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2016年7月13日 (水)

NHK「美の壺」出演記念「徳川幕府海軍の軍服」

 7月8日および12日のNHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、ありがとうございました!! 
 さらに14日木曜日の朝6時半から再放送があります。見逃した方は是非ご覧ください。私、軍装史・服飾史研究家の辻元よしふみが登場したコーナーのほかにも、白蝶貝のボタンの作り方や、歴史的に価値あるボタン博物館の所蔵品など見所いっぱいです。大河ドラマで片岡愛之助さん扮する榎本武揚の懐かしい映像も登場します。

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ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた前著『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)ですが、3刷が私の手元にも届きました。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。今のところ、長くお待たせしていた読者の方がいらしたのかと存じますが、アマゾンでは在庫に出ても、すぐに売れてしまう状態のようです。しばらくご迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願い申し上げます。

 また、刊行準備中の『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)はゲラ校正が済み、いよいよ本格的な作業段階に入りました。8月上旬には出せると思っております。乞うご期待!

 ところで、「美の壺」の「華やぎのボタン」で、私は日本のボタン文化の原点となった旧海軍のボタンの歴史を取り上げました。18世紀以来の英国海軍「王冠に錨」のボタンの伝統を引き継いで、最初に「錨に葵の金ボタン」を採用したのは、実は帝国海軍に先立つ徳川幕府の海軍だった、とご紹介いたしました。徳川幕府では軍備の洋式化を急速に進め、慶応2年(1866年)末には幕府海軍総裁・稲葉正巳が「海軍服章絵図」を作成させ、これが初の海軍服制となった、と軍艦奉行・木村摂津守の日記にあります。
 翌慶応3年にオランダから帰国した榎本武揚を中心に、新式海軍が形を成してくる中、榎本は「服章絵図」を具体化して、軍服を製作・普及させました。「葵に錨」の金ボタンも実用化されたわけです。図版は柳生悦子先生の『日本海軍軍装図鑑』掲載図です。明治2年(1869年)までの間、榎本たち幕府海軍の人たちは、このボタンが付いた軍服を着用しておりました。Photo_2



 なお、榎本の軍服の、太線2本の間に細線3本、という袖のラインは、海軍副総裁(海軍大将ランク)の階級を示す階級線です。幕府海軍では軍艦頭(艦長)は細線3本で、後の英海軍の標準(艦長=海軍大佐=ライン4本)とは異なり、オランダ式の表示だったようです。
 さらにまた、桜を使いだしたのも幕府海軍のようで、少なくとも将官ランクの人は、制帽の帽章に桜と錨の紋章を付けた、とされています。この桜も、日本海軍に引き継がれて、明治3年末の日本海軍の制服誕生につながったのです。
 この榎本の幕府海軍時代の軍服は、現在、靖国神社が所蔵しております。

 

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