MW(ムウ)
手塚治虫のマンガを原作とした映画「MW(ムウ)」を見てきました。原作は手塚作品の中でも際立って異色なピカレスクもので、MWというタイトルの真意もいまだあきらかではない、という伝説的な作品です。今年は手塚先生の生誕80年にあたるそうであります・・・しかしそうなると、まだまだお元気であっても全く不思議じゃないんですね。ということで、アニバーサリー映画なわけですが、こういう原作があるものの場合、原作を知っている人と、知らない人の感想はどうしても異なります。
今回は、手塚治虫ファンクラブ会員である妻はもちろんのこと、私も原作漫画を読んでの上での感想なんですが・・・「これはMWなの?」というのが率直な感想ですね。
まあ大づかみに言って、①米軍の毒ガス兵器MWというものがあって②その生産をしていた日本の孤島で毒ガス漏出事故があり島民が全滅し③生き残った少年二人のうち、一人が銀行員、一人が神父となって④その銀行員の方が、事件を隠ぺいした日本政府や関係者に復讐を果たそうとする――という骨の部分だけは、原作と映画は同じです。逆に言いますと、この「骨の部分以外は全くの別物」というぐらい、改作されております。まあですから、事実上、原案・手塚治虫だけど全くの新作、というぐらいのつもりでご覧になるべきだと思います、原作ファンの皆様の場合は。実際、主要な登場人物もみんな名前からして変えられており(主人公も結城美知夫→美智雄、賀来巌→賀来裕太郎など)そもそも同じものではない、という意図があるようです。
特に原作漫画のいちばん大事な特徴は、生き残った銀行員と神父の二人は、同性愛者であり、愛し合っている、という点にあります。それで、銀行員が女たちを口説いて利用した後、平気で捨てるようなところも、神父が苦悩しながらも銀行員の犯罪に手を貸し続けてしまう点も、わかりやすくなるわけです。また、原作では米軍の高官にも銀行員が色仕掛けで接近するわけですが、このへんも同性愛という前提がありました。そのへんが、この映画では同性愛者という前提をカットしています。それで話としてはすっきりするのでしょうが、特に銀行員と神父の関係がどうしても不自然にみえます。
それからもう一つ、これは私の仕事上からの感想かもしれませんが、架空の新聞社が重要なかかわり方をして出てくるのですが、なんか変な感じがしました。与党総裁候補の政治家までかかわってくるような疑惑の大ネタを、そのへんの部内の会議で使うか使わないか決めるなんて考えられませんね。
秘密兵器なのに、米軍の管理エリアではどこに行っても、でかい文字で「MW」と大書してあるのもすごく変です。
しかし、もしあれをMWとして見ないで、全くの新作の犯罪映画として見た場合はどうだろうか、と。すると、少なくとも前半は非常に面白いのじゃないでしょうか。ことに出だしのタイでのロケで撮った部分はスケールが大きくて非常によく出来ていました。しかしちょっと、肝心のクライマックスになるほど尻すぼみの感も・・・。
それからこれも個人的感想ですが、主人公の勤める銀行が東京駅前OAZOだったり、最後のシーンがサンケイビル前だったり、とにかく大手町に勤める私にはおなじみの場所が多くて、なにやら「ご近所の話」のような親近感がわきました。
主人公役の玉木宏さんは実に存在感があり、いい演技をしていると思いました。沢来刑事役の石橋遼さん、牧野記者役の石田ゆり子さんも熱演でよかったと思います。
いっそのこと、あそこまでいじくるなら、MWは男MANと女WOMANを意味していて、あの毒ガスを吸うとみんな恋愛対象が逆転し同性愛者になってしまう、というような話にでもしてくれればよかったのに、と思います(笑)。それすごいですよ、MWを使用すると、結果として人類をみんな同性愛者にしてしまえる、という・・・いや、これではメル・ブルックスのコメディーになってしまいますか。それならMWは米軍じゃなくてナチスの秘密兵器だった、という設定にしないといけないかも(ブルックスの作品には必ず①同性愛②ユダヤ人③ナチスが出てきますから)。
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