2009年7月 8日 (水)

MW(ムウ)

 手塚治虫のマンガを原作とした映画「MW(ムウ)」を見てきました。原作は手塚作品の中でも際立って異色なピカレスクもので、MWというタイトルの真意もいまだあきらかではない、という伝説的な作品です。今年は手塚先生の生誕80年にあたるそうであります・・・しかしそうなると、まだまだお元気であっても全く不思議じゃないんですね。ということで、アニバーサリー映画なわけですが、こういう原作があるものの場合、原作を知っている人と、知らない人の感想はどうしても異なります。
 今回は、手塚治虫ファンクラブ会員である妻はもちろんのこと、私も原作漫画を読んでの上での感想なんですが・・・「これはMWなの?」というのが率直な感想ですね。
 まあ大づかみに言って、①米軍の毒ガス兵器MWというものがあって②その生産をしていた日本の孤島で毒ガス漏出事故があり島民が全滅し③生き残った少年二人のうち、一人が銀行員、一人が神父となって④その銀行員の方が、事件を隠ぺいした日本政府や関係者に復讐を果たそうとする――という骨の部分だけは、原作と映画は同じです。逆に言いますと、この「骨の部分以外は全くの別物」というぐらい、改作されております。まあですから、事実上、原案・手塚治虫だけど全くの新作、というぐらいのつもりでご覧になるべきだと思います、原作ファンの皆様の場合は。実際、主要な登場人物もみんな名前からして変えられており(主人公も結城美知夫→美智雄、賀来巌→賀来裕太郎など)そもそも同じものではない、という意図があるようです。
 特に原作漫画のいちばん大事な特徴は、生き残った銀行員と神父の二人は、同性愛者であり、愛し合っている、という点にあります。それで、銀行員が女たちを口説いて利用した後、平気で捨てるようなところも、神父が苦悩しながらも銀行員の犯罪に手を貸し続けてしまう点も、わかりやすくなるわけです。また、原作では米軍の高官にも銀行員が色仕掛けで接近するわけですが、このへんも同性愛という前提がありました。そのへんが、この映画では同性愛者という前提をカットしています。それで話としてはすっきりするのでしょうが、特に銀行員と神父の関係がどうしても不自然にみえます。
 それからもう一つ、これは私の仕事上からの感想かもしれませんが、架空の新聞社が重要なかかわり方をして出てくるのですが、なんか変な感じがしました。与党総裁候補の政治家までかかわってくるような疑惑の大ネタを、そのへんの部内の会議で使うか使わないか決めるなんて考えられませんね。
 秘密兵器なのに、米軍の管理エリアではどこに行っても、でかい文字で「MW」と大書してあるのもすごく変です。
 しかし、もしあれをMWとして見ないで、全くの新作の犯罪映画として見た場合はどうだろうか、と。すると、少なくとも前半は非常に面白いのじゃないでしょうか。ことに出だしのタイでのロケで撮った部分はスケールが大きくて非常によく出来ていました。しかしちょっと、肝心のクライマックスになるほど尻すぼみの感も・・・。
 それからこれも個人的感想ですが、主人公の勤める銀行が東京駅前OAZOだったり、最後のシーンがサンケイビル前だったり、とにかく大手町に勤める私にはおなじみの場所が多くて、なにやら「ご近所の話」のような親近感がわきました。
 主人公役の玉木宏さんは実に存在感があり、いい演技をしていると思いました。沢来刑事役の石橋遼さん、牧野記者役の石田ゆり子さんも熱演でよかったと思います。
 いっそのこと、あそこまでいじくるなら、MWは男MANと女WOMANを意味していて、あの毒ガスを吸うとみんな恋愛対象が逆転し同性愛者になってしまう、というような話にでもしてくれればよかったのに、と思います(笑)。それすごいですよ、MWを使用すると、結果として人類をみんな同性愛者にしてしまえる、という・・・いや、これではメル・ブルックスのコメディーになってしまいますか。それならMWは米軍じゃなくてナチスの秘密兵器だった、という設定にしないといけないかも(ブルックスの作品には必ず①同性愛②ユダヤ人③ナチスが出てきますから)。
 

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2009年7月 3日 (金)

アレッポせっけん、アラン・フィガレ

 『男は、なぜ缶コーヒーが好きなのか?―“違いのわかる女”の男と接する正しい方法』 (リュウ・ブックス アステ新書) (姫野友美著)という本を以前に読みまして、非常に面白かったのですが・・・つまり一般論として「なるほど。なるほど」と思って大いにうなずきながら読んだのですが、これ要するに、男というのは食事とか衣装とか、その他の洗剤やら薬とか、なんによらず「あまりこだわらない」傾向が強くて、一度決めたことをいつも繰り返す・・・たとえば「昼は○○庵のお蕎麦」と決めると、来る日も来る日も、というのが多いのだとか。で、そういう日常の些事は無視して、仕事に邁進するのが典型なんですと。とりあえず「缶コーヒー」ばかり飲むのもそういう行動である、と。

 いうわけですが、私は自分が全く当てはまらないのに気づいて、笑ってしまったのでもあります。まず私はちっとも仕事に邁進しません(笑)。それに私は飲み物でも食べ物でも、次々に替えていかないとダメ。よほどの気に入った処でない限り、同じところにはむしろあまり行かないぐらい。飲み物も缶コーヒーはまず飲まないですが、それ以外でも毎回毎回、違うものをわざわざ探します。

 石鹸とかシャンプーも次々に替えており、石鹸については世界各国いろいろ試しましたが、今のお気に入りは「アレッポせっけん」というシリアから取り寄せている天然石鹸です。こいつはいいですよ。マルセイユ石鹸などと似ているが、もっと純度が高いように思いますが。シャンプーも散々、いろいろなものを試し、実はドイツ製の「サイムスキン・シャンプー」が気に入って、これをメインにするつもりだったのですが、今年3月に日本から撤退してしまった。残念です・・・本当にいいもので、病院にまで持ち込んで、入院中もずっとこれを使っていました。これの弱点は、1本で2万円前後という価格でしたので、ちょっと日本では定着しなかったか。今のところ、次は           WENというブランドのものを使ってみようかと思っております。もっとも、アフリカ・ガーナのシャンプーもなかなか捨てがたい。

 こんな人間ですので、「いつも同じ」なんてこともなければ、「ものにこだわらない」こともないのだが、その一方で、「こだわっていることを知られたくない」とも思う。このへんが天の邪鬼ですかね。よく「自分はこんなにこだわっているんです」と言いたがる人もいるが、あれはまた嫌い。

 先日、あるお店の女性店員さんと会話したときなど、「あら、素敵なカフリンクスですね」といわれ「ああ、これはノミの市で投げ売りだったもので安もんですよ(一応、本当はイタリア憲兵隊の特製カフスなんだが言わない)」「緑のシャツもいい色ですね」「こいつはそこのハロッズで売れ残ってたんですよ、人気がないみたいで(いや、すごく高かったんですけど)」「おしゃれな方はやはり麻のチーフなんですね」「ああ、これはね、朝、これしか見当たらなかっただけ。いつもそのへんにある普通のハンカチを突っ込んでますよ(それは割と本当ですが)」「コンビシューズもいい色ですね」「ああ・・・いやね、白い革が足りなかったんじゃないかな(もう無茶苦茶)」「それに、茶色のスーツがダンディーですね」「いえね、最近、茶色を着る男は仕事が出来ない、とかいう本が出回っているようなので、わざと茶色を作ったんですよ(そんなわけないです、気にもしないですがわざわざは仕立てません)」・・・・みたいな会話をしました。

 丸の内のアラン・フィガレさん、変なことばっかり言ってましたが済みません。本当は見事にこだわってます、いろいろ。しかし「靴の爪先を毎日ポリッシュで磨いてます」みたいなことは決して気取られたくない。それは野暮いです。

 にしても・・・アラン・フィガレ、どれもこれも発色がきれいで、いいですよ。

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2009年7月 1日 (水)

「ねんりん家」のバウムクーヘン。

ということで今年も後半戦。なんだか病気やらなんやら、振り回されて終わってしまいました・・・。しかし次の書籍の準備は一応、前進しております。これもなかなか亀の歩みとはいえ。
 政府がなんかごちゃごちゃやるのやらないのと言っていますが、選挙したらどうなんでしょうか。もう瑣末な話はどうでもいいような気がしますけれど? 某知事の動向も取りざたされますが、私はよく存じませんのでなんとも。地元の県民の皆さんはあれで納得されているのかしら、とも思います。
 ◆  ◆  ◆
 まあそんなことはどうでもよろしく、今週はなかなか個人的にいろいろ多忙でして。ある方の新居を訪問したり、逆にある方が拙宅においでになったり。
 そんななかでひとつ、活躍してくれたのが「ねんりん家」のバウムクーヘンでありました。といって、ご存じでしょうか。http://www.nenrinya.jp/「銀のぶどう」や「東京ばな奈」で有名なグレープストーン社の比較的新しいブランドだそうです。
 東京駅の大丸に行くと、食品売り場の前に長い列が延々とできています。これ、年中いつに行きましても、365日、ねんりん家のバウムクーヘンを求めるお客さんの長い列になっているんですね。常にどんなに少なくとも10人以上は並んでいます。
 私は妙に人気のあるものは、斜に構えて嫌うような天の邪鬼なのですが、先日、「これだけいつも列があるのなら・・・並んでみるか」とできごころで買ってみました。
 確かにいいんですね。しっとりしていて、ちょっと普通にバウムクーヘンと言っているパサパサしたものとは別ものな感じです。うまいです。まあ極上ですね。
 ということで、最近はお使い物とか、贈答とかにここのバウムクーヘンの大きいもの、小さくカットしていない30センチ四方もありそうな大きなものを使っています。まあ首都圏にも何店もあるわけじゃなく、羽田空港では東京土産という扱いだそうで。
 いや、なかなかのものです。ついつい太っちゃいますけどね・・・。
  

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2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソン氏。トランスフォーマー リベンジ

 訳あって、浦安市舞浜の、東京ディズニーランドそばにある「舞浜ユーラシア」に泊まっておりました。ここのスパにはほとんど週に一回は通っていますが、宿泊は初めてでありました。いやあ、いつも見慣れた施設ですが、泊まってみるとまたいいものですね。
 しかし、朝のニュースで驚きました。マイケル・ジャクソンさん急死、という一報ですけれど・・・まあ、すごいファンだったわけではないが、彼の絶頂期に青春期にありました私ども世代にはやはりショックがあります。ビート・イットなどはバンドでコピーもした覚えがあります。来日公演と言って大騒ぎしていたこともはっきり覚えています。いまだ50歳・・・とはいえ、正直のところ50歳にして、なにかすでにネバーランドの永遠の少年である彼には「似合わないな」という感もあり、70歳とか80歳になったマイケル・ジャクソンというのも想像できず、まさに人生50年、太く短く、余人の何倍もの濃度の人生を駆け抜けていったように思われます。
 帰宅しましてから、かつて「チャーリーズ・エンジェル」で一世を風靡したセクシー女優のファラ・フォーセットさんが62歳で亡くなった、という訃報も知りました。この人の全盛期というのも、私たちの青春時代で、マイケル・ジャクソンの躍進したころとも重なります。70年代後半から、80年代、というところですね。
 ◆  ◆  ◆
 そのユーラシアから、舞浜イクスピアリに出まして、映画「トランスフォーマー リベンジ」というのを見ました。あのマイケル・ベイ監督の最新作で、映像革命と呼ばれた前作の続編ですけれど・・・おもしろい。これは理屈を言って見るタイプの映画じゃないので、もう娯楽度満点。もうロボットたちのトランスフォームぶりはあっけにとられるばかりで見事なものです。
 出演陣も前作から引き続き同じキャストの面々。ブルースクリーンを張り巡らし世界各地でアクションシーンのロケをしたそうで、撮影は大変だったようです。前作で知名度を上げたヒロインのメーガン・フォックス、前にもまして色っぽくなりました。この人はまだまだ伸びそうです。
 前作より「自己犠牲、献身、愛」といった分かりやすいメッセージが盛り込まれ、なかなか感情移入もできる映画です。お笑いの要素も強まりまして、サービス精神旺盛な一作になっております。実際、コメディー的なシーンが全体の3割ぐらいはあるんじゃないでしょうか。主人公の母親の描き方はちょっとやりすぎな感じもしないではないですが。あれではちょっと奇人変人です。
 今回ものすごいのは、クライマックスにかけて続々と登場する実際のアメリカ軍の装備の数々です。空母、潜水艦、航空機にM1戦車、無人偵察機・・・米軍の全面協力を得ているそうですが、軍のPRという面もあるのかもしれません。とにかく非常にミリタリー色も強いので、そういう観点でみるのも一興と思います。
 またヨルダン政府と同国軍の援助も受けているそうで、ピラミッドの空撮などはそれがなければありえなかったとのこと。確かにあのあたりのシーンは大迫力で一見の価値があります。
 ちなみに今作では、実名で「オバマ大統領」という名前がちらっと出てきます。また大統領命令を振りかざす邪魔な大統領補佐官が登場しますけれど・・・オバマのスタッフにあんな馬鹿がいるんでしょうか? いや、あのへん、アメリカはおおらかでいいですね。たとえば日本のパニック映画で、現職の麻生首相とか、その側近の人物とかを登場させることはなさそうですから。ブッシュ前大統領も、自分をこけにしたような映画がたくさん作られましたが、中には暗殺されちゃうようなものまでありましたけれど「娯楽は娯楽」といって無視していました。あのへんは余裕があっていい態度だと思います。
 ということで、迫力あり、笑いと涙あり、面白い一本です。

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2009年6月20日 (土)

できる男は茶色は着ない?

 ふと、気がつくとローマにおいでのスタイル・クリエーションズ社、滝沢滋社長からコメントをいただきまして、恐縮している次第であります。御凱旋をお待ちしております。 

◆  ◆  ◆

 今日、電車の中でふと、「できる男は茶色は着ない」という見出しを、反対側の座席の男性が広げていた夕刊専門紙の紙面で見かけました。で、なにしろ反対側からの盗み見なので詳細は不明なんですが、要するに小見出しもあわせて判断しますと、日本人男性はもともとドブねずみ色しか着なかったのですが、1997年頃から茶色が流行し、このころから茶髪も流行りだした、と。で、そのころに青春を謳歌した世代・・・つまり今から12、3年前に20歳前後だった人たち、今の30歳前後の人たちが茶色が好き、なのだということらしい。で・・・つまり、そのぐらいの世代の男性は仕事が出来ない、という意味のことを言いたいのでしょうかね。あるいはそのぐらいの世代で茶色好きの人はダメだと決めつけたいのでしょうか。記事を見ていないのでよく分かりませんが。
 ところで、その元ネタは、今月の17日に徳間から出版された「デキ男なビジネスマンはなぜか茶色を着ない」という、スタイリストの森井良行さんの著書らしいことが分かりました。ですので、そのへんの真意を知りたい人は森井さんのご高書をご覧ください。おそらくどうも、色彩学的根拠というだけじゃなくて、上記のような世代論的な背景を解説しているのじゃないか、と思いますが。私は今、知ったばかりですのでもちろん、未読です。
 実のところ、茶色は出来るとか出来ないとかいうより、なかなか着こなすのが難しいといいますか、要するにかなりおしゃれな人じゃないと決まらないのは確かですね。茶色は本質的にはビジネス用の色じゃない、カントリーサイド用の色である、といいます。つまりそのへんを踏まえた着方をしないとなんか珍妙軽薄な感じになりがちである、と。
 ま、私は仕事が出来る男だなどという自覚はないし、そもそも他人に思われたくもないので、どんどん茶色を着ます。特に好き、でもないけど2週間に一度やそこらは確実に身に着けます。ことに秋口からは、茶色のほうが多いぐらいかも。クリーム色のシャツにボルドーのタイ、それもニットタイやウールタイなんかを締めて、ちょっと上物の茶色のベルトに赤茶色のウイングチップ・・・なんてことでもいいし、あるいは緑のタイなんかでもいいかもしれないし。ぜーんぜん、気になりません。出来るだけ少数派であることこそ、むしろ好ましいとすら思えます。どんなにデキ男だろうが、お葬式かブルース・ブラザーズみたいな黒ずくめのビジネスマンの群れのほうがよっぽどイヤですけどね、私は。
 ◆  ◆  ◆
 ちなみに、最初のころの背広、スーツというのは、実は茶色っぽいものが多かったに違いないんですよね。ヴィクトリア朝の英国で、貴族の乗馬用シングルコートが流行しまして。これをディーサイド・コートとかツィードサイド・コートとかいった。Deeside、Tweedsideですね。そこらへんはよく、ファッション史の本に書いてあるが、外国人には分かることだから、それ以上の説明がなかったりするのですが、この言葉の意味はディー川のほとり、とかツィード川のほとり、の意味であります。ディー川はスコットランド屈指の大河、ツィード川はイングランドとスコットランドの国境となっている川でありまして、後者が冬の定番ツィード生地の語源でもあります。で、このあたりが絶好の乗馬、狩猟ポイントであった。従ってそういうところで着るための服、ということですね。ツィード川を渡るというのは英国ではルビコン川を渡るのと同義で、名誉革命の際に、近郊のコールドストリームからツィード川を押し渡ったスコットランド駐留連隊が、ロンドンに進攻して王政復古を支持した、以来、この部隊は名誉ある近衛コールドストリーム連隊を名乗っております。
 そのコートの裾を短くして、詰めていた襟元も開襟にしていったものが、今のスーツの原形であるラウンジ・コートというものである。というわけですから、その生地というのもフォーマル系の黒などでなく、茶色系であったに相違ないと思うわけです。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、私の住んでいる千葉県浦安市でも、新型インフルエンザの発症が確認されました。市内にある私立T高校の男子生徒、とのこと。同校は数日、休校するようであります。いよいよ来ましたね、ご近所に。やはりちょっと、ぎょっとします。
 とにかく、最近は手を洗っています。これが結局、いちばん効果があるといいます。それも最低でも20秒以上、洗うべし、といいます。
 秋になれば間違いなく第二波、さらに強毒性のものも襲ってくるかもしれない、といいます。・・・ま、その前に日本はもっとしっかりした政府を作っておかないといけないかもしれませんが、何より先に。おっとっと。どうしても時事ネタを口走ってしまいます、いけない、いけない。

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2009年6月19日 (金)

夏物セール、と私のある「達観」?

あちこちから「夏物セール」というお知らせが来るようになりました。夏至を前にしてアパレル業界的にはそろそろ晩夏、なわけでしょうね。
 このへんが思案のしどころというか、頭の悩ませ所なんですが・・・。今季、というより来年も着るつもりで、できるだけ際物じゃない、オーソドックスでお値打ちモノ、というのを探したいわけです。一方、お店のほうでは、在庫になっても今後、使い道がなさそうなモノを売りさばきたいわけです。
 そこらへんが、お客さんとお店の人の駆け引きになってくるわけであります。
 私はとりあえず・・・今年は銀座のサローネ・オンダータのセールで茶色い夏物のスーツを買いました。これは少し前のモデルということらしいですが、もともと普遍的なモノを追求されている同ブランドですので、なんらの問題もなし。
 それから丸の内リプセットの先行セールで、麻でダブルの紺色ストライプ・ジャケットを手に入れました。けっこう、ありそうでなさそうな感じであります。これはもう最後の一着だったそうで。
 と、このへんで資金が尽きました・・・。いずれも大変な激安でありましたけれど、私も手元不如意につき。今年はいずこも不景気と思いますが、かえって「もう節約はイヤッ!」と叫んで衝動買いに走る人も目立つようになってきた、という話も。
 それに、景気は底打ちした、底打ちした、とさんざん政府が言っております。そんなの本当かいな、と思いますが。おまけに、まもなく消費税をどんどこ上げる、と連中は言っているわけで、その根拠として底打ちを連呼されてもなあ・・・。そんな気がいたしておりますけれど。
 世の中はいろいろあり、ことに北朝鮮はいろいろやっていますが、要するにお家騒動なんでしょうね。まあ、結局は権力争いで内向きのことしか考えていないのでしょうけれど、やりすぎないようにお願いしたいものです。そんなこんな、まあ、面倒くさいのであまり書きません。
 うちのサイト、ブログにたどり着く方、①歴史もの②ファッション関係③映画・・・に関する検索語からおいでになる方が多いのですが、さらに近頃は④胆石、胆管結石、手術、ということでおいでになる方も多いです。よって、そのへんのネタを中心にするわけです。時事ネタはやめておきます、はい。

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2009年6月15日 (月)

無限航路

 どうも前から気になるのですが、「じゃぱネットたかた」でテレビを紹介する時、いつも「どんな古いテレビでも●万円で下取りいたします」というのですが、そこでサンプルとして登場する古いテレビ、なんか数年前まで我が家にあったものに似ているんです。確証はないんですが、サイズといい、右下の緑色のつまみといい・・・似ているな、と。じゃぱネットでアクオスを購入したときに下取りに出したテレビ。ちょうどそのころから、番組に登場するようになった気がするのですが。ま、そういう気がする、というだけですが、いつもそう思って見ております。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、いまニンテンドーDSの新しいゲーム「無限航路」というのをやっております。これ、スペースオペラ調のゲームで、ポケットゲーム用とは思えない壮大なスケールで宇宙の艦隊決戦を描く野心的作品です。なにしろプレイヤーは200種類もの設計図をもとに自分の率いる駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母までオリジナルで建造でき、それも5隻まで艦隊として編成できるというわけで、さらに部下に加わってくる士官たちを副艦長、オペレーター、航海長、砲雷長、医師、主計長、パイロット・・・などなど事細かに設定されている艦内配置につけることもできる、非常に本格的なスペースアドベンチャーとなっています。
 それはいいのですが、最初の中ボスである独裁者デラコンダの戦艦をなかなか攻略できず、そこができないと全然、先に進めず困っていました。このままではチャプター1で挫折だなあ・・・。
 が、ふと思いついたのです。このゲームの艦艇の兵装は射程が決まっており、遠すぎは勿論、近すぎる場合も発射できない。そこで、敵の戦艦は大口径砲しか積んでおらず、接近するとなにもできないことに気付きました。ひたすら前進して、敵に食らいつき、小口径砲でちびちびと攻撃し続けると、なんとほとんど無傷で勝利できてしまいました。大口径砲は役に立たず、結局のところ速射砲で決着がついた日清戦争の海戦のような展開です。
 私同様に、もしチャプター1で既に挫折しかけている方、試してみてくださいませ。

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2009年6月14日 (日)

内田光子さんと大英帝国勲章。レペットの靴とボータイ。西友290円弁当。

読売新聞の記事ですが「英政府は13日、6月恒例の叙勲名簿を発表し、モーツァルトなどの演奏で世界の第一人者とされるピアニストの内田光子さん(60)に、男性のナイトに相当する「デイム」の称号が授与されることが決まった。・・・デイムの称号は文化・芸能などで優れた業績をあげた女性に与えられ、これまでに女優のジュディ・デンチさん、オペラ歌手のキリ・テ・カナワさんなどが授与されている。一方、同日の発表ではゴルフ選手のニック・ファルド氏、俳優クリストファー・リー氏にナイトの称号が授与されることも決まった」とのこと。これ、正確に言うとデイム・コマンダー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアDame Commander of the British Empire(大英帝国貴婦人指揮官章)というものを内田さんが授かることになった、という話です。大英帝国勲章の第二級に当たります。
 たとえば昔、ビートルズがもらったのはメンバー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアMBEという最下級(五級)の勲章。だからナイトではなかった。ポール・マッカートニーがその後、サー・ポールになったのは別途、ナイト位を受けたからです。エルトン・ジョンはコマンダー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアCBEといって三級勲章でやはりナイトではなく、こちらも別途でナイトになっております。サッカーのデービッド・ベッカムは四級のオフィサー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアOBEで、いまだナイトになっていません。アンソニー・ホプキンスやショーン・コネリーも勲章の枠外でナイトになっています。おそらく上記のクリストファー・リーなどもこれが適用されてるんでしょう。英国の制度では、いろいろな勲章がありますが(ガーター勲章とか、バス勲章とか、この大英帝国勲章とか)これらの中で上級のものはナイトとかデイムというタイトルがついていて、騎士団入りできる。これが正規の英国王を君主と仰ぐ騎士団で、ほかに員数外で勲章を伴わないナイト位やデイム位も与えられるんですね。
 内田さんの場合、堂々の大英帝国騎士団に入ったわけで、ものすごく難しいことであります。しかし確か私の知るところでは、外国人の場合、英国か英連邦の国に帰化しないとナイト位をもらってもサーなんとかとは呼ばれないはず。米国人のビル・ゲイツ氏はナイトになっているけれどサー・ウィリアムとは称さない。内田さんの場合もそういうことになるんでしょう。つまり英国王の臣下ではないから、です。
 ◆  ◆  ◆
 丸ビルでぶらぶら歩いていましたら、ふと白くてとても軽やかな靴を発見。なんとも味があって、近寄れば山羊の革を使用しているようで・・・あ、やっぱり。レペットRepettoですよ。バレエ・シューズの老舗として有名なパリのブランドで、ブリジッド・バルドーだかセルジュ・ゲンズブールだかが履いていて有名になった靴ですな。で、ziziというのがかなり普通の靴っぽくて値段も高い。ソールもレザーだったりします。しかしここで見かけたのはソールがラバーのjazzらしい。こっちのほうがかなりお安いし、実用的にはここまで底が薄い靴なので、ラバーのほうがよさそう。ということで衝動買い。夏場の白いスラックスに合わせるとリゾートな感じで好さそう。ついでにハリソンの靴下で男ものには珍しい緑のものを見つけたのでこれも衝動買い。妻から「よく買うわねえ」と呆れられていますが、まあ3か月ほど入院していましたので、その反動ですね、これは。
 そういえば。本日は、何年か前にビームスで買ったボータイを襟もとに締めておりました。ボータイの手結びなど久しぶりにやりましたが、まだまだ大丈夫、ちゃんと一発で決まりました。しかも鏡も見ないで(まぐれかしら)。日曜日だから少々、このぐらい遊んでもいいですよね。え? お休みだったのかって? もちろん、そのまますぐに会社に行きましたよ。特に同僚からは何にも言われなかったので安心いたしました(?)。今後は土日なんかはボータイも使おう。いや、夏場なんて変なクールビズとかいうより、コンパクトなボータイのほうが涼しげじゃないでしょうか。実際、「前垂れ」がないと作業上も実用的です。そういえば前にサローネ・オンダータの水落さんに「ボータイはお締めになりませんか? 私は好きですが」と言われ「レストランとかパーティーなんかはともかく、なかなか会社にはしていけませんね」と申し上げましたけれど、はい、これからは平然としていきます。
 ◆  ◆  ◆
 最近といえば、懐中時計用のチェーンを金銀色の二本、買いました。一本1000円です。これに時計じゃなくて鍵を付けて、ベスト着用のときは昔の紳士のように、そうじゃないときにはズボンのポケットに、いまどきの若い衆のウォレットチェーンのように垂らしています。あくまで実用品ですが、なかなかいいものです。
 私は実のところけちくさいので、ポケットチーフのたぐいもわざわざ買うことは稀であります。白いリネンのもの以外は、ほとんど普通の(一応、ハロッズあたりで買った)ハンカチだったりします。ほかには・・・これ、邪道でしょうが、もう絞めなくなった古いネクタイを丸めて突っ込んでいます。若いころに大量に買った100円ネクタイなど、大いに使えます(苦笑)。それなりにきれいな発色ですから、ちら見せなら十分です。
 けちくさいといえば、近所の西友にて、最近話題の激安「290円弁当」を試食してみました・・・とりあえずシャケ弁当。これがなかなかウマい。立派にウマいですね。夫婦二人で食べて600円しない。ちょっと味付けは辛いですが、悪くない。煮物とか唐揚げも入っていて、ご飯もなかなかのもの。これではほかのお弁当屋さんが困っている、というニュースや記事を見かけましたが、なるほどです。よくこれで利潤が上がるものだなあ、と感心いたしました。

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2009年6月 9日 (火)

ハケット ロンドン丸の内店

 私が入院中に、英国の紳士ブランドであるハケット・ロンドンの丸の内店というのがオープンhttp://webuomo.com/news/article73しておりました。
 病院でも雑誌のたぐいは読んでおり、基本的にはどちらかというとイタリア系より英国系のほうが好みである自分といたしましては、元気ならすぐに見に行ったのですが、当然ながら行けるわけもなく、それよりなにより治療費やら入院費やらが大いにかかり(まあ、後で健保とか保険の特約なんかで取り返せるんですが)、ま、気にしつつここまできた次第ですが・・・。
 ようやく体調も良くなってきたことだし、会社の昼休みにちょっと足を伸ばしまして、丸の内まで出かけたついで、「そうだ、この際、ハケットロンドンを覗いてみようか」と思い立ちました。大手町とか東京駅のあたりから行くと、ちょっと離れたところ。新丸ビル、丸ビルを通過しハロッズを横目に、あれやこれやと立ち並ぶ店の数々・・・本当にこのへんは激戦区ですね。ブルックス・ブラザーズを通りソブリンハウスを通過し、バセットウオーカーを通過し、セルジオ・ロッシを通過し・・・リプセットの入っているオペークを通過しまして、バーバリーの店舗の向かい側、ビームスの並びにありました、ありました。ハケットロンドンですねえ。
 私はなんだかんだ、けっこう引っ込み思案です。初めて行く店、というのが苦手です。その割にどんどんどこでも行きますが(というか、一応、新聞社の人間ですし苦手だから、で引き返してるようじゃ話になりませんが)。で、ここもわざと通過した後、引き返しておっかなびっくり飛び込みまして・・・夏向けのハンティング帽とか、派手なクレリックシャツが目に付きます。それからずい、と中に進むと・・・いいですねえ。ぐっと腰のくびれた、スラントポケットが目立つジャケットがずらずら。というとリチャードジェームズ風のようにも聞こえますが実際に見るとあちらのソリッドぶりにくらべて、もっとグラマラスですかね。今年流行というカラーパンツも淡い色中心に並んでおります。ちらちら見るに、英国製ばかりじゃなくイタリア製も多い。ちなみに店内のBGMはブリティッシュ・ロックなのは確かだが、最近のものは私は分かりません。私の脳内ディスコグラフィーは1990年ごろで止まっていますので。U2やデフ・レパードですら私の中では「わりと最近の新人」に思えます(!)。
 ひときわいい色の紺のストライプ・スーツがあり、なんか見たような生地だが、と思って裏を返すとロロ・ピアーナ。そういえば私の手持ちのスーツに同社のそっくりの生地があったのがデジャブ感を呼び起こしたらしい。しかし形が違うとぜんぜん違いますね。なかなかにかっこいいです。特徴であるという袖口のボタン(四つのボタンが二つずつ、二組に離れて付いている)も面白い・・・なんでも英国軍のレッドジャケット、あの近衛兵が着ている赤い軍服の袖口を真似しているそうですね。軍服だと、あの離れたところにラインが入ったりするわけです。
 お店の方が、話しかけてきて「ところで、着てらっしゃるお洋服が素敵ですので・・・ひょっとして業界の方でしょうか?」と聞かれてびっくり。いやまあ、その手の内容の本を書いているから無関係、じゃないけれども同業者じゃありません、近所の新聞社のモノですといって名刺交換。「決して怪しいモノでは・・・、いや、ひょっとしてかえってあやしいですかね」(笑)と申し上げました。(ちなみに私は紺地に水色のストライプの山形屋の注文服、そこそこの既製品のシャツに、20年も前のバブルの頃に買った、当時ものすごく高かったけど今じゃどうということもない、ただしイタリア生地で発色がいいのでいまだに愛用している緑色のネクタイ、緑色の非常に安物のチーフ、ごく平凡な値段の緑色のハンティング帽、西友で買ったなかなか色がいいメッシュベルト=これ、ほかのセレクトショップでも褒められたことがあります、値段じゃないんですね。そして足元は女性モノの緑のホーズに、トリッカーズのウイングチップ、というようないでたちでした。見事に玉石混交です)。
 そこで、かくなる上は何か買おうと決心しまして、非常にいい色のクレリックシャツ、胸にハケットロンドンのマーク付き、というのが最初から目に付いたので、赤と青とどちらも気になりましたが、青のほうを購入。首周りに合わせますと当然、袖が長いのですが「袖の処理は当方負担でやらせていただきます」というので、えらい、ここはえらいですね。さらに「御試着してみてください」というからこれまたえらい、実にえらい。シャツでちゃんと試着させてくれる、えらいお店です。
 それからカフリンクスもちょっと目に付きました・・・明らかに英国の勲章のリボンを使用しているのじゃないか、と思われるものがいくつかありました。本物かレプリカかは知りませんが、略綬の配色だと思います。
 ということで、また一軒、立ち寄り先が増えましたけれど・・・医療費が返ってこないともうこれ以上買えないかも。それはともかく、落ち着いていていいお店です。お値段も「けっこうこなれたお値段」(同店のO氏)です確かに。
 

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2009年6月 7日 (日)

カシウエア、100%シアバター・クリーム

 先日、妻がユナイテッド・アローズで衝動買いしたクマのぬいぐるみの話、ですが、やはり単なるぬいぐるみじゃなくてカシウエアhttp://www.kashwerejapan.com/top.htmlという今、評判のバスローブやタオルのブランドのものだったんですね。なんでも、カシミアも真っ青なほどのよい手触りで吸水性も抜群、というものなんですと。確かにぬいぐるみのクマちゃんもいい手触りです。
 で、本当はこのぬいぐるみにもクマちゃん専用のバスローブがあって、それだけで1万円ぐらいします・・・ま、いずれ買ってあげます、余裕があれば(笑)。このブランドが有名になったのは、最近のアカデミー賞の引き出物、といいますか、出席者用のギフトに選ばれたんですってね。いや、そういう物とは知らず、失礼いたしました・・・。アローズさんでもここのバスローブやタオルを扱っているわけですね。
 ◆  ◆  ◆
 ところで蚊の季節になってきました。近辺でもそろそろ飛び回りだして・・・と思っていましたら、昨日、家の中に侵入してきた蚊に今夏初、さっそくやられました! 私、けっこう敏感肌ですので蚊に食われますとかなり腫れ上がります。ものすごく嫌いです(そりゃどなたも嫌いでしょうが、かなり憎悪しております)。
 で、業務用の蚊取り装置(誘因光線など出して蚊を集めて駆除する機械ってのがあるそうです。ひょっとしたら買うかも)なんかも検討していますけれど・・・それよりなにより、蚊に刺されてしまったものをなんとかしたい。
 ところがここで、すごく効く物が見つかりました。というか、ちょっと前から我が家ではアフリカ・ガーナから取り寄せている「100%シアバター・クリーム」というものをクリームとして愛用しております。よくシアバター配合の商品を売っていますが、なにしろ100%ですからすごいです。また洗顔用には「アフリカン・ハーブ・ソープ」という、これもガーナの薬草で作った石鹸を使用しています。いずれも蚊や蝿の多い現地では必携品なんだそうですが、このハーブ・ソープで蚊に刺されたところを洗い、100%シアバターを塗り込みましたら、あら不思議、ぜんぜんかゆくなくなりました。そして一晩開けてみますと・・・おお、本当にほとんど治っている。腫れが引いてかゆみもないのです。これはすごく効きました、私には。

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2009年6月 4日 (木)

スター・トレック

 映画「スター・トレック」を見てまいりました。私はスタートレック・シリーズのファンではなく、実のところこれまでの作品はテレビも映画もほとんど見ておりません。カーク船長とかミスター・スポックという人物がいるのは知っている、という程度。じゃあなんで見たのかというと、妻がエリック・バナのファンで、本作にも出演している、と聞いてのことです・・・。
 で、そのエリック・バナはロミュラン人という設定で、特殊メークをしており、はっきりいって誰だかわからない有様。バナのファンとしてはちょっと納得できない、というのが妻の感想です。ですが、映画としては面白くできておりました。シリアスな話あり、コミカルなシーンあり。ただ一方で、従来のスタートレック・ファンはどう思うのかは分かりませんです。だいたいこういう定評のあるシリーズについては、昔からのファンがなかなか納得しないものなので。
 基本的には、USSエンタープライズ号の処女航海と、カークがキャプテンに昇進するまでの「ビギニング」ものであり、あの人物の若いころはこんな感じ? という興味をひかれる人が多いに違いありません。しかし、未来で起こったある事件により、歴史が変化してしまった世界、という話になっております。したがって従来のスタートレックの通史から少し外れた世界ということになります。
 本作では、若き日のスポックが出てきますが、さらに元祖スポックのレナード・ニモイが出てきます。もちろんスポック役です。そこらへんの詳細についてはぜひ本編をご覧いただきたい、ということで・・・。
 最後の最後になって、メンバーが揃ったカーク率いるエンタープライズ号が宇宙に発進していきます。そしておなじみのテーマ音楽が流れ、いつものシリーズだとオープニングにあたるような映像がエンディングとなる・・・そんな感じです。
 まあそもそも、お試し的な気分で見ましたので、映画として非常に楽しめました。いい映画だったと思います。繰り返しになりますが、従来のシリーズに思い入れが強い人の反応はちょっと分かりません。私などは、ちょっとさかのぼってこれまでのスタートレックを見てみたいと思いました。
 ちなみに本作は「スター・トレック」で、従来作は「スタートレック」と、ナカグロのあるなしで邦題を微妙に区別しているみたいですが・・・。

追記:スタートレック・ファンの皆さんには有名な話らしいですが、カーク候補生は意地悪な試験である「コバヤシマル・シナリオ」を唯一クリアした、という挿話が本作でも出てきます。これは基本的に絶対に敗北する、というシナリオをわざと経験させる、というシミュレーション問題なんですが・・・「コバヤシマル」とはまざに「小林丸」で、日本船籍の民間船ということらしい。ということは23世紀まで日本は何らかの形で存在している、ということなんですな。そいつは重畳、というか・・・。

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2009年5月31日 (日)

山手スピチュラルホテルとシャボテン公園(伊豆)

 先日、入院の後養生ということで、伊豆・修善寺にあります山手スピチュラルホテルhttp://www.spituralhotel.com/に行ってきました。ここは伊豆・シャボテン公園グループが経営するホテルで、「心身求養」をコンセプトに、疲労回復とか、私のような病後の療養などに最適、という温泉宿であります。ゴージャスな宿ではなくて、とにかく落ち着ける宿、というのを求めていましたので、これはぴったりなのでした。
 修善寺までは東京駅発の「踊り子115号」で直通、駅に着くと迎えの車が来てくれていました。そこからホテルまでは・・・かなり遠い、というか伊東市に近いところまでどんどん山を登っていきます。その小高い山の頂にスピチュラルホテルがあります。
で、到着するとさっそく、食事のアレルギーチェックの確認があります。こちらは予約時に向こうから「アレルギーのある食材はありますか?」と質問されますので、その再確認をするわけです。その後は宿のスタッフは丁寧だけどよけいなお節介は一切しない、ということを徹底。こちらから呼ばなければまったく来ません。それがポリシーで、布団をしくのも自分でやりますけれど、その分は料金設定も非常にリーゾナブル、実に落ち着けます。
 窓から見える山並みは美しく、ちらほら遠くにホテルかリゾートマンションらしきものが見えるだけで、人工のものなどほとんど見当たりません。静かそのもの、ホーホケキョ、などと鳥のさえずりも聞こえてきます。
 なんといっても素晴らしいのは「心養料理」をうたう食事で、実に目にも舌にも見事な料理が出てきます。実のところ、これまでいろいろ泊まってみましたが、最高に素晴らしいものの一つ、と言い切ってしまいましょう。
 朝も和洋折衷で食べきれないほど出てきます。これまたまことに美味しい。
 温泉設備は、たまたま閑散期だからですが、もう貸切同然でした。露天風呂と大きな内風呂を飽きるほど堪能いたしました。
 翌日は、グループのシャボテン公園まで車で送っていただき、もう言うことはありません。ぜひまた行きたいホテルだと思いました。
 ◆  ◆  ◆
 シャボテン公園では、いろいろ珍しい動物に、チンパンジーや鳥のショー、樹齢数百年というサボテンの数々、それから妻がお目当てにしていたサボテンの即売・・・3鉢ばかり買い込みまして、名物の「サボテンカレー」を買って、伊東駅から踊り子号で東京に戻りました。
 いやあ、いい養生になりました。いよいよこれで、会社に復帰します。

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2009年5月30日 (土)

ピッティ・ウオモの「ピッティ」って?

 先日来の私の入院騒ぎで、当初予定では今頃には出ていてもよかった新刊書が出せないでいることは既報の通りですが、これでご迷惑をかけている方のお一人が、スタイル・クリエーションズ社の滝沢滋代表です。というのも、その新刊の推薦文を紳士ファッションの専門家のお立場から書いていただいているからで、同社の滝沢代表のブログでも前に紹介されているとおり。ところが肝心の本がなかなか難航している・・・というわけです。
 が、先日はその滝沢代表から「ブログで読んで心配していましたよ」とのメールをいただきました。なんとも申し訳ない次第と感じているところです。
 その滝沢代表は、おそらく今年も6月16日からイタリア・フィレンツェで行われる世界最大規模の紳士服見本市ピッティ・イマジネ・ウオモの準備にお忙しいところと思います。氏のタキザワシゲル・モデルの紳士服は日本では初めてこのピッティ・ウオモに出展したという快挙を成し遂げたのでありました。http://www.style-creations.jp/
 あまりこういう方面に興味のない方にたとえを申し上げれば、本場アメリカのモーターショーに初めて打って出た日本の自動車メーカーとか、あるいは日本のコミケに外国からやってきて出店している人とか、まあそんな具合で、その場に出ること自体がきわめて難しいスペシャルなイベントであり、そこで堂々と老舗の連中と渡り合い、受け入れられるというのは大変なこと、というわけです。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、フィレンツェというのも不思議な町ですね。イタリアというのはローマ帝国の後は小国乱立してまったくばらばらだったのですが、教皇領、神聖ローマ皇帝領にあちこちの小国が延々と駆け引きをしていたわけです。その中にあって、フィレンツェというのはなんといっても商工業者の街で、最盛期には共和制をとって君主をいただかない国でありました。が、実質的な君主だったのがあのメディチ家、というものです。
 そうはいってもメディチ家はなんの称号もなく、よく最も有名な人物は豪華王(イル・マニフィコ)ロレンツォ・デ・メディチなんていいますが実際には王様ではありません。ローマ帝国の皇帝がまず名乗った「第一人者」といった名誉称号すらなかったようですから、まったくの一市民。それが事実上の君主として君臨していたわけです。
 で、メディチ家の居館がピッティ宮殿といい、ピッティ・ウオモの会場なわけでありますけれど。面白いことにその「ピッティ」というのは、実はメディチ家の敵であったピッティ家が建てた邸宅だったものを、後でメディチ家が買い取った、ということです。ということでピッティ、ピッティと言いますがあれはメディチ家のライバルの富豪の名前なんですな。そのピッティPitti家はワインやウール、それに衣服も商っていたそうですが、16世紀に正式にピッティ宮殿をトスカナ大公家(=メディチ家)に譲渡した後は完全に失権し、イタリア王国成立後の19世紀末にドイツのバイエルン王国に移住(というのもご先祖がフィレンツェ共和国の駐バイエルン公国大使だった)、20世紀初頭にアメリカに移住・・・とのことで、子孫はアメリカにいるらしい。そしてピッティの名だけは今も宿敵のお陰でフィレンツェに残ったわけであります。
 一方のメディチ家というと何か深い意味合いがありそうに感じるが、英語でいえばメディシン家です。要するに「薬」家で、先祖が薬屋さんかお医者さんだったらしい。らしい、というのは実はぜんぜん分かっていない。メディチ家の紋章として有名な六つのパッレ(玉)も意味が分かっていない。先祖にちなんだ丸薬か、血を吸い出すための吸い玉ではないか、あるいは財をなしたころ中核をなしたメディチ銀行を示す金貨の意味じゃないか、と推量されていますが本当はまったくなぞの多い家なんです・・・というか、決して名門じゃなく、成り上がりなので由来が不祥なんですな。
 で、後になるとこの家は念願のフィレンツェ公、トスカナ大公に成り上がり本物の君主となるのですが、結局、最後の頃は後継ぎの子供がそろいもそろって男色に走り(!)、家系が絶えてしまう、という自然消滅をたどった珍しい君主家です。
 イタリア、と一言でまとめることは実は難しいお国柄です。が、その中でもファッションの国を自負する御当地で、フィレンツェのピッティ宮殿を会場とすることには異論がないというのは、やはりほかの・・・たとえばドイツやフランスとは明らかに違ういかにもイタリア半島的な特色が、フィレンツェ共和国とトスカナ大公国の歴史にあるからでしょう。
 

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2009年5月29日 (金)

さて復帰。スイス傭兵、バナナリパブリック、アルマディオの話題。

 さて皆様。このほど主治医より「心配なし」といわれ、産業医の許可も得て6月より復職することも決まりました。何かとお騒がせいたしましたが、本当にありがとうございました。ご激励いただいた方々には厚く御礼申し上げます。職場も、とりあえず負担の大きい宿直、泊まり明け勤務からは外してくれるとのことで、これで今回の胆石も一つの決着、となりそうです。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、私たち夫婦の「戦史・服飾史研究」および「歴史イラスト」の作業も再開できる、というわけですが、うちの妻も、私の病気がらみのミッションはすべて終了し、やっと絵に取りかかれる、と申しております・・・。しかし今、やっている企画は古代から(それはもうシュメールとかアッシリアとか)から始まり、最新の自衛隊や米軍の装備まで網羅したような本を書いているので、いま、やっとエリザベス女王の時代あたりをやっておりまして、ようやくグスタヴ・アドルフの時代、つまり近代的軍隊のとば口が近くに見えてまいりました・・・。しかしその前に、ランツクネヒトやらスイス傭兵団やらに大いに手こずり、ことにスイス傭兵は国がらみ、州邦ごとに組織していた傭兵なのでいい加減なならず者集団の傭兵とは趣が違い、軍装や軍旗などもかなり決まっていて、軍服統一の走りと見られる要素も強いもので、ことにドイツ語圏のサイトなど調べ始めるとどんどん深みにはまって抜け出せなくなった、と申しております。
 なんによらず、どこの国についても現地の情報を原語で探さないと本当のところが分かりませんね。たとえばスイス傭兵はドイツ語でReislafer(aはウムラウト付きでライスロイファーとなります)と呼ばれます。で、今のドイツ語ではReisは英語のRiceつまりお米のことです。ロイファーはrunnerのことです。そこで英語で直訳すればRice Runnerとなり、「お米走り人」ということになってしまいます。実際、ライス・ランナーという見出し語を掲げている英語圏の情報もけっこうあります。
 しかしよくよく調べると、ReisはもともとはReise(ライゼ)で、旅行とか戦争の意味であったことが分かります。つまり本来はライゼロイファー(遠征に従軍する者)の意味だったわけですが、これが訛って変形したのでしょう。しかし英語圏の人では、このへんがすでに理解できないのですね。その情報をまた日本人が安易に英語から移転すると、「お米走り」などという意味不明の解釈が広まってしまう・・・。
 結局、こういうことが始終、起こっているのが日本の現状なんだろうと思う次第です。ほかの文化的なことや、政治・経済にまつわるニュースでもしばしば日本で一人歩きする滑稽な解釈というのは、この時代になっても理解不足に由来することが多いように思います。
 ◆  ◆  ◆
 会社で産業医と面談した帰り、久々に丸の内を歩き、それから東京駅の大丸に行き、またまた新丸ビルに戻って、いろいろ悩んだ挙句、バナナリパブリックのクリーム色で白いパイピングが入ったジャケットを買いました。
 妻はユナイテッドアローズで、服やアクセサリーには目もくれず、かわいらしいクマのぬいぐるみを売っていたので衝動買い。これしかしアローズの特注なんでしょうか。セレクトショップのぬいぐるみというのも珍しいかもしれない。
 なんやかやで携帯電話の歩数を見ると1万5000歩以上、歩いていました。これだけ歩ければもう健康状態も大丈夫、でしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、先日、前の私どもの本の出版以来、ご縁のある新浦安のセレクトショップ「アルマディオ」さんから葉書をいただいて「お久しぶりです、お元気ですか?」と書いてあり、これはご説明しなければ、と思いましてうかがいまして・・・「実はお元気じゃありませんでした。それでご無沙汰していました」という話になったのですが、このアルマディオさんがサイトを開設されました。こちらはリチャード・ジェームズなどの上質なスーツのほか、オリジナルのスーツやシャツのオーダーもしておられます。http://www.armadio.jp/
 私も快気祝いとしてイタリア製のちょっとかわいいハットを一つ、買いました。こちらはピンバッジなどのアクセサリーも面白いものを置いておられます。お近くの方はぜひご覧になってください。

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2009年5月23日 (土)

盧武鉉・前大統領。

 これはまた驚きました。産経新聞によれば「韓国の聯合ニュースによると、盧武鉉前大統領は遺書を残していたもようだ。盧前大統領はこの日午前、側近1人と登山をしていたところ、山の麓に落下、病院に運ばれたが死亡したらしい。前大統領は頭を強く打つなどしており、韓国南部・慶尚南道金海市内の病院に運ばれた後、釜山大病院に移されたが死亡が確認された」ということですが、なんとも悲しい最期です。正直に言って、在職中の政策はなんだか「?」という点もあり、特に日本としては危なっかしくみえることもあった前大統領ではありますが、それにしてもこういう人生の終焉は悲惨ですね。
 ◆  ◆  ◆
 インフルエンザとか、民主党の代表選とか、まあいろいろあったわけですが、そこらは何を書いても面倒くさそうなのでパス。それよりなにより、私はとにかくなかなか脚力が戻りませんけれど(やはりちょっと出歩くと足が痛くなりますね)、元気にやっております。まもなく完全復帰する見込みであります。
 ただひとつ書いておくと、今回のインフルエンザはとりあえず弱毒なので、まあこんな感じですんでおりますが、もし強毒になるとこれではすまないな、と。予行演習としてはあまりうまくいかなかった、というか教訓にしないと大変なことになりますね。なんとしても高校生の発症が多いのは事実で、学校単位で行くとどうしても集団で感染するわけです。米大陸に近くないのにこんなにあっという間に蔓延したのは、日本独特の集団行動の結果でしょう。やはりそのへんは学校というものがもっとシビアに考えてもらわないと。本当に命にかかわる場合、旅行どころじゃないと思うわけです。そもそも海外に行きすぎに見えるなあ。私が高校生時代には海外に行くなんて、ごく一部の私立の話だったんですが。

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2009年5月15日 (金)

入院とゲームとへそのゴマと。

 なかなか2か月以上も寝て暮らしていたので、体力万全とはいきませんが、少し近くを出歩いてみております。まあやはり、足腰が弱っているのと、食後に休みが必要、という感じですが、しかし1週間が過ぎてかなり感じが戻ってきました。
 先日など、携帯電話の万歩計を見ると9000歩以上歩いていましたので、まあこのぐらい歩ければなんとかなるかな、と。ただ、疲労がまだちょっと早いかな、という自覚がありますので、とにかくゆっくりやらしていただきます。
 といいつつ、2か月もの間、自分の仕事も、また毎日、病院に来てくれた妻のほうの仕事も停滞しておりましたので、そのへんも少しでも取り戻せるように、と思っております。
 ところで、入院中に私は、結局のところテレビはつまらないので(今やどこの病院も床頭台にテレビ設置が標準ですが、本当に入院患者の人がみな怒っているんです、暇つぶしにならない、というのです)とうとう携帯ゲーム機を買い込みました。それも二台も。PSPとDSです。そしてほとんどの時間を、ゲームをして過ごしました。
 特にDSの「シムシティDS2」と「レイトン教授の最後の時間旅行」、PSPの「戦国天下統一」「注文しようぜ! 俺たちの世界」「羊くんならキスしてあげる☆」にはお世話になりました。本当にこのへんがなかったら乗り切れなかったと思います。ほかにもいっぺんに10本ほどソフトも買い込みましたが・・・まあ我ながらなんですね(笑)。
 ◆  ◆  ◆
 そういえば、前の胆石症の記録で書き落としたことがあるので補足。まず胆石発作のある人は①油もの②乳製品③卵、とくに卵白・・・だからホイップクリームなんかも×、です。これらは胆嚢を収縮させ石を動かします。また、手術の前にはへその掃除をされました。なんでだろうと思っていましたが、へその穴を切開したのでなるほどでした。ほかに普通は胸や腹、脚などを除毛しますが・・・私の場合は日頃から自分で無駄毛を剃っているので、看護師さんに「わ、きれい。まったく必要ないですね」と感動されました。

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2009年5月10日 (日)

GOEMON

 先日、病院を退院した後、その足で舞浜イクスピアリの映画館に行き、映画GOEMONを見てきました。病院から映画館はほど近く、このところ検査や退院のたびに、気晴らしに映画を見ていた次第です・・・。
 で、そのGOEMONですが、信長、秀吉、家康が出てくる戦国ものですけれど、どちらかといえばファンタジーのような、大筋は史実を下敷きにしているがパラレル世界のような感じのお話で、まあゲームなんかでよくあるようなデフォルメしたお話です。
 で、あの大泥棒・石川五右衛門が実は織田信長の元家臣で、信長の死後に泥棒稼業に入ったけれど、あることから本能寺の変が明智光秀の単独犯行じゃなく、バックに意外な人物がいたことを知る、という展開です。恩人である信長の敵を討つべく、五右衛門は天下人・秀吉が住む大坂城に乗り込んでいく、ちょうどそのころ、信長の姪にあたる浅伊茶々は秀吉の側室になるよう強要されているところでありました・・・という感じです。
 で、もう出演者は皆さん熱演・快演ですが、なんといっても中村橋之助の信長がかっこよすぎ。それに、さすがに歌舞伎の人、例の敦盛の「人間五十年・・・」が決まりすぎ。いや本当にかっこよくてぞくぞくしました。基本的に信長は回想シーンでしか登場しないのだけど、全編を通して陰の主役は信長ですね、この映画。それに、みんな衣装も建物も相当にデフォルメして安土桃山+近未来SFという風情の演出なのに、信長だけは変な感じがしないのがすごい(笑)。西洋風の甲冑にマントを着こんだ信長は、彼だけぜんぜん「いつもの信長」といいますか、「信長ってあんなもんでしょう」というか、けっこう大河ドラマなどでも織田信長だけはどんな変な格好して派手な城に住んでいても違和感がないので、この映画でも信長だけはぜんぜん意外でもなければ変でもないのがかえっておかしかったです。
 紀里谷監督にはこのノリで信長だけの続編作ってほしいぐらいです。
 そういえば、信長が金のハクダミをした頭蓋骨で酒を飲むシーンが本作にも出てきますけれど・・・あの頭蓋骨って浅井長政のものでは? となると浅井茶々、つまり淀殿の父親なんですけど・・・。
 さらにいえば・・・ラストシーンで意味深なんですが、茶々は生き延びるわけで、あのあとで伊武さんの家康と大坂の陣を迎えるんでしょうか? 映画の中のセリフで「真田幸村」という名前も出てくることだし、あのまま平和になるわけじゃないと思いますが、そのへん考えてしまいます。
 ま、そのへんはともかく、非常によくできた娯楽作品で、また真面目な戦国ものが好きな人でも大いに楽しめると思います。史実を大胆に再構成したストーリーですがなかなかによく練れており、面白いです。
 前作ではなにかと当時の奥さんの名前にかくれて、それに「新造人間キャシャーン」というちょっとマニアックな題材、あまりに陰惨な展開のため正当な評価を受けなかった紀里谷監督も、今回は適度に暗く適度に明るく、適度に爽快、適度に悲しく、娯楽作品としていいバランスを保っており、文句なく本領発揮、を感じさせます。次にどんな作品を作るのか、期待を抱きました。

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2009年5月 9日 (土)

胆石症、総胆管結石、腹腔鏡下胆嚢摘出術の顛末

 ということで、ようやく退院いたしました。御関係の皆さま、ご迷惑をおかけいたしましたがいろいろお気づかいをいただきましてありがとうございました。
 ・・・と、こう書いて、詳細をご存じない方もおいでのはずなので書きますと、3月の半ばからここまでに入院3回、手術2回、ということになりました。病名は胆石症、胆嚢炎、および総胆管結石、ということでした。
 ◆  ◆  ◆
 3月13日、夜になって腹部に激痛が走りましたが、3時間ほどで回復したため「もしまたこういうことがあったら病院に行こう」と思いそのまま観察。
 そして3月18日朝、再び同じような激痛があり、タクシーで最寄りの病院に、と思いましたが我慢しがたく、救急車を呼びました。
 担ぎ込まれた病院で「右腹部が痛いなら胆石の可能性も」といわれ、自分もひょっとしたら、と思いました。翌日、CT検査と超音波検査で胆石と断定、肝機能の数値が極度に悪くそのまま入院、絶飲食で点滴、となりました。
 このU病院で、3月19日から27日までお世話になりましたが、肝機能が安定したためいったん退院。土日をはさみ30日に、U病院の紹介状を携えてJ大学病院を受診しましたところ、手術を前提に検査、と指示されまして、またレントゲン、CT、心電図などの測定をするとともに、総胆管結石がある以上、外科的手術の前に十二指腸乳頭部の切開手術(EST)を内科で受けてくれ、といわれました。
 そこで4月1日に内科を受診し、6日に入院、即日にESTを施行と告げられました。これは内視鏡で口から十二指腸に達して総胆管と十二指腸の間の乳頭部という部位を切開、これ以上胆嚢から胆石が落石してきてもつまらないようにする措置です。
 まずは麻酔薬でうがい、ついで麻酔ゼリーを5分間、口に含み、さらに麻酔薬を飲み干しまして・・・しかしマウスピースは大きなもので、生まれつきものを飲み込んだり口を大きくあけるのが苦手な自分には地獄の苦しみでしたが・・・その後、点滴で傾眠状態に入って内視鏡そのものは難なく入りました。しかし・・・切開となると激痛が走り、どうも私はそのへん、麻酔の効きが悪いらしく、ふつうは記憶に残らないのでしょうが、はっきり記憶に残っていまして、「ぐわああ」とうめいてもがいたのを覚えております。
 いやあ、案ずるより産むがやすし、は嘘ですね。完全に産むより案ずるがやすし。
 とまあ、かなり苦痛を伴う切開術でしたがなんとかクリア。その後、合併症などもありうるので10日まで入院しました。
 13日に再び外科に戻って、さらに検査を求められましたが・・・なんと上部消化器を念のために検査するため、またも内視鏡を、と言われこの世の終わりのような絶望感にとらわれました。
 が、医師の指示なのでしかたなく15日にまたも内視鏡検査。今度は傾眠にしないで試しにのんでみましたが、まったくダメで内視鏡を吐き出してしまいました。そんなわけでまた点滴をやり・・・30分で終わるはずが、麻酔さめるまで2時間ほど、またまたひどい目にあいました。いや本当に内視鏡にはトラウマができてしまいました。
 さらに肺活量検査やエコー検査をやって、4月27日に入院、28日に腹腔鏡下胆嚢摘出術、と決定しました。これは大きく開腹せず、胸の中央、右胸部、それにヘソの部分の3か所(場合により4か所)をレーザーメスで切開し、腹腔鏡を差し入れ、肝臓を持ち上げて裏側の胆嚢を探り、胆管をクリップで閉じて、胆嚢を切り取り、ヘソを切り開いた穴から取り出す、というものです。昔は胆石というと大きく腹部を切開し、内臓を全部取り出して裏側の胆嚢を取り出しましたが、1990年ごろから腹腔鏡手術が一般化し、今ではこちらが第一選択、難しい場合にのみ昔のような大きい開腹、ということだそうです。  
 事前にいろいろ調べて、全身麻酔による胆嚢の手術にはイメージがありましたが、とにかく自分の場合は胆石の中では、黄疸まで出たかなり重症のほうなので、炎症、癒着の程度によってはよくある「日帰り胆石手術」のような簡単にいかないことも想定され、かなり不安でした。
 手術前日、ひそかに恐れていた「浣腸」とか「2リットルに及ぶ下剤の服用」とかはなく(下部消化器の手術ではそのような苦痛を伴う準備措置があるようです)、単に下剤として錠剤を二粒、飲むだけですみました。麻酔医、執刀医の説明があり(例によっていろいろリスクを聞かされ、脅されますがまあ想像の範囲内です。全身麻酔の手術ですから万一の場合があるのは当然です)、午後9時から絶食、0時から絶飲食。
 翌28日朝、まずは点滴、それからこれも恐れていた「鼻管」・・・これは胃液を吸い出して万が一の嘔吐の場合、胃液が肺に入ることを防ぐ措置です・・・を医師が鼻から通そうとしましたが、ものすごく苦痛でやっぱり駄目。とにかく私には口や鼻から何かを通すのは全部ダメなんですが、そこで、この管も麻酔で気絶した後に入れてもらうことにしました。
 ほかに、麻酔中に尿管・・・つまり膀胱にチューブを入れ小水を採るものですが、意識がある場合には激痛を伴いますがこれも気絶中に、さらに麻酔をかけると喉に気管挿入といって太いチューブを押し込み呼吸をコントロールしますが、これも気絶中にやります。もちろん普通の状態じゃ絶対にそんなもの、喉に押し込めません。よく全身麻酔の手術ではたばこを吸う人は危険、というのは、気管挿入すると痰が多く出るので危険が伴うのだそうです。また術後も喉がどうしても傷むため、普通の人より痰で苦しむことになります。
 9時に手術室までベッドで運ばれ、そこで浴衣を脱ぎ、手術台に横たわりました。背中から脊髄に注射する下半身局部麻酔と違い、全身麻酔ですのでまずl口にマスクを着け、点滴しながら眠りに入るというものです。
 一番心配していたのが麻酔の効き具合で、前に歯医者でも、また前回のESTでも点滴程度ではかなり意識が残っており、自分は効きにくいかも、という不安がありました。よくいわれる「3つ数えてください」というのはここの病院ではなく、マスクを当てられて数秒、
 「はい、そろそろ効いてきましたか」と聞かれました。「うーん、ダメなようですな」
「・・・そろそろ、効いてきましたか」「いやあ・・・まだ駄目ですね」
「・・・・・・そろそろどうでしょうか」「うーん・・・まあ、そろそろ・・・」
 こういうやりとりを3回、したところで私はようやく気を失ったようです。
 そして、この効いたか、効かないかというやりとりがまだ繰り返されているのか、と自分では思っているうちに(つまり4回目の質問が来るのかな、と思った瞬間に)意外なことに麻酔医から聞かされた言葉は「はい、辻元さん、終わりましたよ」でした。
「お、そうですか・・・なんか、やり取りしてる間に終わりましたね」
「やり取りしてる間、ですか?」と医師がちょっと面白がるように言いました。
「何時ですか」「11時半です」「おや、早いですね。じゃあ順調だったんですね」
「はい、順調でした」
 そんなやりとりをしましたので、まったく意識ははっきりしたまま病室に戻りました。
 しかし徐々に麻酔がさめてくると激痛が襲ってきました。いかに腹腔鏡下の手術とはいえ開腹しているのだから当然です。幸い、これも鎮痛剤を入れてもらって30分ほどで緩和。
 24時間後、心電図と尿管を抜いてもらい・・・この尿管を抜く、というのがまたかなり激痛というか、気持ち悪いのですが、とにかく抜いてもらい、まもなく点滴も終わって、術後1日で、早くも立って歩けるようになりました。傷口は痛いですがまあ、それほどのこともありません。29日の昼からは食事も再開しました。場合により肝臓にドレーン(管)が残る場合もあるようですが、今回はそれもありませんでした。麻酔の気管挿入のため痰も出て身を起こせない間は苦痛でしたが(咳払いするだけで傷口が痛みますし)それも3日ほどで完全になくなりました。
 そして・・・以後の経過は良好で、合併症も起こらず、傷口も問題なく、5月の7日午後に退院となったわけです。
 ◆  ◆  ◆
 結局、入院日数はトータルで25日、手術2回、検査はもろもろで20回ほど。大変なことになってしまいました。世間一般では胆石というとごく軽い病気と受け取る人が多いようですが、それは発症していない状態で、私のように総胆管がつまり黄疸が出て肝臓の合併症までいっているとそう簡単ではすみません。このように2、3か月はかかってしまいます。手術の経過によればさらにもっとかかったかもしれません。
 実はここ1年ほど、ストレスがあったり少し重いものを食べると胃が痛い、と思っていました。特に日頃から早食いで体力に自信があって無理をしてしまうような人のほうが、かえってこの病気にはかかりやすいものです。私もそうでした。
 3月ぐらいからかなり悪くなっていたようで、3月13日の最初の発作以前、たまたま撮った写真を見ても、顔がむくんでいてどす黒いというか、悪い顔色なんです。この段階で気づいていればもっと楽にすんだのでしょう。
 そして、発作が起こらなければもっと悪くなるまで気づかず、最悪の場合、命取りになったかもしれません。不幸中の幸いだったのかもしれない、と思っております。なんにしても胆石の激痛(それは本当にきついもので、脂汗がにじんで立っていることも座っていることもできないような苦痛です)も結局、2回経験しただけで済みました。
 ◆  ◆  ◆
 と、こんな具合で私の胆石症との戦いは一応、終わりました。2か月も寝ていたので体力が低下しておりますが、徐々に回復していくと思います。もし、これから胆石や全身麻酔の手術をされる方のために、一応、経過を書いておきました(私も手術の前にいろいろな方のブログやサイトを拝見して参考にしましたので)。
 ご参考になりましたら幸いです。個人的には、全身麻酔もかなり不安なものですが、2度の内視鏡のほうがいやな記憶が残りましたね。
 
 
 

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2009年4月24日 (金)

ワルキューレ、レッドクリフ2、ある公爵夫人の生涯・・・など。

SMAPの草なぎ剛さんの泥酔騒ぎは驚きました。だれもが「ひょっとして」と思ったことでしょうが、今のところ薬物という話はないようで、それにしてもかなりストレスが溜まっていたのだろうか、と思ってしまいます。
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 そういう話も他人事ではなくて、ストレスはトラブルのもと、万病のもとです。前にも記しましたが私は先月半ばから病院に通っており、もう少し時間がかかりそうです。実はちょっと入院もしておりました。そのへんはすっかりけりがついてからご報告いたします。
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 通院の傍ら、退院後は絶対安静、という状況ではないので、暇を見て映画を三本ほど見ました。今更ながらなのですが、自分の覚書として書いておきます。
 ①ワルキューレ トム・クルーズがヒトラー暗殺を企てたシュタウフェンベルク大佐に扮したあの映画です。演出上、ハテナという点もないではないですが、軍服や車両、航空機などは時代考証もよくできており、ことにユンカース三発機とメッサーシュミットの編隊飛行などマニア必見でしょう。もういろいろ言われているでしょうから蛇足を付け足しませんが、私が最も感心したのは、オルブリヒト将軍がフロム大将の名をかたって命令書にサインし発効させるシーンです。当時のドイツ軍の命令書は、発令権のある人物が、万年筆ではなく色鉛筆で書くことになっていました。しかも署名の横に○とか▽とか符号をつける。これは発令日によって「鉛筆の色」と「記号」が決まっており、一部の幹部しかその色と記号を知らないため、偽命令は出せないことになっていたんですね。ただ、あの場合はオルブリヒトはフロムに次ぐ予備軍のナンバー2だから、当然、正しい色と記号を知っていた。
 映画では青鉛筆で、署名の横に○を付け足していました。あのへんまでちゃんと描いているというのは実にマニアックです。
 ②レッドクリフ2 もうなにも付け足すべくもなくヒットしているようですね。なにか三国志というよりノルマンディー上陸か硫黄島上陸を描いたような戦闘シーンは圧巻。なんか実際にはあのラストシーンの後、劉備と孫権は徐々に敵対することになるので、そのへんを知っていると物悲しい気がします。曹操の元を逃げ出した医師の華陀も、あのあと処刑されたと思います・・・。
 ③ある公爵夫人の生涯 キーラ・ナイトレイはなんといっても時代劇ですね。ダイアナさんのご先祖に当たるレディ・ジョージアナ・スペンサーの一代記。18世紀後半のコスチュームは万全の再現度。女性に目が行きがちですが、現在のスーツの原型である男性のファッションもしっかり描いています。アカデミー賞の衣装デザイン賞を得ていますが伊達じゃありません。脚本も非常によくできていて、いい映画でした。
 

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2009年4月11日 (土)

現在、治療中です。

はて、3月半ばから更新が途絶えているが、どうしたのか? というお問い合わせを結構、いただいております。少し前の記述でお察しの方もおられましたが、実は体調を崩しまして、家と病院を行ったり来たりしています。
 ともかく重篤な病気ではなく、まもなく完治する見込みです。ではありますがもう少し治療に時間を要しますので、すべてがはっきり決着してからご報告いたします。
 ご心配をおかけしておりますが、もうしばらくお時間をいただきたいと存じます。

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