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2017年5月27日 (土)

【映画評 感想】メッセージ

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 今年のアカデミー賞は、大本命の「ラ・ラ・ランド」に対して、社会派ドラマの「ムーンライト」(ノミネート8、受賞3)と「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(ノミネート6、受賞2)が対抗という決選になりました。特に対抗の2作品は、米大統領選挙のトランプ旋風という背景があって、黒人の同性愛者を描くムーンライト、いわゆる非エリートの白人を取り上げたマンチェスター・・・が注目されたのは間違いありません。ラ・ラ・ランド自体も、そうした中で
14ノミネート中、6部門受賞にとどまった感じはあります。もちろん、社会派の2作品の素晴らしさに異論はないのですが、あくまで賞レースとしてはそういう展開になった、ということです。

 それで、そういう非常に現実政治的な環境で、最も割を食ったと思われるのが、有力候補の中で唯一のSF作品だったこの「メッセージ」Arrivalであります。8部門ノミネートされて、結果的には音響編集賞ひとつだけ、ということになりました。しかし、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の才能が隠れもなく発揮されている傑作でして、本当に、もう少し平穏な年の賞レースだったなら、と思わせる一作です。

 とにかく静謐な迫力に満ちています。これ見よがしな派手な演出は一切なく、非常に淡々と、しかし実況のように真に迫って描く本作は、久々に見た硬派なSFで、2時間あまりが一瞬も緊張の途切れることなく過ぎ去ります。「2001年宇宙の旅」や「インターステラ-」「惑星ソラリス」に似ているという声がありましたが、その通りでしょう。またSFではなく、心霊的な世界を取り上げた「シックス・センス」に似ている、という評もありますが、これも結末まで見ると、なるほど、的を射ています。

 原題は「到着」の意味です。突然、地球に異星人の宇宙船が到着する、というのが話の発端ですが、それだけを聞くと、さんざん今までにあったSF作品のありがちなテーマか、と思うところです。しかしとんでもない。突如、巨大な宇宙船がやって来る、ということなら「インデペンデンス・デイ」や「宇宙戦争」と同工なわけですが、今回はああいう分かりやすい侵略もの映画とは異質です。本作の異星人は、そもそも敵なのか友人なのか、何をしに来たのか意図が分かりません。そして、SFものによくある、異星人がたちまちテレパシーで交信して来るとか、自動翻訳機で流暢な地球の言葉(大抵は英語)を操る、などということもありません。地球人は彼らと何とかして、相互理解を図らなければならない。万一失敗したらどうしようか。誤解を与えたり、相手を怒らせてしまったりしたら。そういう緊張のあまり、主人公たちは心身の不調を訴え、極限状態を味わうことになります。異世界の住人との意思疎通がどれほど困難なものであるかを、あくまでもリアルに描き出していく本作は、ひょっとすると国内のコミュニケーションすらうまくいかないドナルド・トランプ大統領に、今いちばん見てもらうべき作品なのでは、とすら思われるのです。

 

 著名な言語学者のルイーズ・バンクス博士(エイミー・アダムズ)は、一人娘のハンナを難病で失い、心の傷が癒えないまま空虚な日々を送っています。

ある日、大学でいつものように言語学の講義を始めようとすると、学生たちの数が妙に少なく、教室内にいる生徒の様子もおかしいことに気づきます。テレビを付けてみると、信じられない光景が映っていました。世界の12か国(その中には日本の北海道も含まれます)に1隻ずつ、異星人の巨大な宇宙船が到着し、大騒ぎとなっていたのです。

 まもなくアメリカ陸軍のウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)がやって来て、モンタナ州に飛来した異星人の声を聞かされます。それだけでルイーズに意味が分かるわけがなく、結局、実際に異星人と会見し、その言語を理解して、彼らが地球にやってきた意図を探り出すことを依頼されます。数学者のイアン(ジェレミー・レナー)も加わり、ウェバー大佐とマークス大尉(マーク・オブライエン)ら米陸軍の軍人が見守る中、異星人との接触が始まります。

 異星人は七本足のためにヘプタポッドと呼ばれています。その宇宙船でルイーズたちアメリカ人と会うヘプタポッドは2体で、イアンは往年のコメディアン・コンビの名前から「アボット」と「コステロ」という愛称をつけます。彼らの発声言語は理解不能で、一方、書き言葉の方は、地球の漢字のような表意文字であることが判明します。少しずつ時間をかけて、彼らの意思を探るルイーズとイアンですが、ヘプタボッドの言語には時制という概念がなく、過去も現在も未来も、同じものとして認識していることが分かってきます。そして、なぜか彼らの言語が理解出来るようになるほどに、ルイーズには、亡き娘、ハンナの幻影が以前よりも強く蘇るようになってきます。

 そしてついに、ルイーズは彼らに「地球に来た目的は何か?」と質問します。帰ってきた答えは「武器を与える」でした。

武器という言葉が、人々を動揺させます。世界中は混乱し、異星人の存在に怯え、容赦なく撃退すべきだという声も聞かれるようになります。やがて、12の国はそれぞれ疑心暗鬼となり、初めは協力し合っていたのに、お互いに通信を絶つ事態に。中でも、中国人民解放軍の司令官シャン上将(ツィ・マー)は、ただちに異星人に宣戦布告し、攻撃を開始すると宣言。事態が緊迫する中、錯乱したマークス大尉は宇宙船に爆弾を仕掛けようと企みますが・・・。

 

 本作の異星人は、我々とは時間というものの捉え方が異なります。原因があって結果がある、という因果関係の法則が支配する、この3次元時空を生きていないようなのですね。そんな彼らの言語を、言語学者が会得していく内に、当然ながら、思考回路もその言語に影響されて変化していく。外国語を真剣に学ぶと、誰しも思い当たる現象ではないでしょうか。明らかに、日本語で考えるのと、中国語で考えるのと、英語で、ドイツ語で、ロシア語で考えるのは違うことである、と。バイリンガルという人たちは、言語を切り替えるたびに、頭の中の基本システムを変更しないと思考出来ない、といいます。

 最終的にルイーズの認識が大きく変革するような事態となっていきます。そして、中国軍の司令官、シャン上将(上将というのは、他国の大将にあたる階級)が意外な形でルイーズの物語と絡んできます。このへんのスリリングな展開は見事です。

 ディズニー映画「魔法にかけられて」のお姫様役で一般に知られるようになってから後、演技派女優として大活躍のエイミー・アダムス。今回は、特に異星人とファースト・コンタクトする際のあまりにも重い責任感と恐怖で潰れてしまいそうなヒロインの心情を見事に描き出しています。初めは印象が悪いけれど、実は頼れる男、ジェレミー・レナーもいい仕事ぶりです。アカデミー賞俳優のフォレスト・ウィテカーが、厳しい軍規と人情の間で微妙に揺れる高潔な軍人役を好演しております。

 本作は、原作小説があるわけですが(そして、原作者が中国系アメリカ人であることを知ると、ヘプタポッドの感覚や、その用いる文字がなんとなく東洋風であることも理解出来てきます)映像化という面では、かなり難しい作品だと思われます。よくこれを描ききったものですが、次回作として「ブレード・ランナー」の続編を製作中のヴィルヌーヴ監督、きっとSF史に残る傑作を作ってくれるのでは、と期待されますね。

 それにしても。確かにこの作品の半月型の宇宙船はスナック菓子「ばかうけ」に似ています。ヴィルヌーヴ監督がちゃめっ気たっぷりに「日本の皆さんもお気づきのように、本作の宇宙船の形状は『ばかうけ』を参考にしました。本当だよ!」と明るく冗談を飛ばす映像を見ましたが、こういうユーモアもある監督であることを知ると、また作品の持ち味が異なって見えてくる気がします。

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