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2010年2月16日 (火)

国母・ホリエモン・織田信長とファッション

メダルが二つも取れたそうですね。驚きました・・・といっては失礼にあたるでしょうが、私は前回のこともあるので、メダル一つもなし、となっても驚かないつもりでしたので、いきなり二つも獲得したのは驚きです、正直に言いまして。嬉しい誤算、というもんでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 もう話題の終息した「国母報道」について、堀江貴文さんが「服装原理主義はくだらない」というような擁護論をブログに書いて、またちょっと話題になったようです。私はきっと堀江さんはそういうことを書くであろう、と思っていましたので、案の定、という感想ですけれど・・・。
 私はなんかが真に思うのは、「服装なんてどうでもいいからこそ、そんなもので足をすくわれるようなことはするな、とくに五輪なんていう、日頃はまったく興味も関心もない人が注目する場合には」ということです。
 そのぐらいの用心深さがない人間が理解できません。だって、五輪に出るだけで、「応援しています」と言いながら、内心では嫉妬している人がたくさんいるんです。それがニホンという国です。
 もっともそれはどこの国でも同じで、だから大志ある人ほど言動も見かけも慎重に目立たないようにし、ここぞというときに足をすくわれないようにする。そういうもんじゃないでしょうか。ただし腹の中で何を考えているかは全く別です。
 たとえばホリエモンさんも、仮に日頃から楽天の三木谷さんみたいにオーソドックスな経営者スタイルの服装をし、やたら挑発的なことをテレビでしゃべらず、さらにできれば当時のライブドアに検察出身の弁護士を2、3人も雇っておけば、今でも日本を代表する経営者でいられたと思いますよ。野球もテレビ局も手に入ったかもしれない。
 無駄な挑発は控え、人数も多く金も持っている保守的な高齢層を刺激せず、表面的には尊重するふりをしてみせる・・・そのぐらいの腹芸をしてもいいのじゃないでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 たとえば日本史上最高の革命児といえば織田信長です。若いころは当時の不良ファッションそのものだったのは有名で、父親の葬式だろうが自分の結婚式だろうが、そんな恰好で通した。しかし、斎藤道三と会見するときは、わざと不良ファッションで出かけておいて、面会会場で礼服に着替えて、あっといわせたわけです。
 もちろん信長がおとなしくなったわけでも、保守的になったわけでもない。その後も当時としてはまともな大名のやることじゃない、西洋人の服装をプライベートでは愛用していたわけですが、幕府や朝廷と接触するときは、直垂とか束帯とか、ちゃんとフォーマルウエアでやっているんですね。
 腹の中ではぜんぶ、ぶっ壊してや取ろうと思っていたのは明らか。でもそんなところはむやみに見せない。ただ、信用していた明智光秀に最後はやられてしまいましたが、逆にいえば側近に裏切られるまでは、いちおう、周囲をだましおおせていたわけですよ。
 もし信長が不良ファッションを通していたら、たぶん道三から軽くみられたまあで終わり、今川義元が来る前に斎藤家に潰されて終わっていたんじゃないかと思います。
 私は、服装なんて徹底的に利用すればいいと思う方です。他人なんて外見しか見ないんですから(違います?)。「服装原理主義はくだらない」という「反服装原理主義」もくだらない、と思いますね。
 ですから、堀江さんよりは織田信長の主義の方が理解できますけどね。五輪の選手もしかりです、裏で何やっていてもいい、大会の間は競技以外では決して目立たないことです。
 

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