« 音舞の調べ(芸大にて) | トップページ | 20年ぶりにパレスホテル(東京・大手町)に行きました。 »

2016年5月28日 (土)

映画「マクベス」

Photo


 映画「マクベス」
MACBETHを見ました。マクベスって、あのマクベス? と思う方が多いでしょうが、まさにあの、シェークスピア作のマクベスです。なんで今、マクベスなんだろうと感じる方もまた、多いでしょうが、今年はシェークスピアの没後400年なんですね。そして原作のマクベスが書かれたのが410年前の1606年なんだとか。それを記念しての映画化製作ということでした。

 そんな4世紀も前に書かれた戯曲なのに、どうしてここまで普遍性がある作品なんだろう。本当に不思議です。シェークスピアには何か人知を超えた洞察力があったとしか思えないほどです。しかも、作品の舞台といえばさらに昔の11世紀、日本でいえば平安時代末の史実に基づいたお話です。しかしここで描かれるのは昔話ではなく、人間というものの心理の不思議さ、愚かしさ、脆さです。人生の先が見えないこと、行く末が分からないことが恐ろしいのは、あらゆる人間の本能的な恐怖でしょう。得体のしれない魔女の予言に突き動かされて、己の中の欲望に目覚め、悪事に手を染め、不安に押しつぶされて疑心暗鬼に陥り、ついには身を滅ぼしていくマクベス夫妻の物語は、21世紀になっても、おそらくこれから後の時代にも、目を背けたくなるほどの圧倒的な迫真力を持ち続けることでしょう。

 私は初めてこの戯曲を読んだとき、小学生だったのですが、マクベス、マルカム、マクダフと登場人物の名前が似通っていて、なんだか分からなくなった覚えがあります。しかし、これらの人物は中世のスコットランド王国で実在の人物名なので、仕方ありません。高校生時代に、当時、人気のあった文芸評論家・柄谷行人さんの評論『意味という病』を読んで、改めてマクベスの魅力に目覚めました。マクベスは自分で予言を成就させてしまうのだ、予言という、本来は空虚な言葉に自分で意味付けをしていくことで、予言が当たるのではなく、自ら予言通りに実行してしまうのだ、という見方に震撼した記憶があります。

 

 11世紀初めのスコットランド。ダンカン王(デヴィッド・シューリス)は外国の勢力と手を結んだ謀反人の攻勢に遭い危機に陥っていましたが、これを激戦の末に撃退したのが忠臣マクベス(マイケル・ファスベンダー)とバンクォー(バディ・コンシダイン)でした。2人は荒野で不思議な予言をする魔女たちと出会います。魔女はマクベスには「コーダーの領主」「王になるお方」と、そしてバンクォーには「子孫が王になられるお方」と呼びかけるのです。その直後、ダンカン王の使者が現れ、マクベスにコーダーの領主の地位を与える、と告げます。予言が当たった! ということは、次は自分が国王に・・・。それまで考えたこともなかった、自分の中の大それた欲望と野心が噴き出すのを抑えられなくなるマクベス。

 そんな折も折、ダンカン王はマクベスの領地を訪問することになります。マクベス夫人(マリオン・コティヤール)は夫以上に、自らが王妃となる野心を抑えられず、謀反をけしかけ、怯むマクベスに王の暗殺を唆します。

 ついにマクベスは王の寝所で、ダンカン王を刺殺し、その罪を現場から逃亡したマルカム王子(ジャック・レイナー)に着せます。王位継承者だったマルカム王子がイングランドに去った今、王家の血縁者であるマクベスは国王に指名され、戴冠します。

 しかし。国王になるという予言が当たった以上、次の予言もまた成就するに違いない。つまりマクベス夫妻の世継ぎが王位に就くことはなく、やがてバンクォーの子フリーアンスが王となるに違いない。マクベスはバンクォー父子も暗殺しようとし、バンクォーの闇討ちには成功しますが、フリーアンスは取り逃がしてしまいます。未来への疑心暗鬼に錯乱するマクベスと、その狼狽ぶりに動揺する王妃。不穏なものを感じた重臣マクダフ(ショーン・ハリス)はマクベス王に離反してイングランドにいるマルカム王子の下に身を寄せ、これに怒ったマクベスはマクダフの居城を奇襲。夫人(エリザベス・デビッキ)とその幼い子供たちを捕えます。こうして、さらなる悲劇へと物語は動いていきます・・・。

 

 配役は、ほとんどの出演者が英国出身である中で、主演の2人がドイツ人のファスベンダーと、フランス人のコティヤールというのが興味深いです。これがまた、英国勢で固めたシェークスピア劇という布陣であるよりも、テーマの普遍性を高めているように思われます。すでにこの2人の演技とチャレンジ精神は各所で絶賛されているようですが、当然と思われます。ことに、普通はかなりの悪女のように描かれるマクベス夫人ですが、コティヤールが演じることで単なる勧善懲悪的な安易なニュアンスではなくなる、という気がしました。

 元の戯曲は意外に短く(シェークスピアの戯曲の中でも最も短い方で、一説によれば、今に伝わっているものは、宮廷で演出するためのダイジェスト版であるかもしれない、といわれています)戦闘シーンのような派手な見せ場も少ないのですが、そのへんは映画らしく、凄惨な戦場のシーンを描きだし、なぜにマクベスがあのような心理状態であったのかを巧みに描き出すことに成功しています。一方で、本作でのセリフ回しは原作のままで、シェークスピアの書いた通りのセリフを使用しているようです。

 また、この映画では、通常は醜い老婆として描かれることが多い運命の魔女たちも、子供まで含めた編成で、割と若く、謎めいてはいるが綺麗な魔女たちになっております。これもかえって、マクベスの幻想なのか、現実なのかよく分からない「魔女の予言」というものを視覚化するうえで、効果的なのではないでしょうか。

 

 ところで、史実でのマクベスことマクベタット王は1005年生まれだそうです。この年、日本ではあの陰陽師・安倍晴明(あべ  せいめい)が亡くなっています。そして35歳の時に、従兄にあたるダンカン1世を殺害して王位を奪い、52歳で戦死しているようです。つまり、マクベス王は17年間も玉座にあったわけで、実はこの戯曲に描かれたような短命政権ではありません。その後、短期間、彼の養子が王位に就いた後に、ダンカン王の息子のマルカム3世が即位します。このあたり、戯曲は史実通りということになります。ちなみに、マルカム3世の時代に、イングランドではノルマン・コンクェストということが起こり、フランスから侵攻してきたウィリアム1世がイングランド王位に就きます。ウィリアム王はマルカムとも戦い、これを破っています。

 戯曲の中でも主要人物であるマクダフとバンクォーについてですが、彼らは歴史学的に実在が確定している人物ではない、とされます。しかし17世紀の当時、出版されていた英国史の本には登場している名前で、シェークスピアは当時の通説に従って、このお話を創作したようです。バンクォーという人物は、11世紀当時の王家よりも古い時代の王家の流れを汲む人物とされ、彼の息子、フリーアンスについては、この人自身も父親が殺されてから数年後には、死んでいるとされています。つまり、戯曲でマクベスが懸念したような事態、フリーアンスが王になることはありませんでした。しかし、そのまた子孫が生き残ってスチュワート家を創始し、14世紀にスコットランド王家となってスチュワート朝を開いた、と伝承されているそうです。

 それで、シェークスピアがマクベスを書いた当時は、このスチュワート家の子孫であるスコットランド王ジェームズ6世が、チューダー家のイングランド女王エリザベス1世の崩御した後を受けて、イングランド国王ジェームズ1世として即位(1603年)した直後でした。つまりスコットランド王としてはジェームズと名乗る6人目の王様だったが、イングランドではそれまでジェームズという名前の王様はいなかった、ということです。エリザベス女王はヴァージン・クイーンとして独身を貫いたので世継ぎがなく、一方でジェームズの祖父はエリザベス女王の父ヘンリー8世の甥(つまりエリザベス女王の従兄)であり、イングランド王位を継ぐのに十分な資格がありました。こうして、イングランドとスコットランドの王家は統合され、18世紀のアン女王までの間、スチュワート朝が英国を統治しますし、その後にドイツのハノーヴァー選帝侯家から迎えられた現在の英国王室も、スチュワート家の血筋を引くことから王位を継承したわけで、まさにバンクォーの子孫が英国王室の祖となった、ということになります。

 ですので、シェークスピアとしては、スチュワート家のジェームズ国王がスコットランドとイングランドの王位を兼ねて君臨したことに対し、いわばヨイショの一種としてこの戯曲を書いたとも言えます。この戯曲を見れば、いかにスチュワート家がはるか昔から予言されていた王位継承者としてふさわしい家柄か、またいかにイングランドとスコットランドは昔から関係が深かったか、という内容になっているからで、そもそもの創作の動機は、「王朝が代わっても、引き続き劇場のスポンサーになって頂きたい」という程度のものだったのかもしれません。しかし、不朽の名作というのはえてしてそんなもので、シェークスピア本人の意図も越えた、人というものの本質に迫る、21世紀になってなお映画化されるほどの作品に大化けしてしまったのでしょう。

|

« 音舞の調べ(芸大にて) | トップページ | 20年ぶりにパレスホテル(東京・大手町)に行きました。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/122224/63693461

この記事へのトラックバック一覧です: 映画「マクベス」:

« 音舞の調べ(芸大にて) | トップページ | 20年ぶりにパレスホテル(東京・大手町)に行きました。 »