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2009年12月30日 (水)

最後のウェンディーズ。そしてさよなら2009年。

2009_1229_081811cimg0771  いよいよ年の瀬も押し迫ってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。なんと私、今年は御用納めの28日で一応、仕事が終わりました。こんなことは何年ぶりかしら。ただし新年はもう早々から・・・うちの会社は正規の休みは1日元旦だけですので、まあ御察しの通りでありますけれど。
 2009年末を迎えまして、ちょっと南行徳(千葉県市川市)のダイエーへ。ここにあるウェンディーズに行ってきました。本当に最後ですからね、最後のお別れに行ってきましたけれど、お店のスタッフの方が、いつもより多い。最後だからもう非番というのはなくて、全員出勤しているのでしょう。そして31日の終業まで・・・。
 やはりいつもよりお客さんが多いように思いました。私も最後にウェンデイーズ・チーズバーガーとミネストローネを食べてきました。ニ度と食べられないと思うと感慨がありますね。ダイエーのあの中内さんがアメリカに行ってほれ込み、日本での出店の権利を手に入れたのがそもそもの日本での歴史だそうです。ちょっと黄色っぽいバンズ、ちょっと酸味の利いた野菜に四角くて歯ごたえのある肉。よくよく味わってまいりました。
 そういえばダイエーのこのお店では、なぜかもうすでにいろいろな福袋が山積みに。初売りを待てないのでしょうね、この不景気だと。一日でも早く特売をかけて少しでも客を呼び込みたいということなんでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、本年はなんといいましても2か月半も入院を余儀なくされたことが大きい一年でした、個人としましては。それで予定していた出版計画も狂い、妻にも版元さんにも御関係の皆様にも迷惑をかけてしまいました。原稿そのものはずっと先まで出来てはいるのですが、なにしろ妻のイラストの手を止めてしまったのが申し訳ないことでした。
 来年は元気で行きたい、と念願しております。幸い、その後の体調はよく、確かに無茶なことはできなくなった気がしますが、大きな問題もありません。
 また今年は歴史画家で妻・玲子が師と仰いでいた中西立太先生、画家の折本光太郎先生、絵本画家の水野二郎先生と、それから昨年末ではありますが私がお世話になった作家の早乙女貢先生の訃報が相次ぎました。御近所のホビーショップ・コンボイが閉店したのもかなりショックでありました。
 そんなこんなで、なかなかいろいろあったな、という感じであります。
 来年はこう、なすべきことを粛々と推し進めることができれば、と思っております。ことに2年越しになっております「軍服の歴史5000年(仮題)」を少しでも早く刊行いたしたいと考えておりますので、その節はよろしくお願い申し上げます。
 では2009年はこのへんで。皆様よいお年をお迎えください。

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2009年12月27日 (日)

タキザワシゲル・モデルのダブル・スーツの出来栄え。

Lord_nelson__s_uniform_by_devilish6 ひとつだけ思うことですが・・・今の政権ですね、いろいろ問題はあります。そりゃもう明らかです。しかし我々、前の政権の時の、なんでもスムーズにスムーズに物事が進んだ状態を懐かしんでいてはいけないのじゃないか。どこからも異論が出ず、どこで決めたのかもよく分からず、なんかしらないが揉めることもなければ、ぐずつくこともなく、政策でも外交でも適当に話が決まっており、国民はなんでも事後報告で「あ、そんなことがあったのかしら」とか「おや、いつ決まったんだろう」とか、そういうことに慣れきってきたわけですけれど、あれが異常だったのかもしれません。
 ◆  ◆  ◆
 銀座のサローネ・オンダータが年内最後の営業日、ということでありましたが、じつは先日、頼んでおいた藍色のダブルのスーツが完成。受け取りに参りました。
 いいのですよ、実にこれが。すごい風格ですね。といって古くさくない。なんていうのでしょう、よくわかっている人向け、といいますか。シャープな襟型が非常に気持ちよい仕上がり。どこの海軍の将校かしら、という感じになりました。前にお店の方から「襟のピークがシャープすぎて、お客様によっては好まれない方もいるのですが」とのことでしたが、ええ、何を言うんですか、このシャープなピークがあってこそのダブルでしょ、と。ネルソン提督の燕尾ジャケット=上の写真=なんて、もう鋭角三角形の、ジェット戦闘機の主翼みたいな格好をしていましたよ。これは英海軍の1795年モデル(だったかしら、とにかくそのぐらいの年代)で、英海軍のダブル・ジャケットってのはその流れを汲むもの。そして、英国紳士のダブル・スーツというのは、基本的にこれが原型。それが分かっていれば、ピークドラペルはとんがっていればいるほどいい、という話になります、由来に従えば。
 つまり、昔の燕尾軍服の場合、とんがった襟先をボタンで閉じてきっちり胸元を閉めることが出来た。その名残であります。
 ついでにいえば、ああいう燕尾式軍服の第二ボタンに、勲章を着ける風習がナポレオン時代に始まった。具体的にはナポレオンがレジオンドヌール勲章の末等レジオネラ章のリボンをボタンホールに通して飾るようにした。で、彼は前線で兵士を激励するとき、この末等をさっと外して兵隊に即席で授与したんです。勲章の戦時即時表彰の始まりですね。
 この名残が、今でも背広の襟に残るフラワーホールなわけ。これは後になって文字通りに花を飾ったりしましたし、日本じゃ社員章を付けたりしますが、もともとは勲章のリボンに付いているバラの花の形のロゼット(綵花=さいか)を飾る穴、の意味だった。
 それが証拠というか、ドイツ軍など第二次大戦期になっても、軍服の第二ボタンホールに二級鉄十字勲章や東武戦線従軍章のリボンを通して飾っていたわけです。
 ・・・と思い切り話が脱線しましたが、もうタキザワシゲルの藍色のダブル、最高によろしいですね。ボタンもちょっと目立つ色にしてもらったので、ブレザーとしても使えます。
 タキザワシゲル・モデルはシングルのイメージが強いですが、お店の人の仰るに「ピッティ会場などの海外ではダブルの方が実は人気が高いんです」とのことでして。
 ぜひ、ダブルも試して頂きたいですね、オーダーされる方には。
 

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2009年12月25日 (金)

舞浜のクリスマス模様・気分はヴィクトリア朝?

2009_1224_072343cimg0758_3  うちも今年はですね、お金ないからあんまり使う予定も気もないわけですけど。しかしたまたま、24日はお休みになったので、近所のホテルのクリスマスディナーというのを食べに行きましたけど。東京ベイ舞浜ホテルという・・・去年、非常によかったので今年も。なんか穴場的な雰囲気の良さがあるホテルですね。
 で、それから舞浜のイクスピアリという商業施設を少しぶらぶらしましたが、石鹸とか小物を少々、買っただけで帰りました。予算がないのに見ていても面白くないですからね。しかしそういうのは私らだけでなく、なんか全体にこういう場所でも活気がないというか、去年も同じ日に同じ場所に来たんですが、もうどこのお店も満席でごった返していたんですけど、今年はけっこう閑散としていて、まずい感じでしたね。
 ディズニーランドのお膝元でこうですから、後は推して知るべしでしょうか。
 ピエール・エルメのケーキを売っていたので買って帰りました。今年は我が家の「公式クリスマスケーキ」は浦安駅近くに最近できたUN樹(アンジュ)というお店のケーキにしましたが、これは非常に上品なもので、なんともクリームがおいしく、天皇誕生日の日の昼のうちに完食、すでに影も形もありません(笑)。で、その代わりというか、買ってきたんですけど・・・これもまた美味いです。ま、仮にもピエール・エルメですからね。
 そんなこんなで、連日、ケーキをたらふく食べて「うわあ、血中の糖度が高い、赤出しの味噌煮込みうどん食って中和してえ」という感じのクリスマスになっております。
 エルメでシュトーレンも買ってしまったんでけど・・・やばいかも、体重計に乗るのが怖いですはい。
 みんなが金を使わない、使わないと言っているといつまでたっても景気が良くならないというのは真理なわけです。ささやかながら今年はケーキ屋さんを応援しております・・・。
 ◆  ◆  ◆
 欧州もアメリカも記録的寒波襲来で、日本もこのところそれなりに寒く、こんな時期に開いたCOP15がうまくいかないのも道理というものでしょうね。説得力がないもの。私としてはなんによらず寒いくらいの方が好きなんで・・・先日は久しぶりに革のコートなんかも持ち出しました。本当に暖冬の年だと着る機会がないんですよね。
 本当はコートほどかっこいい服はなく、昔の人たちは年中、フロックコートだったわけです。なんか雑誌など見ると「カジュアル化だ、カジュアル化だ」と書いてありますけど、時代の流れを無視するのが私の主義なので、近頃は蝶ネクタイでベストにアルバートチェーンまで下げて平気で会社に行っております。地ごろちょっと髪が伸び、もみあげも少し長めにしたので、19世紀のヴィクトリア時代の人みたいになってきたような気が自分でもする。
 それでですが「ヴィクトリア女王 世紀の愛」http://victoria.gaga.ne.jp/という映画がまもなく公開されるのですが、予告を見てもなかなか考証がよく出来ていそうで、見てみたいんですが、またまた全国で10館しか公開しないんですが・・・なんでこう、私が見たい映画ってこういうのが多いのかなあ、と。いつも苦労させられます。エリザベス1世、2世の映画は出そろったので、あとはヴィクトリア女王かな、と実は前から思っていた。やはり作ったんですね。

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2009年12月18日 (金)

ファイナルファンタジーXIII

 いやあ、ファイナルファンタジーXIIIを買ったので早速、やってみましたけど、すごくやりやすくなったのは確か、従来作より割とさくさくと進められる、というのは感じますね。ストレスなくできる、というか。ただまあ、今のところ序盤だからなんでしょうが、メンバーの離合集散が激しく、使えるメンバーも話の進行で固定されるのがちょっと面倒くさいといいますか、実際「アタッカー」という役どころのキャラが抜けてしまうと、もう戦力として成り立たないということが多く、タノむからライトニングさん、抜けないでずっといてください(ライトニングというのは元軍人という設定のクールで実力もあるかっこいいお姉さん。はっきり言って好みです、こういう方)という感じです。ま、いろいろまんべんなくやってみてね、という仕掛けなんでしょうけれど。
 まだまだ全然、進んでいない上に、私も一応、まっとうな勤め人ですので、まあ今後は週末にしかやれないと思うんですが、昨日は休みなので5時間ほどやってみまして、とりあえずここまではなんとか出来るな、と。挫折しないで進んでおります。ちょっとスノウ(いまどきあり得ない素手で戦う、個人的には要らないキャラの兄貴)が召還獣と戦うところでは面食らいましたが・・・何しろ戦わぬが勝ち、なんてね? 
 絵はすごいですね。もう映画。ゲームというレベルじゃない。いよいよ来るところまで来てますね、こういう技術も。人が着ている服の質感や縫い目まで分かる。すごいです。
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 先日、実家の父も私と同じようなことを言っていました。やっぱり地下鉄の遅い時間の電車が空いている、というのです。そっちの線も混むので有名な路線、年末ともなれば朝のラッシュと変わらないほどのごった返しとなるのが通例・・・今年は座って帰れる、といっておりましたが、まったく同じですね、私のほうと。
 確かにこりゃあ、不景気なわけです。
 ただ、先日、ちょっと書いた近所のA町の電飾については、少し後で行ったらかなりちゃんと「復活」していました。周りの様子を見ていたんだろうか。一応、皆さん、電飾をちゃんとやっており安心しましたが・・・でも8分咲きかな、やはりちょっとおとなしい感じはします。
 来年はもうちょっと何とかなって欲しいな、と思いますね。中国がなんとか立ち直っているというから、まあそこらに期待するしかないのでしょうが。
 

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2009年12月12日 (土)

ウェンディーズ撤退・水野二郎先生。

Ehon_2960 個人的に衝撃だったニュースですが・・・「デフレ不況が米国発祥のハンバーガーチェーン「ウェンディーズ」を直撃した。米ファストフード3位のウェンディーズ・アービーズ・グループが11日、ゼンショー・グループとのフランチャイズ契約が12月末で切れるのを機に、日本国内の全71店を閉鎖することを決めた」(産経)という、これね。近所にダイエーがない人にはピンとこないと思いますが、ウェンディーズってけっこう好きだったのでショックです。まあ個人的位置づけですが、モスバーガーとマクドナルドの間ぐらい、という感じだった。なんとなく分かって頂けますでしょうか。ちょっと本格的すぎるモス、ちょっと商業的すぎるマックの間、という、ほどほどの手作り感がよかったし、ハンバーガーもほどよく美味しい、と思っておりました。実に残念です。
 なんか不況ってものをじりじり実感できるようになってきました。非常に簡単にいって今まで当たり前にあったサービスが無くなり、商品が無くなる。選択肢が無くなる。気がつくとどれもこれも一つしかなくなる。たとえばハンバーガーならマックだけ、衣料ならユニクロだけ。それでいいじゃないか、と思う人もいるんだろうが、そうなると結局、最後に生き残った企業は独占市場を牛耳るのだから、もはや少し前まで「お客様は神様です」などと言っていたのが掌を返すように、消費者にツケを払わせていく・・・「嫌なら買わなくて結構ですよ、でももう、うちしかこの分野の企業はないんですけどね」。これ、資本主義の自由競争を極限までやると、最後はそうなる、という定説のままになります。
 そうなってしまえば、もはや勝ち組企業の経営者と、その他大勢の貧乏人が残るだけとなるわけです。極論すればそうなる。
 文化ってものもこうして無くなっていくわけです。なんでもITなわけで、なんでも無料コンテンツなわけです。なんでもただはいいのだけど、今の若い人たちはもう、こうなってしまうと音楽をやっても作家になっても金もうけが出来ない。ひたすら仕掛ける側の「無料サービス」を受け取って、それに付随するあれこれの課金をされるだけの存在になっていくわけですが・・・これで世の中シンポした、と思っている人ってどれほどいるのだろうか。
 2012年に世の中パーになる、というお話がありますが、いっそそれでもいいんじゃないか、と近頃、思わないでもありません。
 ◆  ◆  ◆
 児童画界の重鎮で、戦前から活躍されていたイラストレーター水野二郎先生が先日、急逝されました。89歳でいらっしゃいましたが、最後まで締め切りに追われ仕事をしておられました。実は水野先生とお会いしたのは1回だけ、あと妻が電話でお話ししただけですけれど(といってもなんと30分も話して下さったそうです)、「今度、ゆっくりお話ししましょう」とおっしゃっていたそうですが、残念なことになってしまいました。
 いま、手元に先生の描かれた「ぽんたのじどうはんばいき」(ひさかたチャイルド刊=上の写真)があります。もう四半世紀も読み継がれている絵本です。
 こうして素晴らしいお仕事は世の中に残っていくんですね。私どももこんな存在に近づければな、と改めて思いつつ、ご冥福をお祈りいたしております。

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2009年12月10日 (木)

オンダータのオーダー手袋ほかの話題。

 先日ちょっと書いた、「英国のマルセスフィールドでネクタイが生まれた」うんぬんという記述について、私は「マックルズフィールド」ではないのか、と書きましたけれど、もうひとつこれについて出てきました。
 これは、ファッション、服飾好きな人なら、すでにおなじみの一冊であるAllan Flusserの名著「Dressing The Man」の147ページから。The Macclesfield necktie,a silk group of patterns mede from small weaves of diamonds,squares,and circles,became espacially fashionable among well-dressed British men in the 1920s.
 というわけで、アラン・フラッサー氏も「マックルズフィールド」と書いている。そのマックルズフィールド・ネクタイというのが1920年代に流行ったというんですね、英国で。それはいわゆる小紋柄のシルク・ネクタイであった、と。ということで、私はやっぱりこれは、今言うところの小紋柄のネクタイは、英国最大のシルクの産地、マックルズフィールドで発祥しました、という話が正解だと思います。
 広い意味での今のフォー・イン・ハンド・タイがいつどこから発祥したか、というのはロンドンのフォー・イン・ハンド・クラブで、おそらく1850~60年代ぐらいに、としかいえないのでありましょう。
 ◆  ◆  ◆
 ところでサローネ・オンダータで頼んでいた追加注文のグローブができた、という御連絡を早々にいただいたので、さっそく受け取りに行きました。すばらしいですね、今回も。ぴたっと吸いつきます。
 前にある百貨店で、若い紳士が店員さんに「手袋って、もっとぴたっとしないもんですかね」と不満を言っているのを聞いたことがあります。外国の映画で出てくるような、手の形にぴったりのグローブが欲しかったのに、合わないからがっかりしたのでしょう。やはりそれはオーダーで作るのが一番であります。オンダータさんならイタリア・マゾリーニ社の商品が3万円台で、高いので有名なベッカリーでも5万円ほどで出来てしまいます。
 しかも今回の私など、ダークブルーに、指の脇の部分は水色という、まず世間様では売っていない仕様。滝沢滋さん御本人のアイデアでそんなようにしていただきましたが、まことに正解。やっぱりどうせなら、そのへんで売っていないものがいいですね。
 そうそう。先日、私は近所のスーパーへ行って、寒かったのでこちらのグローブをしたままレジ袋に商品を詰め、さらにレジ袋の上部を手袋したまま結ぶことができました! ちゃんとチョウ結びです。よほどフィットしてないとできません。
 とにかくカッコイイ手袋が欲しい、という方は迷わずこちらで、とお勧めいたします、はい。
 恥ずかしながら、青い手袋が手に入り、前には青いベルト、それから青い帽子も手に入れまして、青いマフラーも買いましたので、・・・そりゃこうなれば青いスーツもなければ、ということで、オンダータさんで青いスーツもひとつ、注文いたしました。すごいぬめっとした感触で、日本の生地なんですが、それが最高で、和服の縞の紬みたいな色柄に感触なんですね。日に当たると不思議な青みがかかって、てらてらと光る。やれどこそこの有名ミルだとか舶来マーチャントだとかいっても、実は大手量販店のスーツでちゃっかりすごいブランドのが使われていたりします(ある紳士服量販店のモクソンとか、アーサー・ハリソンのスーツを私は持っています。仕立てはともかく生地がいいので今でもたまに着ている)。数の力があるので、どこの名門であっても日本の量販店には喜んで卸してくれるんですね。最近じゃビキューナの生地を使ったものまであるといいます。
 そんなわけで、単に有名ブランド、というだけでは驚くには足らず、それよりなにより物の良さ、であります。
 ◆  ◆  ◆
 先日、日本出版美術家連盟の忘年会が新宿のハワイアン・ダイニングTIKITIKIでありまして、私も参加いたしましたが・・・近頃はすっかり人ゴミと煙草の煙に弱くなりまして、残念ながら前半だけで退席いたしました。本当にいい会だったんですがね。
 特に入院してからは、酒、煙草のないクリーンな生活に慣れすぎてしまいまして。いいことなんでしょうが。
 それはともかく、妻も私も小松崎茂一門の先生方と親しくお話しできて感激でした。
 
 

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2009年12月 7日 (月)

「気高き男の服(仮称)」楽しみです。

 銀座のサローネオンダータから来るニュースレター・・・季節の折々に来るのが楽しみなんですが、今日は「大雪」ということで新しいものが参りまして、スタイルクリエーションズ社長・滝沢滋さんのメッセージにこんな一節が。はばかりながらちょっと引用しますとですね、「執筆のために様々な角度で研究をすればするほど、日本の「洋服の歴史」とヨーロッパの服の歴史の格差を感じ、日本人は、一生学ばなければだめだなあ と感じずにはいられません。来春には発売予定の私の著書「気高き男の服(仮称)」!ご期待ください」とのことで、おお、前からそんな話も漏れ聞いてはいましたが、ついにご上梓されるようで。
 「気高き男の服」いいですね、実に。そういうことであってほしいのです、実際。精神的なものであってほしい。そして、おそらく滝沢さんの手にかかれば、そこいらへんのファッション関係の入門書なんかみんな吹き飛んでしまうでしょうが、きっと理論的に、男の服というのはこういうわけだからこういうものなんです、とピシっとやってくださるに違いないので今から楽しみです。流行でどうのこうのというだけのものじゃ、だめなんですよね明らかに。
 が・・・こうなってみますとです。私どもの「軍服の歴史5000年(仮称)」が、まるまる2年もかかっていますが、こりゃ先を越されてしまいますね、滝沢さんに。いやまいったなあ、同じぐらいになっちゃうかも。きっと出版記念会を盛大におやりになるころ、こっちは出ているかしら出ていないかしら・・・。なにしろこっちは欲張りすぎて5000年分の内容なんで・・・もちろん、19世紀の半ば以後の、普通の紳士服は滝沢さんの御本に一切お任せする次第です、はい。
 近頃、スタイルクリエーションズさんのサイトを見ていますと、いろいろ来年のご計画があるようです。中には「星野賢一さん」という期待の秘密兵器がいらっしゃるという情報も・・・。ひょっとしてですが、水落さんの後任の方、でありましょうか。滝沢さんが推すのならちょっとやそっとの腕前ではないのでしょう、きっと。
 こりゃあ、あれです。むかし、ソ連の指導部とか秘密兵器をあれこれ詮索する時代がありましたけど、スタイルクリエーションズ社の動向も目が離せませんですね。
 ◆  ◆  ◆
 「トラ!トラ!トラ!」の製作40周年ブルーレイ・バージョンが手に入りました。何度も何度も見た作品ですが、確かにぜんぜん違うというか、軍服のディテール、生地とか質感、縫い目や肩章の付け方なんてものまでしっかり見られます。室内の調度品もくっきりわかる。今まで見えていなかった背景がよく見えるのです。すごいですねブルーレイ。1930年代の男たちの紳士服もたくさん出てきますが、いいですよ、実にどっしりしていて。たっぷりしている感じ。しかもだらしなくない。みんなシャツはダブルカフスで、ベスト着用、チェーンも下げているし。帽子も当然。いい時代です。
 渥美清や芥川比呂志、松山英太郎の出ているシーンを何十年ぶりに見ました。ああ、これこれこれ。ここが見たかったんです。なんでカットしたんだろう。
 どんどん後戻りできない状況に盛り上がっていく日本側、いつまでも半信半疑のままで弛緩しきっているアメリカ側・・・。何度見てもこれ以上にすごい映画はもう作れないな、と思いますね。「パールハーバー」なんてまったくの駄作。CGじゃないですから、こっちはなにしろアクロバット・パイロットが2人も死んでいるそうですから、撮影中に。もう本当に命がけの撮影だったんです。迫真のシーンで、米軍機が大爆発して整備員が逃げ回るところがありますが、あれも実は事故で予期しない大爆発、人々は本気で逃げ回っていたんですってね。そりゃ真に迫っているわけです。

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2009年12月 5日 (土)

それでDITTOSって? 電飾がない・・・。「乃木うどん」?

 昨日、ちょっと触れました水落卓宏さんの新店舗DITTOS「ディトーズ」・・・このディトーズというのは耳慣れませんが(なんでも70年代のジーンズに同名のブランドがあったそうですけど)、これ、ditto suitで調べてみてください、けっこう英文が出てきます。19世紀半ばに出てきた、ジャケット、ベスト、トロウザーズを共布で仕立てる、当時としては新しいファッションのことでして、当時は共布ってのは全く普通ではなかった。なので、今のスーツみたいな共布は実はカジュアル用と見なされていたそうであります。つまり、ジャケパンのほうがフォーマルだった。確かにモーニングでもフロックコートでも19世紀のファッションは共布じゃないですからね。こういう用語をさらりと持ち出すのはすごいセンスです。ちなみにdittoという言葉、お医者さんがカルテにDoと書くことがあるそうですが、これもディトーなんですって。つまり「前の処方と同じ」とか「繰り返し」の意味。ディトーというのは同じ布を繰り返す、同じである、の意味だそうです、本来。

 ◆  ◆  ◆

 なんかこう・・・近所のホテルとか、なんか元気ないんですよ。なにがって、電飾です、電飾。クリスマスなのに、景気悪いんですよね。
それからご近所でちょっと有名な邸宅街、まあA町としておきますが、そのA町ってクリスマスの電飾が綺麗なんで有名だったんですけど、それで毎年恒例、というかA町巡りにわざわざ行ったんですが(すみませんA町の皆さん)、なんかこうね・・・全然、元気ないんですよ。いつももう、まばゆいぐらい、ミレナリオも真っ青というぐらいの電飾があふれていたんですが、今年はさっぱり。やっているお宅のほうが珍しいぐらいになっちゃって、やっているお宅も、庭先にぽつんと、1本だけツリーが立っているとか、いやあ、これはね、いろいろほかにも理由もあるんだろうけど、やっぱり「ボーナスも下がったし、クリスマス気分なんて浮かれたことやってられない」というようなあれでしょうね、きっと。こりゃいかんなあ、と私などもかなりショックを受けましたね。いや、本当に例年だとすごいんです、A町の電飾って。こう身近なところで見せられると、こっちもこたえてきますね。
そういえば、三越さんなんか4人に1人が早期退職に応募なんて話もあります。いやあまずいですねえ、これ。重衣料がぜんぜん売れないんですってね。そりゃまあ、ぜひ必要なものじゃないですから。
私なんかもせっかく持っているから、先週からコート着てます。着ないと勿体ないし。まあ夜勤が多いので確かにこのぐらい着ていてちょうどいいんですが、日勤の方だと必要ないかも、確かにね。
◆  ◆  ◆
それはそうとして、先日ちょっとふれた「坂の上の雲」がらみでひとつ。舞鶴の東郷カレーとか海軍カレーは今や有名、東郷提督が日本でカレーを広めた、というのはすっかり広まりましたが、なんでも乃木大将が善通寺師団にいたときに広めた「乃木うどん」というのがあるんですってね? 今日のニュースでやっていました、今の自衛隊の善通寺師団でお昼に乃木うどんを出したそうで。
讃岐うどんを広めたのは乃木大将、って話もあるそうで。陸海でうどんVSカレー対決ということらしいですけど、日露戦争の時期ってのは日本の食の変わり目でもあったんですね。そういえば、あの戦争で兵食に米の飯じゃなくパンを導入しようとしたのは森鴎外でしたし。

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2009年12月 2日 (水)

しかし不景気ですね。終電が空いてます

皆様、いよいよ楽しい年末を迎え・・・るのですけれど、ボーナス、どうでしたでしょうか? あるいは経営者の読者の方は、従業員の皆様にボーナス、はずめましたでしょうか、いやはや、私方もご多分にもれず・・・ま、やめましょう。いまどき、何をやっていてもいいことなんてなさそうですし。まあ上がったという方は少ないでしょうね。横ばいなら立派なもの。報道の通り、ぐっと下がった方が多いのではないかと。
 百貨店なんか軒並み、売り上げが前年同月の10%減、という状況だとか。こりゃもう日頃、割と金を使っている、わりと裕福な人らですら使えなくなっているのでしょう。
 それで私、夜勤が多いので、電車で間に合う時間は終電に近い列車に乗ることが多いのですけれど、以前はとても嫌でした。というのも、こちらは正規の勤務時間ですから、電車に飛び乗るぎりぎりまで仕事していたわけですが、一般の方々で11時すぎ、12時前後の電車に乗っている方といえば、まあ酩酊した方が多いわけです。それは別にわかっていることだし、自分だって日勤職場にいたころは散々飲んで帰ってたんだし、文句はないのですけれど、やはりなんか面白い気分ではない。酒臭くてふらふらしていて、声のでかい、そんな遊んでいた人たちと並んで吊革握ってるのはかなり面白くないもんです。
 が、近頃は異変を感じますね。ことにこのところ。終電近くの電車が空いているんですよやけに。前は私の利用している路線ってのは、終電までぎゅう詰め、ことに週末ともなると朝のラッシュと変わらないほどでした。それが近頃は本当に空いている。このところ何回か続けて座って帰れるん驚いています。おまけに酔っ払いが少ない。遊んでいない。みなさん本当にこの時間まで御苦労さまな方々ではないかと見受けられる。
 思うに、不景気なんでしょうね、やはり。
 そうそう、新浦安のメンズショップO・・・が閉店するというハガキが来ました。うーん、量販店というほどでもないが、高級店でもない中途半端さが今時、駄目だったか?
 7割引で投げ売り、というので見に行こうかな、と。ま、そんなときしか行かないハイエナのような私ですが(いや本当に、どこのお店にも最終SALEじゃないと姿を現さないケチくさいエセおしゃれ野郎、それが私でございます)。
 実際、以前にある閉店セールで、ボリオリとかリングヂャケットのものを定価の半値以下で買い込んだことがあります。品質的には最高級品で、お店には悪いが、あれはいい買い物をしました・・・。
 ◆  ◆  ◆
 もっともこういう時期に旗揚げした勇敢な人々もいらっしゃる。ハケットロンドンはテーラリングを始めたし、水落卓宏さんはDITTOSで独立されたし。そりゃこういう方々を応援して差し上げたい、のではあるが何しろこっちが素寒貧だから。
 ああ、そういえばヒロ・ヤナギマチのトライアルがそろそろ近づいてきたような。たぶん来年になるでしょうが、あれから半年か・・・。
 ということで、今年もそろそろ終戦ですね、私は。
 ◆  ◆  ◆
 NHK「坂の上の雲」始まりましたが、私はやはり仕事の都合でまず見られません。まあいまにDVD出ますよね。明治時代の軍装、見たいんですけど。よく間違って、太平洋戦争のころの軍装を描いてしまうイラストレーターや漫画家がいますが、明治期の日本海軍は襟章なんか付けてないですもんね。袖章はあるが、こっちも紺地の服に黒線。どうも米海軍の真似だったらしいが、さっぱり階級がわからない。ま、同じ船に乗っている同士だからそんなに必要ない、ということだったんでしょうが、当時は。なんでもやっぱり気になっていた明治天皇が山本権兵衛に「英海軍も金線だが、本当に黒い線でわかるのか」と下問されたとか。で、「じゅうぶんにわかりもす」とお答えしたそうですが・・・やっぱり分からなかったらしく、後に金の襟章を付けるようになりますね。
 NHKのガイドによればドイツのメッケル少佐も出てきて、ちゃんと参謀色(紫がかったピンク)の兵科色の軍服を着ています。これは見ものです。
 

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