に閉じこもってきました。ヒッポリタの手元には、ゼウスから授かった島でたった一人の子供ダイアナが残されました。

ヒッポリタはかつての戦乱の記憶を憎み、ダイアナが戦士となることを禁じていましたが、ダイアナは戦闘に興味を抱き、叔母であるアンティオペ将軍に密かに武術を習います。初めはそれに反対したヒッポリタですが、軍神アレスの復活を予期して、ダイアナを強い戦士に育てる方針に転じます。まもなくダイアナは、アンティオペもしのぐアマゾネス第一の最強戦士に成長します。

そんなある日、一機の戦闘機がセミッシラ島の沿海に墜落します。溺れかけていた操縦士を助けたダイアナは、初めて見る男性に動揺します。さらに、彼を追ってドイツ軍の巡洋艦が出現し、島の秘密を破ってドイツ兵が大挙、上陸してきます。いかに精強とはいえ、初めて見る銃や大砲などの近代兵器にアマゾン軍は苦戦し、激しい戦闘の中でアマゾン戦士もたくさん命を落としました。その中に叔母であり恩師でもあるアンティオペもいました。ダイアナは最初にやってきたパイロット、アメリカ陸軍航空隊出身で、現在は英国情報部で働く諜報員スティーヴ・トレバー大尉(クリス・パイン)から、外の世界では世界大戦が勃発していることを知り、軍神アレスが復活したことを確信します。スティーヴはドイツ軍のルーデンドルフ総監(ダニー・ヒューストン)が推進している最強の毒ガス開発計画を阻止するためにトルコの研究施設に忍び込み、天才女性科学者ドクター・マル(エレナ・アナヤ)の開発ノートを奪い取って飛行機で逃げる途中だったと言います。ダイアナは、自らが島を出てアレスを倒し、世界を平和に導こうと決意します。

初めは反対したヒッポリタも、ダイアナが外の世界に旅立つことを受け入れ、見送ってくれますが、「人間の世界はお前が救うに値しない」と言います。その言葉の意味はダイアナには分かりませんでしたが、深く心に刻まれました。

スティーヴの手引きでロンドンにやってきたダイアナですが、アマゾンの島で大らかに育った彼女に、女性差別の厳しい時代の英国は驚くべき事ばかり。議会に乗り込んでも女性に発言権はなく、軍の司令官たちも無責任で、あきれることばかりでした。しかし議会の大立者でスティーヴの上司であるサー・パトリック・モーガン(デヴィッド・シューリス)は、密かにスティーヴとダイアナを援助することにし、ベルギー戦線からドイツ軍の司令部に潜入し、ルーデンドルフとマル博士の計画を止める作戦を承認します。

スティーヴがこの作戦のために集めた面々は、モロッコ出身の詐欺師サミーア(サイード・クグマウイ)、飲んだくれのスコットランド出身の狙撃兵チャーリー(ユエン・ブレムナー)、アメリカ先住民で、故郷を捨てて欧州で武器取引をしている酋長(ユージン・ブレイブロック)と一癖ある者ばかり。最前線に達したダイアナは、そこで機関銃と大砲が血しぶきの嵐を巻き起こす凄惨な塹壕戦の現実を目にします。ルーデンドルフこそがアレス本人だと確信するダイアナと、あくまでも彼の毒ガス計画阻止を目的とするスティーヴの思惑は必ずしも一致しませんが、はたして彼らはこの大戦争を終結に導くことが出来るのでしょうか。

 

ということで、ダイアナ役のガル・ガドットはミス・イスラエルになったこともある極め付きの美人。まさにワンダーウーマンになるべくしてなった人で本当に魅力的です。そして本作では、スティーヴ役のクリス・パインがいい。「スター・トレック」シリーズのカーク船長でおなじみの彼ですが、今作は新たな代表作となったのではないでしょうか。激闘の中でダイアナに惹かれていく微妙に揺れる「男心」を見事に演じきっています。その他の配役も的確で、非常にいいですね。スティーヴの秘書エッタ役のルーシー・デイヴィスもいい味を出しています。2時間半とこの種の作品としては長尺ですが、いささかの緩みもなく、最後まで見事に引っ張る脚本も素晴らしいと思います。

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2017年9月 1日 (金)

梶田達二 油絵展(池袋東武)

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 2011年に亡くなったイラストレーション界の巨匠、梶田達二先生の作品展「機能美を追求し続けた…梶田達二 油絵展」が、池袋東武百貨店6階で開催中です。いつ見ても梶田先生の作品は圧倒的な美しさ、官能的と言ってよいほどの色気すらある帆船や飛行機、機関車…すごいです。今回はおなじみの日本丸や海王丸のほか、外国船、蒸気機関車、それに零戦や紫電改などの軍用機の絵が展示されています。なお、場内の撮影は原則禁止ですが、今回は梶田夫人の特別許可をいただきまして撮影しております。
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 本展は入場無料。9月6日(水)まで。展示作品は購入可能で、20万円台ぐらいからありました。年々、評価が高まる先生の作品は、入手が難しくなる一方。興味のある方はお早めに。

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