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2016年5月 6日 (金)

レヴェナント 蘇えりし者

 今年度アカデミー賞で、レオナルド・ディカプリオが念願の主演男優賞を初受賞、さらにアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が「バードマン」に続き2年連続の監督賞、エマニュエル・ルベツキ撮影監督が、「ゼロ・グラビティ」「バードマン」に続いて3年連続の撮影賞という快挙ずくめとなった「レヴェナント 蘇えりし者」THE REVENANTを見ました。本編2時間37分、予告などを入れると3時間近くかかる長編なのですが、もう素晴らしい計算しつくされた映像と緩みない構成、そしてディカプリオはじめ出演者の熱演で、一瞬も目を離せないまま、全く気が抜けないまま、最後まで見てしまいました。

 ドキュメンタリー映画のように、長回しのカメラが食らいつくように俳優の演技をとらえていきます。これ、ルベツキ撮影監督の得意技でして、2006年の話題作「トゥモロー・ワールド」などで、息もつかせぬ凄惨な戦闘シーンを10分以上もワンカットで収めるというのが話題になりました。本作も特に、冒頭で主人公たちの一行がネイティヴ・アメリカン(いわゆるインディアン)のアリカラ族から奇襲を受けるシーンがあるのですが、もうここからしてすごいです。観客は一瞬にして密林の中の戦場に叩き込まれ、出演者たちと共に、音もなく飛来して命を奪う矢や投げナイフの恐ろしさに身震いすることになります。

 本作は、19世紀前半に実在した伝説のトラッパー(罠猟師)で、クマに襲われて負傷し、仲間に見捨てられたけれど不屈の意志で生還した、というヒュー・グラスの有名な実話をもとにした作品です。アメリカではこの伝説は著名なので、この話の映像化は、これまでも何度もされているようです。ただ本作は、史実そのもの、でもなくて、社会派として知られるイニャリトゥ監督は、非常に厳しい文明批評的な、また差別と非寛容を主題とした哲学的な内容に仕上げています。舞台の設定である1823年は、欧州でのナポレオン戦争のどさくさにまぎれ、英軍がインディアン諸族と組んでアメリカ合衆国と交戦した1812年戦争の余韻が冷めない時期です。インディアン諸族も、英国と組むもの、フランスと組むものなどさまざまな戦略の元で動いており、アメリカ白人との間の関係は険悪さを増していた時代です。一方でナポレオン戦争の結果、独立したメキシコとの関係も、徐々に悪化して行ってあのアラモの戦いに繋がっていく、というような時代でした。かといって、まだ南北戦争の動乱もゴールド・ラッシュもかなり先の話です。本作で登場人物たちが手にしているのはマスケット銃で、いわゆる西部劇のガンマンたちが使っているような、性能の良いライフル銃ではありません。だから、典型的な西部劇、ではなくて少し前の時代の史劇、ということになるかと思います。

 

 1823年、ミズーリ川周辺で行動していたアンドリュー・ヘンリー隊長(ドーナル・グリーソン)率いる毛皮猟隊の一行は、娘を白人に拉致されて怒りに燃えているアリカラ族の族長エルク・ドッグ(デュアン・ハワード)の部隊に奇襲され、全滅の危機に瀕します。案内人のグラス(ディカプリオ)は隊長に対し、毛皮を運ぶための舟を放棄して、安全な砦まで山越えする案を進言。しかし、ポーニー族の母親との間に生まれた息子ホーク(フォレスト・グッドラック)を連れているグラスに対し、ヘンリーの補佐役であるベテランのフィッツジェラルド(トム・ハーディ)は強い偏見を抱いており、グラスの案に反対します。ヘンリー隊長はグラスの意見に従うことに決めますが、フィッツジェラルドはグラス父子へのわだかまりを隠そうともしません。

 しかし山中にて、子育て中で気が立っている親グマに出会ってしまったグラスは、死闘の末にクマを倒しますが、自らも瀕死の重傷を負います。このままグラスを連れて山越えをするのは無理だと判断した隊長は、ホークと、グラスを慕う若者ブリジャー(ウィル・ポールター)、それに高額な割増金につられたフィッツジェラルドの3人を残し、最期までグラスの面倒を見て、亡くなったら手厚く埋葬するように命令し、ほかの者を連れて出発します。

 当然ながら、フィッツジェラルドはグラスの面倒を見る気など初めからなく、人目を盗んでグラスを殺そうとしますが、ホークに見られてしまい失敗。そこで、口封じのためにホークを殺害し、その場にいなかったブリジャーには嘘をついて、アリカラ族が襲撃してくる、と信じ込ませ、2人でグラスを捨てて逃げ出します。絶体絶命のグラスは、息子のかたき討ちをするという復讐の一念だけで生き延びようと苦闘しますが、それは想像を絶する過酷な旅になろうとしていました・・・。

 

 ということで、いかに本作が映像も物語も演技も素晴らしいか、というのはすでに多くの人が語っていることでしょう。そこで、私は自分の肩書である服飾史家・戦史家・歴史家としてそれらしいことを書くことにしますが、まず本作の背景にあるのが、当時のアメリカ・カナダの毛皮猟。当時は毛皮の帽子が非常に欧州でもアメリカでも流行していました。1815年にナポレオンを破った英国近衛兵は、フランスの精鋭部隊にならい、勝利の記念にあの黒い毛皮の帽子を被り始めますが、そのように豪華な毛皮帽はエリート兵士の象徴であり、軍用として人気がありました。また一般の紳士も、この時代にはビーバーの毛皮を使ったトップハットを被っていました。そんなことで、ナポレオン戦争で荒廃していた欧州から、手つかずの自然がある新大陸には、毛皮の発注が引きも切らなかった。もちろんアメリカ本国の上流階級もしかりです。いい毛皮は驚くほど高値で売れました。ゴールド・ラッシュの前には、毛皮が宝の山だったわけです。

 そこで、1812年戦争でミズーリ民兵隊の英雄として知られたウィリアム・H・アシュレー准将が、同じくこの戦争で火薬や弾丸の納入者として活躍し、軍人としても有名だったアンドリュー・ヘンリー少佐(つまりこの映画に出てくるヘンリー隊長)と1822年に設立したのが、「ロッキー山脈毛皮会社」という会社。アシュレー将軍はこの会社のために、腕の良い探検家や毛皮猟師、特に罠猟師を公募し「アシュレー100人隊」などと呼ばれる精鋭を集めました。この中に、実在のヒュー・グラスや、当時まだ19歳の若者だったジム・ブリジャーなどがいたわけです。そして、グラスを見捨てた張本人のトマス・フィッツパトリックも。おや、ちょっと名前が違うじゃないか、とお思いでしょう。その通り、映画でトム・ハーディが演じたのはジョン・フィッツジェラルド。だから史実のフィッツパトリックとは違う、ということです。

 というのも、史実では1823年のヘンリー少佐率いる探検隊に参加したグラス、ブリジャー、フィッツパトリックは、実際にグラスがクマと格闘して負傷し、ブリジャーとフィッツパトリックが逃亡したのは本当で、その後、グラスが奇跡の生還を遂げたのも事実らしい。しかし、復讐するために2人を追い詰めた際、グラスは結局のところ、この2人を許してやった、というのが史実らしいです。

 結局、3人ともその後も生きていたようで、グラスは1833年にアリカラ族とのトラブルで殺されています。フィッツパトリックは毛皮会社を辞めた後、軍に入隊したようで、グラスが復讐をやめたのも、現役軍人を殺すのはリスクが高いから、だったとか。実際に、ジョン・C・フレモント、フィリップ・カーニーといった著名な軍人の従軍ガイドとして長く活動し、インディアン諸族との交渉でも功績があった人だそうで、1854年に病死したといいます。ジム・ブリッジャーは1830年代から40年代にインディアン女性3人と結婚し、子供も何人ももうけたそうで、その後も西部開拓時代の著名な冒険家、ガイドとして軍の斥候などで活躍し、1881年まで生きたといいます。

 その後、欧州での流行は毛皮帽から、ビーバーの毛皮の代わりに絹の生地を用いたトップハットに変わりました。つまり、いわゆる「シルクハット」というものです。また軍隊でも英国の近衛兵のような特別な部隊を除き、一般の部隊では大げさな毛皮帽は急速に廃れました。これが1830年代から40年代にかけてのこと。この流行の変化に加え、競合する毛皮会社も多数、設立されたために、あえなくアシュレー将軍のロッキー山脈毛皮会社も1834年ごろに廃業してしまったようです。ヘンリー少佐はその前に会社から身を引いていた模様です。すなわち1823年の探検では最後まで無事だったし、その後も元気だった。1832年ごろに亡くなったようですが、史実では、1823年の探検当時、すでに40歳代後半の堂々たる将校で、映画に出てくるような経験の浅い青年、という人ではなかった模様です。

 さて、ディカプリオの熱演はいうまでもありませんが、ほかの出演者も9か月に及んだ過酷なカナダとアルゼンチンでの野外ロケによく耐えたな、というのが正直な感想です。照明を使わず、すべて自然光で撮ったという映像は本当にすごいものです。本作撮影時、カナダは暖冬で雪が少なく、本作の主要な部分は実は南米アルゼンチンで撮っている、とのことです。

 今回の敵役であるトム・ハーディは、今や「マッドマックス」役者。近年、立て続けに話題作に出て大活躍していますね。ヘンリー隊長役のドーナル・グリーソンはスター・ウォーズ最新作でもハックス将軍という重要な役どころを演じていました。ブリジャー役のポールターは「ナルニア国物語」シリーズで子役として一躍、名を知られるようになり、その後は引っ張りだこになっている若手の有望株。「メイズ・ランナー」でも大事な役に抜擢されていました。決して二枚目俳優ではないですが、映画作りに欠かせない演技派として大物になりそうな予感がします。そのほか、今作では多数のネイティブ・アメリカンやカナディアンが出演していますが、出身部族は必ずしも設定どおりじゃないのですが、皆さん本物の人たち。映画の重厚さ、リアリティーを増しているのは、こうしたネイティヴ系の役者さんたちの好演だと思います。

 アメリカ本国でも18世紀後半の独立戦争と、19世紀後半の西部開拓時代および南北戦争の動乱期に挟まれて、意外に知られていない19世紀前半、西部開拓時代の前史。スペイン人侵略者と現地の人の混血化が進んで成立したメキシコ出身のイニャリトゥ監督が描く北米史の一断面、というものが非常に興味深い一作だったのではないでしょうか。20160505185303


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