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2010年2月25日 (木)

なにかこう。

 近頃は、ちょっと気にかかることもあり、なかなか軽い鬱気味であるかもしれません。やはりこう、はかばかしく進行しないことがあり、一方でプレッシャーはあり、しかも自分にとってはどうでもいい、なんの値打もない、と思っていることを日常的にはやらなければならない・・・こういう事態はよろしくないな、と思います。
 誰しもそうなのでしょうが、しかしあまりにも自分と次元の違う人たちと、日々、接触しなければならない、というのはつらいものがあります。価値観が合わない、とよくいいますが、確かに若い世代の人たちには、仕事選びの場合、会社のブランドでも待遇でもなく、会社のフィーリングが自分と合うか、合わないか、を重視するのが大事じゃないかな、と思います、近頃。
 正直に言って、内心では「こんな仕事は不必要なのではないか」と思っているようでは、けっきょく演技力だけでごまかし続けるのも疲労してきます。2年や3年ならそれもいいですが、10年、20年となると問題です。
 

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2010年2月16日 (火)

国母・ホリエモン・織田信長とファッション

メダルが二つも取れたそうですね。驚きました・・・といっては失礼にあたるでしょうが、私は前回のこともあるので、メダル一つもなし、となっても驚かないつもりでしたので、いきなり二つも獲得したのは驚きです、正直に言いまして。嬉しい誤算、というもんでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 もう話題の終息した「国母報道」について、堀江貴文さんが「服装原理主義はくだらない」というような擁護論をブログに書いて、またちょっと話題になったようです。私はきっと堀江さんはそういうことを書くであろう、と思っていましたので、案の定、という感想ですけれど・・・。
 私はなんかが真に思うのは、「服装なんてどうでもいいからこそ、そんなもので足をすくわれるようなことはするな、とくに五輪なんていう、日頃はまったく興味も関心もない人が注目する場合には」ということです。
 そのぐらいの用心深さがない人間が理解できません。だって、五輪に出るだけで、「応援しています」と言いながら、内心では嫉妬している人がたくさんいるんです。それがニホンという国です。
 もっともそれはどこの国でも同じで、だから大志ある人ほど言動も見かけも慎重に目立たないようにし、ここぞというときに足をすくわれないようにする。そういうもんじゃないでしょうか。ただし腹の中で何を考えているかは全く別です。
 たとえばホリエモンさんも、仮に日頃から楽天の三木谷さんみたいにオーソドックスな経営者スタイルの服装をし、やたら挑発的なことをテレビでしゃべらず、さらにできれば当時のライブドアに検察出身の弁護士を2、3人も雇っておけば、今でも日本を代表する経営者でいられたと思いますよ。野球もテレビ局も手に入ったかもしれない。
 無駄な挑発は控え、人数も多く金も持っている保守的な高齢層を刺激せず、表面的には尊重するふりをしてみせる・・・そのぐらいの腹芸をしてもいいのじゃないでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 たとえば日本史上最高の革命児といえば織田信長です。若いころは当時の不良ファッションそのものだったのは有名で、父親の葬式だろうが自分の結婚式だろうが、そんな恰好で通した。しかし、斎藤道三と会見するときは、わざと不良ファッションで出かけておいて、面会会場で礼服に着替えて、あっといわせたわけです。
 もちろん信長がおとなしくなったわけでも、保守的になったわけでもない。その後も当時としてはまともな大名のやることじゃない、西洋人の服装をプライベートでは愛用していたわけですが、幕府や朝廷と接触するときは、直垂とか束帯とか、ちゃんとフォーマルウエアでやっているんですね。
 腹の中ではぜんぶ、ぶっ壊してや取ろうと思っていたのは明らか。でもそんなところはむやみに見せない。ただ、信用していた明智光秀に最後はやられてしまいましたが、逆にいえば側近に裏切られるまでは、いちおう、周囲をだましおおせていたわけですよ。
 もし信長が不良ファッションを通していたら、たぶん道三から軽くみられたまあで終わり、今川義元が来る前に斎藤家に潰されて終わっていたんじゃないかと思います。
 私は、服装なんて徹底的に利用すればいいと思う方です。他人なんて外見しか見ないんですから(違います?)。「服装原理主義はくだらない」という「反服装原理主義」もくだらない、と思いますね。
 ですから、堀江さんよりは織田信長の主義の方が理解できますけどね。五輪の選手もしかりです、裏で何やっていてもいい、大会の間は競技以外では決して目立たないことです。
 

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2010年2月11日 (木)

また雪になりますか。

 ワシントンは大雪だそうですね。もう111年ぶりの大雪とかで、もう政府が4日間も休んでいる・・・すごいです。日本だって今日も雪になりそうですが、なぜかバンクーバーは雪不足。うまくいかないものですね。じゃあワシントンでやれば、と誰もが思うところ。もっとも降りすぎても競技できませんから。
 今年はこう・・・不景気のために、五輪関係のバカ騒ぎみたいな感じもなく、それはかえっていい感じじゃないかと個人的には思います。ギャラが高いタレントもあまり使わないだろうし。トリノではわあわあテレビ局ばかり騒いで、連日ぜんぜん駄目。猫も杓子もメダル候補だのなんだのと煽っておいて、軒並み全滅。最後の最後に荒川さんがなんとか格好をつけてくれましたが、あれがなかったら、日本はもう冬季五輪など出なくていい、という声すらあがりかねない雰囲気でありました。今回は事前に愚かなお祭り騒ぎをする気分でもなくかえって非常によろしいと思います。
 あくまでスポーツ競技大会なんだから、淡々とやり、選手が実力を十分に発揮できる、ということを主眼にしてほしいと思います。
 ◆  ◆  ◆
 にんげんやはり40歳をすぎ、厄年を過ぎますと(もうちょっとで42歳が終わります、はい)お祭り騒ぎ的なものに嫌悪感が募ります。もともとバカ騒ぎが嫌いなんですが、近頃は特にそう。みんなでわーっと盛り上がろうぜ、とか、みんなやってますよ、なんていわれると、なんで私がその「みんな」なるものと同じことをしなければならんのだ、といちいち食ってかかりたくなる。だいたいその「みんな」って誰だよ、と。
 たとえばこのところの・・・小沢さんの話とか、朝青龍関の話なんかもそう。なんだかすぐに大騒ぎするし、マイクを向けられると「悪いやつだから辞めてしまえ」と誰しもいいまうが、もちろん本人たちに問題があるのは確かだが、なんでもああやって潰してやろう、潰してやろうというのがどうも私にはついていけません。
 別に擁護するのでもない。ただ、なんでみんなして騒がなきゃならないのか。はっきりいって、どうでもいいことじゃないでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 トヨタの話なんかは、むしろ重要だと思います。もともと謀略なのかもしれないが、対処の仕方が悪い。あれもみんなで一緒になってバッシングするのじゃなく、経営陣はもっといい対処ができなかったのか、を考えるべきじゃないかと思わないではありません。
 

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2010年2月 5日 (金)

サロゲート・舞浜イクスピアリは大丈夫?

 ブルース・ウィリス主演の「サロゲート」を今頃になって見てきました。もう舞浜イクスピアリの映画館でも指定席扱いが解除されて自由席になっていますので、そろそろ・・・というところでしょう。ですので別にくだくだしく書きませんが、ちょうど同じころに公開となったアバターと一か所だけ重なる部分があって、それが「遠隔操作で自分の分身を操作する」というところ。自分自身は安全な所にいて、身代わりというか、五感のある場所をそのロボットなりなんなりの出先に置いて、操作するわけですね。
 こういう発想のものが相次いでいる、ということが気になりますね。これはつまり、そういうことがしたい、そういう潜在願望がある、ということじゃないでしょうか。映画のネタというのはいつでも世の中の思っていることを反映しているわけです。
 以前はむしろ、「マトリックス」シリーズのように、ヴァーチャルな電脳世界みたいなところで人間の意識だけが活動していて、という設定の方が多かった気がします。しかし考えてみますと、今のネット世界というのはすでにかなりそれに近くなってきていて、ある種、SFネタとしては面白味がないのかもしれません。かえってもうちょっとリアル感があるのは、サロゲートみたいなロボットを操作する、ということなんでしょう。リアルな人間が出歩かなくなるので、犯罪も事故も、伝染病も、それから選ぶロボットによって人種も性別も容姿も好きなように変えられるので人種差別も、なくなった、という描き方でしたが、なるほどな、と思わさせられました。さらに、もともとは身体障害者のために開発され(たとえばホーキング博士みたいな人にはこういう技術があれば福音でしょう)、それから軍事技術に応用され(兵士が身代わりロボットを操作する、というのも合理的です)、やがて一般向けに爆発的に普及した、という設定も非常に納得できる描き方で感心しました。
 しかしこういうもの、実際にこんなに普及したとすると、本人認証がまったくできなくなりまして、他人になり済ますなんてことは当たり前になり、たとえばマイケル・ジャクソンとかエルビス・プレスリーそっくりのサロゲートが何万体も出歩いて誰が誰だかわからなくなったり、他人のサロゲートをコピーして犯罪やったり、映画にも出てくるように他人のサロゲートそのものを乗っ取って悪いことをしたり・・・やはり無茶苦茶になりそうです。それに、あそこまで身代わりロボットが操作できるとして、私なら、その身代わりロボットで毎日、電車や自動車で出勤し、仕事をする・・・そういう話になっていましたけど、ちょっと考えられなくて、仕事なんてものも完全に肩代わりしてほしくなります。そうなると昔からよくある、ロボットが労働をすべてやってくれて、というネタに近くなりますが、やはり私なら実際、会社に行くなんてことはたとえ遠隔操作でも面倒で、ロボットに代行してほしくなりますね。
 あまり理屈っぽく考えるとこういう映画って駄目なんでしょうけど、なかなかリアルな設定なのでかえって真面目に考えてしまう映画ではありました。1時間半ほどという、今時では非常に短い映画といえますが、ノンストップ・ムービーというのですか、短い印象はないですね、充実していました。ブルース・ウィリスが若々しいロボットから、痛々しく老けこんだ生身に変わる後半が見もの。その変化を好演しておりました。
 ◆  ◆  ◆
 それはそれとて、舞浜イクスピアリ、ちょっと驚いてしまいました。まるでシャッター街になってしまいました! 地下の食堂街は全閉鎖、ミニカーショップや鉄道模型店、雑貨屋など、ひいきにしていたお店が軒並み閉店していまして、リーバイスのジーンズ・ショップもなくなっていました。去年、出来たばっかりの化粧品店も閉店しておりました。
 この1か月ほどで続々と店舗が閉まってしまったようで、ただただ驚いております。いろいろ技術的な理由もあるのかもしれませんが、しかし撤退するにはそれだけの理由があると思われ、やはりはっきり言って、ぜんぜんモノが売れない、のでしょう。TDLやTDS帰りの人たちは、もはや園内でお金を使いはたして予算がなく、地元の人たちも経済的余裕がない、ということなんじゃないでしょうか。
 正直のところ、この施設が誕生以来、ずっと見てきましたが、開業以来のお店はほとんどなくなりました。なんとも暗澹とした気分でございます。

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