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2009年9月28日 (月)

改めてサウンド・オブ・ミュージックに思う。

Photo  映画「トラ・トラ・トラ!」の40周年記念DVDブルーレイ版というのが出る、というのでつい予約してしまいました。年末に出るそうですが、今までの普及版DVDにはなかった日本公開版とアメリカ公開版、ということは渥美清の出ているシーンも入っているのでしょう、それに初めて日本語吹き替えも入れる、とのことで、かつて地上波テレビでこの映画を見た人にはすごく懐かしいのじゃないでしょうか(私もテレビで見た印象が強くて、その後の普及版DVDは納得できませんでした)。
 ところで近頃は往年の名作映画のデジタルリマスターDVDが出てきて、けっこう楽しませてくれます。60年代、70年代の名作が続々と生まれたころの映画は、悪いけれど最近の映像ばかり派手だけど内容は五番煎じ、六番煎じ・・・といったものと違い、内容の良さは折り紙付き。いかんせん、画像が古くて、というのが技術の進歩で新作同然になるわけで、ありがたいことです。「映画って本当にいいもんですね」といえた時代はよかったですね。これ、音楽も同じですけど・・・今になってもビートルズやレッド・ツェッペリンのリマスター盤が売れるわけで、若い世代には申し訳ないけど、もはや彼らで十分であって、五番煎じみたいな「新しいバンド」なんて今更、出てこないでいいのじゃないかと思ってしまうのは確かです。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、先日の「シェルブールの雨傘」に引き続き、今度は数年前にやはり公開40周年でリマスターされた「サウンド・オブ・ミュージック」を買って見直しましたけれど、いやあ、やっぱり面白いですねこれ。まずこのあふれるほどの名曲ぞろい、これには驚嘆させられます。駄曲が一曲もない、これはものすごいことです。特に「ドレミの歌」ですよね。特典映像でアンドリュー・ロイド・ウェーバーが何度も絶讃していますが「一オクターブでこんな名曲になっているなんて、本当にすごい!」のです。あまりにも普及しすぎて子供の音楽入門歌みたいになってしまいましたが、それだけすごい曲なんですね。今となっては、この曲が出来る前の音楽教育ってどこから始めたのか分からないぐらいです。もし劇中のようにマリア先生が思いつきでこの曲を作ったんなら、彼女は超天才ですけど・・・。
 特典映像で驚いたのは、クリストファー・プラマーは当時、なんと25、6歳で、ジュリー・アンドリュースは27、8歳だったという・・・ということは、マリアのほうがフォン・トラップ大佐より年上だったということ? 本物のトラップ大佐とマリアは20歳以上の年の差カップル(もちろんトラップが年上)ですが。二人の演技力はすごかったということですね。
 ちなみにフォン・トラップという人はオーストリア・ハンガリー帝国海軍のUボート艦長としてトップクラスのエースだったのですが、第一次大戦の敗北で失業してしまった、というのは海沿いの領土はハンガリーで、オーストリアとハンガリーが分離したために山国オーストリアの海軍というのは解散しちゃった、なにせ海がないんですからね。前回書いたブリオーニ島の海軍基地ってのもハンガリーと同君国のクロアチア側にあったわけです。で、当時のトラップさんの写真(上の写真)を見ると、袖にはすごく太い金線1本と細い線1本。これ、他国の海軍だと将官かなんかに見えますが、旧オーストリア海軍のシステムじゃ少佐です。英語のウィキペディアにもコルベッテン・カピテンとある。つまり「小型艦艦長」の意味。これ、ドイツ語圏では少佐です。英語で海軍の佐官はレフテナント・コマンダー(少佐)、コマンダー(中佐)、キャプテン(大佐)なんで、海軍でキャプテンというと大佐だけ。しかしドイツ語ではコルベッテン・カピテン(小型艦艦長=少佐)、フリゲッテン・カピテン(中型艦艦長=中佐)、カピテン・ツー・ゼー(海軍大佐)というようなことで、つまり全部カピテンという言葉が付く。だからトラップさんがアメリカに行って、自分はカピテンでした、と名乗ったのは嘘じゃないが、厳密に言うと艦長でした、ということで大佐だったわけじゃない、というのが正解らしいです・・・。結婚式で海軍のフロックコートを着ているシーンがありますが、あれは袖に金線4本でした。普通の国ならあれで「海軍大佐」になりますが、オーストリア海軍の場合、もし大佐なら太線1本と細線3本、史実通りに少佐なら太線1本と細い線1本。いずれにしてもあそこは間違いとなりそうです。そういえば舞踏会と結婚式で、とても珍しい勲章を首に付けていますが、あれはオーストリア功労勲章といって、第一次大戦後からナチスに併合されるまでの十数年しかなかった勲章。彼があれを実際に貰っていたのかどうかは不明です。マリア・テレジア勲章を貰っていたのは確実ですが。
 この映画の最大特長は、前半のメロドラマ調、ファミリードラマが後半は一転、サスペンス調、戦争映画調になるところです。そのぴりりとワサビをきかしているナチス親衛隊役の皆さんの熱演ぶりもなかなかのものです(実際、彼らの演技だけはミュージカルじゃなくて戦争映画になっていますね)が、コスチュームも本格的で、黒服の親衛隊将校は古参闘志章など袖に付けており、シャツもありがちな白シャツじゃなくてカーキ色! いやこれは結構すごくて、どんな映画でも黒服のナチスは白シャツがほとんどで、本来の規定通りにカーキ色を着込んでいる映画なんて、私はこのミュージカルしか知りません。白シャツは儀礼のときだけで、通常は親衛隊の母体だった突撃隊の名残でカーキ色、というのはあまりにマニアックですが、それをちゃんとやっているこの映画は油断なりません。
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 ところで・・・「ドレミの歌」については、私はかなり前から・・・まあ中学生ぐらいから不思議に思っていることがありました。
 まず、ドイツとか英国とか、ゲルマン系の国では音名はCDEFGABC(ドイツ語圏ではBじゃなくてHだとか)で表し、イタリアやフランスなどラテン語圏と、中国、フランス、ロシア、そして日本などがドレミファソラシドを使うんじゃないか、ということ。前者は「移動ドmovable do」で、後者は「固定ドfixed do」なんていうそうです。で、アメリカは英語圏だから前者だと思いこんでいましたが、そうでもなく、両方使うそうで、それで一応は納得。アメリカ人になじみのないものではないそうです。
 しかしそうしてみますと・・・今度はなんでドイツ語圏であるオーストリアが舞台でドレミなの? という気がしてきます。オーストリアはCDEF・・・じゃないのでしょうか? ま、あくまでアメリカの映画、ということなんでしょうが。
 次に、ドレミと音が上がるたびに、いろいろな言葉を当てはめていくわけですが、最後のシをティーと歌っている。で、「ティー(お茶)にはジャムとパンを付けて召し上がれ」なんて歌詞を付けて、みんなで振りまでつけて踊ります。しかし、どうしてシじゃなくてティーなの?
 これも調べてみて分かりましたが・・ドイツ語でCDEFGAHCのそれぞれのシャープ♯(半音上げ)をツィスとかディスとか語尾を変えて言いますけど、同じようなことはドレミでもあるそうです。こっちは知らなかった。つまりdo,re,mi,fa,sol,la,siの音名の語尾を変えて表現するやり方があるそうで、語尾にiを付ける。すなわちdoはdiになり、reはriになる。とすると、シsiが困るわけです(笑)。初めからiが付いているから。どうもこれは英語圏でドレミを使う国、ということはほぼアメリカですね、でのソルフェージュのやり方で、以来、ドレミファソラティドなんですと。miは初めから上がらないので、やはりiで終わるけど気にせず、半音ずつ徐々に上げていくとこうなるそうであります。do di re ri mi fa fi so si la li ti do ド・ディ・レ・リ・ミ・ファ・フィ・ソ・シ・ラ・リ・ティ・ド。siというのはsoの半音上げの意味で、本来のsiの位置にはtiを入れているわけ。ああ面倒くさい。ちなみにこういうやり方は19世紀にイギリスで生まれたそうですけど、ま、深追いしません。
 まあ、そんなようなことらしいですが・・・実は私もちっとも詳しくないので突っ込んだ話は音大出のうちの妻に任せますが、それにしてもなんで日本じゃ、ドレミファもあれば、ドイツ式のツェー、デー、アーとかツィス、ディスもあれば、英国式のエーマイナーとかシーメジャーとかいう表現もあれば、あまつさえ日本式のハニホヘトイロハまであるのか? たとえばクラシックの人らは音名はラテン語でドレミファ、しかし音階になるとドイツ式にツィス、ディス、なぜか曲名となるとベートーベン第5番「運命」ハ短調とかいきなり日本式で言い出すのか? こんなだから音楽の授業が分からなくなるんですね。おそらく明治時代に統一しなかったせいでしょうけど・・・。そうそう、妻もひとしきりそんなことを言ってましたが、そしてさらに「ところでなんでフロイライン・マリア(マリア先生)」なんだろう? 普通は姓のほうに付けるはずだけど」。そうですな確かに。ミスター・ツジモトじゃなくてミスター・ヨシフミって呼んでるみたいな話ですものね、いわれるまで気づきませんでした。マリア・フォン・トラップは独身時代の名はマリア・クチェラ。すると「フロイライン・クチェラ」と呼ばれていたのでは・・・ま、それじゃ映画的にはサマになりませんね。
 

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コメント

ビートルズやレッド・ツェッペリンはまだまだ必要と思われます。というより、彼らを超えるバンドはいまだ出てこないのだから。

投稿: ブログブログ | 2009年9月29日 (火) 09時35分

ブログブログ様

はい。私もそう思うので「新しいバンド」など「今更、必要ないのじゃないかと」と書いたのですけれど? つまり彼らで十分で、五番煎じの新しいバンドなど出てこなくてもいい、と書いたのですがわかりづらいですか?

投稿: 辻元よしふみ | 2009年9月29日 (火) 14時03分

紛らわしいので当該個所を少し修正致しました。

投稿: 辻元よしふみ | 2009年9月29日 (火) 17時05分

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