« 2007年6月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年8月29日 (水)

オペラ映画「魔笛」

 おそらく一般的にはハリー・ポッター2で、駄目な魔法教師を演じたことで有名なケネス・ブラナー。しかし凄腕の監督でもあり、その最新作「魔笛」を見てきました。なんと音楽担当はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトその人。つまりオペラそのものの映画化。ちょいと一般受け作品ということじゃないので日比谷シャンテあたりでこっそりマニアック作品として公開していたものが、どうしたわけか舞浜イクスピアリでも公開してくれた、という次第です。しっかしあれです・・・なんとも独創的な解釈。これはすごいかも。
 そもそも魔笛というのはモーツァルト最晩年のオペラで、初演から数か月後にはこの世を去ってしまう、という意味で天才の仕事の中でも最高傑作にして集大成です。よくモーツァルトというと癒やされるとかいいますが、この曲、いやあなんでもありの禍々しいまでの悪魔的な技巧に満ち満ち、そんな生やさしいBGM的な音楽じゃありません。
 そんなところを見事に見抜いたブラナー監督、設定をなんと第一次大戦欧州戦線にしてしまった。ただ、ドイツ軍とか英軍とか特定の軍隊を扱うのじゃなく、なんとなくですが青いオーストリア軍風の軍服が「夜の女王」軍で、赤い英国軍風の軍服が「太陽の高僧ザラストロ」軍という二大陣営の激突を背景としております。
 夜の闇と、太陽の光の二大原理の対決を、原作のままだとモーツァルト本人も脚本担当の人もどっぷりフリーメイソンの秘儀とか錬金術に浸っていて、なんだか現代人には理解不明な話になっているのが、現実の戦争のイメージにすると非常に分かりやすい上に、その戦いの悲惨さと、平和への希求というテーマが壮大に迫ってくる、のであります。
 また、パパゲーノ(ベン・デービス)は鳥が好きな兵士、主人公(ジョセフ・カイザー)は夜の女王軍の一将校、主人公を救うのが3人の従軍看護婦・・・などと巧みに戦争物に翻案。出だしの派手な戦場のシーンは本気モードの第一次大戦映画になっていて、火砲の列に塹壕を出て突進する兵士、空を行くフォッカー機風の複葉機の群れ。きわめつけは、原作オペラでも重要なインパクトある場面である夜の女王(リューボフ・ペトロヴァ)のお出ましのところ。オペラでもいろいろ仕掛けを使って大げさに演出するのだそうですが、映画では、なんと戦車に乗って登場。これには驚きました。で、このオペラではなんといっても有名な2曲の超難度ウルトラDのアリアをキンキンと歌いまくる女王の存在感はすごいであります。
 ザラストロ(ルネ・パーペ)も負けていません、原作以上に英雄的で、というのもただの高僧とか暗黒卿とかいう抽象的な設定じゃない、一軍の総司令官ですから、ものすごく格好いいのこれが。中盤から最後まで、主人公はむしろこっちかな、という描き方です。わざわざ本来は副官が歌うパートも本人にするなど、オリジナルより出番も多いです。彼が無数の墓標の前で演説、というか歌うシーンはいちばん感動的なところ。なぜか墓碑銘には日本人の名も多いのですが、これは第一次大戦と言うよりも、戦争全般を意識した墓標なんだろうと理解しました。
 女王とザラストロがなんといっても本当の華ですから、オペラ界でも有名な実力派の二人の歌手が演じています。どちらも十八番の曲目だそうで堂々たるものです。
 で、この映画の解釈では、結局はこの二人は元々は夫婦で、つまり壮大な夫婦げんかで大戦争になっちゃった、という話らしく・・・。ヒロイン(エイミー・カーソン)は二人の娘、という設定なんですな。
 いろいろと、今回に限らずオペラの場合、大胆な翻案をして、現代風にしたり和風にしたり、という演出は当たり前なので、今回の「第一次大戦バージョン」も大いに有りだと思うし、全編通じて見ると成功していると思います。戦争という背景だからこその切実感とか高揚感とか。元来いささか荒唐無稽なストーリーも説得力が出てくる気がします。
 全部が英語バージョン、というのが残念といえば残念ですが、これもそもそもモーツァルトが「庶民感覚で楽しんでほしい」とあえてイタリア語のオペラを拒絶し、当時としては大胆だったドイツ語を採用したのが本作。また、歌のない地の台詞の採用も、同じような配慮だったとか。ちなみにこういう工夫から今のミュージカルが生まれてくるそうであります。
 そんなことを考えますと、より観客が多いだろう英語バージョンの採用も本質から見てよいのでは、と思えるのであります。一方で、映画化に当たり意外なほどに省略もなく、もうほとんどそのまま全曲を押し切っているのがすごい。映画にするとけっこう冗長な展開、というのはありますし、不自然な展開もあるのですが、それを強引に映像化するところがむしろ本作の値打ちじゃないでしょうか。
 「ああ、こんな話だったのか」と思うこと請け合い。モーツァルトのファンは無論ですが私のような、どっちかというと「第一次大戦」に惹かれて見た門外漢も大いに楽しめました・・・まあ、万人に受けるのか、というとどうか知りませんが、というのはやっぱりそこは知的忍耐力はいります、アクション娯楽作品のようにはいかないのですが、それにしても本来はオペラってのはお高いゲイジュツじゃなくて、娯楽作品なんだよ、というのを思い出せてくれる映画でした。
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月15日 (水)

8月15日、映画「トランスフォーマー」

終戦の日である・・・が、近頃は「ミズーリ号上で陸海軍代表が署名するまで正式には終戦ではないじゃないか」という話がある。旧ソ連の理屈というのもそういうもの。ナチスドイツの場合、とにかくソ連の勢力があまりに入り込まないうちに、特に西側の米英と早く手を打ってしまわねば、と焦った。とにかく講話を前提とした休戦発効を全相手国と至急に取り付けてしまわないと、ということがよく分かっていたからである。さすがに欧州の国は敗北慣れしている、ともいえる。1945年の5月2日にベルリン防衛司令官ヴァイトリング中将はソ連軍に降伏し首都ベルリン陥落となったが、5月7日に国防軍統帥部代表としてヨードル上級大将が降伏文書に署名するまで、ドイツは正式に降伏したとは見なされず、よってドイツの敗戦はどこの教科書でも5月7日となっている。ことに軍部代表の署名が国際的に終戦の要件であるというのがあって、その意味で東条英機が「終戦だと軍が思ったときが終戦です」というような答弁を国会でしたのが笑い者になったが、これは東条が軍人としての考えと首相としての考えを混同していたからおかしかったので、あくまで軍部代表の意見としては、実はまったくの的はずれとも言い切れない。野戦軍司令官が「もう戦えません」と表明し降伏文書に署名する、それがその戦線の停戦となるのであり、国軍代表、つまり参謀本部の人間が署名して初めて、一国の軍事組織の敗北が決する。
 そういう意味から言っても、確かに8月15日に日本はポツダム宣言受諾、とはいってもその8月15日が国際的には「終戦の日」ではない、せいぜい停戦の日、というのはまぎれもない事実である。
 不思議な話であるが、日本という国はなんというのか、いつでも国際ルールが分からないままオリンピックに出て恥をかくような、そんな国だな、と思う。これも一例である。日本人の当時の心情としては神聖不可侵の上ご一人が放送する、これだけでもう大変なことなんだから世界的にも認めてくれよ、みたいなことだったに相違ない。が、日本人にとってスペシャルであっても、世界的には国家元首がラジオ放送するなんて当たり前のことだったのだから、理解してくれない、というわけである。
 ◆  ◆  ◆
 映画「トランスフォーマー」を見てきた。4日に封切りされているから今更かもしれないのだけど、とにかく我が家はいろいろ締め切り抱えて忙しかったのよ。
 にしてもすごい映画ですね。これは戦争映画そのもの。どうも米軍全面協力みたいですしね。実際、さいきんの映画じゃ珍しく米軍が格好いいのである。それも無理なくかっこいいのである。えげつないアメリカ映画じゃ、どう見ても他国の人間から見て格好良くないアメリカ軍が無理に格好いいことになっているのだが、これはそのへん、そうではない。
 やはり軍に対する乾いた見方、というのが抑制を与えて、かえっていいのじゃないだろうか、最近は。ひたすらヒーロー扱いするような描写はない。
 いや、別に戦争映画じゃなくて、あくまで特撮ロボットものだし、青春恋愛ものでもあるし、役者たちの演技はさわやかだし、ジョン・ボイト御大もしぶいし(国防長官役というのが渋いですね、なまじ準主役を超人的な大統領にしないのも好感が持てる。そういう設定の映画が多かったからねえ)それに口あんぐりものの特撮、つまりは自動車からロボットに変身するトランスフォーミングのシーンは本当にすごいの一言。これはすごいや。DVDが出たらぜひコマ送りで見てみたい。
 が、それにもましてです。最新の米軍というか、まあ2、3年後の米軍のオンパレードという感じもある。冒頭からオスプレイの編隊飛行で見る人によってはオッと思う。無人偵察機プレデターとか、ハイブリッド装甲を増強した戦車とか、ブラック・ホークにガンシップにA10に、極めつけはまだまだ秘密の多いF22ラプターが当たり前のように実戦配備のフツーの兵器となっている。登場する米兵の携える銃器も現在テスト使用中で、まだ全軍に行き渡っていない突撃銃とランチャーとビーム照準着を登載した新式のシステムらしい。
 そんな大サービスをするのも、近頃の米軍の苦境というのが根底にあるのか、と深読みすてしまうのである。
 いやあ、そんなことはともかく、とにかく痛快で脚本もノリよく、なかなか人物描写も巧みで、マイケル・ベイ渾身の一作じゃなかろうか。これは楽しめる一本ですから。難しく考えるような映画じゃあるまい。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年10月 »