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2015年12月10日 (木)

007 スペクター

 

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 007シリーズの最新作「007スペクター 007SPECTRE」を見ました。今回は一言で申せば、「あの007が帰ってきた!」という感じです。第6代ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグが主演する作品も4作目。21世紀版の007として、一種のリブート作品としてボンドの最初の任務「カジノ・ロワイヤル」が映画化されて以来、シリーズはシリアスでソリッドな、良くも悪くもリアリズム寄りのアクション映画という色が強くなりました。かつての設定がいったん、リセットされて、国際テロ組織と死闘を繰り広げるボンドの姿は、もちろん時代にあったものだったのですが、正直申して「しかしこれは、普通のアクション映画じゃないの」という不満が出てきていたのも事実。何か暗くてまじめなクレイグ版ボンドには、往年の007にあったふてぶてしさ、人を食ったせりふ回し、危機に対しても軽口をたたく余裕、英国的なユーモア、そういうものが欠けていたのは間違いありません。このところ「キングスマン」や「コードネームUNCLE」といった、クラシックで娯楽性の高いスパイ映画が次々に登場しているのも、トム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」が娯楽度を強めているのも、本家本元の007シリーズへの不満の受け皿を狙う意識があったことは間違いないと思われます。
 何よりもボンドは、女たらしで、大酒のみで、健康面にかなり不安があり、決して真面目な人物ではありません。むしろ上司の命令も無視して独断専行する、困った人です。しかしどうもダニエル・クレイグのボンドは、とても生真面目な公務員に見えてしまう。共産圏のスパイというか。どうもMI6のスパイに見えない。
 というような不満に対し、原点回帰への舵を切る予兆を見せたのが、前作「スカイフォール」でした。Mの秘書ミス・マネーペニーや、装備係Qの復活、愛車アストン・マーチンの登場など伏線が張られている感じでしたね。
 そして今作です。今回は、間違いなくショーン・コネリーからロジャー・ムーアの初期ごろの007映画のムードを盛り込んでいます。
 何しろ、銃口の中からボンドがこちらを向いて撃つ「ガンバレル・シークエンス」が復活しています! 世界各地のご当地名所が次々に出て来る華やかさ、冒頭の007のテーマから作品のテーマ曲をバックにしたタイトル・ロールの妖しい感じの演出・・・このへんも初期の007の再現を感じます。音楽そのものも、あの有名な007のテーマなど、このところちょっと現代的なアレンジをされていましたが、今作では、高音を強調したトランペットと、リヴァーブをかけまくった「ベンベケ」したエレキ・ギターのサウンドが初期のシリーズのものを想起させるものになっています。
 余裕のある、ユーモアあふれるやりとりや、シーンも大幅に増えました。たとえば。

 特殊機能満載の新型アストン・マーチンを007に披露した後、Qが澄ました顔で言います。
「残念でした、この車は009に引き渡されます」
「俺には何かないのか」
「あなたにはこれです」(オメガの腕時計を手渡す)
「これには何か機能が?」
「正確な時間が分かります」
「それだけか!」
「遅刻を防ぐことが出来ます」

 その他、どこか初期のコネリーやムーアのボンドが口にしそうなセリフが連発します。ヒロインを口説きながら、瞬く間にドレスの背中のファスナーに手をかけて裸にしている速効の誘惑なども、あのころのボンドのようです。
 そしてどこかで見たようなシーンやセリフの数々。中南米のカーニバルのシーンから始まるケレンミたっぷりのオープニング、豪華列車の中での格闘、そして敵に火を付けたり、アイスピックで敵に立ち向かうボンド、アルプスの山頂にある診療所から雪山の中で展開する追跡戦、白いタキシード姿のボンド、お遊び要素も満載のボンドカー、最後はヒロインを同乗させて高速ボートで水上を走るボンド・・・本当にどこかで見たな、「これは女王陛下の007かな」「ここらは死ぬのは奴らだ、な感じだな」「これはロシアより愛をこめてか」「このへんはダイヤモンドは永遠に、かな」といったシーンやセリフがこれでもか、と出てきます。
 極めつけは、タイトルともなっている007の永遠の宿敵、スペクターと、その首領アンスタ・スタブロ・ブロフェルドの復活! 2代目ジョージ・レイゼンビーの時代までずっとボンドの敵として登場した仇敵ですが、ロジャー・ムーア時代になって姿を消し、「ユア・アイズ・オンリー」では冒頭であっさりとブロフェルドらしき敵が葬られて、それ以後、ボンドの敵はどこかの狂信的な軍人とか、共産圏のスパイとか、一般的な国際テロリストとなっていきました。
 ブロフェルドが最初にスクリーンに登場したのは「ロシアより愛をこめて」で、ペルシャ猫を抱いた謎の首領ナンバー1として姿を現しました。日本を舞台にした「007は二度死ぬ」で、ついに顔を出しますが、ドナルド・プレザンスが怪演していました。「女王陛下の・・・」では「刑事コジャック」で有名なテリー・サバラスが、「ダイヤモンドは・・・」ではチャールズ・グレイがとても楽しそうに、この映画史に残る悪役を演じています。
 しかし、この人物の背景はこれまで全く、描かれておりませんでした。また、プレザンスが演じたブロフェルドは、顔に深い傷がある姿でしたが、その理由も特に示されていませんでした。
 ところが、今回の作品では、007ジェームズ・ボンドと、ブロフェルドとの関係がただならないものであることが描かれるのですね。そして、顔の傷の理由も・・・。今作でも、ペルシャ猫を抱いて、詰襟の上着を着て、あのブロフェルドを復活させているのは、クエンティン・タランチーノ作品で二度のオスカーを受賞している現代の名優クリストフ・ヴァルツ。
 ボンド・ガールにフランスの躍進著しいレア・セドゥ、そしてガールというには大御所過ぎるボンド・ウーマンとしてイタリアの名花モニカ・ベルッチ。Mにレイフ・ファインズ、マネーペニーにナオミ・ハリス、Qにベン・ウィショーと前作からのメンバーも固定。
 さらに、前任のMことジュディ・デンチも特別出演しています。
 お話の方は・・・。

 メキシコシティのカーニバルの最中、ボンドはスキアラというテロリストを追跡し、街を大混乱に陥れながら倒します。スキアラが指にはめていたのは、黒いタコのマークが刻まれた指輪でした。ボンドの行動は任務外だったため、Mに叱責され、ボンドは停職となります。折しもMI6は廃止され、MI5に統合、00組織も閉鎖、という動きが政府内にあり、MI5の新任の長官マックス(アンドリュー・スコット)はMに圧力をかけているところでした。
 マネーペニーは、前作でボンドが育ったスカイフォール邸が焼け落ち、その焼け跡から見つかった写真をボンドに届けます。ボンドはマネーペニーに対し、なぜボンドが独断で秘密の行動をとっているかの理由を打ち明けます。亡くなった前長官M(デンチ)の遺言で、スキアラという男を追跡し、倒すように、そしてその葬儀にも出て探るように、という命令が残されていたのでした。
 ボンドは、マネーペニーとQに協力を取り付けると、一人ローマに赴き、スキアラの未亡人ルチア(ベルッチ)に接近、スキアラが属していた国際犯罪組織の総会が開催されることを突き止めます。そのままその組織の会議に潜入したボンドは、その首領が、かつてスカイフォール邸で共に育った義兄弟ともいえるフランツ・オーベルハウザー(ヴァルツ)であることに気付きます。殺し屋ヒンクス(デイヴ・バウティスタ)に追われたボンドは辛くも逃れると、この組織の謎のカギを握るかつての仇敵ホワイトの潜む隠れ家を訪ねます。
 ホワイトはすでに、組織の手によって毒を盛られ、瀕死の状態でした。彼は娘マドレーヌ(セドゥ)を守ってくれるなら、秘密を明かす、として取引に応じます。
 ボンドはオーストリアに飛び、アルプスの山頂にあるホフラー診療所の医師となっているマドレーヌに近付きますが、すでにそこにはヒンクスの手が伸びていました。
 なんとか脱出した2人は、ホワイトがマドレーヌに託していた秘密を探り出し、アフリカにあるオーベルハウザーの拠点に乗り込むことにします。彼女は、この恐るべき敵の犯罪組織の名前が「スペクター」であることをボンドに告げるのでした・・・。

 ということで、現代的な要素と、かつての007シリーズの持ち味を見事に融合させた本作。私のような初期シリーズのファンも納得できる、久々に「007を見た」という感じの一作でした。こういう感じなら、ダニエル・クレイグもボンドに見えるな、と感じました。要するに、脚本の問題が大きかったのかな、と思った次第です。ここ何作か、ちょっと肩に力が入り過ぎていたような気がするのです。007の本領発揮で、シリーズの今後の展開が楽しみです。

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