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2009年11月19日 (木)

クリスマス・キャロル

 ロバート・ゼメキス監督の最新作「クリスマス・キャロル」を見てきました。ディズニー製作のアニメ映画、というとちょっと甘っちょろいものを想像してしまう人もいるかもしれません。が、これはかなり違います。まあ一言で言うと「アニメじゃないけど、実写でもない」まさに夢のような映像です。ゼメキス監督は2年前の「ベオウルフ」で、従来のモーション・キャプチャーをはるかに超えるパフォーマンス・キャプチャーを実験しました。あの時点ではまだまだぎごちなさ、作り物臭さがあったわけですが、今回のは驚きました。もう19世紀のロンドン、ヴィクトリア朝時代の風俗ってこうだったに違いない、という完ぺきな映像が生み出されました。どんな大作映画のセットよりすごいです。そして登場人物の生々しいこと。しわやたるみ、表情のすみずみまで役者の演じた「演技」そのものが写し取られて、特殊映像に取り込まれている様は驚くばかりで、これからの映画はこういうことになっていくのだな、と実感させられます。
 つまり、ジム・キャリー演じる守銭奴スクルージは、腰は曲がり、やせ細って、鷲っ鼻の嫌な爺いで、ジム・キャリーがどれほど特殊メイクや老けメイクをしてもああはならないほど別人ですが、にもかかわらず、表情や動きがジム・キャリーそのもの、という摩訶不思議なことになるわけです。これはご覧いただくしかありません。
 そして、まさに時宜を得た企画というか、この経済危機の時代に本作が登場したのはタイムリーだったといえましょう。「お金がすべて、自由競争して強いものが生き残り、負け組は死んでしまえ」という考えがはびこったのはつい最近のこと。このお話はどう見ても19世紀ロンドンだけのことではない、むしろその思想がいきつくところまで来た今の時代にこそふさわしい。
 ディケンズの創造したスクルージは、シェークスピアが生んだシャイロックと並び文学界における「強欲な守銭奴」の代名詞です。本作はこれまでにもなんと60回以上、映画やドラマ、ミュージカル、お芝居の題材となってきました。そんなものですから、ネタばれもなにもなく、あらすじを書いても無駄ですけれど・・・ただ、「強欲な爺さんが夢を見て改心しました」というだけの底の浅い話じゃないことは、この映像を見ればよくわかる。原作を忠実に視覚化するとこうなる、というのですね。実にすばらしいファンタジー作品で、またタイムワープもののSF的な作品でもあり、ディケンズという人がすごいビジョンを持っていたことが納得できました。なにしろ日本で言うと江戸時代末期から明治の初め、ヴィクトリア時代の原作ですからね・・・。
 また当時の思潮からみてスピリチュアル的な視点も大いに感じます。途中で「現在の精霊」がいうのですが「神とか我々の名前を利用しているやつらがいるが、あんな連中は全く我々とは関係ない」。これはつまり教会批判が根底にあるのでしょうが、最近の日本でぽっと出てきたスピリチュアリズム・ブームだけ見ていると背景がわからないですが、19世紀にああいう思潮が出てきたのは、それだけ人を食い物にし、がんじがらめにしてはびこっていた宗教観があった、ということでありましょう。
 それにしましても、一人七役をこなしたジム・キャリー、一人三役のゲイリー・オールドマンには脱帽します。彼らは演技もしているので、単なる声優出演ではありません。なんでも収録では、全出演者が一堂に会して、シーンごとのカットもなく、いっぺんに撮るのだそうです。だからある意味、普通の実写映画よりも演劇に近いそうです。
 本作はマイケル・ジャクソンのTHIS IS ITを抑えて日米で登場一位となったそうですが、それだけのことはあります。ぜひ大スクリーンでご覧下さい。
 
 

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