人生いろいろ。ではあるが。
日刊ゲンダイより。「27日、人気音楽ユニット、ZARDのボーカル、坂井泉水が東京・新宿区の病院で死去した。享年40歳。坂井は昨年からがんで闘病中で、散歩から病室に戻る途中、足をすべらせて転落死したとみられている。この不慮の死は、坂井の人気をさらに伝説化させそうだ」というのを見つけた。
「ZARDはデビューから16年間、メディアにほとんど姿を現さず、秘密主義を貫いてきました。坂井のプロフィルは未発表、写真は門外不出、取材は拒否……という具合にです。ベールに包まれているため、謎が謎を呼んで、彼女にまつわる“関連商品”の値段はベラボーにハネ上がっていました。亡くなったことで、さらにプレミア化するはずです・・・坂井の所属事務所はもともと、この秋にZARDのアルバムを発売する予定で、3年ぶりにライブツアーを行う計画を進めていた。追悼記念イベントを行えば熱狂的なファンが集まるのは必至だ」とのことで、「坂井は、死後、伝説的な存在になった尾崎豊や岡田有希子のようになるのかもしれない」と結んでいる。
どうもこういう人、つまり夭折して名を残すタイプの人、というのがいるが、まさにそのような宿命を帯びて生まれてきたのかもしれない、と思う。
ご本人にとってそれがよいことか悪いことか、ではなくて、一種そういう人生を完結する宿命、というか。
で、ごく若いうちには人間だれしも、自分もそのような短くも激しく美しく燃え、といった人生を夢想するもので、たとえば坂本龍馬とか織田信長が常に人気が高いのも、それがひとつの理由である。
しかし、そのへんというのは、本人がコントロールできるものではないのだろう、と思うのである。まさに「神様」が配剤しているとしか思われない。
逆にスロースタートで、人生の後半に大活躍するタイプの人もいる。それはまたそれで、ある程度その人のパターンが決まっている、という印象を受ける。
それでは、ときを同じくして自殺した某大臣はどうであったのか。あれはあれで日本の政治に一定のインパクトを与えたものと思うが。そしてひょっとしたら安倍政権に内側から痛撃を与えたことになるだろうが、しかしあれがあの人の人生の結論、というようには思えず、やはりあっちは自分なりにもっと自分の人生をコントロールできたのではないか、と秘かに思うのである。つまり宿命ではなくて、運命のほうだったのではなかろうか、と。
それにしても。どうでもよいがあまり暑くもないのにかりゆしウエアの「制服」を着こんだ安倍内閣の面々はどうも見苦しい。
ホワイトシャツのかわりにわざわざ暑苦しそうな紺地のアロハなど着た厚労相など完全にヤク○のように見える。今、社保庁のもんだいの矢面に立っているのに「いい気なもんだ」という印象をぬぐえない。見た目など関係ない、などという人は不見識で「人は見た目が9割」で、ルックスがその人の知性や精神を表しているのは事実であろう。
はっきり言って、いかにクールビズ期間であっても、不祥事があってお詫びしなければならない時とか、国民の怒りを買っている時には、どんなに暑くとも当事者は正装すべきではなかろうか、と私は思う。
機械的に6月~9月は軽装、というような発想がいかにも制服的である。もっと自分で自分の装いぐらい主体的に決めたらいいのに、としか思えない。
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