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2016年2月26日 (金)

SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁

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 「
SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」SHERLOCK : The Abominable Brideという映画を見ました。これは正確には、ベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリーマンが共演し、英国BBC放送で製作されている人気テレビシリーズの番外編、です。今年の元日に本国で放映され、特典映像を加えて4週間限定で劇場公開されています。このため、あくまでテレビ番組なので公式パンフレットは制作されていません。

 今や飛ぶ鳥落とす勢いで、断りきれないほどのオファーが舞い込む人気者となったカンバーバッチと、「ホビット」シリーズのビルボ・バギンズ役で映画史に名を刻んだフリーマンですが、2人にとって出世作となったのがこの現代版シャーロック・ホームズでした。気難しく変わり者の探偵ホームズは、もし現代人なら異常者に分類されるのでは、という見方を示し、現代に生きるホームズなら、スマホやPCを駆使してどんな謎解きをするだろうか、という斬新な描き方がこの現代版のヒットの理由でした。

 ところが、今回の特別版では、その2人のコンビが本来の19世紀末、ヴィクトリア女王治世のロンドンに戻って活躍する、というのだからまさに逆転の発想、英国の視聴者を大いに驚かせました。

 当然、「あのシャーロック・ホームズとドクター・ワトスン」なわけですから、トップハットや鹿撃帽を被ったホームズや、髭を蓄え、山高帽を被ったワトスンが登場するわけです。それがやっぱり決まっている! 正直に言って、カンバーバッチはこの19世紀のコスチュームの方がずっと似合っていますね。フリーマンも然りです。こういう特別篇はこれっきり、というお話ですが、ぜひこのシリーズの枠を超えて、正統派のホームズものを同じ2人で作ってほしい気がします。

 ところで、サー・アーサー・コナン・ドイル原作のホームズ・シリーズの原作小説の中に、『忌まわしき花嫁』というものはありません。これは今回の映画化のために特別に作られたストーリーですが、かといって全く根拠もないオリジナルでもありません。では何が元ネタかと言えば、『マズグレーヴ家の儀式』(1893年発表)という話の冒頭に出てくる、「これは僕(ホームズ)が君という伝記作家と知り合う前の事件の記録だよ、〇〇とか××とか・・・」といった形で名前だけ紹介された事件、いわゆる「語られざる事件」というものの一つだそうです。ホームズものは基本的に、ワトスン医師が小説化して世に発表している、という形式になっており、ホームズの担当したすべての事件を発表しているわけではなく、ほかにもいろいろあったけれど、事情があってまだ書いていない事件がたくさんあるよ、といった前振りがよく冒頭に置いてあります。で、原作ではここで、実際には「マズグレーヴ家」の事件が語られたのですが、その他の名前だけ挙げられた事件の中に「内反足のリコレッティとその忌まわしい妻の全記録」a full account of Ricoletti of the club-foot, and his abominable wifeというものがあるのです。こういう名前だけの事件がホームズ・シリーズには5080ほどはあるというのが定説になっているそうで、このタイトルだけから新たなホームズものを創作した、というのだから、大胆な試みです。ちなみに原典である『マズグレーヴ家の儀式』は、返事を出していない手紙の束をナイフで突き刺して保管しているとか、ペルシャ製のスリッパにタバコを入れているとか、壁に弾痕でヴィクトリア女王のイニシャルVRの文字が書かれているとか、ホームズの部屋のディテールが描かれている作品で、今回の映像化でも大いに参考にしたようです。

 さて、どんなお話かと言えば・・・。

 

 第2次アフガン戦争(187880)に軍医として従軍し、負傷したジョン・ワトスン(フリーマン)はロンドンに戻り、旧友の紹介で風変わりな探偵シャーロック・ホームズ(カンバーバッチ)と出会い、ハドソン夫人(ユーナ・スタップス)が管理しているベーカー街221Bの下宿に同居することになります。

 それから時を経て、1895年末のクリスマスの時期を背景に、すでにホームズの物語を発表して有名になっていたワトスンが、「語られざる事件」の中でも特にホームズを悩ませた「リコレッティとその忌まわしき夫人」のケースについて語り始めます。

 突然、ベーカー街にやってきたレストレード警部(ルパート・グレイヴス)の口から、非常に奇妙な話を聞いたホームズとワトスン。それというのも、結婚記念日に、ウェディングドレスを着込んで両手に拳銃を握ったエミリア・リコレッティ夫人(ナターシャ・オキーフ)が乱心し、街中で乱射事件を引き起こしたうえ、頭を打ちぬいて自殺した、という事件が発生。ところがその夜、夫のトーマス・リコレッティ(ジェラルド・キット)の前に、死んだはずのエミリアが出現します。彼女はショットガンで夫を射殺し、そのまま姿を消しました。

 エミリアの幽霊が、夫を殺害したのか? オカルトじみた展開にホームズは興味を惹かれます。検視官フーパー(ルイーズ・ブリーリー)によれば、エミリアの遺体は間違いなく本人のもので、しかも夫が射殺された後、それまでなかった右手の指の発砲痕が増えている、ということでした。

 しかし、それ以上、はかばかしい進展はなく、しかもこのケースをまねたものか、リコレッティ夫人の幽霊による、とされる男性の殺害事件が5件も続きます。

 そんな中、ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズ(マーク・ゲイティス)が一つの依頼をしてきます。リコレッティ事件の背景にはもっと大きな黒幕がいることを示唆したマイクロフトは、彼の知人サー・ユースタス・カーマイケル(ティム・マッキナリー)の妻、レディ・カーマイケル(キャサリン・マコーマック)からの依頼を受けるように弟を挑発します。ベーカー街にやってきたレディ・カーマイケルは、ホームズたちに、夫の元に「5粒のオレンジの種」が届いてから、夫の様子がおかしくなった、と訴えます。そしてカーマイケル夫妻の眼前に、あのエミリア・リコレッティの幽霊が出現したといいます。「幽霊なんてものは存在しない!」と言い放ち、ホームズはワトスンと共にユースタス邸に乗り込みますが・・・。

 

 といった展開ですが、実際にはかなり奇抜な描き方をしていて、それにあくまでもテレビ版の番外編でもあるので、現代のテレビシリーズとのかかわりも出てきます。「オレンジの種」だとか「ホームズがただ一人敬愛した女性、アイリーン・アドラー」の名前だとか、「宿敵モリアーティ教授」とか、ホームズものにおなじみの要素があちこちに登場。ちなみにモリアーティは後半に実際に登場します(演じるのは現代版シリーズで同役のアンドリュー・スコット)。1893年の『最後の事件』において、ホームズはモリアーティと戦いスイス・ライヘンバッハの滝壺に転落しており、本作はその後にホームズが「復活」した時期、そして1901年に『バスカヴィル家の犬』でホームズものが再開されるまでの空白期を舞台としており、そのへんを匂わせるセリフが多々見られます。またヴィクトリア女王の時代に大きなうねりを見せた「婦人参政権運動」を作品の背景としており、なかなか脚本は巧妙です。

 なんといっても19世紀を舞台としたので、英国の俳優さんたちが生き生きとして見えることは驚かされます。やはり大英帝国の時代、ですから。その時代の社会矛盾も含めて、ごった煮的な魅力が世紀末のロンドンにはあり、ホームズものの魅力にもなっていることを再認識させてくれます。このへんは現代版にはない持ち味ですね。

 特に大事なのがコスチュームですが、街中ではトップハット、地方に行くときには鹿撃帽にインバネス・コートのホームズ、ツィードのスリーピースに懐中時計の鎖を「ダブルアルバート」にして下げるワトスン、フロックコートやスタンドカラーのシャツに、アスコットタイを着こなした紳士たち・・・やはりこの時代の服装は、なんといってもカッコいいです。私は大好きです。ワトスンが警察の遺体安置所に赴く際に「ツィードで行くのは不躾かな?」というセリフがありました。TPOからいってツィードは当時的にはアウトドア用のカジュアル。こういうセリフがさりげなく出てくるのがいいですね。

 制服系では、冒頭のアフガン戦争のシーンで、軍医大尉のワトスンは真っ赤な英国陸軍の軍服を着ています。当時、いわゆるカーキ色の軍服はすでにインドで使用が始まっていますが、英軍全体で正式に採用されるのは20世紀に入ってからです。兄マイクロフトの執事はやはり真っ赤な18世紀半ばごろの様式の(つまり19世紀末当時としても非常に古風な)宮廷衣装ジュストコールを着込んでいます。詰襟にピスヘルメットの警察官もワンシーンですが、しっかりした着こなしで出てきます。

 また、ワトスン夫人のメアリー(アマンダ・アビントン)が大活躍するのですが、彼女、後半になるとヴィクトリア朝然としたロングドレスを脱ぎ捨て、当時のウーマンリブ運動の中で提唱された「改良服」のようないでたちで登場します。紳士服のようなジャケットとウェストコートに、半ズボン、というハンサムな服装です。実際にはこういう着こなしは19世紀の世に全く受け入れられなかったようですが(女性が公然と紳士的な服装をし、ズボンを穿き、脚を見せるようになるのはもう20年ほど後、第1次大戦を経ないと一般化しませんでした)しかし、可能性としてありそうな服装として、こういうものを持ち出してくるのも興味深いですね。さすがによく勉強している感じがします。

 キャストは英国のテレビ界で有名な人たちが中心ですが、レディ・カーマイケル役のマコーマックは、どこかで見た顔、と思えば「ブレイブハート」でメル・ギブソン演じるウィリアム・ウォレスの幼馴染で奥さんになるミューロンを演じていた人です。

 ところで、原作者コナン・ドイル本人は熱心なオカルト現象の研究家だったのは有名な話です。「幽霊なんて存在しない」と繰り返すホームズとは全く逆の人だったわけですが、今回、オカルト寄りのお話なのも、そのへんを意識しているのかもしれませんね。また、ドイルは婦人参政権運動には絶対反対、という立場の人でもありました。そこらへんを逆手に取ったような今回の企画なのでしょうか。

 なお、本作は冒頭に紹介映像、おしまいにメイキング映像が追加されています。本編が終わったところで、慌てて席を立たれませんように。

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