2017年8月19日 (土)

ギガ恐竜展2017(幕張メッセ)

このほど、幕張メッセで開催中の「ギガ恐竜展2017-地球の絶対王者のなぞ」というものを見てきました。日本の歴代恐竜展史上で最大となる全長38メートルの「ルヤンゴサウルス」をはじめ、日本初公開を含む恐竜の全身骨格などを多数、展示しております。 Photo


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実際、このルヤンゴサウルスは本当に大きい! 恐竜展史上最大をうたうだけのことはあります。これほど大きいものは、確かにこの種のイベントでも見たことがありません。Photo_3


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 ほかにも、恐竜の卵の化石など、かなりレアな実物が展示されています。一方、復元模型や恐竜ロボットなどの展示品にも力が入っており、目を引きます。楽しい恐竜展ですね。Photo_5


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この恐竜展は
93()まで、会期中無休。開催時間09:3017:00で入場は閉場30分前まで。大人(高校生以上) 2,200円、子ども(4歳~中学生) 1,000 などとなっております。Photo_7


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この後、近くのマリブダイニングで食事をし、幕張アウトレットを見て帰りました。

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2017年8月11日 (金)

【映画評 感想】トランスフォーマー 最後の騎士王

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「トランスフォーマー
/最後の騎士王」Transformers: The Last Knightを見ました。製作総指揮のスティーブン・スピルバーグが本作の脚本を「シリーズで最高!」と激賞したそうですが、確かに前作から脚本家を代え、スピード感と新鮮さのある作品になったようです。

 今作は特に、「歴史」というものが大きなバックボーンにある作品です。人類の歴史とあのトランスフォーマーの歴史が関わり合ってきた、というシリーズの核心部分の謎解きがなされるわけです。その舞台として歴史の国、英国を舞台としたのが本作の大きな特徴です。

 

 5世紀のイングランド。ブリトン人の君主アーサー王はサクソン人との戦いに苦戦していました。頼みの綱は大魔術師マーリン(スタンリー・トウッチ)。しかしマーリンの実態は大酒のみのペテン師にすぎませんでした。マーリンはサイバトロン星から飛来したトランスフォーマーの騎士団に頼み込み、苦境を救ってくれるように依頼。騎士たちはマーリンに、エネルギーを蓄えトランスフォーマーに指示を与えることができる杖を授けます。この杖の力でアーサー王は勝利し、マーリンの杖は歴史の彼方で伝説と化していきました…。

 そして現代。正義のトランスフォーマー、オートボットの指導者オプティマス・プライムは独り宇宙に旅立ち、前作で自分たちに刺客を放った「創造主」の真意を確かめに行きます。

 残されたバンブルビーたちですが、前作以後、関係が悪化した人類の側ではトランスフォーマーを根絶やしにする組織TRFが結成され、オートボットたちは追い込まれています。さらに前作で復活した悪のトランスフォーマー、ディセプティコンの指導者メガトロンも行動を再開し、状況は悪化するばかり。

 シカゴでの激戦の廃墟で、偶発的にTRFとオートボットとの戦いが勃発し、これに巻き込まれた少女イザベラ(イザベラ・モナー)を助け出したケイド(マーク・ウォルバーグ)は、偶然、サイバトロンの騎士から伝説の秘宝、タリスマンを授けられます。

 その頃、オプティマスはサイバトロン星で、数千万年前に地球の恐竜を絶滅させ、さらにトランスフォーマーを作り出した創造主クインテッサ女王に捕えられ、洗脳を受けていました。そして、女王はオプティマスに、地球人からマーリンの杖を取り戻すよう命じます。マーリンの杖はもともと女王の物でしたが、騎士たちが女王を裏切って奪い、マーリンに与えたものだったのです。この杖を手にすることで、女王は地球からエネルギーを搾り取り、サイバトロン星を復興させると宣言します。

 危機が迫ったことを悟った英国の貴族フォルガン伯爵エドムンド・バートン卿(アンソニー・ホプキンス)は、オックスフォード大学の女性教授ヴィヴィアン(ローラ・ハドック)と、ケイドを呼び寄せます。伯爵は長きにわたりマーリンの杖の秘密を守ってきたウィトウィック騎士団のメンバーであると言います。そして、伝説のタリスマンを手にしたケイドこそは、かつてのアーサー王と同様、トランスフォーマーの友人であり、地球を守るべき「最後の騎士」であり、そしてヴィヴィアンは実は魔術師マーリンの直系の子孫で、あの杖を起動できる唯一の人物だ、というのでしたが…。

 

 というようなことで、実際にはもっと話は盛りだくさんですが、アップテンポの脚本が見事につないで行って、十分に理解できます。このへんのさばき方は見事なものです。

 今作で何しろ面白いのは、歴史の取り上げ方です。冒頭のアーサー王と円卓の騎士の登場シーンは本格的な史劇そのものです。それから、フォルガン伯爵の屋敷には、今でも第一次大戦が続いていると思っていて、当時のマークⅣ型戦車にしか変身できなくなっているトランスフォーマーがいたりします。ケイドをアメリカから英国に運ぶ超距離爆撃機YB-35や、ヴィヴィアンとケイドをマーリンの杖の在り処に導く英国海軍の戦時中の潜水艦アライアンス号なども、実はいずれも戦争中から現代まで、当時の兵器になりきったままのトランスフォーマーだ、という設定です。

 その第二次大戦中には、バンブルビーが連合軍の特殊部隊「悪魔の旅団」(後のグリーンベレーの前身)に所属していたとか、シリーズ3作目までの主人公サム・ウィトウィッキーが実は、アーサー王の円卓の騎士の流れを汲み、マーリンの杖の秘密を守護する秘密結社ウィトウィック騎士団のメンバーの末裔であったとか…まことに興味深い逸話で満載です。アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争、二つの世界大戦など、歴史の要所でトランスフォーマーは暗躍し、人類の歴史に関わってきたという描き方が、非常に効果的です。

 今回、特に秀逸だったのがフォルガン伯爵の執事コグマン。これがトランスフォーマーで、伯爵家に実に700年も仕えている、という設定であるのも面白いところです。また二人のヒロイン、イザベラとヴィヴィアンも魅力的です。短い登場シーンでその人の背景や性格を的確に描いていて、こういう娯楽作品の枠の中で、うまい描き方だと感じます。

 今作では、シリーズ一作目からの出演者であるレノックス大佐(ジョシュ・デュアメル)やシモンズ捜査官(ジョシュ・タトゥーロ)が出ているのも嬉しいところ。

 今後、本作の流れを受けてさらにシリーズはクライマックスに突入していく予感がしますが、この出来栄えなら期待大ですね。

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2017年8月 5日 (土)

【映画評 感想】ザ・マミー/呪われた砂漠の王女

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「ザ・マミー
/呪われた砂漠の王女」The Mummyという映画を見ました。主演はトム・クルーズ、共演にラッセル・クロウ、ソフィア・ブテラと豪華キャストで、古代エジプトのミイラが現代によみがえるストーリーを展開します。

 と聞けば、ああこれは何かミイラもの映画のリメイクなのだろう、とピンとくるわけですが、その通りでして、本作は1932年公開のミイラ映画の元祖「ミイラ再生」The Mummy(主演:ボリス・カーロフ)を下敷きにした作品。1920年代に大センセーションを巻き起こしたツタンカーメンの王墓発掘をイメージして製作されたものでした。そして、これのリメイクとして1999年以後、製作されたのがあのレイチェル・ワイズを有名にした大ヒット・シリーズ「ハムナプトラ」三部作だったわけです。それで今回は、モンスター映画の本家ユニバーサルの新企画「ダーク・ユニバース」シリーズの第一作としてのリメイク、となった次第。よって、同シリーズとして今後も、ハビエル・バルデム主演で「フランケンシュタイン」、さらにジョニー・デップ主演で「透明人間」などを予定している、とのことです。

 しかしそうなってみると、2014年に公開されたルーク・エヴァンス主演の「ドラキュラ ZERO.Dracula Untoldはどうなってしまったのか、というのが気になります。確かあれがユニバーサルの21世紀モンスター・シリーズ第一弾だったのでは? 結局あれは盛り上がらなかったので「なかったこと」にされてしまったのでしょうか。実際、たまたま一作目が当たったので続編に至った、というのと違い、初めからシリーズ物で行く場合の第一作というのは責任重大。マーベルの「アベンジャーズ」シリーズも、トップバッターの「アイアンマン」が成功したからこそ、今日まで続けることができたわけです。

 そういう意味で、絶対に失敗できない、という意気込みでトム・クルーズを出してきた、ということなのでしょうね。

 

 1127年、ロンドン近郊、オックスフォードの地下墓地にて。密かに埋葬される十字軍騎士の胸元には大きなオレンジ色の宝石「オシリスの石」が輝いています。それは彼らが中東への遠征で掠奪した古代エジプトの魔石なのでした。この秘石は永遠に騎士団の秘密とされるはずでしたが・・・。

 それから時は流れ、現代。地下鉄工事の掘削機が偶然、十字軍の秘密墓地を掘りあてます。ここに重大なものが隠されていると察知したヘンリー・ジキル博士(クロウ)率いる極秘のモンスター対策機関プロディジウムは、工事関係者を墓地から追い出し、接収してしまいます。

 同じころ、イラクの反政府ゲリラが抑えている土地を進むアメリカ軍の偵察兵の姿がありました。ニック・モートン軍曹(クルーズ)とクリス・ヴェイル伍長(ジェイク・ジョンソン)の2人ですが、彼らは軍人とは名ばかりで、行く先々の財宝や文化財を手に入れては売り払うという泥棒そのものの行為を繰り返しています。

 今も、ニックが一夜を共にした女性から盗み出した地図を基に、グリーンウェイ大佐(コートニー・B・ヴァンス)の命令を無視して、財宝があるらしい村に突入し、ゲリラに取り囲まれて絶体絶命のピンチに。無人攻撃機の爆撃でゲリラは逃げ出し、地面に大穴が開きました。穴の奥からは意外なことに、なぜかメソポタミアではなくエジプト文明の遺跡が発見されます。そこにニックから地図を盗まれた考古学者ジェニー(アナベル・ウォーリス)が現れ、遺跡の重要さを力説。グリーンウェイ大佐は緊急に遺跡を調査するように命じます。

 ジェニーとニック、クリスの3人が遺跡の中に入ると、そこは巨大な墓であることが分かります。そして棺の中に眠っているのは、死の神セトと契約を結んで魔道に身を落とし、王位を狙って父親と弟を殺害した罪で、エジプトから遠く離れたこの地に、生きながらミイラとして埋葬されたアマネット王女(ブテラ)であることが分かります。

 大佐は輸送機でアマネットの棺を運び出すことにしますが、クリスは機内で異常な行動をとり始め、大佐を刺殺してしまいます。やむなくニックはクリスを射殺しますが、さらにカラスの群れが輸送機を襲い、ロンドン近郊で墜落することに。ニックはジェニーをパラシュートで脱出させますが、自分は飛行機もろとも地面に激突します。

 しかしどうしたものか、ニックは怪我一つ負わないで助かってしまいます。そこに出現したクリスの亡霊はニックに「お前はアマネットの呪いを受けた。だから死ななかったのだが、お前には死よりも恐ろしい運命が待っている」と告げます。

 同じころ、地上に落ちた棺から蘇ったアマネットは、人から生気を吸い取って力を取り戻していきます。憎悪に満ちた彼女の目標は、生贄としてニックを手に入れ、セト神にささげること。そして、その儀式のために「オシリスの石」を手に入れることでした。アマネットに襲撃されたニックとジェニーは危機一髪のところで、モンスター対策機関プロディジウムに救出されますが、責任者のジキル博士は、実は自分自身も極悪人の二重人格「ハイド氏」を抱えたモンスターなのでした・・・。

 

 というようなことで、なぜかここで「ジキル博士とハイド氏」の設定まで出てきて、ちょっと違和感はあるのですが、さすがにラッセル・クロウの演技力で見せてくれます。彼の着ているスーツが見るからに立派な仕立てなのですが、やはりサヴィル・ローのフルオーダー・スーツだそうですね。

 トム・クルーズはもうお見事。アクションシーンも難なくこなしていますが、本当は55歳ですからね。それで、劇中で「お前は自分が若いと思ってオレをなめているんだろう?」などとハイド役のラッセル・クロウから呼び掛けられるのですが、実はトム・クルーズの方が53歳のクロウより2歳も年上(!)。上官役のコートニー・B・ヴァンスは57歳で、ほとんど同年代。普通、ベテランの鬼軍曹役というならともかく、アウトローで女好き、命知らずな偵察部隊の若手下士官なんてチャラい役柄は、体力以前に雰囲気的に、50代の人は出来ません。もう日頃の鍛錬のなせる技ですね。

 「キングスマン」で一躍、売れっ子になったソフィア・ブテラはさすがにはまっていて、そもそもこの人ありきで制作が決まった映画だそうですから、素晴らしい存在感ですが、なにかここまでやるならもっと派手なアクションをしてほしかったですね。もうちょっとこの人を見たかった。最初のうち、完全復活するまでは干からびたミイラ状態なので、意外に彼女本来の姿が見られるシーンは少ないのですよ。

 もう一人のヒロイン、アナベル・ウォーリスも魅力的です。この人も近年、大注目されて売れっ子になりつつある人ですが、知性と気品がある人ですよね。こういう現代物でも、時代劇でもこれから引っ張りだこになりそうな予感がします。

 本作については、海外の批評で「いかにもシリーズ作品に続く、という感じの制約がスケールを損なっている」という辛口のものが見受けられますが、確かにそういう感じはあります。何か連続テレビドラマの第一話のような、話の決着の付け方が寸止め、という感想を持つ人はいるのかもしれません。比較するなら、「ハムナプトラ」の方が話としては大風呂敷で面白かったような気がするわけです。今作のアマネットは、要するに現代の世界で何をしたかったのかがイマイチ、薄弱な感じは否めないわけです。

 しかし、やはり出演陣の頑張りというもので、一本の活劇としてのレベルは非常に高い。やはりこれはトム・クルーズでなければ成り立たなかっただろう、という気がします。衣装担当は「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのペニー・ローズが担当しています。古代エジプトのシーンの豪華な衣装や、騎士団の衣装などが素晴らしく、ミイラや現代の登場人物の服装もよく考えられています。たとえばラッセル・クロウにはサヴィル・ローの最高級ビスポーク、トム・クルーズには正規のアメリカ兵の戦闘服ではなく、現地で調達したらしい適当なジャケット、という具合です。

 いずれにしても、今後の大河シリーズの発端として、見ておきたい一作です。

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2017年7月23日 (日)

私たちの『軍装・服飾史カラー図鑑』の台湾版が刊行されます!

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 おや、見慣れた絵だけど、ローマ軍団の百人隊長についている表題が「羅馬軍団百夫長」とは? そう、これは私どもの本『軍装・服飾史カラー図鑑』(
2016年8月、イカロス出版)の台湾版なのです。

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 台湾でのタイトルは『圖鑑版
 軍裝、紳士服飾史』ISBN139789865688745 といいます。直訳ですね。出版社は楓樹林、翻訳は黃琳雅さんで、7月25日に刊行だそうです。20246326_1605612986139208_728055102


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 前にも私たちの『図説 軍服の歴史5000年』(2012年、彩流社)が中国語版『図説 世界軍服歴史5000年』(東方出版)として出たことがありますが、海外の方に読まれるのは嬉しいです。

 詳細は以下のサイトにて。

http://www.sanmin.com.tw/product/index/006403335

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2017年7月17日 (月)

第25回 日本テディベアwith Friends コンベンション

昨日ですが「第25 日本テディベア with Friends コンベンション」(日本テディベア協会主催)を見に、東京・有楽町の東京国際フォーラムに行きました。テディベア作家・岡部紀代美様のご招待を受けてのことでした。

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 日本のテディベア作家を中心に、海外・企業の様ざまなベアが集結し、ぬいぐるみで埋め尽くされる会場は毎度のことながら圧巻です。すごい熱気でしたね。

 会場入り口には、このイベントの名物のビッグぬいぐるみがありました。今回はマンモスや恐竜など、ベアではない珍しいものもありました。

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 ところで、ずっと東京国際フォーラムで開催されてきたこのイベントですが、来年からは高田馬場の住友不動産ガーデンタワーにあるベルサール高田馬場に会場を移すそうです。その理由と言うのが、
2020年夏の東京五輪のために、早くも来年、つまり2018年夏からは準備のために国際フォーラムが使用できなくなる、というのです。Photo_3


 五輪のためにいろいろ影響が出てくる、イベント会場では深刻な問題があり得る、という話がありましたが、現実化してきましたね。

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2017年7月14日 (金)

甲冑武具展ー戦国時代から江戸時代(靖国神社・遊就館)

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 数日前ですが、東京・九段下の靖国神社にあります「遊就館(ゆうしゅうかん)」に行きました。というのも、現在、特別展として「甲冑武具展‐戦国時代~江戸時代‐」というものをやっているからです(上から写真1)。もちろん常設展示はいつも通りで、「彗星艦爆一一型(写真2)」や「零戦五二型(写真3、4)」、「九七式中戦車(写真5)」といった目玉展示もいつもの場所にありますが、今ですと、常設展のほかにこの特別展示を見られるのです。

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  靖国神社遊就館といえば、どうしても太平洋戦争関連の展示を思い浮かべますが、実は戦前には、武家時代の甲冑や武具の展示の方が多かったそうです。そもそも明治以後、文明開化の掛け声の下に、散逸してしまいそうな日本古来の刀剣や甲冑を保存することが、同館の設立目的だったからです。その反面、日本軍の軍服や装備などは、当然のことですが、その時点においては珍しくもなんともなかったわけで、あくまでも戦没者の遺品として大事にする、という意味合いであり、コレクションとしての積極的な収集や保存の対象ではありませんでした。

しかし戦後は、明治以後の戦争を中心とした構成になり、また、日本軍が消滅したことで、その装備品も歴史的資料性が高まったこともあり、そちらが展示の中心となる中、膨大な江戸期以前の甲冑や武具のコレクション展示は大幅に縮小されました。

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  しかしここには、あの小早川秀秋の陣羽織や甲冑(写真6)、織田信長の南蛮帽形兜(写真7)、加藤嘉明の富士山形兜、豊臣秀吉が京極高次に贈った兎耳形兜(写真8)、日根野備中守の唐冠形兜、落合左平次が長篠の合戦で鳥居強右衛門の最期の姿を描いた背旗図、ナポレオン三世から徳川幕府に贈られた騎兵用胸甲、福島正則の直筆書簡、非常に珍しい安土桃山時代の馬鎧一式(写真9)…といった、歴史ファンからすれば垂涎の超弩級コレクションがあり、今回は上にあげたようなものを中心に
60点を特別展示しています。

この展覧会は、【会期】20171210日(日)まで【開館時間】午前9時~午後430分(入室は30分前まで)【拝観料】大人500円、大学・高校生300円、中学生以下無料。ただし、常設展拝観者および同神社の奉賛会員は無料、となっております。

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  歴史好き、特に戦国好きの人は必見だと思います。なお、常設展は撮影禁止ですが、今回の特別展はフラッシュをたかなければ撮影できます。また、大展示室の飛行機や戦車、野砲なども撮影できます。

そういえば、遊就館の売店では、私ども辻元よしふみ&辻元玲子の著作『図説 軍服の歴史5000年』を売っていました(写真10、11)。感激です。

 

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2017年7月13日 (木)

日刊ゲンダイ「街中の疑問」に辻元よしふみがコメントしました。

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 少し前の話で恐縮ですが、「日刊ゲンダイ」の7月
10日付け紙面、4ページの「街中の疑問」コーナーで、わたくし、辻元よしふみがコメントいたしました。

 今回のテーマは興味深いもので「なぜビールの売り子は帽子のかぶり方が変なの?」というタイトル。球場でビールを売る女性販売員の帽子の被り方についての記事でした。ここで私のコメントは、「深く被るほどサングラス効果と言って表情が読めなくなって、周りへの威圧感が増します。軍や警察の帽子がツバ深なのはそのため。逆にツバを上げるほど表情がよく見え、開放的で幼い印象になります」「メイドの髪飾りの変遷に似ています。あれはホワイトブリムといって、白い女性用の帽子が室内用に退化し、ブリム(ツバ)だけが残ったもの。メイドは仕事に従順であると同時に、女性としての愛嬌も多分に求められたため、髪を覆い尽くさない形式的な被り方が定着したと思われます」などとありました。

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2017年7月12日 (水)

【映画評 感想】ジョン・ウィック:チャプター2

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 映画「ジョン・ウィック:チャプター2」
JOHN WICK CHAPTER 2 を見ました。中年期に入って、ちょっとヒット作のなかったキアヌ・リーブスが、50代を迎えて本格的なアクション映画に挑戦し、従来にない孤独な暗殺者像を演じて大きな反響を呼んだ「ジョン・ウィック」(2014年)。好評を受けて早々に続編製作が決まり、キアヌにとっても久しぶりの当たり役となりました。

 それから3年。製作予算も倍増し、前作よりゴージャスな作品となって帰ってきたのがこの一本であります。

 前作からさらに柔術の特訓なども受けて、華麗な投げ技が増えるなど、アクションがますます激しく見応えあるものになっております。豪華なセットやロケ、夥しい数のエキストラ出演者など、明らかに規模の大きな演出の作品となりました。一方で、前作のちょっと貧乏くさい味わいが役柄に合っていたのでは、という感じもしないではありません。とにかく、このジョン・ウィックが成功し、短時間でスクリーンに帰って来てくれたのは嬉しいです。前作の出演陣も皆、作中で死亡していない人物は再登場してくれております。

 

 前作で愛妻ヘレン(ブリジット・モイナハン)との生活のために、すっぱりと引退した凄腕の殺し屋ジョナサン・ウィック(キアヌ・リーブス)。しかし、病魔のためにヘレンを失い、さらにロシア人の不良に妻が残した愛犬を殺され、妻との思い出が詰まった愛車1969年型フォード・マスタングも盗まれてしまいます。怒りにまかせて不良の父親タラソフが率いるロシア人マフィア組織をたった一人で壊滅させてしまったジョンは、さらに愛車を取り返すために、タラソフの弟アヴラム(ピーター・ストーメア)の組織に乗り込み、ここでも邪魔立てするアブラムの部下を皆殺しにしたうえで、矛を収めてアブラムと講和し、壊れかけた愛車に乗って自宅に帰り着きます。

 旧知の盗難車専門の修理屋オーレリオ(ジョン・レグイザモ)に愛車を預け、2代目の愛犬と共に、再び静かな引退生活に戻るジョン。もう二度と殺伐とした生活に戻る気はなく、ヘレンとの楽しく懐かしい日々の追憶にふけるつもりでした。

 しかしそこに現れたのは、イタリア系の世界的犯罪組織カモッラの幹部サンティーノ・ダントニオ(リッカルド・スカマルチョ)。サンティーノはジョンが闇稼業を引退する際に、手助けしてくれた恩人ですが、その折に、約束を履行する証として、裏世界の絶対的な誓約「血の誓印」を交わしていました。つまり、サンティーノは必ずジョンのために一肌脱ぐ。その代わりに、サンティーノが求める場合、ジョンは必ず何であろうとその依頼を無条件で引き受けなければならない、という相互契約を保証するものです。闇社会ではこの「誓印」は絶対的なもので、命に代えても守らなければならないとされています。サンティーノは誓印を盾に、ジョンに殺人稼業への復帰を求めますが、ジョンはろくに依頼の内容も聞かず、言下に断ります。

 当然ながらサンティーノは報復に出て、ジョンの家を焼き払ってしまいます。ジョンは闇稼業の連中が集まる「コンチネンタル・ホテル」に身を移し、愛犬をホテルのコンシェルジュ・シャロン(ランス・レディック)に預けると、ホテルの支配人であり、闇の世界で隠然たる力を持つウィンストン(イアン・マクシェーン)と面会します。ウィンストンはジョンに、闇世界での鉄則2か条を改めて再確認します。つまり「①休戦地帯であるコンチネンタル・ホテル内では人を殺すな②誓印は必ず守れ」です。これを破ると厳しい死の制裁を受けることになります。ウィンストンの忠告を受け、やむを得ずジョンは改めてサンティーノの依頼を受けることにします。しかしその依頼と言うのは驚くべきもので、カモッラの北米首席の座に就いたサンティーノの姉、ジアナ・ダントニオ(クラウディア・ジェリーニ)を暗殺してほしい、というものでした。

 イタリアに飛んだジョンは、コンチネンタル・ホテルのローマ支店に投宿し、支配人ジュリアス(フランコ・ネロ)の面接を受けた後、武器のソムリエ(ピーター・セラフィノウィッチ)、防弾生地を仕込んだ戦闘スーツの仕立屋(ルカ・モスカ)らに次々に会って準備を整え、カモッラの会合の場に潜入します。ジョンとは旧知の友人であるジアナは、ジョンが誓印を持って姿を現したと知ると、覚悟を決めて自決の道を選びます。ジョンが相手では絶対に助かる道はないと悟ったからであり、不本意な仕事を履行しているジョンに同情したからでもあります。

 しかしその直後、サンティーノの部下アレス(ルビー・ローズ)率いる一団がジョンを襲います。ジョンを殺して口封じをし、円滑に姉が亡き後の後釜の首席に座る、という算段です。怒りに燃えたジョンは敵を一掃しますが、今度はジアナの護衛でやはり凄腕の殺し屋カシアン(コモン)に付け狙われることになります。

 そればかりではありません。ジョンがアメリカに戻ると、サンティーノは闇世界のネットワークを通じて、ジョンの首に懸賞金700万ドルをかけてきました。ニューヨーク中の同業者たちが、次々に容赦なくジョンに襲いかかってきます。さすがに傷つき絶体絶命に陥ったジョンは、カモッラやコンチネンタル・グループとは関係がない独立闇組織のリーダー、キング(ローレンス・フィッシュバーン)に助力を求めます。キングはジョンに、一丁の拳銃と、わずか7発の銃弾を与え、サンティーノが潜む建物にジョンを送り届けます。こうしてジョンの壮絶なたった一人の戦争が始まるのでしたが…。

 

 とにかく前作では、理不尽な目に遭って怒りに燃えるジョンが、犬と愛車の恨みのために、84人(パンフレットによれば)の敵を皆殺しにしてしまったわけですが、今作ではさらにそれがエスカレートし、家を焼かれた腹いせに、国際的な犯罪組織を相手に、もうどんどん死体の山を積み重ねていく(同じくパンフレットによれば141人)、という展開になります。ジョン・ウィックと言う男は、右の頬を殴られたら殺せ、売られた喧嘩は殺せ、やられたら倍返しではなく、とにかく無言で殺せ、という信条の人です。絶対に手を出してはいけない相手なのに、なぜかバカな人たちが次々に彼を挑発してしまう(笑)。お前ら、そんなに死にたいのか? そんなセリフがつい、口をついてしまいます。

 そして、ジョンのすべての行動の根底にあるのが、たった一人の最愛の女性を失った悲しみと絶望、それだけなのです。その悲しみと怒りが、彼を挑発した馬鹿どもに次々に死の銃弾を叩き込ませるのです。闇の世界は理不尽ですが、ジョンと言う人物はそれを上回る理不尽さの塊のような人で、純真な悪人、善良無垢な犯罪者で人殺し。そこがとにかく新感覚です。

 前作ではホテルのサービスとして「ディナーを予約したい」と注文すると、死体と殺人現場を片付けてくれる、というのがありました。今回はさらに、お客さんのためにワインではなくお薦めの武器を見立ててくれるソムリエとか、戦闘スーツを誂えてくれる高級テーラーとか、殺しの仕事専門の秘密地図屋とか、さらに興味深い設定の裏稼業の住人が登場します。特に、女性オペレーターに電話すると即座にすべての殺し屋の携帯電話に、暗殺の依頼が届く「アカウント部」という組織の存在が非常に面白い。映画ならではの、実際にあるわけはないけれど、実在したら面白いような設定が目白押しです。

 追記しておきますと、仕立屋役のルカ・モスカは、実はこの作品の衣装担当者でもあります。つまりホンモノなのです。登場シーンの撮影場所も実在の老舗テーラーの店内だそうです。

配役面では、まず往年のマカロニ・ウェスタンのスターで「続・荒野の用心棒」Djangoのジャンゴ役で有名なフランコ・ネロの出演が目を引きます。数年前に「ジャンゴ 繋がれざる者」にも出ていましたね。ローレンス・フィッシュバーンは「マトリックス」三部作のモーフィアス役、ピーター・ストーメアは「コンスタンチン」のサタン役でキアヌと共演しています。

ニューヨークでジョンに襲いかかるスモウ力士の殺し屋を演じた日本人俳優YAMAとは、数年前に角界の不祥事疑惑で引退を余儀なくされた本物の元力士、元前頭・山本山関のことだそうです。なんと第二のキャリアとしてハリウッド・デビューしていたわけですね。これはすごい転身です。

 ただそれにしても、ニューヨークでは一ブロック歩くごとに、あんなにスマホを片手に暇を持て余している殺し屋がうろついているのでしょうか。不景気で、あまりおいしい仕事はないのでしょうかね。

 それに、これはちょっと結末部に触れることを申しますが、今回のエンディングは明らかに「続く」という感じなのです。「え、ここで終わりなの?」という感想は否めません。

 この点で肩すかしの感じはぬぐえないのですが、次作は楽しみでもあります。今後も続編や前日譚、ゲーム化の話などもすでに出ているとかで、ジョン・ウィック・シリーズはキアヌ・リーブスの50歳代のキャリアの代表作となりそうですが、既に年初の全米公開以来、大好評につき3作目の製作が確定し、脚本執筆も始まっているそうで、ここは今後の展開に期待するしかないですね。

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2017年7月11日 (火)

【映画評 感想】パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊

 パイレーツ・オブ・カリビアン・シリーズの新作「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」PIRATES OF THE CARIBBEAN DEAD MEN TELL NO TALESを見ました。原題は死んだ者は何も語らない、つまり「死人に口なし」の意味です。20170710231446


2003年にシリーズが開始して以来、すでに14年。撮影開始時にまだ30代だったジャック・スパロウ役ジョニー・デップも50代半ばになっています。ディズニーランドの「カリブの海賊」を基に製作された軽い娯楽作品だったものが、こんなに長く続く大河シリーズに成長するとは、当初は誰も思わなかったと感じますが、今作は特に、大ヒットした第一作のテイストを取り戻しつつ、壮大なスケール感も加えた快作ではないかと個人的に思いました。

一作目の「呪われた海賊たち」にあった軽妙なコミカルな味わいとドタバタ感。あれがよかったという人は多いと思います。その後、二作目「デッドマンズ・チェスト」、三作目「ワールド・エンド」と予算が増えるほどに話が壮大になったのはいいのですが、ちょっと重々しくなり過ぎ、悲愴な感じになりすぎ、という声もありました。そこで、四作目の「生命の泉」では、出演陣も一新してリブートを図ったもののようですが、率直に言って番外編的な展開で、今度は地味になってしまった印象が否めませんでした。

 三作目は、それまでのシリーズを支えてきたウィル・ターナーとエリザベス・スワンの恋が成就はしたものの、ウィルが深海の悪霊デヴィ・ジョーンズの呪いを受け、幽霊船フライング・ダッチマン号に乗って永遠に海をさまよう身になることで、引き裂かれてしまう、という悲劇的な幕切れで終わりました。

 本作は、そのウィルとエリザベスの間に生まれた息子ヘンリー・ターナーが活躍します。そして嬉しいことに、ウィル役にオーランド・ブルーム、エリザベス役にキーラ・ナイトレイが復帰しています。このシリーズで名を上げて、今では押しも押されもしない大スターとなった2人がこの世界に帰って来てくれたことは、初期からシリーズを見ている人には感動的ですらありますね。

 

 幽霊船に捕らわれの身となってしまった父ウィル・ターナー(ブルーム)の呪いを解こうと誓った息子、ヘンリー・ターナー(ブレントン・スウェイツ)は、英国海軍に志願して水兵見習いに。彼は伝説の海賊ジャック・スパロウ(デップ)を探し出し、すべての海の呪いを解除するという幻の秘宝「ポセイドンの槍」を探し出すことを心に決めています。

ヘンリーの乗る軍艦は「魔の三角海域」に差し掛かり、恐怖の悪霊サラザール艦長(ハビエル・バルデム)の幽霊船に襲われ沈没します。サラザールは他の乗組員を皆殺しにした後、恨みのあるジャック・スパロウに、いつか仕返ししてやると伝えるように告げ、ヘンリーだけを解放します。

 生き残ったヘンリーは英植民地セント・マーティンの海軍施設に収容されますが、逃亡兵として処刑されることになります。そんなヘンリーを助け出したのは、18世紀にはまだ異端とみなされた女性天文学者カリーナ(カヤ・スコデラリオ)でした。彼女もまた、父が残したガリレオ・ガリレイの日記を手掛かりに、伝説のポセイドンの槍を見つけようとしており、ヘンリーに興味を持ったのでした。しかし、科学的な知識を持つカリーナは街の人々から誤解され、結局、魔女として告発されてしまいます。

 そのころ、セント・マーティンでは銀行の開業式典が挙行されていました。華々しく最新式の金庫が紹介されると、あにはからんや、金庫の中に忍び込んでいたのはジャック・スパロウその人でした。ジャックの金庫強奪の計画は失敗し、そのドタバタに巻き込まれたカリーナも捕まります。

 逃げ延びたジャックは、酒場でラム酒欲しさに、肌身離さず持ってきた秘宝「北を指さないコンパス」を手放してしまいます。しかしそれは大きな過ちで、コンパスは手放されると、持ち主が最も恐れる敵を解放する、という特性を持っていました。そして、魔の三角海域に長年、閉じ込められていたサラザールは行動の自由を得てしまいます。

 やがて、当局に捕えられたジャックは、見せしめとして、カリーナと共に公開処刑されることとなります。監獄でジャックは、伯父のジャック(ポール・マッカートニー)と再会します。

 処刑場に現れて、ジャックとカリーナを救い出したのは、ヘンリーと、ジャックの片腕ギブス(ケヴィン・R・マクナリー)たちでした。父の呪いを解きたいヘンリー、やはりまだ見ぬ父の残した日記の謎を解きたいカリーナ、そしてサラザールの呪いを封じなければならなくなったジャック。三者ともポセイドンの槍が必要であることで思惑が一致し、こうして一行は海に乗り出します。

 同じころ、サラザールの幽霊船に襲われた海賊バルボッサ(ジェフリー・ラッシュ)も、サラザールに協力して、やはり因縁のライバル、ジャックを追い求めることになります。こうして役者はそろい、伝説の秘宝が眠る未知の島を目指して、話は急展開していきます…。

 

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 ということで、軍装史や服飾史の研究家として一言申せば、シリーズの初期からおそらく
20年以上が経過していることを、登場人物の服装がしっかりと表現していると感じました。物語の途中、ジャック・スパロウが処刑されかけるシーンでは「最近、フランスで開発されたギロチン」が使われるのですが、ギロチン(断頭台)が登場するのは史実ではフランス革命後の1792年。すなわち、今回の映画の時代設定はほぼ、この前後で間違いありません。そして、本作で登場する英国海軍の軍人たちが身にまとっているのは、1774年~1795年の間に使用された軍服に見えました。上の写真のような、紺色の生地に白い襟やベスト、白い半ズボン。金ボタンで金糸の刺繍に、金色のエポレット(正肩章)。そして、髪型は白い巻き髪のウィッグ、三角帽、という具合です。前作でバルボッサ船長が着ていたのは、明らかにこれより古いタイプ、1774年よりも前に使用されていたタイプに見え、さらにシリーズの初期でノリントン代将などが着ていたのも、やはりその頃の軍装に見えました。つまり、服装が新しい時代のものに変化しているようなのです。この後、1795年になると、あのネルソン提督がトラファルガー海戦で着ていたタイプの物に更新され、帽子の形も二角帽となってきます。

 今回の作品でも、ジャックや他の登場人物はほぼ、三角帽を被っています。しかしバルボッサだけは、当時、流行の最先端である二角帽(あのナポレオンが被っていたタイプ)を用いていて、彼が裕福で新しい物好きだったことを示しているようです。二角帽は、フランス革命を契機に「新時代の帽子」として世界的に急速に普及した形式です。

 こうして、徐々に服装が変化して行く様で、カリブの海賊が気ままに活躍する時代が終わりを告げ、近代的な国民国家と近代的海軍、特に大英帝国の海軍が世界の海洋を支配する19世紀が迫りつつあることを予感させているように思います。衣装を担当したペニー・ローズは、荒唐無稽な娯楽作品といいつつも、そのへんをしっかりと時代考証で裏付けし、見る人に感じ取らせようとしているのだと感じました。

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 一方で、海賊退治を専門とするスペインの軍人だったサラザールたちの着ているのは、銀色を基調としたかなり珍しい服装です。
18世紀末から19世紀初めのスペイン海軍の軍装は、上の写真に掲げたような、赤い襟が付いた紺色の軍服だったと思われるのですが、サラザールたちは恐らく、正規のスペイン海軍の軍人と言うより、海賊退治を専門とする私設海軍であり、国家の私掠船免許を持って正規海軍に準じた待遇を受けている民間船、という設定なのではないでしょうか。

 とにかく2人のオスカー俳優、ハビエル・バルデムとジェフリー・ラッシュの演技と存在感が圧倒的です。正直のところ、ジョニー・デップが食われてしまっています。ジャック・スパロウは徐々に本シリーズのアイコンとして、狂言回し的な立場になりつつある気もします。若い2人、「マレフィセント」の王子役で一躍、注目されたスウェイツと、「メイズ・ランナー」シリーズで有名になったスコデラリオの生き生きとした演技もいいですね。特にスコデラリオはハリウッドでも図抜けて目立つほどの美貌の持ち主。今後の活躍が期待されます。

 ポール・マッカートニーの出演シーンも見逃せません。実はあまりに演技がうまいので、かえって彼だと分からない感じです。才能のある人は何をやってもうまいのですね。

 そして、出番は少ないながら、オーランド・ブルームとキーラ・ナイトレイの登場するシーンはとにかく感動的です。ここを見なければ、このシリーズを見てきた意味がありません。

 本作が、初期シリーズの味わいに対するリスペクトを持ちつつ、微妙な相違点も感じさせるのは、どこかこれまでと違う明快さ、脚本の分かりやすさがあると思います。監督はノルウェーから大抜擢されたヨアヒム・ローニングとエスペン・サンドベリの2人監督。脚本は「インディ・ジョーンズ」シリーズや「スピード2」のジェフ・ナサンソンが担当し、シリーズの中でも映画としての流れの良さ、ストーリーの無理のなさが本作の長所であると感じました。要するに、これまではどこか雑然としたストーリーが持ち味だったのですが、今回はスマートな作風に感じます。ここは北欧的な洗練が加わったのかもしれません。

 このシリーズが今後どうなるのか、継続するのか否かは分かりませんが、この時点でひとつの集大成的な作品として結実したように思います。若い2人の成長を今後も見てみたい、という気は大いにしますね。

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2017年7月 9日 (日)

GINZA 6(ギンザ・シックス)にて。

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 暑いですね。いよいよ本格的に暑くなってきました。しかし、九州ではあれだけの被害をもたらす大洪水ということなのに、首都圏では水不足が懸念されています。本当に自然相手はうまくいかないものです。
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 さてそれで、先日、GINZA 6(ギンザシックス)に行きました。開業後の喧騒も一段落して落ち着いていました。レストラン街の蕎麦屋さん「真田」でそばを食べましたが、これが非常によかったです。しかし撮影前にそばを食べてしまいましたので、写真にはビールしか映っておりません、あしからず(笑)。
 

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2017年6月24日 (土)

【映画評 感想】キング・アーサー

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 ガイ・リッチー監督の「キング・アーサー」
King Arthur: Legend of the Swordという映画を見ました。これまでロバート・ダウニーJr.を主演に据えた異色の「シャーロック・ホームズ」シリーズを成功させた同監督のこと、英国をはじめ欧米文化圏の人にとってはあまりにも有名な「アーサー王伝説」を、かなり自由に解釈した作品となっております。

これまでに何度も映像化されてきた題材で、近年で言っても、2004年の同名作品はクライブ・オーウェンと、当時まだ10代だったキーラ・ナイトレイの共演で話題を呼びました。それだけに、思い入れが強い海外のお客さんの間では、このガイ・リッチー版の個性の強い作風について賛否両論あったようです。

我々、日本人からしてみると、そもそもアーサー王は(モデルになった話はあるにしても)史実と言うよりファンタジーの題材であって、指輪物語やホビットと大差ないように思われるので、特に違和感なく見られるのではないかと思いました。ただ、それにしても、通常、流布している伝説では5~6世紀ぐらいが舞台の話であるのに、北欧のバイキングが現在の英国やフランスに攻め込んできた8~9世紀になっているとか、あの時代にはちょっと考えがたい東洋人の武術の名人がいるとか、というあたりはご愛嬌ですが、さらに設定面で、本来はアーサー王の父違いの義姉の息子、つまり甥(であると共に、実はアーサーと姉との不義の子)として登場し、最後に激しく対立する騎士モルドレッドが、敵の魔法使いとしていきなり出てくるとか、普通はアーサー本人以上に活躍する大魔術師マーリンがほとんど登場せず、その代わりに弟子を名乗る女魔術師が一人登場するだけとか、アーサーの祖父の逆臣として語られてきた王位簒奪(さんだつ)者ヴォーティガンが、今回は父の弟、つまり叔父さんであるがゆえに、話としてはむしろハムレットになってしまったとか・・・おそらくこのへんが、欧米の熱心なアーサー王ファンからは、あまりよく思われなかった点の一端かとも思います。

とはいうものの、先ほども申しましたが、そもそもアーサー王伝説自体が荒唐無稽といっていい話なので、ファンタジー好きの日本人の一人として、私などが虚心に見る限りに於いて、なかなか面白い作品になっていると思いました。上に挙げた変更点も、それで盛り上がっているとも見えますので、映画表現として否定するようなことでもないと感じます。ただ、聞いた話では、本当はマーリン役にイドリス・エルバを迎えたかったのだが、断られたために、マーリンの出番がほとんどなくなった、などと聞きますが、それが本当なら、ちょっとショボイ感じは否めませんね・・・。

 

ブリタニアの王であり、聖なる剣エクスカリバーの使い手ユーサー・ペンドラゴン(エリック・バナ)は、弟ヴォーティガン(ジュード・ロウ)や騎士ベティヴィア(ジャイモン・フンスー)らと力を合わせ、キャメロン城に攻め寄せた悪の魔術師モルドレッドを倒します。しかしその後、兄の存在を疎ましく思い始めたヴォーティガンは、邪悪な魔道の力を用いて兄夫妻を殺し、王冠を手に入れます。幼い王子アーサーは逃げ延び、ロンディウム(現在のロンドン)のスラムにある売春宿で孤児として育てられます。

それから年月が流れ、ヴォーティガン王は自らの野心のまま、国民を虐げ、巨大な魔術の塔を建造しています。しかし、その工事中に城の近くの湖が干上がり、湖底から、岩に刺さったまま抜けなくなっている聖剣エクスカリバーが発見されます。ヴォーティガンの悪政にうんざりしていた国民の間で、聖剣を岩から引き抜ける者こそ、真の国王であり、行方不明になっているアーサー王子だ、という噂が瞬く間に広がっていきます。

ヴォーティガンと手を組んで軍事力を提供する密約を結んだバイキングの指揮官グレービアード(ミカエル・パーシュブラント)と町でトラブルを起こしたアーサー(チャーリー・ハナム)は、捕らえられて聖剣のあるところへ連行されます。国中の若者がこの剣を岩から抜けるかどうか試すように、国王の命令が布告されていたのです。軍人トリガー(デヴィッド・ベッカム)が見守る中、アーサーは剣を握ります。周囲の人々が驚いたことにそれは岩から引き抜かれ、強烈なエネルギーを感じたアーサーは気絶してしまいます。

アーサーは、叔父であるヴォーティガンと対面します。当然ながら、その結論はアーサーを「偽物」として公開処刑する、というものでした。そのころ、反ヴォーティガン闘争を続けているベティヴィアの下を、一人の謎めいた女性(アストリッド・ベルジュ=フリスベ)が訪れます。彼女はただ、大魔術師マーリンの弟子メイジ(魔術師)と名乗り、ベティヴィアにアーサーを救い出し、協力するよう告げます。

ヴォーティガンの面前で、アーサーはメイジやベティヴィアの手により脱走に成功しますが、スラムで育ったアーサーには全く自覚がなく、暴君を倒すことにも、王位を継ぐことにも興味がない様子。そこでメイジはアーサーをダークランドに導きます。そこに行けば、アーサーは両親が命を落としたあの日、何が起こったかを思い出すはず。しかしその真実は、アーサーにとっては思い出したくない辛く悲しい記憶なのでした・・・。

 

というような展開ですが、ガイ・リッチー監督らしく、映像のフラッシュバックで前後の話を強引に進める手法があちこちに使われており、はっきり申して、おそらく予備知識がないとストーリーがよく分かりません。登場人物も多く、そのへんの取っつきにくさもやや敬遠された理由かな、という感じも抱きました。ただ、そういう実験的な手法はファンタジーと相性は悪くなく、むしろ世界観をよく表現しているという評価も出来そうです。このへんは好き嫌いが分かれるかもしれません。

「パシフィック・リム」や「クリムゾン・ピーク」で名を上げてきたチャーリー・ハナムとしては、170億円を超える予算の超大作に満を持しての登場、というところなのでしょうが、何かアーサー王としてのカリスマ性は弱い印象も受けました。アーサー王の話は、水戸黄門的なカタルシス、つまり、スラムで育ったけれど本当は王子、という貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)の要素がほしいところで、「実はすごい人だった」というのが前半の苦労と落差があるほど効果的なのですが、この作品のアーサーはずっと現代的な不良の兄チャン、という感じがして、そういう演出が新しいアーサー像ともいえるのでしょうが、ちょっと重みに欠ける感じはあります。

一方、ガイ・リッチー監督とは「ホームズ」のワトスン役で縁のあるジュード・ロウ。今回は悪役に徹して見事な存在感です。それから父ユーサーを演じたエリック・バナも久しぶりに「ブーリン家の姉妹」以来の王様役ですが、はまっています。この2人は、確かに王様に見えるのですけど、チャーリーのアーサーには最後まで、何かが「ない」んです。王者としてのオーラとか風格というものでしょうかね。

それからメイジという謎の役柄のベルジュ=フリスベは非常に味がある女優さんで、「パイレーツ・オブ・カリビアン」の前作では人魚を演じて評判になりました。本作では、いかにも謎めいた背景がある魔術師という感じです。結局、この作品では何者か分からないままで終わってしまうのですが、後のアーサー王妃グイネビアにあたる人物のようでもあり、あるいはアーサーを悩ませる義姉であり魔女のモルガン・ルフェイのようでもあり、なんだかはっきりしませんね。またマギーという国王の侍女が出てきます。劇中ではかなり重要な役柄ですが、これを演じたアナベル・ウォーリスは、奇麗な女優さんです。この人、まもなく公開のトム・クルーズ主演映画「マミー」でも活躍しているそうです。

そして、今作で話題になったのが、あのサッカー選手デヴィッド・ベッカムの映画デビュー作だったということ。まあ、ちょい役なわけですが、けっこうセリフもあり、なかなか演技も悪くないようで、興味深いところです。

総括すれば、いろいろ分かりにくい面もあるのですが、ファンタジー作品としては秀逸な一作だと思います。元ネタに思い入れが薄い日本人が、先入観を持たず見れば、大いに楽しめる一級の娯楽作品だと思います。

 

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2017年6月22日 (木)

瀬尾秀彰先生の思い出を語る会(飯田橋・ホテルエドモンド)

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 今年2月に亡くなられた、学校法人駿台学園の前理事長・瀬尾秀彰先生を偲ぶ「瀬尾秀彰の思い出を語る会」が、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで開催されまして、生前、仕事の関連でかかわりのあった私どもも、末席に連なってまいりました。

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 かなり強い風を伴う雨の中でしたが、数百人の方が参加されて、故先生の御人徳がしのばれました。素晴らしい会だと思いました。

 皇居の歌会始や、総理主催の観桜会などにもたびたび列席されたそうで、ほかにも広範な人脈を持って、たくさんの人と人の縁を仲介した方だった、と登壇された方々が異口同音に仰ったのが印象的でした。

 

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2017年6月18日 (日)

浜くんと仲間たちオーケストラ公演

 しばらくブログやSNSの更新をしていませんが、特に本人や周囲に大問題等があったわけではありません。なんとなくサボっていただけでございます(!)。

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 ところで、先日は東京・赤坂の紀尾井ホールで素晴らしいコンサートを聴きました。「浜くんと仲間たちオーケストラ」の第8回公演というものですが、著名なホルン奏者であり、長野県諏訪市の日本精機工業の経営者でもある濱一氏が、幅広い交友関係を生かして日本を代表する演奏者を集め、オーケストラを編成し、開いているという豪華なもの。その顔ぶれがすごくて、N響や日フィルなどの首席奏者が続々と集まり、普通ならソロを取る人が当たり前のように楽団の一員として演奏する、という・・・まあ、エース・パイロットだけで編成した夢の航空隊、というのがドイツ空軍でありましたが、ああいう感じ。いわゆるドリームチームです。

 とりわけ、日本を代表する技巧派ピアニスト横山幸雄氏と、サイトウ・キネン・オーケストラに属するヴァイオリニスト会田莉凡(りぼん)さんの競演などは鬼気迫るものでした。ラフマニノフのピアノ協奏曲も凄まじかったです。

 客席にはコシノジュンコ先生ご夫妻もいらっしゃいました。といいますか、私どもが今回、行ったのは、たまたまコシノ先生のブティックに私どもが行った際に、濱一さんがおいでになっていた、というご縁なんですが、いや、これは本当にすごかったです。

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2017年6月 2日 (金)

【映画評 感想】 ローガン

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 ヒュー・ジャックマンが最後のウルヴァリン=ローガンを演じる「ローガン」
LOGANを見ました。2000年にスタートした「X-メン」シリーズの9作目(番外編的な「デッドプール」を入れると10作目)、そしてヒューのローガン役も17年にして集大成を迎えたわけです。

 それだけでなく、やはりシリーズを最初から支えたプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビア役のパトリック・スチュワートも、本作でシリーズから降板することになりました。2人の出るX-メンはこれでおしまい、ということです。シリーズそのものは今後、どうなるのか分かりませんが、やはりシリーズの顔だった2人が去ってしまうのは残念ですね。

 それにしても、ローガンというのは不老不死で不死身のミュータント、という設定なので、17年の間、ずっと鍛え抜かれた肉体を維持し続けなければならなかったヒューの苦労は如何ばかりだったでしょうか? 実際のところ、限界を迎えつつあったわけです。

そこで今回はなんと変化球を投げてきました。つまり、不死身のはずのローガンがついに、衰えてきたらどうなるか。能力が低下して普通の人となってしまったら? 原作のコミックシリーズでも、そういうローガンの姿を描いた「オールドマン・ローガン」という番外編的な作品があり、今回の映画の参考にしたそうです。といっても、内容的にはほとんど関係なく、能力を失い老人となったローガン、という設定面で影響を与えたようです。また、別のコミック作品では、ローガンが絶命してしまい、その能力を受け継いだ少女ローラが、ウルヴァリンの名を踏襲してX-メンに参加する、というストーリーもあるそうで、今回の映画はそのへんも参考にしたようです。とはいえ、基本的には、日本を舞台にしたローガン・シリーズとしての前作「ウルヴァリン:SAMURAI」(2013年)でメガホンを執ったジェームズ・マンゴールド監督が、自由に脚本を練ったオリジナル作品です。

 これまでのX-メン・シリーズは、2014年の「フューチャー&パスト」で歴史が大きく変わることになり、それ以前にずっと描かれたマグニートー(イアン・マッケラン。若年期はマイケル・ファスベンダー)と、チャールズ率いるX-メンの抗争という歴史も、一応、なかったことになってしまいました。この作品で1970年代から2023年に帰還したローガンは、何事もなく平和に暮らす懐かしいミュータントの仲間たちと再会し、胸をなでおろしてエンディングを迎えました。

 しかし、今作は2029年が舞台。その平和な2023年からわずか6年後、にしてはかなり世界観が異なっているようです。ずっと荒廃して西部劇のような無法な光景が続く「別の時間軸」の未来が映し出されます。かといって、それ以前の設定であった、2023年でミュータントが壊滅した世界とも異なるようです。従って、本作はあくまでもヒューのローガンのためにわざわざ設定された「別の世界の未来」と考えて差し支えないと思われます。

 実のところ、今作のテイストは非常に西部劇に近く、製作の際に最も参考にされたのはクリント・イーストウッド監督の西部劇「許されざる者」(1992年)だったそうです。髭を伸ばしたヒューも、若いころに西部劇に出ていたイーストウッドに驚くほど風貌が似ています。さらに劇中では往年の名作西部劇「シェーン」(1953年)のシーンが引用され、これが最後まで重要な話の核となりますが、そういう意味でも本作は近未来西部劇、といえるような一作です。

さらにまた、今作のもう一つの味付けとして異色と言えるのが、ロードムービー的な描き方です。そういう感じを強めるために、劇中でチャールズとローガンは逃避行のさなか、ある農家の夕食の食卓に招かれるのですが、そこでの会話は途中から脚本を作らず、即興で演技をしたとか。確かにそのシーンは非常に生々しいというか、作ったセリフではない臨場感にあふれており、2人が本当に父と息子のような絆で結ばれていたことが溢れ出るようにフィルムに記録されています。あれは素晴らしいシーンです。

 さてでは、本作の概要を簡単にまとめますと…。

 

 時は2029年。ミュータントがほぼ絶滅してしまった未来のお話です。なぜか2004年以来、新たなミュータントが一人も生まれず、X-メンの仲間たちもさまざまな原因で世を去りました。残されたローガン(ジャックマン)は、アルツハイマー病が発症して強大なテレパシー能力を制御できなくなった90歳のチャールズ(スチュワート)を匿いながら、富裕客向けの個人リムジン・タクシー運転手として細々と生計を立てています。ローガン自身も長年の無理がたたり、身体に埋め込んだアダマンタイト合金に蝕まれて、不死身の治癒能力が劣化し、急速に老け込んで、「死」を覚悟するようになっています。かつてはミュータント狩りをする人間の側についたこともあるキャリバン(スティーヴン・マーチャント)も、ローガンと共にチャールズの面倒を見ています。

 チャールズは最近になって、「新しいミュータントとテレパシー交信した。もうすぐ自由の女神に、救いを求めてやって来る」と言うようになりましたが、ローガンもキャリバンも、それを痴呆老人の戯言と受け取り、相手にしませんでした。この世界のこの時代には、既にアメリカの自由の女神は破壊されていたのです。

 そんなローガンの元を、ガブリエラ(エリザベス・ロドリゲス)という一人の看護師が訪ねてきます。彼女はローガンに救いを求めますが、ローガンはすげなく拒絶します。続いて、トランジェン研究所から来たピアース(ボイド・ホルブルック)と名乗る男が、ローガンに接触してきます。彼は、ガブリエラという女が間もなくローガンに会いにくるので、彼女が連れている少女を引き渡してほしい、とローガンに依頼します。

 ある日、一軒のモーテル「自由の女神」に呼び出されたローガンは、ガブリエラと再会します。ガブリエラはメキシコ系の少女ローラ(ダフネ・キーン)を連れており、カナダ国境のノースダコタまで連れて行ってくれるようローガンに懇願します。

 その直後、ガブリエラは何者かに殺され、ピアースが率いる戦闘部隊が襲撃してきます。キャリバンは捕えられ、やむを得ずローガンは、チャールズとローラを連れて逃げることになりますが、戦闘に巻き込まれた際のローラを見て、ローガンは驚愕します。彼女は拳からアダマンタイトの爪を出して敵に斬り付けるミュータントであり、その戦闘スタイルはあまりにもローガンにそっくりでした。

 ガブリエラが残した画像により、ローラはトランジェン研究所で行われた人体実験によって生み出された「兵器」であることが分かります。その研究は突然、打ち切られ、ローラのような子供たちは全員、殺されることとなりました。ガブリエラはローラを連れて研究所を逃げ出し、ローガンを頼ってきた、というのです。それというのも、ローラの遺伝子上の父親はローガンであり、つまりローラはローガンの娘である、というわけです。

 その後、一行は親切にしてくれた農家、マンソン一家の厚意を受け、温かい家庭的な雰囲気に包まれて久しぶりの安穏を得ます。チャールズとローガンとローラは、一家の前で祖父、父と娘としてふるまいますが、実際になんとなく、本当に一家のような絆を感じ始めます。しかし、その場にもピアースたちの魔の手が迫っており、さらに、もっと驚くべきミュータント兵器がローガンを待ち構えていました…。

 

 というようなわけで、悲しい物語が終盤に向けてひた走っていくわけですが、とにかくコミック映画とかX-メンという枠組みで見るよりも、先に申しましたように、近未来の西部劇ドラマとして鑑賞した方がいい作品だと思います。もちろんこれまでのX-メンの世界を踏襲しているのですが、前に書いた通り、従来の大河シリーズの歴史の流れを必ずしも汲んでいないので、全く独立した「親子三代」の物語として見ても違和感がない作風となっています。

 今作はシリーズで初めて子供が鑑賞できない残酷シーンがある映画、というR指定になっています。このへんも、監督やジャックマンが熱心に上層部を説いて実現したそうです。つまり、完全に大人向けの映画、ということです。

 シリーズ最後となるヒューとパトリックの鬼気迫る名演技は、もうこれを見逃してはもったいない、と思います。自分の持ち役の老いた姿を演じるのは難しかったと思います。ローガンはまさに老眼になって、眼鏡なしでは文字が読めないほどになっています。17年間の思いが詰まった美しい幕切れとなりました。まことに感動的です。

 それから、本作で抜擢された子役、ローラ役のダフネ・キーンの戦闘シーンがすごいです。「キック・アス」のクロエ・グレース・モレッツを思い出させます。この子はすごい存在感ですし、このまま大きくなればラテン系美女に育ちそう。何年かしたら有名になっているかもしれませんよ。楽しみな新人さんです。

 これでX-メン卒業の2人も、もちろん、他の作品でさらなる活躍を見せてくれると思いますが、それにしても寂しいことです。彼らのシリーズ最後の雄姿を、しっかり目に焼き付けておきたいと思いました。

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2017年5月27日 (土)

【映画評 感想】メッセージ

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 今年のアカデミー賞は、大本命の「ラ・ラ・ランド」に対して、社会派ドラマの「ムーンライト」(ノミネート8、受賞3)と「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(ノミネート6、受賞2)が対抗という決選になりました。特に対抗の2作品は、米大統領選挙のトランプ旋風という背景があって、黒人の同性愛者を描くムーンライト、いわゆる非エリートの白人を取り上げたマンチェスター・・・が注目されたのは間違いありません。ラ・ラ・ランド自体も、そうした中で
14ノミネート中、6部門受賞にとどまった感じはあります。もちろん、社会派の2作品の素晴らしさに異論はないのですが、あくまで賞レースとしてはそういう展開になった、ということです。

 それで、そういう非常に現実政治的な環境で、最も割を食ったと思われるのが、有力候補の中で唯一のSF作品だったこの「メッセージ」Arrivalであります。8部門ノミネートされて、結果的には音響編集賞ひとつだけ、ということになりました。しかし、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の才能が隠れもなく発揮されている傑作でして、本当に、もう少し平穏な年の賞レースだったなら、と思わせる一作です。

 とにかく静謐な迫力に満ちています。これ見よがしな派手な演出は一切なく、非常に淡々と、しかし実況のように真に迫って描く本作は、久々に見た硬派なSFで、2時間あまりが一瞬も緊張の途切れることなく過ぎ去ります。「2001年宇宙の旅」や「インターステラ-」「惑星ソラリス」に似ているという声がありましたが、その通りでしょう。またSFではなく、心霊的な世界を取り上げた「シックス・センス」に似ている、という評もありますが、これも結末まで見ると、なるほど、的を射ています。

 原題は「到着」の意味です。突然、地球に異星人の宇宙船が到着する、というのが話の発端ですが、それだけを聞くと、さんざん今までにあったSF作品のありがちなテーマか、と思うところです。しかしとんでもない。突如、巨大な宇宙船がやって来る、ということなら「インデペンデンス・デイ」や「宇宙戦争」と同工なわけですが、今回はああいう分かりやすい侵略もの映画とは異質です。本作の異星人は、そもそも敵なのか友人なのか、何をしに来たのか意図が分かりません。そして、SFものによくある、異星人がたちまちテレパシーで交信して来るとか、自動翻訳機で流暢な地球の言葉(大抵は英語)を操る、などということもありません。地球人は彼らと何とかして、相互理解を図らなければならない。万一失敗したらどうしようか。誤解を与えたり、相手を怒らせてしまったりしたら。そういう緊張のあまり、主人公たちは心身の不調を訴え、極限状態を味わうことになります。異世界の住人との意思疎通がどれほど困難なものであるかを、あくまでもリアルに描き出していく本作は、ひょっとすると国内のコミュニケーションすらうまくいかないドナルド・トランプ大統領に、今いちばん見てもらうべき作品なのでは、とすら思われるのです。

 

 著名な言語学者のルイーズ・バンクス博士(エイミー・アダムズ)は、一人娘のハンナを難病で失い、心の傷が癒えないまま空虚な日々を送っています。

ある日、大学でいつものように言語学の講義を始めようとすると、学生たちの数が妙に少なく、教室内にいる生徒の様子もおかしいことに気づきます。テレビを付けてみると、信じられない光景が映っていました。世界の12か国(その中には日本の北海道も含まれます)に1隻ずつ、異星人の巨大な宇宙船が到着し、大騒ぎとなっていたのです。

 まもなくアメリカ陸軍のウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)がやって来て、モンタナ州に飛来した異星人の声を聞かされます。それだけでルイーズに意味が分かるわけがなく、結局、実際に異星人と会見し、その言語を理解して、彼らが地球にやってきた意図を探り出すことを依頼されます。数学者のイアン(ジェレミー・レナー)も加わり、ウェバー大佐とマークス大尉(マーク・オブライエン)ら米陸軍の軍人が見守る中、異星人との接触が始まります。

 異星人は七本足のためにヘプタポッドと呼ばれています。その宇宙船でルイーズたちアメリカ人と会うヘプタポッドは2体で、イアンは往年のコメディアン・コンビの名前から「アボット」と「コステロ」という愛称をつけます。彼らの発声言語は理解不能で、一方、書き言葉の方は、地球の漢字のような表意文字であることが判明します。少しずつ時間をかけて、彼らの意思を探るルイーズとイアンですが、ヘプタボッドの言語には時制という概念がなく、過去も現在も未来も、同じものとして認識していることが分かってきます。そして、なぜか彼らの言語が理解出来るようになるほどに、ルイーズには、亡き娘、ハンナの幻影が以前よりも強く蘇るようになってきます。

 そしてついに、ルイーズは彼らに「地球に来た目的は何か?」と質問します。帰ってきた答えは「武器を与える」でした。

武器という言葉が、人々を動揺させます。世界中は混乱し、異星人の存在に怯え、容赦なく撃退すべきだという声も聞かれるようになります。やがて、12の国はそれぞれ疑心暗鬼となり、初めは協力し合っていたのに、お互いに通信を絶つ事態に。中でも、中国人民解放軍の司令官シャン上将(ツィ・マー)は、ただちに異星人に宣戦布告し、攻撃を開始すると宣言。事態が緊迫する中、錯乱したマークス大尉は宇宙船に爆弾を仕掛けようと企みますが・・・。

 

 本作の異星人は、我々とは時間というものの捉え方が異なります。原因があって結果がある、という因果関係の法則が支配する、この3次元時空を生きていないようなのですね。そんな彼らの言語を、言語学者が会得していく内に、当然ながら、思考回路もその言語に影響されて変化していく。外国語を真剣に学ぶと、誰しも思い当たる現象ではないでしょうか。明らかに、日本語で考えるのと、中国語で考えるのと、英語で、ドイツ語で、ロシア語で考えるのは違うことである、と。バイリンガルという人たちは、言語を切り替えるたびに、頭の中の基本システムを変更しないと思考出来ない、といいます。

 最終的にルイーズの認識が大きく変革するような事態となっていきます。そして、中国軍の司令官、シャン上将(上将というのは、他国の大将にあたる階級)が意外な形でルイーズの物語と絡んできます。このへんのスリリングな展開は見事です。

 ディズニー映画「魔法にかけられて」のお姫様役で一般に知られるようになってから後、演技派女優として大活躍のエイミー・アダムス。今回は、特に異星人とファースト・コンタクトする際のあまりにも重い責任感と恐怖で潰れてしまいそうなヒロインの心情を見事に描き出しています。初めは印象が悪いけれど、実は頼れる男、ジェレミー・レナーもいい仕事ぶりです。アカデミー賞俳優のフォレスト・ウィテカーが、厳しい軍規と人情の間で微妙に揺れる高潔な軍人役を好演しております。

 本作は、原作小説があるわけですが(そして、原作者が中国系アメリカ人であることを知ると、ヘプタポッドの感覚や、その用いる文字がなんとなく東洋風であることも理解出来てきます)映像化という面では、かなり難しい作品だと思われます。よくこれを描ききったものですが、次回作として「ブレード・ランナー」の続編を製作中のヴィルヌーヴ監督、きっとSF史に残る傑作を作ってくれるのでは、と期待されますね。

 それにしても。確かにこの作品の半月型の宇宙船はスナック菓子「ばかうけ」に似ています。ヴィルヌーヴ監督がちゃめっ気たっぷりに「日本の皆さんもお気づきのように、本作の宇宙船の形状は『ばかうけ』を参考にしました。本当だよ!」と明るく冗談を飛ばす映像を見ましたが、こういうユーモアもある監督であることを知ると、また作品の持ち味が異なって見えてくる気がします。

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2017年5月17日 (水)

柏の葉キャンパス・国立がんセンター東病院の食堂を再訪。

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 このところ何かと多忙で、更新が滞っておりました。
 ところで、2年前、2015年の6月25日に、私はこんな記事を書いております。
 「私の身内が先月から、千葉県柏市・柏の葉キャンパスの国立がんセンター東病院にお世話になっておりましたが、このほど、めでたく退院となりました。この病院の9階には「クロスワン」という食堂がありますが、病院の食堂にしてはかなり豪快なボリュームメニューが出ます」
 さてそれで、このほど、たまたま柏の葉キャンパス駅周辺に行くことがあったので、2年ぶりにこの病院上階の食堂「クロスワン」に行ってきました。
 相変わらず豪快な、ボリュームたっぷりの定食です。玲子は生姜焼き、私は黒酢から揚げをとってみました。いずれも730円ほどです。20170511151100



 だれでも利用することが出来ます。お近くを通りがかった方はぜひ。

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2017年5月 4日 (木)

ローソンで見つけた「リラックマ」まんじゅう。

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 ローソンに行ったら、やたらかわいいリラックマの御饅頭を発見! なんでも6月12日まで、春のリラックマフェアというのをやっているんですね。しかしよく出来ています。食べるのがちょっとかわいそう…。Photo_2


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2017年4月29日 (土)

【映画評 批評】美女と野獣

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 映画「美女と野獣
Beauty and the Beast」を見ました。いうまでもなく1991年の同名の大ヒット・アニメ映画の実写版です。使用している楽曲も、基本的な筋立てや登場キャラクターも91年版のまま。では、どうして今、実写化したのか、と思うところですが、見てみるとなるほど、と思います。つまり、91年版を制作した人々が本当に見たかった映像は、こういうものだったに違いない、しかし当時の技術では、アニメにするしかなかったのだな、という事実です。要するに、人々の想像力に映像技術が追いついた、ということです。

 たとえば、今回の作品では、主人公である野獣が、非常にこまかい感情表現を顔の表情で示します。表情で喜怒哀楽を微細に表す。しかし、一昔前の着ぐるみでは絶対にできなかったことですね。下手なものをやると、そこで興ざめになってしまう。1946年のジャン・コクトー版「美女と野獣La Belle et la Bête」の野獣は、特殊メイクでなかなか健闘していましたが、あれも白黒画面だから通用した感が強いです。

原作アニメでは、野獣がベルの一挙一動に、怒ったり、すねたり、いじけたり、喜んだり、最後には惚れ込んで夢中になったり・・・そのへんの心理の変化がアニメ的手法で表情豊かに描かれ、それが重要なわけでした。今回は、ファンタジックな世界観と、実写のリアリティーを両立させる、それにより、これが文字通り、絵空事ではないリアルである、と見ている人をこの世界に連れ込んでしまう迫真力。30年近い年月が、そんなことを可能にする技術革新を実現したわけです。野獣役のダン・スティーブンスは、まず全身の動きのモーション・キャプチャーを撮り、さらに表情だけに絞った演技をもう一度、撮影したそうです。そういう努力を経て、実現したこの映像のすばらしさ。

 ゆえに、今作はあくまでも91年版を実写化した、あのイメージを大切に再現した、というスタンスを貫いています。昔のまま、であることに意味があるわけです。下手な小細工は求められていない。当初案では、ミュージカル要素を廃して、ストレートな芝居にするという計画もあったようです。つまり、より現実的な実写で、アニメとは全く違うものにした方がよいのではないか、という考え方もあった、ということですが、ビル・コンドン監督はその意見を押しとどめ、「あの91年版の物語と楽曲を、最新技術で実写化する」という方針にしたそうです。

 それゆえ、「これが、本当にやりたかったことなのだ」という意味合いで受け止めますと、この映画の凄みが理解出来る気がします。「今さらなんで」とか「二番煎じ」という批判が当然、予想される中で、こういう映画を作ってしまったわけです。すでに公開から1か月で、世界興行収入は1000億円を超える大ヒットだそうですが、今の時代に、この企画を成立させ、実行するディズニーの大胆さはやはり恐るべし、と思う次第です。また多くの観客も、コンドン監督の示した「91年版の再現」という方針を喜んで受け入れた、と見てよいのだろうと思います。

 

 昔、フランスのある領地を治める城の王子(ダン・スティーブンス)が、盛大な舞踏会を開きました。そこに現れた老婆(ハティ・モラハン)が、一夜の宿を求めますが、王子はそのみすぼらしい姿をあざ笑い、追い返そうとします。しかし、その老婆は実は強大な力を持つ魔女で、王子と城に呪いを掛けてしまいます。すなわち、王子は恐ろしい野獣に、城の使用人たちは時計や燭台といった道具の姿に。さらに、魔法の薔薇の最後の花びらが散る前に、王子が「真実の愛」を理解しなければ、王子は永遠に野獣に、そして使用人たちも生命を失い、そのままただの古道具に化してしまうというのです。

 そのまま年月が流れ、魔女の魔法により、王子と城の存在も世間から忘れ去られてしまいました。

 それから後、この城の近傍にある小さな村で。パリから移ってきた芸術家で職人のモーリス(ケヴィン・クライン)の一人娘ベル(エマ・ワトソン)は、村一番の美女として有名ながら、読書と発明を愛する、当時としてはかなり飛んでいる女性で、村の中では浮いた存在でした。しかし、そんな彼女に一目惚れしてしまったのが、戦争帰りの野卑な元軍人ガストン(ルーク・エヴァンス)。自慢の体力とハンサムな顔で、村の娘たちは皆、ガストンに夢中ですが、何よりも知性を重んじるベルが、暴力的で自分勝手な彼を気に入るわけもありません。ずっとベルへの片思いが続く失意のガストンを献身的になぐさめるのが、戦地からの旧友であるル・フウ(ジョシュ・ギャッド)。しかしル・フウは、実は同性愛の傾向があり、ガストンに友情以上の感情を抱いているようです。

 ある日、村の外に出かけた父モーリスは、森で道に迷い、見たこともない古城にたどり着きます。一夜の宿を借りようとしますが、そこには魔女の呪いで道具にされた使用人たち、時計になった執事コグスワース(イアン・マッケラン)、燭台になった給仕頭ルミエール(ユアン・マクレガー)、羽根バタキになった女中頭プリュメット(ググ・バサ=ロー)、ハープシコードになったお抱え音楽家マエストロ・カデンツァ(スタンリー・トゥッチ)、衣装ダンスとなった声楽家ガルドローブ夫人(オードラ・マクドナルド)、そしてポットになったポット夫人(エマ・トンプソン)、その息子のチップ(ネイサン・マック)といった者たちがおり、気味悪くなったモーリスは逃げ出します。帰りがけに、ベルから頼まれていたお土産のバラを手折ったとき、恐ろしい野獣が襲ってきて、モーリスは捕らわれてしまいます。

 愛馬フィリップが単独で逃げ帰ってきたことで、父に異変があったことを察したベルは、城に駆けつけます。そして父モーリスの代わりに、自ら進んで野獣の人質になります。

 こうして野獣の捕らわれ人となったベルですが、使用人たちの心を込めたもてなしに心を和らげます。その後、ベルがオオカミの群れに襲われた際に、野獣が助けてくれたことをきっかけとして、野獣が実は心優しく、教養も高い存在であることを知り、徐々に心引かれていきます。ベルと野獣がダンスを踊り、ついに恋の果実は熟したか、というそのとき、ベルは父モーリスがガストンの差し金で、森に置き去りにされて死にかけた挙句、精神病院に監禁されようとしていることを知ります。

 野獣は、ベルを愛するがゆえに、ベルが城を出て行くことを許します。使用人たちは落胆しますが、野獣は「永遠に君を待つ」と歌います。

 一方、ガストンはおのれがヒーローになるべく、城の野獣を討伐する、と村人たちに宣言します。野獣狩りの一行を率いて先頭に立つガストンを見て、ル・フウは「確かに野獣は存在するに違いない。しかし、ここにもっと危険な野獣がいる」と呟き、ひそかにガストンを見限ることにします。

 野獣に迫る危機。ベルは父を救い出せるのか、そしてガストンたちが野獣の城に迫る中、一体、どう対処するのか。クライマックスへと話は向かいます・・・。

 

 ということで、基本的な大筋は91年版のままですが、違いもあります。野獣と、ベルの生い立ちについて明確に詳述されている点が、大きな相違点でしょう。なぜこういうことになっているのか、どうして今のような生活をしているのか、という意味づけがアニメよりしっかりされています。ベルも単に文学好きな夢見る少女、というよりも、アニメ版以上に、今で言う「リケジョ」的な気質で、18世紀なら確かに地域社会で浮いていただろう、いわゆるいじめにも遭っていただろう、という面が明確に描かれます。

 野獣がアニメ版と違い、王子としての高い教養を失っておらず、そこから知的なベルと意気投合する、という描かれ方も、より説得力があるでしょう。

 この作品でほぼ唯一の悪役ガストンも、単なる無教養でガサツ、無益な殺生を好む狩人で、愚かな乱暴者であった91年版と異なり、戦争帰りで軍服を着ており、今で言うPTSDを患って、狂暴化しているような解釈になっています。そして、甚だ単細胞だったアニメのガストンとは違い、非常に狡猾で大衆煽動がうまく、悪巧みにたけた人物になっている点も、かなり印象が相違します。

 しかし最も相違する点は、アニメでは全くガストンの腰巾着に過ぎず、あまり意味のないチョイ役だったル・フウです。彼が同性愛者であり、最後はガストンの狂気に疑問を抱く、という描かれ方は新鮮です。同性愛的、といっても本当に全くかすかに、それと匂わせる程度の描写が数回あるだけなのですが、一部の国や地域ではこの点が「不道徳」として、本作が上映禁止になったそうで、それは残念なことです。

 豪華キャストの中でも、エマ・ワトソンはまことにはまり役。クール・ビューティーぶりがこの作品ではひときわ魅力的です。アニメのベルとイコールとは見なさない方がいいように思います。91年よりもさらに個性をはっきりさせたベル、というキャラクターだと感じます。野獣役のダン・スティーブンスも、非常に難しいモーション・キャプチャーをこなしていますが、人間の姿の美丈夫ぶりも見ものです。それから悪役ガストンを熱演したルーク・エヴァンスも特筆ものです。これまで二枚目俳優として「ホビット」シリーズなどで見せたヒーロー然としたキャラクター像とは真逆の役柄ですが、この人がしっかり「悪」でないと、物語が成り立ちません。しっかりいい仕事をしています。それに、酒場でのミュージカル・シーンで見せる歌唱やダンスは見事なものです。

 その他の出演者もイアン・マッケランにエマ・トンプソン、ユアン・マクレガーと鉄壁の布陣です。道具姿でも、人間の姿でも安心して見ていられます。

 とにかく豪華絢爛たる映像美です。これは大スクリーンで味わいたいですね。そして、往年の名曲を、イメージを損なうことなく再現している点も素晴らしい。しかし、最後のリプライ・ソングでは、「ラ・ラ・ランド」でも大活躍したジョン・レジェンドが歌っているなど、現代的な味付けも忘れていません。

 さらに注目したいのが、「アンナ・カレーニナ」で見事な19世紀のロシア宮廷衣装を現代的な解釈で表現してオスカーを受賞し、ほかにも「プライドと偏見」や「マクベス」など史劇を多く手がけているジャクリーヌ・デュランの衣装。古典的なドレスや、歴史的な格好いい紳士服を扱わせたら右に出る者がない、という人ですが、今作でも遺憾なく、歴史的衣装への深い教養と理解を基に、上手に現代的なアレンジを試みているのが素晴らしいです。原作アニメ通りに、ベルの日常着は青色、ダンスでは黄色、野獣は青色の衣装を基調としていますが、たとえばアニメでは19世紀風の燕尾服だった野獣のダンスの際の上着が、18世紀前半までに流行したジュストコールになるなど、時代設定に即したものに変更されています。

この作品は、フランス版の「美女と野獣La Belle et la Bête」(2014年)でも同じような解釈をしていましたが、ちょうど、男女ともに服装が大きく変わる時代が背景にあります。原作の小説をヴィルヌーヴ夫人が書いたのが1740年。それゆえに、この物語を映画やアニメにする場合、18世紀の半ば前後を背景とすることが多いのですが、この1740年代から1世紀ほどの間は、西洋の服装が大きく変化した時期でした。男性の服装で言えば、お城の王子や使用人たちは、17世紀~18世紀中盤までに流行した半ズボンやホーズ(長い靴下)、くるくる巻いた白いカツラ、ジュストコールと呼ばれるシングルで、刺繍の入った豪華な上着、それに白塗りの化粧や付けボクロ、などをしています。一方、18世紀後半の、そろそろ王政が終わる時代、やがて革命から19世紀のナポレオンの時代、という頃にはフランスの服装が変化します。女性は大げさな宮廷ドレスから、シンプルな服装に変化し、男性たちもカツラを使わなくなり、男性の化粧も廃れます。半ズボンより長ズボンが普通になり、実用的な乗馬ブーツも流行します。衣服はアウトドア仕様のダブルの乗馬服が流行します。帽子も徐々に、三角帽から二角帽に変化します。本作もよく見て戴ければ、冒頭の王子の服装と、ガストンが着ている服装が上のような変化を示しているのが感じられると思います。もちろん、史実に基づいた劇ではないので、そこまで厳密ではないのですが、魔女の呪いのために経過した「時代の変化」を、服装でも表現しているのがよく分かります。そういう点もさすがに抜かりない、見事な映像作品ですね。

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2017年4月22日 (土)

【映画評 感想】グレートウォール

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 「グレートウォール
THE GREAT WALL」という映画を見ました。万里の長城をテーマにした本作は、昨年、中国の映画館チェーンを経営する「大連万達グループ」の傘下企業になったレジェンダリー・ピクチャーズが、中国市場向けに製作した映画、という見方をされがちですが、そういう先入観を持たないで見てみると、これがなかなかの快作です。

 レジェンダリーと言えば、これまでも「ダークナイト」などのバットマン・シリーズや、「300 :スリーハンドレッド」「タイタンの戦い」「ジャックと天空の巨人」「パシフィック・リム」「GODZILLAゴジラ」「ドラキュラZERO」「インターステラ―」「ジュラシック・ワールド」「スティーヴ・ジョブズ」「クリムゾン・ピーク」「ウォークラフト」、そして公開中の「キングコング 髑髏島の巨神」…と、見ているとマニアックというか、必ずしも万人向けを狙っていない、というか、かなり趣味性の強い映画を数々、製作してきた会社でありまして、嗜好が合うらしく、私も今、挙げた作品は、ほとんど見ています。

 今回も、中国市場を意識して、といってもそれで単純に中国人観客への一般受けを狙った作風を打ち出してきているわけでは決してない模様です。特に今作は、チャン・イーモウ監督のハリウッド・デビュー作品という一面もあります。イーモウ監督の独特の芸術的色彩感覚と映像美は、これまでも「HERO」「LOVERS」「王妃の紋章」などの世界的ヒット作を生み出してきました。また、コン・リーやチャン・ツィイーといった女優をスターに育てた監督でもあります。評価は高い監督ですが、決して万人に受ける、という作風の人でもありません。

 また、日本人の立場から見ると、北京五輪ディレクターという「国策監督」であり、南京事件を取り上げた映画「金陵十三釵(きんりょうじゅうさんさ)」を作った監督である一方で、高倉健主演の「単騎、千里を走る」の監督でもあり、なんとも賛否両論の出そうな人ではあるのですが、まあ今回はそのへんも先入観を持たないことにしておきます。

 本作では、ジン・ティエンという国際的には無名の28歳の女優をフィーチャーしてきましたが、これが魅力的です。さすがにイーモウ監督はヒロインの描き方がうまい。レジェンダリーつながりもあるのでしょうが、この人は公開中の「キングコング 髑髏島の巨神」にも出演しており、さらに「パシフィック・リム」の続編にも出演する予定だそうで、一気に国際的なスターダムに上りそうな予感がいたします。

 本作は、火薬が武器に使用され始めた12世紀、宋の時代の中国を舞台にしております。厳密に言えば北宋(9601127)なのか南宋(11271279)なのか、微妙な時代と言えますが、あるいはこの映画に描かれた事件が北宋の弱体化を招いた、という設定なのかもしれません(追記:その後、海外で出回っている情報では、本作に登場する「皇帝」は、北宋の4代・仁宗皇帝(在位:1022~63)と設定されていることが分かりました。だとすると、映画のパンフレットなどでうたっている12世紀ではなく、11世紀ということになるのですが、どうなっているのでしょう)。ともかく、火薬は唐代には中国で発明されたと言われます。中国の歴代王朝はこれを機密として、門外不出の扱いにしていましたが、モンゴル支配下の元王朝で銃器が開発され、13世紀にはアラブ世界、欧州に伝わり、それから17世紀ぐらいにかけて、欧州の軍の近代化が急速に進んでいくわけです。

しかし12世紀の当時においては、圧倒的に中国の方が先進的で、国家の正規軍である「禁軍」も存在したことに比べれば、十字軍時代の欧州の騎士団は、軍事的には古式蒼然たるものでした。おまけに金次第でどこにでも仕える傭兵稼業の兵士たちも跋扈して、混沌とした状況でした。このへんは、中国人向けのひいき目を勘案しても、確かに中国の方が先進的な国であった時期であると思います。そういう時代背景のもとに、建造に1700年もかかったという万里の長城に秘められた別の意味合いを語るのが本作であります。

 

 12世紀のある時。十字軍崩れのイングランド出身の傭兵ウィリアム(マット・デイモン)と、相棒のスペイン人傭兵トヴァール(ペドロ・パスカル)は、契約主の命令で黒色火薬を求めてはるばる欧州から中国を目指していました。火薬を持ち帰れば、莫大な報賞が約束されているのです。しかし馬賊に襲われて仲間は次々に命を落とし、最後は2人だけとなって砂漠地帯の山中の洞穴に逃げ込みます。ここでウィリアムは、得体の知れない緑色の化け物に襲撃されますが、剣でその化け物の片腕を切り落とし、撃退します。

 さらに馬賊に追われた2人は、宋王朝の軍隊が守備する巨大な「万里の長城」に至ります。後方から馬賊が迫る中、選択肢は他になく、2人はシャオ将軍(チャン・ハンユー)が指揮する宋の守備隊に投降します。

 守備隊の女性幹部の一人、リン・メイ司令官(ジン・ティエン)はなぜか流暢な英語を操り、ウィリアムたちを尋問します。守備隊の参謀であるワン軍師(アンディ・ラウ)は、ウィリアムがたった一人で化け物を撃退したという話を聞き、大きな関心を持ちます。その緑色の化け物とは、その時代から約2000年の昔、飛来した隕石から出現した異世界の化け物で、なんでもむさぼり食らう恐ろしい存在。中国では饕餮(とうてつ)と呼ばれる凶暴なモンスターです。アリの生態に似ており、1匹の女王が全体の頭脳として群れを支配しており、60年周期で繁殖して攻めてくるといい、ちょうどこの時が、再び饕餮が長城をめがけて攻め込んでくる直前の時期なのでした。長城も、異民族への備えだけでなく、むしろこの化け物を防ぐために築かれたのだと言います。

 饕餮の大軍が初めて攻め込んできたとき、ウィリアムとトヴァールは目覚ましい活躍を示し、シャオ将軍やリン・メイから一定の信頼を得て、自由を得ます。また、ウィリアムはここで一人の若い士官候補生ポン・ヨン(ルハン)の命を助け、彼から厚い信頼を得ます。

ところで、砦には思いがけなくも、もう一人のイングランド人がいました。やはり火薬を求めて中国までやって来て、ここの守備隊に捕まり、25年もの間、軟禁されているバラード(ウィレム・デフォー)という老人です。彼がいるために、リン・メイやワン軍師など、一部の者が、流暢な英語やラテン語を使え、欧州の事情にも一定の理解がある理由が分かります。バラードは仲間が出来たことに勇気づけられ、3人で火薬を盗み出して、次の饕餮の攻撃があった際には、ひそかに逃げだそうと提案します。トヴァールは一も二もなくその提案に飛びつきますが、ウィリアムは、命がけで人々の生活を守ろうとしている長城の守備隊を見捨てて逃げ出す行為に疑問を抱きます。

 ある日、饕餮の奇襲を受けてシャオ将軍が戦死し、リン・メイが後任として長城守備隊の将軍に就任します。

 やがて、ウィリアムが饕餮に襲われた際、胸に方位を知るための磁石を入れていたことが、饕餮の動きを鈍らせたのではないか、という事実が分かります。磁石の磁界が、女王の指令を受け取れなくする効果があるようなのです。

 この事実を確かめるべく、次の攻撃では饕餮を生け捕りにしよう、とウィリアムはリン・メイに進言します。しかし逃げ出すつもりのトヴァールは激しく反対します。すぐに饕餮の大軍が長城に攻め寄せますが、バラードとトヴァールは火薬を求めてこそこそと逃げだし、一人、残ったウィリアムは饕餮の群れの中に決死の覚悟で飛び込みます。それまで半信半疑だったリン・メイもウィリアムの勇気に心を動かされます。トヴァールも結局、ウィリアムの行動に従い、不本意ながら今回の脱走は見送りました。

 しかし、饕餮の攻撃はまだまだ続きます。饕餮の弱点が磁石にあることを知った朝廷の勅使シェン特使(チェン・カイ)は、自分の手柄として皇帝(ワン・ジュンカイ)に披露したいがために、生け捕りにした饕餮を宮廷に運び込みます。一方、リン・メイたちは饕餮の本隊が山脈に穴を開けて通路を造り、長城を迂回して都に向かった事実を知ります。その混乱に乗じて、またトヴァールとバラードは脱走を企てます。さて、ウィリアムはどういう選択をするのでしょうか。さらに、都を饕餮に襲われれば、中国はおろか、次は世界中が襲撃されて人類は終焉を迎えるかもしれません。リン・メイたちはこの危機をどう乗り切るでしょうか・・・。

 

 ということで、とにかく素晴らしい映像です。「王妃の紋章」でも圧倒されましたが、この色彩感覚と、人海戦術のすさまじさは中国ならでは。長城のセットにしても、ハリウッド側が張りぼてを提案したところ、中国側の大道具さんは、レンガを積み上げて本物の長城のようにセットを築いたそうです。一方でハリウッドの一流どころが全力で支援しており、原案はあの「プロデューサー」のメル・ブルックスとアン・バンクロフト夫妻のお子さんのマックス・ブルックス、脚本は「プリンス・オブ・ペルシャ」のカルロ・バーナードとダグ・ミロ、衣装は「アバター」のマィエス・C・ルベオといった布陣です。本編1時間43分という短い時間でたくさんの情報を処理する脚本は非常に冴えていてテンポが良く、現代的です。また、特に衣装は見事で、禁軍に属する五つの部隊の鮮やかな色彩の甲冑が、史実をふまえながらもスタイリッシュで、色彩の魔術師たるチャン・イーモウ監督のこだわりに応えた素晴らしい出来栄えです。

 アンディ・ラウやルハンといった、中国では大人気のスターやアイドルを起用しており、みんなとてもいい演技をしていますが、やはり外国人の目で見ると、今回はジン・ティエンのための映画、という感じ。本当に彼女が魅力的です。近年、ボーン・シリーズはもちろん「インターステラ-」「オデッセイ」「エリジウム」などいろいろな映画で大活躍のマット・デイモンも引き立て役に徹している感じです。

なんでも、出演者一行が宿泊したホテルにたくさんの花束が届き、それが大人気のアイドル歌手であるルハンにあてたものであることを知って、デイモンはびっくりしたとか。同時に、自分は中国ではあまり知名度がないことにがっかりしたそうですが(笑)、いえいえ、実は正義感の強い誠実な頼れる男、という役柄は彼にピッタリです。

 今、いろいろな話題作が封切りされていますが、アクション好きな方なら大画面で見てほしい一作ですね。私たちは「これは劇場で見て良かった」と心から思いました。

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2017年4月15日 (土)

【映画評 感想】 帰ってきたヒトラー

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千葉県浦安市のディズニーランド併設のショッピングモール、イクスピアリにある映画館シネマ・イクスピアリでは、今「舞浜で名画を!
 キネマ・イクスピアリ」と題して、毎月1本ずつ、1週間だけ限定で、最新の映画ではない少し前の話題作や、クラシックな作品を公開する試みをしています。今や、昔あちこちにあった「名画座」はほとんど壊滅してしまいましたので、大スクリーンで見逃した名作が再映されるのは素晴らしいことです。

 それで、この14日までやっていたのが、2015年に話題になったドイツ映画「帰ってきたヒトラーEr ist wieder da」でした。昨年夏に日本でも公開され、かなり評判になったのですが、私たちはこの時期、自分たちの本『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)の最終追い込みに入っており(刊行は8月)、さらにNHKの番組「美の壺」の取材を受けていた時期でもあり、この映画を見る余裕はありませんでした。

 それが、ここに来て思いがけない舞浜登場、ということで、見て参りました。

 もう昨年に流行った作品ですので、ここでくどくど説明する必要もないと思いますので簡単に書きますが、要するに、1945年に自決したはずのナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーが、なぜか2014年のベルリンに蘇ってしまい、初めは時代の変化に当惑するものの、迫真の「ヒトラー物まね芸人」として人気者になってしまう、という話です。インターネットにSNS、テレビが完備した現代こそ、プロパガンダの天才であるヒトラーには、まさに水を得た魚のように活躍出来る理想的な環境である、という現実。おまけに、時代は移民排撃と反グローバリズムに明け暮れ、まさにナチス時代前夜のような世相。テレビ番組に出演することになるや、嫌悪されるどころか視聴者から絶大な人気を得たヒトラーは、最後には彼を「本物のヒトラー本人が蘇ったのでは?」と気がついたテレビ局の契約社員を精神病院に送り込み、さっそうとオープンカーに乗って叫びます。「これは好機到来だ!」

 とにかくヒトラー役のオリヴァー・マスッチが素晴らしく、本来の彼は全くヒトラーに似ていないのですが、特殊メイクにより顔貌は40歳頃の最盛期のヒトラーにそっくり。声色といい、いかにも言いそうなセリフといい、演説の前にわざと黙り込んだり、初めに意表を突くようなテーマで話し始めたり・・・まことにヒトラーの言いそうなこと、やりそうなことを徹底的に再現して、現代の世相に持ち込んでいるのがすごいです。

 そして、実際にヒトラーの特殊メイクのまま、ドイツ各地で突撃撮影をして、道行く人に語りかけたり、政治家に突撃取材したりしているのですが、そこで当惑したり、腹を立てたり、逆にヒトラーに意外にも親しみを込めて接する市民の姿を描いていきます。このへんはもうドキュメンタリーですね。かなり、危険な撮影だったと思いますが、このマスッチ本人も、スタッフもすごい勇気ですね。

 終盤になって、おそらくテレビ局の経費で作ってもらった、という設定なのでしょうが、金色の「総統用鷲章」が輝く革製のコートに身を包んだヒトラーは、有名な肖像画そっくりで、知っている人ほど慄然とするでしょう。

 この原作は2012年に刊行されてドイツでベストセラーとなり、映画制作は2014年ということで、トランプ氏の当選とか英国のEU離脱といった動きが目に見えて表れるより前に作られたことを考えると、原作者ティムール・ヴェルメシュ、デヴィット・ヴェント監督始め、制作した人々の慧眼には恐れ入ります。

 そして、ずっと見ていると、まるでイタコが口寄せしているかのような巧みな演技力で語られる「ヒトラーの主張」が、かなり正しいもののように思えてくるのがすごいです。そういうふうに見ている人が思ってしまう、というのが映画の力ですね。

 名画シリーズのおかげで、公開時に見逃した作品を改めてスクリーンで見られて幸運でした。今後もこういう試みを続けて戴きたいですね。

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2017年4月11日 (火)

「うさぎのムースケーキ」(セブンーイレブン)

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 セブンーイレブンで売っている「うさぎのムースケーキ」ですが、かわいすぎますね、これ。食べるのがためらわれます。期間限定のようですので、興味のある方はお早めに。

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2017年4月 6日 (木)

浦安でも桜が咲きました。

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 今日あたりから新学期、という学校も多いようですが、桜が咲きましたね。今年はかなり寒い日が多く、遅めの開花のところが多いとか。
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 千葉県浦安市も、市内の川沿いに桜が延々と植えられている通りがあって、その名も「さくら通り」といいますが、テレビ局の取材が来ることもある桜の名所です。この季節になると、見事に咲いてくれます。
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 私ども浦安市役所近くの桜並木を見てきました。ほかにも、立ち止まって写真を撮る人がたくさん見受けられました。

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2017年3月25日 (土)

【映画評 感想】モアナと伝説の海

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 ディズニー・アニメ映画「モアナと伝説の海」
MOANAを見ました。この作品について、絵柄からほのぼのした作風を思い描いたら大間違い、「マッドマックス」の新作と「もののけ姫」を合わせたような感じで、非常に硬派な冒険アクション・ムービー、という映画評を読んだことがありますが、それは言い得て妙です。実際、ヒロインのモアナは強い使命感でミッションを果たし、自分の共同体を守ろうとするのですが、そのへんはむしろ「風の谷のナウシカ」も思い起こさせます。16歳の少女、ということもあってか王子様は登場せず、甘ちょろい恋愛話もなし。おふざけ的な展開もあまりなく、スケールの大きな海洋冒険物語となっております。

 「アナと雪の女王」はまずもって音楽のよさがヒットの要因となりましたが、今作も音楽が素晴らしいですね。主題歌「どこまでもHow Far I’ll Go」や挿入曲「俺のおかげさYou’re Welcome」は普通に発表してもヒット・シングルとなりそうな見事な曲です。

 今作の基本テーマは、メラネシアの人々がはるばる大洋を越えて、ポリネシアの島々に到達する歴史的な事実を取り上げる非常に野心的なものです。台湾に住んでいた祖先の人々は長い時間をかけ、メラネシアからミクロネシアの島々に移住していき、フィジーあたりまで進出していました。非常に高い航海技術を持っていたからで、西洋人が1516世紀にもなって「大航海時代」などと言いますが、アジアでは紀元前に海洋進出をしていたわけです。パンフレットによれば「しかし今から約三千年前、彼らの航海は突然停止した。そこから千年もの間、彼らは海を渡ることをやめ、他島への移住活動も行われなくなった―いくつかの説はあるものの、その正確な理由を知る者は誰ひとりいない。そして今から二千年前に航海が再開され、タヒチ、ハワイ、ニュージーランドなどの発見につながっていく」

 すなわち、このアジアの大航海時代「千年間の中断」はなんだったのか、を描いたのが本作。そして、モアナの冒険こそが「航海の再開」の契機となった、という描き方なわけです。なかなか壮大ですね。

 したがって本作の舞台は、二千年も前のメラネシアのどこかの島、ということで、地球の反対側ではローマ帝国が全盛期で、キリストが処刑されていたころ、太平洋ではこんな時代だった、ということです。時代考証を経た細かい服装や、髪の毛の描写など実に緻密で、CGアニメだからこそ手間がかかっています。そのへんはむしろ、実写の方が簡単ですものね。特に水にぬれた縮れ髪の描写が大変だった、といいます。また全編のほとんどで登場する海、波の描写も非常に苦労したそうです。途方もない人々の作業の成果が本作なのでしょう。

 

 1000年の昔、母なる女神テ・フィティの「心」を、変身の名人で、いたずら者の半神(デミゴッド)であるマウイ(声と歌=以下同じ:ドウェイン・ジョンソン)が奪い取りました。しかしそのために恐ろしい「闇」が生まれ、炎の悪魔テ・カァが出現。マウイはテ・カァに撃ち落とされ、テ・フィティの心も深海に沈んでしまいました。それから以後、闇は徐々に広がり、島々に栄えた文明は一つ、また一つと衰退して消えていきました。人々は闇の襲来を恐れるようになり、遠洋航海をやめ、それぞれの島に閉じこもって暮らすようになりました・・・。

 それから1000年の後、楽園の島モトゥヌイの族長トゥイ(テムエラ・モリソン)とその妻シーナ(ニコール・シャージンガー)の一人娘、モアナ(アウリィ・カルバーリョ)は、小さいころから海で遊ぶのが大好き。ある日、人格のある「海」が幼いモアナに渡そうとしたのは、あの「テ・フィティの心」でした。

 しかし、外洋に一歩も出ない島の掟に凝り固まっているトゥイは、モアナが海に関心を持つことを許さず、族長の後継者として育てようとします。ただ一人、モアナの祖母でトゥイの母であるタラ(レイチェル・ハウス)だけはモアナの理解者で、モアナに「自分の心の声に従って生きなさい」と諭します。

やがて大きくなり、未来の族長としての自覚に目覚めたモアナは、もう海に出ようとはしませんでした。それをトゥイは喜びますが、ある日、突然、異変が訪れます。島の作物が育たなくなり、魚も一匹も取れなくなる異常事態が発生し、大騒動になります。「闇」がついにモトゥヌイにも迫ってきたのです。外洋に出ようと進言するモアナをトゥイは一蹴し、独断で海に出たモアナはたちまち嵐に遭い、海の恐ろしさを思い知ります。絶望したモアナにタラは、モトゥヌイの一族の秘密を教えます。すなわち、先祖たちは初めからこの島にいたのではない、はるか彼方の土地から船に乗って移住してきた旅人だったのだ、と。

そうこうするうち、タラは倒れてしまいます。タラは最後の力を振り絞り、モアナに「お前は海に選ばれた」と告げ、とっておいた「テ・フィティの心」をモアナに託して、冒険に出るように促して、この世を去ります。

こうしてモアナは、たまたま船に乗った鶏のヘイヘイと共に、遠くマウイが幽閉されている島を目指します。モアナが本当に「海に選ばれた」者ならば、テ・カァとの戦いに敗れて、神から授かった魔法の釣り針を失い、変身能力を喪失しているマウイを復活させ、その助けを借りて「テ・フィティの心」を元に戻さなければなりません。

苦労の末にモアナが出会ったマウイは、話に聞いていた英雄的な半神とはほど遠く、お調子者でナルシスト気味の相当に自己中心的なヤツで、自分が問題の原因を作ったにもかかわらず、何の責任感も感じていない様子。ココナッツの海賊カカモラたちの襲撃を、マウイと協力して退けた後、モアナは釣り針を手に入れて、華々しい英雄として復活するようマウイを説き伏せ、マウイもモアナの熱意に根負けして、ようやくその気になります。

しかし、その釣り針は深海の魔物の国ラロタイを治める巨大なカニの化け物、タマトア(ジェマイン・クレメント)が所持しており、取り戻すと言っても容易なことではありません。マウイの復活と、テ・カァとの決戦はいかに。そして世界を飲み込もうとする闇の襲来を、モアナは防ぐことができるのでしょうか。

 

ということで、実際にヒロインと同年齢のアウリィ・カルバーリョの歌声が実に素晴らしいです。そして、もう一人の主人公マウイを演じているのは、プロレスラー「ロック」として有名なドゥエイン・ジョンソン。彼が主演した「スコーピオン・キング」がヒットしましたし、「ワイルド・スピード」や「ヘラクレス」にも出ていますね。今回は頼りがいがあるのかないのか、つかみどころのない英雄の役なのですが、非常にはまっています。それもそのはず、実はジョンソンの祖父はサモア系で、太平洋諸島の人々に崇められている英雄マウイは、彼にとっても子供のころから憧れの存在だったそうです。思い入れが深い役をゲットしたのですね。

ミュージカル的な演出で感動させるパートと、豪快なアクション・シーンが交互に繰り出されて、最後まで畳み込まれる快作でした。日本では春休みの公開で、子供向けのような扱いになりがちですが、それで見過ごしてはもったいない一作だと思います。

なお、本作は最後の最後に追加シーンがあるので、慌ててお帰りにならないように。また、冒頭におまけ的な短編映画「インナー・ワーキング」という作品が5分ほどあります。こちらは内容的に、本編となんの関係もないのですが、これがまたなかなか秀逸です。

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2017年3月21日 (火)

『洋外紀略』(安積艮斎)現代語訳が刊行されました!

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このたび、明徳出版社から『洋外紀略』(安積艮斉)が刊行されました。原書は幕末期に活躍した大学者、安積艮斉(あさか・ごんさい)が書いた本です。安積艮斉はこの時期で最も影響力のあった学者で、弟子には三菱グループの創始者・岩崎弥太郎、悲劇の幕臣として有名な小栗上野介、新選組の原型を組織した清河八郎、そしてあの吉田松陰など錚々たる人たちがいます。さらに、その松陰の門下生に高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎らがいたわけで、いわば幕末の志士たちのゴッドファーザーのような人物です。

その艮斉さんが、当時としては異色の、海外諸国の事情を詳細にまとめ、国防の重要性を説いた一冊です。江戸にいてナポレオン戦争のこともアヘン戦争の経過も把握していた艮斉先生はすごい! 本書の名は森鴎外の代表作『渋江抽斉』にも出てくるぐらいで、当時において著名な本だったのですが、このほど、その艮斉さんの一族の末裔である安藤智重さんが原書の漢文を読み下し、現代語訳を完成させた次第です。大変な偉業です。

 なお、わたくしは僭越ながら帯文を書いております。こんな感じです。

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「試みに鶏卵を机に卓(た)てんことを請う」

艮斎さんは、ナポレオンもピョートル大帝も、「コロンブスの卵」の話までも、知っていた。黒船が来航する前、もう世界を見通していた日本人が、幕末の江戸にいたのである! 

戦史・軍装史研究家 辻元よしふみ

 

 本書には、あのコロンブスの有名な「卵を立てる」逸話も紹介されております。幕末においてこんなことまで知っていた人がいた。驚きですね。

 

【基本データ】

『洋外紀略』(ようがい・きりゃく)安積艮斎 安藤智重 訳注 村山吉廣 監修 定価 2,916 (本体2,700 +) ISBN 978-4-89619-946-8 発売日 2017/03

 

 

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2017年3月18日 (土)

【映画評 感想】アサシン・クリード

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 映画「アサシン・クリード」
ASSASSIN’S CREEDを見ました。ドイツ出身の人気俳優マイケル・ファスベンダーの主演作で、共演はフランスを代表する女優マリオン・コティヤール。またジャスティン・カーゼル監督は、同じ2人が主演した2015年の話題作「マクベス」の監督でもありました。

 この映画の元となったのは、フランスのゲーム会社UBIの代表作「アサシン」シリーズです。大ヒットゲームの映画化、というのは時々ありますが、やはりゲームと映画は異なる媒体なので、そのまま移植するわけにはいきません。

 ゲームの方は、人類の起源に異星人なのか超古代文明人なのか、とにかくいわゆる「神」のような存在が関わった、というのが前提の世界観になっております。そして、その「神」が残した情報をめぐり、古代から数千年の長きにわたり二つの秘密結社が抗争を続けており、その一方が人類を統制支配しようとする「テンプル騎士団」、もう一つが人類の自由意思を守ろうとする「アサシン教団」である、という設定です。

 この両者の戦いは現代にまで及んでいるのですが、テンプル騎士団が20世紀初めに創設したアブスターゴ財団が先端科学技術アニムスを開発し、遺伝子情報の中に残された先祖の記憶を再体験できるようになります。その結果、アサシン教団の戦士の子孫が、十字軍時代のエルサレム、ルネサンス期のフィレンツェ、産業革命期のロンドンに潜入し、先祖と一体となって歴史に介入し、現代の問題を解決していく、というのがゲームの基本的な話です。

 もちろん歴史上、実在したテンプル騎士団、暗殺(アサシン)教団をモデルとしているわけですが、史実とは関係なく、あくまでもゲーム独自の解釈になっているわけです。

 それで、今回の映画化では、上記の基本設定はそのままに、従来のゲームで登場したエルサレムやフィレンツェを選択せず、新たに15世紀末のスペインを舞台としています。つまりキリスト教勢力によるレコンキスタが成功して、最後のイスラム国家グラナダ王国(あのアルハンブラ宮殿で有名ですね。宮殿のシーンは映画でも登場します)が陥落、イスラム勢力が欧州から去り、スペイン王国が成立した頃、そしてまもなくスペインのイザベル女王の後援を得て、コロンブスが新大陸に出発する時期を舞台としています。

 

 1491年、スペインで暗躍したアサシン教団の戦士、アギラール(マイケル・ファスベンダー)は、同僚の女戦士マリア(マリアーヌ・ラベド)と共に重要な任務を遂行していました。グラナダ王国の最後の君主ムハンマド12世(カリード・アブダーラ)の幼い王子が、スペイン国王の側近でテンプル騎士でもある異端審問長官トルケマダ(バビエル・グティエレス)に捕えられ、ムハンマドが所持している古代の秘宝で、それを所持することで全人類を支配できる「エデンの果実」がトルケマダ、ひいてはテンプル騎士団の手に渡ることを防ぐ、というのがその任務でした・・・。

 それから500年後。1988年のメキシコ・バハで、少年カラムはある日、父親が母親を殺害し、さらに謎の勢力に逮捕される光景を目にします。その場を命からがら脱出したカラムは、さらに30年後の2016年、中年の犯罪者となってアメリカの刑務所にいます。

 誕生日のその日、殺人犯カラム(ファスベンダー)は死刑の執行を迎えます。薬物を注射され、最期の瞬間を迎えた・・・と思った次の瞬間、自分はまだ死んでおらず、病院のようなところで蘇生したことに気付きます。その場にいたソフィア(マリオン・コティヤール)は、ここがアブスターゴ財団の施設であることを告げ、彼に祖先の記憶に退行する装置アニムスを取り付けます。この15世紀の世界を体験する実験の結果、カラムは間違いなくアサシン教団のアギラールの子孫であることがはっきりします。

カラムの体力の限界を迎え、ソフィアはそれ以上の実験を性急に続けることに反対しますが、アギラールはエデンの果実を手にした最後の人物、とされており、それを手に入れることに執着する財団の総裁でソフィアの父、アラン(ジェレミー・アイアンズ)は、アギラールがトルケマダの一派に捕えられ、火刑に処せられたとされる日付の歴史を再現することをソフィアに急がせます。というのも、アランは実は現代に続くテンプル騎士の一人であり、騎士団総長ケイ(シャーロット・ランプリング)から、まもなく開催される騎士団総会までに成果が出ない場合、財団への財政支出を打ち切る、と通告されていたのです。

一方、カラムは施設内に、かつて母を殺して姿を消した父ジョセフ(ブレンダン・グリーソン)がいることをアランから告げられます。30年ぶりに再会した父から、カラムはあの日の真相を聞かされます・・・。

 

ということで、トルケマダやムハンマド12世など、歴史上に実在した人物と架空の人物が入り乱れる歴史ファンタジーですが、馬に乗ったり弓を射たり、独特のアサシン・ブレードで戦ったり、とファスベンダーとしても今までで最もトレーニングが厳しかった映画だったそうです。アクションシーンがゲームそのままで再現されます。

当然、スタントの人たちも大活躍で、特にゲーム版での特徴だった、ワシのように高いところから飛び降りるイーグル・ダイブの再現ではデジタル技術は使わず、本当にダミアン・ウォルターズという人が37メートルもの高さから降下して撮影しているそうで、まさにド迫力です。

「マクベス」以来の共演であるコティヤールも、今回は冷静な科学者、という役どころですが、ファスベンダーとは息もぴったり、いい演技をしています。アイアンズとランプリングという2人の大物も抜かりがないです。特に70年代に「愛の嵐」で一世を風靡したランプリングも今や71歳ですが、相変わらずの美しさです。また、父ジョセフ役のブレンダン・グリーソンはハリー・ポッター・シリーズや「オール・ユー・ニード・イズ・キル」にも出ていたベテラン俳優ですが、スター・ウォーズのエピソード7や「レヴェナント」に出演して知名度を上げているドーナル・グリーソンのお父さんだそうですね。

しかし今作で注目なのは、やはり15世紀スペインのシーケンスでして、物語の大半を占める15世紀のストーリーでは、登場人物は皆、よくハリウッド作品でありがちな、なんとなく英語にしてしまうということはなく、スペイン語で押し通しております。素晴らしいですね。こちらでなんといっても光っていたのが、アギラールの仲間でおそらく愛し合ってもいる女戦士マリア役のマリアーヌ・ラベドという人。とにかくこの役柄にぴったりのミステリアスな美女ですが、経歴を調べてみるとスペインの人じゃなくて、ギリシャ系のフランスの女優さんだそうですね。イーサン・ホーク主演の2013年の映画「ビフォア・ミッドナイト」あたりがハリウッド・デビューで、近年、急速に評価が高まっている人だとか。このへんからぐっと出てくるかもしれませんね。

とにかく全編がゴージャスかつ奇抜な映像で埋め尽くされ、ゲームのファンもそうでない人も十分に楽しめる一作でしょう。なんとなくラストは今後も続きそうな感じで終わります。続編でさらに、別の時代を取り上げてくれると嬉しいですね。

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2017年3月17日 (金)

「武具繚乱 関谷弘道氏甲冑コレクション展」(板橋区立資料館)

 先日、板橋区立郷土資料館http://www.k5.dion.ne.jp/~kyoudo/まで足を運びました。現在、同館で開催中の「特別展 武具繚乱 関谷弘道氏甲冑刀剣類コレクションを中心に」を見るためです。

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 数年前に亡くなった甲冑コレクター、関谷氏が同館に寄贈した主に江戸期の甲冑の展覧会なのですが、さすがに
20領を超える甲冑が並ぶさまは壮観です。鎌倉~南北朝期の大鎧や胴丸はすでに国宝級、室町~桃山期の戦国甲冑も今では博物館級となり、現在、一般の骨董市場などで売買されているのは、もはや実際には戦争が行われていない江戸時代に製作された、実用というより財産、贈答品、展示品として作られた甲冑なのですが、それも年々、海外などに流出し、おそらく10年もしたら多くの物が散逸してしまうだろう、と言われています。Photo_2


 それを危惧した関谷氏は、私財を投じて膨大な江戸期の甲冑を収集したもので、しかし江戸期のこうした遺物は研究が進んでおらず(いまだ売買の対象物で、学者の研究対象になっていないのでしょう)それゆえに、それぞれの甲冑の出自・由来についても、不明瞭なのですが、それが逆に非常に興味深いです。本展の主要な展示物の一つである、長州藩家老・福原家所用の具足と思われる一品も、福原家の定紋ではない卍型の家紋が描かれた佩楯の由来がはっきりせず、その謎解きとして関連の古文書などが展示されており、こうした地道な研究が必要なのだな、と理解できる展覧会です。Photo_3


 ほかにも彦根藩・井伊家の赤備えの甲冑だとか、土佐藩の上士が幕末になって製作させたらしい非常に珍しい具足とか、さらに足軽用の「御貸具足」とか、骨董としての市場価値はよく分かりませんが、今後、史料性が増していくことが確実なものが多数、展示されています。

 展示品をフルカラーでまとめた95ページもある豪華図録(しかも写真資料のPDFデータをディスクに入れたものまで付属!)が、たった1000円で販売されています。これだけで大変な値打ちものです。公立の資料館でなければ、あり得ない価格設定でしょう。この図録は通信販売もしているので、ご興味のある方は同館のサイトをチェックしてください。Photo_4


 同展は3月26日まで。月曜休館。午前9時半~午後5時(入館は4時半まで)。入場無料です。同館の最寄駅は西高島平駅ですが、この駅ではタクシーはつかまえにくく、歩くとしてもかなりアクセス的には遠いので、高島平駅か成増駅からタクシーで行かれることをお薦めします(成増駅からはタクシーで810円でした)。

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2017年3月13日 (月)

ホワイトデーにドイツ軍御用達チョコ「ショカコーラ」はいかが?

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 ホワイトデーという時節柄、今回はドイツのチョコレート「ショカ・コーラ
Scho-Ka-Kola」なんていかがでしょう? これは1930年代から販売されています。コーラの実を混ぜ、通常のチョコレートよりもカフェインが増量されており、このチョコを食べるとすっきり目が覚める、という優れもの。商品名は「ショコラーデ(チョコレート)」と「カカオ」と「コーラ」をつないだようですが、19世紀末から存在したアメリカの飲料「コカ・コーラ」をもじった要素もあるのじゃないか、とは思われます。2


 このショカ・コーラは1936年のベルリン五輪で大会公式スポーツ食品として大人気を得まして、その後、ドイツ軍に納入され、戦時中にドイツ空軍のパイロットとか、潜水艦(Uボート)の乗組員、戦車兵といった「きつい任務」の兵士たちに公式食料として支給された「軍用チョコレート」でもあります。たとえば夜の当直勤務などで、眠気覚ましに支給されたわけですね。戦前や戦中のものは、パッケージにドイツ軍の鷲の紋章とか、柏葉のデザインなどが施されたものがあったようです。

 それで、戦後もずっと作られているわけで、日本でもKALDIコーヒーで販売しております。さすがにチョコ好きのドイツ人の作る物。そもそもチョコとして非常においしいです。そして、食べると確かにすっきり、目が覚める感じがします。コーヒーを飲みたいところだけれど時間がない、というような場合に非常にいいですね。

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2017年3月 6日 (月)

中西立太先生の名作『壮烈! ドイツ機甲軍団』が復刊!

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 すでに手に取られた方も多いと思いますが、リクエストにこたえて過去の名著を復刊する「復刊ドットコム」により、1975年に刊行された中西立太先生の名作『壮烈! ドイツ機甲軍団』が現代に蘇りました。私も小学生当時、この本を読んで、ミリタリーの世界に興味を持った一人です。そして、今ではその影響で『軍装・服飾史カラー図鑑』とか『軍服の歴史5000年』とかの本を自分で書いているわけです。まさに中西先生のこの本こそ私の活動の原点です。20170306021921



 中西先生ご本人から伺った話ですが、この『壮烈! ドイツ機甲軍団』は当時、韓国語版の話があり、原画一式を韓国の会社に貸したところ、そのまま立ち消えとなって原画もすべて返ってこなかったので、もう再販は出来ないんです、と仰っていました。今回は、今日まで現存していた本からデジタル技術で復刻したものと思いますが、本当によくやっていただきました! 中西先生はすでに亡くなられていますが、きっとこの復刊を喜んでおられると思います。

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2017年3月 4日 (土)

週刊ダイヤモンドに遠山周平先生の『軍装・服飾史カラー図鑑』書評が載りました。

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 発売中の「週刊ダイヤモンド」2017年3月4日号(ダイヤモンド社)の109ページ、ブックレビューBook Reviewsにて、服飾評論家の遠山周平先生が、私ども(辻元よしふみ著、辻元玲子・画)の『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)をご紹介くださいました。
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 「軍装史に関しては日本の第一人者といえる夫妻が3年半の歳月をかけて著した『軍装・服飾史カラー図鑑』は、どのページも眺めているだけで楽しく、また新しい発見がある。ディテールや後ろ姿まできちんと描き込まれた図版と適切な解説文によって、ネクタイ、ドレスシャツ、ジャケット、ボタン、カフリンクスの起源が軍服にあることを知ることができる。デザイナーや服飾関係者が座右に置くべき名資料となろう」という評をたまわりました。遠山先生、ありがとうございました。

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2017年3月 2日 (木)

【映画評 感想】ラ・ラ・ランド

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話題のミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」
La La Landを見ました。先月末に発表された米アカデミー賞で13部門14ノミネート(あの「タイタニック」と並ぶ史上タイ記録)され、主演女優賞のエマ・ストーン、監督賞のディミアン・チャゼルなど6部門を制する快挙を成し遂げました。なお、私が見た千葉県市川市のTOHOシネマでは、パンフレットが売り切れとなっておりました。

前作「セッション」で一躍、有名になったチャゼル監督ですが、本当に作りたいのは実は、ミュージカルだ、といって奮闘した結果が今回の大成功。アカデミー監督賞受賞者としては32歳という史上最年少となりました。ちなみに、これまでの最年少者は1931年に第4回アカデミー賞で監督賞を受けたノーマン・タウログ監督。同じ32歳でしたが、チャゼル監督の方が数か月、若いとか。このタウログ監督もチャゼル監督と同様、音楽映画が得意な人で、特に60年代のエルヴィス・プレスリー主演の映画、たとえば「GIブルース」「ブルー・ハワイ」などは、この人が手がけたことで知られています。

ということで、最年少で受賞と聞くと、さぞかしトントン拍子のスピード出世、という監督なのかと思ってしまいますが、実は決してラッキーなだけの人ではなく、若いころにはジャズ・ミュージシャンを目指して挫折。その後は名門ハーバード大学に進み、映画の脚本を書くようになったけれど、あくまでも頼まれ仕事ばかり。そうした苦い経験をもとに自分で書いた脚本を売り込んで「セッション」の成功をつかみ、さらに「今時、ミュージカル?」という疑問の声を抑えて、執念でこの作品を作ったということで、かなり根性の人です。確かに、「レ・ミゼラブル」や「オペラ座の怪人」のように、すでに舞台でヒットして定評のあるミュージカル作品の映画化は近年でも珍しくありませんが、映画オリジナル脚本のミュージカル、というのは非常にまれです。

なお、本作はオペラのようにあらゆるセリフを楽曲にしている作品ではなく、普通のストレートな芝居のパートと、音楽のパートが交差する作品ですが、この辺が実に巧妙に使い分けされています。厳しい現実を描く通常のパートと、夢の世界を描くファンタジックなミュージカル・パート、というのが意識して配置されており、これが最後まで効果的です。

本作は、夢をつかもうと悪戦苦闘する売れない女優と、世間に才能が理解されないジャズ・ピアニストの姿が描かれますが、このへんも監督自身の下積み経験がにじみ出ているように思われます。「それでも、いつかは自分の夢をかなえたい」と思って奮闘している人すべてへの応援歌のような素晴らしい作品ですね。また、主演のエマ・ストーンも「アメイジング・スパイダーマン」で注目されるまでは苦しいオーディション巡りの日々だったそうで、その経験も大いに役作りに反映しているように見えます。本作は当初、あのエマ・ワトソンがヒロインという案もあったそうですが、結果から見てエマ・ストーンで正解だったように感じます。そういえばエマ・ストーンの方は、ギレルモ・デルトロ監督の「クリムゾン・ピーク」を主演する予定だったものを降板したことがありました。あちらはミア・ワシコウスカで正解だったように思われます。まあ、こういう役者と監督、作品の出会いも運命的なものといえますね。

ところでこの映画、恋愛ドラマとしてみると、けっこう切ない内容でもあります。全体に映像作りや音楽、色彩、衣装など、現代を扱っていながらどこか古き良き時代のノスタルジーを掻き立てる作品でもあり、あの名作ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」にどこか似ている、という声が、見た人から上がっているそうですが、最後まで見るとそのわけが分かります。季節ごとに話が移ろう構成とか、ミアが書いた一人芝居の脚本での役名が「ジュヌヴィエーブ」であるとか、何よりラストシーンの後味が非常に似ているのです。そして、なるほど、人生とは、いたるところで分岐点があり、そこで自覚的に動けた人が夢に近づいていけるのかもしれない。しかしまた、そこで何かを犠牲にしてしまうかもしれない。いろいろなことを考えさせられる作品です。ディミアン・チャゼル監督、後生おそるべし。32歳にして人生、ここまで達観できているとは・・・。

言うまでもないですが、アカデミー作曲賞、主題歌賞をとった音楽が本当に素晴らしい! 全英、全米のヒットチャートでそれぞれ1位、2位となっているそうで、これは映画サントラ盤として、やはりミュージカル映画の傑作「レ・ミゼラブル」以来のヒットです。あえていって今時、はやりの映画音楽然としたスコアからすれば、非常にキャッチーで耳につく旋律は、それこそ「シェルブールの雨傘」などの時代の作品を想わせますが、それが実に素晴らしく、感動的です。また、挿入曲としてジャズの名曲が登場するのはもちろん、冒頭のチャイコフスキー「1812年」に始まり、往年のahaのヒット曲「テイク・オン・ミー」やら、セロニアス・モンクが編曲したジャズ・バージョンで、日本の滝廉太郎の曲まで使用しており、エンドクレジットで紹介しているので、いろいろ注目です。さらに、グラミー賞歌手のジョン・レジェンドがミュージシャン役で出演しており、「スタート・ア・ファイアStart A Fire」という曲を熱唱しています。これがまた、作品内では、主人公が正統派ジャズではない曲を不本意に演奏させられている、というシーンであるにもかかわらず、非常に名曲でカッコいいです。

作品の最初の部分、実際に高速道路を借りて、渋滞する車の屋根に上ってテーマ曲を歌う群衆、というシーンに度肝を抜かれます。あのつかみ方で、監督の才能がいきなり垣間見えますね。それから、ほかに驚くべき点として、ピアニスト役のライアン・ゴズリングはすべてのシーンでピアノを実際に弾いているそうで、ほんの3か月ほどの特訓であれを弾いているとは、恐るべき努力と才能です。また、ゴズリングもストーンも、演技を撮影しながら実際に歌って生録りを敢行したそうで、これは「レ・ミゼラブル」でも行われた手法ですが、事前に録音した音に口パクするのとはわけがちがいます。事実上、舞台でライブを見るような臨場感ですが、当然ながら出演者は大変です。まあ、今年はちょっとトランプ大統領がらみで政治的な側面も見え隠れしたアカデミー賞でしたが、ああいう背景がなければ、本作はもっと受賞数を増やしたのではないかと、その点が残念に感じます。

 

高速道路の渋滞の中、オーディションのセリフ覚えで夢中な下積み女優のミア(エマ・ストーン)の愛車プリウスを、売れないジャズ・ピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)のオープンカーが追い抜きます。「何よ、感じの悪いやつね」。2人の出会いは最低でした。

ミアはカフェでアルバイトしながら、映画やテレビドラマのオーディションを受けては落選の連続。その日もオーディションを受けて手応えなしで、同じ女優志望のケイトリン(ソノヤ・ミズノ)らと、業界の関係者にコネを作るためパーティーに乗り込みますが、脚本家を自称する男グレッグ(フィン・ウィトロック)にしつこく言い寄られた以外、収穫なし。おまけに愛車を駐車違反で警察に移動され、失意のまま徒歩で帰宅することに。しかしそんな中、素晴らしいピアノの音が聞こえてきます。ふと通りすがりの店に立ち寄ると、演奏していたのはセブでした。

一方のセブは、姉ローラ(ローズマリー・デウィット)から「堅実な仕事に就きなさい」と諌められながら、ジャズ専門の店を開くという夢を諦めきれません。年末のその時期、クリスマス・ソングを弾くように店のオーナー、ビル(JK・シモンズ)に命じられていたのに、勝手に自分の好きな曲を弾いたことで、その場で解雇。ミアは「あなたの演奏に感動した」と近寄りますが、セブはふてくされて彼女を無視し、店を出て行ってしまいます。こうして、2人の偶然の再会も最悪なものでした。

ところがしばらく後、ある野外パーティーで演奏しているコピーバンドに目を留めたミアは、キーボードを弾いているのがセブだと気付きます。この会場でも、グレッグにつきまとわれていたミアは、セブに友人の振りをしてもらい、2人で会場を抜け出します。

ここまで、ずっと好感度ゼロでありながら、偶然の出会いが何度も続いたことで、急速に感情が高まっていくミアとセブ。お互いに売れない女優とピアニストである身の上で、夢を語り合ううちに意気投合していき、すぐに愛し合うようになります。

だが、そのままでは現実は何も変わりません。己が信奉する純粋なジャズだけを演奏する店を開きたいと考えるセブは、資金を貯めるために、旧友のキース(ジョン・レジェンド)が結成した新しいR&B系のバンドに参加。初めは乗り気ではなかったものの、このバンドが思いがけない成功を収めてしまい、長いツアーに出ることになります。ミアの方も、自分で脚本を書いた独り芝居を自費で上演し、一世一代の大勝負に出ようとします。こうして、徐々に2人の進む道は離れていきます・・・。

 

「セッション」のJK・シモンズが、チョイ役ながら顔を出しているのが嬉しいですね。それから、ヒロインの友人役のソノヤ・ミズノは東京生まれの日系英国人で、これまではモデル業中心でしたが(ユニクロの広告などでも活躍していました)本作が大注目となったので、映画界での活動も増えてきそうです。エマ・ワトソン主演で間もなく公開の実写版「美女と野獣」にも出演しているとのことです。

ということで、この作品は映画館で見るべき一作だと思いました。もちろん、このような話題作は遠からずDVDになり、テレビでも放映するでしょうが、これほど計算されつくした映像と音楽を味わうには、テレビではいかにももったいないですね。

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