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2013年2月 2日 (土)

「所さんのそこんトコロ」御視聴ありがとうございました・辻元

 昨日、2013年2月1日夜、無事に「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」がテレビ東京系で放映されました。「大調査!アジア大横断ロンドン近衛兵の帽子なぜ巨大?ついに発見秘密は最強騎馬帝国」をご覧になった皆様、いかがだったでしょうか。とにかく台本通りにきちんと「黒くてデカイ帽子」というキーワードを言わないといけない、という役回りで、収録は本当に緊張しました。私の言葉で「現地に行く」という展開でしたので。20130201184210_2
 さて、あの種の毛皮の帽子は、欧州では一般総称的にカルパックKalpak帽と呼んでいます。これはトルコ語が由来の言葉で、オスマン帝国から欧州にああいう帽子が入ってきたことを示唆しています。それで、今回はロケ隊がこの種の帽子の起源だろうと思われる中央アジア、ウズベキスタンまで行ってくれました。現地では今日、この帽子はチョギルマと呼んでいることが分かった次第です。このチョギルマというのは、おそらくモンゴル語の語彙ではないでしょうか。そして、当地にあったヒヴァ・ハン国でこれが被られていたということです。この国の一部地域が現在ではカラ・カルパクスタン(黒い帽子の人々)と名乗っているのも、関連があるでしょう。
 で、番組では欧州に伝播した後のことは、ざっくりと紹介しました。あまり細かい話をテレビ番組でしても、盛り上がりませんので。要するに、オスマン帝国と14世紀に戦ったセルビア騎兵が、ハンガリーに逃れ、ここでハンガリー軽騎兵が成立。彼らがこの毛皮の帽子を欧州で被り始めたようです。そして、ハンガリー騎兵はフランス軍に編入されました。以来、フランスの軽騎兵連隊の精鋭中隊がこのカルパック帽を被るようになり、エリートの帽子、ということになりました。そこで、当時、フランス軍の中でやはり精鋭とみなされていた擲弾兵(てきだんへい)連隊もこの種の毛皮の帽子を採用。
 1815年のワーテルローの戦いで、ナポレオン率いるフランス軍の最精鋭部隊、皇帝親衛擲弾兵連隊を、英国の近衛擲弾兵連隊が撃破。英国側の勝利に大きく貢献しました。かくて、英国近衛擲弾兵連隊は、勝利を記念してフランス式の毛皮帽を被るようになります。1831年には、同連隊以外の近衛コールドストリーム、近衛スコッツ連隊もこれを被ることになり、さらに1900年代に近衛師団に加わった近衛アイリッシュ、近衛ウェルシュ連隊もこの帽子を踏襲、近衛兵と言えばベアスキン帽、というのが定着したわけです。
 軽騎兵の被るカルパック帽(英国ではバズビー帽とも呼びます)と、擲弾兵の被るベアスキン帽は、ナポレオン軍の時点ですでに、かなりデザインも異なり、今では基本的に別物として考えられています。とはいえ、起源が中央アジアの遊牧民の帽子で、オスマン帝国から入ってきた、というところまでは同じ帽子であったと考えられます。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、私の部屋にナポレオンの軍服を着たテディべアがあったのを気付かれたでしょうか。これはドイツのハーマン社のベアで、世界限定500体の中の1体。我が家のものはシリアル番号20と足の裏に入っています。もう10年ぐらい前に輸入業者から買ったので、現在では手に入らないと思います・・・。20130201075022
 また、私はかなり鮮やかな服を着ていたと思いますが、あれはタキザワシゲルのオーダー・スーツで、シャツはやはりタキザワシゲルの中でも、柳下望都さん渾身の完全ハンドメイド、手縫いのシャツです。締めていたネクタイは、エトロ(ETRO)のオーダー・タイでした。ご参考までに書いておきます。

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