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2015年12月18日 (金)

海難1890

 

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  日本・トルコ合作映画「海難1890」を見ました。いいですよ、これは! まあ本日はスター・ウォーズの新作公開でもちきりでしょうが、この映画は見ておくべき一作ですね。
 これは史実に基づいた作品なので、どんな話か、といえば「エルトゥールル号遭難事件」を調べていただければ、その通りの展開なわけです。明治時代も前期のこと、オスマン帝国の威信をかけて明治天皇への謁見をすべく、11か月を費やして日本にやって来たオスマン海軍のフリゲート艦「エルトゥールル」。無事に使節としての任務を果たし、帰途に就いたのが9月。折しも日本は台風シーズンで、危険があることは分かっていたのだけれど、予定から大幅に遅れていた旅程を詰めようとあえての強行。そのために艦は座礁・沈没し、600人を超える乗組員のうち、助かったのはわずか69人。しかし、和歌山県・紀伊大島の樫野の村人たちは、自分らの危険も顧みずに救助に当たり、乏しい蓄えから食料を惜しげもなく供出し、医師たちも無償で治療にあたったといいます。
 エルトゥールルというのは、初代オスマン皇帝であるオスマン1世の父、とされる人物名ですが、実際の治績のたぐいはほとんど分かっていない、まあ伝説上の人物に近い人。そしてエルトゥールル号というのは、1850年代に建造された木造帆走のフリゲートで、まあ、日本にやって来たペリー艦隊の黒船ぐらいの時代の軍艦。当然、1890年には非常に古い艦だったわけで、ただし60年代に蒸気機関を設置して、なんとか持ちこたえていたようなもの。どうしてそんな古い艦をはるばる日本まで、というのは当時のトルコ海軍の事情はよく分かりませんが、ロシアとの度重なる戦争で弱体化する中、同海軍のまともな艦はこれしかなかったのかもしれません。排水量は2200トンほどで、大きさとしては十分な外洋船といえますが、何しろ古すぎたようです。
 この映画のみどころの一つは、やはりこの19世紀のトルコ海軍を描写しているシーン。ことに軍装は必見ですね。頭にはトルコ伝統のフェズ帽、そして士官は当時の海軍軍人としてスタンダードと言えるフロックコートですが、灰色の生地なのがとても珍しい。階級は袖口のラインで表す国際標準式なのですが、肩にもエポレットの名残らしき縦形の肩章があり、これは単純に錨のマークだけが刺繍されています。そして折り襟のレギュラーカラーのワイシャツに、紺色の普通の結び下げ型ネクタイ、といういでたちはかなり現代的に見えます。白いパンツに黒い膝まであるロングブーツ、というのは海軍では珍しいです。そして、士官はサーベルを下げ、刀帯を締めています。一方、下士官兵はセーラー服ですが、明るい青色と、えんじ色のライン、というのが非常に特徴的。頭にはやはりフェズ帽です。このように、将兵の服装ひとつとっても、かなり当時のイスラム圏の中で近代海軍を持っている、遠洋航海もできる、というところを見せ付けることは、オスマン皇帝にとってかなり意味があることだったのだろう、それゆえの派遣だったのだろう、と思わせるものがあります。
 日本海軍の士官や下士官、水兵もちょっと出て来るのですが(ちなみに海軍将校役は小澤征悦さん)このへんもしっかり時代考証されていて、帽子に金ラインの入った明治初期の海軍の服装です。さらに、トルコ軍人たちはドイツ海軍の砲艦に乗って和歌山から神戸に移送されるのですが、そのシーンではちゃんとドイツ海軍の短艇に、ドイツ海軍のセーラー服を着た水兵が乗っていて(制帽にはっきりドイツ帝国の円形章=コケード=が写っています)こだわっているな、と考証の面で感心致しました。なお、神戸からトルコへは、日本海軍の「金剛」と「比叡」(後の大正時代から昭和期の有名な巡洋戦艦ではなくて、先代)が送り届けています。
 さてそれで、海難事件から90年以上を経たイラン・イラク戦争時の1985年、テヘランに取り残された日本人を日本政府は救出する手段はなく、自衛隊を派遣しようにも(例によって)国会の承認がないと動けず、とやっているうちに身動きできなくなってしまいました。そこで、トルコ政府のオザル首相は自国民だけでなく日本人も救出することを決定。このシーンも、ホメイニ師の肖像とか、サダム・フセインの映像とかうまく使って、戦時下のテヘランの風景をうまく描いていました。ひとつひとつ、非常に丁寧にシーンを作っていて、いいです。
 ということで、1890年の海難事件と、1985年のテヘラン救出事件の二つの史実を扱っていますが、もちろん、史実そのままということではなく、映画的な脚色はかなり、されているわけですが、それでも本質をよくとらえて、うまい描き方の映画だと思いました。
 基本的に、史実であり、いい話なので、安心して感動できる作品と言えます。変に批判的な、ひねくれた見方をする必要がないのですよね。実際、私は大感動しました。どういう話か分かっているのだけど、実話の力は強いですね。
 ◆  ◆  ◆
 1889年、イスタンブールを出港したオスマン海軍の軍艦エルトゥールル号。退役した提督の息子である機関大尉のムスタファ(ケナン・エジュ)は、部下の機関科兵曹ベキール(アリジャン・ユジェソイ)と反目しながら、いつしか階級を越えた友情を育んでいきます。しかし艦を率いるオスマン・パシャ提督(ウール・ポラット)が無事に明治天皇への謁見を済ませた後、1890年9月、和歌山県沖で艦は座礁。提督は艦と運命を共にし、ベキールたちも殉職。樫野の町医者・田村(内野聖陽)や助手のハル(勿那汐里)たちは献身的に救助に当たり、佐藤村長(笹野高史)の指導の下、日頃は田村と反目しているライバルの開業医・工藤(竹中直人)や、遊女のお雪(夏川結衣)も手を貸します。村人たちの献身ぶりにトルコ水兵たちも心を打たれ、ドイツ艦に移乗して別れるときは、涙ながらに村人たちと別れを惜しむのでした・・・。
 時は流れ、1985年。イラクの独裁者サダム・フセインが突然、停戦を破ってイランに攻撃を開始。日本政府は邦人の救出が出来ず、日航機も自衛隊機も出せない不始末となります。日本人学校教師の春海(勿那の2役)は、街で出会ったトルコ大使館職員のムラト(エジュの2役)に運命的な出会いを感じます。野村大使(永島敏行)は最後の救出機を準備しているトルコ政府に日本人も救出してくれるように要請。トルコのオザル首相(デニズ・オラル)は、自国民だけでなく日本人も助けるように英断を下し、トルコのパイロットたちも危険な任務にこぞって志願してくれます。そして、空港にやってきた春海たちですが、予想を超えるたくさんのトルコ人たちがいるのを見て愕然とします。当然、トルコ人が優先で、日本人など乗れるわけがないはず。そこでムラトは人々に呼びかけます。「あの日本人たちを救えるのは、あなた方だけなのです。日本人はかつて、我々の祖先を助けてくれました。決めるのはあなた方です」・・・そして、静かな奇跡が起こるのでした。
 ◆  ◆  ◆
 というようなわけで、機会があったらぜひ、ご覧になってほしい作品です。しかし最後に思いますが、この時に英断を下したオザル首相は、国民からも高く評価されて、後に大統領になります。一方の日本は・・・今だって、同じような事態で、日本政府には何らの手もないのはあまり変わっていないのでは? 自衛隊もこういう時に役に立たないのは毎度のことです。もちろんこの一件を受けて自衛隊法が改正され(当時は中曽根政権)、こういう場合は自衛隊機を出せるということにはなっているようですが、実際の動きが悪いのはいつものことです。私は政治的なことは書かない主義ですが、自分の国民も守れない国家、というのは国際的に恥ずかしい、とは言えると思いますね。実際、この逸話もいい話なんだけど、日本として見ると恥ずかしい話でもあるわけです。
 なお、作品の冒頭にエルドアン大統領のメッセージが流れます。
 

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