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2015年6月26日 (金)

マッドマックス 怒りのデス・ロード

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  「マッドマックス 怒りのデス・ロード」MAD MAX FURY ROADを見ました。ジョージ・ミラー監督と主演のメル・ギブソンの出世作となった第一作マッドマックスの公開が1979年で、当時、私は中学1年生でした。そして2作目「マッドマックス2」が1981年、さらに伝説のロック・シンガー、ティナ・ターナーをゲストに迎えた3作目「マッドマックス サンダードーム」が1985年。この時点で私は大学1年生でした。ティナが歌ったテーマ曲「ウィ・ドント・ニード・アナザー・ヒーロー」は彼女の代表曲となりましたね。ということで、実にあれから30年を経て登場した4作目が、本作なわけです。
 マッドマックスには4作目の構想がある、あると言われ続けてきてすでに数十年、という気がします。今世紀に入って、ジョージ・ミラーが本気でやろうとしている、と聞いた時は驚いたものでした。その時点では、メル・ギブソンが続投するという話でしたが、その後もさまざまな世界情勢や経済環境なども作用して計画は浮かんでは消え、動いては頓挫し、を繰り返したようです。その後、メル自身も個人的トラブルが続いて降板、ミラー監督は3Dアニメ化して4作目を製作、という噂も流れました。そんな曲折を経て、不屈の精神でついに2012年にはマックス役をトム・ハーディとし、中心人物にシャーリーズ・セロンを据えて撮影に入った、と聞いた時、今度こそ本当なのだろうな、と思ったものです。ところが、さらにそこからの編集で長時間を費やして早3年。本当に出た、という奇跡のシリーズ復活劇になった次第です。
 一時、実写化を危ぶんで3Dアニメ化を狙った、というのは本当だったようで、数日前の読売新聞によれば、「風の谷のナウシカ」や「未来少年コナン」など初期の宮崎アニメにかかわり、その後の宮崎作品のほかにもエヴァンゲリオン、ヤマト新シリーズなどありとあらゆる日本の映像作品で活躍している前田真宏さんが、この新生マッドマックスのキャラクターや舞台の設定に関与したそうです。そういわれれば、今作は何かキャラの雰囲気や世界観、テーマ的な部分で初期の宮崎アニメを思わせるものがあります。実際に、今回のプロモートで来日したミラー監督は「宮崎監督は私にとって神」と発言したそうで、また今回の作品の極端にセリフが少ない作風も、ミラー監督の崇拝する巨匠アルフレッド・ヒチコック監督の名言「映画作りは、日本人が字幕なしの画像だけで理解できるものが理想だ」に則ったのだといいます。実際、宮崎アニメに出てきそうな、ゴーグルをかけたおばあちゃん軍団の活躍とか、旧日本軍を思わせる狂信的な特攻部隊の存在とか、日本人にとってなかなか見どころのある作品になっているのが興味深いです。

 文明の崩壊から45年。核戦争後の荒廃した世界で、かつて警察官として暴走族と戦い、妻子を殺されて以来、いまだに生きる意味を見失って屍のようになって荒野をさまよう一匹オオカミの男マックス・ロカタンスキー(ハーディ)。しかし謎の武装集団に襲撃されて車を奪われたマックスは、イモータン・ジョー(ヒュー・キース=バーン)が水や食料を独り占めする独裁帝国に連れて行かれ、ジョーの配下の狂信的な戦闘集団ウォーボーイズの兵士たちのために、輸血用の血液を採取するための奴隷となってしまいます。
 さて、ジョーの砦からは新たに、女性指揮官フュリオサ大隊長(セロン)が搭乗するモンスターマシン「ウォータンク」を中心にした一隊が、石油の掠奪に出発するところでした。しかしフュリオサは途中で予定の進路をそれて異民族が支配する土地に侵入。彼女は、密かにジョーの大事な5人の妾であるスプレンディド(ロージー・ハンティントン=ホワイトリー)、トースト(ゾーイ・クラヴィッツ)、ケイパブル(ライリー・キーオ)らを連れ出し、伝説の楽園である東方の「緑の谷」に逃走するつもりでした。
 ウォーボーイズの戦士であるニュークス(ニコラス・ホルト)は、先天性の血液の病気で余命いくばくもない体調ながら、フュリオサを追撃する戦いで名誉の戦死を遂げることこそ本懐と信じて強引に出撃。マックスはニュークスに輸血するための「輸血袋」として同行を強いられます。
 激しい戦いを経て、フュリオサと5人の「子産み女」は砂嵐の中で追撃を振り切り、ニュークスと鎖でつながれたままのマックスも生き延びます。得体のしれない流れ者マックスと、本来は敵であるニュークスを加えて、フュリオサの一行はジョーの追撃を逃れながら緑の谷を目指すことになります。初めは敵対している一同も、生き延びるためには共闘するしかない、と思い定め、徐々に不思議な共生関係を築いていきます。彼らはジョーの追撃をかわし、緑の谷にたどり着くことができるのでしょうか。いや、そもそも緑の谷など実在するのでしょうか・・・。

 というような展開で、セリフは極力少なく、無駄のない緻密な描写でまさに「映像だけ見ていても分かる」作品ですが、シリーズの売り物であるバイオレンス描写は、これでもか、という感じでもなく意外にも正統派な演出と感じます。今作でなんといっても事実上の主人公はシャーリーズ・セロン演じるフュリオサ大隊長で、まさに戦うヒロイン。男前ぶりに「カッコいいなー」と惚れ惚れします。こういう役を軽々とこなせる女優さんはなかなかいませんね。本当にこういう人物に見えるようなカリスマ性がないと、無理に強がっているだけの嫌味なオンナ、という風になりかねませんが、セロンがやると堂々たる説得力が加わります。ミラー監督も今回、彼女以外の配役は考えられなかったそうです。一昔前ならシガニー・ウィーバーあたりがやった役柄でしょうか。
 トム・ハーディのマックスは、「あのマッドマックス」に見えるのか、と言われればメル・ギブソンのようなアクの強さはないのですが、どちらかといえばシリーズの連続性を保証するための狂言回し、のような存在にも見えますので、これでいいのかも。今後、「新3部作」の構想もあるそうですので、流れ者の一匹オオカミであるマックスが、またどこかに行って、新しい展開が続くのでしょう。
 今作で悪の首領ジョーを演じるヒュー・キース=バーンは、実は1作目で暴走族の首領トーカッターを演じていた人。36年ぶりのシリーズ再演ですが、役柄的には全くの別人物ですので「他人の空似」というわけ。ジョーの妾を演じる中の一人、ロージー・ハンティントン=ホワイトリーは有名なスーパーモデルで、「トランスフォーマー」の3作目でヒロインだった人。やっぱり綺麗な人ですね。ゾーイ・クラヴィッツはウィル・スミスの「アフター・アース」や、「X-MEN」新シリーズ、「ダイバージェント」シリーズなどで活躍する売れっ子の一人で、ロック・スター、レニー・クラヴィッツのお嬢さん。ライリー・キーオは「マジック・マイク」などに出ていた人で、あのエルヴィス・プレスリーのお孫さんです。
 実は見終わって、奇天烈なキャラクターや映像のオンパレードであるにもかかわらず、かなり正統派の印象を受けました。さすがに製作準備に15年以上を掛けただけあり、練りに練った構成が旧3部作にあった粗削りな感じの弱点を払拭しているようです。まあ、旧作の訳のわからない感じがまた、マッドマックスらしくて魅力的だった部分もありますが。とにかく、新生マッドマックスとしてリブートし、さらなる展開を見せてほしいと思いました。

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