2018年2月24日 (土)

【映画評 感想】グレイテスト・ショーマン

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 映画「グレイテスト・ショーマン」
THE GREATEST SHOWMAN を見ました。ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル作品で、楽曲担当はペンジ・パセックとジャスティン・ポールのコンビ。あの「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞とグラミー賞、さらに別の舞台作品でトニー賞も受け、まさに破竹の快進撃をみせている2人です。

確かにこの作品、音楽が素晴らしい。1時間45分の間、オリジナル・ナンバー9曲が連続でつながり、ほとんど立て続けに時間を埋め尽くしております。ミュージカル映画でも、普通のお芝居がかなり入る作品がありますが、本作は、音楽とダンスシーンが中心となるタイプです。これがどの曲もどの曲も、素晴らしい完成度。全曲をシングルカットしてもいい感じです。実際、この映画のオリジナル・サントラは並み居るヒット曲を押しのけ、全米及び日本のチャートで1位をとる快挙を見せており、中盤で歌われる「ディス・イズ・ミー」はアカデミー賞にノミネートされております。

 本作で取り上げているのは、アメリカのショービジネス界で伝説の巨人とされ、史上初めてサーカス興行を行ったフィニアス・テイラー・バーナム(18101891)の半生ですが、正確な伝記ではなく、史実をベースとして創作されたストーリー、とされています。とはいえ、基本的にはバーナムの実人生をかなりなぞっている展開になっております。

 

 貧しい仕立屋の子供として生まれたP・T・バーナム(ジャックマン)は、上流階級の令嬢チャリティ・ハレット(ミシェル・ウィリアムズ)と仲良くなります。しかし彼らの恋は、身分違いゆえに許されるものではありませんでした。父親が死んで孤軍奮闘するバーナムと、花嫁学校に入れられたチャリティの仲は引き裂かれてしまいます。だが二人の想いは強く、ついに親の反対を押し切って結婚します。

 夫婦にはかわいい娘が2人うまれ、貧しくとも幸せな生活でしたが、バーナムの勤めていた海運会社が突然、船の沈没により倒産。これをチャンスと捉えたバーナムは、すでに沈んだ船の保有証書を担保として船主を装い、銀行から開業資金を融資してもらいます。

 この資金を元にバーナムは、ニューヨークの一等地マンハッタンに「バーナムのアメリカ博物館」を開館します。これは世界中の珍奇な物を集めた博物館でした。しかしバーナム一家の意気込みとは裏腹に客足は全く伸びず、経営は行き詰まります。ここで、子供たちのアイデアからヒントを得たバーナムは、物ではなく「珍しい人間」を見せ物にした興行を打つことを思いつきます。

 「ジェネラル・トム・サム(親指トム将軍)」の異名で知られる小人チャールズ・ストラットン(サム・ハンフリー)や、ヒゲ女レティ(キアラ・セトル)など、社会で受け入れられなかった人々を雇ってバーナム一座を結成した興行は大ヒット。一座はサーカスと呼ばれるようになり、バーナムは富豪の仲間入りをします。しかしこのショーは劇評家からは叩かれ、「低俗で悪趣味な見せ物」として激しく嫌悪する人々も多く、加えて経済的には成功したバーナム一家も、上流社会から成り上がり者として後ろ指を指されます。

 そこで、バーナムは、上流階級向けの演劇プロデューサーとして有名なフィリップ・カーライル(ザック・エフロン)を口説き、仲間に入れることに成功。フィリップはバーナム一座で空中ブランコの花形であるアン(ゼンデイヤ)と出会い、一目惚れしてしまいますが、人種と身分の違いを超えて愛を成就させることは非常に難しい時代でした。

 やがて、フィリップの尽力で一座は英国に渡り、世界の上流社会の頂点に立つヴィクトリア女王に拝謁。さらにそこでバーナムは、女王のお気に入りであり、一世を風靡していたスウェーデン人歌手のジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)と出会い魅了されます。バーナムはジェニーをアメリカに招いて興行を打つことで、自分自身も上流階層の社交界に受け入れられることを強く望みます。

 ジェニーがアメリカにやって来ると、バーナムは一座をフィリップに任せ、ジェニーと共に全米を回るツアーに出かけてしまいます。ジェニーのツアーはアメリカでも絶賛で迎えられますが、残されたチャリティたち家族は傷つき、一座のメンバーの心も、あまりに上昇志向が強いバーナムから離れていきます。そんな中、ついにサーカスを嫌う人々と一座の間で大騒動が持ち上がり、バーナムは破滅の危機に追い込まれてしまいます…。

 

 といった展開でして、一連のことがあっという間に(ほんの数年ぐらいの間に)起こったように描かれます。これは意図的な演出で、2人のバーナムの娘も劇中でほとんど年齢が変わりません。しかし、史実を見ますと、1829年にバーナム夫妻が結婚(ということはバーナムはまだ19歳)、34年からショービジネスを始め、41年(31歳ぐらい)にバーナムの博物館を開業。44年にヴィクトリア女王に拝謁し、50年(40歳ぐらい)にジェリー・リンドの公演を打ちます。そして65年(55歳ぐらい)に博物館が火災で焼け、テントによるサーカス興行「地上最大のショー」を開始。その後、政界に進出し州会議員や市長を歴任。73年(63歳ぐらい)にチャリティ夫人が亡くなり、別の女性と再婚して晩年を迎え81歳で亡くなる…。そんな人生ですので、実際には結婚から映画のエンディングあたりまでで36年も経過していたことになります。

 史実のバーナムは、偉大なショーマンであると同時に、典型的なペテン師とも見なされ、相当にあくが強く、功罪ともに相半ばして議論が尽きないような人物です。

また、他の実在人物として、19世紀当時、世界で最も有名なオペラ歌手だったジェニー・リンド(182087)についても、本作ではバーナムとのロマンス色が強く描かれていますが、実際のリンドは大作曲家メンデルスゾーンと秘密の恋愛関係にあったのでは、と言われる人です。その他にも、あのピアノの詩人ショパンとの関係や、童話作家アンデルセンに求婚されて断った、といった逸話もあるなど、この人の実人生そのものが大変ドラマチックだったようですね。

リンドは1850年に始まったバーナム主宰の全米公演を中途で打ちきった後(主にバーナムの運営姿勢に疑問を抱いた、ということのようです)、自主公演として52年まで全米ツアーを継続しており、収益のほとんどを慈善事業に寄付しています。さらにこの時に共演したドイツ人ピアニスト、オットー・ゴルトシュミット(この人もメンデルスゾーンの弟子)とボストンで挙式し、一緒に欧州に戻っており、このへんもちょっと映画の描き方とは相違しているようです。

 サーカスのメンバーでは、ジェネラル・トム・サム(183883)は実在の人物です。彼を伴った公演を英国で行った際に、ヴィクトリア女王に拝謁したようで、映画でも女王が彼に強い興味を抱くシーンがあるのは史実を反映しているのでしょう。他の人々は、モデルになる実在人物はいるものの、本人そのものとしては登場していません。

 というような史実との相違はしかし、このミュージカル作品では気にしないことです。これまでにP・T・バーナムを取り上げた映画は何度も作られており(特に有名なのは1986年の「バーナム/観客を発明した男」で、バーナムを演じたのはバート・ランカスター)、また1980年にはズバリ「バーナム」という題のミュージカルも舞台で公演されていますが、それらはより忠実にバーナムの人生そのものを伝記的に紹介していたようです。しかし今回は、あくまでもバーナムという人物をモデルとした「人生賛歌」として、見事にストーリーを盛り上げています。このあたりは、第一稿をもとに脚本を練り上げたビル・コンドン(あの「美女と野獣」の監督です)の手腕なのだろうと思います。

 歌が素晴らしい、と初めに申しました。特に冒頭の「ザ・グレイテスト・ショー」、それからバーナムがフィリップを口説く「ジ・アザーサイド」、ジェニー・リンドがステージで歌い上げる「ネヴァー・イナフ」、ヒゲ女がリードをとり、本作を代表する一曲「ディス・イズ・ミー」、さらにフィリップとアンの想いが爆発する「リライト・ザ・スター」…、ざっと挙げたつもりで、もうほとんどの楽曲を挙げなければならないほどです。

 多くの歌唱は出演者が自身でこなしております(ジェニー・リンドの歌声はローレン・オルレッドが吹き替え)。そもそもミュージカル・スターであり、「レ・ミゼラブル」の主演で有名なジャックマンは元より、舞台ではすでに定評のあったキアラ・セトルや、ヴォーカリストとしての実績があるデンゼイヤの歌唱力の高さに、改めて脚光が当たっています。「ヘアスプレー」などで知られるエフロンも歌える人なのは当然ですが、今作はことのほか大変だったのではないでしょうか。「ジ・アザーサイド」のシーンでは、酒場でバーナムとフィリップが飲みながら歌い、踊るという展開で、2人がグラスを空けると、すかさずマスターが酒をつぐ、という繰り返しがスリリングで、これは難しかっただろう、と思いましたが、パンフレットに拠ればこのシーンだけで3週間も練習したとか。「リライト・ザ・スター」を歌うシーンでは、デンゼイヤと共にロープや空中ブランコで舞い上がりながら歌う、という場面を、もちろん吹き替えなしで本人たちがやっています。デンゼイヤも今作のために、何か月も空中ブランコを練習したそうで、もうシルク・ド・ソレイユばりの危険な演技を自分でやっていますが、ここも大きな見どころです。

 最初から最後まで一貫して描かれる「差別との闘い」というテーマが、あくまでエンターテイメントの流れを損なうことなく、しかし胸に迫る重みを持って提示されているのは本作の特徴として特筆すべき点でしょう。

 本当に、グレイテスト・ショーの名にふさわしい一作です。日本でもサントラ盤CDの生産が追いつかず、入荷未定の状態が続いています。この豪華絢爛たる映像と音楽を楽しむには、やはり大画面で、と思いました。

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2018年2月13日 (火)

「コシノジュンコ先生の文化功労者受賞を祝う会」(東京・六本木)

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 昨日、東京・六本木のホテルで、デザイナー、コシノジュンコ先生の文化功労者受賞を祝うパーティーが開催され、450人の方が参加。私どもも末席を汚してまいりました。開宴前には先生と3人で記念撮影させていただきました。私の着ている皮革製の燕尾服、玲子のドレスはコシノ先生の作品です。Dv3pdvruqaeu3qx

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 私どもは、岡部俊哉・前陸上幕僚長ご夫妻、陸上自衛隊の補給統制本部長・金丸章彦陸将と記念撮影させていただきました。タキシード姿の方が岡部前陸幕長、制服の方が金丸陸将です。会場には中国、キューバ、ポーランドなど各国の大使、林芳正文科相、女優の倍賞千恵子さんや萬田久子さん、デヴィ・スカルノ夫人、神田うのさんらのお姿がありました。Dv3pm4mvmaaefml


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2018年2月 4日 (日)

【映画評 感想】ジオストーム

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「ジオストーム」
Geostormという映画を見ました。監督がローランド・エメリッヒ作品の製作・脚本で有名なディーン・デヴリンということで、典型的なSFディザスター映画かと思ったのですが、見てみると違うのです! もちろんSF要素も災害パニックものの色も十分なのですが、後半はむしろクライム・アクション映画なのですね。実はこのクライムもの、犯罪捜査の部分が面白い、という一本です。主演が「オペラ座の怪人」や「300」で知られるジェラルド・バトラーということが主要な動機で見に行ったのですが、これがなかなか期待を上回る快作です。主人公の弟の彼女が、ホワイトハウスのエリート大統領警護官という設定なのですが、なぜこういう人物がこの種のSF映画に出てくるのか、最初は若干の違和感を覚えるものの、その後の展開を考えると大いに納得なわけです。

結構、アメリカの批評サイトなどでは辛口なものが目立つようですが、おそらくデヴリン監督にエメリッヒ作品のような災害大作を期待しすぎたのではないでしょうか。私はいい意味で、予想を裏切られた作品でした。

 

壊滅的な自然災害が続発した2019年、世界17か国が力を合わせて、地球の気候を宇宙ステーションと人工衛星網でコントロールする「ダッチボーイ」システムが完成します。ダッチボーイ(オランダ人の少年)とは、堤防の決壊を命がけで食い止めた少年の有名な逸話にちなんだ命名です。世界中から集まったスタッフを束ね、見事に計画を成し遂げたアメリカの科学者ジェイク・ローソン(バトラー)は一躍、世界の救世主と讃えられますが、それから間もなく、米上院の査問委員会に呼び出されます。独断専行の多いジェイクは、持ち前の傲岸な性格も災いして、計画の主任を解任されたばかりか、NASAでのすべての任務を取り上げられ、解雇されてしまいます。

しかも、ダッチボーイ計画の指揮権は、ジェイクの弟で国務省の官僚であるマックス・ローソン(ジム・スタージェス)に与えられます。屈辱と怒りの中で計画を去ったジェイクは姿を消し、世捨て人のようになってしまいます…。

それから3年後の2022年。それまで順調に稼働していたダッチボーイが不具合を起こし、アフガニスタンの砂漠の村が氷結、多くの村人が凍死する、という痛ましい事件が起こります。さらに事故は続き、香港では超高温のためにガス管が爆発し多数のビルが倒壊、大災害が発生します。そのうえに、国際宇宙ステーションで、一人のスタッフが通常では考えられない事故で死亡。あきらかにシステム上の異変が起きていると思われました。

実は、ダッチボーイはあと2週間で、アメリカ政府の手を離れ、国連に移管することになっていました。当初、パルマ合衆国大統領(アンディ・ガルシア)は事件を隠蔽したまま手放そうと考えますが、それでは無責任、というマックスの意見を入れることにし、デッコム国務長官(エド・ハリス)の進言もあり、計画のすべてを熟知する唯一の男、ジェイクを呼び戻して、宇宙ステーションに派遣することにします。ジェイクの復帰には乗り気でないマックスも、国務省の上司で、恩人であるデッコムの意見には逆らえません。

仕事を失い、妻とも離婚。一人娘のハンナ(タリタ・ベイトマン)の成長だけを楽しみに暮らすジェイクの元を、今や国務次官補に昇進しているマックスが訪れます。これまでの経緯から反目する兄弟ですが、心血を注いで作り上げたダッチボーイの異常を知り、ジェイクは再び宇宙ステーションに向かうことを決意します。

3年ぶりに訪れたステーションでジェイクを出迎えたのは、かつての部下でドイツ出身のウーテ・ヒスベンダー(アレクサンドラ・マリア・ララ)。しかし今では彼女がこの基地の指揮官であり、ジェイクはすでに過去の人。3年前にはいなかったメキシコのアル(エウヘニオ・デルベス)や、英国のダンカン(ロバート・シーハン)らクルーの態度も冷ややかなものでした。

そんな中、香港駐在のダッチボーイ・システム調査員チェン(ダニエル・ウー)が、前の異常高温事件を調べるうちに、関係者であっても衛星の制御システムにアクセス出来なくなっている事実に気付き、連絡してきます。このまま制御不能の事態が進行すれば、地球全体が「ジオストーム」(破局的な世界規模の大嵐)に見舞われる、と指摘したチェンは、さらに重要な秘密をつかむと、マックスに会うためにアメリカまでやって来ます。しかし、マックスに接触しようとする寸前に、チェンは何者かに襲われます。マックスと、その恋人で大統領警護官のサラ・ウィルソン(アビー・コーニッシュ)は、ダッチボーイの不具合が単なる故障ではなく、人為的な妨害工作であることを疑い始めます。

そのころ、衛星のデータを記録しているデバイスを回収しようと宇宙遊泳に出たジェイクも、作業中に宇宙服の制御装置が故障して命を落としかけます。ジェイクとマックスは、これが何者かの陰謀による犯罪なのではないか、という結論で一致します。

マックスは、チェンから聞いたダッチボーイ計画の背後で人知れず進行している「ゼウス計画」という名称の別のプロジェクトを調べるために、旧友の国務省職員でネット・ハッキングの名人ディナ(ザジー・ビーツ)の助けを借りて情報にアクセスしようとしますが、現職の国務次官補で、ダッチボーイ計画の責任者であるマックスでも情報を得られないことが分かり愕然とします。やむなく、最高レベルの捜査権限とあらゆるアクセス権を持っている人物、つまりサラの協力を得て調べたところ、ゼウス計画というものは、ダッチボーイを気象兵器として用いる悪魔のプランであり、その解除に必要なコードは合衆国大統領だけが知っている、ということが判明します。

そうするうち、インドのムンバイで、モスクワで、リオデジャネイロで、東京で、異常な気象現象が起こり、大災害が発生します。かくて、フロリダ州オーランドの党員集会に出席するパルマ大統領をめぐり、サラとマックスはどうするのか。そして、宇宙ステーションで見えない敵と戦うジェイクとウーテは、ジオストームを阻止出来るのでしょうか…。

 

ということで、ジェラルド・バトラーとジム・スタージェスの兄弟の反目とか、一人娘との情愛とか、おいしいところはしっかり押さえていますが、全編を通して見ると、2人の強いヒロインがとにかく活躍します。つまりドイツ人科学者ウーテと、警護官サラですね。この2人が実にかっこいい。アレクサンドラ・マリア・ララは「ヒトラー~最期の十二日間~」の総統秘書ユンゲ役で有名ですが、私は久しぶりに見ました。今やドイツ映画界を代表する女優さんです(この人、本来の国籍はルーマニアですが、4歳から西ドイツに移住し、ずっとドイツで暮らしているので、ドイツの女優と言って全く問題ないでしょう)。それからサラ役のアビー・コーニッシュが凜としていて、実にいいです。実際に警護官だった人の指導を受け、射撃の訓練も積んで役作りしただけのことがあります。この人も、私は「エリザベス・ゴールデンエイジ」でエリザベス1世女王の侍女ベス・スロックモートンをやっていた頃しか覚えていなかったのですが、いい女優になりましたね。この人はオーストラリアの人で、ホワイトハウス職員の役柄ですが、実はアメリカ人ではありません。

マックス役のジム・スタージェスは、近年のヒット作としては「クラウド・アトラス」ですが、2008年の映画「ブーリン家の姉妹」では、ナタリー・ポートマン演じるアン・ブーリンの弟の役をやっていました。あの作品ではこの人も、イケメンの若手としてかなり注目されたと思いましたが、その時点ではずっと端役扱いだったエディ・レッドメインやベネディクト・カンバーバッチのその後の大出世が話題になりました。この人もぜひ頑張ってほしいです。ちなみにジム・スタージェスはロンドン出身、ジェラルド・バトラーはスコットランド出身で、いずれも英国籍。米国人兄弟という役柄ですが、こちらも実は全くアメリカ人ではないわけです。

その一方、英国人クルーの役をやっているロバート・シーハンという人、どこかで見た顔だと思えば、ニコラス・ケイジ主演の「デビル・クエスト」(2011)で最後まで生き残る騎士見習いの若者を演じていました。この人は英国籍でなく、実際はアイルランド人です。

宇宙ステーションの描写などはまことに素晴らしいもので、NASAの監修を受けており、リアルそのものです。一方で、絶叫災害ものとしての側面は、見終わってみると意外に薄いです。その点が、そういう作風を期待していた人には物足りなかったのかもしれません。それに、「アメリカが世界を救う」というハリウッド映画のお定まりのパターンからいえば、本作はむしろ、環境の悪化を無視し、国際協調を破って独善的に行動する「アメリカの暗部」をテーマにしている感じです。主人公を最後に救うのがメキシコ人のクルーだったり、2022年時点の合衆国大統領が、アンディ・ガルシアが演じるラテン系だったり(ということは、トランプ氏は1期だけ、という意味ですね。もっとも本作の撮影時はまだトランプ氏が勝利するなど全く予想されていなかったそうですが)という描き方は、アメリカ・ファーストな信条の人からは敬遠された、という可能性もあります。

ちなみに、ダッチボーイの建造に関わった17か国の中には日本も入っているようで、宇宙船の機体に描かれた日の丸がしっかり確認できます。

なんにしても私は、サラ・ウィルソン警護官が活躍し出す後半の展開が好きですね。カーチェイスあり、銃撃ありで、出だしはSF然としていたこの作品がそういう話になるのか、と思いました。この人をヒロインにして新シリーズにしてほしいぐらいです。

それに、クライマックスの盛り上がりは素晴らしいですよ。この手の作品は、最後はこうならないと、というところはきっちり感動的に演出してくれています。大画面で見て損のない一作だと思いました。

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2018年2月 3日 (土)

【映画評 感想】ダークタワー

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 映画「ダークタワー」
The Dark Towerを見ました。あのホラー文学の巨匠スティーヴン・キングが30年がかりで書き上げた大河小説の映画化で、メガホンを執るのは、「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」で知られるデンマークのニコライ・アーセル監督。今まで、長年にわたってJJ・エイブラムズ監督やロン・ハワード監督がこの小説の映画化に取り組んでいたそうですが、諸般の事情でアーセル監督の出番となったようです。このアーセル監督、少年時代から原作を愛読し、当時、組んでいたアマチュアバンドで、「ダークタワー」にちなんだオリジナル曲を演奏したこともあるほどの筋金入りのファンだとか。

 そして配役として、今をときめくイドリス・エルバに、アカデミー賞俳優のマシュー・マコノヒーが顔をそろえる、ということで、なにやらただならない物を感じて見てみました。この2人の俳優は我が家的にお気に入りですし。

 見終わってみて、やはりこの2人の存在感と演技は素晴らしいです。というか、このレベルの人たちだから成り立った企画かも、と思います。それと、子役のトム・タイラーという人もいい。今現在16歳ということですが、まもなく名子役を脱して、期待の若手、と呼ばれそうです。いかにもスティーヴン・キングの作品らしい「わかってくれない大人」と子供の対立、というモチーフにぴったりのピュアな、そして役柄からでしょうが、ちょっとどこかダークな感じもある少年です。

 しかしまあ、7部構成の大河小説で、日本語版でも新潮文庫から16冊とか、番外編も入れるとさらに、とかいうボリュームの大長編を、2時間にも満たない映画一本にするのはかなり無理があったのでは。スティーヴン・キングが大いに影響を受けたという「指輪物語」も、「ロード・オブ・ザ・リング」と「ホビット」あわせて6部作でなんとか映像化したわけです。「ハリー・ポッター」にしても「スター・ウォーズ」にしても、やはりそれなりのスケール感がないと描けないものは描けない、と感じてしまいます。

 要するに、原作を全く知らない人には不親切、そして原作のファンからすれば物足りないも甚だしい、ということになりそうですが…。これはむしろ、1年ぐらいかけて大河ドラマにした方がいい素材かもしれません。

 ではあるのですが、色々な制約がある中、監督がもともとファンであるというのが強みで、短い時間の中で、しっかり手際よくストーリーは盛り上げていますし、世界観も不十分ながら、なんとなく理解出来ます。原作の持ち味は正しく伝えているのではないかと。キングの作品世界への思い入れや愛を感じるように思います。だから見応えはあります。問題はおそらく製作面でのビジネス的な制約がいちばん大きいのでしょうが…。

 

 ニューヨークに住む11歳の少年ジェイク・チェンバーズ(トム・タイラー)は、1年前に消防官だった父親が殉職し、心を閉ざしています。母親のローリー(キャサリン・ウィニック)は息子を愛していますが、早くも新しい夫と再婚。義父のロンは露骨にジェイクを邪魔者扱いにしています。

 ジェイクは1年前の父の事故以来、夜な夜な不思議な夢を見るようになりました。真っ黒い巨大な塔がそびえ立つ世界。その塔を、機械に縛り付けられた子供たちが発するエネルギーのビームが攻撃して破壊する、というものです。無数の世界を結びつけている塔が崩壊すれば、この宇宙は終焉を迎え、暗黒の勢力が乗り込んできます。その証拠に、塔が揺らぐ夢をジェイクが見るたびに、現実の世界でもニューヨークはもちろん、各地で地震が頻発するのです。

 塔を破壊するべくあちこちから子供たちを集め、暗躍する不気味な「黒衣の男」や、これと敵対し、暗黒の塔を守ろうとする拳銃の使い手「ガンスリンガー」の存在。黒衣の男に従う一見、人間のようで、実は人の顔のマスクを被っている醜い獣のような亜人種…。

 当然ながら精神科医は、父親を失ったがゆえの妄想だと切り捨てますが、ジェイクはこれらの夢の世界が実在すると考えます。やがて、学校でトラブルを起こしたジェイクは施設に送られることになります。しかし、迎えに来た施設の職員の首筋に、マスクの切れ目があることに気付いたジェイクは、慌てて逃げ出します。

 ジェイクは夢で見たニューヨーク市内にあると思われる古い建物を探し、ついにたどり着きます。そこには、異世界に転移出来るポータルが存在していました。ジェイクが足を踏み入れた先は、夢に出てきた「中間世界」と呼ばれる荒廃した領域。そして、そこで出会ったのは、やはり夢で見た「最後のガンスリンガー」ことローランド・デスチェイン(イドリス・エルバ)その人でした。

 ジェイクから夢の話を聞いたローランドは、「夢読み」のアラ(クラウディア・キム)を尋ねて小さな村を目指します。

 しかしその頃、ただならぬ超能力「シャイン=輝き」を秘めた子供が中間世界に侵入したことを悟った黒衣の男ウォルター(マシュー・マコノヒー)は、ニューヨークに行ってジェイクの家を訪れ、ローリーから情報を手に入れます。ジェイクこそ、暗黒の塔を破壊出来る最強の能力者に違いない、と判断したウォルター。しかも、そのジェイクと一緒に宿敵ローランドがいることを知り、ウォルターは村を襲撃することにします…。

 

 というような展開ですが、ジェイクという子供の設定が原作とはかなり異なりますし、黒衣の男ウォルターというのが何者で、これに仕える亜人種タヒーンというのは何なのか、というのも全く描かれません。ウォルターの主君であるクリムゾン・キング(真紅の王)の存在も、ちょっと暗示的にふれられるだけ。だから、本作だけ見て知識が完結するようには出来ていません。

 しかし、スティーヴン・キングの語る物語はみな、このダークタワーの世界とつながっている、という背景を知ると、見えてくるものがあるわけです。たとえば「IT」でさらわれていく子供や、「キャリー」で最後に行方不明となる超能力少女キャリー、といった人物は、要するにこのウォルターの下に送られて、暗黒の塔の破壊に使役されているのかもしれない、という具合です。

 主演級の3人のほかの人物では、アラ役のクラウディア・キムが美しい。日本では「キム・スヒョン」の名で知られる韓国の女優さんですが、欧米圏ではクラウディアという名で活動。「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」にちょっとマッドな女性研究者の役で出演して知名度を上げ、今度はエディ・レッドメインが主演するハリー・ポッターの続編「ファンタスティック・ビースト」シリーズの次作に出演するそうで、ハリウッドで大いに活躍しています。すごいですね。

 それからチョイ役ですが、ウォルターの直属の部下の一人、亜人種タヒーンの女性ティラナを演じたアビー・リー・カーショウも、出演シーンが少ないのに目立ちました。「マッドマックス」の新作や「キング・オブ・エジプト」などで注目された美貌の人。さすがにトップモデルの一人、立っているだけでも存在感があります。何しろウォルターが、マスクを被っている亜人種と知っての上で一目惚れしてしまう、というような描き方なので、こういうレベルの人を起用したのでしょうが、ここのシーンがウォルターという謎めいた男の個人的な人間性(というか女の好み)を覗かせて、ちょっと面白いです。

 大作小説を映像化するには短すぎる、という見方もある一方で、ひとつの作品としてみると、ちょうどいい長さのようにも感じられるのが悩ましいところです。映画の密度や登場人物の数からして、実は見終わった後の充実感はしっかりあります。

 やはり後の展開などを気にすることなく、単発映画として充実させる、という方法を優先したのだろう、と思われるわけです。何が正解というのは難しいですが、いろいろと、有名な原作がある映画化について考えさせられる一本でもありました。

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2018年1月22日 (月)

首都圏も雪景色ですね。

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 雪に弱い首都圏、今日は予報通りに降りましたね。午後8時過ぎには、東京・大手町で5センチぐらい、9時過ぎの千葉県浦安市では10センチ近く積もっている感じでした。久しぶりの雪景色で、風情はあるのですが、明日からまた交通が乱れそうですね。20180122201346

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2018年1月19日 (金)

今年も洋ランが咲きました。

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 我が家の洋ランが満開になりました。妻が若いころから手入れしているものですが、毎年、この時期になると咲いてくれます。また来週あたりから寒くなりそうな予報ですが、皆様ご自愛ください。Dt4ke9vvwaaaph0


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2018年1月12日 (金)

【映画評 感想】キングスマン : ゴールデン・サークル

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  映画「キングスマン
: ゴールデン・サークル」Kingsman: The Golden Circleを見ました。2014年のヒット作の続編で、「キック・アス」などで知られるマシュー・ヴォーン監督の作品です。

英国のロンドン、サヴィル・ロー街にある高級紳士服店を隠れ蓑に暗躍する、どこの国家にも帰属しない国際諜報組織「キングスマン」。前作では、ハリー(コリン・ファース)にスカウトされて、そのエージェント候補生となったエグジー(タロン・エガートン)が成長していく物語でした。

厳しい教官のマーリン(マーク・ストロング)にしごかれ、上流階級出身のチャーリー(エドワード・ホルクロフト)と対立しながら、最終試験では親友ロキシー(ソフィー・クックソン)に敗れて訓練所を去ることになったエグジー。しかし、人類の人口削減を目指す狂気の富豪ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)と、その部下のガゼル(ソフィア・ブテラ)の手にかかって、ハリーが米ケンタッキー州の教会で殉職。奮起したエグジーは最終的にヴァレンタインの野望をくじき、キングスマンの正式メンバーに迎えられます。さらにヴァレンタインに監禁されていたスウェーデンの王女ティルデ(ハンナ・アルストロム)といい仲になりエンディング、というものでした。

本作は、それから1年後にスタートします。

 

今や立派なキングスマン・エージェントとなり、活躍するエグジー。ある日、候補生時代の仇敵チャーリーが現れ、襲われます。チャーリーは候補生を落第した後、ヴァレンタインの組織に寝返り、その後は死んだと思われていました。エグジーは何とかこれを撃退したのですが、ロキシーの調査により、チャーリーが単なる個人的な復仇の念だけで現れたのではなく、現在では謎の女ボス、ポピー(ジュリアン・ムーア)率いる国際麻薬組織「ゴールデン・サークル」の一員となって行動していることが分かります。

たまたまエグジーがティルデの両親であるスウェーデン国王夫妻と会食している間に、ゴールデン・サークルの放った巡航ミサイルの攻撃を受けて、キングスマンの拠点はすべて壊滅。リーダーのアーサー(マイケル・ガンボン)以下、ほとんどが殉職してしまいます。

エグジーは生き残ったマーリンと共に、まずは組織が危機に瀕した場合の取り決めに従うことにします。指定された秘密金庫には、米ケンタッキー産のバーボンの瓶があるだけでしたが、これにより2人は、アメリカに渡ることにします。

そのバーボン蒸留所で2人を出迎えたのは、テキーラ(チャニング・テイタム)と名乗る武闘派の荒っぽい男でした。敵のスパイと疑われ、手もなく捕えられた2人はそこで、死んだはずのハリーと再会して驚愕します。ハリーはヴァレンタインに頭を撃たれた後、ここの組織の技術担当者ジンジャー(ハル・ベリー)に救出され、一命を取り留めたのですが、左目を失い、自分が諜報員だったことも忘れて記憶喪失となっていました。

この組織は、バーボン蒸留所を表向きとする「ステイツマン」という諜報機関でした。19世紀に「キングスマン」と並んで設立された兄弟組織で、万一の場合には協力し合う取り決めがあったのです。ステイツマンのリーダー、シャンパン(ジェフ・ブリッジス)はキングスマンの組織再編に協力することを約束し、共にゴールデン・サークルと戦うことを決意します。

エグジーは、ステイツマンのエージェント・ウイスキー(ペドロ・パスカル)と共に、まずは所在がつかめているチャーリーの恋人クララ(ポピー・デルヴィーニュ)に接触します。その間にポピーは公然と動きだし、麻薬合法化をアメリカ大統領(ブルース・グリーンウッド)に迫ります。ポピーがカンボジアの密林に築いた秘密拠点には、誘拐されて姿を消していた英ロック界のスーパースター、サー・エルトン・ジョン(本人役)がいました…。

 

というようなことで、いきなり最初の方でキングスマンの組織が全滅、という荒業なのが驚いてしまいます。結果として、前作の要素を引き継ぎつつも、同じような展開をなぞることは一切なく、常に新鮮さを狙うヴォーン監督の大胆不敵な意志の表れでしょう。その後も次々に意表を突く展開、新しいギミック、アイデア満載で、残酷な描写とシュールなブラック・ユーモアがテンコ盛り、と前作の過激なノリを損なわず、マンネリと呼ばせない手際は見事なものです。いい意味で期待を裏切りつつ、トータルで期待を裏切らない、とでも言いましょうか。これは人気作の続編を作るうえで、非常に難しいことなのでしょうが、やってのけている感がいたします。えげつない、不謹慎、と言ってよいような内容なのに、洗練された知的さがそれを包んで、最後まで強引に見せてしまう、というのがこの監督の得意技だと思いますが、まさに本領発揮の一作だと思います。

前作からの出演陣は息もぴったりで、今回から加わったメンバーも非常に豪華絢爛。ジェフ・ブリッジス、ジュリアン・ムーア、ハル・ベリー、コリン・ファースとオスカー受賞者が当たり前のようにたくさんいる状態です。おまけにチャニング・テイタムまで入って、かなり「奇跡のキャスティング」となっております。いずれもアクの強い個性的なキャラクターを演じ、遺憾なく名演を競っています。

これらの大物たちに交って主演を張るエグジー役のタロン・エガートンは、前作では全く無名の新人でした。作中の人物と同様、立派な存在感を示して成長ぶりが著しいです。スウェーデン王女役のハンナ・アルストロムが続編でこれほど活躍するとは思いませんでしたが、前作以上に登場。また、エグジーの母親ミシェル役のサマンサ・ウォーマック、前作の悪役コンビ、サミュエル・L・ジャクソンとソフィア・ブテラもワンシーンですが再登場しているのも嬉しい演出です。

出番は少ないですが、アーサー役として、ハリー・ポッター後期のダンブルドア校長役で有名なマイケル・ガンボンが出ているのも注目。クララ役のポピー・デルヴィーニュは、バーバリーなどのモデルとして知られる人です。この人の妹が、やはり著名なスーパーモデルであり、女優としても「スーサイド・スクワット」などで注目されたカーラ・デルヴィーニュですね。エージェント・ウイスキー役のペドロ・パスカルは、米中合作の歴史劇「グレートウォール」で、マット・デイモン演じる主人公の相棒役をやっていた人です。

しかしなんといってもキャスティングで大注目なのが、エルトン・ジョン本人役のサー・エルトン・ジョンその人です! カメオ出演などというレベルでなく、最初から最後まで出ずっぱりです。「ロケットマン」や「土曜の夜は僕の生きがい」などヒット曲も熱唱。至るところで「この野郎、くそ野郎!」と放送禁止用語を連発。格闘シーンまであって、見終わってみると「本当の主演はエガートンでもファースでもなく、エルトンなのでは?」という印象すら残りました。このへん、大真面目に批評すればバランスを崩すほどの違和感、と感じる人もいるのかもしれませんが、そもそも常識的な枠を破るのが本作の持ち味でしょうから、ド派手な70年代のステージ衣装で暴れまわるエルトンの勇姿こそ、まさに本作を象徴するものではないかと思いました。

シリーズは3作目の製作もほぼ確実なようです。次はまたどんな手で見る者の期待を(いい意味で)裏切って来るか。人気シリーズとなればなるほど、監督としてはますます難行苦行となるに違いないですが、見る側としては、まことに楽しみですね。

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2018年1月 6日 (土)

西武船橋店、閉店セール中(2月28日まで)

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 「西武船橋店は、平成30年2月末日をもちまして営業を終了させていただくこととなりました。営業終了まで最後のご奉仕として誠心誠意を尽くして取り組んでまいりたいと存じます。  株式会社そごう・西武 西武船橋店店長 三井田 豊」(西武船橋店公式サイトより)ということで、閉店まで2か月を切った西武百貨店の船橋店に行ってきました。Ds1filwv4aaajsi



 以前、千葉市に住んでいた頃は、通学・通勤の途中によく立ち寄った記憶があります。浦安に来てからも、隣のロフトを含めて、年に3~4回ほどは必ず行くお店でした。50年間ここにあった、ということで、閉店してしまうのは寂しいですね。隣接のロフトも閉店ということで、ここの画材屋さんやペットショップには随分とお世話になりましたが、まことに残念です。Ds1foaevmaepzth


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2018年1月 1日 (月)

2018年、あけましておめでとうございます。

 新年あけましておめでとうございます。Dsaraxjvwaaggv0


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 私どもは近所の神社に初詣に行きました。おみくじを引いたら「大吉」が出ました。なかなか出そうで出ないので嬉しいです。「いそしみし しるしはみえて ゆたかにも 黄金なみよる 小山田のさと」と書いてあります。なにやらすごくいい感じですね。
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 午前7時20分ごろには、当地の千葉県浦安市でも初日の出を拝することができました。これも曇っていて見えない年も多いので、おめでたいことです。Dsargbuvaaeeyrw

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2017年12月31日 (日)

2017年、本年もありがとうございました。

 いよいよ2017年も大みそか。今年もたくさんの方々にお世話になりました。

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 今年の私どもの大イベントといえば、10月に東京家政大学で行った講演会「軍服 その歴史とイラストレーション」=写真上=がなんといっても大変でした。台風が迫る中、本当に会場がいっぱいになりまして、ご来場いただいた方々には改めて厚く御礼申し上げます。

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 それから、今年は7月に私たちの著作『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)の台湾版である『圖鑑版 軍裝・紳士服飾史』(楓樹林)が刊行されました=写真下。これまでも中国語版が刊行される経験はありましたが、やはり新しい本が出ると、それを機に、海外の読者からのご連絡が来るようになるなど、嬉しい出来事でした。

 

 ほかにも、今年はいろいろな方との出会いがありました。振り返ってみると、年末の最後の最後まで、相当に忙しい一年だったように思います。

 私自身や家族の体調不良というのも、ブログやSNSに取り上げませんでしたが、実はけっこうありました。

 トータル的には、かなり厳しい年だったような…。

 

 来年は、実りのある一年にしたいと祈念しております。皆様のご多幸をお祈りしております。どうぞよいお年をお迎え下さいませ。

本年はまことにありがとうございました。

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2017年12月29日 (金)

【映画評 感想】カンフー・ヨガ

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 いよいよ
2017年も押し迫りました。このほど、ジャッキー・チェン主演の中国・インド合作映画「カンフー・ヨガ」(功夫瑜珈、Kung Fu Yoga)というものを見ました。要するにカンフー映画とインド映画を足して、そこにインディ・ジョーンズの宝探しを混ぜてコメディーにしたようなけったいな一作ですが、これがなんとも奇妙な魅力にあふれています。今年の1月に中国、2月にインドで公開されて250億円以上を稼ぎ出し、興行収入的にはこれまでのジャッキーの主演映画の中で過去最高、となったそうです。

とはいえ、中国+インドで「カンフー・ヨガ」などというイージーかつ不真面目なタイトルから想像されるほど不真面目な内容でもなく、話の大筋は荒唐無稽ですが、意外に史実をからめた歴史ファンタジーでもあります。

映画館が飛躍的に増大し、アメリカを抜いて世界最大の映画市場となりつつある中国。そして独特の映画文化で世界に冠たるボリウッドを持つインド。両者が組んでの娯楽映画製作は、間違いなく成功しそうな要素満載です。しかし、実際にはこの二つの大国は決して仲良くありません。今月も、習近平主席の唱える現代版シルクロード「一帯一路」構想について、「インド政府は、14日に北京で開幕した国際協力サミットフォーラムへの参加を拒否した(産経ニュース)」という感じで、習氏の顔に思い切り泥を塗った感じです。そんな中、この映画では懸命に「両国が手を汲めば、一帯一路にも貢献できますよ」といったセリフがちりばめられ、政治的な配慮も垣間見えます。しかし、そういった点も、奇想天外な、あまりにもインド映画的な豪華絢爛なクライマックスに向かううちに、だんだんどうでもよくなる。それこそがこの作品の最大の特徴と言えましょう。

 

647年のインド。玄奘三蔵がインドから中国に仏典を持ち帰って以来、中国・唐王朝と友好関係にあったマガダ王国でクーデターが勃発。王位を奪った反乱者アルジュナは、マガダ王家が唐に献上しようとした財宝を奪おうとしますが、唐から受け取りに来た使節・王玄策の活躍で阻止されます。マガダ王女は援軍を要請するために、配下のビーマ将軍を王玄策に同行させ、唐に向かわせます。しかし、王玄策とはぐれた将軍の一行は、チベットの雪山で行方不明となってしまいます。

 それから1400年後の中国・西安。消えたマガダ王国の財宝を探すことをライフワークとしている兵馬俑博物館の考古学者ジャック(ジャッキー・チェン)の元を、インドの考古学者アスミタ博士(ディシャ・パタニ)が訪れます。彼女は、消えたマガダ軍の財宝のありかを示す地図を示し、協力を求めます。ジャックはアスミタと助手のカイラ(アミラ・ダスツール)、それに亡き友人の息子でトレジャーハンターのジョーンズ(リー・アーリフ・リー)、自分の助手シャオグゥアン(レイ)たちを連れて、地図が示す山中の地下深くに向かい、ついにマガダ軍の兵士たちの遺体を発見。しかしそこに突然、インドの富豪ランドル(ソーヌー・スード)率いる武装集団が現れ、ジャックたちと乱闘となります。このどさくさにまぎれ、ジョーンズは真の財宝の所在を示す秘宝「シヴァの目」を盗み、一人で逃げ出しました。

 数日後、アスミタから、ジョーンズがシヴァの目をドバイで開催されるオークションに出品したという知らせが届き、ジャックたちは急きょドバイへ。現地に住む大金持ちの友人ジョナサン(チャン・グオリー)の助けを得て16000万ドルの大金でシヴァの目を落札しますが、そこにまたもランドルの一味が現れて、これを奪い逃亡します。ジャックはジョーンズたちと協力してランドルを追跡するのですが、結局、シヴァの目は最後に現れたアスミタが奪い去ってしまいます。

ジャックたちは事の真相を知るべく、インドの研究機関に向かいアスミタの元を訪れます。実は彼女の正体とは…。

 

というような展開ですが、ジェットコースター的な急展開で突っ込みどころ満載の脚本はむしろ、それがそもそもの狙いとしか思えない感じです。頭が硬い人の批判は初めから受け付けません、だってこれは娯楽の王道作品ですから、というところでしょう。

ジャッキー・チェンのアクションは冴えわたり、これでもかと繰り出される、きらびやかなドバイの街や黄金キラキラのインドの財宝は、おめでたい正月映画にピッタリ。ドバイ王室提供で、何台も本物のフェラーリやランボルギーニの高級車が使用され、惜しげもなくカーチェイスでクラッシュされる様は、それだけで唖然とさせられます。ドバイ警察が保有する超高級パトカー「プガッティ・ヴェイロン」(定価2億円ほど。最高時速400キロ以上)もしっかり登場しており、車好きな人は必見でしょう。

なんといっても登場するのが八頭身の美男美女ばかり(ジャッキー本人は体形的にはちょっと違いますが)。特にアスミタ役のインド美女ディシャ・パタニは、現実離れした美貌とスタイルの持ち主で、こんな人が本当にいるのか、まさかCGキャラクター?と思われるほど。カイラ役のアミラ・ダスツールも、本作ではコメディー担当のちょっと三枚目な役回りですが、こちらも輝くばかりの美女です。いずれもインドでもまだ主演級とはいえ新人クラスの女優さんですが、インド芸能界にはこんな才色兼備の美女がいくらでもゴロゴロしていそう。恐るべき潜在的底力。やはり次の時代はインドですかね…。

一方、ランドル役のソーヌー・スードは、インドでは有名な悪役スターだそうです。

最後の最後、ゴージャスかつ怒涛の(?)エンディングで、途中の経過は何もかもどうでもよくなるような至福体験を味わえます。娯楽映画はこうでなければ。インドの映画では、いろいろ困難があっても、最後は笑って楽しく、という鉄則があるそうです。現実のこの世は苦しいことばかり、せめて映画の世界では幸福を味わいたい、というのがインドの考え方。

今年一年、大変だったな、という方には特にお薦めの「締めの一作」かもしれません。

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2017年12月28日 (木)

【映画評 感想】スター・ウォーズ/最後のジェダイ

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「スター・ウォーズ
/最後のジェダイ」Star Wars: The Last Jediを見ました。鑑賞したのは1227日ですが、この日は奇しくも、ちょうど一年前に、レイア姫ことキャリー・フィッシャーさんが亡くなった命日。そして、去年のこの日も、シリーズの前作で、若き日のレイア姫が最後に登場する「ローグ・ワン」を見ていたことを思い出しました。今作はまさに彼女の遺作となってしまいました。

いわゆるSW正史の「エピソード8」にあたる本作。批評家筋はこぞって称賛しておりますが、一部の熱心な「昔からのSWファン」という人たちからは、多少の違和感も持たれている、という話を聞きます。つまり、SWらしくない、という感じを受けるというのですが、私は、その変化というのは、監督がライアン・ジョンソンに代わったことだけでなく、やはりシリーズ全体の大詰めを迎えていることが背景にあるように感じました。

あえていうと、外伝である前作「ローグ・ワン」に通じるものがあると感じます。簡単にいえば、正史シリーズでは、その後に続く展開から制約が多く、ことに時代を遡って製作された作品の場合、後の時代の作品に登場する人物は「決して殺せない」ということがあります。たとえば、エピソード1~3の間には、ダース・ベイダーことアナキン・スカイウォーカーを勝手に退場させるわけにはいきません。

しかしとうとうシリーズもクライマックス。一連の時間軸の最後に当たる今、どの人物をどう扱うかはまさに監督の自由! それが決定的な持ち味の差になっていると私は思います。「ローグ・ワン」は、後の正史との兼ね合いから、ほとんどの登場人物は一回限りで、その後の時代には「活躍してはならない」ということが、かえって緊張感を高めて傑作となりました。

今回のエピソード8にも、そのような緊張感を感じるのであります。それが、明快なスペースオペラだったSWシリーズの中で異質な印象を与えるのかもしれません。

また、ストーリー展開的にも、主要な人物たちそれぞれの人生が思いがけない方向に大きく変転していくこと、さらに脚本構成として、苦境に立つレジスタンス軍、敵の戦艦に潜入する秘密部隊、そしてフォースをめぐり葛藤するレイ、カイロ・レン、ルークの3人による息詰まる心理戦、の三つのお話が並行して複雑に展開し、これも従来の非常に明快だったシリーズとは違う感じをもたらしていると思われます。

 

遠い昔、はるか彼方の銀河系で…。

銀河帝国の残党「ファースト・オーダー」と、新共和国のレイア・オーガナ将軍(キャリー・フィッシャー)率いる私設軍隊「レジスタンス」の戦闘が激化。前作でレジスタンス軍は、ファースト・オーダー軍の司令官ハックス将軍(ドーナル・グリーソン)が指揮する新兵器「スター・キラー」の破壊に成功しました。しかしそれと引き換えに、レジスタンスの拠点、惑星ディカーの位置が知られてしまいます。ハックス将軍のファースト・オーダー艦隊が基地を急襲し、レジスタンス軍は壊滅状態に。ポー・ダメロン中佐(オスカー・アイザック)の活躍により、ファースト・オーダー艦隊の主力艦「ドレッドノート級スター・デストロイヤー」を撃沈できましたが、レジスタンス側の被害も甚大で、生き残ったレジスタンス艦隊は、ハイパースペースへワープして逃走します。ところが、ファースト・オーダー艦隊は、レジスタンス軍のクルーザー(巡洋艦)に仕込んだ追跡装置により、行き先を追尾していました。

そのころ、惑星オクトーの孤島に身を潜めている伝説のジェダイ・マスター、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)を探し当てたレイ(デイジー・リドリー)。ところがルークの反応はそっけないもので、レイは全く相手にされません。しかし、盟友ハン・ソロが、その息子であり、かつてのルークの教え子でもあるカイロ・レン(アダム・ドライバー)に殺されたことを知ると、悩んだ挙句、ルークはレイにフォースの訓練を施すことにします。

 ハイパースペースを抜けたレジスタンス艦隊を、カイロ・レンの部隊が奇襲してレジスタンス側は大敗。総司令官であるレイアが意識不明の昏睡状態になってしまいます。その代理として、ホルド提督(ローラ・ダーン)が臨時指揮官の任に就きますが、慎重派のホルドと熱血漢のポー・ダメロンは気が合わず、人間関係がうまくいきません。

ポーはホルド提督には無断で、敵の追跡探知を阻止する隠密作戦を進めます。フィン(ジョン・ボイエガ)と整備士のローズ(ケリー・マリー・トラン)の2人は、ファースト・オーダーの総帥であるスノーク最高指導者(アンディ・サーキス)が座乗する旗艦「メガ・スター・デストロイヤー」の探知機を破壊するべく、戦艦への侵入コードを解読できる暗号破りの名人に接触するために、惑星カントニカに向かいます。ところが、この星でフィンたちは警察に捕まってしまい、絶望の淵に立たされます。そこで声をかけてきたのは、「俺なら戦艦のコードを破れるぜ」と豪語するあやしげな男、DJ(ベニチオ・デル・トロ)でした。

 そのころレイは、ルークによる訓練を受けるうちに、カイロ・レンと心が接触することが多くなります。動揺するレイとカイロ・レン。そしてルークもまた、レイが父アナキンや、カイロ・レンと同様に、フォースの暗黒面に落ちるのではないかと危惧するようになり…。

 

 といったことで、かなり前作で期待させられたような、予定調和的な展開とはならないで、物事はレジスタンス軍側にとって悪い方に、悪い方にと進んでいきます。苦心して遂行したことがうまく実らず、絶望するというシーンが繰り返されます。多くの登場人物が、特攻隊のような決死の攻撃で命を落としていきます。このあたりの救いのなさが、SWらしくない、といわれるゆえんなのかもしれません。ただ、むしろ日本人的に見ると、何か我々が親しんできた時代劇や戦争映画によくみられる、自己犠牲的なテーマに近く、大いに琴線に触れるものがあるように感じます。私は本作を見ていてなんとなく、登場人物のほとんどが戦死してしまう「宇宙戦艦ヤマト2」を思い出しました。

 ただ、いい塩梅でユーモアあふれるシーンも盛り込まれて、緊迫したシーンの合間、合間のところどころでほっとさせられます。意外に見終わった後の感想は重いものではなく、それは適度なバランスで、緻密に配置された、そうしたくすぐりの効果も高いのではないかと思いました。あの懐かしいヨーダ(声:フランク・オズ)が思いがけないところで登場するなど、嬉しいサービスもあります。

 滅びゆくジェダイ。そしてルークとレイアの物語にも、結末が近付いていきます。これからどのような未来が待ち受けているとしても、もはや古き良き時代は再来しません。前作でハリソン・フォードがシリーズを去り、キャリー・フィッシャーが亡くなったことで、レイアの出番もこれで終わってしまったのでしょう。

 一抹の寂しさを覚えるのは、やはり一時代の終焉を予感させるからかもしれません。1977年に開闢したスター・ウォーズの宇宙も、次作でついにひとつの完結を見ることになります。厳粛で壮大な物語でした。

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2017年12月24日 (日)

クリスマス&忘年会(帝国ホテル・ブラッスリー)

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 今年のクリスマス・イブは日曜日ということで、いろいろ楽しい催しをされている方も多いのではないでしょうか。私どもは本日は多忙ですので、数日前に昨年と同様、帝国ホテル地下のレストラン「ブラッスリー」にて、家族クリスマス会兼忘年会を行いました。ホロホロ鳥のメインディッシュがことのほか美味でございました。Dryjvd6vaaalbab_2

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2017年12月18日 (月)

日本甲冑武具保存会の研究会に伺いました。

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 このほど日本甲冑武具研究保存会の研究会が、東京・早稲田の水稲荷神社・参集室で開催されました。会員で甲冑師の佐藤誠孝様のご紹介で、私どもも伺いました。鎌倉の下馬遺跡から出土した非常に珍しい大鎧についての説明があり、熱い議論が展開。非常に濃密な2時間余りでした。甲冑の研究は日本の誇る文化財の保存という意味で大切ですが、公的な研究機関や大学などの活動や研究は限られたもので、この会員の皆様のような方々が私財を投じ、時間を削って活動されていることが多いのです。頭が下がります。Drrfsfdueaagahl

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2017年12月17日 (日)

「ザ・クロークルーム」レセプション(銀座)

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 9月にオープンした銀座の新しいテーラー「ザ・クロークルーム東京サロン」のレセプションが、このほど開催されました。Droufa2umaeqt0e



 このお店は「ギンザ・シックス」のすぐそばにあります。クロークルームは元々オーストラリアのブランドですが、日本には初上陸。非常に感度の高い紳士服、レディース、レザー商品などを扱っており、日本では基本的にビスポーク(注文服)のお店となっています。
 かつて「サローネ・オンダータ」を支えた島田氏と林氏、松岡氏がこの東京サロンを立ち上げました。Droujlsvqaa0rg



 「ザ・クロークルーム」104-0061 東京都中央区銀座7-10-5 ランディック第3銀座ビル5階 TEL 03-6263-9976 MAP https://goo.gl/HtEp9N
 月曜日定休。12:00~19:00(予約制)ということで、まずはお電話を。Droum2uuiaaf0va

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2017年12月16日 (土)

【映画評 感想】オリエント急行殺人事件

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「オリエント急行殺人事件」
Murder on the Orient Expressを見ました。「シンデレラ」「マイティ・ソー」など大ヒット作の監督として、また「ダンケルク」などでの演技派俳優としても知られるケネス・ブラナー。彼が、ギネスブックから「史上最高のベストセラー作家(なんと10億冊以上!)」として認定されているミステリーの女王、アガサ・クリスティの小説に挑んでメガホンを執った一作です。

製作にリドリー・スコットが名を連ね、脚本のマイケル・グリーンは、「LOGAN/ローガン」「エイリアン: コヴェナント」「ブレードランナー 2049 」と今年、話題になった大作に軒並み関わっている売れっ子です。

さて、「オリエント急行殺人事件」というタイトルを聞くと、あの名探偵エルキュール・ポアロが登場するアガサ・クリスティの有名な小説であるというだけでなく、今、40歳代以上の方なら、1974年に大ヒットした同名の映画を思い出すことでしょう。この映画化では、アルバート・フィニーがポアロを演じ、アカデミー賞6部門ノミネート、宣教師役のイングリッド・バーグマンがアカデミー助演女優賞を獲得しました。

その他に、ご存じデビッド・スーシェが演じたテレビ・シリーズ「名探偵ポワロ」の中の一作にも、同じ原作のドラマがありました。

ミステリーですから、結末を言ってしまえばネタばらしそのものです。だからそれについては何も申しませんが、アガサ・クリスティが原作を発表したのは80年以上も前の1934年のこと。当時としては非常に大胆な結末に読者が驚いた一作でした。また、あの大西洋横断を初めて成功させたチャールズ・リンドバーグの子供が誘拐された1932年の事件(つまりわずか2年前に起きた、記憶に生々しい事件)を、小説中に取り込んだことでも話題となりました。

小説発表から40年を記念して制作された著名な先行映画もあることから、この作品の犯人は誰か、といったことはかなり知れ渡っております。そういう中での再映画化、というのはかなり勇気が要ると思うのですが、やはりこの、シャーロック・ホームズと並ぶ世界的に有名な探偵の新しい像を示してみたい、という欲求が強かったのでしょう。エルキュール・ポアロ(ポワロ)というと、おしゃれで小太りで、初老の紳士。頭脳派だけれど自分でアクションすることはまずない、というイメージでした。しかしケネス・ブラナー自らが演じるポアロは、本人もステッキを扱えば達人クラスの武闘派、という描き方で、これが新鮮です。事実、戦前期までの紳士がステッキを手放さなかったのは、単なるおしゃれアイテムではなく、19世紀半ばに、日常的に剣を帯びる習慣が廃れた後、代わりとなるステッキを護身用に持って歩く、という意味合いが強かったといいます。だから、もともと警察官出身のポアロが、護身として杖術が出来るというのも、不自然ではありません。

また、ポアロと言えばヒゲですが、原作では「立派なヒゲ」で、時として相手から滑稽と思われた、というような描写があります。クリスティは相当に大げさなヒゲをイメージしていたらしく、1974年版の映画制作時、存命だった彼女は、ポアロ役アルバート・フィニーのヒゲを見て、がっかりした、という逸話があるようです。そんなこともあり、今作でのケネス・ブラナーのポアロは、顔の下半分を埋めるような巨大な口ヒゲを生やしています。ブラナーは、原作者の表現を重視したため、と言い、「犯人はこのヒゲを見てポアロを滑稽な人物と思い、油断してボロを出す。それがポアロのやり方」と説明しています。つまり、コロンボ警部のよれよれのコートと同じような効果がある、というのですね。

 今回の映画化では、登場人物の設定や名前が、原作や1974年版から、かなり変わっており、その大きな意図は、人種問題を色濃くフィーチャーしている、という点にあるようです。黒人やラテン系の登場人物も加わって、そういう視点が現代的なテーマとして浮上してきます。

 加えて、お話の冒頭でいきなり、聖地エルサレムにおけるキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の争いごとが出てくるなど、まさにタイムリーな話題を持ってくるあたり、決して古色蒼然とした懐古趣味の映画ではないよ、という主張が垣間見えてきます。

 映像的にも凝りに凝っていて、さりげないワンシーンが冴えています。たとえば殺人現場を映すのに、上にカメラを置いて鳥瞰図にして撮る、といった工夫があちこちに見られて、派手な特殊効果はなくとも、見せ方で21世紀の映画であることを訴えている感じです。

 

 では、ネタバレしない程度にお話の冒頭をご紹介しますと…。

 

時は1934年の冬。聖地エルサレムで、教会から盗難された聖遺物を見つけ出し、見事に犯人を逮捕して解決に導いた世界的名探偵エルキュール・ポアロ(ブラナー)。その後はしばらく、事件捜査から離れて、イスタンブールで休暇を満喫するつもりでした。

しかし、英国領事館の役人がやって来て、また難事件が発生、という一報をもたらします。すぐにロンドンに戻らなければならなくなったポアロは、イスタンブール発でフランス・カレーに向かうオリエント急行に乗ろうとしますが、バカンスのシーズンでもないのに、なぜか1等客室は満室でした。そこで、オリエント急行を運営する国際寝台車会社の重役である旧友ブーク(トム・ベイトマン)のコネを利用して、無理やり、その日に発車するオリエント急行に飛び乗ります。

ポアロは車内で、アメリカ人の富豪ラチェット(ジョニー・デップ)から声を掛けられます。ラチェットは何者かから脅迫を受けており、殺されるかもしれない、と脅えています。それで、著名な探偵のポアロに警護を引き受けてほしい、と依頼します。しかし、ラチェットの人相に凶悪なものを感じたポアロは、これを断ります。

その夜、突然の雪崩発生で、オリエント急行はバルカン半島の山中で運行を停止。除雪作業がすむまで車内の人々は動けなくなってしまいます。

そんな中、朝になってラチェットの他殺体が発見されます。身体を12か所も刺されて死亡しており、ポアロはブークの依頼を受けて捜査を開始します。

犯人は1等客室の乗客の中にいると思われましたが、全員にしっかりしたアリバイがあることが分かり、ポアロは困惑します。しかし、調べてみると死んだラチェットという人物の正体はとんでもないものでした。さらに、車内の乗客は一癖ある人物ばかりで、各人が何か隠し事をしているようであり、不自然なものをポアロは感じ始めます。

 ラチェットの秘書で会計担当者だったマックイーン(ジョシュ・ギャッド)、ラチェットの執事マスターマン(デレク・ジャコビ)、生真面目すぎてどこかエキセントリックな女性宣教師エストラバドス(ペネロペ・クルス)、人種差別的な意見を公言するオーストリアの学者ゲアハルト・ハードマン教授(ウィレム・デフォー)、富裕なロシアの亡命貴族ドラゴミロフ公爵夫人(ジュディ・デンチ)と、それに仕えるメイドのドイツ人女性ヒルデガルテ・シュミット(オリヴィア・コールマン)、黒人の医師アーバスノット(レスリー・オドム・ジュニア)、室内で犯人に襲われたと主張する遊び好きの未亡人ハバード夫人(ミシェル・ファイファー)、聡明な家庭教師メアリ・デブナム(デイジー・リドリー)、バレエ界のスターでもあるハンガリー貴族アンドレニ伯爵(セルゲイ・ポルーニン)と、その妻で病弱なエレナ伯爵夫人(ルーシー・ボイントン)、中米出身の成功した自動車セールスマン、マルケス(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)、それから1等車の車掌で南仏出身のピエール・ミシェル(マーワン・ケンザリ)。この中の誰かが犯人なのか、それとも外部から犯人が侵入したのか。

ポアロが導き出したのは驚くべき結論でした…。

 

 なんといっても豪華で優雅な世界観です。オリエント急行の列車を完全に再現したセットは、実際に走行も出来るというのだから驚かされます。衣装も華麗なる1930年代の雰囲気を出しつつ、現代的なスタイリッシュさもあり、見事です。ポアロのシャツの付け襟の下からスタッドボタンが見え隠れし、見事な着こなしですが、しかしオシャレすぎるということもない。今回は戦うポアロ、ですからね。衣装は「エリザベス」シリーズや「オペラ座の怪人」「マイティ・ソー」などで有名なアレクサンドラ・バーンです。

豪華といえば、スターの競演です。大スターの勢ぞろいで、1974年版に負けていない感じですが、やはりその旧作でショーン・コネリーが演じた「アーバスノット大佐」という人物が、今作では1930年代には珍しかったと思われる黒人の医師ドクター・アーバスノットに差し替えられているのが、特に大きな変化でしょう。イングリッド・バーグマンが演じた北欧系の宣教師が、ペネロペ・クルス演じるスペイン系のエストラバドスに、さらにイタリア系だった自動車ディーラーがラテン系のマルケスになって、人種的な部分が前に出ている配役になっております。

ケネス・ブラナーとは盟友といえるジョディ・デンチとデレク・ジャコビの重鎮2人が重厚感を加えております。ジャコビは「シンデレラ」でも病身の国王の役で感動を呼んでくれましたね。その他、ジョニー・デップやミシェル・ファイファー、ウィレム・デフォーなどおなじみの大物俳優、女優は紹介の必要もない面々でしょう。いずれも定評ある演技派で、見せ場で実力を遺憾なく発揮しています。特にデップの悪党ぶりは見事! この人が本当に悪そうでないと、この作品は成り立たないですよね。

 新進・気鋭の出演陣で注目なのが「スター・ウォーズ」新3部作のヒロイン、レイ役で知られるデイジー・リドリーです。同じ12月にスター・ウォーズの新作と、このクラシックなミステリーに出て、相乗効果を狙う作戦なのでしょうか。それは見事に成功しそうです。全く違う世界観の映画で、存在感を示す彼女は、今後も伸びていきそうですね。

レスリー・オドム・ジュニアはトニー賞受賞のミュージカル・スター、セルゲイ・ポルーニンは著名なバレエダンサー、マヌエル・ガルシア=ルルフォは「マグニフィセント・セブン」でメキシコ人のガンマンを演じて注目されました。ジョシュ・ギャッドは「アナと雪の女王」のオラフ役と、「美女と野獣」のルフウ役で一躍、人気者に。それから、車掌役のマーワン・ケンザリは今後、実写版「アラジン」に悪役ジャファーとして出演するという話ですが、どんな映画になるのでしょうか。

 この映画の最終部分は、ポアロが途中で列車を降り、エジプトで起きた殺人事件の捜査に向かうところで終わります。1974年の映画も、その後、「ナイル殺人事件」(1978年。ポアロ役はピーター・ユスチノフ)という次作につながったのですが、今作の後もやはり、「ナイル…」に向かっていくようです。

 本作の配給会社20世紀フォックスが、ディズニーに買収される、という報道が流れました。経営問題に関係なく、次作の「ナイル…」が無事に制作されることを期待します。クラシックな装いながら、やはり21世紀のポアロ、だと思います。アガサ・クリスティの作品が、こうして新たな命を吹き込まれて次代に受け継がれていくのは、とても大事なことだと感じました。

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2017年12月13日 (水)

クリスマスパフェ(新宿高島屋・高野パーラー)

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 気温も下がって、ぐっと師走らしい雰囲気になってきましたね。先日、新宿に行ったらライトアップが綺麗でした。立ち寄った高野パーラーでは、期間限定のクリスマスパフェというのを頼んでみました。Dq2s07xuiaa3boj

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2017年12月11日 (月)

コシノジュンコ先生の御主人、鈴木弘之氏の誕生パーティー。

 このほど、東京・六本木のハイアットホテルにて、デザイナー、コシノジュンコ先生の御夫君で株式会社Junko Koshino代表でもある写真家・鈴木弘之氏の誕生パーティーが開催されました。70歳を迎えられたとのことですが、とにかくダンディーでカッコいい。そしてスリム。憧れますね。さらにまた、先日、文化功労者となられたコシノ先生もいつでもパワフル。とにかく素晴らしいひとときでした。Dqty0vgvqaa34f9_3


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2017年11月11日 (土)

【映画評 感想】マイティ・ソー バトルロイヤル

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映画「マイティ・ソー
 バトルロイヤル」Thor: Ragnarokを見ました。原題は古代ノルド語の「ラグナロク」つまり北欧神話に描かれる世界の終末、「神々の黄昏(たそがれ)」を意味します。

予告編で効果的に使用されていた、英国が誇るハードロック・バンド「レッド・ツェッペリン」の1970年の名曲「移民の歌」Immigrant Songが、本編でも重要なシーンで流れます。あの曲は、北欧からコロンブスの新大陸発見以前にアメリカ大陸に渡っていたとされるバイキングの人々をテーマにした歌詞でした。今回、神界アスガルドが存亡の危機を迎える中で、なんともうまい選曲ですが、独特の豪快なギター・リフとハイトーンの歌声が、戦闘シーンにまことにバッチリ、はまっておりまして、この映画のために作った新曲のようです。

本作はマイティ・ソーのシリーズとしては3作目、そしてマーベルのシリーズとしては17作目にあたるそうですが、「アイアンマン」以来、もうそんなに作ったのですね。

 監督はタイカ・ワイティティという人で、ニュージーランド出身、マオリ系の方だそうです。本国ではすでに監督・脚本家として多くの作品を作っており、俳優としても活動していて、近年では2011年の「グリーン・ランタン」で助演したほか、ディズニー系では「ドクター・ストレンジ」の補助監督、それから自らのルーツを生かして「モアナと伝説の海」の脚本にもかかわっており、実績を積んでのハリウッド大作抜擢となった模様です。

 いわれてみると、冒険アニメ活劇だった「モアナ」と、全く別の素材を扱っているにもかかわらず、なんとなくテイストが似ている感じがします。シリアスなシーンと、ボケとツッコミのギャグ・シーンが絶妙なタイミングで交互するところ、テンポが早すぎず、遅すぎずで、見ていて非常に分かりやすいところ。特にじっくり描くシーンと大胆に省くシーンが緻密に計算されているところ、それから、巨大な敵キャラとの決戦シーン。

 何よりも、いろいろあったけれど、最後は前向きに、ポジティヴに、という感じが、あの「モアナ」に似ているように感じました。近年、この種のヒーローものもすっかり現実的になって、架空の世界であっても、不条理なテロや暴力が横行し、陰惨な内容になりがちです。今作は、舞台が主に地球を離れていることもあり、物語が現実的になりすぎる弊を免れたようです。宇宙規模の壮大なスケールで、あたかも「スター・ウォーズ」シリーズの中の一作であるかのようにも感じます。

 今回は主に雷神ソー(クリス・ヘムズワース)と、超人ハルク(マーク・ラファロ)が活躍するストーリーです。2年前に、アベンジャーズ・チームとして参加した「エイジ・オブ・ウルトロン」での東欧の小国ソコヴィアにおける激闘の後、アベンジャーズは「キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー」で描かれたように、アイアンマン派とキャプテン派に分かれての内輪もめ状態に陥ったわけです。しかし、ハルクはソコヴィアの戦いの終盤で行方不明となり、ソーは仲間を離れて独自に「インフィニティ・ストーン」探索の旅に出たため、このヒーロー同士の内戦に巻き込まれませんでした。戦闘力でいえばアベンジャーズの中でもトップを争う2人が、内輪もめに関わらなかったというのは、全員にとって幸いなことだったのかもしれません。

 では、この2年間、ソーとハルクは何をしていたのかと言えば…。

 

ソコヴィアの戦いから2年。ソーは独り探索の旅に出ていましたが、そのうち悪夢に悩まされるようになりました。それは、古からソーの母星アスガルドにいつか訪れると予言される破局的な終末「ラグナロク」を予感させるものでした。ソーは炎の国ムスペルヘイムに行き、わざと捕らえられた上で、かつて50万年も前に父王オーディン(アンソニー・ホプキンス)に倒されたはずの炎の巨人スルト(声:クランシー・ブラウン)が復活していることを確認します。スルトが語るには、彼の王冠がアスガルドにある「永遠の炎」に焼かれたとき、スルトは完全に復活して強大となり、アスガルドにラグナロクをもたらす、というのです。

ソーはスルトを倒して王冠を奪い、アスガルドに帰還しますが、アスガルドと異世界をつなぐビフレスト(虹の橋)の番人が、今までずっとここを守っていたヘイムダル(イドリス・エルバ)から、スカージ(カール・アーバン)と名乗る粗暴な見知らぬ男に交代していることに不審を覚えます。さらに、王宮にはイタズラ者の義弟ロキ(トム・ヒドルストン)の巨大な黄金像が建てられ、ロキを讃える芝居まで上演されていました。ソーは、アスガルドを現在、統治しているオーディンが偽物であり、その正体はロキであることを見抜きます。

怒ったソーはロキを連れて、ロキが父王を追放したというミッドガルド(つまり地球)のニューヨークにやってきます。しかし、ロキがオーディンを預けた老人ホームはすでに閉鎖されて解体されており、さらにその時、ロキが何者かの魔術により姿を消します。

ソーは、ロキが取り落とした名刺に書かれている市内の住所を訪ねます。そこにいたのは地球を守る大魔術師ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)で、ロキも危険人物として彼が捕獲したのでした。ストレンジは、アスガルド人が地球に訪れることが、いつも地球世界の混乱の元となっていることを憂慮していましたが、ソーがロキとオーディンを連れてアスガルドに立ち去ると約束したので、オーディンを保護しているノルウェーに、2人を転送します。

ノルウェーで再会したオーディンは、2人にラグナロクが近いこと、それは避けられない運命であることを告げると共に、自らの死が近いことも教えます。そして、オーディンが死ねば、その力で抑え込んでいたソーの姉、オーディンの最初の子であり、最強の死の女神であるヘラ(ケイト・ブランシェット)が復活すること、彼女がアスガルドに帰還する時、ラグナロクが始まるだろうことを語ると、光となって姿を消し、この世を去っていきました。

まもなくヘラが姿を現し、ソーとロキに襲いかかりますが、その強さは噂以上のもの。圧倒的な力の差にねじ伏せられ、ソーの必殺の鉄槌ムジョルニアも、赤子の手をひねるようにヘラに破壊されてしまいます。2人はビフレストに逃れようとしますが、ヘラも彼らの後を追い、途中でソーとロキを別の宇宙に放り出してしまいます。

アスガルドに現れたヘラは、その場にいたソーの忠臣ヴォルスタッグ(レイ・スティーヴンソン)とファンドラル(ザッカリー・レヴィ)を殺害し、最後まで決死の抵抗をしたホーガン(浅野忠信)と王宮の近衛兵も皆殺しにします。死体の山を見てスカージはヘラに恭順し、ヘラは彼に「処刑人」の名を与えて臣従を許します。ヘラはアスガルド王宮を支配すると、かつてオーディンに阻止された全宇宙征服に乗り出そうとしますが、外征のためにビフレストを起動するには、ヘイムダルが持ち出した大剣がなければなりません。ヘラはヘイムダルと、彼の下に集まる反抗勢力を捜し出すようスカージに命じます。

そのころ、時空を跳び越えたソーは、未知の惑星サカールに墜落します。そこはあらゆる次元の宇宙から廃棄物が集まる辺境のごみ溜め場です。ここでソーは、かつてアスガルド王家の精鋭騎士だったものの、今では落ちぶれて飲んだくれの賞金稼ぎになっている女戦士ヴァルキリー(テッサ・トンプソン)に捕らえられ、サカールを支配する独裁者グランドマスター(ジェフ・ゴールドブラム)に売り飛ばされてしまいます。グランドマスターは闘技場で戦う強い奴隷戦士を求めており、ソーもその一人とされてしまいました。

すでに少し前からこの星に来ていたロキは、グランドマスターに上手に取り入り、客分扱いの好待遇を得ていましたが、奴隷になったソーを全く助けようとしません。

闘技場の試合で、当地で最強のチャンピオン戦士と戦って勝利すれば、解放されると知ったソー。しかし、ソーの対戦相手として闘技場に現れたのは、2年前に姿を消してから行方不明となっていたハルクその人でした…。

 

 ということで、一癖もふた癖もありそうなキャラクターが次々に登場し、超豪華キャストが総出演、という感じです。女王様をやったらこの人、ケイト・ブランシェットの怪演ぶりは、なるほど、こんな人が出てきては誰もかなわない、と思わせるだけの存在感でして、ひょっとして、「ロード・オブ・ザ・リング」で彼女が演じたエルフの女王ガラドリエルが、フロドから力の指輪を受け取っていたら、きっとこうなっただろう、と思わせます。黒髪の彼女は珍しいですが、これもよく似合っていますね。

奇矯なキャラクターをやらせたらこの人しかいない、というのがジェフ・ゴールドブラム。こちらも、こんなおかしな役柄は彼しかこなせないだろうな、と思われます。そして、久々にこの世界に戻ってきたトム・ヒドルストンも大活躍です。このロキという役柄も、そもそも北欧神話でもイタズラと裏切りの神であり、描きようによっては全く嫌な奴になりかねず、何をやってもどこか憎めない感じのトムがやらなかったら、こんなに人気は出なかっただろうと思われます。

 一方、このマーベル・シリーズでも徐々に「リストラ」が進行しておりまして、これまでソーの恋人だったジェーン(前作までナタリー・ポートマン)は破局を迎えて別々の道を行くことになったそうです。アンソニー・ホプキンスもオーディンの死で本シリーズから卒業し、またソーの戦友3人も今作であっさりと命を落として退場。数少ない日本からの出演者、浅野忠信さんの登場もこれまで、ということのようです。

 今回のソーは、何よりも、今まで無敵の神であり、王位継承者であった彼がすべてを失い、頼りにしていた武器も、恋人も、仲間たちも、父さえも喪失して、一方でこれまで自分が知らなかった姉が現れ、弟には裏切られ、家族の絆も見失い、ゼロからの「自分探し」をする旅の物語でもあります。ヘラは彼に「弟よ、あなたは何の神なんだっけ? 教えて頂戴」と嘲ります。オーディンは「お前はハンマーの神なのか? お前の真の力はそんなものではない」と諭します。厳しい戦いの中で、一回りも二回りも成長していく彼の姿は本作で最大の見ものですが、それを見守るワイティティ監督の視線には、常に温かいものを感じます。

 これはマーベル全シリーズの中でも映画として、非常に上質の面白い一作になっていると思います。今後の展開にも期待されますが、私はワイティティ監督の今後の飛躍にも大いに期待したいところです。

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2017年11月 4日 (土)

【映画評 感想】ブレードランナー2049

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映画「ブレードランナー
2049Blade Runner 2049を見ました。「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリングが主演、「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督がメガホンを執り、制作総指揮に1982年の「ブレードランナー」を監督したリドリー・スコット、という布陣。さらに、82年版で主演したハリソン・フォードがデッカード役で帰ってくるという豪華さで、話題性は充分。

しかし制作費150億円超えという巨費を投じた費用対効果から言うと、今のところ二百数十億円の興行収入で、売り上げ的には、必ずしも好成績とはいえない状況のようです。

批評家筋は絶賛し、実際に見た一般の観客の感想も、アメリカでも日本でも上々です。にもかかわらず、やはり3時間近い長尺と、難解とかマニアックとかいう先入観が仇になったのか、まあ少なくとも「大衆受けする映画」としての商業的成功はしていない模様です。しかし考えてみると、82年の「ブレードランナー」も、「エイリアン」のリドリー・スコットと、「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」で人気絶頂だったハリソン・フォードの名前をもってしても、公開時点では決して売れ筋のヒット作品ではなかったことを思い出すべきでしょう。

本作は今時、珍しい硬派なSF作品であり、そういう意味では、時代に逆行したかのような硬派な作風を連発しているヴィルヌーヴ監督と、本作の底流に流れるDNAを作ったリドリー・スコットという2人のアーティストが作り上げた世界観が、お子様向けのポップコーン映画になりようがないわけであります。

そして、そのまた原形を作ったのが20世紀アメリカSF文学界を代表するフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?Do Androids Dream of Electric Sheep ? であることを思うとき、その感覚は一層、深まるものです。生前のディックは文壇で高い評価を受け続けていながら、どうしてもカルト的な作風と見なされて、ベストセラーには全く恵まれない作家でした。しかし、彼の亡くなる直前にこの小説が「ブレードランナー」というタイトルで映画化決定し、さらに彼の死後、「トータル・リコール」や「マイノリティー・リポート」など10を超える映画が彼の原作を基に制作されました。時代の先を行きすぎていた天才、ということなのでしょうか。

ディックの原作小説には、すでに「人間そっくりのアンドロイド」である「ネクサス6型」と、それを「解任」(つまり殺害)する処刑人というアイデアがありました。いかにも人間味のある、見た目にも人間にしか思えないアンドロイド。判別検査(フォークト―カンプフ検査)を実施し、彼らを殺し回る、非情な人間。その対比から、「一体、人間というのは何なのか?」という疑問が提示されています。また、自然の生態系は全て滅び、植民惑星で奴隷として働くアンドロイドたちはもちろん、動植物もすべてが人造の産物に置き換えられ、羊のような生き物も「電気羊」となっているような世界を描き出しました。この殺伐とした驚くべき世界観をディックが描いたのが、今から半世紀も前の1968年(昭和43年)である、というのは驚くべき事です。

1982年のリドリー・スコット監督の作品では、タイレル社が量産したレプリカント(人造人間)「ネクサス6型」が登場しました。それらはあまりにも人間そっくりであり、瞬く間に学習して人間らしい感情や自我を身に付けるために、4年しか生きられない寿命制限が設けられていました。植民惑星での奴隷労働から脱走してくるレプリカントを殺害する任務を遂行していた捜査官=ブレードランナーのデッカード(フォード)は、タイレル社が製造した新型レプリカントのレイチェル(ショーン・ヤング)と禁断の恋に落ち、一緒に逃亡するところでエンディングを迎えたのでした。

 その劇中の設定は2019年でした。まもなく現実の日付が追いつきそうな2017年に、その続編が登場したわけです。現実の世界では人造人間は実現していませんが、AI(人工知能)が支配する荒廃したディストピアの未来図、という程度なら、もはやカルトSFの特異な設定とは見なされず、主流派の科学者たちもおおっぴらに語るようになっています。ようやく時代がフィリップ・K・ディックの想像力に追い付いてきた現代。新作が描くのは、あれから30年後、2049年のロサンゼルスです…。

 

 2049年のロサンゼルス。地球の環境は一層、荒廃し、地球温暖化で海面が上昇。すでに富裕層は植民惑星に移住してしまいました。残っているのは、スラムに住まい合成食品で生きながらえる貧民ばかりです。

 2020年に長寿命の「ネクサス8型」レプリカントが起こした反乱により、レプリカント禁止法が成立し、その製造そのものが違法とされ、タイレル社は倒産してしまいました。逃亡したネクサス8型は2022年に大爆発を引き起こして電磁パルスをまき散らし、「大停電」により自分たちにまつわる電子情報をすべて消し去りました。こうして、多くのネクサス8型が身を潜める中、レプリカントは公式には人々の目の前から姿を消しました。

 しかしその後、昆虫を原料としたプロテインで人類の食糧危機を解決した天才科学者ネアンダー・ウォレス(ジャレッド・レト)は、倒産したタイレル社の技術を引き継ぎ、より安全で人類に絶対服従するように作られた新型レプリカント「ネクサス9型」を発表。人類の救世主である、という自らの権威を利用してレプリカント禁止法を廃止させました。合法化されたネクサス9型を大量生産したウォレスは、これを労働に使役して、植民惑星を全宇宙に拡大するという野望を抱いています。

 ロサンゼルス警察LAPDに所属するブレードランナーのK(ゴズリング)は、自らもネクサス9型のレプリカント。人類社会に潜伏している違法な旧型であるネクサス8型を「解任する」任務に就いています。警察の同僚は彼を「人もどき」と呼んで差別し、寂しいKの日常を慰めるのはウォレス社が製造したホログラム(立体映像)タイプのAI、ジョイ(アナ・デ・アルマス)だけです。

 ある日、ウォレス社と契約して昆虫を育てる農民として働いていた旧型レプリカント、サッパー・モートン(デイブ・バウティスタ)を処刑したK。モートンの庭の木の根元に箱が埋められていることに気付いたKは、上司のジョシ警部補(ロビン・ライト)に通報。その箱の中からは、一体の女性の骨が見つかります。

 驚くべき事に、その女性は妊娠して出産した直後に亡くなった形跡があり、しかもレプリカントであったことが分かります。「レプリカントが妊娠して、出産する」という衝撃の事態にジョシは取り乱します。レプリカントが産んだ子供は、すでに「生産された製造物」とは呼べません。こうなると、人類とレプリカントの定義が一層、曖昧になることは間違いありません。ジョシはKに、生まれた子供を見つけ出して、処分、つまり暗殺することを命じます。しかしKはためらいを覚えます。「子供を殺したことはありません。レプリカントから生まれた子供は、製造物ではありません。それは魂を持っているのでは?」とKは言いますが、ジョシは社会の安定を優先して、すべてを秘密裏に葬ることを決めます。

 Kは、30年前に旧型のレプリカントを製造していたタイレル社のデータを求めて、現在のレプリカント製造企業ウォレス社を訪ねます。そこに残っていた情報は、30年前に旧型レプリカント、つまりあの遺骨となっていた女性にフォークト―カンプフ検査を行うLAPDのブレードランナー、デッカードの声でした。ウォレス社長から全幅の信頼を得ているレプリカントの秘書ラヴ(シルヴィア・フークス)は、Kがもたらした情報に内心、驚愕します。ウォレスはタイレル社がかつて実現していた幻の技術を欲していました。同社の倒産と2022年の大停電により失われた、生殖能力のあるレプリカントの製造法です。レプリカントを大量生産するためには、自然に繁殖させるのが最も効率がよい、というのが彼の結論なのです。

手がかりを求めてモートンが住んでいた家に戻ったKは、木の根に彫り込まれた日付を見つけ、衝撃を受けます。そこには「6.10.22」とありました。つまり2022610日です。おそらくここに埋葬されていたレプリカントの女性が亡くなり、子供が生まれた日付です。そして、それはK自身の誕生日でもあったのです。

そればかりではなく、Kには「子供時代の記憶」がありました。もちろん、初めから完成された大人として生産されるレプリカントは、実際には子供時代がありません。しかし、疑似記憶を与えることで、心の安定を保つ…それがこの時代の長命なネクサス9型には一般的にとられている措置でした。Kの記憶に拠れば、たくさんの子供たちに追いかけられたKは、この時代には希少品とされる本物の木で出来た小さなオモチャの木馬を、子供たちに奪われないように、ある場所に隠したことがあるのです。その木馬の足の裏にも6.10.22の数字が彫り込まれていました。

Kは、ウォレス社のレプリカント向けに疑似記憶を製作しているステリン研究所の天才技術者アナ・ステリン博士(カーラ・ジュリ)と会い、自分の「記憶」を鑑定してもらいます。その結果、Kの記憶は作られた偽物ではなく、間違いなく人間の実際の記憶である、ということが判明します。

警察の古い記録を調べると、この日に生まれた双子の子供が、ロサンゼルス郊外の荒廃地にある孤児院に預けられた、という情報が出てきました。双子のうち、女の子は8歳で亡くなり、男の子は行方不明、というのです。

疑惑にかられたKはジョシ警部補に、「子供を見つけて処分した」と虚偽の報告をしますが、精神が不安定になり、署内の検査で落第して、任務から外されてしまいます。一定の時間内に任務に戻れなければ、K自身が解任されるでしょう。

Kは問題の孤児院に行き、「記憶」にあるのとそっくりの場所を見つけます。そしてそこから取り出されたのは、まさにあの「木馬」でした! Kは激しく動揺します。記憶は現実だった。それはつまり、レプリカントの女性から生まれた行方不明の男の子とは、自分なのではないか?

Kは手がかりとなる木馬を密売人のバジャー(バーカッド・アブディ)に見てもらいますが、高レベルの放射能が検知されます。このような放射能がばらまかれた土地と言えば、2022年の大爆発の直下にあった都市、かつてのラスベガスのほかにありえません。Kは廃墟と化したラスベガスに残るホテルの建物で、一人の老人に出会います。それは、30年前にレイチェルと共に逃亡したブレードランナー、デッカードでした。一方、ずっとKの動きを監視していたウォレス社のラヴは行動に出ます…。

 

 というような展開ですが、今時のせっかちでハイテンポな映画に慣れていると、この映画のぜいたく極まりない演出には面食らうかもしれません。本当に70年代とか80年代以前の名作映画のような作りなのです。たっぷりと時間を使い、詩的な長いセリフを、余韻を残しながら話す。お金を掛けて、可能な限りCG処理に頼らずに本物のセットを組んで撮影する。それにより醸し出される情報量の多い映像美と音響の素晴らしさは、いってみれば最高級ブランド品を思わせます。そのためにテンポは遅く、見る者はそこで生まれる間において、じっと前のシーンの意味合いと、次のシーンへの展開を考え込むことになります。ヴィルヌーヴ監督の前作「メッセージ」もそのような映画でしたが、今作ではさらなる極致を目指しているのが分かります。

 空飛ぶ車や光線銃、そして人造人間、自立的に考えて恋愛感情まで抱くAI。その一方で世界はますます荒廃し衰退し、人類の存立が揺らぐ中で、レプリカントたちはどんどん存在感を増していく世界です。SFを超えたスピリチュアル的な観点から見ても、「分娩で生まれたレプリカントは、もはや魂を持った生命なのではないか」というテーマは、重いものがあります。逆に言えば、単に人間個人の意識を、単なる記憶のデータベースのように見なして、これを電子データに移植し、永遠にコンピューターネットの中で生きる、という研究も進みますが、その単なる記憶データの集積ははたして人間の意識と呼べるのでしょうか? 本作品で重要な役回りを持つ肉体を持たない立体映像のAI、ジョイは明らかに個性と自立的な判断を持ち、主人公に対して愛情を抱いていきますが、ではこの人工知能が持っている意識は? これは確かに人間ではないでしょうが、彼女には魂はないのだろうか? 作り物と本物、という区別をつける定義は、どうなっているのか。

 デッカード自身がレプリカントなのか、そうでないのか、という問題も、今作に持ち越されています。これはディックの原作自体で、処刑人自身が人造人間なのではないか、と疑われる描写があったところから1982年を経て、ずっと尾を引いている疑問です。

 そのような思いに捕らわれると、抜け出せなくなる魅力が、このシリーズにはあります。そういう硬派なSFならではの見応えが、まことに貴重なものだといえます。オリジナルを手がけたリドリー・スコットは最近の作品まで繰り返し、この人造人間というテーマを取り上げています。彼自身が、ディックが投げかけたこの種の問いかけにとらわれているのでしょう。そして、それは私たち観客にも及んでいるのですね。

 哀愁を帯びたゴズリングが、本作の主人公にぴったりはまっています。また当初案ではデヴィッド・ボウイが演じる予定だったというウォレス役を、ジャレッド・レトが熱演しています。注目なのがレイチェルの復活シーンです。これはよく似た女優の顔に、1982年のショーン・ヤングの顔をデジタル処理で貼り付けたようです。そして、75歳になるハリソン・フォードは文句なしの名演ですが、映画が2時間を過ぎるあたりまで出てこないのは驚きでした(とはいえ、そこから最後までまだたっぷり時間がありましたが)。

 とにかく、この難しい仕事をやってのけたヴィルヌーヴ監督に敬意を表したいです。次作というものがあり得るのかどうか、分かりませんが、もし「ブレードランナー2079」という企画があるとしたら、どうなるでしょうか。見てみたい気がします。

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2017年10月29日 (日)

【映画評 感想】猿の惑星:聖戦記

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映画「猿の惑星
: 聖戦記」War for the Planet of the Apesを見ました。アンディ・サーキスが猿のリーダー「シーザー」を演じるシリーズの完結編です。

本作に至る新シリーズ3作と、オリジナルの、あのチャールトン・ヘストンが主演して、あまりにも有名な自由の女神のラストシーンで世界を震撼させた「猿の惑星」以来、同名シリーズを通算すると、9作品が作られたことになります。

旧シリーズで描かれなかった最大の要素が、「猿が進化して知性が高まったのはいいとして、では、人類はどうして退化して口がきけなくなったのか」という部分でした。今回の作品で、その謎がついに明かされることになります。

 

 前作から2年。そして1作目の主人公ウィルが父親のために開発した認知症治療薬が変異して世界中に蔓延し、猿たちの知能を著しく高めると共に、ほとんどの人類を死滅させてから15年の歳月が流れています。

 生き残った人類との平和的共存を望んだシーザー(サーキス)でしたが、人類への憎悪から反乱を起こしたコバ(トビー・ケベル)の謀略により、抜き差しならない殺し合いへと発展。この結果、人類はますます数を減らしながら、生き残った者は以前にもまして猿たちへの容赦ない攻撃をしかけるようになり、シーザーは仲間たちと森の奥地に姿を隠します。

 しかし、冷酷な人類軍の指揮官、大佐(ウディ・ハレルソン)は執拗に彼らの行く手を追い、ついにシーザーの妻コーネリア(ジュディ・グリア)と息子ブルーアイズ(マックス・ロイド=ジョーンズ)も命を落とします。

 生前にブルーアイズが見つけた砂漠のかなたの豊かな土地に、一行は移住することにしますが、復讐心にかられたシーザーは独り後に残り、大佐を殺そうと決意します。側近のモーリス(カリン・コノヴァル)は、個人的復讐に燃えるシーザーを「まるでコバのようだ」と諫めますが、結局そのモーリスと、ロケット(テリー・ノタリー)、ルカ(マイケル・アダムスウェイト)も加わり、4頭は大佐の居場所を追い求めます。

 途中で、口がきけない人類の少女を見つけた一行は、置いておくことも出来ず、彼女にノヴァ(アミア・ミラー)と名付け、連れて行くことにします。さらに彼らは、知能が高まり独学で口をきけるようになった新種の猿人、バッド・エイプ(スティーヴ・ザーン)と出合い、衝撃を受けます。バッド・エイプは大佐の基地を知っている、と言い、一行を導きます。

 彼らは、人類の軍隊が自分たちの仲間を処刑したと思われる痕跡を発見します。瀕死の兵士はノヴァと同様、口がきけず、シーザーは人類に何か異変が起きていることを知ります。シーザーたちは、ついに大佐の拠点を発見しますが、驚いたことに、新天地に向かったはずの仲間の猿たちは皆、シーザーが離れている間に大佐の軍隊に捕らえられ、檻に入れられていることが分かります。さらにシーザーも捕らえられてしまいますが、彼はそこで大佐から、人類たちが直面している状況、そして地球が「猿の惑星」になろうとしている驚愕の事実を聞くことになります…。

 

 ということで、あの「猿の惑星」の世界がとうとう到来するわけです。猿はますます知能が高くなる、しかし人類はどんどん数を減らし、ついに口をきけなくなって文明や文化を喪失する。その不可逆的な運命を知ってしまうと、狂信的な人物に思われた大佐にも哀れさを覚えてしまうものです。

 とにかくアンディ・サーキスの熱演がものすごいです。「ロード・オブ・ザ・リング」でのゴラム役でモーション・キャプチャーの第一人者と呼ばれるようになって、ついにシーザーという当たり役を手にした彼も、本作でひとつの達成点を示したように思われます。演技力と技術の融合がこれほど高いレベルで成し遂げられたことは驚異です。批評家筋からは、サーキスに特撮賞ではなくて、男優賞のオスカーを与えるべきだ、という声が出ているそうです。実際、サーキスはこのシリーズにただの一度も生身の姿で「出演」していないのですが、明らかにここにあるのは「名優の演技」そのものです。正当な評価をされるように望みたいですね。

 大佐役のウディ・ハレルソンは出演映画のたびに随分と印象が変わる演技派ですが、「グランド・イリュージョン」でマジシャン役を演じていたときの軽妙な彼とは全く別人のようです。狂気の中に漂う悲しみ、高級軍人、指揮官としてのカリスマ性と孤独、そして人類という種族の業の深さ、というところまで演じきっているように見えます。

 最初から最後まで、かなり長時間なのですが、一瞬の緩みもなく引っ張る脚本も見事ですね。人類文明の滅亡を描く終末的なお話で、下手を打てば単なる陰気くさいお話になってしまいますが、シーザー一行の探索の旅は昔の西部劇映画か「ロード・オブ・ザ・リング」のようであり、息詰まるようなストーリーにある種の解放感を与えています。檻の中から猿たちが穴を掘って脱出する顛末は戦争映画「大脱走」のようでもあり、大佐の軍隊の描き方や終盤の戦闘シーンは「地獄の黙示録」のようでもあり、強制労働させられる猿たちの待遇改善を求めてシーザーが反抗するシーンは「戦場にかける橋」のようでもあります。ちなみに「戦場にかける橋」は、「猿の惑星」と同じく、戦時中に日本軍の捕虜となった経験があるフランスの作家ピエール・ブールの小説が原作であることは皆様もご存じのとおりです。このことから、原作の「猿」には白人から見た日本兵のイメージが投影されているのではないか、という説があります。いずれにしても、このような、かつての名作映画へのオマージュを感じさせる工夫の数々が、本作を非常に奥の深いものにしているように思われます。

 そして何より、人間の少女の名前がノヴァであること、生き延びるシーザーの次男の名がコーネリアスであることなどは、明らかにオリジナルの第一作「猿の惑星」を想起させるアイデアですね。もちろん、そのまま直接的につながっていく伏線、とは限りませんが、これらの人物、あるいはその子孫が、やがてチャールトン・ヘストン演じるテイラー大佐の乗った宇宙船と遭遇する、のかもしれません。

 シリーズの謎の環が閉じて、雄大な日没を見ているような感じを受けます。このまま終わってしまうのか、それとも、シーザー亡き後の世界をまだ描くことはあるのか。あるいは途中の時代を描くスピンオフ、ということはないのだろうか。

 ちょっと、そういう期待もしてしまいますね。非常に感動的な、シリーズ完結にふさわしい作品でした。

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2017年10月28日 (土)

【映画評 感想】アトミック・ブロンド

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シャーリーズ・セロンが東西冷戦時代の秘密諜報員を演じた映画「アトミック・ブロンド」
Atomic Blondeを見ました。監督は「ジョン・ウィック」のデヴィッド・リーチ。原作として、 アンソニー・ジョンストンとサム・ハートによるコミック『The Coldest City』があるそうです。

 「マッドマックス」最新作で頭を剃り上げて不屈の女戦士フュリオサ大隊長を演じ、アクション・スターとしても名声を得たセロンですが、本作のような本格的な武闘シーンをこなすことは、今までなかったと思います。ハリウッドでも最高の美女、という名をほしいままにしてきたうえ、これで最強の美女という称号も得て、それはもう無敵状態といえますね。徹頭徹尾、彼女の魅力を観賞するのが正しい作品だといえますが、本当にすさまじいバイオレンス・シーンに戦慄すら覚えます。東ベルリンの廃屋で繰り広げられる7分半にわたるノーカット一発撮影のリアルな格闘は、まことに鬼気迫るものがあります。

 なんでも同時期に「ジョン・ウィック2」の役作りをしていたキアヌ・リーブスを相手にセロンがスパーリングした、という話もあります。いっそのこと、次回作は競演してもらいたいものです。それほど激しい格闘シーンが延々と続きます。が、それだけでなくて、もっと驚かされることに、本作には百合シーン(つまり女性の同性愛)がかなり濃密に描かれます。セロンのお相手を務めるのは、「キングスマン」に出てからハリウッドで瞬く間に人気者となったフランスの女優ソフィア・ブテラ。こちらも元々が有名なダンサーで身体能力抜群の美女ですが、この超ド級美女の百合対決が見ものです。こういうのが好きな人は見逃せません。なぜ唐突に同性愛描写が、と思う人もいるかもしれませんが、「スパイは情報を得るためなら手段を選ばず、ためらわないで何でもやる」という一面を描きたかったのだ、といいます。

 体当たり演技に挑む彼女たちの引き立て役として、男優陣が配置されているわけですが、そこはしっかり芸達者な人たちが、手堅く演技しています。敵なのか味方なのか、最後までヒロインを翻弄する何を考えているのか分からない諜報員に、X-menのプロフェッサーX役ですっかり有名人になったジェームズ・マカヴォイ、またヒロインの無責任な上司役に、癖のある役をやったら当代一の名優トビー・ジョーンズ、という具合で、彼らの好演も非常に素晴らしいです。

 このお話は、198911月の10日間ほどの間にベルリンで起きた出来事です。この年、ポーランドとハンガリーで相次いで共産政権が崩壊。119日に東西ベルリンを分かっていた壁が破壊され、12月には米ソ首脳会談で冷戦終結が合意されました。それから1年もたたない翌年10月には東西ドイツが統一し、9112月にはソ連も解体してしまいます。まさに激動の時代でした。今現在、40歳代以上の方ならリアルタイムの鮮明な記憶を持っている方が多いでしょう。

 この映画では、全編でうるさいぐらいに80年代の音楽がかかりますが、特に当時のドイツと言えばネーナの「ロックバルーンは99」ですね。その他、クラッシュとかデペッシュ・モードとか、あのあたりで子供時代から青春真っ盛り、といった世代には、ラジオやMTVで聞いた思い出のある曲が並び、印象的に使用されています。まさにその世代であるシャーリーズ・セロン本人もすごく懐かしい、と言っているそうです。

 本作の冒頭は、当時のレーガン米大統領がゴルバチョフ・ソ連書記長に「冷戦を止めましょう」と呼び掛ける映像で始まりますが、そこですかさず「本作は、その冷戦終結の物語ではない」というメッセージがかぶさります。

 ところがです、最後の最後まで見ていると、実はやっぱり「その物語」だったということになるのですが…。

 

198911月。東ドイツの政治体制は動揺し、市民のデモでベルリンの壁の崩壊も目前に迫っていました。そんな中、ベルリンで活動していた英国情報部MI6のエージェント、ガスコイン(サム・ハーグレイブ)は、ソ連秘密警察KGBの殺し屋バクチン(ヨハンネス・ヨハンネソン)に殺害され、東ドイツの秘密警察シュタージが収集した極秘資料、すなわち「世界中で潜入活動しているあらゆる国のスパイの名簿リスト」を仕込んだ時計を奪われてしまいます。しかしバクチンはKGBの上官ヴレモヴィチ(ローランド・モラー)にそのリストを提出せず、闇市場で売って大もうけしようと姿をくらましてしまいます。

このリストが世間に知れ渡れば、各国の疑心暗鬼や国民世論の混乱から、冷戦がさらに40年も続くほど世界情勢が一変するかもしれません。事態を憂慮したMI6の長官C(ジェームズ・フォークナー)は、主任のグレイ(トビー・ジョーンズ)に命じて、英国情報部で最強の女性スパイ、ロレーン・ブロートン(セロン)を呼び出します。ロレーンは西ベルリンに赴き、MI6のベルリン支局長パーシヴァル(ジェームズ・マカヴォイ)と合流しますが、彼女の赴任は初めからKGBに知られており、いきなり危険な目に遭います。実はロレーンはCからリストの奪取以外にも密命を受けていました。MI6に所属しながらKGBに情報を流している二重スパイ「サッチェル」の存在を確認し、その人物を確定したうえで、秘密裏に抹殺することになっていたのです。そこでロレーンは信用できないパーシヴァルと距離を置きつつ、独自の情報収集に当たります。その中で、フランス情報部の新米エージェント、デルフィーヌ(ブテラ)と知り合ったロレーンは、彼女の情報から、ますますパーシヴァルの怪しげな行動に不信感を覚えます。さらにロレーンは、デルフィーヌと仕事を越えた親密な関係となり、同性ながら激しい恋に落ちます。

ここで、英国情報部と協力関係にある米中央情報部CIAの幹部カーツフェルド(ジョン・グッドマン)がロレーンに接触してきます。例のリストが表に出れば、世界中の情報部員が命を落とすことになる、もちろん君も私も、と彼は警告し、CIAもロレーンの行動を監視していることをほのめかします。

その頃、パーシヴァルはシュタージの幹部スパイグラス(エディ・マーサン)と接触し、彼を西側に亡命させようと提案します。というのも、スパイグラスは例のリストに載っている諜報員全員の名前を暗記している、というのです。独自のルートで現地の協力者メルケル(ビル・スカルスガルド)や、表向きは高級時計店カール・ブヘラに勤める工作員「時計屋」(ティル・シュヴァイガー)の手引きで東ベルリンに潜入したロレーンも、結局、パーシヴァルの計画に協力してスパイグラスの亡命を手助けすることにします。

しかし、今回も情報はKGBに筒抜けになっており、ヴレモヴィチの率いる暗殺者たちが襲ってきて、ロレーンは絶体絶命のピンチに陥ります。彼女はスパイグラスと共に、西ベルリンに無事、脱出出来るのでしょうか。命がけの死闘が始まります。

そんな中で、パーシヴァルはまた不審な行動を取っていました。彼はリストを持っているバクチンと密かに接触していたのです…。

 

というようなことで、お話はこの後、あっと驚きの結末までノンストップで突き進んでいきます。

非情な内容なのにどこかにユーモアやペーソスがあった「ジョン・ウィック」と比べても、かなりストイックなスパイ映画です。殺伐とした作品であることは間違いありません。もしこれが男性スパイのアクションなら、全く陰気くさい作品になっていたことでしょう。やはりシャーリーズ・セロンあっての企画、といっていい一作ですが、とにかく一瞬も目を離せないほど、すさまじい描写の連続です。

そこへまた、美女2人の大胆な絡み…。なんとも見せ場を心得た映画です。爆音BGMとともに、大スクリーンで見たい作品ですね。

カール・F・ブヘラは実際に高級時計を提供して協力しており、また当時の東独の名車トラバントも500台も集められて登場しています。スーツを着たMI6の幹部の上着は、あのバブル期を思い出させるゴージ(縫い目)の低い大きな襟で、CIAのカーツフェルドはアメリカのエリート階級らしくボタンダウン・シャツを着ているなど、芸の細かい大道具、小道具、衣装も相まって、全力で1989年を再現しているのが興味深いです。言うまでもなく、東ドイツ軍の制服はカッコいいです。ナチス時代とほとんど変化していないので有名ですが、マカヴォイが制服を着ているシーンだけ異常にカッコいいのが笑えます!

スマホもパソコンもインターネットもない最後のアナログ時代。しかしそれ以外のアイテムはなんでも出そろっていて、時代劇と言うほど古くなく、しかし現代とも異なる独特の空気感がそこにはありました。冷戦期のスパイたちも、あの時代だからこそ存在できたといえます。

あの頃、自分もバブル期の街をさまよっていたんだな、と、世代的にもそんなことを思った一作でした。

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2017年10月27日 (金)

講演会(21日、東京家政大)の風景です。

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 先週21日に東京家政大で行った辻元よしふみ、玲子の講演「軍服 その歴史とイラストレーション」の会場での写真を服飾文化学会より提供していただきましたので、掲載します。台風接近の中、たくさんの御来場、改めましてありがとうございました。また、こういう機会があればぜひやりたいですね。

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2017年10月24日 (火)

21日の「軍服とイラストレーション」(東京家政大学)講演で続報です。

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 21日の私どもの講演会「軍服 その歴史とイラストレーション」につきまして、来場された甲冑師の佐藤誠孝様がTwitterでご紹介くださいました=写真も佐藤様撮影=。引用させていただきますと「21日に十条にある東京家政大学にて軍服の歴史について研究者の辻元よしふみ氏と玲子氏夫妻の講演に行ってきた。軍服は個々の時代についての研究はあるが通史としてはほとんど無く、歴史の流れとともにダイナミックに変化する軍服を噺家並みのトークで面白く聴かせてもらった。雨であったが満員だった」。佐藤様、まことにありがとうございました。

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2017年10月22日 (日)

講演会(東京家政大)無事に終了しました。

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 皆様、昨日は東京家政大学で講演会「軍服 その歴史とイラストレーション」を行いました。取り急ぎ、雨の中、多数のご来場をいただきありがとうございました。天候が心配でしたが、講義室が人でいっぱいで、本当に満席状態になって、おいでになった皆様には厚く御礼申し上げる次第です。取り急ぎご報告でございました。私どもは会場で写真を撮ることができなかったのでとりあえず、講演終了後に池袋で、玲子の父と3人で記念撮影したものを掲げます。

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2017年10月 7日 (土)

辻元よしふみ・玲子講演会(10月21日・土、東京家政大学)ちらしで訂正。

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清秋の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。先日、お知らせした私たちの講演会のチラシで、時間に誤記載があったのでお知らせします。
 
改めて申しますと、このほど、辻元よしふみと辻元玲子は、東京家政大学(東京・十条)で講演会を行うことになりました。同封チラシの通りでして、10月21日土曜日に開催される服飾文化学会の第18回研究例会として、僭越ながら私どもが発表する次第でございます。
同学会の会員以外の方も参加歓迎、ということになっており、参加費は無料です。
 
ただ、このチラシでは時間帯が若干、間違っております。正しくは、下のような日程・時程となっております。
 
日 時: 平成29年10月21日(土)13:30~16:05
会 場: 東京家政大学 120-3B講義室(120周年記念館 3階)1
講演題目:「軍服 その歴史とイラストレーション」
講 師 :辻元よしふみ氏(服飾史・軍装史研究家)
:辻元 玲子氏(歴史考証復元画家)
 
以上、ご足労ではございますが、もしご興味、お時間がおありの際には、ぜひ東京家政大学までおいでくださいませ。宜しく御願い申し上げます。

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2017年10月 1日 (日)

21日に服飾文化学会で講演します。(於:東京家政大)

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1021日土曜日に、東京家政大学(東京・十条)で、服飾文化学会の研究例会が開かれます。講演するのは、なんと「辻元よしふみ氏」と「辻元玲子氏」のお二人! つまり私たちですが…。ご興味のある方はぜひ。

 ◆服飾文化学会 第18回研究例会

「軍服 その歴史とイラストレーション」

  :辻元よしふみ氏(服飾史・軍装史研究家)

:辻元 玲子氏(歴史考証復元画家)

 時: 平成291021日(土)13301605 (前後に議事、質疑の時間あり)

 場: 東京家政大学 120-3D講義室(120周年記念館 3階)

参加費無料:学会員以外の参加歓迎

 

【辻元よしふみ】ユニフォーモロジーUniformology(軍装史学/制服学)とは何か? をテーマに、この研究の社会的貢献や、これまでの歴史復元画家と軍装史学者を紹介。「軍服はいつからあるのか」「近代的な軍服の登場とその背景」「なぜ初期の軍服はあんなに派手だったのか」など、各時代の軍装の特徴と変遷を解説します。

 

【辻元玲子】ヒストリカルイラストの社会的重要性、製作過程、一般絵画との描き方の違いについて。また、シュメール兵、グスタフⅡ世アドルフ、スペンサージャケット等を例に、軍装史と紳士服飾史、婦人服飾史の密接な関わり合いについて、全て描きおろしのイラストエッセイで具体的に詳しく解説します。

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2017年9月26日 (火)

ザ・クロークルーム(銀座7丁目)オープン。

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 銀座に新しいテーラーが出来ました。

 「ザ・クロークルーム」というのがそれで、ギンザ・シックスのすぐそばにあります。このクロークルームというのは、元々オーストラリアのブランドですが、日本には初上陸。非常に感度の高い紳士服、レディースを扱っており、日本では基本的にビスポーク(注文服)のお店となっています。20170921150819


 このお店、かつて「サローネ・オンダータ」を支えた島田氏と林氏が立ち上げた新店です。まずはお気軽に足を運んでみてください、とのこと。

 「ザ・クロークルーム」104-0061 東京都中央区銀座7-10-5 ランディック第3銀座ビル5階 TEL 03-6263-9976 MAP https://goo.gl/HtEp9N

 月曜日定休。12:3019:00(予約制)ということで、まずはお電話を。20170921150905


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2017年9月22日 (金)

【映画評 感想】エイリアン : コヴェナント

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 映画「エイリアン:コヴェナント」Alien: Covenantを見ました。「エイリアン」シリーズの生みの親、リドリー・スコット監督によるシリーズの集大成的な作品です。
 コヴェナントとは「契約」の意味です。聖書で説かれる、神とユダヤの民との「契約」がその下敷きにあります。神との契約によって預言者モーゼに十戒が授けられ、その石板を入れた「契約の箱」(Ark of the Covenant=「インディ・ジョーンズ」に出てきた、あの失われた「アーク」のこと)を携えた人々は、神との「約束の地」を目指し遠い旅に出たわけです。これにちなみ本作では、人類にとっての約束の地を目指す植民宇宙船の名になっています。スコット監督はモーゼの出エジプトを描く史劇「エクソダス:神と王」を2014年に製作していますが、これも偶然ではなく、同監督にとって重要なモチーフなのでしょう。
 シリーズの第一作「エイリアン」が公開されたのは1979年。私が中学1年生のときでした。今よりもテレビで映画のコマーシャルがよく流れる時代でしたので、「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」というキャッチコピーと共に映し出される映像の気持ち悪さに辟易した記憶があります。その後、しばらくたって、この作品を初めてテレビで見たときも、悪夢に出そうな、トラウマになりそうな印象を持ちました。
 何よりも気味が悪かったのは、巨匠ギーガーがデザインした化け物ですが、それも意図的に、正体が分からないように映されているのですね。それがとにかく得体のしれない恐怖感を醸し出していました。
 この作品は、ちょうど「スター・ウォーズ」や「未知との遭遇」でSFが映画ジャンルとして確立した直後に登場し、ホラー的な展開の「SFスリラー」という新分野を切り開いたと言えます。この一作で、まだ無名だったスコット監督と、映画史に残るタフなヒロイン、リプリーを演じたシガニー・ウィーバーが有名になり、以後の多くの作品に影響を及ぼしました。たとえば、密室的環境からの逃避行という図式は、今、上映中のクリストファー・ノーラン監督「ダンケルク」にまで影響を与えているほどです。
 しかし、あれから40年余りでエイリアンはあまりに有名になりすぎました。一作目から20年近く続いたシリーズも97年の「エイリアン4」でついに完結したとされ、それからでもさらに20年がたっています。2012年に前作「プロメテウス」が公開された際には、エイリアン・シリーズに登場する悪徳企業ウェイランド・ユタニ社の前身会社、ウェイランド社が出てくることなどから、どう考えても同シリーズの前日譚のように見えるものの、監督も制作サイドも明確にシリーズの一部であるとは公言しませんでしたし、題名にも「エイリアン」の言葉は入っていませんでした。
 しかし、「プロメテウス」の続編である本作は、タイトルからしてエイリアン・シリーズの正統な一作であることを公式に明示しており、これにより、逆説的に「プロメテウス」も正統な前日譚であったことがはっきりした、という流れになっています。
 そういう経緯があり、前作は明らかにエイリアンだとしか思えないものの、神話的なタイトル通りにどこかシリーズのノリとは異なる深遠さというか、哲学的な香りが強い作風でした。しかし、今回の作品は明らかにそれが、バイオレンス・アクション映画であると共に、SFスリラーの開祖でもある本シリーズらしい展開に舵を切っています。要するに、より娯楽作品らしく、第一作に近い作風に回帰しています。これはもちろん意図してそのように製作されたものでしょう。
 というのも、本作の位置づけは、前作「プロメテウス」の時代設定(2089~94年)の10年後、そして第一作「エイリアン」の時代設定である2124年からは20年前にあたる2104年、ということになっています。つまり、この映画から20年後に、あのノストロモ号の悲劇的な航海が起きるわけです。なぜ、エイリアンという化け物が生まれたのか、というのが「プロメテウス」と本作が担う最も重要なテーマになるわけですが、その副産物として、そもそも地球人類と言うものも、なぜ生まれたのか、という話にまで及んだわけです。
 「プロメテウス」では、考古学者エリザベス・ショウ博士(ノオミ・ラパス)が古代の遺跡の発掘成果を基に、地球人類を導いてきた神=異星人「エンジニア」の星を目指す旅を企図し、それを巨大企業ウェイランド社の総帥、ピーター・ウェイランド(ガイ・ピアース)が後押しして、宇宙船プロメテウス号が旅立つ話が描かれました。結局、その星でエンジニアたちは危険な生態兵器「エイリアン」のプロトタイプを開発しており、エリザベスと、アンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)を残して探検隊は全滅。エンジニアの宇宙船を奪った2人が、彼らの母星に向けて出発するシーンで幕切れとなりました。
 よって、続編である本作では、異星人の母星に着いた2人のその後が描かれるのだろう、と誰しもが予想したのですが、それがちょっと違っていたのです。

 プロメテウス号が出発する以前から映画は始まります。ピーター・ウェイランド(ピアース)は自分が製作した人造人間のプロトタイプ(ファスベンダー)を起動させます。それは、自分自身でダビデの彫刻にちなんでデヴィッドと名乗ります。ウェイランドが「私がお前を作り出したのだ」と言うと、デヴィッドは「では、あなた方を作り出したのは誰ですか」と問います。その質問の中に、危険な兆候を感じ取ったウェイランドは不機嫌になり、デヴィッドに絶対的な服従を求めて威圧的な態度をとるようになります…。
 それからかなり後、プロメテウス号が行方不明になってから10年後の2104年。ウェイランド社の新型植民船コヴェナント号が、惑星オリガエ6を目指して宇宙を進んでいました。ブランソン船長(ジェームズ・フランコ)率いるこの船は、15人のクルーと、入植者2000人、人間の胚胎1140個を乗せた人類初の大規模植民を目指しています。クルーと入植者は冬眠状態で7年以上の長い航海を過ごし、その間は疲れを知らぬ人工知能「マザー」と、新型のアンドロイド、ウォルター(ファスベンダーの2役)が船を管理しています。しかし、予期せぬトラブルで船が損傷し、クルーが冬眠から強制的に蘇生される中、不幸な事故でブランソン船長は亡くなってしまいます。船長の妻で、惑星改造の専門家ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)は半狂乱となりますが、船長に昇格した副長オラム(ビリー・クラダップ)は部下に冷徹な態度をとり、乗組員の間に不協和音が生じます。
 そんな中、これまで探査されたことのない星域から謎の信号が届きます。それはどうも誰かの歌声のようで、しかも、よく知られたジョン・デンバーの名曲「カントリー・ロードTake Me Home, Country Roads(故郷に帰りたい)」の一節のように聞こえるのです。調べると、その発信地の星は、海と陸地のある地球型惑星で、オリガエ6より植民に適しており、しかも距離的にずっと近いことが分かります。船長オラムは急きょ、この星に進路を変えることを決断しますが、ダニエルズは突然の方針変更を無謀な冒険として反対します。しかし決定は覆らず、コヴェナント号はその惑星に向かいます。
 地上に降り立った一行は、その星に豊かな植物が生い茂っている反面、鳥も虫もその他の動物も全くいないことに気付きます。さらに不思議なことに、地球の麦が繁殖しており、一体、誰がこれを植えたのか、疑問は尽きません。やがて彼らは、異星人の宇宙船の廃墟らしきものを見つけ、10年前に行方不明となったプロメテウス号のエリザベス・ショウ博士(ラパス)が身に付けていたものを発見。さらに、ホログラム映像でエリザベスらしき人物が「カントリー・ロード」を歌う情景を見て、これが発信源であることを確認します。
 しかし、この星の恐ろしさはここから徐々に明らかになっていきます。黒い粉を吸い込んだ隊員が不調を訴え、その身体を破ってエイリアンが出現。混乱の中、死傷者が続出して地上着陸船も破壊されてしまいます。妻のカリン(カルメン・イジョゴ)が死んだことで落胆し、指揮官としての自信を失うオラムをダニエルズは励ましますが、エイリアンに包囲されて探査隊は全滅の危機に瀕します。
 そこで、思いがけず一発の信号弾が発射されて、驚いたエイリアンは退散していきます。一行を救ったのは、プロメテウス号のクルーだったアンドロイド、デヴィッドでした…。

 ということで、エイリアンの星に足を踏み入れて恐怖に陥る、というパターンはまさに第一作「エイリアン」の再現で、この後、話を引っ張るのが、女性主人公ダニエルズである点も、非常によく似ています。
 大変、よくできた映画で、シリーズ集大成として恥じない出来栄えである、ということを先に記しておきつつ、率直な感想も述べてみます。
 どうも、あの79年の一作目の衝撃度とどうしても比較して見てしまうのですが、私たちはエイリアンというあの怪物を、今やよく知り過ぎてしまっているのですね。一作目で味わった、得体の知れなさが、もうここにはないのです。これは仕方がありません。人体に寄生して腹を食い破る誕生の仕方、ヨダレを垂らす特徴的な二重構造の口、細長い頭、悪魔のような尻尾、強い酸性の体液…、何しろ40年も愛されてきたキャラクターですので、今や、ゴジラとかガメラのような懐かしのモンスターなのです。どうしても「ああ、懐かしいな」と思ってしまう。それで、どうしても一作目のときの衝撃は蘇ってこない。ちょっとそういうもどかしい感想は否めないものがありました。本作を初めてのエイリアン映画として見る若い世代の方なら、全く違った感想になるのでしょうが。
 一作目から一貫して描かれる人造人間への親愛と不信感というテーマ。人間そっくりだが人間でない、という存在は、「ブレードランナー」なども制作したスコット監督がこだわりを持つテーマなのですが、一作目のアッシュ(イアン・ホルム)は、非常に人間らしく振る舞い、途中までロボットであることが全く分かりません。それがまた最後に頭部だけになって笑う不気味さを増幅させました。しかし本作に出てくる2体(デヴィッドとウォルター)は、初めからアンドロイドであることが分かっている。テーマとしては深化しているのですが、意外性はそこにはないわけです。このへんも一作目との大きな相違点ですね。
 なにかそういった要素もあって、残酷シーンは散々見せられながら、意外にも淡々とした、落ち着いた一作のように感じられたのは、私の世代的なものなのでしょうか。今時は残酷な映画も、ものすごい映像の刺激的な映画も次から次に作られていることもあり、そういう点では案外に、本シリーズの売り物だったショックがありませんでした。また、「エイリアン」第一作に続く前日譚、と言いながら、エンドシーンからそのまま、20年後のノストロモ号に直接つながるような話でもなく、これはさらに続編が作られるのでしょうか。もしこの作品で「完結」というと、ちょっと物足りない感じも受けます。
 「ファンタスティック・ビースト」でヒロインを演じたウォーターストンの、芯は強いのだけれど、どこか哀愁漂うヒロイン像は、リプリーのような豪快なヒロインとは異なる新魅な力を感じます。それから、同じく「ファンタスティック…」でアメリカ魔法議会の議長を演じていたカルメン・イジョゴが出ていたのも興味深いです。なんといっても本作の中心人物はアンドロイド役のファスベンダーで、難しい2役の撮影を見事にこなしています。
 早い段階で退場してしまうジェームズ・フランコはカメオ出演扱いですが、意外に出番は多く、一方、前作のヒロイン、ノオミ・ラパス演じるエリザベスは、展開上は重要な人物ですが、シーンとしては、ほとんど出番なし。私は前作でのラパスの熱演ぶりに、彼女が「新シリーズのリプリー」なのか、と注目していたので、この点はちょっと残念です。
 近年も意欲的に新作を発表しているスコット監督。もう一本、本作とノストロモ号をつなぐ作品でシリーズを完結してくれないだろうか、と私は密かに期待しております。

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2017年9月14日 (木)

【映画評 感想】ダンケルク

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 クリストファー・ノーラン監督の話題の映画「ダンケルク」
DUNKIRKを見ました。さすがに鬼才の作品、戦争映画というジャンルに新たな可能性を拓いた傑作が登場しました。

 この作品は、19405月、第二次大戦の初期を舞台にしております。フランス・ダンケルクの海岸に取り残された英仏軍の兵士40万人。ドイツ軍が迫る中、彼らがいかに英国に生還したか…「史上最大の撤退作戦」が描き出されます。これまで、このダンケルクの戦いをテーマとした作品には1958年の「激戦ダンケルク」や、1964年の「ダンケルク」などがあります。後者は主演がジャン=ポール・ベルモンドでした。1969年の「空軍大戦略」も冒頭部分でダンケルクの撤退から話を受けて、その後の英独航空戦が描かれました。2007年の「つぐない」(キーラ・ナイトレイ主演)でも登場しました。しかし、この戦いを真正面からとらえた新作映画が、21世紀になって登場したのは、それ自体が驚きでした。

通常の戦争映画なら、陸・海・空の戦いを立体的に、時間軸の流れに沿って配置して描くものでしょう。しかしノーラン監督は、非常に思い切った手法を使います。地上戦と、海の戦いと、そして飛行機による空中戦ではどうしてもスピード感が違います。ノーラン監督は、この三つの様相を違う時間軸に置いて、地上戦は1週間、海の戦いは1日、空戦は1時間の出来事として描き出します。しかし地上での1週間と、時速500キロで移動する空中での1時間は確かに同じ濃度で、息詰まるような死闘が描かれるのです。そして巧妙な脚本に導かれて、地上の兵士の物語と、海を渡り兵士たちを救出に向かった民間船の船長の物語、そして英国空軍のパイロットの物語が、映画の終盤で一点に交錯していく。素晴らしい描き方です。こういう手があったか、という感じです。今後、この作品はいろいろな後続の映画に影響を与えそうに思います。

 さらに、本作で大きな特徴。それは「敵がほとんど登場しない」ということです。本作は戦争の初期の史実を基にしているので、イギリス軍、フランス軍と、ドイツ軍が戦っています。真珠湾攻撃は翌年末のずっと先のことですので、当然、日本もアメリカも参戦していない時期です。よって、英軍兵士たちを中心に描く本作で「敵」といえばドイツ軍なのですが、これが奇妙なほどにはっきり描かれない。いいえ、恐ろしい強敵の存在はこれでもか、というほどに暗示されています。しかし、個人個人としての「ドイツ兵」はほとんど出てきません。最後のシーンになって、不時着した英国のパイロットを捕えに来るドイツ兵の姿がほんの申し訳に映し出され、その特徴的なヘルメットからドイツ兵だな、と分かるのですが、そこでも故意にぼやけた映し方で、ドイツ兵の姿がはっきり登場しない。ドイツ軍の戦闘機や爆撃機、そしてどこからともなく飛来する銃弾、砲弾、さらに魚雷。こういう形で敵が描かれる。もちろんこれらは故意に採用されている手法です。本作は、制限時間が迫る中、絶体絶命の密室的な環境から脱出を図るタイプのスリラー映画(たとえば近年で言えばメイズ・ランナー)に驚くほど似ており、ノーラン監督も「いわゆる戦争映画ではない」と明言しています。つまり、本当の敵はむしろ「時間」であり、ドイツ軍は迷宮に配置されたトラップのような存在として示されている。これがしかし、非常に効果的なのは間違いありません。本作に影響を与えた先行作品の中に「エイリアン」が挙げられているのもよく理解できるところです。ドイツ兵は、どこからともなく襲いかかる恐怖のエイリアンのような存在として描かれているわけです。

 先ほども書いたように、ダンケルクの戦いは1940年の526日から64日にかけて行われたもので、まだ日本もアメリカも参戦していない時期の戦いです。当事国である英国やフランス、ドイツではよく知られていますが、英国人であるノーラン監督が製作会社である米ワーナー社に企画を売り込んだときにも「ダンケルクって何? よく知らないんだけど」という反応だったそうです。もちろん日本ではもっと知られていないでしょう。

 しかし、第二次大戦の流れを大きく変えたのが、このダンケルクの戦いです。破竹の勢いで進撃するナチス・ドイツ軍が瞬く間に全欧州を席巻し、このまま英国まで攻め込むのか、というところ、この戦いの結果、英仏軍の兵士35万人がフランスからの脱出に成功したことで、英国本土の守備は固められ、さらにちょうど4年後の194466日、ノルマンディーへの連合軍の上陸作戦につながっていくわけです。つまり、この「史上最大の撤退」ダンケルクが、4年後の「史上最大の上陸作戦」の布石となった。非常に重要な歴史の転換点だったのです。訓練され実戦を経験した兵士35万人、というのがどれだけ貴重で意味があるかと言えば、たとえば現在の日本の陸上自衛隊の規模が15万人であることを考えても理解できます。今の陸自隊員の倍ほどもの人数の兵士が生還できた、というのは大変な意味があったわけです。

 この映画の前提として、なぜか524日にドイツの地上軍が「止まった」という事実があり、これは第二次大戦の戦史の中でも大きな謎とされています。ここでドイツ軍が止まらなければ、40万人の全員が死ぬか、捕虜となったことでしょう。ドイツの装甲師団もここで一息入れる必要があった、というのが最大の理由でしょうが、ドイツ空軍の最高司令官ヘルマン・ゲーリング元帥が大言壮語し、空軍の力だけで敵を撃滅する、と高言したのも要因だったとされます。それで、本作でもドイツ兵がほとんど出てこない代わりに、ドイツ空軍機が多数、登場して執拗に攻撃してきます。

 実は本作を見た後、私にとって最も印象的だったのは、映像もさることながら「音」でした。ものすごい音響です。ドイツ軍の銃撃の重い音。ギャング映画などでの軽々しい音とは違います。耳に刺さるようなモーゼル小銃やMG34の銃声。それから、作中でも語られますが、英軍戦闘機スピットファイアのロールスロイス社製マーリン・エンジンの音と、ドイツ軍のメッサーシュミットBf109戦闘機のダイムラーベンツ・エンジンの音の相違、英軍戦闘機の7・7ミリ機銃の発射音と、ドイツ軍のハインケルHe111爆撃機が積んでいる20ミリ機関砲の重々しい音の違い…など、とにかく音が生々しいのです。

何よりすさまじいのが、ドイツ軍のユンカースJu87急降下爆撃機「スツーカ」が攻撃時に鳴らす「キーン」というサイレンの音。あのキューン、という音は連合軍の兵士を恐怖させ、トラウマになった者も多いと聞きますが、なるほど、この映画で聞くと、いかに恐ろしい攻撃であったかが体感できます。

 そしてこれは、音の再現のリアルさにもつながる話ですが、本作の撮影のために、実物の今でも飛行可能なスピットファイア3機、それから戦後もスペイン空軍で使用されているメッサーシュミット系の後継機(エンジンの形状が異なりますが、遠目では戦時中のBf109にそっくり)もそろえて、実機を飛ばして撮影しています。さらに大戦当時の民間船(その中には、本当に80年近く前のダンケルクの撤退に参加した船もあったそうです)や病院船、掃海艇、さらにフランス海軍の記念艦として保存されていた戦時中の本物の駆逐艦まで借り出されて、撮影に参加しています。「どうやってあんなリアルな船を撮影したんだろう、セットにしてはすごすぎるし、CGにしても生々しすぎるし…」と驚嘆したのですが、すべて実物で再現しているのですね、それはすごいはずです。

 何よりすごいのが、撮影はほとんど、実際にダンケルクの海岸で行い、エキストラもほとんどがダンケルクの市民だそうです。実際に史実があった場所、というのは当然、出演者たちに大きな影響を与えたそうで、それがこの作品のなんとも底知れない迫真力を生んでいるのは間違いありません。

 本当にクリストファー・ノーラン監督、恐るべし、です。すごい監督です。

 

 19405月末。突然、ドイツ軍が進撃を停止しました。英国兵士トミー(フィン・ホワイトヘッド)は自分の部隊が全滅し、命からがらダンケルクの海岸に到達。そこには40万人もの敗残兵がひしめいており、英国への撤退は遅々として進まず、トミーを失望させます。輸送指揮官のボルトン海軍中佐(ケネス・ブラナー)は、陸軍の撤退指揮官ウィナント大佐(ジェイムズ・ダーシー)と協議し、ドイツ軍が再び動き出す前に、少しでも多くの兵士を生還させる決意を固めますが、状況は絶望的でした。

トミーは海岸で、死体を埋めていた兵士ギブソン(アナイリン・バーナード)と出会いますが、彼はなぜか一言もしゃべりません。負傷兵が優先的に脱出できることを知ったトミーとギブソンは、担架を運びながらなんとか病院船にたどり着きますが、船は沈んでしまいます。さらにその船から逃れた兵士アレックス(ハリー・スタイルズ)を助けたトミーたちは、アレックスの部隊に紛れ込んで別の掃海艇に乗ることに成功。これでダンケルクから逃げ出せた、と思ったのも束の間、またもドイツ潜水艦の魚雷が襲ってきて、船は沈没。3人はダンケルクの海岸に戻ることになりますが…。

 ダンケルクで40万人もの兵士が取り残され、軍艦だけではとても輸送できないため、民間船が海軍に徴用されることになりました。ムーンストーン号のドーソン船長(マーク・ライランス)も、息子ピーター(トム・グリン=カーニー)、その友人のジョージ(バリー・コーガン)と共に船出します。途中、沈没寸前の船から一人の英国兵士(キリアン・マーフィー)を助け出しますが、彼は名前も名乗らず、船がダンケルクに向かうと知ると激昂して「英国へ引き返せ」と要求します。そんな中、ドイツ軍爆撃機が飛来し、船に危険が迫ります…。

 ダンケルクの撤退作戦を援護するべく、スピットファイアの3機編隊が英国の基地を出撃しました。しかし緒戦で隊長機が撃墜され、3番機のコリンズ(ジャック・ロウデン)もメッサーシュミットとの交戦で海に着水します。一人残されたファリア(トム・ハーディー)は燃料計が敵機の銃弾で破壊され、あとどれだけ飛べるのか分からないまま、英国の船団に襲いかかるハインケル爆撃機に向かっていきますが…。

 

 ホワイトヘッドとグリン=カーニーは、演劇歴はあるものの、ほぼ無名の新人です。一方アレックス役のスタイルズは、世界的な人気アイドルグループ「ワン・ダイレクション」のメンバーです。しかしノーラン監督は、スタイルズも選考の中で非常に良かったから起用したまでで、話題性での抜擢ではないといいます。ケネス・ブラナーとマーク・ライランスがさすがの存在感です。二代目マッドマックスのトム・ハーディーも、ほとんど表情の演技に終始する難しいパイロット役を好演しています。

 それから注目なのは、スピットファイア編隊の隊長の「声」で出演しているのが、あの名優マイケル・ケインです。ノンクレジットなのですが、特徴のある声ですぐわかります。1969年の「空軍大戦略」において、キャンフィールド少佐役でスピットファイア部隊を率いた彼が、ここで声だけではありますが英国空軍に「復帰」したわけです。こういう旧作へのオマージュも嬉しい配慮ですね。

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